二重の驚愕
帝都 皇城・皇帝執務室
「北マルバ地方の国営農場計画・・・現地住民の反発はほぼ解消・・・環境影響調査も実施済み・・・裁可。ふぅ、農務省関係の許諾願はこれで全部目を通したかな。」
サインを書き終え、書類仕事を一区切りさせて椅子の背もたれに寄りかかると、扉をノックする音が響いた。
「陛下、今宜しいでしょうか?」
レイラの声だ。
「大丈夫だよ。入りなさい。」
主席補佐官のレイラと国防省担当補佐官が姿を見せたが、執務机に乗る書類を見ると頭を下げた。
「申し訳ございません。お手を止めさせてしまい・・・」
「いいよ。丁度一息ついていたところだから。それで?」
「対ロマニライ戦において、シャウトフルクが陥落しました。」
「そう。先ずは一安心だね。」
国力差を考えれば心配する必要は無いと分かってはいたが、そのたった一言に安堵した。
「内陸の方は?」
「一月以内に目標はほぼ達成する見込みのそうです。ロマニライ軍の動きについては・・・」
レイラに代わり国防省担当補佐官から作戦結果が詳細に報告されるが、概ね予定通りのようだ。
海軍はシャウトフルクへの補給艦のローテーションを既に組んでいるし、陸軍の補給路にもこれと言った問題は起こっていない。
また旧ハイラット王国の占領地行政も地域に差はあるが全体としては安定して運営されている。
「最後に、シャウトフルク占領の際に他国の外交官だと名乗る一団を拘束したようなのですが・・・」
「ん・・・」
第三国の外交官を戦闘に巻き込んでしまったのは痛いかも知れない。首都ではなく港湾都市に滞在していたとなると、別の大陸の国から来た外交官の可能性もある。さらなる参戦国の登場で戦線の処理が遠のくとなればまた省庁間の溝が深まるばかりだろう。
「この世界とは別の世界にあるニホンという国から来たなどとふざけた事を言っているようでして、言い訳にしてもわざわざその様な嘘を付くのも不自然かと・・・陛下?」
一切の思考が停止し、直接に動揺と混乱で頭が真っ白になった。
・・・・・・・・に、ほん?・・・別の世界・・・ニホン・・・・・日本⁉︎
「その者達に怪我は!?」
思わず椅子から飛び上がって机の上の書類を撒き散らしてしまうが、そんな事を気にする余裕も無かった。
「そ、そこまでの報告は・・・」
「とにかく外交官と名乗るその者達の怪我の有無、名前、肩書き、いつ頃からどの程度の交流をロマニライと持っているのか、日本の軍隊は近くにいるのかを報告させて‼︎ 手荒な手段は厳禁でね‼︎」
先程までと打って変わった女帝の姿に補佐官二人の戸惑いは大きくなる一方だったが、当のボクはそれすら気にかけられない程に動揺していた。
「あ、通信機器の類を持ってないかも確かめて。それからシャウトフルクに向かう手配を。」
「陛下が、直接赴かれるのですか!?」
レイラが驚愕の声を上げる。
「少しでも早く着けるなら軍用機でも何でもかまわないから。」
「しかし占領したばかりの都市です。安全面を考えると・・・」
レイラが思い留まらせようとする。
「ならリーゼも同行すれば大丈夫でしょう?とにかく急いで。」
「わ、分かりました。」
◆◆◆
シャウトフルク沖 遠征艦隊旗艦・戦艦『ラクス』
艦内に収容された黒田達は不安と戸惑いで混乱していた。
最初は窓も無い倉庫らしき部屋に放り込まれていたのだが、翌日には自分たちの事を詳しく問いただしてきた。
それだけなら尋問する兵士が長い耳、いわゆるエルフである事を除けば不思議に思うことは無い。
ところが尋問から暫くして突然下士官用と思われる部屋に移され、携帯食料で済まされていた食事が監視付きとは言え食堂でフルコースに近いものを出された時には混乱が最高潮に達していた。
翌日の早朝、黒田が雑魚寝とベッドの差を噛み締めながら起きると、部下の一人が既に起きているのが見え、部下も黒田の起床に気づいた。
「おはようございます。」
「ああ、おはよう。よく眠れたか?」
「はい、と答えたら可笑しくありませんか?」
「だな。」
リラックスも兼ねて雑談に耽っていると扉がノックされ、水兵が部屋に入って来た。
「全員来なさい。」
今度は何なのだろうかと訝しむ黒田達だったが、水兵が危害を加えようとするようには見えず、そもそも拘束されている身では拒否も何も無いと、素直に従った。
水兵たちに案内され、外交官全員が開き戸の前まで歩いた。
先頭の水兵がノックをすると扉が内側から開かれる。
「連れて参りました。」
会議室と思しき部屋に入ると、壁や窓を埋め尽くさんばかりに軍人が整列しており、そんな中で3人の女性が長テーブルの向こう側に座っていた。
「初めまして、日本の皆さん。お辛い思いをさせてしまい、誠に申し訳まりません。」
真ん中に座る銀髪に白い肌の女性が穏やかな声で謝罪を口にした。
すると周りの軍人たちが目に見えて狼狽した。余りにも予想外の光景だった様だ。
「リーゼとレイラを除き、退室しなさい。」
軍人たちにさらなる動揺が広がった。
「しかし・・・」
「リーゼが居るのに不安があると?」
「・・・承知致しました。」
3人を残して直立姿勢を維持していた軍人達が退出すると着席を促され、緊張しつつ座った。
「あなた方についての大まかな報告は受けています。先ずは私たちから自己紹介しましょう。」
その言うと銀髪の女性は右隣りの女性に目配せした。目配せされた女性は金髪に黒色の軍服を着込み、テーブルには黒色の制帽を置いている。正直に言ってかつてのSS・ナチスドイツ親衛隊を彷彿とさせる姿だ。
「自分はリーゼ・ラドバーン。皇帝陛下より近衛憲兵庁長官を拝命している。」
「私はレイラ・フロストと申します。陛下の首席補佐官を勤めさせていただいております。」
金髪黒軍服のリーゼという女性に対して、反対側のレイラという女性は肩口で青い髪を切り揃え、リクルートスーツに似た服を着ている。
「私がヴァンセス帝国皇帝、エルヴィア・デュークフォル・ヴァンセスです。」
「・・・ッ‼︎⁉︎」
動揺を隠せなかった。仮にも一国の君主が得体の知れない筈の自分たち日本人といきなり顔を合わせるなど、想像出来るはずがない。
「では早速お聞きしますが・・・」
一体何を聞かれるのか、頬を冷や汗が走った。
「皇居の高貴なお方はお元気ですか?」
「なっ!?」
今この女性は何を言った?
「自衛隊はまだ戦力では無く実力なのでしょうか? 日本は今西暦で何年ですか?」
矢継ぎ早に発せられる言葉を脳が処理しきれずに混乱していた。
「結論から言いましょう。私は日本国と国交を結び、早期に貿易を始めたいと考えています。」
いきなり直球で来た。
「我が帝国と戦争中のロマニライは、日本と限定的ながらも交流を持っていると聞いています。躊躇されるのは致し方無い事でしょう。ですので帝国が日本に対してあなた方の身柄と引き換えに戦争への不介入を要求したという形を取れば、ロマニライの日本に対する印象もそれほど悪化しないのではないでしょうか。」
確かに言い訳にはなるかも知れないが、それでロマニライ王国が納得すると思える訳がない。
「し、しかし・・・」
「もし日本が早期に我が帝国と国交を結ぶと決断されるのなら、そうですね・・・・トイレの無いマンションのゴミ捨て場を提供するというのはどうでしょう?」
「えっ・・・それは、つまり・・・」
「ご想像通り、核のゴミの処分場です。それに地下資源の採掘権やインフラ整備の発注も前向きに検討しますよ。いかがです?」
戦慄とはまさにこの事だろう。
「・・・私はあくまでロマニライに対する日本の代表でありますので、この場で約束を交わすことは出来ません。」
「まあ仕方ないですね。あなた方の身の安全は皇帝の名において保証します。」
果たして安心すれば良いのか、危機感に慌てふためけば良いのか分からない状況だ。
「日本がロマニライから借り受けていた屋敷は占領部隊の司令部として使わせて頂いていますが、そこには通信機器の類が置いてあると聞いています。先ずはあなた方の無事を本国へ伝えると良いでしょう。」
護衛艦へ連絡することを許可されたという事実に全員が安堵した。