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悩み





ヴァンセス帝国は開戦から数ヶ月足らずでハイラット王国を崩壊させると、占領地の治安維持と同時に人口統計や農地の測量など統治に必要となる資料の作成を開始。さらに帝国領内から伸びる軍用鉄道も敷設が進み、着々と実効支配を確固たるものとしていた。





◆◆◆





帝都の中心に位置する皇城は六角形に区切られた敷地に建っており、周囲は東から南にかけて官庁街と公園に、北から西にかけて軍施設と官舎に囲まれている。


そんな皇城の一室、御前会議用の会議室にて今後の戦争方針が話し合われていた。



「ロマニライ王国はハイラット西部各地に軍の派遣を実施しており、いずれは我が軍の占領している王都のユラステルにも進出を図るでしょう。その場合の対処方針についてですが・・・」



国防大臣と共に臨席しているミノタウロス族の軍人官僚から現時点での状況と今後の方針案としてロマニライ王国への侵攻計画が報告される。


ロマニライと戦争になろうとも帝国の勝利は疑う余地がないのだが、開戦前の計画ではハイラットの占領までしか想定しておらず、さらなる戦線拡大など考慮していない。


対ロ戦を想定した軍の新たな方針については会議前から水面下での批判が相次いでいたが、御前会議で国防大臣がどう説明するのかに注目が集まっていた。



「事前の計画からは逸脱してしまいますが、それほど憂慮すべき事でも無いかと国防省は判断します。」



アイレス国防大臣の発言に居並ぶ閣僚からは冷ややかな視線が向けられた。


戦争の無計画な拡大など国家にとって害悪以外の何物でも無い。それ以前に、ハイラットに国家としての機能を残したまま王都の占領でもって傀儡政権を構築するという計画の筈が、王族の逃亡によって王国政府が崩壊してしまったため、想定よりも官僚達の業務が大幅に拡大しているのだ。


そうでなくとも、戦争より優先すべき国内事業が幾らでもある中で戦線の拡大を主張、控えめに言っても止むなしとする国防省の見解に批判が集中するのは必然だった。



「ロマニライと戦端を開くというのならば、大蔵省としては断固反対します。」



エルフ族のリリーム大蔵大臣が語気を強めながら真っ先に反対の声をあげた。大蔵省予算執行監督局(日本で例えるなら会計検査院の強化版)の局長を長年勤めた末に大蔵省の頂点へと上り詰めた初老の女性は、生粋の軍人ですら怯む目つきで国防大臣を眼鏡越しに睨みつける。



「内務省としても軍による占領後の直接統治は旧ハイラット王国の王都以東のみを前提としており、ロマニライを打ち破っても統治する人手が足りません。」


「農務省も同意見です。」


「国土省も同じく。」


「商工省から申し上げますと、軍用品の増産継続による他の産業への影響が懸念です。」



ケンタウロス族の内務大臣、ゴブリン族の農務大臣、人間の国土大臣、ラミア族の商工大臣がリリーム大蔵大臣と同じように反対する。


失敗を回収して威信を取り戻したい軍と戦争の拡大を嫌う各省の隔たりは、簡単に埋まるものでは無いことがこれで明白となった。


各省からすれば、帝国軍が勝つのは当たり前なのだから勝利のコストを最小にするのが軍と国防省の最大の業務であるという認識であり、軍のプライドのために予算や資材を持っていかれるなど冗談ではない。



(どっちも正論だからなぁ・・・)



ボクは思わず口に出しそうだったのを押しとどめた。


軍の戦線拡大も止むなしとする意見は一見暴論に聞こえるが、ロマニライの亜人に対する偏見がハイラットと殆ど変わらないことを考えれば、ロマニライの参戦を前提として臨むべきだという主張は決して的はずれではない。


しかし各省の大臣が声を揃えて反対しているように、戦線拡大を好意的に受け止める者はかなりの少数派、というより軍しか居ないと言ってもいい。


財政的にはそれほど困窮しているわけではないが、いつまでも戦争に注力するほど金が有り余っている訳でもない。




官僚制の代表的な課題であるセクショナリズムの問題は世界が変わっても共通なのだろう。


そして官僚機構とは一度形成されれば滅多なことでは壊れない。


敗戦直後の日本もアメリカによる改革が断行されたとは言え、巨視的に見れば基本的に戦前から続く官僚制の延長だ。


一方で官僚制の諸問題は公平公正・効率を保つための原則と表裏一体であるため、根本的解決は不可能である。加えて国家の規模と役割が大きくなるほど官僚機構は不可欠で強固な存在となることを考えれば、何というジレンマだろうか。




「ロマニライの出方を待ちましょう。」



御前会議の最後は皇帝たるボクのその一言で締めくくられた。



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