ヴァンセス帝国公開
「本船は間もなく出港致します。」
ミストン商工大臣の訪日から数週間後の福島県・小名浜港。
この港からヴァンセス帝国の国営海運会社が所有する貨客船が、今まさに出港しようとしていた。
この船は帝国から日本への貴金属製品の輸送を終えて、日本で購入された各種品物と共に、地球に於ける主要国の視察団及び日本のジャーナリスト達を帝国本国へ輸送するところだった。
帝国から見れば鉱物資源をそのまま日本に輸出するより、異世界産の装飾品として売った方が利益率は高い。また宝飾関連品ならば取引が不調に終わっても、今後期待される貿易規模から考えれば経済的ダメージは限定的であり、試験的な交易品として適切だと判断された。
しかし異世界の品というインパクトは予想以上に大きく、更には少しでも社名を覚えてもらおうと業種を問わず各企業が熱を入れた結果、オークション形式で売り出された品々はとてつもない値をつけることになる。
そのため日本政府が建て替えたパソコンなどの購入代金は即座に支払われ、追加で様々な物品も買い込まれた。
各種車輌から家電製品、日用品、保存食品、大量の書籍、果てにはボルトやネジなど、それこそ手当たり次第に買い漁り、船倉が満杯になるほどにだ。
そんな貨客船の展望スペースにて、複数人の記者が屯していた。
「やっと異世界に行けるんだな。」
「どれだけ待ったことか。」
「政府はよっぽどヴァンセス帝国とやらを報じて欲しくないんだろうよ。」
帝国が地球各国からの視察団受け入れと、日本のマスコミ関係者に対して入国を解禁することが発表されると、ビザの発給を受けるために駐日帝国大使館へ人々が殺到した。
何しろ日本政府関係者を除いて、各国の外交官ですらまだ異世界に足を踏み入れていないのだ。
海上門は日本の領海内にあるが、各国が異世界へ向かおうとするだけならば、国際法上は日本政府やヴァンセス帝国に伺いを立てる必要はない。
だが門を出た先はヴァンセス帝国の支配海域であり、その帝国が日本政府と帝国政府の双方が了解しない限り、通行を拒否すると宣言していた。
表面上は帝国を非難する国もあったが、そもそも異世界にあるヴァンセス帝国に、地球上の国際法を遵守しろと言えるのかという問題がある。
国家間の見解の相違などでは無く、文字通り世界が違うのだ。
帝国の軍事力や政治体制が不明確な状態で強硬策に走り、核廃棄物の最終処分場建設の可能性など、地球全体規模の利益にもなり得る帝国との交流をぶち壊しにでもすれば、世界中から非難を受けかねない。
下手に揉め事を起こすくらいなら、面倒な部分は日本に押し付けて様子見に徹するというのが各国の思いであり、現時点では日本を抜きに帝国と接触を図ろうとする国は予想外に少なかった。
そのような政治的状況はさて置き、各国からの視察団に同行する形で行動も大きく制限されているが、報道関係者にとっては待ちに待った瞬間だった。
◆◆◆
トラク諸島 希島
依然として建設工事が進行中の希島へ休憩を兼ねて寄港し、帝国内では政府職員の指示に従うという誓約書へサインした上で、乗客たちは下船を許可された。
「ついに入国か。」
日本政府関係者以外で初めての帝国への入国、いや異世界への訪問に、誰もが少なからず高揚していた。
しかしその興奮は下船早々に半減する。
視界に入るのは建設現場ばかりで、ファンタジー要素があまりにも少ない。建設作業員の中には異種族らしい姿もあるが、世間が求めるであろう異世界の風景とはかけはなれていた。
「皆さん、此方へお進み下さい。」
そんな記者たちの心情を一切考慮しない案内役に先導された先は、トラク諸島一帯を管轄地区として創設される予定の行政府の庁舎だった。隣には各中央省庁の地方出先機関の入る合同庁舎が建っている。
「この施設はつい最近完成したもので、将来的に設置されるトラク府の府庁舎となる予定です。」
現時点で民間人は皆無だが、貿易が拡大すれば文字通り世界を繋ぐ物流の結束点となるだろう。
それに備えて府庁舎には大小各種の会議室に加え、文化ホールや図書館となる予定の区画も作られており、経済交流のみならず、文化交流も視野に入れていることが予想できる。
一行が府庁舎の会議室に通され、視察団と記者達が全員着席した所で、司会役と思しき人物が前に立つ。
「皆様、これより本日以降の日程及び帝国本土での行動における注意点の説明、簡単な質疑応答の時間と致します。」
この説明会の後は再び貨客船に乗り込み、翌日の昼頃に帝都へ到着予定であることが告げられ、司会役の内務省職員はその後の予定も淡々と説明した。
日程の説明があっさりと終わり、質疑応答が始まると記者たちの空気が変わる。
「では、質疑応答に移りますが、ご質問のある方を挙手を・・・」
誰もが質問の指名を受けようと殺気立ち、机から身を乗り出して手を挙げる。
「では2列目の其方の方。」
「月影新聞と申します。帝国に存在する種族について・・・・」
「・・・・帝国の政治体制は・・・・此方の世界の気候は・・・・今後の日本と帝国の外交関係について・・・・」
「此方の世界では魔法が存在するそうですが、それはどの様なものなのでしょうか。」
「一般的な定義を申し上げれば『魔力の利用による物理化学現象の総称』とされています。」
出航の予定時刻だと切り上げられるまで、会議室内は熱気で覆われていた。
◆◆◆
翌日。
間も無く本土が見えてくるというアナウンスを聞き、記者たちは船首甲板に駆け走る。
大半の記者が集まったその時、前方から複数の船影が近づいてきた。
素人でも戦闘艦艇と分かる軍艦群が、輸送船と思しき船団を囲みながら航行している。
「あの艦隊は何処に向かうのですか。」
「申し訳ありませんが、お答え出来ません。我々、内務省報道官室は帝国政府の政策概要などについての報道が職務なので、軍のどの部隊が何処へ何を目的に移動するのかなどの個別の詳細については把握しておりません。では・・・」
「あ、あの・・・」
帝国の内務官僚が次なる質問を避ける様に船内へと戻ると、水平線上に陸地が見え始めた。