訪日2
帝国から外相に続いて閣僚級の人物が来日するとの発表を受け、日本国内は再び騒然となった。
セレティーヌ・ラル・ミストン商工大臣。
現職の商工大臣であると同時に初代大臣の姪であり、近年における帝国経済の飛躍的な発展を主導した人物である。
帝国政府は官吏の任用が支配者との信頼に基づく家産官僚制から、法律に基づく近代官僚制への転換が漸進的だった。そのため行政機関の幹部職員には縁故の強い人事が珍しく無い。
その一方で要職にある者の子女には幼少期から集中的な教育や訓練と共に高い倫理観が求められ、ノブレスオブリージュの体現を目指すような貴族的な風潮があった。
その様な事情はさておき、来日早々に半人半蛇のラミア族かつ相当の美人であるという噂がネット上に広がり、日本国内を中心に大反響を引き起こすことになる。
◆◆◆
「陛下の必死さに納得ね。都市の規模も交通網も桁違い。一体、どれだけの経済力でもって支えているのか想像もつかない。やっぱり直接目で見ないと実感できないことも多いわ。」
東京に到着したミストン大臣は冷静な口調と表情を維持しながらも、その目には驚愕と興奮、焦りの感情が混じる。
摩天楼と表現すべき高層ビル群、長大な高速道路や鉄道網、途切れることのない車列、etc・・・
大臣は経済官僚のトップとしての自負を揺さぶられながらも、必ず追いついてやろうという対抗心の炎を燃やしていた。
「・・・絶対に追いついてみせる。皆、そのつもりで日本から学びなさい。」
「「はい・・・」」
日本と帝国の国力差に自信喪失気味の側近たちは、力なく応答した。
帝国経済は国家の主導による発展が成功した典型例と言えるだろう。
経済を牽引するのは帝国政府の設立した国営企業や政府出資を受ける少数の大企業ばかりであり、重化学工業の主要部分に至ってはその大半が軍需産業かその派生である。
ある意味で地球における開発独裁体制に近いと評することもできるかもしれない。
重化学工業の発展が国家主導・軍事優先で進むのは歴史の必然とも言えるが、あらゆる産業を当局が事細かく主導するのは短期的には兎も角、長期的には害になりやすい。
かつて敗戦後の日本における傾斜生産方式は石炭や鉄鋼の生産を回復させ、後の朝鮮特需と共に高度経済成長への足がかりとなった。
しかし経済は生き物であり、政府が過度に統制しようとすれば、いずれは混乱に陥る。旧ソ連における計画経済など良い例だ。
全てが事前の計画に基づいて実行される計画経済は初期段階ならば確かに各種生産量を向上させ、見た目だけは経済成長をしているようになる。
だがそれは、どれだけの量をいつまでに生産せよという命令に沿って作られるだけだ。そこでは、より効率的な生産方法の追求や需要の変化への対応などのモチベーションなど生じにくく、いずれは行き詰まる。
帝国の経済政策を担う閣僚の来日は経済協力の話し合いに加えて、経済の民営化と民間企業の育成を目指す上で日本から知見を得るためでもあった。
◆◆◆
日本側ではミストン大臣の訪問が予定されている経済産業省などの行政機関だけでなく、各種の経済団体までも大騒ぎだった。
何しろ商工大臣を筆頭に複数の商工省幹部が同行するのみならず、帝国の二大経済団体のトップも随伴しているのだ。
ほぼ全ての国営企業と数少ない民間の大会社が加盟している帝国経済組織連合会の会長と、帝国各地にネットワークを持つ帝国商工会議所の会頭という、日本の経済界が関係の構築を何より望む組織の代表者である。
政府間の実務者協議の段階から更に進展した経済交流を望む帝国の本気度に対して、日本側も相応の対応を迫られていた。
結論から言えば、経済産業大臣との会談をはじめとする各種の催しに最大限の注力がなされ、日本と帝国の双方にとって大きな意義のあるものとなる。
特に両国の経済界の定期的な交流・協議を実施することが公表されると、日本企業の株価を一時的とは言え押し上げる結果となった。
これには日本からのインフラ輸出に関して帝国が非常に高い関心を抱いていることも、株価上昇に繋がったとの見方がある。
帝国において、建設会社は広大な国土に比べて規模が小さく数も多くはない。
それは大規模な土木工事を時期を分散して行うと同時に、帝国陸軍工兵隊も訓練を兼ねて一部公共工事を実施しているためであった。
だが帝国の近代化は余りにも短期間で進行したため、インフラの整備が各地で追いついていない状態が続いている。
更に現在は、工兵隊がハイラット王国及びロマニライ王国における帝国占領地域とトラク諸島に出払っているため、その不足はより顕著になっていた。
民間における建設業界の拡大を図らねばならない一方で、過度な規模に膨れ上がれば今度は利権に縛られ、業界維持のために公共工事が乱発される恐れが出てくる。
帝国政府内でも建設業界の拡大を主張する国土省及び商工省と、無用な公共工事の助長を危惧する大蔵省の対立があったが、日本によるインフラ整備は下請けの帝国現地企業の技術向上にも繋がり、より大きな利益になると判断されていた。
◆◆◆
ミストン大臣らの帰国前夜、日本側の用意したパーティにて一波乱が起きた。
「大臣に酒を飲ませたのは誰⁉︎ この色情魔を暴走させたのは誰なの⁉︎ 」
大臣と同じラミア族の女性が叫ぶ。
「だぁれが色情魔よぉ〜。母親をそんな風に言うなんてぇ、イケナイ子ねぇ。」
当の大臣は両手と尻尾のそれぞれに空のワインボトルを抱え、明らかに泥酔状態だ。
「もう誰か氷水でもぶっ掛けてやってちょうだい‼︎ 」
「いやぁぁん。ぶっ掛けなんて、いやらしいことでもさせる気なのぉ?」
「もう誰でもいいからうちの母さんをどうにかして‼︎ 」
「いやらしい事なら小さくて可愛い男の子に手取り足取り教えながらしたいわぁ。」
「そこぉぉ‼︎‼︎ 何しれっと問題発言ブチかましてるのよ‼︎ 帝国でも日本でも逮捕案件になるから‼︎ 」
商工大臣秘書官を務めるのは、大臣の娘であるテレア・ラル・ミストン。
頗る優秀な一方で色に耽る母親のセレティーヌ大臣を制御しなければならない人物である。