訪日1
今回は短めです。
ヴァンセス帝国と日本国の国交成立より2ヶ月ほどが経過し、世間は落ち着きを取り戻していた。
信任状捧呈式や駐日帝国大使館の設置、帝国のサトナカ外相と日本の外務大臣の初会談など、メディアは連日連夜帝国絡みの話題を報じていたが、話題が尽きると過熱報道も下火になりつつあった。
自称異世界研究者や自称専門家などがテレビ画面の一幕を飾る場面もあったが、最近は帝国と日本の交流による生物学分野などにおける研究の期待や、経済的利益について冷静に分析する内容にシフトしていた。
◆◆◆
東京・仮設駐日帝国大使館
「やっとひと段落というところね。」
「そうですね。」
大使執務室でのエルリランスの呟きに、彼女と同じダークエルフの二等書記官が同調した。
「しかしまだまだ楽はできません。」
「全くその通り。外務大臣の次は商工大臣よ。」
通商協定の締結によって日本企業が帝国に進出できる土台は用意できたが、本格的な企業誘致はまだまだ前途多難の状態だ。
何より異世界に足を運んで経済活動をするという行為におよび腰の企業が多い。
そのため帝国から外務大臣に続いて商工大臣も短期間のうちに訪日することによって、世界を行き来することに対する懸念を払拭することが狙いだった。
だが閣僚の訪問ともなれば、訪問先との綿密な調整が必要となる。大臣同士の会談だけでなく、経済団体との交流も盛り込もうというのであれば尚更だ。
「日本側の様子は?」
「特に経済産業省は大慌てのようです。向こうにしてみればゲストが大臣だけではないのですから。」
「問題はそれだけでないでしょうね。」
「と言いますと?」
「分からないの?大臣はどんな身体をしているかしら。」
「・・・ああ、なるほど。確かに日本にとっては頭の痛い課題ですね。」
半人半蛇のラミア族である商工大臣では移動にも配慮しなければならない。会談場所の設定にも苦労するだろう。
「そういえば、各省庁からの要求は応えられそうかしら?」
「代金は日本政府が一部を立て替えてくれるようですが、数が数ですから・・・」
日本との交流が始まって間もなく、帝国の官僚機構は盛大に荒れ狂っていた。
パソコン、コピー機、電卓、etc・・・。事務処理能力を格段に向上させる地球世界の製品の存在を知った帝国官吏たちは、試験導入に向けた購入予算を得るため、自部署の経理担当へ恐喝まがいの請求をしていた。
その要求額に応えるため、各省の会計部門は最終的に大蔵省へ請求を出す。
普段なら追加予算の請求に眉をひそめるリリーム大蔵大臣も、この時ばかりは決裁を急がせた。
大蔵省自身が多額の物品購入のために追加予算を組もうとしていたからだと噂されている。
だが各省庁の請求を合計すれば、その数量は10や20で収まる筈がない。日本円を潤沢に持っていない帝国政府が日本に頼るのは必然だった。
調達先もどうするかで日本に頼りきりの状態だが、日本政府は積極的に世話を焼いてくれている。
向こうにしてみれば帝国はこれから巨額の爆買いが確実な上客。それくらいの世話焼きで恩を売れるなら喜んで協力する訳だ。
「日本側の手助けがあっても、手間と時間が掛かる訳ね。」
「どうにかして我々(外務省)の分を優先したいところですが・・・」
「無理でしょう。そんなことをしたら、他省からどんな批判を浴びることやら。そもそもこの大使館が機能不全になりかねないでしょ。」
日本との窓口である駐日大使館には外務省のみならず、各省から職員が追加で派遣されている。
大使館のトップは大使であるエルリランスだとしても、職員たちは各本省から送られてきた者たちだ。出向元の意向を無視して仕事が順調に進むとは考えられない。
「順番はあるけど、いずれは全閣僚が来日する予定とのことよ。これからは不手際が起きたら私のみならず、外務省の汚点になる。絶対にミスは許されないわ。」
「無論、承知しています。」
彼女たちの仕事はまだまだ前途多難である。