国交成立へ1
トラク諸島 希港
合同行政庁舎が建設され、希島と命名されているトラク諸島の中心地となる島の海の玄関口。そこに日本から来航した1隻の巡視船が停泊していた。
「・・・此処がヴァンセス帝国か。」
国交樹立準備のため日本政府より派遣された杉山雄哉外務政務官は、感心したように呟いた。
希島と帝都に設置予定の日本領事館及び大使館と東京に置かれる帝国大使館に関しての協議や、国交樹立と同時に締結を予定している各種協定の最終確認など、両国関係の基礎作りも終盤に差し掛かってきている。
国交の成立は最早秒読み段階であり、両国初の外相会談の前段階として、杉山政務官は帝国の外務副大臣と幾つかの取り決めに関して確認するために希島へと来ていた。
「先生、帝国より準備が整ったと連絡がありました。車を用意しているそうです。」
「分かった、行こう。」
巡視船から下船した杉山らを帝国外務省職員と近衛憲兵が出迎え、庁舎へと向かう。
道路を走る車の窓からは至る所で工事が行われている光景が広がり、道路は縦横無尽に広がりを見せ、あちこちで建築が進んでいた。
◆◆◆
庁舎の会議室に入った杉山らは、机の中央に座る人物を見て、一瞬たじろいだ。
浅黒い肌と頭から生えている2つの角、明らかに人間と異なる大柄な体格。遠近感が狂ったのではないかと疑いたくなるほど、周囲の人間との差異があったからだ。
「ヴァンセス帝国外務副大臣、リヒト・モルビールです。」
オーガ族のモルビール副大臣は杉山政務官の反応に気付きつつもそれには触れず、もう慣れたと言わんばかりに挨拶した。
「日本国外務大臣政務官、杉山雄哉です。」
両者の挨拶も早々に、早速会議が始められた。
外交特権の相互保障や大使館の設置など、外務省が管轄する範囲の協定について、これまでの協議によって定められた事項が1つづつ確認されていく。
「では次に、ロマニライ王国との和平交渉の仲介に関して。」
半ば忘れられていたと言っても過言ではないロマニライ王国とヴァンセス帝国の戦争だが、帝国の優勢は揺るぎようのない状況だ。
帝国がロマニライ王国と戦争状態になるきっかけである旧ハイラット王国については、完全に帝国の支配下に置かれ、着々と統治機構を構築中である。
ロマニライ王国に対しては各地に対する航空機による爆撃により、王国貴族たちは自分たちの領地を守ることを優先していたため、貴族たちの抱える兵が主力の王国軍は頭数を揃えることにすら苦心していた。
さらにロマニライ王国の第一王子による拙速な帝国との開戦や、帝国に占領された王家直轄地の港湾都市シャウトフルクを貴族領の奪還より優先するなどの主張により、ロマニライ王家の求心力は急速に落ち込んでいた。
下手をすれば内戦にもなり得る状況だ。
しかし日本としては易々と仲介役を引き受ける訳にはいかなかった。
何しろ日本と帝国が関係を持つきっかけとなったシャウトフルク攻略作戦以降、日本とロマニライ王国は交流が途絶えているのだ。
その主な理由は、此方の世界での日本の行動は全て帝国の監視下にあることだった。海上門の周囲は常に帝国海軍の艦艇が張り付き、数時間毎にトラク諸島から水上機が飛来し警戒に当たる。
日本との交流を独占したいという帝国の意図が、あからさまに示されていた。
潜水艦を用いて海上門を潜水通過し、再びロマニライ王国と接触すべきではないかとの意見も日本政府内にあったが、わざわざ親日国の顰蹙を買うような行動を取ることへの疑問や、帝国視察団に関する不祥事もあり、リスクと利益が釣り合わないと判断された。
況してや内戦の恐れがある国へ講和交渉の呼びかけに行くこともリスクが高過ぎた。
一方のヴァンセス帝国だが、表面的とは言え講和の呼び掛けを求めておきながら、日本の仲介は避けたい状況に変わっていた。
日本との外交・経済交流の継続を確実にするために進められているトラク諸島開発だが、国力をこちらに注ぎ込む代償として、ロマニライ王国との戦争を棚上げにしている。
占領地はじわじわと広がってはいるが、軍部が当初思い描いたスケジュールから大きくずれていた。更には予算と資材、工兵隊までトラク諸島に回されるという、まさにヒト・モノ・カネが取り上げられた状況だった。
流石に戦地へ展開している部隊を維持するための補給には配慮されているが、大規模な攻勢計画は必ずと言って良いほど認められず、限定的な航空攻勢が限度だった。
軍部の不快感は最高潮と言ってよかった。
そんな軍部の不満を宥めるため、占領地での軍政継続など統治の主導権だけでなく、ロマニライ各地の貴族たちに対する懐柔工作の実施も軍部に一任されていた。
参謀本部はロマニライの各領主たちを王国からの離反と独立、そこから生じる内戦まで誘引するという絵を描いているらしい。将来的には双方に兵器工廠製の武器を売りつけ、独自の財源を生み出せないと画策している気配すらある。
加えて軍部主導の占領地・植民地運営を認めるということは、そこに付随する利権を軍部が独占するのを承認することに等しい。
もともと占領地行政は軍部の管轄だが、統治全般を統括する内務省の影響力を排除できるのは軍部にとっては好ましい。自分たちの管理下にある土地で司法・立法・行政の全ての権限が集中する状態が続くのは旨味の大きいことだろう。
何よりポストが増える。役職手当や恩給にも関わるため、新たな役職が生まれることの意味は非常に大きいものだ。
このように帝国がロマニライ王国との戦争をずるずると継続しているのは、トラク諸島開発に始まる対日外交へ軍のリソースを割くというムチに対し、軍部に利権というアメを与えるためという理由にシフトしつつあった。
両国の奇妙な目的の一致により、ロマニライ王国に関して日本の不介入は決定的となる。
また地球各国と帝国の国交を日本が仲介するという協定と同様に、此方の世界の各国と日本の交流を帝国が仲介することも正式に決まった。
次話で帝国の存在が公表されます