対応
「あんのバカタレェェェェェェ‼︎‼︎‼︎ 」
未だかつて無い女帝の怒号が皇城に響き渡る。
帝国外務省に届いた緊急連絡は電光石火のごとく帝国政府内を駆け巡り、第一報がエルヴィア皇帝に届いた際には声の砲弾が盛大に放たれた。
程無くして皇帝執務室に駆け込んで来た国防相と外相に加えて、帝国軍 参謀本部 情報参謀部長や外務省 総合政策局長などの政府高官も顔が真っ青になっている。
現役の軍人が拉致されるなど軍の面目は丸潰れであり、アイレス国防相は訓練で何をやっているのだと叱責を受けるものと思い、気が気でなかった。
一方のサトサカ外相も、外務省の若手のホープが責任者となっている視察団がこの様な騒ぎに巻き込まれた事に対し、大いに気を揉んでいた。
「・・・・まぁ、あのシャリアが自発的に周りの被害を考慮して魔法の威力を抑えた事を考えれば、まだマシかな・・・」
女帝の言葉にアイレス国防相をはじめ軍関係者は小さく安堵した。
かつて悪魔と呼ばれ、手当たり次第に殺戮を繰り返していた戦闘狂吸血鬼が、曲がりなりにも自身の魔法による無関係な人間への被害を慮る様になっている。
帝国軍人となる前の彼女を知る者は、彼女が軍紀に従う姿も含め、その変化は天変地異の前触れではないかと恐怖を抱いた程だ。
特に帝都騒乱事件以降は無茶振りを強行する際には言い逃れが出来る口実を、しっかりと書類も形式を満たして用意していた。
しかし根本的な性格は変わっていないという見方が多く、戦闘狂が戦争狂に上位互換しただけと見られている。
「とにかく、我が帝国に非が無い事を明確にすべきでしょう。そもそも米側が先に手を出して来たのです。加えて日本政府にも警備面から批判出来ます。」
サトナカ外相が意見を述べた。
恐らく日本政府にかの国から圧力がかけられた上での拉致未遂なのだろう。でなければ日本の警備がそんなザルな訳が無い。
秘密裏の入国をいい事に帝国の人間を強引にご招待して、日本を介さずに生物学的な意味も含めて色々な情報を仕入れたかったという辺りか。
「はぁ・・・・・」
他国からの横槍を避ける為の秘密裏の行動が、逆に厄介ごとを招いてしまった。
しかし日米への外交カードを手に入れたと考えれば、多少は溜飲を下げられる。というよりまだマシと考えていないとストレスで胃に穴があきそうだ。
日米二国の面子を初手から木っ端微塵に吹っ飛ばしたシャリア中佐。彼女に非がないことは明らかだし、帝国政府としては日米両国に断固抗議すべき場面なのだが、もう少し何とかならなかったのかとエルヴィアは心の中で愚痴をこぼす。
(まだ視察も最初なのに・・・)
この時点でエルヴィアは、日米の面子を潰したことによる不利益と同じくらいに、帝国政府内の強硬派が増長することを懸念していた。
皇帝によるトップダウン型の組織構造に、近年は日本型官僚組織の特徴と言える稟議によるボトムアップ型組織構造が加わった帝国政府。女帝の対日方針に対する反感が軍部でくすぶっている様に、文官組織の中でも反発勢力は無視出来ない状況なのだ。
その根本には、覇権国たる帝国が外国にこうべを垂れるのは許されないというプライドがある。
多種多様な種族間のわだかまりを、1つの国家に属する同胞という意識と愛国心の創出によって、相対的に弱くする。エルヴィアの建国以来の考え方はある意味成功していたが、急激な国家発展と帝国陸海軍の負け知らずぶりは、特に官僚組織に属する者の自尊心も高めていた。
女帝による独裁色の強い政治体制であっても、政策を実施する官僚たちの理解と支持は、巨大な帝国を運営するのに欠かせない。
外交問題と同時に内政問題も誘発しかねない事態に頭を抱えつつも、エルヴィアはさっさと仕事に取り組もうと頭を切り替えた。
「さて、動くなら早くしましょうか。」
その後は関係各所との議論を経て、日本政府に対し帝国の存在と外交関係の構築について公表した上で、米政府への抗議を行いたいという要請が帝国政府の正式決定とされた。
◆◆◆
「・・・身元不明の遺体、か。」
シャリア中佐の引き起こした爆発から数日が経過したが、現場から複数の遺体が発見され、身元不明であるという事が報じられた程度であった。
(日米の双方にとって、表沙汰にしたくないという思いは共通している訳だ。)
エルリランスは報道の内容から日米両政府の思惑を推察していた。
曲がりなりにも外国政府の使節メンバーが国内で拉致されたなど、日本は絶対に表沙汰にはしたくないだろう。米国にしても外国要人の拉致を計画実行していたなど、言える訳がない。
「・・・こちらから話を振らない限り、日米がこの話題を問題にする可能性は低いか。」
帝国としてもシャリアの行動を公表されるのは好ましくなかった。正当防衛とはいえ彼女は殺人と吸血行為を実際に行なっている。
吸血という行為はヴァンセス帝国の世界でも猟奇的というイメージが強いのに、地球世界で事が公になったらどんな目で見られるか想像に難くない。
因みに吸血鬼は血液を摂取しなければ生きられない訳でなく、血は嗜好品か強力な栄養剤の様な感覚である。
またヴァンセス帝国においては、吸血鬼が人から吸血を行いたい時には事前に相手の同意が必要であり、無理矢理行った時は暴行罪に問われる。
直接ではなくナイフ等で出血させた血をカップに注ぎ、その血を飲む場合でも相手の同意が必要とされ、継続的に血を提供することを約束する契約を結び際には、公証事務所(日本の公証役場と役割はほぼ同じ)にて契約書を作成することが推奨されている。
いずれにせよ事の顛末が露呈するのを防ぎたいという思惑は日米ヴァ三国に共通していた。
外交関係の公表と米政府への抗議を行いたいという日本政府に対する要請も、両国を牽制するための形だけのものだ。
一方でヴァンセス帝国としては絶対に隠したいことでなく、公になったら仕方ない程度である。米国は数多ある陰謀論から持ち出したでっち上げだと主張するかも知れないが、その時はシャリアの能力によって把握している拉致実行者たちの素性を公表すると言えばいい。
表向きは観光客として入国していたらしいが、元軍人や元情報機関職員などが銃器を日本国内に持ち込んで爆発現場に偶々居合わせたなどと、信じる人間が居るだろうか。
「意外と僥倖なのかも・・・いやいや、こんな事を言ったらシャリア中佐が調子付く・・・」
はるか上の年長者への不満を露わにしつつも、エルリランスは帝国外務省課長としての職務に努めるのだった。