急展開2
訪日中に起こった視察団メンバーの行方不明と都内の爆発。関連があるとは思えない、と言うより思いたくない二つの事象にエルリランスは頭を抱えていた。
「ナカハラ少佐、まさか彼女の仕業ではありませんよね?」
「そうで無いことを祈りますが、少なくともブラウバルド中佐であればあの程度の爆破は容易です。」
寧ろ本当に中佐の仕業だとすれば、威力を抑えて魔法による爆破を起こしたと言えるでしょうという慰めにもならない追加返答に、文官たちは深い溜息をついた。
「まさか国交を結ぶ前から外交の危機が降りかかるなんて。」
もし爆発にシャリア中佐が関わっていたとすれば、とてつもない外交問題だ。
と言うより、皇帝エルヴィアからくれぐれも失礼の無いようにと強く念押しされていた日本視察が、このような事態になってしまったのだ。
場合によっては視察団のクビが飛ぶだけでは済まないだろう。官僚たちの心が休まることは無く、ただ時間が経過していった。
◆◆◆
深夜だったために辛うじて目撃されなかったシャリアは、都内上空を飛翔していた。
「しかし、東京近辺の地図を眺めていたのが幸いしたな。」
吸血鬼として夜目が利き、軍人として地形図の読み込みも訓練している彼女にとって、終電も過ぎた深夜の東京を飛翔するのは困難では無い。
「お、あれは確か新宿駅か。ということは向こうの方角に明治神宮があるから・・・」
懇親会の会場が入る建物を探す。
「あれか?」
一応は明かりや人気を気にしながら慎重に高度を下げる。
「失礼。」
「はい? あっ! ブラウバルドさん!?」
突然背後から声を掛けられた男性は、声の主に驚愕の表情を見せた。
「やはり歓迎会に参加されていた方でしたか。助かりました。」
「一体どうされたのです!? 突然行方不明になったかと思えば、その様な格好で・・・」
見た目だけは幼い女児が、ボロボロの格好でスーツ姿の男性と話をしている。
事情を知らない人間が目撃すれば通報されそうな光景だ。
「とにかく、人目につく前に中へ。」
建物内に誘導されたシャリアは、そのまま帝国視察団の待機する部屋へ案内された。
「中佐‼︎ 一体何をやっているのですか貴方は⁉︎ 」
「攫われたから暴れて帰ってきた。」
「・・・・・・」
エルリランスは壊れたくるみ割り人形のように開いた口が塞がらなかった。
「日本側に釈明する前に詳細をお聞かせ願います。」
◆◆◆
「・・・・・想像以上に厄介な事態ですね。」
シャリアの説明に視察団一行は更に頭を抱えた。
中佐の行動は明らかに過剰とは言え、根本は正当防衛だと主張する余地はある。問題は彼女を拉致した者たちの方だった。
「中佐、本当にアメリカ合衆国が絡んでいるのですか?」
「あの男たちの血を吸った際に、記憶を遡った。さらに7人の内2人から致死量の血を吸い出したから、情報の精度は高い筈だ。」
シャリア・ブラウバルドが吸血鬼の中でも異端とされる理由の1つが、吸血の際に相手の記憶を読み取る特殊能力を有していることだった。
吸血鬼にとっての一般的な吸血量ではかなり曖昧な記憶しか見れないが、吸血量が多いほど正確な情報を得られる。
相手が失血死する程の量ならば、本人が意識していない深層心理まで場合によっては読み取れるのだ。
「一応、証拠として切り落とした連中の指や所持していた銃などは持ってきたが。」
ゴソゴソッ
「うぷっ⁉︎ 」
シャリアが血に塗れた数本の人差し指と拳銃を取り出すと、エルリランスを含めた数人は懇親会での食事が戻らない様に押し留めた。
「そ、それは出来れば仕舞って頂きたい・・・。」
「軟弱な小娘だな。昔は子供でも血肉を見ることなど珍しくも無かったのだが。」
「年季が入った貴方と一緒にされても困ります。それよりその指と銃はどうするつもりですか?」
「どうするだと?私が拉致された証拠として日本にそのまま渡せば良いだろ。」
「腐敗防止魔法をかけるか、せめて何かに包んで冷やしておいて下さい。切り落とした人の指をそのまま差し出すなど、この上ない嫌がらせになります。」
「そこまで気にするものか?」
「誰もが貴方のように、血肉を眺めることに慣れている訳ではありません。またシャリア中佐は拉致されてから此処へ戻るまでの状況を報告書に纏めて下さい。日本に対する説明に際して、其れも提出します。」
「しかし日本側が素直に納得するでしょうか?」
必要な指示を出すエルリランスに官僚の一人は懸念を示す。
「もはや無関係だとしらを切ることは出来ないのですから、この場合は嘘偽り無く伝えるしか無いでしょう。幸い此方側に非はないのですから。中佐の破壊行為を除いて。」
「ならば小官は政治を気にせずにありのままを記せば良いのですね?」
「中佐殿、その通りでありますが、この場でその様な言動は控えるべきかと思いますが?」
ナカハラ少佐が苦言を呈す。
「政治に振り回される煩わしさを軽く思い出しただけだが?」
「日本から多くを学び友好を深めよ。陛下の訓示がいきなり困難なものとなってしまいました。これが謀略を仕掛けよという命であったなら、どれ程気が楽なことか。」
エルリランスはこめかみを押さえる。
「いっその事、この会話を日本側が盗み聞きしていたのなら釈明する手間も省けるでしょうな。」
シャリアがにやけながら言った。
「確かにそうかも知れませんが、何れにせよ視察団の代表として日本側へ頭を下げるのは私なのです。少しは私の胃を労わって貰いたい。」
「懇親会であれだけ料理を頬張った課長殿の胃袋を心配する必要があるのか?」
「グギギギィィ・・・・・」
エルリランスの胃はストレスに押し潰されかけていた。