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お互いの懸念


日本 内閣府会議室



対ヴァンセス帝国外交の方針を協議するため、内閣府の会議室に様々な省庁の担当者が集まっていた。



外交官の身柄を何の条件も提示されずに引き受けることが叶った日本であったが、政府関係者の心境は安堵を通り越して困惑状態である。


身代金の要求も予想していた日本政府は呆気なく身柄を引き渡した帝国の狙いについて、帝国に保護された黒田達と帝国へ赴いた外交団を中心に省庁の垣根を超えた議論を早々に始めていた。



「ではエルヴィア皇帝は日本との貿易を何より望んでいると断定して宜しいのか?」


「それは間違いありません。皇帝は相当な譲歩をしてでも早期に貿易を始めたいと暗に言ってきました。それも貿易収支が帝国にとって相当な赤字となるであろう事を前提とした口振りで。」


「余りにも好条件過ぎるぞ。」



女帝は日本に対し早期の貿易開始と共に、港や発電所をはじめとしたインフラ整備や、将来的な日本企業の進出に対応する為の法制度や税制の整備への協力などを求めて来た。


加えて日本の自動車運転免許を帝国でも有効とする案や、帝国内に日本の主権が一部適応される租借地のような地域を設定する案、高速鉄道建設発注に向けての協議など、投資額以上のメリットが目立つ提案も受けており、数兆円単位の投資でも十分に検討に値するものだった。



「皇帝は技術援助も熱望しています。特に農業や医療に関しては大学をはじめとする研究者の派遣も検討して欲しいとのことです。」


「産業技術や軍事面での援助は要求されなかったのか?」


「希望はされましたが、あまり期待はしていないとはっきり言われました。特に防衛装備品の移転は相当な信頼関係があっても困難であり、実現したとしても割高であることは承知していると。」



日本人としての記憶を持っているという上での発言ならば、軍事に関わる分野で日本が慎重であり、価格も高価であることを少なくとも皇帝は理解してくれているということだ。あくまで女帝の言葉を全て信じるならだが。



「・・・・・。」



各省の会議参加者は困惑を深め、暫しの沈黙が続いた。


帝国が大陸に於いて覇権国家たる地位を確立しているということ、皇帝が魔法の類いで地球上の知識を得ているという二点が無視出来ない懸念材料だ。


正直言ってエルヴィア皇帝の要求している貿易と技術援助を全面的に進めても日本には莫大な利益がもたらされる。


単純な輸出に限っても自動車や船舶の大量発注を検討していると皇帝の口から公言されており、家電製品や日用品などに関しても大陸一つ分の市場をあっさりと諦めることが出来るわけも無い。


技術援助にしても工業規格を日本と同じにする為の布石と考えるなら悪くない話だ。寧ろ皇帝が率先して日本の工業規格のみならず他の様々な分野での日本方式を採用したがっており、それが実現したならばヴァンセス帝国におけるあらゆる分野の市場を日本企業が席巻する事になる。

そうなれば他国企業が後から参入しても先駆者としてのアドバンテージは強い。


しかし万が一にも帝国が日本に敵対的行動を取った場合はどうするのか。敵対までは行かなくとも、企業が大々的に進出した後に無茶な要求をされたらどうするのか。


産業の空洞化、技術流出の前例も抱える日本としては素直に飛びつく訳には行かない。


また場合によっては損失に繋がる業界も出てくるだろう。日本国にとっては有益でも、国内の誰もがそれを手ぶらで歓迎するわけでは無いのだ。


さらにアメリカをはじめとする各国からの情報開示要求が日に日に高まっている。


最初は門の出現した場所が日本の領海内であったことやドラゴンによる直接の被害も無い為に静観していた各国だったが、日本が異世界にて外交関係の構築を模索していたことは少なくとも複数国の諜報活動によって知られていた。


更にアメリカは帝国と日本の接触も既に察知している節がある。今のところはアメリカや中国辺りが強引な手段を取る気配は無いが、秘密裏に交渉を進められる時間はそう長く無い。





地球に於ける国際情勢もさることながら、女帝が魔法で地球の知識を得ていることがある意味最も気がかりな事項である。


仮に事実だとして、それは報道されている程度のことを知り得るということなのか、国家の重要機密も知ることが出来るのか、情報不足が目立つ。


皇帝が日本人の記憶を宿しているという話も合わせて普通なら一蹴するところだが、帝国の公用語が明らかな日本語である事に加え、第二次世界大戦時の日本海軍を参考にしたとしか思えない艦船群。


間違っても皇帝が冗談や妄想を口にしているなどと断じることなど出来なかった。





◆◆◆





日本の官僚たちが頭を悩ましている丁度その頃、話題の皇帝は風呂を堪能していた。



「はあぁぁぁぁ〜〜。」



日本との国交及び貿易の早期開始を帝国の最優先事項として扱い、必然的に急増した執務に夢中で取り組んでいたボクだが、連続勤務時間が96時間を超えたところで補佐官のレイラと宰相のヤストから無理矢理休まされた。



《いい加減に休息して頂かないと、陛下をひん剥いてリーゼ長官が準備万端の浴場に放り込み奉りますよ。そして女同士の肉欲と快楽の園に堕ちるのです。》


《ヤスト・・・それ男が使う脅し文句としてどうなの?》


《言い方に多少問題はありますが、私も宰相と同じ思いです。》


《あれ? リーゼの暴走を止めるのがレイラの役目じゃ無いの?》


《陛下は何かに夢中になるといつまでも没頭してしまいますが、今回は流石に度が過ぎています。御身の健康のためならば陛下がリーゼ長官の性奴隷に堕ちる事も止む無しかと。》


《止む無しじゃ無いよ‼︎ 皇帝が臣下の性奴隷になってどうするの⁉︎ 彼女なら歓喜のあまり歌い出しそうだけど・・・》



アホなやり取りの末に先ずは風呂と侍従たちに半ば強制的に浴場へ連行され、今は湯船で溜まりに溜まった疲労を和らげていた。



(門の継続性が見えてきたのはいいけど、吸血鬼が真っ昼間から太陽の下で風呂に入っているなんて、地球ならどんな反応が返ってくるのかね。)



日本との交流を活発化させていく際の最大の懸念事項であった門の持続性についてだが、杞憂で済みそうだ。


帝国国土省と海軍による調査によって、門の出現した周辺の魔力状況が極めて安定している事が判明していた。


魔力はその大半が地中にあるのだが、薄いながら空気中にも漂っている。


通常空気中の魔力は一箇所に留まらないのだが、ごく稀に集中して滞留することがある。そして何らかの要因によって空間に歪みを生じさせ、異常現象を引き起こすことがあるのだ。


過去にも帝国領内にて部分的な時空トンネルのような穴が空中に空いたことがあり、異常気象が発生した事例もいくつかある。


魔力溜まりが不安定だった為か多くの現象は長く続かなかったが、確率はかなり低いものの周辺の魔力が安定している場合は、時空トンネルや異常気象が続くことが観測されていた。


結論から言えば、極めて例外的な事象が重なり合って繋がった門は、例えるなら地震と津波と地盤沈下でスエズ運河が出来たと言っているようなものであり、しかも長期に渡って安定して存在するようだ。



そんな門は兎も角として、帝国の姿を日本人が見てどう思うだろうか。


ヴァンセス帝国は多種多様な人種、種族、民族により成り立つ多種族・多民族・多文化国家であり、それだけに種族的特徴や宗教に絡む揉め事は多い。


帝国には中央政府たる帝国政府の下に広域行政区域として自治国と府県が、その下に基礎的行政として市町村が設けられており、府は軍事経済上の重要拠点を含む地域を担う行政区域と行政組織を、県はそれ以外の広域行政区域と組織を意味する。


基本的に帝国のどの土地に行こうが帝国政府の制定した法(便宜的に帝国法と呼ばれる)が適用されるが、自治国政府は内務省及び法務省と協議した上で独自の法律を制定或いは帝国法の一部を域内に限って適用外に出来る。とは言っても府県の制定する条例より多少強いだけで基本的に帝国法より下位の法源である点は条例と同様だ。


さらに自治国・府県とは別に少数部族の自治区も設けるなど、帝国は中央集権でありながらも種族・民族に関わる問題にはそれなりに制度上の配慮はしている。


内務省の中にも地方行政の監督を担当する自治局とは別に種族間の紛争や宗教問題などを担当する民族宗教局を置いて調和を図っているのだが、課題は山積していた。



「日本と交流が活発化すれば帝国の支配体制や亜人各種について、日本のみならず地球世界の各国に広まる。」



その際に此方の世界の種族や信仰がどんな目で見られるのか。ボクのような吸血鬼などは色々と尾ひれがついて噂が広まりそうだ。



「やっぱり直接の外交は日本に限定したいな。」



この世界には魔法やファンタジーな種族が実在しているのだ。さらに地球には無い動植物も含め、それらの研究にどれだけ価値が秘められているのかを想像するのは難しく無い。さらに石炭、石油、鉄鉱石、ボーキサイト、金銀銅などの誰もが知ってる典型的な資源の採掘も見込める。加えて製品を売り込む市場もセットで付いてくるとなれば、誰が野放しにするだろうか。


だが帝国内の資源や市場を巡って各国がこっちの世界で利権争いを繰り広げるなど真っ平ごめんだ。特に米中が自国民保護を名目に軍を展開することだけは避けたい。


アメリカはともかく中国なら投資や企業進出と並行して入植政策も出来ないかと確実に画策するだろう。そんなことを実施されたらもう悪夢だ。

もっとも入り口が日本の太平洋側の領海内にある以上は強硬手段に打って出るとは思えないが、油断は禁物である。


なればこそ門の通過を日本と帝国の共通管理とし、帝国との外交接触を求める国には日本を通してのみ応じるという流れを早いうちから確立しておきたいのだ。見方によっては日本の保護国に成り下がっているようにも見えるが、日本を除く各国からの影響力拡大防止と捉えればお釣りが出る。



「でもなぁ・・・」



懸念を列挙すればきりが無いが、気になるとすれば日本のマスコミとやはりアメリカだろうか。



「成るように成るしかないか。風呂から出たら対日視察団のメンバー案に目を通して、それから・・・」



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