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帝国へ3



皇城・謁見室



「日本国外交団が到着しました。」



侍従の声に、閣僚を含め謁見室に集まっていた全員が身構えた。



(これで日本と・・・)



ボクは待ちに待った瞬間がついにやって来た事に軽く興奮していた。今日やって来た外交団は今後外交を展開するに当たって互いの要求などを確認する予備交渉と情報収集が目的であろう。であるならば権限はさほど与えられてはいまい。


しかし日本には帝国との交渉を軽視することなど出来ない筈だ。


外交官の身柄を確保されているということもあるが、何よりボクがちらつかせた資源採掘権、インフラ輸出、核廃棄物処分場の建設という巨大な利益を見過ごせる訳がない。多少のリスクを負ってでも交渉へ赴くだろう。現に今日の到着も予想以上に早かったと思う程だ。





扉が開かれ、サトナカ外務大臣が日本の面々を連れて入室する。


外交団は控え目に言っても緊張で顔が引きつっており、未知の存在に対する不安や恐怖が垣間見えた。



「陛下、日本国外交団の皆様をお連れいたしました。」


「ご苦労。」



サトナカ大臣とボクのやり取りを受けて日本の外交団がこうべを垂れた。



「外交団代表の原野と申します。皇帝陛下に御目通りさせて頂き、光栄に存じます。」


「頭をお上げください。よくぞお越し下さいました。」



ボクは周囲の者が驚愕するぐらいの満面の笑みを浮かべ、日本の代表者は言葉を続けた。



「この度はお招きいただき、誠に感謝する次第です。また先のロマニライにおける戦闘にて我が国の外交官を保護していただいた件についても、重ねて感謝申し上げます。」


「滅相も無い。寧ろ知らなかったとは言え、シャウトフルクの戦闘で貴国を我が帝国とロマニライの戦争に巻き込んでしまい、申し訳無く思っております。」



原野という外務官僚は予想外の反応に遭遇したと言わんばかりにたじろぎ、他の外交官達も同じような反応を示した。



(陛下! へりくだり過ぎです! 皇帝がそのような態度では帝国が軽んじられてしまいます!)



側に控えていた近衛憲兵庁長官のリーゼが小声で異議を申し立てる。謁見室に居合わせる他の者も困惑の表情をしていた。



「日本と帝国の国力を比べれば仕方がないことだよ。それに先ほどの言葉は紛れも無い私の本心だ。」


「・・・失礼いたしました。」



リーゼは渋々ながらも引き下がった。



「さて早速本題ですが、シャウトフルクにて保護した黒田氏達を無条件で返還することをこの場で宣言し、その上で改めて国交樹立及び通商条約締結に向けた協議を日本政府に求めます。」


「っ⁉︎ か、感謝の極みでございます・・・」



やはり無条件の引き渡しは日本側にとって予想外だったようだ。保護した外交官を交渉材料としないことについては外務省以外からもかなり文句を言われたが、これはボクの方針を押し通した。


黒田氏達の身柄と引き換えに身代金や交易上の優遇を要求するのは印象が悪い。それは巡り巡って帝国の損失に繋がるという方便であったが、本当のところは日本との繋がりのきっかけとなっただけで既にボクは黒田氏達に感謝しているし、彼らを人質とするのは元日本人として忍びないという気持ちも多少はあった。


それ以前に対日外交の初手に於いて、ボクが行おうとしているのが大々的な日本贔屓なのである。


帝国の発展に大いに寄与するだろうという理屈で、帝国が日本に媚びを売ることは閣僚たちに納得させた。


しかしそれも8割ほど本気だが、かつての日本人としての感覚から、日本が損するのは何となく気後れするという感情も少なからず影響していた。


それでなくても日本との貿易が始まれば恐らく帝国の対日貿易収支は大幅な赤字になる。資源輸出が軌道に乗っても日本製品の輸入額との差額が拡大し続けることは必須だろう。


しかし日本企業がこぞって帝国に進出し、莫大な利益を築いたら?


さらなる投資に繋がり、企業も日本政府も皇帝であるボクの要求を無視出来なくなる。ましてや、その要求が日本にとっても国富の増加になるなら断る理由が無いだろう。


各企業の工場進出や技術援助は当分の間は渋るかもしれないが、それは貿易が拡大してからでも互いの妥協点を探れば良い。



「さて、今後の外交については別室で話し合いましょう。」





◆◆◆





外交団代表の原野は意外に思った。謁見室から移動した先の会議室は打って変わって飾り気が無く、本当に会議室としてのみ使われる様な部屋だった。


そしてこの会議室でも黒色の軍服を着た者たちが壁に沿って立ち並んでいる。



「彼らが気になりますか?」



平常心を装おうとしても好奇の視線は隠しきれなかったらしく、席に着いたエルヴィア皇帝が話しかけてきた。



「い、いえ。大変失礼を・・・」


「構いません。彼らは近衛憲兵です。」


「近衛、憲兵・・・?」



皇帝が謁見室でも側に仕えていたリーゼという近衛憲兵の女性に目配せすると、そのリーゼが説明を始めた。



「ええ。憲兵と付いてはいますが、正式には軍属ではありません。皇帝陛下の身辺警護や官吏による汚職・不正の摘発などが私たちの業務となります。」



黒軍服の全員が制帽を取って深々と礼をする。近衛憲兵たちが直立姿勢に戻ると、皇帝は早速本題に入った。



「さて我が国の日本に対する要望ですが、戦争への不介入が第一です。尤も日本が海外派兵を望むとは思えませんが。」



武力介入など此方から願い下げな日本にとってはありがたいが、外交カードの一枚は鎌かけする前から早速潰されてしまった。



「国交の成立後は防衛装備品の輸出、では無く移転でしたか、それを求めたいですが・・・流石に無茶が過ぎますね。」



日本の事情は承知していると言わんばかりの口振りだ。



「先ずは日用品の試験的取引と我が国の官僚や技術者、軍人の日本視察といったところでしょうか。」



日用品の取引は無難なところだろう。訪日については難しい面もあるが、防衛装備移転に比べればハードルは低い。



「日本から我が国へ現時点で何か要望はありますか?」


「では以前に皇帝陛下が仰っておられた採掘権と最終処分場についてお伺いさせて頂きたいのですが・・・。」



日本にとって関心を持たずにはいられない事項について、帝国はどのような認識なのか確認しなければならない。



「採掘権については相場や為替、運搬などの問題もありますので、詳細については我が国の大蔵省、商工省の担当者と協議して頂きたい。最終処分場ですが、我が国の無人地帯に建設を許可する代わりに保管料を毎年支払って頂きたいと思います。もちろん地層調査を行った上でですが。」



皇帝は言葉を区切るとテーブルに置かれたお茶に手を伸ばした。今更だが緑茶が出されていたことに若干驚く。



「保管料の支払いに関しては処分場が完成して放射性廃棄物を運び込んでからとし、金額については今後の交渉次第という認識です。」


「成る程・・・」



帝国には核について最低限の知識があるとの前提に立つならば杜撰な事は何も出来ないだろう。建設した処分場で高速増殖炉もんじゅの如き不祥事が起きたら、どのような事になるかは想像もしたくない。



「他にはありますか?」


「・・・皇帝陛下ご自身についての質問となってしまうのですが。」



エルヴィア皇帝を除く帝国側の人間の雰囲気が一気に険しくなった。



「何故私が日本を知っているのか、ですね。」


「・・・」


「当然の疑問でしょう。無礼などとは思いませんので、ご安心を。」



皇帝は笑顔を保ったままだが、ただでさえ気まずい空間が更に居づらくなった状況は変わらなかった。



「帝国の建国前、私は原因不明の高熱によって意識が朦朧とした状態が一週間以上続いたことがありました。そして意識が回復した時、私の頭の中には日本人と思しき人間の記憶が宿って居ました。その記憶のせいか今でも時折、自分が日本で男性として過ごして居たかのような錯覚を覚えるのです。」



これは上司に何と報告しろと言うのだろうか。こんな荒唐無稽な話を持ち帰って精神異常を疑われろと言うのか。



「また時空の歪みのせいか何か分かりませんが、魔力の込め方によってはその日本人と思しき人物が持ち合わせていなかった知識も得られるようになり、帝国の発展を大いに支えました。」



心の中で、チートじゃねぇか‼︎ と叫ぶ。



「それほど便利なものでもありません。日本の日々の情勢などは知り得ませんし、知識を一つ得るだけで膨大な魔力を消費します。地球に於いて例えるなら、有名なインターネット上の百科事典を一行読むのに毎回100メートル走を全力でするようなものでしょうか。」



それでも十分ではないか。ならば何故日本との交流を求めるのだろうか?



「本日はお疲れでしょう。大使館の候補となる屋敷を用意しておりますので、下見がてらにそちらでお休み下さい。夜の晩餐会の際にシャウトフルクにて保護したあなた方のご同僚をお連れしましょう。」


「・・・よろしくお願いします。」



女帝は終始上機嫌であった。



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