帝国へ
門の向こうから緊急帰還した護衛艦の報告は日本政府に激震を走らせた。
異世界の列強国であるロマニライ王国と友好関係を築く事に成功した矢先に外交団が戦争に巻き込まれ、しかもロマニライの戦争相手国である帝国に拘束された上に、帝国の皇帝が日本との国交を申し込んで来たというのだ。
更にその皇帝が何故か日本に少なからず精通しており、加えて地下資源の採掘権、インフラ輸出、核廃棄物の最終処分場建設用地など日本が無視する事の出来ないカードをちらつかせてきた事も困惑を助長させていた。
また皇帝の早期来日という帝国からの要望も関係者の頭を悩ませたが、何よりも情報不足が対応を殊更に難しくしていた。
一応は拘束された外交官達から護衛艦への無線連絡により少なくとも第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけての軍事水準であること、皇帝が若い外見の女性であること、所謂ファンタジーな種族が多数属していることなどは把握している。
しかし何故、異世界の接触も無い国家の君主が日本について詳しいのか、帝国の国土、経済力や軍事力、政治体制、日本に国交と交易を求める狙いなど、何もかもがあやふやなままで交渉を進めなければならないのだ。
加えて情報漏洩防止の徹底も図らねばならない。外交官が戦争当事国に拘束されたなど、マスコミに露呈すれば政権を揺るがす大不祥事となるだろう。せめて解決に向けての見通しだけでも立ててからでなければ、異世界への進出そのものを取りやめるべきだとの声も高まってしまう。
下手をすれば門が日本の領海内にあることを理由に各国の干渉を拒んでいた環境が崩れ、偉大な同盟国以外にも介入を目論む動きも加速する。
しかし何も行動を起こさないわけには行かず、ひとまずは今後の交渉に必要となる予備交渉と外交団の身柄引き渡しも兼ねて、帝国に対して政府職員を派遣することが極秘裏に決定された。
◆◆◆
護衛艦『はつせ』は世界を繋ぐ門を出た直後から帝国海軍による連行に近い護衛・先導を受けながら、帝都に近い軍港へ向かっていた。
『はつせ』を囲むように両隣と前後を旧日本海軍の高雄型重巡洋艦に類似した艦船が航行し、更にその五隻の周りを駆逐艦が輪形陣で取り囲んでいる。
「まるで凶悪犯の護送だな。」
その異様な光景に『はつせ』艦長の小野田一等海佐は小言を漏らした。
「お気を悪くさせているのなら大変申し訳ありません。」
すると猫耳と尻尾が目立つ女性が話しかけてきた。
「しかし何があっても日本の方々を無事に帝都へお連れするようにとの皇帝陛下からの厳命ですので、何卒ご容赦下さい。」
聞こえているとは思っていなかった一佐はすぐに謝罪した。
「此方こそ申し訳ない、ウルス中佐。失礼な事を言ってしまって。」
護衛艦には帝国に攻撃の意思が無い事を示す為と称して数人の帝国海軍士官が乗り込んでおり、ウルス中佐はそうした士官たちの代表という立場で乗艦していた。
スレンダーな体型に整った顔立ちの彼女は、まるで自分に興味を引かせようとするかのように三毛猫尻尾を揺らしながら再び話しかけた。
「こうしてあなた方やこの船を見ていると、陛下が日本を特別視する理由が分かる気がします。」
「そう、ですか。」
乗船を通告してきた時は戸惑ったが、立ち入りを禁止した区画へ入らないように自衛官が監視すること、余計な詮索もせず必要な指示には従うことを了承したため『はつせ』への乗船を認めていた。
また色仕掛けに嵌められた訳ではないが、乗り込んで来た海軍士官は全員が女性で種族は違えど美形ばかりだった。
「帝国海軍では女性の士官は多いのですか?」
帝国では女帝が君臨しているために女性の力が強いのかも知れないが、それでも他国の軍艦に派遣する士官が女性だけというのは違和感が強い。
かつてのソ連軍で女性が狙撃手やパイロットとして活躍した例や、イスラエルのように男女の区別なく徴兵をする国を考えると女性軍人の比率が高いことは珍しくはあってもそれほど驚く事ではないが、乗船してきたのが例外なく美人であれば色仕掛けを疑ってしまう。
「どうでしょうね。少なくとも私の知己の中には女性艦長が何人か居りますが、やはり艦隊指揮官となると男性が多いでしょうか。おそらく陸軍もその点では大差無いと思います。」
「なるほど・・・。」
女性艦長が珍しくないということは大佐クラスの佐官にも女性が多いという事になる。陸軍も大差が無いとは、大隊長や連隊長が女性であってもおかしく無いのかも知れない。
小野田艦長はそんな風に思慮にふけつつ視線を艦の進路へと戻した。




