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夫の理想

 侯爵様に嫁いで数日が経過いたしました。その間に妻として行えた事と言えば、朝晩のお見送りとお迎え、そして夜の夫婦生活くらいでしょうか。朝のお見送りに関しては諸事情によりお送り出来ない日もありましたが、まあそれなりに何とかやっております。


「もっとこう、何かできるといいのですが……」


 男爵家の領地であるリリアリム地方は国内でも開拓のあまり進んでいない地域で、街道もリリアリム地方まで伸びておらず、物の流通も頻繁には行われてはいません。そのため、リリアリムの人たちは必要な物は自分たちで何でも作れるよう幼い頃から両親や領民の皆さんに仕込まれるのです。私自身も料理や裁縫、畑の耕し方から作物の育て方、家畜の世話の仕方に捌き方まで皆さんにいろいろ教えていただきました。


 そうやって日々何かしらの仕事をこなしていた身としては、今こうして部屋で本ばかり読んでいる時間が勿体ないような気がしてならないのです。本を読んで知識を得る事は確かに大切だと思います。しかしそればかりしているというのも、正直な話、飽きるのです。


 実のところ、何かお手伝いする事はないかとダグラスさんや使用人の方々に尋ねて回ったのですが悉く何もしなくていいと言われてしまったので、私は何も出来ない役立たずだと思われているのかもしれないと落ち込んだりもしました。


 貴族の奥様方は日々何をして過ごしているか私には分かりません。残念な事に貴族の友人は王都にはおりませんのでそういった情報を得られないというのは何とも手痛いところです。しかし侯爵様の妻になったのですからそういった事もちゃんと知っておく必要があると思うのです。いつまでも田舎者丸出しではいけませんからね。


 王都には母方の伯父様夫婦がおりますが、伯父様はお忙しい方ですし、おば様もその関係でご婦人方との付き合いが大変だと昔言っておりましたので、伯父様たちを頼るのは心苦しいのです。ですから、ここは私自身が自分で何とかする方向で頑張らねばなりません。


「ですが何をどうすればいいのか分かりませんね……。困りました」


 貴族ってどういう人たちなのでしょう? という疑問が頭に浮かんだところで自分も貴族のはしくれだった事を思い出してしまいました。私はきっと侯爵様のような大貴族からしてみればその辺りにいる町娘と然程変わらないような気がします。

 私自身、領民の皆さんと泥だらけになって畑を耕す日々を送っていたので、自分が貴族である事は年に数回思い出す程度でしたからね。


 ですがこれからはちゃんと貴族としての嗜みとか振る舞いなどを知っておかなければなりません。王都の流行とかそういう事も知っておく必要があるでしょう。貴族の方々は流行に敏感だと聞きますし、数回しか参加した事がない夜会などでもそう言った話をしているご婦人方もおりましたしね。


 ここはド田舎のリリアリム地方ではなく国の中心部、王都です。きっと王都に住む貴族の方々は流行に敏感であるに違いありません。そうであるのなら、そういう事を常に知っておかなければいざ貴族の奥様方とお話しする機会に恵まれた時、盛大に困るのは私で恥をかくのは侯爵様です。そうならないためにも情報収集は必須と言えましょう。


 そうと決まれば、まずは王都の流行りを探ってみましょう。


「王都の町を見まわればどんなものが流行っているんか分かるでしょうか?」


 思えば、初めて王都に来たというのにまだ王都の町を歩いてすらなかった事に今気付きました。これから暮らしていく場所ですし、地理も知っておいた方が良いでしょう。


 そう考え、急いで身支度をしてから玄関ホールへと向かうと、丁度良くダグラスさんに会いました。


「奥様、何処かへお出かけになられるのですか?」

「ええ。王都の町を巡ってみようと思いまして」


 出かける旨を伝えると、ダグラスさんは「左様でございますか」と笑いかけてくれました。


「では少しだけお待ちいただけますか?」

「はい。構いませんよ」

「では少しだけ失礼いたしますね」


 そう言って、ダグラスさんは邸の奥へと行ってしまいました。何か王都を巡るにあたっての便利道具などを授けてくれるのかしらと思いながら待っておりましたら、何故かダグラスさんは出かけるような格好で戻って来ました。


「では参りましょうか」

「ダグラスさんも何処かへお出かけだったのですか?」


 そう言って首を傾げてみると、ダグラスさんは少しだけ困った様な笑みでこちらを見つめてきました。


「旦那様の大切な奥様をお一人で出歩かせるなど出来ません。事前に申し出てくだされば案内人を手配する事も出来ましたが、本日は急なお話だった事もありますので、どうか私めが同行人を務めさせていただきます事をお許しください」


 なんと! 私のために出かける支度をしてくださったとは。申し訳なさすぎで恐縮してしまいます。


「私のためにそこまでしていただかなくでも大丈夫です。こう見えて実家では一人で山の中に入って山菜取りなどをしていましたから、行動力はある方なんです」

「いえ、そういう事ではなく。王都はその、何と言いましょうか、少々危険な事もありますので」

「危険な事ですか……」


 ダグラスさんがわざわざ同行を申し出てくださったという事は、王都では山で熊に遭遇するよりも危険な事があるという事でしょうか。王都がそれほどまでに恐ろしい所だったとは……、全く知りませんでした。


「あの、そういう事でしたら私一人では不安なので一緒に来ていただけますか?」


 熊に遭遇しないための対処法は存じておりますが、王都での危険を回避する術はまだ修得しておりませんので一人で行動するのは大変危険です。まずは王都を知り尽くした熟練の狩人……ではなく、危険の存在を知っている人と一緒に王都を歩く際の注意事項を実地訓練で学ぶ事にいたしましょう。


「もちろんでございます。何か見てみたいものや行きたい場所などがありましたら何なりとお申し付けください」

「ええ。ありがとうございます」


 こうして私はダグラスさんという指導者と共に王都散策における危険回避の実地訓練を開始いたしました。






◆◆◆◆◆






 王都の町はそれはもうお祭り騒ぎのような賑わいでした。


「やはり国の中心である王都は人が多いですね」

「そうですね。ああ、奥様。そちらは歩きづらいでしょうからこちら側をお歩きください」


 そう言って、ダグラスさんは壁役になって私を人の波から遠ざけてくれました。そんな紳士的な行動を取ってくれた人など今までいなかったので、思わず頬が熱くなってしまいます。


 ダグラスさんはとても素敵な人ですから、侍女の方たちにも大人気なのです。「三十年早く生まれていたら」と侍女の方たちは口々に言っていますしね。


「奥様、行きたいところや買いたい物などはございますか?」

「いえ、まだ何があるのかよく分かりませんので、今日は王都の町を見て回るだけで構いません。ですから今日は歩きながら危険回避の対処法などをご指導いただけますとありがたいです」


 王都には熊と遭遇する以上の危険があるという事ですし、いざという時には自分の身は自分で守れるようにしておかないと侯爵様の妻として恥かしいですからね。


「ご安心ください。何があっても奥様は私がお守りいたしますから」


 とてもトキメクお言葉ですね。そのような言葉をかけていただけてとても嬉しいです。ですが、それとこれとは話が別なのです。


「そう言ってくださるのは大変ありがたいのですが、私は初めて王都に来た新参者。侯爵様のお役に立つためには早く王都という環境に馴染む事が先決だと思うのです。ですから、王都に蔓延る危険災厄不測の事態の実態を知り、それらをどう回避、または対処するのかを知らねばならないと思っております」


 危険を知っておかなければ本当の平和を知ることはできませんからね。侯爵様との平和な暮らしを守るためならば、私は熊とだって戦う覚悟はあるのです。しかし熊と戦うにしても対処法を事前に知っているのと知らないのとでは生存率の高さが全く違ってくるのです。ですから危険災厄不測の事態の回避や対処法は知っておくべきだと思うのです。


「大変頼もしいお考えですが、どうかご安心ください。確かに危険がないとは言い切れませんがそれほど深刻な危険ではありません。それに、あちらをご覧ください」


 ダグラスさんに促されるままにそちらを向くと、騎士の方が歩いて行くのが見えました。


「ああして定期的に王都の町を騎士が巡回しております。大抵の事は巡回の騎士が何とかしてくれるのですよ」

「まあ、それは頼もしい限りですね」


 さすがは王都。治安維持対策はバッチリなのですね。リリアリム地方では皆がそれぞれで対処しなければならなかったので大変でしたが、王都では騎士の方々がいてくれるので少しは安心ですね。


「王都では騎士の方が頑張ってくださっている事は分かりましたが、やはり何が危ないのかという事はお教えいただきたいです。恥ずかしながら、私は本当に王都の事も貴族の事さえも知らない無知な人間です。知っておくべき事はどうか教えていただきたいのです」


 知らないままでは自分が愚かであるという事すら理解できないのですから。


「奥様は勤勉でいらっしゃるのですね。そういう事でしたら、私がお教え出来る限りの事をお教えいたしましょう」

「ありがとうございます。では――」

「あ、ダグラスさんだ。こんにちは~」


 突然知らない男の人が声をかけて来たので驚いてしまいましたが、ダグラスさんはやって来た男の人を知っているような感じだったので危険な人ではないと判断いたしました。


「これはライル様。このような場所でお会いするとは珍しいですね」

「ちょっと仕事の関係で。それより、その可愛いお嬢さんは親戚の子?」


 ライルというお名前の男の人は私をまじまじと見つめてきました。

 そんなに見られると恥かしいです。


「あの、この方は……?」


 私から話しかけて良いものか悩んだ末、ダグラスさんに男の人が誰なのかを聞いてみました。するとにこやかな笑みのまま質問に答えてくれます。


「この方は旦那様の同僚の方です」

「ディートの友達でもあるんだよ。よろしくね」

「おそらく友人なのではないかというような方ですよ」

「何でそこで不確定情報みたいな補足入れるの!?」


 微妙な関係の方なのでしょうか。


「ほっほっほ。冗談ですよ。奥様、この方はライル・フロウ様です。これでもフロウ伯爵家当主様の弟君なのですよ」

「これでもってどういう意味!?」


 ライル様が涙目でしたからちょっと不憫だったのですが、結局友人なのかどうなのかは分かりませんでした。

 しかし突然現れた方が爵位ある貴族家の方でいらっしゃるとは。ここは失礼のないように振る舞わねばなりませんね。心の準備もなしにちゃんと振る舞えるか不安ですが、頑張ります。


「奥様って事は、この子は誰かの奥方なの?」

「ええ。旦那様の奥様です」

「……は?」

「こちらの方は旦那様の奥様です」

「ちょ、ええ!? 嘘ぉ!?」


 ライル様が完全に固まってしまいました。それほど私は侯爵様には不釣り合いだと思われてしまったのでしょうか。悲しいです。


「ディートの奴、何で教えてくれないかな。まあこの子が相手だって言うなら言いたくない気持ちも何となく分かる気はするけどさ」


 侯爵様はご友人(仮)にすら私の事はお話になられていないのですね。それほど私のような田舎娘を妻に迎えた事を恥かしいと思っておられるという事なのでしょうか。それにライル様も言いたくない気持ちは分かるとか仰っておりますし。そこまで私が妻である事は誰もが恥かしいと思うのでしょうか? これはさすがの私も落ち込みますね。

 ですが落ち込んでいるだけではいけません。いつか侯爵様に堂々と妻だと紹介していただけるようにこれから更なる努力をしなければ!


「君の名前、聞いてもいいかな?」


 ライル様にそう言われ、まだ自己紹介もしていない事に気付きました。何たる失態。これでは侯爵様に恥かしいと思われるはずです。せめて礼儀くらいはちゃんと弁えておかなければいけませんよね。


「名乗るのが遅れまして申し訳ありません。私はリリ・リリアと申します」


 侯爵様に恥かしいと思われている事を知った後では、リリ・レヴェリーと名乗るのはおこがましいにも程がありましょう。


「今はリリ・レヴェリー様です」

「ダグラスさん……」


 すかさず訂正してくれるダグラスさんのその優しげな笑みに思わず嬉しくて泣きそうになってしまいました。

 しかしそんな私たちとは裏腹に、ライル様は何故かわたわたと慌て始めました。


「待って。ちょっと待って。家名! 家名なんだって!?」

「家名? あ、はい。侯爵様に嫁ぎましたので、今はレヴェリーです」

「ああ違う。そうじゃなくて。実家の家名!」

「実家ですか? 実家の家名はリリアです」

「あのリリア!?」


 どのリリアでしょうか? 

 うちの他にリリアを名乗る貴族がいるのでしょうか?


「ねえねえ、ちょっと話し聞きたいから場所移動しよう? お願い! いいよね、ダグラスさん!」

「奥様がよろしければ」

「ねえ行こうリリアちゃん!」


 お気持ちは分からなくはないですが、『リリア』は実家の家名です。


「私は構いませんが……」

「やったぁ!」


 何やら一人ではしゃいでいるライル様に、「自己責任ですよ」とダグラスさんが告げています。


「この先に可愛いカフェがあるからそこに行こう!」


 自然な流れでライル様に手を引かれてしまったので、お仕事の方は大丈夫なのかと聞きそびれてしまいました。






◆◆◆◆◆






 ライル様に連れて来て貰ったのは、女性が好みそうな可愛らしい内装のカフェでした。私もこういう可愛い雰囲気は好みです。


「それにしてもあのリリア男爵家にご令嬢がいた事にも驚いたけど、その子がこんなに可愛い女の子だったなんてね。しかもあのディートのお嫁さんとか。今年一番の驚きだよ」


 注文したコーヒーを飲みながらライル様はニコニコしながら私を見つめてきます。私も紅茶を飲みながらそれに笑顔を返しておきました。


「奥様。このカフェはケーキが美味しいと評判なのですよ。何か頼まれますか?」

「あら、そうなのですか? では何か頼ませていただきたいです」

「どうぞお好きな物を。ここはライル様が奢ってくださるそうですから」

「え? いつからそんな事になっていたのですか?」


 私の知らないところでそんな密約が交わされていたなんて全く気付きませんでした。


「まあ、俺が誘った訳だから最初からそのつもりだったし。何でも頼んでいいよ」

「いいえそんな。今日出会った人にそこまでしていただく訳には参りませんから、ここは私がお支払いいたします」


 実家にいた頃に手伝いなどで稼いだお金をいくらか持って参りましたのでここの支払いくらいは私でも出来ます。しかし、任せてくださいと少しばかり胸を張って見せると、ライル様が慌てだしました。


「いいから。ここは俺に払わせて。ね?」

「ですが……」

「いいからいいから」


 ライル様は頑として支払いの権利を譲ろうとしないので、ここは有難く奢っていただく事にしました。

 早速ケーキを注文させていただき、ライル様には重ねてお礼を告げておきました。


「それにしてもディートに嫁ぐとか、君相当の猛者だね。それともディートの噂知らなかった?」

「いえ、嫁ぐ前に父から噂の件は教えていただきました」


 不穏な噂ばかりでしたが、お会いしてみたら私の事を気遣ってくれる優しい方でした。きっと噂の方も事実無根なのだと思います。


「お恥ずかしながら、お会いするまでは百戦錬磨の兵士の如き筋骨隆々で熊のように体の大きな方だと思っておりました」

「あははは。噂から想像するとそうなるよね。……まあ、噂もあながち間違いではない部分もあるから、一概に全部嘘だとも言えなかったりするんだけど」


 あの噂の中には真実も含まれていると!? それは驚きです。一体どの噂が本当なのでしょうか。ちょっと気になります。


「あのさ。ちょっと聞きたいんだけど、リリア男爵家ってディートの家と面識あったの?」

「いいえ」

「あれ、そうなの? じゃあどうやって縁談の話しになったの?」

「侯爵家から縁談の申し込みがありましたので嫁いできました」

「ディートから申し込んだって事!? まさかアイツ屈強な女戦士が好みだったのか!? あれ、でもディートの好みならリリちゃんみたいな子の方が本命ど真ん中のはずだし……。という事は、どういう事なの?」

「あの、屈強な女戦士とは何のお話ですか?」


 何故縁談の話から女戦士の話になるのでしょうか?


「えーっと、何て言うか……。リリア男爵家って滅多に領地から出てこないでしょう? だからこっちではいろいろと噂があって」

「うちの噂ですか?」

「やっぱり知らないよね……」


 辛うじて未開の地ではないような地域で暮らしている貴族ですから、面白おかしく噂されてるという事なのでしょうか? 一体何と噂されているのかちょっと気になりますね。


「その噂とはどういうものなのですか?」

「え、ああ、うーん……。ねえ、ダグラスさん。これってリリちゃんに話してもいいと思う?」

「自己責任でお願いします」

「責任丸投げ!?」

「あの、うちは何と噂されているのでしょうか?」

「あ、いや、その……」


 思い切り視線を逸らされてしまいましたが、もしかして言えないような噂を囁かれているのでしょうか。それは由々しき事態です。その噂はきっと侯爵様もご存じなのでしょうから、訂正できる事はしておかなければなりません。


「どうか教えていただけませんか? 侯爵様に妙な誤解をされているのであれば解きたいのです」

「いや、むしろ誤解はもう解けているような気がするけど……」


 どうか教えて下さいと再度懇願すると、ライル様は観念するように噂の内容を教えてくださいました。


 リリアリム地方を治めるリリア男爵家は屈強な戦闘一族だと噂されているようです。凶暴な猛獣と日々戦いながら暮らしているというリリア男爵家の面々は男女問わず屈強な戦士であり、皆が片手で熊を倒せるのだとか。滅多に領地から出ない事が災いしているようで、皆が熊のように大きな体をしているらしいという噂まであるようです。貴族たちの間では『辺境の熊一族』とか『未開の地の狂戦士』として恐れられているみたいです。


 まさかこれほどまでに戦闘一族として名を馳せていたとは思いませんでした。


「我が家はとんでもない一族になっていたのですね……」

「ごめんね。気を悪くしないでね。今日リリちゃんに会って全部嘘だって分かったから、噂が消えるように俺も何とかしてみるよ。本当にごめんね」


 ライル様が広めた噂ではないでしょうに、申し訳ないと謝ってくれました。この方もきっと侯爵様と同じように優しい方なのだと思います。


「ライル様が謝る必要はありません。領地から滅多に出ない私たちも悪いのです」


 どうやらのんびりひっそり暮らしていた事が仇となっていたようです。ですがリリアリムに住む皆さんはおそらくそのように噂されていようとも笑い話として受け入れてしまう気がします。リリアリムの民は良くも悪くものんびりした方が多いですから。


「しっかし、誰が熊やら狂戦士やらと言いだしたんだろうね。リリちゃんこんなに可愛いのに。ディートもリリちゃんを見た時驚いたんじゃない?」


 そう言われ、初めて侯爵様にお会いした時の事を思い出してみると、確かに少々驚いていたような気はしますが、何処か諦めているような感じもありました。


「……あら?」


 ちょっと待ってください。あの時、侯爵様は私の容姿に諦めを感じていたのだと思っておりましたが、リリア男爵家の噂を知っていたというのなら、あの諦めは別のことに関してのものだったのかもしれません。


 侯爵様は噂の内容を知りながらも我が家に縁談を申し込んだのです。と言うことは、もしかしたら侯爵様は屈強な女戦士をご所望だったのでは!? 何ということでしょうか。屈強な女戦士をご所望だったというのにやって来たのが野猿のような田舎娘だったのですから、さぞや期待はずれ過ぎて残念に思われた事でしょう。


「私がやらなければならない事が今ハッキリと分かりました」

「え、何? 急にどうしたの?」


 侯爵様にはご兄弟がいないという事で跡継ぎを必ず残さねばならないという責任があるようなのです。それを考えると、おそらくたくさん子供が産める健康的な女性を望んでいらしたはず。それならば屈強な戦士の一族と噂されているリリア男爵家の娘との婚姻を望んだということには大いに納得できます。逞しい体の持ち主であれば、元気な子供をたくさん産めそうですからね。それなのに実際に嫁いできたのは私のような一般平均並みの田舎娘だったため、侯爵様もさぞ跡継ぎに関して不安を覚えたことでしょう。不安だからこそ、お疲れだというのに毎夜子作りに励んでくださっていたのですね。

 私が逞しい体の持ち主であれば侯爵様もきっと跡継ぎに関しては安心して下さるはず。そうであるのなら私がやるべき事はもはや明確です。


「ありがとうございます、ライル様。貴方様のおかげで私に足りなかったものは女戦士の如き逞しい体だという事に気づきました」

「んん? 気づく方向があきらかにおかしいと思うなあ。とりあえず気付く方向を修正するためにはじめの位置まで戻ってこよう、ね!」


 侯爵様が熊のような逞しい女性が好みであるのなら、私は侯爵様の理想を叶えるために努力させていただきます!


「残念ながらもう背は伸びないと思いますが、肉体改造はできると思うのです。ダグラスさん。体を鍛える道具を買いに行きたいので、この後お店に連れて行ってもらえますか?」

「それは構いませんが、その前にライル様と大事なお話が」

「ちょっと待って! これ俺のせいなの!?」


 話もまとまったところで頼んでいたケーキが運ばれてきました。


「あら! とても可愛くて美味しそうなケーキですね」

「ごめん! まだ話終わってないからこっちに集中して! お願い! 聞いてリリちゃん!」


 ライル様が鬼気迫る勢いで色々と話しておりましたが、ケーキの美味しさに気を取られて半分ほど聴き逃してしまいました。


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