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妻の事情 その二

「いやあ、見違えたぞ。立派な淑女になったじゃないか、リリ」

「そんな事はありません。母には最近までお転婆だと怒られていたくらいですから」


 俺とライルを放置したままで盛り上がる二人。

 陛下の右腕と名高い凄腕宰相と辺境の地を治めるリリア男爵家のご令嬢。……どう頑張っても接点が見つからない。


「リリは宰相と知り合いだったのか?」

「はい。この方は私の……っとと」


 しまったと言うように手で口を押さえるリリが俺から思い切り視線を逸らす。


 何だ。何を隠しているんだ。


「リリ?」

「いえ、あの、その、知り合いは知り合いなのですが……」


 リリはあたふたとしているばかりで質問には答えてくれない。そんなリリにこれ以上問いかけていいものか悩んでいると、宰相から声が聞こえた。


「コイツらには俺から話しておく」

「でも、あの、よろしいのですか?」

「どうせロロに口止めされてるんだろうが、アイツもようやくお前を嫁に出したんだから俺との関係が知られるのは想定済みだろうよ。まあ、あんまり広まるのは良くないとは思うが、これくらいは知られたってどうってことはない。コイツらは仕事上情報の扱いには慣れてるし、俺もそれなりに信用しているから安心しろ」

「貴方様がそうおっしゃってくださるのなら……」


 リリは少々不安げな顔をしているが、俺としては大いに気になる話しであるので宰相が話さないと言っても何とか聞きだしてやろうと画策している。


 別にリリの秘密を暴こうという訳ではなく、夫として妻の事は気になると言うかなんというか……。決してやましい気持ちから行動しようとしている訳ではない。断じてない。


「ほれ、あっちにカトレアがいるから、アイツにも挨拶してやってくれ」

「え、はい」


 宰相にそう言われたリリは、俺を見上げて行っていいかというように許可を求めてきた。


「行って来るといい。俺も後で宰相の奥方にはご挨拶に伺うから」

「はい。では行ってきます」


 そう挨拶を告げてから宰相の奥方に駆け寄るリリを眺めていると、宰相からようやく声をかけられた。


「噂は聞いてるぞ。お前らデキてるんだってな」

「ちょ、それは事実無根ですってば!」

「ははは。そうやって隠すところが怪しいな」


 からかいの言葉にバカ正直に返すライルを一瞥し、宰相の耳にまでその噂が届いていた事にため息が出た。


 最近リリの事を相談するためライルと資料室に入り浸っていたのが(あだ)となったのだ。

 人気のない資料室で密会をしているなどと噂されていたため、それを知ったライルは俺を避けまくっていた。すると今度は、俺がライルの機嫌を損ねたから謝る機会を窺っているとかライルに女が出来たから別れ話がもつれているだとか何とか噂され、結局噂は更に泥沼化していた。


「あんな噂など放っておけばいいだろうに」

「お前は結婚して奥さんいるからいいだろうけどな、俺はまだ独身なの! 奥さんいないの! それなのにあんな噂流されたら俺の未来が可哀想な事になるだろう!?」

「お前は今でも可哀想だが?」

「お前のせいで可哀想な事になってんだよ! お前だってリリちゃんに男色だって誤解されたくないだろうが!」

「うむ、それは由々しき事態だ。早急に何とかしなければ」

「もうそれでいいからさっさと噂を根絶してくれぃ!」


 今回俺がリリとこの夜会に参加する事でライルは俺とできているという大変不名誉な噂を払拭しようとしているのだ。

 俺が結婚して妻がいるという事が公になれば、俺もライルも男色の疑いは晴れ、ライルに至ってはただ夫婦の相談を受けていただけだという免罪符が手に入る。それを見越しての参加要請だったのだ。


 俺としてもリリに男色だと誤解されたくはないため、この夜会で俺が如何にリリを愛しているのかという事を見せびらかすことで噂の根絶に努めようと思う。


「ははは。ライルも大変だな」

「……もうホント、俺で遊ぶのやめてくれません?」

「ディートルトが遊ばれないからお前で遊ぶしかないだろう」

「だから遊ぶこと自体やめてもらえませんかね!」


 ライルは挨拶の序盤で既に精根尽き果てようとしている。

 宰相に真面目に付き合っては身が持たないという事をそろそろ学べと言いたい。


「とりあえず冗談はこれくらいにして。しかしまあ、互いに王城で働いてるってのになかなか会えないもんだよな」

「そうですね。以前お会いしたのはふた月前くらいだったでしょうか?」

「そうだな。その辺りでお前もリリを妻に迎えたんだよな」


 不意を突かれたその言葉に目を見張る。


 俺はリリとの婚姻を誰にも知らせてはいない。ライルは偶然リリと出会ってしまったから仕方がなかったが、それ以外ではまだ誰にも知られてはいないはずだ。それなのにリリが侯爵家に来た時期を言い当てられては、さすがの俺も身構えてしまう。


「そう怖い顔するなって。お前がリリを貰ってくれて俺は良かったと思ってんだから」

「どういう意味ですか?」


 どうして宰相がリリの事を気にかけるのか。リリとはどういう関係なのか。

 踏み込んでいい質問なのかを見極めるにはまだ判断材料が足りない。


「心配するなって。ちゃんと教えてやるから」


 心を見透かしたような言葉と共に宰相が人気のないテラスへと俺たちを誘導する。

 どうやら周りに聞かれたくない話らしい。


「お前らの事は俺としても信用してるから教えてやる。俺の信頼を裏切るんじゃねえぞ」


 ドスのきいた声で最初に念を押され、俺とライルは同時に息を呑んだ。


 この人の声音は俺でも身震いするほど恐ろしく感じる時がある。馬車馬の如くこき使われまくった過去があるからか、悪夢の日々が脳裏を過るのだ。


「リリはな、俺の姪だ」


 何を言っているのだろうかこのおっさんは、と思わず胸の内で呟いてしまった。口から出なくて良かった。

 ライルも呆気にとられたバカ面をしているから、俺と同じ事を考えているのだと思う。


「まったまた~、冗談ばっかり言うんですから~」

「まあ信じられないのも無理はないわな。俺の家とリリの家の接点なんてパッと見何もねえもんな。まあ実際、接点らしい接点は俺の妹がリリの母親って事くらいだしな」


 ははは、と笑う宰相を前に、俺は今の話を聞かなかった事にできないものかと必死に考えた。それはもう全力で。


 まさかリリが宰相の姪だったなんて誰が予想できただろうか。俺はリリを妻に迎えた事を微塵も後悔していない。むしろ幸運だったと神に感謝しているくらいだ。だがしかし、宰相と親戚関係になってしまった事だけは悔やまれる。確かに宰相の事は昔のあれこれがどうあれ尊敬している。尊敬してはいるが、できれば赤の他人のまま一生を終えたかった。


「何だよその顔。親戚になりたくありませんでしたって書いてあるぞ」

「そんな事はありま……」

「……そこで止めるのかよ。『す』なのか『せん』なのかはっきり言えよ」


 ライルが可哀想なものを見るような目で宰相と話している俺を見ているが、心の底から無視した。


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