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渋い瞳と星に願いを

 次郎は疲れ果て、自分の部屋のベッドに横たわっていた。時刻は十二時すぎ。

 通常では考えられないほどの瞳の甘えっぷりは次郎のヒットポイントをガリガリ削っていき、つい先程瀕死にされた。さすが全国出場のスポーツメンじゃなくてウーメン。

 なぜこんなにも疲れているのか、次郎は記憶を手繰ってみる。



 ——五時間前

 お風呂の件を一日甘えられる代わりに許してもらった次郎は少々困っていた。なにせ甘えられたことがあまり、なんなら片手の指の数で足りるほどしかないのだから。

「とは言ったものの、どうすっかな」

 早く甘えて来いよと思いながら次郎は瞳を見やる。瞳はテレビを見ながらスマホを弄っていた。それを見て次郎は苦笑し、チラッと時計を見る。

「もう七時になんのか、よし瞳。腹減ってんだろ、飯作っからなんか食いたいもん言ってみ」

 次郎がそう聞くとスマホを弄るのをやめこちらを向いた。

「んーっとね、じゃあイワシの南蛮漬け!」

「渋いな…」

 次郎はてっきりハンバーグやらカレーライスやら言われると思っていたので思わず苦笑い。

「南蛮漬けね、りょーかい」

 りょーかいと言ったものの。イワシの南蛮漬けを作る材料あったかなと次郎はキッチン内を捜索。案の定材料は揃っていなかった。

「っべ、材料ねぇーな、どうすっか」

 次郎が困っていると瞳は少し悲しい顔をした。

 そんな顔をされたら是か非でも作らなくてはと思う次郎。

「材料ないの?じゃあお兄ちゃんのお任せでいいよ!お兄ちゃんの作るものなんでも美味しいから!」

 なんと嬉しいことを言ってくれるのだろうかと思い次郎はどうにかしてやれないかと首を捻る。

「ありがと瞳。でも今日は甘えまくるんだろ?だったら多少の我が儘くらいしてもいいんだぞ?そうだな、じゃあ瞳買い物行くか」

 次郎がそう言うとさきほど少し悲しい顔をしていたがそんなこと微塵も感じさせない笑顔で瞳が頷く。

「うん!やったー!お兄ちゃんとお出かけだー。久しぶりのお出かけだー」

「よし、そうと決まれば出発だ!目標、商店街のスーパー」

「イエッサー!準備するからちょっと待っててー、すぐ行くからー」

「へいよ。じゃあ玄関で待ってっからな」

「はーい」

 さて、と次郎は玄関へ向かう。

「そうだ、どうせスーパー行くなら足りないもん補充すっか」

 次郎は女の「すぐ行く」を信じていない。

 鳴瀬家の家事全般はほぼ次郎がやっている。たまに次郎母が帰ってきてやってくれる事もあるがそんなことは稀だ。

 なので当然夕食も次郎が作る。そして作り終えると自分の部屋にいる瞳を呼ぶのだが、必ず「すぐ行くー」と言い残し三十分後くらいにひょっこり顔を出すのだ。

 風呂だってそうだ。次郎がお風呂を沸かし、部活から帰ってきた瞳を先に入らせてやろうと譲ってやるのだが、またしても「すぐ行くー」と言ったきり来ないのである。そして次郎が風呂に入って出てこれるくらいの時間を使ってようやく降りてくる。

 とまあこんな感じなので次郎は女の「すぐ行く」を信じていないのである。

 なので少なくとも今から十五分は家を出るまでに時間があるわけで。

 次郎はとりあえず足りないものを探し、余った時間をスマホのソシャゲをやりながら潰す。

「はあ〜」

 大体なぜただ買い物行くだけでこんなに準備に時間がかかるんだと次郎は思い時間を確認する。瞳が「すぐ行くー」と言ってから二十分が経とうとしていた。

「はあ〜」

 次郎は二度目のため息をつきソシャゲをポチポチしているとようやく待ちわびた声が聞こえる。

「お兄ちゃんお待たせ。って何ため息ついてるの?幸せ逃げちゃうよ?あ、でも私が妹な時点でお兄ちゃんは幸せだもんね」

 次郎は思わず三度目のため息をつくところだったのを抑えて瞳の頭に手刀を入れる。

「てい」

「いったーい、お兄ちゃんそれでーぶいだよ、でーぶい」

 殴られたところを抑えて少し涙目で瞳は抗議するも次郎は華麗にスルー。

「ほら、さっさと行くぞ」

 次郎が玄関のドアを開けようとすると後ろから瞳にふくらはぎを軽く蹴られる。

「いてっ、何すんだよ。瞳それでーぶいだぞ、でーぶい」

 次郎は言いつつなかなかついて来ない瞳に視線を向ける。何故か瞳は次郎を睨みつけていた。

「おいなんだよ、時間無くなんぞ」

「お兄ちゃん感想は?」

「へ、感想?なんのだよ…」

 次郎は何についての感想をいえばいいのか分からないままとりあえず瞳を見つめ直す。

 そして気づいた。気づいて呆れた。

「って何化粧しておしゃれなんかしてんだよ。たかが商店街行くだけだぞ。あ、お前まさか遅くなったのってそれのせいか」

「はいお兄ちゃん不正解〜。せっかく妹がおめかししてるんだからちゃんと褒めなきゃ。甘えさせてくれるんじゃなかったの?あ、それとも照れ隠し?妹に見惚れちゃったの?」

 そう言い瞳はからかうような挑発的な視線を次郎に向ける。それがなんとなくムカっときた次郎は正直に言ってやることにする。

「まあ可愛いよ瞳。その服似合ってると思うし。わからんけど」

「えへへ、ありがと」

 次郎が感想を言うと瞳は先ほどの挑発的な表情はどこえやら、頬を染めてそう言った。

「どういたしまして。さ、行くぞ」

「うん」

 そんなやりとりを経てようやく家を出ることができた次郎達だった。




「ねえお兄ちゃん」

 家から歩いて五分くらい経った頃。不意に次郎の隣を歩く瞳が次郎の服の袖をちょいちょいと引っ張り声をかける。

「んー、なんだ?」

「あのさ、私今日変な流れ星?みたいなの見たんだけどお兄ちゃんも見た?」

「変な流れ星?」

「うん、そう。なんか流れてるようで流れてないようなやつ」

「あー」

 次郎は瞳に言われて今日あった出来事を思い返す。

 しかし生憎目立った出来事など、紅白饅頭がなくてひとしきり悲しんだことと、瞳の裸を見たことくらいしかなかったのですぐに思い当たる。

「あれな、あの不思議な星。俺も見たぞ」

「あれすっごい変だったよね」

「そうだな。まだ昼だったのに輝いて見えたし」

「そうそう。でさ、いつまでも空にあるから流れないと思いきやお願い事をした途端流れたよね」

 瞳と話していくうちに次郎はその時の状況を思い出す。

 確かに瞳の言う通り願い事を願った途端流れた気がする。あれは気のせいではなかったようだ。

「瞳もそうなのか。俺もそうだったな。偶然ってのはあるもんだな。あれでもあの時間帯って瞳、大好きな部活中じゃなかったっけ?」

「あ、うん。そうだったんだけどね」

「瞳が部活中体育館の外に出るなんて珍しいな」

 そう。瞳は根っからの部活少女なのだ。バドミントンに限っては自他に厳しく練習をしている。そのため滅多に外に出たりしないはずなのだが…

「いや、なんかその時たまたまカーテン開いててさ、そこから見えたんだよね。あの星が」

「へーそうなのか」

「でさ、お兄ちゃん何願ったの?」

「いや、それは…」

 瞳がなんかソワソワした感じで聞いてくるので次郎は誤魔化そうとした。なんか変な期待がされているような気がしたのだ。

「ほら瞳。願い事って他人に言ったら叶わないって言うだろ?だからこの話は終わりにしよ。な?」

 別に次郎の願い事があまりにも現実味がなさすぎて知られたくないという訳ではない。いや、実は瞳は薄々気づいているのではなかろうか。次郎が願ったくだらない願いを。

 だが瞳のあの目は絶対に期待していた。

「はあ、今の反応から察するにどうせ二次元の美少女とイチャイチャしたいなーとかでしょ?」

 そう呆れた顔でいう瞳。

 やっぱりかー。と思う次郎。

 どうやら瞳にはすべてお見通しのようだ。

「いやまあそんな感じだけどね。まあまあ俺のくだんない願い事なんかより俺は瞳の願い事が気になるなー」

「私はね」

 次郎が強引に話を瞳に振る。すると瞳は先ほどの呆れ顔から一変、夢見る乙女のような、それでいて決意に満ち溢れた顔をして語り出す。

「もっともっと練習して誰よりもバドミントンがうまくなって、全国制覇。そんでもってオリンピックに出場してそこでも優勝したい!って願ったの」

「いや、それ願い事というか決意みたいな…」

「えへへ、そうかもね。でもそれが私の夢でもあるから」

 そう言い瞳は顔を前に向ける。

 その横顔はその表情はなんというか決意に満ち満ちていて目標がしっかりと定まっているような。

 次郎にはそれがかっこよくて、羨ましくて。

 それを誤魔化すように瞳の頭をわしゃわしゃと少し乱暴に撫でる。

「頑張れよ瞳。応援してっからさ」

「ん、ありがと」

 そう言ってえへへーと笑う瞳。そしてそのまま自分の頭を撫でていた次郎の手をとった。

「お兄ちゃんの手げっとー」

「ったく、調子狂うな…」

 いつもなら次郎が瞳の頭を撫でると「んにゃー」とか言って振り払うのに。

 これが甘えん坊モードの力か…!

 そうして二人は仲良く手を繋ぎながら歩き出した。




 2人で仲良く手を繋ぎながら歩くこと数分。次郎達は目的地のスーパーがある商店街に到着した。次郎達の住む鶴見市は都会に分類されるくらいには栄えている。なので人はそこそこいる。どんな道を通っても一分に一回は会う感じ。

 そしてこの商店街は七時を回ってもあちらでわいのわいの、こちらでやいのやいのと大変賑わっている。このご時世でこれだけ賑わった商店街は珍しいのではないだろうか。

 次郎はこの商店街に訪れることが多いのだが、今日はなんか違和感を感じた。感じたというかなんというか目の前の商店街の活気づき具合が異常だった。

「なあ瞳、なんか人多すぎないか?」

「この商店街いつもこんなに人多いの?」

「いや、そんなことはないはずだけど…」

 そう人が多すぎるのだ。いつもの十倍はいる。

「まあいいか。さ、とっとと買って帰るぞ」

「はーい」

「じゃあ瞳にはイワシを選んで貰おっかな。」

 次郎はメインのイワシを隣にいる瞳に選んでもらおうと声をかけると瞳は頬をぷくーっと膨らませていた。

「おいどうしたんだ一体?」

「お兄ちゃんと一緒がいい!」

 次郎が不思議に思い聞いてみると瞳は握ったままだった次郎の手をさらに強く握ってきた。

「痛い痛い」

「駄目、かな?」

 上目遣いでそんなことを言われて断れる兄はどれだけいるだろうか。少なくとも鳴瀬家の兄は断れない兄であった。

 次郎は苦笑いして言葉を返す。

「あーはいはい分かったよ。じゃあ一緒に行くか」

 次郎がそう言うと瞳は表情をぱぁっと明るくして元気に頷いた。

「うん!」

 まったく、何がそんなにんだかと次郎はまたも苦笑いしてスーパーに入ろうとすると、軽やかなリズムとともに女の子の歌声が聞こえてきた。この商店街にはスピーカーなんてないのでこの歌声は恐らくこの商店街で誰かが歌っているのだろう。

 次郎はその曲に聞き覚えがあった気がするが誰が歌っているのか分からなかった。なので瞳に聞いてみる。

「なあ瞳、この曲って…」

 次郎が聞くと瞳は一瞬キョトンもして目を閉じ耳を澄ませる。そして目をハッと見開き、

「…って、あっ!この曲公女の星空きららちゃんのやつじゃん!」

 そう驚いた声を出す。

 そして瞳は次郎の手を握ったままその歌声の聞こえる方向へ走っていく。つられて次郎も瞳を追いかける。

「おい、ちょっと待てって」

 次郎が慌てて止めようとするがスポーツウーメンの瞳を止めることは難しかった。それどころか興奮した様子で全力ダッシュ。

「だって公女だよ!公女!早く行かなきゃ見えないかも知れないよ!」

 公女ってなんだよ。なんて思いながら次郎は瞳を必死に追いかける。そして公女という名前とさっきの曲に聞き覚えがあったのを思い出す。

「公女ってもしかして公約数少女のことか?しかも星空きららって言ったらそのグループの一番人気だろ?そんな人がこんな商店街にいんだよ…」

 公約数少女略して公女。超人気アイドルグループで今や日本中が認知している。えーけーびーふぉーてぃーなんちゃらみたいな感じで沢山のめんばーがいて、どの街にも必ずグループ内の誰かの写真が乗ったポスター等が貼られたりしている。

 そして星空きららとは次郎も言った通り、デビュー当初から人気一位を独占し続けているトップアイドルだ。

 だからこそなんでこんな所にいるのか疑問だった次郎だが、瞳がそんな疑問を解決したくれた。

「きららちゃんは鶴見市出身なの!」

「へぇー、そうなのか」

 意外な事実が発覚した瞬間だった。

「うわっ、すごい人の数。このライブ多分ゲリラなのになんでこんなに人多いの…きららちゃん見えないし…」

 落ち込む瞳。

 走ること数分、次郎達はようやく星空きららが見える所まで来ることができたわけだがいかんせん人の数が多すぎて星空きららまでの距離が遠く、次郎でも背伸びしてステージ奥に設置されたモニターを見るのがやっとなくらいだ。

 そこで次郎は思い出す。いつもより十倍ほど多かった人の数の商店街のことを。

「あーなるほど。この人のファンが集まってたのか…」

「お兄ちゃんお兄ちゃん!肩車してぇ!」

 痺れを切らした瞳は次郎にそんなお願いをする。

「上目遣いでお願いされてもこの人の多さじゃ無理だ」

「甘えさせてくれるって言ったのに…」

 次郎は人の数を言い訳に肩車を避けようとしたがそうはいかなかった。

 可愛く唇を尖らしていかにもいじけてます感を出す瞳に思わず苦笑い。

「それにしてもどこでこんなワザを身に付けるのやら…」

 次郎はそう言い未だいじけてるアピールをする瞳を見やる。

 チラッチラッとこちらに視線を向けているところが少しうざったい。

「ん?お兄ちゃんなにか言った?」

「いんや、なんでもないよ。それより、ほい」

「えへへー、ありがと」

 次郎がしゃがんで肩を用意してやると瞳はにぱっと顔を輝かせ可愛い掛け声と一緒に肩に乗る。

「よっこいしょっと、お兄ちゃん乗ったよー」

「はいよ」

 瞳が肩に乗ったのを感じ、持ち上げる。

 何年ぶりかに背負った瞳はもうすぐ高校生とは思えなきほど軽かった。

 次郎が たちがそんなやりとりをしていると、いつの間にか先ほど流れていた曲は止まり、照明も一度全て落とされ、次の曲を待つかのようにあたりは静まりかえっていた。

 そして、次の曲が流れ出す。と、同時にステージに向けてカラフルな照明が一斉に当てられる。

 ステージ奥のモニターから伺えるのはカラフルな照明に照らされながらもその照明に負けない存在感を放つ可憐な少女。制服のような衣装を身にまとっている。

 肩口まで茶色がかった短めの髪は曲に合わせて左右に揺れ、クリクリとした愛らしい双眸は常にカメラを意識しているのかこちらを見続けている。さらには笑顔を絶やさず歌い続けている。

「きららちゃんやっぱり可愛いなあ。お兄ちゃんもそう思わない?」

「どうだかな」

 とは言ったものの次郎は確かに星空きららのことを可愛いと思っていた。この次元において唯一瞳だけを可愛いと思っていた次郎は恐らくはじめて身内以外を可愛いと感じた。

「それにしても、歌上手いな」

 次郎はアイドルなんて顔だけだと思っていた。だがこの星空きららというアイドルは歌も上手かった。次郎はただただ感心した。

「でしょでしょ!可愛くて、歌上手くて、まさに完璧アイドルだよね!」

「なるほどさすが一番人気だな」

 歌がサビに入ると観客はさらにヒートアップ。そんな感じで星空きららのゲリラライブは無事終了した。

なんと今日11月9日でこの私は誕生日を迎えることが出来ました!

私はクラス内で陰キャな方だったので数少ない友達からおめでとうと言われるだけだと思っていましたが、ここで衝撃の事実が発覚!なんと私のクラスの陽キャ筆頭の男子が同じ誕生日だったのです!

陰キャな私と陽キャな男子と。私はその人のことをあまりよく思っていなかったのでとても複雑な心境だったわけですが、向こうはどう思っていたのでしょーか。


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