魅惑の風呂場と可愛い妹
「超絶イケメンで性格までイケメンなお兄様が帰ってきましたよー」
次郎は自宅の玄関に着き、帰宅を報告する。
ちなみに次郎は超絶イケメンではない。だがイケメンかブサイクかと質問をしたら8割はイケメンと答えるだろうほどのそこそこの顔立ちである。
そのそこそこのイケメンが帰宅を報告してもなかなか返事がない。
「あ、そっか。今日もあいつ部活出てんだっけ」
次郎の家族構成は父、母、妹、そして次郎の4人構成。
「ダンディな父とプリチーな母の間に生まれたあなた達は絶対にダンディでプリチーに育つわ!」と育てられた次郎たち兄妹。
確かに次郎父は40過ぎても昔の写真と変わらないくらいダンディで次郎母も次郎父と同じくプリチーのまま。2人ともよく30代に間違えられるくらいである。
そしてその美男美女の遺伝子は確かに受け継がれたわけだが、どうやら次郎より妹の方にその遺伝子は偏ったらしい。
ちなみに次郎父は単身赴任で海外に、次郎母はゴゴゴ文庫というかなり有名な出版社でこき使われている。そして妹は中学3年生。なので昨日卒業式があった。にもかかわらず、部活に顔を出している。やっているのはバドミントンで幼い頃から次郎と一緒にやっていたわけだが次郎は肘を壊して引退。それからは1人で続けているわけだがこれがすごいことに全国まで行ける実力者なのだ。さらには後輩思いな性格も相まってこうして頻繁に顔を出しているのである。
「んじゃま、風呂入って寝るか」
洗面所へ赴き服をササッと脱ぐ。チラッと時計を見るてみると4時を示している。
「まだ明るいし電気は…いっか」
次郎の家は2階建ての一軒家。風呂は1階にあるため普通なら電気がないと暗いのだが、母の意向で風呂場の上は部屋を作らず天井をガラス張りにしてある。そのため日があるうちなら電気の必要はなく、さながら露天風呂のような感覚を味わえる。
「ふわぁ〜、ねむ…」
次郎は誰も見ていないことをいいことに大口を開けて欠伸を一つ。
身体を洗い、すぐさま湯船へダイブ。ざぶーんといった控えめな音とともに着水した。
「少し寝るかなー」
そうして次郎は眠るのだった。
次郎にとって風呂とは自分の部屋、トイレに継ぐ落ち着く場所である。そのため寝てしまうのは仕方のないことだろう。
そうしてどれくらい眠っていただろうか。次郎は不意に外から足音がしたので目を覚ました。寝ぼけ眼で上を見上げると周りがくらいせいか、いつもより多くの星や月が次郎を照らしていた。
「あぁ〜、もう夜か。何時間寝てたんだ?ってなにこれ、うわきも。こんなんなんのな。まじ何時間寝てたし」
空から視線を落とし下を見ると月明かりに照らされた次郎の身体はしわくちゃになっていた。まるでシャーペイのようだった。
「はっ!これが月の魔力か!」
次郎は重大な落とし穴に気付いた探偵のように驚く。
「なんてな」
とそこで次郎は今度こそ重大なことに気づく。いや気づくのは少々遅すぎたか。
風呂の外で布が擦れる音と共に女の子の声がする。妹だった。
「うふふー、ラッキー♪お兄ちゃん私のためにお風呂沸かしといてくれたんだ。しかも足拭きマットまで敷いといてくれるなんて準備万端じゃん。お兄ちゃん私のことどんだけ好きなのよ♪」
そんな理解不能な声が聞こえたと同時に風呂のドアが静かに開けられる。とっさのことで次郎は湯船に身を隠してしまう。幸が不幸か風呂蓋を完全には開けていなかったため身を隠すのには充分だった。
「きょーうもいちにちお疲れさーん♪コーラをいっぱい飲みたいなー♪」
次郎は何変な歌歌ってんだと思いつつ、変に韻をふみながら歌っている妹はもちろん全裸であることを意識してしまうとどうにも落ち着かない。
浴槽から飛び出せば妹の一糸纏わぬ姿を見られる。違うそうじゃない。目にも止まらぬ早さで妹の平手が次郎の頬にぶち込まれるだろう。
なんでこうなったか次郎は隠れたまま考える。
「(なんで普通に入ってきた!?外に俺の着替え出てたよな!?つーか風呂沸かしといてやるくらいならしてもいいが足拭きマットまで敷いとくってしねぇーだろそんなこと。確かに電気をつけなかったのは俺の落ち度だけど普通気付くだろ…)……あ」
「とっつにゅー!……あ」
次郎がなぜ気付かなかったのか考えている内に身体を洗い終わったであろう妹が勢いよく風呂蓋を開け放ち、その後固まる。
なぜならここに居るはずのない次郎と目がばっちり合ってしまったのだから。
腰のあたりまで伸びた日本人らしい黒髪、小柄なシルエット、少し挑発的につり上がった目がついた凛々しい顔立ち。次郎の妹、鳴瀬瞳まさにその人だった。
今はその挑発的な目は驚きで目いっぱい見開かれている。
「やあ瞳。おかえり」
次郎は瞳の一糸纏わぬ姿を目に焼き付けようともとい、なるべく警戒心を与えぬように目を見て穏やかにそして爽やかにおかえりの挨拶をした。
「ああうん。お兄ちゃんただいま……じゃないでしょ!?な、なんでお兄ちゃんがここにいんのよ!?てゆーかこっち見んな!」
「ぶべふっ!」
瞳の本気のビンタが次郎の左頬に炸裂。強引に首が右に振り向かされてそのまま壁に激突の二連撃。めちゃくちゃ痛い。
文句を言ってやろうと首を左に持っていくとそこには瞳の姿はもうなかった。
「やれやれ」
しわくちゃの身体を使ってなんとか湯船から這い上がりシャワーを浴びるために鏡の前へ。
「改めて見るとやべーなこれ。まじきもい。」
次郎は先程と同じような感想を言ってから風呂を出た。
「お兄ちゃん、私のに何かゆうことない?」
次郎はしわくちゃになった皮膚をプニプニしたり引っ張ったりして遊びながらリビングへ戻るとそこには瞳が顔を頬をぷくーっと膨らませて仁王立ちしていた。顔が可愛いためあまり迫力がない。
次郎が唯一可愛いと思う三次元の人間が妹の瞳。その妹が可愛い顔を膨らませているのだからにやけてしまうのは仕方のないことではなかろうか。
「何にやけてんのよ?」
「いや、瞳は可愛いなーって」
「可愛い?ほんとに?」
「うんうん。ほんとだよ。この次元で1番可愛い」
「うんそっかそっか。じゃなくって!お兄ちゃん私に何かゆうことないの!?」
いつもなら可愛いと言ってやると大抵やり過ごせるのだが、今日は駄目みたいだ。
なので次郎は仕方なく感想を言う。(なんで妹の裸を見た感想を言わねばならんのだか)と思っていることはおくびにも出さずに。
「あー、えぇーっとありがとうございました?」
次郎がそう言うと無言の正拳突きが飛んできたので違うようだ。
「そうだな。綺麗だったぜ!」
今度は歯を見せてサムズアップしながらそう言う。
さすがにふざけすぎたので正拳突きが飛んで来ると思って構えていたが来るはずの痛みがなかなか来ない。恐る恐る目を開くと顔を耳まで真っ赤に染めた妹のが俯いて突っ立っていた。
「あの〜瞳さん?そこは殴るとこではないんですか?」
気になった次郎はそう質問すると瞳は上目遣いで次郎を見つめてくる。これはかなりドキッとした次郎。
上目遣いのまま瞳が言葉を発する。
「見たの?」
「え?あ、うんすまん…」
そりゃあもちろんばっちりと。次郎はその場にいたので湯気のエフェクトなんて入らずにばっちりと見た。
「……」
「……」
2人とも気まづくなり俯く。2人しかいないリビングに沈黙が訪れる。その沈黙を破るように瞳が、
「うん、まああれも仕方ないかな」
「ほ、本当か?じゃ、じゃあ…」
「だってお兄ちゃんだって年頃の男子高校生だもんね。いくらお兄ちゃんが二次元が大好きと言っても女の子の裸を見たくないわけないし、お兄ちゃん私のこと大好きだし。だからまあ仕方ないかなって。でもでも!駄目だよほかの女の子に同じことしちゃ」
「…は?おかしいなー。耳故障したかな。瞳ー、もう一回言ってくれる?」
次郎は自分が今しがた耳にしたことを信じたくなかった。だがそんな幻想も次の瞳の言葉でズタボロにされる。
「え、いやだから、お兄ちゃん私のこと大好きでしょ?今日お風呂用意してくれたのだって私の残り湯飲みたかったからじゃないの?で、私にも感謝されて一石二鳥!的な感じでさ」
瞳はさも当然のようにそう言った。
「お前俺のことなんだと思ってんだよ!?それじゃあただの変態じゃねぇーか!」
「へ…?」
「何こいつ変なこと言ってんの?みたいな顔で見るな!」
「いやだってお兄ちゃん、いつも部屋で妹は最高だな!とかぺろぺろしたいよぉ。とかうわーエロっエロっとか騒いでんじゃん。」
「うぐっ、そ、それはだな、別にお前のことを想像しているわけではなくてだな…てゆーかなんでんなこと知ってんだよ?」
「隣の部屋からまる聞こえだよ?」
終わったーーー!次郎は目の前が真っ暗になった。まさかエロゲをやっている時の声が隣の部屋まで漏れていたなんて…
「で、でもそれはあくまで二次元の話だ!つまりお前のことを想像してるわけでは断じてない!」
「え?じゃあ妹は最高だな!ってやつは私のことじゃないの?」
「…無論だな」
「…」
「おい、どうした?急に黙って」
さっきまで次郎のことを散々変態扱いしていた瞳が急に黙ってしまったのが不審に思い、次郎は瞳を見つめる。少し俯いているせいか、表情は伺いしれないが一粒の雫がリビングのフローリンクに零れ落ちた。
「おい、瞳。どうしたんだよ?泣くなって」
次郎がそう言うと瞳は目に涙を浮かべたまま次郎をジッと見つめ、唇を動かす。
「お兄ちゃんは…私…のこと…好きじゃない…の?」
その言葉は瞳が不安に思っていたことそのままだったのだろう。鼻をすすりながら確かにそう言った瞳の表情は真面目だった。だから次郎は、
「ごめん、瞳。お兄ちゃん一つ嘘をついてた」
「…」
瞳は無言で次郎の次の言葉を待っていた。次郎は瞳がたまらなく愛おしく感じて瞳の頭に手を置いて続ける。
「さっきお前は妹は最高だな!ってやつは私のことじゃないの?って聞いたな」
「うん…」
「さっきは無論だとか言ったけどあれは嘘だよ。面と向かって好きだとか言えるかつっーの」
「じゃ、じゃあ…」
「二度も言わせんな」
次郎はそう言い、ひとしきり頭を撫でてやった。
すると瞳は目に涙を載せたまま満面の笑みを浮かべた。
「ほんとに?」
瞳はまだ心配のようだ。だから次郎は精一杯真面目な顔で瞳を見つめ返答する。
「ほんとに本当だよ」
「うん。ありがと、お兄ちゃん。お兄ちゃんに免じてさっきのことは許してあげる。でもその代わりに今日一日甘えてもいい?」
そう上目遣いで聞かれて首を横に触れる男はいないだろう。少なくとも次郎は首を横に振れる男ではなかった。
「ああ、そうだな。たくさん甘えて来い」
「えへへ、ありがと」
「おう」
瞳の甘えっぷりが凄まじかったのはまた別のお話。