卒業式の紅白饅頭と奇妙な流れ星
感動的な音楽が流れている。数多の生徒が涙し、また数多の生徒がその涙の顔に笑みを浮かべる。
そして、生徒を1人ずつ呼ぶ先生もまた目を潤わせている。
また1人、また1人と生徒の名前を呼び生徒から返事をもらう。元気にはっきりと返事する人あり。はたまた鼻をすすりながらくぐもった返事する人あり。実に様々だ。
そうして呼ばれた生徒は立ち上がり壇上へ向かう。
途中、来賓のお方々に会釈をしつつ壇上へ上がり、校長から卒業証書を授与される。
こうしてようやく学校という名の檻から開放されるのだ。いや、これは少し偏見すぎたかな。
もちろん卒業生の中には華やかな学校生活の終わりを悲しむ人もいるし、愛する母校よ、なんて思っているやつもいるけど。
壇上から降り、自分の席に戻る足取りは未来への不安を抱きトボトボとゆっくり戻る人あり。対象にしっかりとした足取りでのしのしと戻る人あり。これまた実に様々なのだ。
季節は春、桜も咲いていないしまだ寒いから感覚的には冬かも。目の前で行われているのは卒業式。誰もが恐らく1回、人によっては13回経験しているのではないだろうか。1年に1回、必ずと言っていいほどこの長ったらしい式は行われる。いや必ず行われている。
なぜこの長ったらしい式は行われるのだろう。
卒業する日が来たらハイ卒業ね。では駄目なのだろうか。まあ駄目だから行われているのだけれど。
人は、特に日本人は形式に拘ることが大好きだ。それ故この式は行われるのだろう。全くいい迷惑である。
卒業生のなかにはやはり楽しい、いや楽しくはないにしても大事に思ってる人が多いだろう。さすが日本人。
でもその中にもなんでこんな式出なきゃいけねーんだ。とか思ってるやつもいるに違いない。事実、先生から名前を呼ばれて返事が遅れるやつがいる。
そういうやつは大抵寝ている。そして隣の席のやつに起こされてようやく返事をするのだ。
周りの席が質が悪いやつだと起こしてくれないこともある。何度も名前を呼ばれた時の恥ずかしさは異常。
話が逸れてしまった。
返事が遅れるやつは前述の通り寝ている。特に感動することもなくやることもできることも少ないので、ただ待っているだけという非常に退屈な時間を寝るという行為によってやり過ごしているのだ。
そしてそれは式をただ黙って聞いて、時々拍手なんかをする在校生にも言えることだろう。
大体なんで在校生は卒業式に参加することが半ば義務化されているのだろうか。名前も知らない、もっと言えば顔すら知らんやつの卒業する姿を見て何を感じろと?
自分の卒業式ですら退屈だな。とか思って聞いている在校生——鳴瀬次郎には他人の卒業式ほど退屈なものはない。
時刻は10時ちょっと過ぎ。8時頃から始まった卒業証書授与の演目もあまりにも不毛なことを考えることで時間を潰していると終わっていた。
寝ていればあんな不毛なことを考えなくても良かったのだが寝ていると横のやつがちょっかい出してくるので寝るに寝れない。寝ていなくても時折こうして腹の肉をつまんでくるのだから鬱陶しくてたまらない。
現在進行形でつままれている次郎の腹の肉はもう赤くなってしまっているだろうというほど長くつままれている。コイツも暇なんだなぁ、そろそろ離してくれないかなぁという気持ちを込めた視線を左隣の席の悪友に向ける。
金髪にいつもはグラサンだが今は度入りメガネをしていて、レンズ越しに見える双眸は穏やかそのもの。ボタンを第2まで開け、いかついネックレスを首から下げ、さらには指輪も着けている。
本人曰く少しでもチャラい男を表現したいようだが、レンズ越しに見える双眸と同様に性格も穏やかな彼——中野哲也ではそれは難しい。
さらに言えば彼は陰に属する人なので喋ったことのない女の子に声をかける度胸もない。まあそれに限っては次郎も陰に属する人ではあるが。ただ容姿がこんなんだから本当にチャラいやつらから軽いイジメを受けていることもあったりなかったり。
次郎の視線に気付いたのかそれともつまんでいるのが辛くなったのかようやく離してくれた。右手を振っているところを見ると後者らしい。
離してくれたお礼に脛を軽く踵で蹴ってやると何すんだよ!?みたいな顔で次郎を睨みつけくる。なので次郎はお前が言うかそれ?という顔で睨み返した。
それからは酷いものだった。何度か脛を蹴りあっていると教員席から担任がやってきて次郎たちの席は中程にあるというのに注意された。次郎たちはそりゃ陰に住む者なので恥ずかしいったらありゃしない。
卒業式終わったらこの事で揖斐られるんだろうなぁと思うとすごく憂鬱な気分になる。
担任に怒られてから哲也はもう腹をつまんで来ることは無くなった。単純につまむのが疲れただけだと思うが。
そして次郎たちはカップルのように互いにもたれかかるようにして眠った。
卒業式も無事終わりようやく1年3組に戻ってきた。ただいま、憎き教室よ。
卒業生は明日から春休みだが在校生はそうではないらしい。
よって戻ってきてすぐ先生から明日の予定など簡単に説明を受ける。
そしてようやくアレが配られる。次郎はこの為に卒業式をサボらなかったと言って過言ではない。今日の次郎の4時間近くはアレの為にあったのだ。
そして待ちに待ったその瞬間。
「残念ながら今年から経費削減の為に紅白饅頭はなくなりました。そのかわりクリアファイルを配布するので後ろへ回して下さーい」
目の前が真っ暗になった。次郎は今日の4時間を失った…
「っざけんなぁぁぁぁぁ!」
くそつまんねぇ卒業式にわざわざ出てやったってのになんだこの結末は。そう思った次郎は周りのことなど気にせず叫んでいた。
そう。次郎は紅白饅頭に並々ならぬ思いを持っている。
一重に紅白饅頭と言ってもどこかで売ってる紅白饅頭と、卒業式の後にもらう紅白饅頭では価値が違う。無論味も違う。
卒業式の後の紅白饅頭には卒業式乗り切ったぞ。俺はやったんだ。という達成感と人の金で食えるというなんとも言えぬ幸福感が刺激になる。さらにはようやくでかい顔をする上級生も居なくなり、さらには先輩になれるという喜びをも同時に楽しめるのだ。
これを奪われて叫ばずにいられるほど次郎はお利口ではない。
「鳴瀬さん?どうしたんですか?大丈夫ですか?」
担任の真鍋先生が眉を寄せまるでいざやるって時に勃たなかった時の彼女のような顔で次郎を心配してくれる。例えがおかしい。
やばいと思ってももう遅い。次郎は一瞬にしてクラスメイトからの視線を頂く。
クラスメイトの顔が一斉に歪む。と同時に至るところで笑い声が上がる。
「すみませんでした」
いたたまれない気分になった次郎は肩を落とし沈黙を貫こうと決意した。
だが悲しいかな、HRが終わった後クラスメイトからひたすらからかわれる次郎なのでした。
ひとしきりからかわれた次郎はいそいそとようやく帰路へつくことが出来た。
今日は散々だった。紅白饅頭が貰えないだけでこんなに失うものが多かったなんて…これじゃあ仕事に熱中するあまり奥さんと子供を失った父さんみたいではないか…と肩をガックシ落としながらトボトボ歩いていると後ろから悪友に声をかけられる。
「おい次郎。そんなに落ち込むなって。紅白饅頭が貰えなかったくらいでさあ」
次郎の頭の中の神経が2、3本切れる音がした。哲也は次郎が紅白饅頭に並々ならぬ思いを抱いているのを知っておきながら貰えなかったくらいでさ。とか言うのだ。
頭にきた次郎は悪友に無言の腹パンを加えてやった。
「ぐえ」
カエルを踏んづけてしまった時のような声がした。 哲也は殴られた腹をさすりながら親の仇でも見るような視線を次郎へ向ける。
「て、テメェ何すんだよ。痛てぇだろーが」
「いや、腹立ったから。すまんすまん」
「ったく。すまんで済んだら警察はいらねっつーの」
「はいはいそうですね。それよりさ、部活どうする?去年なんもやんなかったじゃん。来年こそ入るか?」
次郎は腹パンしたことを有耶無耶にしようと無理やり話題を変更する。
次郎は正直部活など興味はない。ただまあ哲也がどう思っているかちょっと気になってはいた。
「そうだな〜。まあ別に入らなくてもいいわけだし、去年みたいに帰宅部でいいんじゃね?それとも何、お前入りたい部活でもあんのか?1人じゃ入れないから一緒に入って的な?」
嘲笑混じりにニヤニヤ顔でそう聞いてきた。ウザイ。
「いや、そこまで言ってねぇーだろ。ただちょっと気になっただけだ。後ウザイからその顔やめろ」
「ふーん、そうかい。でさ、実際どうなの?入りたい部活あんの?」
「それも特には。校則が変わって必ず部活に入れみたいにならない限りは入る気にはならないかな」
「じゃあさ、必ず部活しなきゃいけなくなったら何やる?」
そんな質問をされる。そういえば校長今年還暦迎えて来年から違う人がなるんだっけ。
「俺はサッカー部にでも入ろっかなぁ。ほら俺さ、運動出来なくはないしさ。サッカー部ってモテるしさ。どうよ?」
次郎がなかなか答えないので待ちかねたのか哲也はそう言った。しかもなかなか不純な同期である。
「やめとけ。お前入ってもパシリに使われるかイジメられるか、またはその両方だろうからな。つーかさ、サッカー部がモテるってよく聞くけどなんで?」
「え?カッコイイからじゃねーの?」
「それって顔がてっこと?それともサッカーをやってるってことがカッコイイのか?」
「いや知らんけど。でもほらサッカー部のやつらモテてるやつ多くね?」
「確かにそうかもな」
言われてみれば確かにサッカー部はモテている生徒が多い気がする。でも次郎には不満に思うことがあった。なのでそれをそのまま言葉に出す。
「でもそういうやつらって大抵授業もまともに聞かずくっちゃべってるやつらなんだよなぁ。なんでそんなやつらがモテんだろ。静かにしている俺らの方がモテて然るべきなのでは?」
ちなみに次郎は二次元が好きなので別にモテたいとか思ったことはない。昔はモテたいと人並みに思っていたが、今じゃ二次元と金さえあれば生きて行けるまである。
「てか哲也お前モテたいの?」
「冷静に考えろ次郎。この格好モテたくなかったらただのチャラ男だぞ」
「モテてないからただのチャラ男じゃん。しかもお前表面だけチャラくしているようだけど内面チキンじゃん」
「ぐえ」
次郎がズバリと言うと哲也からまた出た。カエル踏んづけてしまった時のような声が。
それを誤魔化すように哲也は言葉を続ける。
「お、俺だって頑張ってんだぞ?日々チャラ男を研究だってしてる。でもどうしても無理なんだよぉ。」
「じゃあさ、もう諦めろよ。俺だけは友達でいてやるからよ」
「くっ、その優しさが痛いぜ…」
そうこうしてるうちにいつも別れるT字路に到着。
「じゃあな。また明日」
「ああ。だがな次郎、俺は諦めない!いつか心も体もチャラ男になってみせる!」
まだ言ってんのかあいつ。次郎は半ば呆れながらも適当に返事する。
「あー、まあ頑張れよ」
「おうともさ!じゃあなー。…ん?おい次郎あれ見ろよ」
別れの挨拶を済ませて帰ろうとしていた次郎を哲也が空を指差しながらとめる。次郎は振り返り哲也が指さす方へ目を向ける。
「あれ、なんか奇妙だよな。流れ星かかな」
哲也の言う通り確かに奇妙だった。まだ空は明るいというのに太陽にも負けないほどの光を放つ物体が上空をい漂っている。あれは流れ星なのだろうか。だが流れ星とするならおかしな点がある。
ズバリ流れていないのだ。普通流れ星と言えば数秒後には流れて消えているものだがあれはその流れが遅い。遅すぎるのだ。
「流れてないから流れ星ではないだろ」
次郎がそう言うと少し驚いた顔をし、哲也はやや納得いかないといった顔をする。
「哲也…?」
「え?流れたよな?ま、いいや。また明日なー」
「…?おう、また明日な。オナニーすんなよ」
「しねぇよボケ!」
そうして2人は別れ、次郎はトボトボあるきだした。
次郎は流れ星が空にまだある事を不思議に思いつつとりあえず何か願っとくか。と思い願い事を考える。
「そうだな。なら異世界にでも転生してその世界の英雄になり人気者。そして美少女達を侍らせたいです。と」
次郎は願った後で我ながらなんてことを願ってしまったんだ、と手を額にあて空を見上げる。
すると先ほどまで上空を漂うだけだった物体が確かに流れた気がした。その証拠にあの星は見えない。
「なんなんだ?あの星…」
次郎は不思議に思いながらもう1度空を見上げる。 空はまだ明るい。必然星も見えない。
「俺も疲れてんのかね」
次郎は帰ったら寝ると決意し帰路を急ぐのだった。