君と出会って僕は変わってしまった
最近少しお腹が気になってきたから、仕事帰りには一駅手前で降りて歩いてから帰宅する。
ぶっちゃけ、まあしんどい。
一日働いた後で、わざわざ何してるんだろうとか思う。
地下鉄からエスカレーターを使わずに階段で地上に上がる。
春にはまだ早い。
マフラーの位置を直して、冷たい夜風が襟元から入らないようにして歩き出す。
歩道橋となかなか変わらない歩行者信号を見比べて、歩道橋を選ぶ。
一足ごとに、歩道橋は微かに振動する。
歩道橋を渡ってしばらく歩くとコンビニが二店ある。
フライドポテトにチキン、アメリカンドッグとビール。
その誘惑を断ち切って、コンビニを見ないようにして家を目指す。
そのまましばらく歩くと、一軒のケーキ屋が目に入る。
今日は残業もなかったから、まだ開いてる時間なんだなとショーウィンドウ越しに店内を覗く。
店外にも香る甘い匂い。
あまり得意ではないその匂いに、少し顔をしかめながらも店内に足を踏み入れる。
ショーケースにはまばらなケーキたち。
閉店まで後20分ともなれば、そんなに種類は残っていない。
苺ショートとチーズケーキを箱に詰めてもらう。
保冷剤は断る。
増えた荷物と共に甘い店内から出て歩く。
ケーキ屋から5分。
ありふれたマンションの一階、一番奥の部屋。
鍵を差し込み回してから、ドアを開く。
「ただいま」
バタバタと音がしてから君が顔を覗かせる。
「おかえり。ご飯、もうできるからね。
着替えてきて」
そう言って君はキッチンに戻る。
着替える前に、ダイニングのテーブルの上にケーキの箱を置いておく。
着替えてからダイニングに戻ると、君が言う。
「もう、ダイエットしてるのにケーキなんて買ってきて。
でもありがとう。
食後のデザートにしようね」
野菜炒めにお浸し、酢の物にお味噌汁とご飯。
今日一日の君の話を聞きながら、ご飯を食べる。
食べ終わると、食器をさっと水洗いしてから食洗機にセットする。
その間に君がケーキとコーヒーの準備をする。
「どっちが食べたい?」
君の質問に、チーズケーキを選ぶ。
君が嬉しそうにする。
「一口だけ交換しようね」
夜だから、君はノンカフェインコーヒーを入れる。
少し物足りないコーヒー。
嬉しそうにケーキを食べる君。
大きめに君にチーズケーキを分ける。
君のショートケーキを少しだけもらう。
君は僕が変わったことを知らない。
本当は今だって歩くことなんて大嫌いで、エスカレーターがあるなら階段なんて選ばなかった。
歩道橋よりも、信号を待つ方がいい。
夕飯にはフライドポテトとチキンとアメリカンドッグとビール。
ケーキは別に特に食べたいわけではない。
それでも、もしケーキを食べても人と一口交換するのは好きじゃない。
交換するなら等分にする。
ノンカフェインコーヒーは好きじゃない。
だけどまあ、今までどうでもよかった健康診断の結果を君が気にするから。
ケーキを食べる君が嬉しそうに笑うから。
僕は一駅分歩いて、コンビニに寄らないで、ケーキを買って帰る。
冷凍庫に溜まる保冷剤を君が嫌がるから、ケーキを買うときに保冷剤はつけない。
違う味のケーキを選んで一口交換する。
昔と比べて変わった僕を、僕自身は実はそんなに嫌いじゃない。