魔術師が魔法なんて使うわけないでしょう
「ねぇ、あそこに転がってるのなんですかね?」
「ん?...あ、確かになんか杖みたいな物が転がってますね」
とりあえず、ここまでの経緯を説明しましょう。歩いている途中、前方に何か発見。よく見るとそれは銀の杖のようなものでした。以上。説明するまでもなかったですね。
「ねぇロボたんさん、ちょっと見てみましょうよ」
「嫌ですよ。あんなもんガラクタですガラクタ。何が付いているかわかったもんじゃありません」
「いざとなれば発明にも使えますよ?」
「だから発明なんてしたくないんだってば」
このロボたんさん。魔法レベルの発明をすることが出来るにも関わらず、その能力を「使いたくない」と言い張る非常に惜しい、惜しすぎるロボットなのです。
...いっそ意識でも改造してやろうかしら。
「先日のリングは薬指以外でも反応するようですね」
「ごめん!! やめてっ!! 私が悪かったから!!」
ロボたんさんはたまに心を読みます。彼曰く「僕に読心術プログラムでも組み込まれているんじゃないですか?」だそう。彼にも理由は不明なよう。ただ「顔を見ればわかる」とのこと。
「...それ単純に私の悪意が顔に出やすいからじゃ」
「何か言いました?」
「いいえっ!! 何も!!」
例の一件以来、私はロボたんさんに反撃してやろうと目論むのですが、リングにすっかり味を占めたロボたんさん。すかさずリングの話題を出します。そしてリングによって精神的に死にかけた私。「リング」という単語だけで地獄の光景がフラッシュバック。あまりの恐怖に怯え、それ以上何も言えなくなってしまうのです。
「ぐぅ...」
「どうしたんです?」
見て(想像して)ください。あの勝ち誇ったような顔。すっごい笑顔。多分過去三番目くらいの笑顔です。この確信犯め!
「まぁ、あのリングはもう使うつもりはありませんから」
「なんで発明をしないんです?あなたのその機能は飾りですか?あーあ、あの銀の杖を使えばもしかしたら世紀レベルの発明品が誕生するかも知れないのにー。やはり意識を改造するしかないんじゃないですか?あなたの石のように固い心を動かすには。はぁ、目覚まし機能はそんな豪華なのに、なかなかどうして―」
「うぅ...ひっ...ぐすっ...」
「...学習能力なさ過ぎでしょう」
「つかわない、って...いっいったのにぃ...」
「普段は使いません。緊急時のみ使用します。今みたいに」
「ひっ...えぐっ...」
「今回はあなたが悪いんですからね。ちゃんと反省してください」
「...はい」
あ、まずい。
僕、なんか楽しくなってきたような...いや違う!僕はそんなサディスティックじゃない!女子を虐めて喜ぶようなドSじゃない...のか?
「本題(?)に入りましょう」
「...はい」
明らかにテンションダウンした彼女。まだ目と鼻が赤いです。正直可愛い。
なおここからは、元気のない彼女に変わりに、彼女の元気をなくした張本人、もとい張機械視点で進行させていただきます。
「随分と奇抜な形の杖ですね」
杖の先端は水晶玉のようなものがくっついていました。さらにその中には星型の何かが光っています。
「...ねぇ、ここ。柄の部分、なんか文字が掘ってあるよ?」
「あ?本当ですね。どれどれ解析っと...」
掠れて文字が読めなくなっているため、解析機能を使用しました。...なんか自分って便利。
「解析終わりました。プリーストステッキだそうです。つまり」
「魔法の杖!」
「うわっ」
テンション下がり気味だった彼女が突然大声を出しました。
「なんですかいきなり...」
「え?あ、ごめん。遥か昔に『ゲーム』ってものをやってみたことがあるんだけど、その時の私のジョブ?がプリーストというものだったんですよ。しかもそのゲームすっごい面白くてね!私もこんな風にステッキから、支援魔法とか回復魔法が使えたらいいなーっていう淡い希望をずっと持ってたんです。それが今!目の前にあるんですよ!」
「は、はぁ...」
彼女の遊んだというゲーム、おそらくジャンルはRPGですかね。にしても初期ジョブに支援タイプを選ぶなんて珍しい。僕なら攻撃タイプのソルジャー、狙撃タイプのスナイパーの二択なんですが...
って、そうじゃなくて。
「いや見てくださいよ。怪しすぎます。ガラクタにしか見えませんよ」
「ねぇ!持ってみていいですか?」
「...」
僕の話なんて耳に入っていない様子。まあ、せっかく彼女の夢が目の前にあるのだから...仕方ない、好きにさせてあげましょう。
「わかりました。その前に洗浄させてください。この杖、かなり汚れてるじゃないですか」
「え?そんなことできるんですか?」
「えぇ。そんな機能もあります」
何故か。
「ここまでの道中で、ある程度の水は採取してありますから。もちろん濾過済みですよ。噴射時間は最高8秒と短いですが、超高水圧で噴射できます。なのでだいたいの汚れは落ちると思います」
「...そんな機能を付けた人って誰なんですかね」
「僕が一番知りたい」
僕は水を噴射しなければならないミッションでも課せられていたのでしょうか。
「離れていてください。危ないですよ」
「はーいっ...て、それで死ねるんじゃないんですか?」
「そんな人を貫くような殺傷力はありませんよ。あなた海の中に沈んでも死ななかったんでしょう?なら顔に噴射して呼吸を止めても意味ないです」
「そうですか。邪魔してごめんなさい。ではどうぞ」
どうぞと言っても、数秒で終わるんですけどね。
そして数秒後。
「終わりました」
「...ここまで綺麗になるなんて」
それはまるで、美術館に飾られていても違和感を感じないような壮大な輝き。もはや銀ではなく白銀と化していました。
「うわぁ...」
目を爛々と輝かせる彼女。少し前のテンションダダ下がりが嘘のよう。
「さ、触っても?」
「そのために洗ったんです」
ステッキにそっと触れようとする彼女。謎に緊張しているようでした。顔が真剣そのものです。
「で、では...」
その言葉と同時に、彼女はステッキの柄をギュッと握ります。
すると。
『おめでとうございます!!』
「「うわぁっ!」」
突然、ステッキから謎の声がきらびやかな音楽と共に流れ出します。あまりにも唐突だったため、2人とも酷く驚いてしまいました。
そんな僕らに構わずステッキは続けます。
『あなたはプリーストに選ばれました!! よってこの杖はあなた専用!! 自由自在に扱えるのです!!』
「ねぇねぇ!このステッキの声なんですかね?」
そう考えるのが妥当...んなわけありません。どこかに...あ。発見
「テンション上がっているところ悪いんですが...どうやらスピーカーからのようです。ほら」
「へ?」
柄の近くに小さなスピーカーが設置されていました。そこから声は出ているようです。
「スピーカー...」
あ、ちょっとテンション下がった。
「ま、まぁ、私が認められたってことですよね!さっそく魔法でも使ってみましょう!」
ハイテンションで彼女が杖を振りかぶった、その時。
「おや?」
杖から一枚の紙がひらりと舞い、僕の前に落下しました。すかさず確認。おそらくメモ用紙くらいの大きさ。片面は白紙、もう片面を見ると、何かがつらつらと書いてありました。
「...はぁ、なるほど」
それを読み、ステッキの正体がだいたいわかりました。
「よし!じゃあやってみましょう!」
「あの、盛り上がってるとこ悪いんですけどー」
「魔法奥義!」
「...」
全く人の話を聞いていませんでした。まあいいでしょう。緊急な事柄でもありません。このまま彼女の行く末を、見届けてみようではありませんか。
僕は彼女をじっと見ていました。何か悟ったみたいに。
彼女は叫びます!最終奥義の特殊魔法を!
「『エクスプロージョンッ!!』」
...............。
それ、攻撃魔法じゃないですか...
「...あれー?」
今回のオチです。
あの紙に書かれていたことはこうでした。
ざっくり言いますと、
1.このステッキで魔法は一切使えないこと。
2.子供向けの玩具を作ろうとしたら本気で作ってしまい、本格的なステッキになってしまったということ。
3.原案者が『プリースト・オルダナ』という名前だということ。
以上です。
つまりこれは魔法のステッキではなく、魔法のステッキを模した玩具になる予定だったものなのでした。プリーストステッキという名も、プリースト専用のステッキだからではなく、プリーストという人が作ったステッキという意味だったのです。
これを読んだ彼女は、
「お前なんかこうじゃー!!」
と言ってステッキを投げ捨て、北西へと走り去って行きました。顔真っ赤でした。
僕は慌てて追いかけました。彼女とはぐれると厄介です。見つかりにくいうえに足もそこそこ無駄に早いですから、早く探さないと。
ただその時、僕は見てしまったのです。
投げられたステッキの先端に触れた大岩が、跡形もなく木っ端微塵に消滅する瞬間を。
「...」
魔法は使えなくても、どうやら魔力はあったみたいです。多大に。
僕は超速でステッキを地面に埋めました。そしてこう祈ったのです。
こんな恐ろしい兵器を、誰かが掘り起こすようなことがありませんように。
え?魔法ならもうあるんじゃないかって?
まあ、そうなんですけど...なんて言うか、あれは『科学を超越した科学』を適当に魔法と呼んでるだけですから。RPGみたいな本物の魔法とは似ても似つかないんですよ。ゲームの中のような、幻想的な魔法を使ってみたい。私も思ったことはあります。だからこそ、ゲームに強い思い入れのある彼女はあんなにも喜々としていたのでしょう。
まあそのステッキ、今は土の中ですけどね。
今日も平常運転です。