少女の一番幸せだった記憶より
「こんばんは、お姉さん」
声の方を見ると、そこには一人の女の子がいました。頭から猫耳を、腰からは尻尾を生やして。
「......」
それはコスプレというやつでしょうか。そう言いかけた私の口は塞がれました。
「しーっ」
いつの間にか彼女は目の前に立っており、人差し指を私の口に押し当てていたのです。
「そんなこと、まだ言ってはいけませんよ?この世界はまだまだ長いんですから」
この世界はまだまだ長い、か。その言葉に、私は少し硬直してしまいます。なぜかわかりません。でもどうしてか、涙が出てくるのを感じました。
そんな私を、彼女は優しく抱きしめます。
「大丈夫、大丈夫ですよ。私はお姉さんには泣いて欲しくないです。悲しい気持ちで泣いて欲しくはないのです」
そのぬくもりは、どこか懐かしいような。もう二度と掴めないような暖かさと寂しさを感じさせます。
彼女は包容をやめ、私の左手をひっぱりこう言いました。
「行きましょう。私に出来ることなんてこれくらいしかないですが、それでも、あなたには笑っていてほしいから」
最高の笑顔でこちらを見る彼女。その眩しさに、私もつられて笑っていました。
「さあ、行きましょう。今夜限りの招待券です」
彼女に連れられて歩く世界は、とても楽しいものでした。
かと言って、遊園地とか水族館などのアトラクションめいたものでもなく、レストランやジュエリーショップなど高価なものでもない。
ただ二人でテーブルに座り、お茶会を開く。それだけです。しかし私にとって、それ以上の幸福はなかったのかも知れません。
適度に紅茶を嗜みながら、私達はいろんなことを話し合いました。自分の気持ち、世界の話、未来の話、過去の話、現在の話。楽しいことも悲しいことも、喜怒哀楽を全て話しました。それにも関わらず、彼女はどんなときでも笑顔で話を聞いてくれていました。とっても、幸せそうに。
「あなたはどうなの?」
「え?私ですか?」
私の質問に、彼女は一瞬躊躇って、
「私は...楽しいです。しばらくその、事実は受け入れられませんでしたが、今はもう平気です。とっても楽しい...んですよ...ほ...んと...に...たのし...い...っ!?」
彼女の言葉は途切れ途切れ、涙を必死に堪えているようですが、バレバレでした。
「大丈夫、無理しなくて大丈夫。私もあなたに泣いて欲しくはないけど、我慢されるのはもっと嫌だから」
だから私は彼女を強く、それでも優しく抱きしめました。今度は、私の番。
彼女は、私の腕の中で泣きじゃくりました。糸が切れたように、緊縛から解放されたように。
私は号泣する彼女に優しく語りかけます。
「うん、うん。怖かったよね。寂しかったよね。辛かったよね。でも大丈夫、私が全部受け止めてあげるから」
それからどれくらいの時間が経ったのか、私にはわかりません。でも彼女はいつまでも、いつまでも、私の胸元で泣き叫んでいました。そんな彼女を、私は強く強く抱きしめていました。
「...お見苦しいところをお見せしました」
彼女が顔を赤らめて言います。その中には照れも含まれているようでした。
「そんなことないですよ。私は嬉しかったです。あなたの本心が聞けて」
「...本当に、ありがとうございました」
あんなに素直になったのは久しぶりです。彼女ははにかみます。まだ少し鼻は赤いですが。
「当然なことをしたまでです」
目の前に泣いてる女の子がいたら助けます!と私は胸を張って言いました。ドヤ顔込みで。
彼女、笑ってくれました。ああ優しい。
それからも、他愛のない会話を延々と続けました。くだらないことで笑いあったり、アブノーマルな話で盛り上がったり。そんな、夢のような。
しかし、時間はいずれは終わるもの。それに感情はありません。いつだって、時間というのは無慈悲なものです。
「お姉さん、そろそろ時間です」
「...そうですか」
そのとき私は、どんな顔をしていたのでしょうか。笑っていたのでしょうか。泣きそうだったのでしょうか。無表情だったのでしょうか。
彼女は、明るい口調で言います。私のために無理をしていることは明白でした。
「大丈夫です、きっとまた会えますよ」
「...あなたは、強いですね」
彼女は一瞬きょとんとし、微笑みながら。
「いえ、私は弱いです。でも、お姉さんがいるから、強くなれるんです」
きっと。
「そっか、ありがとう。私も、あなたのお陰で強くいられると思う。なんかこう、頭に乗ってるイメージで」
「なんですかそれ」
私と彼女は、またお互いに笑い合いました。
そうだ。私は強くならなきゃいけないんだ。この子のために。
「お姉さん」
「はい?」
「今日は、ありがとうございました」
「...いえいえ、こちらこそ」
最高の時間でしたよ。そう呟きました。それが彼女に聞こえたかどうかは、今となってはわかりません。けど、
「それじゃあお姉さん、またね!」
別れ際の彼女は、あの時のまま、元気で、明るくて、怖がりで。そして、笑顔が素敵な一人の少女でした。
「...はい!また会いましょうねー!」
だから私も答えます。あの時の私で。きっとそれは何年たっても変わらない。忘れても、絶対になくならない。心の中に押し込めた思い出。幸せな記憶の私が、そこにいました。
「......」
走り去る後ろ姿を見ながら、私はぼんやり考えます。きっと私は分かっているのです。これが夢だってことを。そして、彼女を忘れてしまうことも。二度と会えないことも。そんな予感はしていました。確証なんかありません。でも、そう感じてしまったのです。
夢というものは残酷です。願いが叶った。しかしそれは妄想や想像が生み出した幻。正夢になる確率なんて限りなく低く、全ては頭の中で完結してしまう。霞みがかって見えなくなってしまう。
だから私は、この夢を精一杯楽しむことにしました。記憶を忘れてしまっても、ここにいた事実は残るから。ここで互いに笑いあっていたという、美しい夢語りが消えることなんてないから。
私のこんな考えも、きっと現実という記録に上書きされ、頭の端に追いやられ、覚醒と妄想の狭間に封印されてしまうのでしょう。あとは簡単。私たちの世界に帰るだけ。そこは静寂に包まれ、光が全てを照らし、まるで錯覚のような。そんな世界です。でも大丈夫。今の私には彼女がいます。見えないけれど、忘れてしまうけれど、いつだって隣に。きっと世界は素晴らしいものに見えるでしょう。
まあ、そんなところですかね。
初めまして。始めました。
誠心誠意臨ませて頂きます。...固すぎ!
正直、楽しそうだったので試しにほーいと書いてみました。
物語を作るのは大好きなんです。
それ以外することないんです。すっごい暇なんです。
こちらは生意気にもシリーズの予定ですが、今回のお話は「なんだこれ?」「こんな話もあったな」くらいに思っていただけたら幸いです。現段階では意味不明なので。このプロローグに関わるお話も後々書く予定ですので、詳しくはその時に。
私の話を少しでも読んで下さった、目の端に捉えて下さった方々に、心からの感謝を。