出会い
ダイスケは勝利の余韻を確かめるように、しっかりと一度頷いた。
見習い達は黙って、その様子を見ている。
誰一人その場から動くこともできず、瞬きすることすら躊躇っていた。
それほどダイスケの成し遂げたことは脅威的なことだった。
ようやくダイスケがおかっぱの喉に向けられた刀を降ろした。
そしてスッと刀身を鞘に収めた。
おかっぱはいまだに何が起こったのかわからないといった様子で、ただ口を大きく開けている。
審判役の見習いがおかっぱに近寄り、そっと肩に手を置く。
『本願寺さん、終わりだ。もう終わったんだよ。』
おかっぱこと本願寺は刀を床に落とし、その場に腰から座り込んでしまった。
道場にはおかっぱが落とした刀の音が響く。
ダイスケは歓喜と興奮を押し殺して、おかっぱに声をかける。
『ありがとう。良いし合いをさせてもらった。
あんたの名前を聞かせてくれ。』
そしてゆっくりと手を差し伸べた。
おかっぱは悔しさを滲ませた声で、下を向いたまま答える。
『おっ…俺様は…本願寺。本願寺キンカク。』
そう言い終わるかどうかのところで、キンカクは床に落ちた折れた刀を握り締めた。
そしてダイスケの手をとると、刀をダイスケに向けて突き立てた。
しまった。
ダイスケの脳裏にその言葉が過った。
距離からして、ダイスケがいくら素早く抜刀しても間に合わない。
その時だった。
『こらぁああ!!』
道場の空気が一瞬にして張り詰め、そして再び静寂にかわった。
キンカクの刀の切っ先はダイスケに突き刺さる寸でのところで、止まった。
本願寺がゆっくりと道場の入口のほうを向いた。
ダイスケは本願寺の手を離すとキンカクから距離をとって、同じように道場の入口を見た。
そこには、一人の剣士の姿があった。
頭には黒いバンダナ、目元には丸いサングラスが光る。
鼻の下には黒い髭を生やし、上半身はいかにも鍛えられているという雰囲気の筋骨隆々ぶり。
その上半身には素肌にシャツを一枚羽織っているだけ。
ちなみに季節は春先。
そして腰にはつばのない種の刀を差している。
歳は若くはないが、おそらくかなり上級の剣士であろう。
ダイスケは一瞬で悟った。
その風貌はまさしく歴戦の剣士であり、自分の遥か彼方に立っているであろうその男の実力を。
そして同時にこの剣士の一喝がなければ、今頃自分はこの床に血まみれで突っ伏していたということを。
ダイスケが口を開こうとする前に、剣士が口を開いた。
『キンカク、これはどういうことだ。説明しろ。』
その声は怒りにも似た強い意志が込められていた。
尋ねられているのはキンカクに他ならないが、ダイスケをはじめ見習いたちの間にも怯えに近い緊張間が立ち込めている。
キンカクが口を開けずにいる。
少しの沈黙があった後、審判役の見習いが口を開いた。
『山本先生、これは本願寺さんとこちらの方との決闘であります。
ただ…勝負はすでについたのですがキンカクさんが…その…』
『汚い手を使ったな。』
『…はい。勝負が終わったにも関わらず、刀を握られて…。』
この見習いは怯えていたものの、自らの意思で話していた。
『なるほど。でしてそちらの少年。君は?』
ダイスケは相手の目を見ようと試みたが、サングラスがそれを拒んだ。
仕方なく話し始める。
『俺の名前は宮本ダイスケ。道場破りに来た。』
『宮本?』
山本の様子が一瞬変わった。
それはすぐに元に戻り、再び話し始めた。
『どうやら君にはうちの弟子が迷惑をかけたようだな。
実を言うとこの道場は昔の友人のものでね。その友人が病に倒れてから、週に一度ばかり訪れては指導をしていただけでな。
ところで君は道場破りのルールを分かっているのか?』
ダイスケは知らなかった。
ただ、先ほどキンカクに言われたことを思い出した。
『審判役が止めるまでもしくは、どちらかが降参するまで試合は続行。』
山本はそれを聞くと周囲の見習いやキンカクを睨んだ。
『実はルールはそれだけじゃないんだよ。
まず相手を傷つけてはならない。
そして二級剣士以上の立会を必要としているんだ。』
ダイスケは絶句した。
死の境地を乗り越えて手に入れた剣士の座。
それはここに倒れているキンカクの仕掛けた嘘。
ただ決して悲観はしていなかった。
偶然かもしれないが、確実に自分の剣が通用することがわかった事は自分自身に大きな自信を与えていた。
続けて山本が口を開いた。
『本来ならここでもう一度機会を与えるところなのだが、こんな事態になってしまった以上、それはできない。
もし君が望むなら、ともに俺の道場に来ないか。
君と同じように剣士を目指す者達が修行に明け暮れている。
そして来月に迫った試験を受けないか。』
『行くよ。行かせてくれ。』
ダイスケには迷いがなかった。
自分と同じような剣士の見習いたちと修行をすることは、自分を高める上で必要かもしれない。
今の自分はただ剣士になろうと焦り、よく調べもせず道場破りに挑んでしまった。
先に為すべきは、実力をつけることなのに。
『いいだろう。俺の名前は山本武。
たった今から俺はお前の師匠だ。覚悟はできているか?』
『もちろん。』
こうしてダイスケは人生で初めての師匠という存在に出会った。
最強の剣士を志す上で、自分より優れた剣士に師事することは有意義なことだ。
ダイスケは偶然にも武に命を救われ、そして幸運にも武はダイスケの師匠になった。
ただ、出会いはいずれ別れを生むということを忘れてはならない。




