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ラストエピソード3 僕の家族のコッコさん

というわけで最終話。長々とお待たせしまして申し訳ないです(謝)

書き上げるまで足掛け二年。なんと0歳の子供が走ってはしゃげるようになる年月を、この小説につぎ込んだわけですが、やり残したことは一切ありません。

では、本編とあとがきをお楽しみください。

 見返りなしに、心の底からお前を好きになってくれる人は、きっといる。



 私の名前は山口コッコ。月ノ葉光琥と呼ばれることもあるけれど、そっちはまぁあだ名みたいなもので、今はこっちの方が本名みたいなものだ。



 私の身勝手で、好きな人を裏切ったことがあった。

 色々あって、殴り合って、結局その人もみんなも私を許してはくれなかった。

 でも、ここにいることは許してくれた。

 これから許されるかどうかは、私の行動一つだと思う。

 そう思って心機一転。顔と体中に湿布を貼り付けて、私は意気揚々と新しい生活に向かって一歩を踏み出した。


 踏み出した瞬間に、やめときゃ良かったと後悔した。


 渡されたのは、ヒラヒラでフリフリのゴージャスなエプロンドレス。

 屋敷にいた時に着ていたものよりもさらに『乙女ちっく』というか、とにかく28歳にもなろうという女性が着る服じゃないことは明らかで、それは多分目の前にいる彼も分かっていることだろう。

 目の前の彼。名前は高倉天弧。私が勤めることになる宿屋の店主。

 細い目つきに左目の眼帯。短髪ショートでわりと可愛い顔だちの男の子で、今は私と同じエプロンドレスと黒のワンピースを着ている。ほっぺたに張られた湿布は私のせいだけど、彼が着ている服に関しては、まったく覚えがない。

 ……この時点で、私はそのことを突っ込んだほうがいいのかかなり悩んでいた。

「あの……天弧さん? そのエプロンドレスは一体……」

「見本です」

「え?」

「こ、こういう風に着こなしたらいいっていう、その……み、見本なんです」

 彼は、ちょっと半べそだった。泣きそうだったと言い換えてもいい。

「そ、そう。この衣装は僕が自分の意志で着ているんです。……め、めいどってそういうものじゃないといけませんからね。決して美里さんに『コッコちゃんが着てくれなかったら貴方が着るんですからね?』なんて言われたからじゃありませんヨ。あっはっはっはっはっはっは!」

 眼が空ろだ。かなり神経が参っているらしい。

 私はゆっくりと溜息を吐きながら、仕方なく決断した。

「……分かりました。分かりましたから涙を拭ってください」

「いや……ホントすみません。帰ってきて早々」

 帰って着て早々いきなり謝られてしまった。

 うーん……涙目でにっこり笑われたりすると、ちょっとした背徳感で背筋がぞくぞく来るのが困り者だ。

 いっそ、このままメイド服を着せてしまうおうか。

 美里なら平気で頷くだろうし、京子さん以外の説得にはそう時間もかからない。

 と、そんな面白い考えが頭を掠めるけど、まぁそういうのはほどほどにしておこう。

 エプロンドレスを受け取って別室で着替える。フリルやらなにやらが色々と気になったものの、思ったよりも悪くなかった。

 執務室に戻ると、彼は既にメイド服からダークスーツに着替えていた。

 ふむ……これはこれで悪くない。

「ああ、やっぱり思った以上に似合ってますね」

「28歳でこんな衣装を着せられるのは、ほぼ拷問に近いんですが?」

「まぁまぁ、似合うんだからいいじゃないですか」

 にこにこ笑顔で言う彼だったけど、彼のメイド服姿もかなり似合っていたことは秘密にしておいた方がいいだろう。

「さて……ご主人様。それで、私はなにをすればよろしいでしょうか?」

「さし当たっては特になにもすることがないからね、全部やってもらうつもり」

 全部ときた。あの坊ちゃんが、なかなかハードな要求をするようになったものだ。

 私が少し感心していると、彼はにっこりと笑って言った。

「あと、ご主人様はやめて欲しいな。……これ以上メイドが増えたら確実に体が持たないから」

「メイドって……みんなのことですか?」

「いえ、冥のことです」

 ちょっと疲れたように溜息を吐いて、彼はポツリと呟いた。

「僕の許容量はそんなに多くありませんからね、『メイド』と呼ばれる存在は、彼女だけでいっぱいいっぱいなんですよ。同時に『事務員』は舞だけでいっぱいいっぱいだし、『コックさん』は京子だけでいっぱいいっぱいだし、『チーフ』は美里だけでいっぱいいっぱいですから。……コッコさんの役割は、自分で見つけてください」

「……了解しました」

 なるほど、自分の立ち位置は自分ではっきりさせろということか。

 前みたいに変なコトに傾倒するのではなく、ちゃんと自分の仕事を探して見つけてしっかりこなせというわけだ。

 まぁ……それならそれでいいだろう。私は私なりにやらせてもらう。

 全部と言われたからには、全職務(オールワークス)のようにやってやろう。

 さて、それはともかく。

「みんなのことは呼び捨てなんですね?」

「そりゃまぁ色々ありましたもん。本当に色々ありすぎて、ちょっと思い出すのが辛いっていうかぶっちゃけ思い出したくないっていうか……」

 明らかに自業自得だと思うのだけれど、ある意味では仕方がないのかもしれない。

 今なら……ちゃんと冷静に考えれば分かる。


 彼は、たぶんものすごい寂しがり屋なのではないだろうか。


 独りで生きていけるけど、独りの寂しさを誰よりも知っている。

 独りで生きて、独りで誰かを待つ辛さを知っている。

 織奥様はそれなりに家を留守にする人で、彼は彼女がいない間も健気にずっと待っていた。独りでご飯を作って、独りで洗濯をして、独りでお風呂を炊いて、独りで朝起きて学校に行く。……きっと、最初からそういう寂しさを知っていた。

 だからこそ、寂しそうな人を見るのも嫌で、寂しそうな人を見るとなにかお節介を焼きたくなったんじゃないかと、今なら思える。

 全部失って逃げ出した、私。

 殺すのが嫌で逃げ出した、冥さん。

 妹を失いたくないから逃げた、舞さん。

 帰る場所を失っていた、京子さん。

 夫を失った、美里。

 共通しているのは、なにかを失っていること。

 今更と言えば今更のことだけど、高倉天弧という青年は……きっと、寂しいのが嫌で嫌でたまらなくて、ついでに言えば女の子の笑顔が好きな、そんな男の子だったんじゃないかと、今なら思える。

 だから、私はしれっとした顔のまま、今言うべきことを言うことにした。

「天弧さん」

「なに?」

「すっかり忘れてましたので、改めて。……ただいま帰りました」

「………………」

 彼は少しだけ呆気に取られたように私を見つめた。

 それから……想像通り、柔らかくて暖かくて優しい、いつもの笑顔を浮かべた。

「うん、お帰りなさい。コッコさん」

 許してくれなかろうが、そんなことはお構いなしに。

 彼は、当たり前のように笑顔を浮かべて、そう言ってくれた。

 まぁ……なんというか、その笑顔で再認識する。

 彼の笑顔は凶器に近い。心臓が抉り出されそうになって、理性が軽く決壊する。

 帰って来たのはいいけれど、私は私のことがとても心配だった。



 と、まぁそんなことがあったりもしたけれど、とりあえずは顔合わせ。

「久しぶりね、コッコちゃん」

「久しぶり、美里」

『老けた?』

 全く同じ言葉を口にして、私と美里は互いの顔にフルパワーパンチをぶちかまして挨拶終了。四年前と同じペースで歩く美里の後ろを、私はついていくことにした。

「それにしても、そのメイド服。よく似合ってるわよ」

「私としてはもっとシンプルなデザインのものがいいんですが。っていうか、どう考えても新人いぢめですよね?」

「大丈夫よ、似合ってるから。……まぁ、天弧さんも似合ってたでしょうけど」

「同感です」

 きっぱりと頷いておく。もちろんそれは紛れもなく本音だ。

 しかし、はっきり言ってしまえばむしろ美里が四年前より洒落っ気が出て若々しくなってることの方が不思議だった。……ホント、織奥様といい彼の周囲の女性の遺伝子は一体どういう構造になっているのか不思議で仕方がない。

 と、私が内心で溜息を吐いていると、美里は不意に足を止めた。

「……美里?」

「コッコちゃん。引き返しましょう。ここはちょっと方位が良くありません」

「え? だってここを真っ直ぐに行くと、温泉なんじゃ」

「うむ、いいお湯だった」

「ひゃっ!?」

 いきなり背後から聞こえた声に、私は思わず飛び退いた。

 振り向くと、そこには……なんというか、その、恐らくは彼の好みにドストライクな超絶美女が立っていた。

 青みがかった髪の毛を腰まで伸ばした、とんでもないスタイルの女性は、猫のような目で美里を見つめていた。

「しかし、私と顔を合わせるなり逃げようとするとはつれないな、美里」

「逃げるとは失礼ですね。単に私はこうやって顔を合わせると喧嘩になりそうだから、なるべく穏便に顔を合わせないように、さっさと立ち去ろうとしただけです」

「じゃあ、さっさとそこをどいてくれ」

「だから……そうやって貴女が言った後に行動したら、なんか貴女の言葉に従ったみたいじゃないですかっ!」

「やれやれ、これだから更年期障害は。お肌の艶もいまいちですぅ」

「死ねええええええええええぇぇぇぇぇ!!」

「美里っ!?」

 わりと気にしていたのか、美里の表情が一変。私は慌てて美里の体を押さえた。

「ちょ、なにやってんですかっ!? 相手はお客様ですよっ!?」

「天弧さんと全く同じリアクションどうもありがとうコッコちゃんっ! まぁそれはそれとしてあの女は暗黒神の使徒なので殺してしまってもオールオッケーなのよっ!」

「暗黒神って言葉が出る時点でオールオッケーでもなんでもありませんっ!」

 相変わらずものすごい力だ。本気どころか体中ミシミシいってるのにも関わらず、私のほうが力負けしている。

 と、音子と名乗った彼女は私を見てにっこりと笑った。

「ああ、えっと……貴女が山口さんかな?」

「はい。よろしくお願いします」

 私の名前を知っていたのは、多分天弧さんか誰かが教えたからだろう。庭に世話をされていない盆栽が丸々残っていたし、あの盆栽の持ち主が誰かと聞かれれば、私の名前が出るのも当然と言えるだろう。

 音子さんはそれを聞いて、口元を意地悪っぽく歪めた。

「ところで……山口さんはなんでここに戻って来たんだ?」

「お給金も悪くありませんし、借金も返さなきゃいけませんし、あとは色々ですね」

「色々というと?」

「そのままです。……ああ、色々などという言葉でぼかさずに『男目当て』と言えば分かりやすいでしょうか?」

 私の言葉に美里と音子さんが一瞬で停止する。

 彼のように、にやりと口元をつり上げながら私は告げる。

「天弧さんからなにを聞いているのか知りませんが、私は私の意志で、確固たる私の都合でここに戻ってきました。理由は腐るほど。返さなければならないものもたくさん。いっそ死んだ方がましかもしれませんが、戻って来た最大の理由を挙げろと言われたら、きっぱりと言い切ってやりましょう。……『高倉天弧』の側にいるために戻って来たと」

 借金を返す。

 許してもらいたい。

 彼に会いたい。

 理由としてはそれで十全。十分すぎるほどだ。

「ええ、ですからあえてご忠告申し上げますわ、お客様。私が言うのもなんですが……正義の味方が、たかだか『恋愛』ごときでうじうじと情けない」

「………………な」

「違いますか?」

「……わ、私にも事情というものがあってだな……」

「ならばお好きにどうぞ? 美里でストレス解消するのも、この宿でだらだらするのも、それはお客様の自由です。……ですが、あえて言いましょう。待たされてる方の身にもなってみろと」

「………………う」

 さっきの勢いはどこへやら。音子さんは半泣きになった。

 本当は強い言葉は言いたくないのだけれど……これだけは言わなくてはならない。

 待っている間の時間は、他のどんな時間よりも長く感じるのだから。

「では、私たちはこれで。……あ、ちなみに今の言葉は忠告ではなく実体験ですので、なるべくお早めに待っている方々に連絡を取った方がいいかと思われます」

「……う、うん。分かった。善処する」

「それでは、ごゆるりとおくつろぎください」

 笑顔で会釈をしながら、私たちは歩き出す。

「……すまないな」

「いいえ。私にも覚えがありますから」

 去り際にそんな言葉を交わして、私たちは反対方向に歩いていく。

 角を曲がって、温泉へ。前の職場もお屋敷も、お風呂はそこそこ広かったけど温泉というのはなかったので、実はちょっとだけ楽しみだったりする。

 と、隣を歩いていた美里が不意に呟いた。

「コッコちゃん。……なんていうか、強くなったわね」

「こればっかりは事実ですからね。説得されたからってノコノコ帰ってくる私も間抜けなんでしょうけど……でも、やっぱり帰ってきたかったですから」

「………………」

 美里には隠しても無駄なので、嘘偽りなく本心を打ち明ける。

 美里は私の言葉を聞いて、口元を緩めた。

「お帰りなさい」

 さらりとさりげなく、美里は笑いながらそんなコトを言う。

「はい、ただいま」

 私は口元を緩めて、いつも通り当たり前の言葉を口にした。



「よっす、久しぶり」

 なんというか、京子さんも四年前とあんまり変わってなかった。

 割烹着姿に杓文字という、屋敷にいた時よりもさらに可愛らしい服装だったけれど、きっとそれを言うと怒り出すのも四年前と変わらない。

 いや……なんていうか、一箇所だけ変わっているところがあるとすれば。

「……あの、京子さん。かなり失礼かもしれませんけど」

「ん?」

「おっぱい大きくなってませんか?」

 京子さんは、厨房の中で盛大にすっ転んだ。

 厨房には煮えたぎったお湯など危険物がたくさんあるので、かなり危険だった。

「い、いきなりなんつうこと言いやがるっ! アンタそんなキャラだったかっ!?」

「いえ、分かってはいるんですが……その、明らかに四年前とサイズが違うような」

「確かにちょっときつくなったけど、それはアレだ……太ったんだよっ!」

「背は伸びてませんけど、腰とか腹とか足回りとか、全然変わってませんよね? それを太ったと形容するのなら、私は貴女を敵と認識しますが?」

「……ちゃ、ちゃんと変わってるぞ?」

「異議ありっ! 被告の証言は明らかに四年前のデータと矛盾しています!」

「弁護側の異議を認めます。京子ちゃんは今すぐ証言を変えるように」

「ちょっと待てっ! なんでいきなり法廷になってんだよっ!?」

『それじゃあ、最初から正直に言えばいいじゃない?』

 異口同音。私と美里の言葉が完全にシンクロする。

 京子さんは口元を思い切り引きつらせながら、諦めたように言った。

「……いや、まぁ確かにちょいサイズは増えたけどさ。山口も美里もサイズはそう変わらないだろうが。あたしとしてはむしろ冥の成長がおかしいと思う」

「ああ、確かに友樹くんの家にいた頃から……なんかえらいことになってましたね」

 そのあたりは記憶に新しい。冥さんに限っては、私が友樹くんの家で働いていた時、普通に一緒に働いていたので、冥さんに関しては天弧さんより詳しいかもしれない。

 それでも……なんか急におっきくなったとしか言えないのだけれど。

 まぁ、それより不思議なこともあるのだけれど。

「冥さんの成長もおかしいけど、舞さんもおかしいですよね。なに食べたらあんなに腰が細くなるんですか? 四年前と比べるとあまりにも綺麗になってたもんですから、再会した時本当に別人かと思いましたよ」

「サプリメントという名の怪しい薬品じゃねぇの? 胸はちっさいくせに、腰がやたら細いからなあいつ。確かにありえねー」

「舞ちゃんの場合は大学に通ってますから、暇な時間に運動はしてるみたいですよ。あとはお化粧とか色々、なんだか自分で研究してるみたいです」

「自己鍛錬にしちゃ、ちょっと人の目を気にしすぎだと思いますが……まぁ、これに関しては愚問ですね」

「愚問だな。分かり切ってて口に出す必要もない」

「誰か自分をに見て欲しいんでしょうねぇ。まぁ、誰かは言う必要もないですけど」

「フツーそれを本人の前で言いますかねええええええええええええええっ!?」

 厨房の向かい側。食堂で課題を広げて、オレンジジュースなどを飲みながら呑気に自習していた舞さんは、とうとう私たちの会話に青筋立てながら口を挟んだ。

「だ、大体誰かって誰ですかっ!? 意味が分かりませんケドっ!?」

「彼氏とかじゃないんですか?」

「大学にいるんじゃねーの?」

「同期じゃなくても先輩とか後輩とか合コンとかの知り合いとか?」

「いませんっ! 大体男なんて馬鹿で阿呆で下半身で生きているような生き物ですよっ! そんなものに惚れる要素なんてこれっぽっちもありませんっ!」

『同性愛はちょっと』

「別の特別に女が好きってわけでもないですから、さりげなく距離取らないでください。なんとなく傷つくからっ! あと山口さんはどっちかっていうとこっち(ツッコミ)側ですからねっ!」

 そう言いながら、舞さんは私の腕を取って無理矢理引き寄せる。

 うわ、本当に腰細い。どんな改造を施したらこんなになるんだろう?

 ……羨ましい。

「さぁ、山口さんっ! 最近セクハラとパワハラがひどくなってきた、この二人に心の傷をえぐるようなツッコミをっ!」

「私も最近悟りましたけど、素直になったほうが思ったより楽ですよ?」

「そ、それはどうでもいいですからっ! っていうか、何の話かさっぱり分かりませんしねっ! そんなことよりも、一人じゃ思った以上にきついんでお願いしますっ! いや、本当にまぢでっ!」

「えっと……まぁ、分かりましたけど」

 舞さんの目は私が引いてしまうくらいに本気で、そのことがむしろ彼女にとって今の生活はなんかもう、朝から晩まで意地張りっぱなしのツッコミっぱなしというある意味では楽しく、ある意味では疲れる生活のようだった。

 うん、そういうことなら仕方ない。ここでは舞さんの方が先輩になるけど、人生の先達として、ここは美里と京子さんにバシッと言っておこう。

「二人とも、舞さんをいじめるのはあんまり良くありませんよ? そんなことばっかりしてると、天弧さんの師匠みたいになっちゃいますよ?」


 全員、へこんだ。


 私としては『あっはっは、あいつの師匠なんてどんなやつだよ?』みたいな笑いを期待したのだけれど、どうやら期待外れだったようだ。

 倉敷戯式という嘘吐きは、とっくの昔にこの宿に訪れていたらしい。

 自分をなんとか奮い立たせたのか、半泣きになっていた京子さんはポツリと言った。

「えっと……舞、ごめん」

「いえ、いいんです。その……別にいじめとかそういうんじゃありませんし。あの最低最悪女に比べれば、どんな人でも聖人です」

「ホントにな」

 なにやら、お互いになにかを納得したらしい。

 ついでに言えば、美里は未だに停止中で、なにやら引きつった顔をしながら微動だにしていない。

「山口……頼むから、あの女の名前は口に出すな。なんかこう、死にたくなるから」

「なにか嫌なことでもされたんですか?」

「……嫌なことっつうよりも、ただの嫌がらせっつうか余計なお世話っていうか……とにかく、あの女のせいで天弧が……なんか、こう……ちょっと心配性になってな?」

「………………」

 それはそれは、かなり凄まじいことになったようだ。

 彼の性格から考えて、自分の師匠に『あの子、もしかして心配事があるんじゃない?』とか言われれば、仕事が手につかないくらいに心配しまくってしまうに違いない。

 心配されてしまう京子さんたちにとっては、恥ずかしいやら嬉しいやらよく分からない気分で一杯だったろう。……で、あの魔女はそれをほくそ笑みながら見てるわけだ。

「確かに、それはちょっときついですね。私なんて途中からいちいち相手するのも面倒になって、一発殴りつけて黙らせましたけど」

「山口……お前はすげぇな」

 京子さんがなにやら羨望の眼差しを向けてきたけれど、私は目を逸らした。

 嘘吐きは殴っても治らないから大丈夫と思っていたけれど……まさか一発小突いただけで『ごめんなさいもうしません許してください』と言って涙ぐんじゃうような弱キャラに変貌するとは思わなかった。

 なんでも、織奥様曰く戯式さんは『後がないくらいに意地を張りまくっている元いじめられっ子』らしいので、慎重に扱わないといけないのだとか。

 まぁ……それからはそこそこ仲良くしているのだけれど、その事実はみんなにはばらさない方がいいだろう。

 狼少年ではあるけれど、悪い人ではないのだし。

 決していい人でもないけれど。

 と、私が少しだけ考え事をしていると、不意に京子さんは私の顔を覗き込んだ。

「なんですか、京子さん?」

「いや……まぁ、四年前とは違うんだなぁって思っただけさ」

「………………」

「頼りにしてるぜ、山口。ここは前ほど忙しくはねーけど、それでも手伝ってもらいたいことは山のようにあるからな。……ま、今日はゆっくりしてくれ。あたしが腕によりをかけてなんでも作ってやろう」

 京子さんはそう言いながら人懐っこく笑って、私の肩を叩いた。

「あたしたちもあいつも許しちゃいないが……だからこそ、借りは仕事で返せよ?」

「……はい」

 しっかりと頷きながら、私はにっこりと笑う。

 うん、京子さんの言う通りだ。今度は甘えず騒がず不貞腐れず。

 少しずつ、借りを返していこうと、思った。

 ずっと……この楽しい場所で過ごしていくために。



 とまぁ、それが午前中の話。

 久々に京子さんのご飯を満喫し、みんなでお茶を飲みながら談笑をしていると、不意に冥さんがやってきて、

「山口さん、一緒にお買い物なのです」

 と、言われて連れ出された。

 外に出ると待っていたのは、黒スーツとは対照的のわりとおとなしめな私服を着ている天弧さんと、なんだか不機嫌顔の黒髪美少女。結い上げた髪と水色のワンピースが特徴的な、いかにも天弧さんが好きそうなタイプだ。

 ……はて、彼女はどこのどちらさまだろうか?

「や、だからあたしはいいッスよぅ。どんな顔して会えばいいのか、全然さっぱり全くこれっぽっちも分からないし」

「そんなに気を使わなくても、普通にしてりゃいいだろ。……客観的に言わせてもらえば、由宇理とコッコさんの『因縁』ってヤツはどう解釈しても誤解とすれ違いが生んだもんし、しかもそれは当人の意志とは関係ない。由宇理だって、まだ正誤の判断がつかないときにコッコさんが喜ぶんだと『言い聞かされて』やったわけだし、コッコさんだってその時は正常な精神状態だったとは言えないだろ?」

「…………理屈は分かるケドさ」

「まぁ、そんなに焦ることもないだろ。ゆっくり付き合っていけばいい」

「……うん、まぁそうかな」

 由宇理と呼ばれた……私が不幸にしてしまっただろう彼女は、こくりと頷く。

 そして、ゆっくりと溜息を吐いて天弧さんを見つめる。

「ところで……テンの腕に巻きついてるメイドちゃんがすげぇ気になるんだけど」

「説明しましょう。私こと黒霧冥は一日2時間程度の主成分を補充しないとニートになってしまう体なのです。ちなみに主成分は『あるじせいぶん』と読むのでご注意を」

 天弧さんの腕にぴったりとくっついている(というか、腕に思い切り抱きついている)冥さんは、きっぱりと断言した。

 ちなみにさすがに外出する時には着ないのか、あるいは業務時間外だから着ていないのか、今は露出が少なく地味めの白いセーターにロングスカートといういでたちなのだが、スタイルがスタイルなのでやたら胸元が目立つ。

 もう一度言おう。やたら胸元が目立つ。

 さらに繰り返そう。彼女は、天弧さんの腕に抱きついている。

 巻きつくように。

「親友。アンタ色々と辛くないッスか? 彼女確実に天然でやってるよ、それ」

「親友なんて熊に食べられちゃえばいいのに」

「はいはい、八つ当たりッスね。よしよし、アイスでも奢ってやるッスよ」

 ものすごい以心伝心ぶりだった。どんだけ仲いいんだろう、この人たちは。

 ……あの輪に加わらなきゃいけないと思うと、ちょっと憂鬱なんだけども。

 まぁ……私も大人の端くれだ。覚悟を決めよう。

「お待たせしました。……その、ちょっと化粧のノリが悪くて」

「もう28歳ッスからごがっ!?」

 あれ? 一言謝ろうと思ったのに、なぜか拳が。

 しかもなぜか足の裏が由宇理ちゃんの背中に乗っている。なぜだろう?

 人生ってとっても不思議♪

「その……本当に、貴女には死んでもお詫びなんてできないかもしれないけど。……本当に、ごめんなさい。まずそれだけが言いたくて」

「…………あの、分かったから背中から足の裏をどけて欲しいんスけど」

「すごいだろう由宇理。それが二代目(まい)をもうならせる、初代のツッコミだ」

 なんだか、さりげなくものすごくひどいことを言われているような気がした。

 と、私の思いを知ってか知らずかあるいは無視しているのか、天弧さんは笑いながら口を開いた。

「さてと、コッコさん。とりあえず、どこに行きましょうか?」

「あれ? お買い物って……天弧さんのお買い物じゃないんですか?」

「それはあくまでついでだよ。コッコさんがこっちで暮らす上で、細々(こまごま)したものが足りないだろうと思ったから、買い物にでも誘ってみようってね」

「ああ、なるほど」

 確かにここで暮らしていく上で足りないものがいくつかある。服とか靴とかはあとで友樹くんに送ってもらうとしても、考えてみれば必需品はたくさんある。

 いっそ、この機会に色々と買い揃えてしまおう。

「そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらいますね」

「うん。ところでコッコさん、ちゃんと財布とか持ってる?」

「いやですねぇ。いくらなんでも常にお財布は持ち歩いてますよ。ほら、これです」

「はい」

 私が取り出した財布を、天弧さんはひょい、と受け取ってしまった。

 ……あれ? なんだかものすごく嫌な予感。

「とりあえず、月のお小遣いは3万円でいいですよね?」

「……え? あれ?」

「ちなみに、コッコさんが母さんにしていた借金は僕が代行して支払っておきました。残金は一億千八百二十四万三千二百三十二円です。無利子ですがちょっとずつ徴収していきますので、頑張って返済してくださいね?」

「………………」

 私はにっこりと笑って、一歩を踏み込む。

 そして、拳を握り込んだ。

「せいっ!」

「うおあっ!?」

 この四年で修練を重ねたのか、彼はぎりぎりながらも私の拳をかわした。

 うん、彼も順調に成長していたようでなによりだ。

 私が全力であることを察したのか、彼はドン引きになっていた。

「あ、あの……コッコさん? 確かにおちょくろうとした僕も悪かったケドね、いきなり全力ぱんちはどう考えても、やりすぎ(オーバーキル)だと思うんだ」

「はい、それは重々承知しています。もちろん借金は返すつもりですし、そのために毎月のお給料が減らされたとしても文句はありません。……しかし、ですね。たった三万円で女性用の服その他等が買えると思っているのですか?」

「いや、今日は僕の奢りにするつもりでしたけど」

「さて、話がまとまったところでサクサク行きましょう」

「はーい♪」

「今日はいい日になりそうッスねぇ」

 にこにこ笑顔で歩き出す冥さんと由宇理ちゃんの後に続いて、私も一歩を踏み出す。

 と、その前に。

「天弧さん、キャッシュカードと通帳は預けておきますけど財布は返してください」

「え?」

「ポイントカードとか、色々入ってますから」

 適当な理由をつけて、私は早々に彼から財布を奪い取る。

 まぁ……本当のところポイントカードなんてどうでもいいのだけど。

 ちょっとだけ、見られたくないものがあるのは……秘密にしておこう。



 ちらりと見えたものは、みんなの写真と、僕の写真だった。

 絶対見られたくないものなんだろうなぁと思ったので、あえて突っ込みはしなかったけど、やっぱりコッコさんもずっと後悔していて戻ってきたかったんだろう。

 うん、好きな女の子を泣かせっぱなしってのは、やっぱり性に合わない。

「……意地張ってても、仕方ないしね」

 自嘲するように呟いて、僕は屋上にある休憩所の椅子に腰掛けながら口元を緩める。

 みんなは楽しそうに笑いながら、服を買いに行った。僕の懐も暖かいってほどではないから無茶苦茶買われると困るんだけど、まぁ……なんとかなるだろう。

 美里さんに怒られるのが少し怖いかもしれないけれど。

「……ふあぁ」

 昨日少し無理をしたせいか、眠気が今頃になってやってきた。

 いっそこのまま寝てしまおうかと思って……不意に差した影に目を細める。

「今日はいい天気ですね」

「……うん。そうだね」

 僕が笑顔を向けると、彼女もにっこりと笑い返す。

 彼女……山口コッコは、なんの遠慮もせずに僕の横に腰掛けた。

 頭を振って眠気を払って、僕は口を開く。

「買い物はもういいんですか?」

「私の分は済ませました。……というか、冥さんがなんか変な服やら下着やらを押し付けてくるので逃げてきたというのが正解ですね」

「まぁ……冥さんにとっては、コッコさんと美里さんは憧れみたいなもんですから」

 見上げた先には大きな背中がある。

 ちっぽけかもしれないし、別にどうってことはないのかもしれない。それでも……目印があるならどこまででも歩いていける。

 かくあるべしと願って進む。冥さんはそれを実践した。メイドに成った。

 僕は……まぁ、僕のままかもしれない。店主とかご主人様とか色々言ってくれるけれど、僕は『高倉天弧』という自分自身でしかない。

 と、益体もないことを考えていると、不意にコッコさんは僕の顔を覗き込んできた。

「あの、天弧さん」

「なんですか?」

「左目は……やっぱり駄目だったんですか?」

 少しだけ悲しそうな顔をして、コッコさんは僕を見つめる。

 僕は苦笑しながら、少し言葉を選んで口を開く。

「いえ、完治してます。京子さんが持ってきてくれた眼を移植したおかげで、傷跡以外はこれ以上ってないくらいに完全に治ってますよ」

「……じゃあ、なんで眼帯をしてるんですか?」

「………………」

「天弧さん、目を逸らさないように」

 あっはっは、やっぱり普通はそこまで聞いてくるよなぁ。

 いや、別に眼帯が格好いいからとかそういう理由じゃない。……もっと、なんていうかこうちょっと恥ずかしい理由で僕は眼帯をしているのだった。

「えっと……実は、まだ左目が見えない頃に京子さんとちょっとデートをしまして」

「新しい目をくれたお礼かなんかですか?」

「そうです。……で、まぁ左目が見えないもんですから、左側の視界がさっぱりでしてね。仕方なく、こう……手を繋いで引っ張ってもらったんですよ。で、なぜかそれ以来、必要な時以外視力を戻してくれないんですよね」

「………………」

 コッコさんは完全に呆れ顔だった。

 まぁ……僕のせいではないとはいえ、仕方がないことなのかもしれない。

「……つまり、冥さんが貴方の左腕にべったりだったのも、そういう理由ですか?」

「いえ、あれは全然関係なく、冥さんが宿に戻ってきてから、ずっとです」

「………………」

 コッコさんはちょっと拳を握ったり戻したりして、口元を引きつらせていた。

 それでも……ゆっくりと溜息を吐いて、苦笑した。

「相変わらずですね、貴方は」

「残念ながら、そう簡単に性根は直せるものじゃないようです」

「みたいですね」

 クスクスと、彼女は朗らかに笑う。

 僕もつられて口元を緩める。我が事ながら……少しばかり情けないけども。

 と、コッコさんは不意に笑いを収めて、真面目な口調でポツリと言った。


「どうして、私を連れ戻そうと思ったんですか?」


 当たり前の問いかけ。ごく自然に浮かんでくる、それは小さな疑問。

 いっそのこと日常に没してしまってもいいくらいに、小さな小さな問いかけ。

 みんなも同じように聞いてきた。僕は、似たような答えを返した。

 だから今も……同じように答えた。


「みんなと同じように、僕はコッコさんのことが大好きだからです」


 照れることもなく、当たり前のように断言した。

 コッコさんは少しだけ面食らったように僕を見つめて、僕も彼女を見つめ返す。

 我ながら馬鹿だなぁと自嘲しながら、見つめ返す。

「ありがたいことに、僕には友達がいます。本当に心の底から信頼できる。そういう仲間と高校時代に出会うことができました」

 有坂友樹。

 刻灯由宇理。

 竜胆虎子。

 山田恵子。

 黒霧舞。

 そして……仲間ではないけれど、あともう一人。

「その仲間とは違うジャンルなんですけど、あと一人変なヤツと出会ったんです」

「天弧さんより変というと、相当レベルが高いんですけど」

「まぁ、さりげない暴言は置いておきますけど……そいつは、失せ物探しの天才だったんですよ。いや、天才でも生ぬるい」

「便利じゃないですか」

「そりゃそうでしょうね。……人が忘れようとしている、あるいは忘れた心までご丁寧に見つめだして突きつけて『ほら、どうだ?』と言い張ったりしなきゃ、ですが」

 忘れた頃に思い出せ。

 本当はどうだった?

 もし、たら、れば?

 もし、コッコさんがいたら。いなくならなければ?

 自分の気持ちはどうだった? 彼女にいなくなって欲しいと思ったか?

 そんなものは否に決まってる。だけど今更のことだろうに。

 今更なんてない。間に合うんだったら最速で動けばいいだけ。なにを迷う? なにを躊躇する? 一度突き放したのがどうした? キミはそれで満足か? 高倉天弧らしくもない、たった一度の過ちで、好きな女を手放すのがキミの流儀か、ん?

 挑発に乗ったわけじゃない。

 陸くんが辞めたのがきっかけってわけでもない。

 積み重ねと累積。僕が僕の意思でコッコさんを迎えに行くように、あいつは毎回のように発破をかけ続け、僕は忠告のことごとくを無視をした。

 そして……忘れた頃に、部屋の整理で出てきたアルバムを見て、単純すぎて目を逸らしたくなる、本当の自分の気持ちを知った。

 結局のところ、僕はコッコさんのことが心底好きなんだな、と。

 そして、家族だったはずの彼女と一度も喧嘩したことがないことを、

 忘れた頃に思い出した。

「ま、色々言いましたケド、僕としてはそろそろ元の鞘に戻ってもいい頃かなと」

「私の意志とかは一切お構いなしなんですね。あと、女の子の顔を本気で殴るのはどうかと思いますよ?」

「コッコさんは女の子じゃなくて、女性ですからねぇ。本気でやり返さないと殺されそうだったし」

「……それはアレですか、私が年増と言いたいのですか?」

「いえ、今の方が確実に綺麗ですけど」

「…………口が上手くなりましたねぇ」

 素直な気持ちを口に出しただけなのに、コッコさんは顔を赤らめながら、なぜか僕の頬を思い切りつねりあげた。

 洒落にならないほど痛かったけど、僕は口元を緩めて言った。

「さて、それじゃあそろそろ行きましょうか。二人とも戻ってくる頃合です」

「やっぱり、私の意志はおかまいなしなんですね」

「そりゃそうです。僕はコッコさんと向かい合う場合に限っては、好き勝手に振舞わせてもらいます。一生許すつもりは、ありませんから」

「………………」

 不意にコッコさんの表情が曇る。

 ………………あれ?

「えっと、一生許しませんよ?」

「…………はい」

「許さないぴょん?」

「……はい?」

「うーん……おかしいな。師匠が言うには、『ちゃんと読解力のある女性なら、今の一言でいちころだから。まぁ、なんか尖った拳でいきなり殴ってくるような、いかにも嫁の貰い手がなさそうな女には無理でしょうけどね、ぷっくっく』ってことなん……って、ちょっと、なんでいきなり殴ろうとしてるんですかっ!?」

「いえ、なんとなく腹が立ったので、とりあえず手近な人で鬱憤を晴らそうかと」

「明らかに僕狙いじゃないですかっ! 暴力反対! ただでさえ今は耐久力が限りなく0に近いっていうのにっ!」

「………………ちっ」

 舌打ちされてしまった。なんだかものすごく不機嫌そうだ。

 コッコさんは不機嫌を隠すことなく、鋭い視線を僕に向けた。

「昔から思っていましたが、天弧さんは基本的に回りくどいんですよ。きっぱり言う時はきっぱりはっきり言うくせに、普段はグダグダとごたくが長いです」

「うわ、人がさりげなく気にしてることをざっくり抉ってくるよ、この人」

「……だから、ちゃんと言ってください」

「………………」

 やれやれ、かな。

 みんなにも一回ずつ言ったことで、これで通算五回目だけど。

 正直……自分のことを最低とも思うけど、まぁそれはいいや。かまいやしない。

 僕がこれからどんな風に道を歩むかは、みんなと僕が決めることだ。他の人間に有無は言わせない。ありえないとも言わせない。

 これが……僕なりの答えだから。

 そして、僕はいつも通りににっこりと笑いながら、覚悟と決意の言葉を口に出した。



 言葉は、簡単に心に届く。

 四年間は少し長かったけど、私はようやく覚悟を決めた。

 ああ、認めよう。口には出さず心の中で。本当に愚かな認識をしよう。

 山口コッコという馬鹿な女は、同じくらいにお馬鹿な高倉天弧という青年のことを本当に心の底から愛しているらしい。

 だからまぁ、これは女としては最悪の決意。

「では、私は貴方とみんなを守ります。だから、貴方は私を守ってください」

「了解。僕はコッコさんとみんなを守る。だから、貴女は僕を守ってください」

 互いに微笑んで、決意は決まった。

 平均的な幸福を捨てて、最初から最後まで面白おかしく毎日を過ごしてやろうという、ただそれだけの覚悟を胸に秘める。

 みんなと一緒に。彼と共に歩む道は……どれだけ楽しいことだろう。

「それじゃあ、そろそろ行きましょうか?」

「うん」

 私が自然に伸ばした左手を、彼の右手が自然に握る。

 最後に手を繋いだのはいつ頃だったのかは思い出せなかったけど、それは別にいいだろう。隣に彼がいるだけで、私はそこそこ満足だった。


 見返りなしに、心の底からお前を好きになってくれる人は、きっといる。


 不意に、そんな言葉を思い出す。

 迎えに来てくれたのは、白馬の王子様というよりも黒馬の暴君様だったけれど、それでも……お祖父様が言ったことは、きっと正しかった。

 握った手に少しだけ力を込める。

 彼は口元を緩めて、私の手を握り返す。

「天弧さん」

「なんですか?」

「………あの」

 私は、私の思いを、ようやく彼に伝えるために口を開く。

 こうして私たちは、友達でも、宿敵でも、恋人でも、主従でもなく。

 家族として歩き出した。



 まぁ、そんな物語の終わりみたいに締めてはみたものの、これからもまだまだ愚かで騒がしく楽しく穏やかで豊かで辛い日々が連綿と続いていったりするのだけれど。

 それはまた……次の機会にということで。





 僕の家族のコッコさん つヴぁいっ! ……THE END



 しあわせに、なれますように。

前書きからの続き。

というわけで読了感謝でおつかれさまでした!

いやぁ、まじで長かったですが今回でラストですよ。もう終わりとなると感慨深いものがありますが、遣り残したことも一切ありませんしねぇ。あっはっは。

……なーんて、言うとでも?

というわけで本編はこれで終了。次回からは別の物語っていうかおまけ一式『詰め合わせコッコさん(仮)』に続きます。

ちなみに、不定期更新!

気がついたら更新されてる? くらいの頻度かと思いきや連続更新とかもあったりっ!

ネット小説なんだから今度こそ好き勝手やってやるぜと言わんばかりですっ! 結婚式ネタとか高校時代とかを抜粋して楽しく書かせていただきます!

つーか、書きたい短編もいくつかあるしっ!

あ、命題回答者へのごほうびもこちらに掲載予定なんで気がついたら見てやってください♪


あと、蛇足になりますが。彼が言った言葉の本当の意味は、『空の境界』という小説を最後まで熟読すれば理解できると思います。

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