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第七話 みんなと楽しい誕生日会(幕間)

伏線が多少引いてあります。ここだけは読まなくてもあんまり影響はありません。

 幕間はシリアスにならざるを得ない。そういうものだ。(デッドエンドタヌキ)



 たちばな 美里みさと。年齢は27歳、身長は167センチ、体重、スリーサイズは当然のごとく不明。ほっそりとした体つきに反し、出るところは出て引っ込むべきところは引っ込んでいる美女。腰まで伸ばした髪の毛を、お団子にしてまとめている。温和な微笑を絶やさない菩薩のような人。特技は合気道五段。勝負事になると途端に容赦がなくなる僕の師匠で、屋敷内で一番エプロンドレスが似合う人だ。コッコさんが二番目な理由は至って簡単。あんまり仕事をしないからだ。

 ちなみに、怒ると超怖い。

「さてと……どうしたもんか」

 学校から帰って来た僕は、自室にこもりながら計画を練っていた。

 参加人数は三十名程度っていうか従業員のほぼ全員。パーティ会場はこの屋敷からほどよく近い、三条院系列のホテルを使わせてもらうことになった。費用はアンナさんがほぼ全額負担してくれるらしいのだが、これはあくまで『貸し』としておかなければならない。もっとも、これは金銭の問題ではなく、あくまで『心』の問題だ。恩義を返せないのは……経営者として最悪である。

 まぁ、それはそれとして後で悩むとして、問題は美里さんにバレないように会場までおいでいただかなきゃいけないことだ。

「一番簡単なのは、章吾さんに『食事』かなんかの名目で美里さんを誘い出してもらうことなんだけど……あの人にそれができるわけないしなァ」

 有能だけど、恋愛に関しては中学生並みにガッチガチな彼のことである。絶対確実速攻でバレる。サプライズパーティが好きな僕としては、それはよろしくない。

「……ってことは、他の人に任せるしかないか」

 一番仲がいいのがコッコさんなのだが、意外なことに彼女は顔に出やすい。普段は澄ましているくせに、ちょっと揺さぶりをかけただけで簡単に顔に出る。サプライズパーティが好きな僕としては、それはよろしくない。不確定要素は排除しておかないといけない。

 二番目としては京子さんに任せるという点だが、多分彼女のことだから今頃『誕生日ケーキ作り』に追われているんだろう。今朝もケーキ作りの材料を自腹で買っていたことだし。今回もきっと舌をとろけさせるような、素晴らしいケーキを仕上げてくれることだろう。甘党の僕としては大歓迎……っと、そうじゃない。今はケーキのことじゃなくて美里さんをいかにホテルに呼ぶかが問題なわけで。

 そういう理由で、京子さんは却下だ。

「……となると、あとは……」

 他にも何人か仲のいい人はいるのだけれど、絶対に途中でばれそう(もしくはばらしそう、またはばっくれそう)な面子ばっかりである。こういう時には、美里さんのニュータ〇プ(注1)並みに鋭い勘が恨めしい。プランを考えるこっちの身にもなりやがれというものである。

 まぁ、こっちが頼まれもしないのに勝手に考えてるんですがね。

「仕方ないか。彼女に頼もう」

 昼時なので、昼食を奢るついでに今から頼み込めば、十分に間に合うだろう。

 あまり気乗りはしないのだが、僕はゆっくりと立ち上がった。



「別にいいですよ〜。午後からはわりと暇ですし〜」

 もっきゅもっきゅとエッグバーガーを口いっぱいに頬張りながら、彼女はわりとあっさり了承してくれた。

 彼女……問題児姉妹の片方、ふっくらとした顔立ちの黒霧冥さんである。ちなみに今は動きやすそうな私服。その辺の中学生が着てそうな、ユニ〇ロの白のTシャツにGパンという、僕のことなんざ異性として意識するどころかどーでもよく思っているような服装だった。

 ……つーか、下着が透けているのでかなり目のやり場に困る。

「でも、なんで私なんですか〜? ババァとか、中坊とか、京子さんとかいるじゃないですか。舞ちゃんに頼むことだってできますしー」

「……いや、なんとなく」

 即座に冥さんから顔を逸らしながら、周囲を三秒ほど最大警戒。

 ……ふぅ、どうやら尾行はないらしい。

 ていうか、コッコさんをババァと吐き捨てるその精神力とか、章吾さんを中坊と言い放つ厳めしさとか、恐らく全登場人物中で一番腹黒いところを評価しているのだけれど……いきなり人選ミスったかなという気がしないでもない。

 ポテトMをもぎゅもぎゅと五本ずつくらい一気に頬張りながら、冥さんはポツリと言った。

「尾行はありませんよー。ちゃんとお屋敷を出る時に確認しましたからー。坊ちゃんって意外どころか、見ての通りの小心者ですよねー」

 ほーら、腹が黒い上に辛辣だ。人が気にしているコトをグサグサ抉ってくるよ、この小娘さん。

「ところで、坊ちゃんは美里チーフへのプレゼント、なににしたんですか?」

「ん……まぁ、大したものじゃないよ」

「金持ちってみんなそう言いますよねー」

「………花瓶だよ。美里さんって、花とか活けるの好きだから」

「本当に大したことありませんねー」

「………………」

 いや、なんつーか……明らかに人選ミスったな、これ。むしろ段々むかついてきたぞ。すごい威力だよ、この子の口撃こうげき

 ちょっと拗ねながら、僕は言った。

「そう言う冥さんはなにを用意したのさ? 僕のプレゼントを鼻で笑えるくらいにいいものを用意したの?」

「ふふふ、もちろんですよー☆」

 にこにこと笑っていた冥さんは、不意に妖艶に口許をつり上げる。

「プレゼントは……わ・た・し・みたいな?」

「………………」

 僕は、台所に出没する黒くて早い甲虫を見るような目で冥さんを見つめた。

 そのまま五分が経過。妖艶につり上げた口許が引きつってくる。

「あの……坊ちゃん」

「……なに?」

「な、なんかものすごく怒ってませんか? っていうか、そんな虫ケラを見るような目で女の子を見て欲しくないっていうか、坊ちゃんってそんなキャラじゃないでしょ? なんかこう……無意味に癒し系っていうかー」

「気にしないで。……同性愛とか冗談でも死ぬほど嫌いなだけだから。あと、なんか散々こき下ろされた挙句に、思ったよりつまんねぇ答えが返って来たから。……とりあえず、僕としては解雇っていう方向性でいいと思うんだケド、どう思う?」

「……えっと、ごめんなさい」

 なぜか素直に頭を下げる冥さん。

 うーむ、おかしいなぁ。そんなに滅茶苦茶には怒ってなかったはずなのに。少なくとも、コッコさんに家庭菜園を潰された時よりは怒っていなかった。せいぜい、アレの三分の一くらいだろう。

 ちなみに……あの時は意味もなくコッコさんに『美少女戦士セーラー〇ーン(注2)』のアニメを全話見せた後にどこのシーンが一番印象に残ったのか尋問形式で問い詰めてみたり、コスプレをして同じポーズを取ってみろとか、愛と勇気で必殺技を出せとか言ったりもしたような気がしたのだけれど、実はよく覚えてない。

 どうやら、僕は本気で怒ると記憶が飛ぶタイプらしい。気をつけよう。

「んで、プレゼントなんだけど……」

「舞ちゃんと一緒にティーセットをプレゼントする予定です」

「……なるほど」

 確かに、花瓶よりはいい選択かもしれない。美里さんは何気に紅茶も好きだ。合気道の訓練の後はいつも紅茶だったし、紅茶の知識も並大抵じゃない。

 ただ、その飲み方はかなりの悪食っぷりだ。屋敷じゃすまして普通に用意された紅茶を飲んでいるけれど、美里さんが本当に飲みたいのは砂糖とミルクを大量に『ぶち込んで』、生クリームを大量に上に乗せた、なんかもう紅茶などとは呼べない『白いモノ』である。

 それに……一番好きなのは既製品のコーヒー大さじ10杯と少量のお湯で作った『黒いモノ』だということは黙っておいた方がいいだろう。

「坊ちゃん、なんか急に黙っちゃいましたけど、どうしたんですかー?」

「ああ、気にしないで。ちょっと下らないコト考えてただけだから」

「私の下着が透けてて気になる、とか?」

 危うく、飲んでいたコーラを吹きそうになった。

 我が意を得たり、とばかりに冥さんはにやりと笑う。

「あ、やっぱり気にしてたんだ。坊ちゃんってえろーい」

「っていうか、それは気にしない方が男として間違ってると思うんだケド?」

「きゃー、エロスがなんか言ってるー☆」

「待てこら。そもそも、どう考えても人前にそういう格好で出ちゃ駄目だろ」

「見せる下着だからいいんですー」

「見せる下着っていうのは、もっとこう……慎ましやかな見せ方でしょうが。冥さんのはなんていうか……その、なんか違うっ!」

 うまく言葉にならないけど、女の子はもっと胸元とか、その他諸々に気を配らなきゃいけません。……男ってのは意外でもなんでもなく、自己の欲求に素直な生き物なんです。綺麗な女の人がいればついついそっちを見ちゃうような生き物なんです。

 つまり……透けて見えるブラの色が『赤』ってのはもうなんか見られても仕方がないわけです。見られるのが嫌なら、せめてTシャツを濃い色にするとか、ブラを目立たない色にするとか、色々と対処法はあるんです。

 要するになにが言いたいかというと……エロいのは男としては当然のことなのですよ! 性質なのだから今さら変えようがないのです! 

 ま……力説しようが、意味ないんだけどね。

 慌てる僕が面白いのか、冥さんはにやにやと笑う。

「ほほう、坊ちゃんは下着は隠した方がいいタイプで? 派手な色より純白が一番とか、そんなカンジですかー?」

「……あのねぇ、そういう問題じゃなくて」

「そういえば、山口コッコに選んでた洋服も水色とか淡い緑とか、そういう色が多かったですねぇー。……もしかして、清楚なのがお好み?」

 ぐっ、ま、まずい。この娘……こっちの急所を的確に狙ってきやがるっ!

 た、確かに僕は年上のおねーさんが慎ましやかでかつ清楚な服装をしているのが大好きだったりするけれど、和服とか超好きだけど、まさかそれを初見であっさりと見抜きやがるとは……とんでもない女だ。

 冥……恐ろしい子っ!(注3)

「ふっふっふー。でも、贔屓のメイドだけに服を買ってあげるなんて、坊ちゃんもえろいですねー。えろえろー」

「えろいのはどうでもいいとしても、コッコさんに美里さんの経済観念やら洒落っ気の1%でもあれば、僕もこんなに苦労してねぇんじゃねーかって思うようになってきたよ……」

 未だに給料の使い道が分からないし、私服は『シンデレラ?』ってくらいに地味なのしか持ってないし。化粧もあんまりしないし、してもぱっと見で気づかないくらいのナチュラルメイクだし、化粧水すらあんまり使わないし、洗顔は水オンリーだし、体洗う時の石鹸は銭湯についてるような白いやつらしいし(情報提供、京子さん)。

 よく考えると、そんな生活なのになんであんなに肌と髪が綺麗なんだろう?

「……やっぱり、錬金術(注4)かなんかか?」

「どういう思考回路でその独り言に行き着くのか私には分かりませんけどー、とりあえずあの冷血無表情仮面のことを考えていることは分かりましたー」

 冷血無表情仮面というのはもしかしなくても、コッコさんのことだろう。

 先程の暴言といい、冥さんはコッコさんのことが嫌いなのかもしれない。

「えっと……冥さんって、コッコさんのこと嫌いなの?」

 率直に聞いてみると、冥さんは嫌そうな顔をして、目を逸らした。

「嫌いですよ。そんな当たり前のこと今さら聞かないで下さい」

「や……当たり前って言われても、なんで嫌いなのかイマイチ理由が分からないんだけど」

「素直にむかつくからです」

 なんか、コッコさんは素直にむかつかれているらしい。

 理由はなんとなく分からないでもない。端から見たらコッコさんはかなり珍奇な人だ。無表情だし、侍従としての仕事はロクにしやがらないし、友達作るのやたらヘタクソだし、最近は新しく届いた植木にかかりきりになってるし。

 ……なのに、僕は彼女を処罰したりしないし。

 贔屓だと思われても仕方ない。実際にほとんど贔屓してるようなもんだしね。

 冥さんは顔をしかめてコーラを飲みながら、僕に向かって真剣な表情で言った。

「大体、坊ちゃんはあの女のどこがいいんですか?」

「いや、どこと言われても……」

「あの変な女のこと、好きなんじゃないんですか?」

 冥さんの疑問は、僕にとってはちょっと難しいことだ。

 好きか嫌いかの二択なら、僕は間違いなく『好き』を選択するだろう。でもそれはただの『好意』や『愛情』であって、特別な意味はないと言ってもいい。どっちかといえば、手のかかる年上のお姉さんという印象が強い。

 恋愛感情は……ないとは言い切れないけど、あるとは言い難い。

 少し悩んで、僕は言葉を紡いだ。

「なんていうか……よく分からないっていうのが本音かな」

「なんでですか? 自分のことでしょ?」

「自分のことを全部理解できるっていうのは、ただの幻想だよ。自分がなにを考えているのかなんてね、思ったより自分じゃ把握してないもんだ。だから……他人の助力が必要になるんだよ」

 適当なことを言いながら、僕は言葉を探して口を開く。

「それにね、コッコさんは僕のことを知ってるけど、僕はコッコさんの本名すら知らないんだ。人間は誰だって秘密を持つけれど、彼女はちょっとミステリアスすぎるし、なにより自分のことは絶対に話そうとしない。……さすがに、そんな人と恋愛はできないよ」

「なにもかも話して欲しいとか……そういう風に思ってるんですか?」

「いいや、別に。秘密があるならあるでそれでいい」

 他人の秘密を暴き立てて理解者面するほど、僕はさもしい人間じゃない。

 人間が秘密を持つのは当然のことだ。むしろ、秘密を持たない人間の方がおかしい。誰だって知られたくない過去の一つや二つ持っているし、あるいは、他人には知られたくない、汚い自分の一面があるだろう。

 けれど、僕は思う。

「でも、さすがにね……『なに一つ知らない』っていうのは、かなり致命的だと思うよ。コッコさんのことは信用してるし、信頼してる。僕のことを大切に思ってくれていることも十分に分かる。だけど、なにも教えてくれないってコトは、『信頼されてない』ってことだと思うんだ。……どんな事情があってもね」

「それを教えることが、坊ちゃんを危険に晒すことでも?」

「うん」

 僕はきっぱりと答える。頷いて、少しだけ目線を逸らした。

「……僕はきっと頼りない。だからコッコさんは僕の身を案じてなにも言わないんだと思う。信頼されてないっていうのは、つまりそういうことだよ」

「………………」

「でも、そんなのは御免だ。頼りないから信頼されない、なんてのは雇用者としては失格でしかない。だから強くなる。あの屋敷にふさわしい主人になれるように……強く正しくなってやる」

「……あの女の、ためですか?」

「違う。これは厳然たる僕の意志だ。強くなると、僕が決めた」

 動機は確かにコッコさんだけど、僕はそう思った。

 自分の行動がちゃんと結果に出ているかどうかは分からない。けれど、努力と工夫の火を絶やすことがなければ、いつかきっとなんとかなると、僕は知っている。そういう人を何人か見てきたし、彼や彼女が強くなったことを知っている。

 なら僕も、みんなを守れるように強くなりたい。

「まぁ、まだまだ修行中の身だから……なんとも言えないけどね」

 そう締めくくって、僕は飲みかけのコーラを口に含む。

 さーて、柄にもなくちょいとシリアスなことを喋ってしまったので、ここからが大変だ。湧き上がる羞恥心に耐えられるかどうかが問題になる。もしも冥さんにそのことをからかわれたら、思わず発狂してしまうかもしれないなー。いや、まじで。

 が、僕の予想に反して、冥さんは顔を伏せたままだった。

 顔を伏せたまま、口を開く。


「もし……もしも、彼女が人殺しだったとしたら?」


 その言葉は、僕にとってひどく重いものだった。

 考えたことがないといえば嘘になる。もしかしたら、そういうことをやったんじゃないかとは何回も考えたことがある。当たり前のことだ。人には『想像』という余地がある。悪いコトを考えてそれに対処する力がある。コッコさんがなぜあんなに強いのか、なぜあんなに庭師にこだわるのか、なぜいつも無表情なのか、なぜ……時々ものすごく寂しそうな顔をするのか、考えないわけがない。

 僕は聖人じゃない。彼女が殺人を犯していたらきっと許さない。彼女も許してもらおうなどとは思わないだろう。下手をすると、黙って姿を消すかもしれない。

 だから、僕は断言する。

「それが、なに?」

「そ、それがなにって……だって、人殺しですよ?」

「関係ない。コッコさんは僕に優しかった。生意気な僕をぶん殴ってくれた。それは誤魔化しようがない事実だ。感謝すべきことだ。彼女が人殺しだからってそれがどうした。……その程度で、僕が彼女を軽蔑することなどありえない」

 きっぱりと断言する。冥さんは絶句しながら、僕を見つめていた。

 眼鏡を指でつり上げながら、僕は言葉を続ける。

「言っておくけど、別にコッコさんだけが特別ってわけじゃない。美里さんにも、京子さんにも、章吾さんにも、もちろん舞さんや君にだって色々と理由があるだろう。もしかしたらそれは世間的にはよろしくないことなのかもしれない。強盗殺人の上に放火くらいしてるのかもしれない。その行為を、僕は許さないと思う。でもね……僕は君たちを軽蔑しない。絶対に」

「……どうして、ですか?」

「さっきも言ったろ。『信頼』してるからさ」

 許せないかもしれないけれど、それはただの僕の個人的感情だ。

 美里さんはいつも甲斐甲斐しく働いてくれるし、章吾さんはいつもそつなく完璧に仕事をしてくれる。京子さんはいつも美味しい料理を作ってくれるし、舞さんや冥さんは華やかな笑顔でみんなを盛り立ててくれる。そして、コッコさんにはいつも世話になっている。昔、本当に苦しい時に助けてくれたのは彼女だった。

 だからこそ、軽蔑などもっての他だ。そんなことはできない。

 仕事の態度は人柄を語る。結果はともかくとして、みんなは一生懸命に自分ができる範囲で、きっちりと仕事を全うしてくれている。

 そんな人たちを、雇用主が信頼しないでどうするというのだ。

「みんなを信頼して仕事を任せているんだ。みんなを信じているから仕事を任せられるんだ。……もしも誰かが背負っているものが厄介ごとを引き起こして、屋敷にいる誰かに、あるいは周囲の人たちに迷惑をかけるなら、それはみんなを雇った僕の責任だ。人選を誤った、僕が背負うべきことだ」

 僕は断言しよう。

 心の中では許さないかもしれないけれど、全てを殺して叫び続けよう。

 だからなんだ。

 それがどうした。

 つまらないことを言うな。

 それこそが、僕が心に抱く唯一の誇り。


 僕が持つことの許された、誰かに誇れる唯一の武器。


 そう、世界は残酷だ。努力してもどうにもならないことだってあるし、いくら頑張っても報われないことだってある。信じていた人に裏切られることだってあるだろう。

 けれど、その残酷さから顔を逸らすことは、違うと思う。

 そして、残酷だからといって、その人がこれまでに頑張ったりしてきたことを否定することだって……違うと思うから。

 にっこりと笑いながら、僕は言った。

「だからまぁ……不当解雇とかはしないから安心していいよ。仕事が全うされている限り、僕の信頼が揺らぐこともなければ、軽蔑も絶対にしないから。他の人がどう思おうとも、僕は君たちを信じてる」

「………馬鹿ですね、坊ちゃんは」

 冥さんは、苦笑していた。なんだかとても切なそうに。

 馬鹿と言われたのは久しぶりだったけど、僕も苦笑するしかない。

「そうだねぇ……かなりの馬鹿かもね」

「私はそういうの、嫌いじゃありませんけどね。まぁ、好きでもないですけど」

 いや、それを要約すると『無関心』ってコトになるんだけど、それってある意味嫌いよりひどくないだろーか?

 ……ま、いいか。そういうのもアリだろう。

「さて、そろそろ出ようか。お腹もそこそこ膨れたし」

「そうですねー。でも、美里チーフの誕生日会まで、まだ時間がありますけどー?」

「隣のデパートでちょっと買い物をして行こうよ」

「そですねー」

 いつも通りの間延びした口調。どうやら、冥さんも元のペースに戻ったらしい。

 僕も立ち上がり、二人で並んで歩き出す。それがどういう風に見えているかは、僕は知らない。少なくとも恋人とかそういうんじゃねーな。せいぜい、兄妹ってところか。ま……どっちでもいいけどね。

 とりあえず、やることは二つ。

 まず反省。真面目トークは僕が後悔するのでやめよう。

 そして決意。私服がおかしいこの子に、なんか服でも買ってあげよう。

 赤い下着に白いシャツっていうのは……なにがなんでもやめさせよう。

 主に、僕の精神的健康のために。



 一歩下がって彼の背中を見つめながら、私は目を細めた。

 どうしてこんな人間が存在するんだろうと疑問に思った。

 彼は異様だ。人殺しを笑い飛ばせるほど強くなどないくせに、本当はそんな度量などありはしないくせに……それでも笑い飛ばすのだ。

 それがどうした? と。

 不可解で、不思議で、見ているだけで苛立ってくる。

 どうしてこんな歪なモノに、私の片方が魅了されているのか分からない。

 背中に人を嘲笑するタヌキを背負った男の、どこがいいのか全然分からない。

『……なればこそだ、小娘よ。決意というのは人を輝かせる。ただ決意しただけで光り輝き、背中が大きく見えてくるものよ』

 タヌキが語りかけてくる。うざったくてはっきりって気持ち悪い。

 本当は目に見えないモノが、私に話しかけてくるな。

『しかし汝の眼には見えている。それこそが事実であり、事実でしかないことであろう? 我が名はデッドエンドタヌキ。死の化身にして終末の唯。気に入った一人を守ることを決意した、世界でただ一匹の狸』

 意味が分からない。分からないから消えてしまえばいいのに。

『ふむ、それが汝の本音というところか?』

 ……意味が理解できない。なにを言ってるんだ、この畜生。

『分からぬなら教えてやろう。お主の感じているその嫌な気分はな、つまり《罪悪感》と呼ばれているモノだ。騙していることを悪く思い、自己嫌悪している状態だと言えるのだよ』

 自己嫌悪? 私が? つまらない戯言を聞くのはたくさんだ。

 そんなモノが何の役に立つ?

『………夢だとでも、思っているのか?』

 なんだと?

『今が、お前にとって夢物語だとでも思っているなら、それは大間違いだ』

 どういう意味だ。意味を分かるように言え。貴様の自己満足な言葉で私を惑わせるな。畜生の分際で……私を、迷わせるな。

『ならばはっきりと言ってやろう、小娘よ』

 タヌキは人が悪そうに、にやりと笑って、私に言った。


『お前は、山口コッコという女が羨ましいだけだろうに』


 一瞬、頭が沸騰しそうになって、なにかが爆発しそうになった。

 目を見開いて、私は即座に武器を抜く。今すぐこのタヌキを殺そうと心に決めた。

 いや、殺してやる。私の意志でこいつだけは殺戮してやる。

 意味はないが、私自身の完全なる意志でこいつだけは殺さなければならない。

 それが……もう手遅れだということを、私は分かっていなかった。

「あ、そうだ」

 前を歩いていた彼が、いきなり振り向く。

 あまりにも急なことだったので、私は思わず顔を引きつらせて踏み出していた足を止める。ついでに生涯で最高の速度であろう手際の良さで武器をポケットにしまった。急加速に急停止。車に乗っている人間なら、よく理解できるだろう。

 そんな無茶をやれば、ただでは済まない。

 前のめりにつんのめって、私は転びそうになってしまった。

 もちろん転んだところで私にダメージなどない。しかし、転びそうになってしまったという事実が問題なのだった。

 私の体を支えてくれる手は思ったよりも大きくて、私を受け止めた体は思ったよりも頑丈だった。

「大丈夫? っていうかなにもないところで転ぶって、冥さんも案外ドジだねェ」

 言い返そうとして顔を上げて、あまりにも彼の顔が近かったので私は顔を伏せた。

 それも駄目だった。あまりに近すぎて、顔を伏せると彼の胸に額を押し付ける形になってしまう。それは……私にとってはかなりよくなかった。

 彼の香りが鼻腔をくすぐる。いいにおいではないけれど、決して嫌ではないにおい。どこか……心が落ち着いて安心できる、そんな香り。

 目を閉じて、ゆっくりと深呼吸した。

「えっと………大丈夫? もしかして、どっか打った?」

 彼の声に我に返り、私は最速で彼から離れた。

 なんでもありませんと、言い訳のように叫んで呼吸を整えて、おそらく紅潮しているであろう顔色を整える。特殊な呼吸法で心臓の動機をコントロールして、何事もなかったかのように振舞った。

 彼の顔を見るのが恥かしくて、私は俯いたままだった。

「ん、それじゃあ行こうか。とりあえず洋服売り場は……」

 それでも、彼は見なかったことにしたらしい。少しだけ口許を愉快そうに緩めながら、私に背を向ける。歩調は今までと同じく、かなりゆっくりだ。明らかに私に気を使っているのが丸分かり。……だから、私も一歩下がって歩き出す。

 背中のタヌキは、愉快そうに笑っていて、それが不快だった。

『若いのう、まるで小学生のような若さだのう。ほっほっほ』

 私は目を細めながら、タヌキを睨みつけた。

『ちなみに、余計なお世話を焼いておいてやろう。この小僧はいい男になる。いい男を手元に引きとめておくコツはな、背中を追うだけでは駄目だということだ。それと、ちゃんとした服を着ることだな。男はそれだけで篭絡される』

 殺そう。殺してやろう。全部終わったら、あの畜生絶対に殺す。

 そうだ、よく考えなくても、私はなんで彼の背中について行ってるんだろうか。馬鹿馬鹿しい。並んで歩いた方が効率的だろうに。それに、面白半分で着てみたこの服装は隠密行動には向いていない。もっと清楚で地味な服を購入する必要がありそうだ。

 うん、そうだ。そうに違いない。あとあのタヌキは絶対に殺そう。

 決意も新たに、私は彼の横に並んで歩くことにした。



 第七話『みんなと楽しい誕生日会(幕間)』END。

 第八話『みんなと楽しい誕生日会(前半戦)』に続く。



 おまけ。執事長さんの苦労日記。


 今週の執事長さんの苦労日記は、執事長さんが餓死寸前のため、お休みです(注5)



 

 注訳解説。っていうか作者が説明したいだけ。


 注1:初代ガンダムシリーズでキュピーンと光る人たちの総称。なんかよく分からないけどプレッシャーとかを感じることのできる。レベルが高いと回避率が上がったり、ファンネルっていう特殊兵器を使えたりするのが特徴。大抵の場合、連邦の新型人型兵器を強奪したり、主語がない会話を繰り広げたりする、情緒不安定な人たちである。スーパーロボット大戦というゲームをやれば、どんな人たちなのか大体理解できるようになる。本当にキュピーンってするんだヨ?

 注2:月に代わっておしおきよ、でおなじみのセーラー服美少女戦士が活躍する作品。難しく言い直すと、月の代行として汝らを制裁する、って具合だろうか。なんか言い回しを変えただけで別の作品になっちまったゼ。月虹力化粧開始ムーンプリズムパワーメイクアップみたいな?

 三十代〜十代後半くらいまでは確実に知っていると断言できる。なか〇しで連載していた看板漫画。巻数を重ねるごとに新キャラクターがぞこぞこ増えた。こういう作品にありがちな展開として『ヤムチャ化(序盤強かったキャラが後半全く使えないザコに成り下がる、少年漫画にありがちな現象)』があるが、この作品もある意味例に漏れない。序盤に出てきた四人が主人公のパワーアップについていけなくなるという事態に陥ったこともあったが、最後あたりになるとパワーアップしていた。そのへんの経緯はちょっとよく知らないが、良くできた漫画だったと思う……が、ファイターとかヒーラーとかメイカーとか、もう惑星じゃねーだろ。

 どーでもいいが、今考えると主人公の彼氏が大学生だったり、天王星の戦士がホンマモンの両性だったりしたのがアニメーションじゃNGだったりしてたのが印象的。自分的にはタキシー〇仮面様がもうアカンやろという気分。漫画だからOKなんだろうけど……その前によく考えましょう。タキシード着て仮面つけて夜の街を闊歩する大学生の男は変質者じゃないんですか? ときめく前に警察を呼べと今なら言える。

 昔は言えないよ。だって夢に夢見る少年少女だもの(DEATH)

 作者がジャ〇プで連載中のHが二つつく落書き漫画(ラフ段階で〆切りが来てしまい、そのまま未完成品を雑誌に載せること)の作者と結婚したりしてた。

 以上、姉貴の口述から抜粋、でした。

 注3:えっと、アタックナンバーワンかエースを狙えかベルサイユの薔薇かリボンの騎士かガラスの仮面かどっかで使われていたネタ。出所は作者も実はよく知らないが、なんか濃ゆい絵だったのは覚えている。この中のどれかにあるような気がする。少なくともマリア様にYOROSIKU(?)みたいな絵柄じゃなかったと思う。

 注4:みんな、錬金術は知っているかな? 元々は大昔に『鉄から金ができねぇかなぁ』という怠惰な感情によって生まれたモノなんだヨ。そんなもの研究するより働けよって言いたくなるのは、僕だけじゃないはずだゾ!

 最近では手を叩いて色々作ったりするエルリック兄が有名だが、〇〇のアトリエで有名なゲームも存在する。どうやら、ファンタジーじゃかなり有名な技術らしい。エルリックさんが『両手をパン』とやって簡単に作った金は、〇〇のアトリエだとドンケルハイトとドナーンの舌とアロママテリアと精霊の涙を組み合わせて賢者の石を作った後、賢者の石と調合に失敗して作成できる産廃Dと組み合わせてようやく完成する。意味が分からない人はアレだ、カレー作るようなもんだと思えばいい。

 ちなみに、『金』という物質は希少性もさることながら、熱伝導率などに優れているため、電化製品の部品などに重宝される。よって、高価。携帯電話に純金が多少なりとも使われているというのは決して嘘ではない。

 ついでに、作者が『金』で思い出すのは佐渡金山での砂金取りである。『金は比重が高いから、下の方に沈んでるんだヨ』という監視員の助言に従って砂山の下のあたりを探るとこれがもう面白いように見つからない。よく考えれば観光シーズンだし、興味を持ったヤツは大体砂金取りに来てるわけだから、砂金は随時補充されているわけで、そう考えると下のほうに沈んでないんじゃねーの? と思って上を探してみたら思ったより見つかったのが印象的だった。

 みんな、佐渡金山をヨロシクね☆

 注5:作者は決して新木章吾というキャラが嫌いなわけではない。むしろものすごく好きだし使いやすくて助かっている。本当は主人公にするならこういうキャラの方がいいんだけど、作者の趣味がおかしいからそのへんはあきらめてもらおう。ちなみに親友に白衣で煙草吸ってる無精髭の不良中年がいるが、出す機会があるかどうか。

 今回は食堂で京子が作ったクッキーなどを、三日ほど飯抜きだった章吾がもっさもっさと味見しながら、自分の仕事そっちのけで生クリームなどを作りまくっていると思っていい。……なんだ、あんま苦労してないじゃんということで、今回の登場は控えてもらうことにした。

 ちなみに、次回から前、後編と二回連続で休載。

 代わりに本編でさりげなくひっどい目にあったりする予定。

 と、いうわけで次回はいよいよ最後のメイド登場。お楽しみに。

 長かったなァ……主要人物全員出すまで。

と、いうわけで誕生日会に行く前の前哨戦です。次回、最強にして究極のメイド出現の巻。

屋敷の最強者、降臨です。

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