ラストエピソード2 右手に剣を左手に愛を(後)
と、いうわけでお約束のラストエピソード2でございます。ここまで待ってくれた人には最大限の感謝を。
ちなみに、これが実質的な最終話となるラストエピソード3についてはまた後日公開予定。
では、どうぞ。
僕の家族のコッコさん つヴぁいっ!
ラストエピソード2:右手に剣を左手に愛を(後)
サブタイトル:嘘と結実と魂と。
私の名前は月ノ葉光琥。時折、懐かしい誰かから山口さんとかコッコさんとか呼ばれることもある。四年前に変えてはいけない過去を変えようとして失敗して、好きな人にこれ以上ないくらいに嫌われた大馬鹿だ。
連れて来られたシェルターの中で、私は座ってお茶を飲んでいた。
さっきまでは、私の世話を色々と焼いてくれた人がいたのだけれど、携帯電話でなにか大切なことを聞かされたらしく、血相を変えて出て行ってしまった。
そんなわけで、私はこうやって所在なさげにぼーっとお茶を飲んでいるしかないというわけだ。
なにが起きているのか、私には一切情報が降りて来ないので、よく分からない。
みんなが大ピンチに陥っているのなら、私にもなにかできるかもしれないと思ったけど、友樹君や鞠絵は私の申し出を丁重にお断りした。
信用できないわけじゃなく、信頼できないわけでもなく、ただ俺たちの役目は守るに足る誰かを守ることだと、その瞳が語っていた。
それでも……やれることはやっておきたいと、私は思っている。
地響きが収まって、外も中も静かになった。そろそろ頃合だと思って私は腰を上げる。もしも私が『彼』だったなら……もう指令室を占拠しててもおかしくない。
だから、タイミング的には今しかない。
なるべく目立ちながら、ここを脱走する。恐らく敵の狙いは私だろう。友樹君や鞠絵の反応からもそれはよく分かる。それなら、私がもうこの場所にはいないことが分かれば、敵は私を追ってくるだろう。
……まぁ、逃げた後は運だ。少なくとも、友樹君や鞠絵たちに害が及ぶことはなくなる。敵だってまさか魔法使いと鞠絵を完璧に押さえ込む方法なんて持ち合わせてはいないだろう。あの二人が組めば、織さんだって勝つのはちょっときついのだから。
「……さて、と」
ホルスターに祖父の形見の鋏を収めて、私はゆっくりと立ち上がる。
敵が出てきても大丈夫。今度こそ、私は私を大切にしてくれた人たちのために戦える。自分の身勝手じゃなくて……今度こそ、誰かのために。
「少しは、ましになりましたか?」
声が響いて、私は振り向く。
それは聞き覚えのある声。私が傷つけた誰かの声。……薄々なんとなく感じてはいたけれど、それは『敵』が誰かなのかを確定させる声だった。
「……舞さん」
「お久しぶりです、山口さん」
どうやってかは知らないが、シェルターの扉を破って、彼女は笑っていた。
呆れ半分、諦め半分。どことなく子供を見つめる親のような眼差しを私に向けて、彼女は私を見つめていた。
そして、不意に悪戯っぽく笑って、口を開いた。
「山口さん、もしかして老けました?」
開口一番かなり失礼なことを言った舞さんだったけど、まぁ……なんというか薄々予想はできていたので、私は苦笑した。
「……かもしれません。舞さんは綺麗になりましたね」
「うわ……やっば。たった四年でいい女になってる」
「なんの話ですか?」
「ああ、いえいえ。こっちの話です。うん」
舞さんは褒められたのが照れ臭いのか、顔を赤らめて手を振った。
それから、咳払いをしてからにっこりと笑った。
「さて、再会の挨拶はこれくらいにして、実は山口さんにちょっと相談があります」
「相談……ですか?」
「はい。とても真面目な相談です。……まぁ、私なりの悩みというか、なんというか」
「分かりました。話してください」
「はい」
舞さんは真面目な相談と言いながらも終始笑顔のまま、私に話した。
それはまぁ……なんというか、ある意味では楽しそうである意味では身に覚えのある話でもあって、かなり単純だったけれど、ちょっと複雑な相談でもあった。
話し終わって、舞さんは少しすっきりしたようだった。
「まぁ……正直、もう私一人じゃ荷が重いんです。あいつは四年前から……なんていうか、『元に戻った』って感じですし、冥ちゃんもずっとやりたいことをやるために努力してきたせいで……はっちゃけてきたというか」
「坊ちゃんのことは、多分私のせいだと思います。彼が優しいから、ちょっと甘えすぎて、彼の言いたいことを聞かなかった部分も、私にはありましたから」
「……あの、山口さん。なんか、前とかなり雰囲気違うんですけど、なんかこう……辛い恋愛とかしました? そんでなんかこー色々と悟ったりとか」
「いいえ。言い寄ってくる人もいませんでしたし……私も、忙しかったですし」
それは両方とも本当。私があまり思い悩まなくてもいいように、鞠絵が色々と私に仕事を振ってくれたおかげだ。本人は『姉さんをいぢめるために仕事をいっぱい与えたんです。……その、決して他の意図はありませんからねっ!』とのことなのだけれど、明らかに誤魔化せていないのは、昔からのことだ。
なんだかんだ言っても、あの子は他人に甘い。特に、友樹君には。
「舞さんはどうだったんですか?」
「へ?」
「ですから、恋愛とか。坊ちゃんや友樹君と同じ学校だったんでしょ?」
「い、いや。えっと……そんなに大したこともありませんよ? ほら、私って見ての通りお節介だし、男子にはあんまりいい印象は持たれてなかったし……テンとか友樹とかのフォローに回ったりするのが主だったし、それこそ私に恋愛感情を持ってた男子なんて、テンくらいしかいなかったんじゃないかなぁ……って、まぁ別に私がテンを好きとか、そういうことはありませんからねっ! 勘違いしないようにっ!!」
鞠絵とそっくりそのまま、生き写しのような反応を返す舞さんだった。
うーん、流行とかにはちょっと疎いからよく分からないけれど、もしかして流行っているんだろうか、こういうのが。
えっと……確か奥様はツンデレとか言っていたけれど、やっぱりよく分からない。
「……まぁ、それはともかく。彼が来てるんですね? 今、ここに」
「うん。あいつ、山口さんを連れ戻すつもりだけど、どうする?」
「………………」
なんとなく、その内来るんじゃないかとは思っていた。
あの人は基本的に甘い。身内に甘く他人に厳しく自分にはもっと厳しいように見えても、総合すればお人好しな面が多い。
ただ、今回のことは彼にとっては異例中の異例だろう。
なら……私がやることは、たった一つしかない。
「戦います。正面から」
「……え?」
「私は、いつも彼と向き合ってきませんでした。だから、いい機会なんでしょう」
私はテーブルにカップを置いて、ゆっくりと立ち上がった。
「……そうですよね? 坊ちゃん」
振り返った先……シェルターの入り口に歳相応に成長した彼がいる。
ダークスーツに不敵な笑顔。鋭い眼はそのままに、ふてぶてしくまるで最強のように、彼は私の前に立っている。
もう目は逸らさない。真っ直ぐに、私はその目を見返した。
彼は私を見つめて、一瞬だけ目を逸らす。
そして……まるであの時と同じように、あの頃と同じように、柔らかく笑った。
「うん、そうだね。コッコさん」
一瞬、心を丸ごと持っていかれそうになったけれど、なんとか私は堪えた。
感情を制御する。抑制じゃなくて制御。そう……私は今も未練たらしく彼のことが好きだ。好きだけど、それを否定するのはやめよう。辛くて悲しいからといって暴走するのがいかに最低かはあの時に嫌というほど味わった。
だから、私もいつも通りに微笑んだ。
「行ってらっしゃい。私たちの決着は、その後に」
「うん。ちゃっちゃと倒してくるから、それまで待っててね」
言葉はそれだけ。彼は私から目を逸らした瞬間に最強に戻った。
背を向けて、脱兎のごとく逃げ出す彼を、彼の母親が楽しそうな笑顔を浮かべて追いかける。逃げることを恥と思わない彼と、逃げたこともない彼女。
二人の背中を見送って、私はゆっくりと息を吐く。
準備はいらない。必要なのは言葉と拳と想いだけでいい。
「あのー……山口さん?」
「なんでしょう?」
「そこはかとなく嬉しそうに見えるのは、私の気のせいですか?」
「ええ。ようやく彼を真正面から正々堂々とぶちのめせるんですからね」
「ちょっ!?」
私の言葉に、舞さんは思い切り口元を引きつらせた。
恐らく舞さんは私の笑顔を『デレデレ』しているものとして捉えていたのだろうが、そうじゃない。そう……私は四年間、彼が頑張っていた以上に、待っていたのだ。
「こっちの気も知らないで、ヘラヘラダラダラと日々を過ごしてきた人になんて負けるつもりは毛頭ありません。私の拳で性根を凹まして潰した後に、みっちりとお説教してやりますよ。……ええ、織奥様の所にいる四年間は、そんじょそこらの死線を10や100越えた程度じゃ足元にも及ばないことを思い知らせてやります」
「………………」
舞さんは頬を掻いて、ゆっくりと溜息を吐いた。
呆れたのか、それとも感心しているのか、微妙な吐息だった。
「……山口さん」
「はい」
「やっぱ、山口さんはあいつの側にいた方がいいです。笑えるし、私も楽だし」
「……そうかもしれませんね」
なんだか的確な意見に、私は苦笑いを浮かべる。
さてさて、それじゃあ彼が戻ってくるまで、お茶でもして待っていよう。
きっと、10分もかからないだろうし。
母さんの足はやたら速い。明らかに人間の限界を超えているような気がする。
よーいドンで競争すれば、確実に俺が負ける。……しかし、これはスポーツじゃない。あくまで俺が逃げ切れるかどうかの勝負だ。
「待ちやがれ息子っ! ちゅーさせろおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」
相変わらず最悪なことを言っているのは、俺の母親だった。
やれやれと溜息を吐きながら、俺はぽつりと呟いた。
「京子、いいぞ〜」
パムッという癇癪玉を破裂させたような音が響くと同時に、母さんはその場から全力で後退する。一足飛びで稼いだ距離は、おおよそ5メートルってところだろう。
「な……ちょ、息子っ! 殺す気かっ!?」
「ちっ、やっぱりスナイパーライフル程度なら軽く回避しやがるか。……いっそRPGにしとけば良かったかな?」
「そんなもん直撃したら、いくらあたしでも死ぬわっ!」
ちなみに、RPGとはゲームのことじゃなく、対戦車用ライフルのことだ。弾数は一発のみだが、歩兵が戦車を破壊できるというメリットと共に戦場を闊歩した武器である。
もちろん、人間が直撃すれば確実に即死するけど、母さんの運動能力ならばいともあっさりと爆風の殺傷範囲外に逃げることなど造作もない。そうでなくては『世界最強』の名が泣くってもんである。
さて……そろそろ、この追いかけっこも終わりだ。
扉を開け放ち、俺は基地の外に飛び出す。
基地の外は友樹の趣味なのか、あるいは立地条件の良さを考慮してのことなのか、見渡す限りの大草原だった。穏やかな風が頬を撫でていくのが心地いい。
「……なるほど、こりゃおあつらえ向きってわけだ」
「そーだな、息子」
ライフルの狙撃をあっさりとかわした世界最強は、笑いながら俺を睨みつけていた。
「で、息子。お前はいちいち正義の味方に喧嘩を売って、どうしようってんだ?」
「別に。正義の味方なんざ最初から眼中にないさ。……俺が喧嘩を売ってるのは、世界最強なんて呼ばれて粋がってる、親父と息子と娘に甘い誰かさんに対してだ」
「ハ、正気か息子? 女一人のためにそこまでやろうってのかよ?」
「女一人のため? 勘違いするなよ、母親。……これは、俺が俺のためにやることだ」
一歩を踏み出して、俺は不敵に笑う。
「アンタと親父がずっと押さえつけてきた、『高倉天弧』のわがままだ。誰にも邪魔はさせない。誰に指図も受けない。俺が俺のために成し遂げる、ただそれだけのものだ」
彼女のためなんかじゃない。誰かのためなんかじゃない。
わがままは、自分のためだけに成すものだ。
「20年我慢した。20年苦労した。20年努力した。それから先の人生も同じことになるだろうが、ここいらで一つわがままを言ってもいいだろうと思っただけのことだ」
「20年間で初めてのわがままが……女を連れ戻すこととは女々しいなぁ、息子」
「アンタも人のことは言えないだろう、母親。生きてる間中ずっとわがまま放題で、親父に振られるまで失恋も知らず、結婚から出産までノリでやったようなアンタには、俺の気持ちなんざ一生かかっても分からないだろうし……分かる必要もないだろう?」
「……ハ、さすがあたしの息子だ。そこまで分かってりゃ話は早い」
「そういうことだ、母親」
俺は一歩下がって間合いを取る。
母さんは二歩進んで構えを取った。
「見せてみろ、息子。あんたが戯式から学んだものを」
「見せてやるよ、母親。学習ってのがどれ程のものか、刻み付けて敗北しろ」
眼帯を引き千切る。
風に乗ってどこかに飛んで行ったのを見届けることなく、俺は目を開けた。
そして、俺は。
今ここで、最強を覆すことにした。
真紅。
瞳が真っ赤な左目で、織の息子は彼女を睨みつけていた。
よく漫画にあるような、ありきたりな魔眼の類ならば織には通用しない。石化されようが心臓が止まろうが……1秒あれば織はどんなものでも圧倒できる自負がある。
それは、ただの確信。今までの戦歴と対戦相手を総括した結果である。魔法使いすら自分を倒すには至らない。自分と互角に張り合えるのは、近接戦闘で黒の魔法使いがぎりぎり。黄の魔法使いが遠距離戦でようやく渡り合えるくらいである。
だからこそ……その自負があったからこそ、次の一瞬に反応が遅れた。
「っ!?」
景色が反転し、ゴキリと生々しい音を立てて織の手首が外れる。
あまりにも自然な動作で手を握られ、あまりにもあっさりと投げられた。
(……なんっだ? こりゃっ!?)
ありえない。
高倉天弧の性能は、高倉織を越えない。越えるはずがない。性能の差は歴然。月とスッポン。ペーパーナイフと日本刀ほどの差があるはずだ。
しかし、現実はそうではない。天弧は織を越える速度で移動し、手首を握り、投げ放ち、手首を外してのけた。
舌打ちしながらその事実を認め、織は慌てて距離を取り手首をはめる。
「……ハ、限界を超えたってのかよ、息子」
「馬鹿を言うな。人間の限界を超えた先は無限大でもなんでもない。廃棄物だ。人間には人間の限界がある。頑張れば結果が出るもんでもない。大抵の人間はテメェが踏み込める一歩手前に限界線を引っ張ってるが、それは単に『踏み込んじゃいけない』一線を本能的に理解してるだけってこった。……その限界を超えてなお戦える人間は、そんなに多くない。少なくとも俺には無理だ」
「……それじゃあ、理由が説明できねぇな。アンタはあたしより弱いはずだろ」
「弱い? それは何の妄言だ? 悪いがそんなことも分からないのなら、母親はもう永遠に俺や望には勝てないな」
「抜かせ……息子ッ!」
「甘いんだよ、母親ァッ!!」
紅き瞳を織に向けた彼は、ゆっくりと一歩を踏み出す。
一度手首を外れているにも関わらず、織は一気に間合いを詰めた。
合気の技術は掴まれなければどうということはない。その事実すらも凌駕し得る達人ならまだしも、高々20歳の青年にそこまでの技術はない。
彼の切り札の一つである寸勁ですら、織の身体能力を持ってすればかわせるだろう。
(もらったぁ!!)
必殺の間合いと裂帛の気合。織はこの単純極まりない一撃で、数多の敵を地に沈めてきた。
その、必殺の拳を、天弧は側面から叩いてあっさりと逸らした。
そして、カウンター気味に放たれた天弧の拳が、織の頬を掠めた。
舌打ちしながら、織は間合いを取る。天弧は追撃しては来なかった。
「なるほどな、息子。確かにお前は強い」
「ああ、そりゃそうだ。俺は正真正銘魔法を使っているからな。おまけに今はルール無用のただの喧嘩だ。それなら俺が強いに決まってる」
「……魔法、ね」
織は口元を緩めて、楽しそうに笑った。
「確かにそいつは魔法だな。……ただ、もう魔法と言える力はない。違うか?」
「いいや、魔法さ。師匠が教えてくれた存在しない魔法。真っ赤で愚かな最初の人間が使っていた、小さくて大きな三つの心の内の一つ」
レッド・ライ。
それが彼の使っている魔法の名前。
赤い嘘。真っ赤な嘘。……人間のみが使える魔法の一つ。
世界に数多ある概念の中で最も恐ろしく最も醜い力。
時として実を虚に、虚を実に変えてしまう力であり……全ての人間が扱える、ちっぽけな力だった。
「見破ったみたいだからネタばれしてやるが、母親が見てたのは幻覚さ。京子さんがくれたのは魔眼でもなんでもない。元々は撤退時のかく乱用に開発された装置で、視界を経由して、脳に直接刺激を与えることにより五感すらも騙すことができる」
「……なるほど。つまり、私を圧倒した息子は、あくまで息子が『世界最強と同等』ほどの運動能力を獲得していた場合のシミュレーションみてぇなもんか?」
「そういうことだね。……おまけに、眼の効果は見破られた時点で消失する。ついでに言えば、同じ相手には24時間は使えない」
欠点をあっさりと言い放った彼は、それでもふてぶてしく笑っている。
既に織の手首に痛みは感じない。頬も切れていない。
(……だってのに、なんなのかねこれは)
冷や汗が止まらない。
絶望すらも楽勝できる自分が、今恐怖している。
織はその事実をあっさりと認めて、ゆっくりと息を吸った。
「行くぞ、息子。……やれるもんなら突破してみせろ」
「ハ、言われるまでもねぇ」
彼は獰猛に笑って、一歩を踏み出す。
そして……彼は最強を凌駕する。
頭が粉砕しそうな威力と共に叩き込まれた拳に、意識を研ぎ澄ます。
イメージは流動。叩き込まれたエネルギーを足から追い出すイメージだ。
地面が粉砕する。もちろん、俺の体は無傷だ。
「……ちっ」
世界最強は舌打ちだけして間合いを取った。俺がさりげなく身につけていた手袋が『ブラックサレナ』だと知って、念のために距離を取ったのだ。
サレナという騎士剣には形状がない。だからこそ手甲だろうが手袋だろうが、形状はやりたい放題に変化できるが、使い方を誤ればこちらが死ぬ。この武器は容赦なく『対価』を要求する。今だって『ダメージ』の対価として『地面』を支払わなければ、死んでいたのはこっちの方だった。
やっていることは美里の丸パクりだが、まぁそこは気にしない。
触れてさえいればどんなものでも対価にできるが、逆を返せば触れていなければ対価にすることはできないというわけだ。下手に使えば、自分自身を対価として支払わなければならなくなるだろう。
ついでに言えば、美里式絶対防御はもう使えない。……というか、一撃を防いでる間に百発くらい殴られるので、防ぎきれない。
「どうした、息子。足が止まってるぞ」
「……や、卑怯くさいから、それ」
華が一輪。和装は白。結い上げた髪と優雅な立ち振る舞いが印象的。
高倉織版、白魔法『ホワイト・ホーリィ・ドレス』。正式には魔法じゃなくて魔術。法則じゃなくて、技術。魔法を誰もが扱えるように改良した技術らしい。
魔法のことはよく分からないし、正直魔術とか言われても眉唾ものなので、とりあえず相手が格段に強くなった程度の認識でいいだろう。
強くなったのは正直どうでもいいけど、和装の女性をどつくのにものすごい抵抗を感じる。……正直、母親じゃなかったら速攻で口説いていただろう。
「和装の女性を殴れだなんて、母親もずいぶんと性悪だよな。いくら母親でも、和装を着てれば話はかなり別になるっていうのに」
「……なんつーか、息子の趣味の偏り方はきょーちゃんにかなり似てると思う」
「メイドマニアと一緒にしないで欲しいなぁ」
本気の呟きをもらしながら、俺はゆっくりと息を吸う。
さてさて、ここからが本番だ。
一撃打たれれば即死。回復方法はない。ついでに言えば、今ここにある現存戦力で母親を叩き潰さなければならない。
……まぁ、そうだな。
楽勝過ぎてお釣りがくる。
「赤魔法第二節……レッド・リザルト」
さて、見せてやろう。ここからが本気で全力。
努力と工夫の結実が人を変える。……ただそれだけを体現するっ!
「なにぼさっとしてやがる、息子。お前が来ないならこっちかひゃっ!?」
深さ5メートルほどの穴に足を取られて、母親は盛大に穴の中に転落した。
まぁ、言うまでもなく前日に冥に仕掛けてもらった罠の一つだ。仕掛けた場所はあらかじめ頭に叩き込んであるので、俺が引っ掛かる心配は皆無。
母親をここにおびき寄せたのも、罠に引っ掛けるのが目的の一つってわけだ。
「きゃああああああああああああああああああああああああああっ!?」
母親の乙女っぽい悲鳴が聞こえるが、まぁそれは大したことじゃない。
穴の底に節足動物を腐るほど仕込んでおいただけだし。
「うむ、やっぱり精神攻撃ってのは意外と有効なんだなぁ」
「呑気にほざいてんじゃねえええええぇぇぇぇぇぇぇっ!」
どうやって脱出したのか、穴から飛び出してきた母親は、かなり涙目だった。
「こっちが本気出してんのに、思いっきり絡め手じゃねぇかっ! ちったあ真剣にやりやがれっ!」
「もしもーし、京子? ピンポイントミサイル500発追加で。あ、うん。どーせ死なないから容赦なくやっちゃっていいよ」
「ちょっ!?」
一人を倒すために500発の小型ミサイルが着弾。爆発。なんとなく吹っ飛ばされた人影が見えたような気がするが、あの人のことだからどうせ効いてないだろう。
案の定、爆風を突破して白い影が俺に肉薄する。
俺は口元を緩めて、呟いた。
「全武装解放。……一時的な運命変革を許可」
俺が京子から受け継いだ3000の武装。正確には受け継いだのではなく、奪い取ったのだが、彼女はこうでもしないと伝説であることを手放さない。
俺の女に、そんな重荷を背負わせてたまるかってもんだ。
陥没する半径はおおよそ50メートル。落下距離は10メートルほど。受身を取って転がりながら着地する。母親みたいにきっちり着地できればそれが一番いいのだが、それをやってしまうと確実に骨折する凡人の悲しさ。
だが……凡人だからたどり着ける境地がある。
「ハ、それでどうする息子? 試合のリングでも作ったつもりか?」
「そんなつもりはないけどな」
空間から武器を取り出す。
それは和傘。ただし傘の部分は存在しない。古木のみで枠組みである骨だけが作られた、傘とも言えぬ傘の無残な姿だった。
「なんだそりゃ? 冗談のつもりか?」
「そんなつもりもないけどな」
俺は傘を開きながら、溜息混じりに呟いた。
「水滴こそが意志を穿つ」
刹那、ただの骨だったものが傘へと……武装へと変貌する。
俺の言葉に反応し、骨は水を展開し傘と成る。その水は同時に、まるで命を得たかのように動き出しとんでもない速度で母親に襲いかかった。
「ハ、面白いものを持ってやがるじゃねぇか、息子っ!」
文字通り雨のように降り注ぐ水弾を、超人的な速度でかわしていく母親。
ただ、さっきと違うのは水の弾幕が激しすぎて俺に近づけないことと、母親が回避する度に地面がぬかるんでしまう点だろう。
それをいち早く悟ったのか、母親は多少の防御は捨てて真っ直ぐに俺に向かって走ってくる。水弾の攻撃力は人を弾き飛ばすほどで普通ならそんなことはできやしないが、今の母親はそんなものはものともしない。
水を散らし、弾き、俺へと肉薄する。
が、母親の拳は……どんなものでも砕くはずの、魔術で強化されたはずの拳は、俺の手に握られた傘があっさりと受け止めていた。
「……さっきも見ただろ、最強。この武装は結界そのものなんだ。たとえ『完成前』でも、一度ではあるがアンタの攻撃を完全に防ぎ切った」
「…………完成? まさか、お前」
「その通りだ。世界最強」
俺はにやりと笑って、工夫の成果を口に出す。
「美里のサレナを使って、京子の武装を完成させた」
京子の武装はことごとくがジャンク……つまり、ゴミだったものだ。
ゴミになるには理由がある。使い勝手が悪かったり、未完成のまま結局完成できなくなくなったものなど、完成してさえいれば完全な武器だったはずなのに、製作途中で放り出されてゴミとして扱われていた武装。
だが……もしも、その武装が完成していたら?
製作者が諦めることなく、もしも完成していたらどうだろうか?
もしも、完成するか否かの分岐点で諦めなかったらどうなっていただろうか?
その答えが、これだ。
サレナによる一時的な運命干渉で、派手に地表を抉る大技のわりに戦いが終わればすぐに元に戻ってしまうが、今現在ここにおいて京子の武装は完成していた。
攻聖結界陣・水星傘。
水による完全防御の他、オートで相手を攻撃するという機能を搭載した攻勢移動式結界陣。言うまでもなく、パラソルの時と同じように太陽光に含まれる有害な光線もシャットアウトしてくれる優れものだ。
さっき使った、『静謐なる水彩のパラソル』の完成形。製作者は本当は和傘にしたかったようだが諸事情で諦めざるを得ず、結局そのせいで製作者は創作意欲を失って、結果テキトーなものを作ったという……そういう曰くのある武装だった。
「くっ……」
おまけに、足元は水浸し。下手に高速移動などしようものなら即座に転ぶ。
バランス感覚が超人的だったとしても、この場に仕込まれた罠まで完全にかわせるわけじゃなく、さらに言えばその隙は俺を前にしては致命的以外のなにものでもない。
「じゃ……行くぞ、最強。凡人の努力と工夫の結実。見せてやるよっ!」
取り出した武器は金槌。ソードブレイカーと名づけられた刃砕き。
それ自体で完成しているように見える武装。剣を砕く槌。
しかし……製作者が砕きたかったのは、剣ではない。
砕きたかったのは、剣と共に在る一つの心だった。
ブレイブ・ブレイカー。
勇気を砕く槌。それは、意志を破壊する鉄槌そのものだった。
掌サイズの金槌が巨大化し鉄槌と化す。
色は金色、サイズは身の丈、あらゆる勇気を粉砕する、全ての勇者にとっての天敵がここに生まれ出ていた。
俺はそれを思い切り振りかぶり、横薙ぎに一閃する。
が、いくら足元が水浸しとはいえ、母親が簡単に食らってくれるはずもない。一撃はあっさりとかわされる。
「当たるかよっ!」
「ディア・シュヴァンツ!」
母親が回避すると同時に、掌サイズまでに縮小した小型宇宙戦艦を3機展開。放たれたビーム、ミサイルが容赦なく直撃するが、魔法の紛い物だけあって効果も似たようなものなのか、即死に近いはずの傷が一瞬で治癒される。
もっとも、それはあまり関係ない。ブレイブブレイカーが掠りでもすれば、その時点で勝負は決まる。……勇気を、意志を砕かれるということは、つまり勝つという意欲すら失せるということに他ならないのだから。
ただ、武器が武器だけにそうそう当たってくれるわけもない。
高倉天弧には、高倉織の運動性についていけることはできないのだから。
それでも……相手の警戒心を煽ることはできる。たとえ使うつもりがなかったとしても、銃を持っている相手に対し反射的に身構えてしまうように。
知らないことは罪に成り得ると同時に、知りすぎることは罠に成り得るのだから。
「ハ、道具に頼らないと私に対抗することすらできないか、息子っ!」
「ああその通りだ母親っ! 俺は、ずっと何かに頼って生きてきたっ! 母親に父親に経験に道具に仲間に友達。だがなぁ……それを、愚かしいと思ったことなんざ一度もねぇんだよ!」
そう、それだけは誇ってもいいだろう。
俺は、凡人だったから……なんの力も無い馬鹿だったから、なにかに頼ることを覚えた。誰かに甘えることを知ることができた。
人は独りでも生きられるけど、それが寂しいから誰かにすがりつく。甘える。自分を見て欲しいと願う。……それは、決して悪いことなんかじゃない。
冥が俺を通して知ったことなのに、俺の方が分かっていなかった。
だが、今なら分かる。信じられる。俺は絶対にみんなを裏切らない。みんなも俺を裏切らない。全部納得ずくで楽しい日々を送っている。その確信はある。
それだけの努力を積み重ねてきた。
だから……これもその一部。楽しい日々をさらに楽しくするためだけに、世界最強をこの場で打倒する。
大金槌を掲げ、真っ直ぐに最強を見つめながら、俺は叫ぶ。
「引かねえ媚びねえ屈しねえっ! 不撓不屈の仁義を胸に、悪も正義も最強も、叩き潰して押し通るっ! たとえ行く先地獄だろうと、不敵に笑ってまかり通るっ!」
それはただの口上。売り言葉に買い言葉。見栄を張るために言い放つ言葉。
ずっと恥ずかしくて言えなかった。……それは、俺が僕であるための証明だった。
「俺を誰だと思ってやがる。俺は天弧、高倉天弧っ! 稲荷の宿のご主人様だっ!」
名前が恥ずかしかった。名前を呼ばれるのも嫌だった。
自分が嫌だった。足りないものが多すぎて恥ずかしかったから名乗れなかった。
でも、今は違う。
宿を頼りにしてくれるお客様がいる。側にいてくれるみんながいる。きっとこの先も、僕を僕として見てくれる誰かがいるんだと思う。
だから、誰かのために。だから、みんなのために。
楽しく愉快に過ごしてやるよ。
(……さて、それじゃあ行くか)
世界最強の言う通り、赤い魔法なんて存在しない。
でも……それはきっとどこかにある。信じれば誰の心の中にもある。師匠曰く何十億分の一に分割されているだけで、それは誰の心にも存在しているのだ。
嘘は人を騙す技術。世界には目を逸らしたくなることがたくさんあるから、それから人を守るために、太古の昔から現在に至るまで人が磨き続けてきた心の刃。
結実は努力と工夫の終局。終局にして発端。終わって始まって連綿と続いて、切れて結んで開いて紡ぎ続ける。9の失敗と1の成功を繰り返して、人は道を歩み続ける。
そして……真っ赤な魂。赤く赤く燃え上がる、人としての心の在り方。
真っ赤な嘘を吐いて分かった。俺のイメージは最強に負けない。
真っ赤な結実を試して理解した。俺の努力と工夫は最強すらも凌駕する。
ならば……今ここに、嘘を結実させ魂と成す。
「赤魔法第三節……レッド・ソウルッ!!」
京子から受け継いだっていうか、戦場に立ったりするのは危険だからという理由で奪い取った武装は3000を越えるが、今この場で使える武装は3つが限度。
限度数が3つな理由は極めて簡単。これからの戦闘にはその3つしか対応できない。
金槌を地面に捨て、中空から取り出すのはリボルバータイプの拳銃。京子さんが最も得意としていた武装、通称『鉄』。零距離ならばどんなものでも打ち抜くことを可能とした、究極とも言える性能を有する銃。
これも……未完成のまま打ち捨てられた武器の一つ。見た目はまるで変わっていないが、実は鉄も他の武装と同様に、とっくに完成している。
その完成形の名を、魂鋼という。
俺は魂鋼をこめかみに押し当てて、躊躇なく引き金を引いた。
俺をぶち抜いた音が、響いた。
笑いながら、両足で立つ。
そう、これこそが『あらゆるものを射抜く』という銃の、本当の使い方。
限界を射抜く。ぶち破って叩き壊す。一時的でにはあるが、俺は限界を超える。
もちろん、限界を超えようが俺は最強には勝てない。あくまでこれは最初の一歩。
「さて……決着といこうか、母親」
「やってみろよ、息子」
母親の言葉に口元を緩めて、俺は一歩を踏み出した。
一歩で詰めた距離は5メートル。ほぼ達人級に達した速度に、母親は顔を緩める。
「ハ、あたしとガチでやりあおうってのかよ、息子っ!」
「その通りだ母親ァッ!」
放たれた拳を受け流し、足を払って母親の体を反転させる。
しかし、運動性能が上がっている母親は余裕綽々でさらに反転。左手を地面につけながら、俺に向かって蹴りを放つ。
まともに受ければ確実に致命傷な一撃だったが、俺は紙一重で避けて足を掴む。
狙うのは足の親指。一瞬でへし折って間合いを離す。
もちろんすぐに傷は癒えるだろうが、それでも痛みを感じないわけじゃない。最強は舌打ちをしながら立ち上がり、俺を見つめて口元を緩めた。
「ハ、いいねぇ息子。あたしの速度についてこれたのは、絶望に支配された時のきょーちゃんが一人目、黒の魔法使が二人目、息子で三人目だ」
「嘘を吐くなよ、母親。アンタはまだ全然本気じゃない。……まだ上があるだろ。本気を出せよ。世界最強の名が泣くぜ?」
「ははっ……安っい挑発だな、息子。いいぜ、乗ってやるよ」
大人気ない大人は、ここでようやく、初めて構えを取った。
ばーちゃんと同じ正眼。真っ直ぐに俺のことを叩き潰すことしか考えていない……それ故に恐ろしい構えだった。
足元の泥を跳ね上げて、最強は俺に向かってまっしぐらに疾走する。
尋常じゃない速度。高倉天弧には反応すら不可能。限界を越えようが越えまいがそんなことは関係ない。本気になった世界最強は、まさしく文字通りの性能を発揮する。
そんな存在を、真正面から問答無用に殴り飛ばした。
「…………がっ!?」
「最初から言ってる。アンタは甘いんだよ」
秒間で3発。殴って蹴って体勢を崩し、襟元を捻り上げたついでに足を払って思い切り投げ飛ばす。地面に叩きつけると同時に間合いを離して一呼吸。
「レッド・ライはただの嘘じゃない。アレは想像力の具現。『高倉天弧がどの程度の性能を発揮すれば最強に迫れるか』……それを、試したんだ」
左目から擬似神経接続し記録を反映。左目から全神経に記録を叩き込む。
京子さんが俺にくれた左目の名を、『赤赦ノ眼』という。
京子さんが持ってきてくれた眼は、確かにただの技術の結晶に過ぎない。……しかし、俺の左目は『京子さんがカスタマイズしたもの』だ。ただの目であるはずがない。
この目は、刻んだイメージを、頭に描いた動作を、そのまま体に伝達する。
修練や訓練は、頭に描いた理想を体に伝えるための手段。さらに速く、さらに上手く、さらに強く。……この目は、それを修練なしに一瞬で体現する。
ただし、使えるのは24時間に一回のみ。ついでに言えば、自分がイメージの通りに動けたとしても、相手がそれを軽々凌駕する可能性はかなり高い。結局のところ、こんなものは付け焼刃でしかない。
その付け焼刃をどこまでも鋭くするためには、自分の想像と戦わなければならない。
自分の力量。相手の力量。彼我の戦力差。図り間違えたら一環の終わり。幸いなことに『世界最強』はその名に相応しい戦歴を歩んでいる。切り札も奥の手も全部出して、それでも相手がいないから最強を名乗っているのだ。
相手のデータが全部分かっているのなら、たとえ相手が最強だろうがなんだろうが、勝つことは容易い。むしろ今までのどんな相手よりも楽勝できるだろう。
「ったく、これだから親父にふられるまで挫折を知らない人はいかんよなぁ。強いくせに打たれ弱いなんて、ダイヤみてぇな生き方してるからそうなるんだよ」
「調子こいてんじゃねぇ息子おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
最強からようやく余裕が消える。
ついでに言えば姿も消える。もうどんなに頑張っても俺が視認できる限界を超えた。
うーん……ちょっとだけ予想外に速いなぁ。
「食らええええええええええええええええぇぇぇぇぇっ!!」
放たれる拳打。あまりに速くて見えないどころか目にすら映らないだろう。
まぁ、そんなコトは関係ないのだけれど。
手数に頼れば負けはなかったはずなのに、こうやって一撃に頼った時点で、俺の勝利は確定しているのだから。
最強の拳が俺に迫る。問答無用の容赦なし。……彼女はそのつもりだっただろう。
殺すつもりで拳を振り切って、それが空振りしたことが信じられないようだった。
「……………な」
「ごめん、母さん」
拳は僕の目前で停止している。
ゆっくりと息を吐いて、僕は魂鋼の銃口を最強の額にぴたりと当てる。
「幻覚が24時間同じ相手に使えないっていうの……あれ、嘘」
僕の二メートル前方に僕の姿を映し出す。もちろん、本来の自分は隠した上で。
たったそれだけのことで、母さんは目測を誤った。僕を打ち抜いたつもりで幻覚を打ち抜き、そして僕にどうしようもなく致命的な隙を晒した。
引き金を引くと同時に、母さんを包んでいた、魔術の白装束が消える。
そして、僕はこっそり隠し持っていた、通常の金槌型に変形させた縮小版ブレイブ・ブレイカーで母さんの肩をこつんと叩いた。
これにて、戦闘終了。僕の完全勝利ってわけだ。
しばらくは唖然としていた母さんだったが、不意にゆっくりと溜息を吐いた。
「……超むかつくんだけど。全然さっぱりしねぇ戦いだった」
「戦ってさっぱりするのはスポーツだけだよ。本当の戦いなんてこんなもんだって」
「やだ。むかつく。あんまりむかついたから今度お前の宿に遊びに行ったついでに、ものすごく暴れてやる。望も誘ってすごくひどいことしてやる」
「………………」
実に大人らしくない、素敵な脅迫だった。
うん……まぁ確かに僕も大人気なかったですよ? でも、こうでもしないと母さんに勝つなんて一生どころか永遠に不可能だからね。
「母さんが来ると、みんなが不機嫌になるからなぁ。……ちょっと勘弁して欲しい」
「勘弁して欲しかったら、ちゅーしろ」
「お断りです」
「じゃー暴れてやる。望のヤツ『最近のお兄様はどうしてるかしら?』とかめっちゃ気にしてるんだぞ? くっくっく、今のお前を見たらあいつはどう思うかな? ちなみにあたしは、『巨乳メイドはべらせやがって。勝ち組が』と、常に思っている」
「………………」
その巨乳メイドに毎日毎日いぢめられてるんだけど、まぁそんな声は届くまい。
仕方ないと割り切って、僕は母さんのほっぺにちゅーをした。
にやにや笑いのまま、母さんは凝固した。ぴくりとも動かなくなった。
「じゃ、そろそろ行くよ。……自分で選んだことだからちゃんと責任は果たしてくる」
「………………」
母さんは答えない。ただ、にやにや笑いは消え失せて、少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。
だから、僕も少しだけ寂しそうに笑った。
「今更だけど、ありがとう。母さん。正直、母親としてはあんまり良くはなかったかもしれないけど、それでも……僕は、母さんがいてくれて良かった」
「………………うん」
「じゃ、行ってきます」
昔、僕の家が金持ちじゃなかった時があった。
その時、僕は駄目な大人を知っていた。なんでもできるくせに甘ったれで、キス魔で、気の進まないことは何一つしようともせず、息子の料理が大好きな、そんな母さん。
駄目な大人だったかもしれないけど、愛情を隠そうともしない母さんに、僕はどれだけ救われたのか分からない。
だから、ありがとう。そして、行ってきます。
今生の別れでもなんでもないけれど、それは多分、言わなきゃならない言葉だった。
そして、僕は最後の戦場に向かうことにした。
最悪な気分だろうと思う。最悪なんだろうと思う。おそらく、今の気分は人生の中で考えられないくらいに最悪極まりない。
最悪な嘘吐き。そう呼ばれて何年経ったかはちょっと思い出せない。
でも……アレだ。ちょっとこれはないな。
僕は能面のようになった顔を隠そうともせず、彼女の隣に立った。
彼女……自他共に認める弱い彼女、高倉織は思い切り顔を引きつらせていた。
「……きょーちゃん?」
「うん。君の夫のきょーちゃんです」
顔が引きつる。自分がめちゃめちゃ不機嫌になっているのが分かる。
きょーちゃんとはまぁ彼女が僕を呼ぶ時の愛称だ。気にしてはいけない。
まぁ、それはともかく。僕は腕組をしながら口を開いた。
「謝罪するよ、織さん。本当にごめん」
「えっと……なにが?」
「浮気って死ぬほど腹立つんだね。びっくりした。とりあえず離婚しよっか?」
「いやいやいやいやいやいやちょっと待てコラっ! あたしがいつ浮気したっ!?」
「天弧くんとキスしたでしょ」
「違うっ! えっと……違うってことはないんだけどとにかく誤解だっ! つか、息子にほっぺにキスされただけじゃんっ!? 浮気じゃないもんっ!」
「望ちゃんのほっぺにちゅーしたりもしたよね?」
「違うっ! えっと……違うってことはないんだけどとにかく誤解だっ! つか、娘のほっぺにキスしたじゃけじゃんっ!? 決して浮気じゃないんだっ!!」
「というか……今だから言うけど、織さんとキスするような存在がとにかく気に食わない。息子と娘以外は全員死ねばいいと思う」
「息子と娘ときょーちゃん以外にキスしたことなんかねーよっ!」
「じゃあ、自殺しようか?」
「……自殺するとか軽々しく、ゆーな」
「ん、了解」
織さんがあまりにも寂しそうな顔をしたので、僕はにっこりと笑った。
まぁ、結局のところ。僕は僕なりにこの不器用な最強さんが大好きなわけで、それはあまり口には出さないけれど、それは僕が嘘吐きだからだ。
息子も、やっぱり似たり寄ったりなんだろうと思う。凡人は嘘を吐くのだから。
言葉の重みを、知っているのだから。
「まぁ、自殺するのは嘘だけど、織さんが寂しそうにしてたからね。……夫として、余計なお節介を焼きに来たってだけのことさ」
「……ホント、昔から一言余計だよ。きょーちゃんは」
「それだけが取り柄なもんでね」
にっこりと笑いながら、僕は織さんの手を握る。
織さんは少しだけ顔を赤らめてから、ゆっくりと溜息を吐いた。
「……きょーちゃん」
「ん?」
「ちょっと、さ。寂しい気がする。あいつもいい歳だし、分かっちゃいるんだけどね」
「そういうもんだよ。僕だって寂しくないと言えば嘘になる」
嘘吐きの僕は語る。
騙らずに語る。今だけは、言葉は本物だと信じて口を開く。
「好きなもののために戦うことは、きっと誰にだってできることだ。僕にだってできた。でも……そのために捨てなきゃならないものだってきっとある」
「………………」
「僕らは『親』だからね、それはきっと……喜ぶべきことだろう」
僕は織さんの手を強く握る。
先に進む者を、僕らの自慢の息子を、親として笑って背中を押してやろう。
「孫ができたら笑いながら言えばいい。……『あたしの屍を越えて行け』ってね」
多分、それでいいんだと思う。
後になにかを残すことができるのなら、僕が嘘吐きでも欠陥品でも、彼女が最強でも最弱でも、きっと意味はあったのだろうから。
息子が親になった時、もう一言かけてやる程度で、ちょうどいい。
それでも、織さんは少しだけ悲しそうだった。
「……なぁ、きょーちゃん」
「なんですか?」
「寂しくて苦しくてどうしようもないから、なんか芸でもやってくれ。面白いの」
「織さんが大好きです。愛してます。僕の側で死んでください。僕は貴女の死を看取ってから、誰とも再婚することなく死にます」
「…………なにそれ?」
「告白ごっこ。そういえば、僕からは言ってなかったと思いまして」
「ハ……ばっかみてぇ」
言いながら、織さんは恥ずかしかったのか、顔を赤らめて視線を逸らした。
僕は少しだけ強く織さんの手を握って笑う。
さて……これで僕の役目は終わり。後は息子の物語。
あるいは、彼女の物語だろう。
なんのために頑張るんだろう。
なんのために生きるんだろう。
なんのために僕は歩き続けているんだろう。
誇りなんてとっくに折れて、諦めて挫折して裏切られて、それでも僕は歩みを止めようともしない。守りたいものがたくさんあって、そのために生きているんだと思いたかったけど、残念ながら僕はそこまで殊勝な人間じゃない。
自分勝手で身勝手で、どこまでも自分が大切な、そんなありきたりな凡人だった。
「……うん、そうだな。だからそれでいいんだろう、きっと」
今は、そんな風に納得している。
才能なんて要らない。最強なんて要らない。正義や悪なんてまっぴら御免。
僕は凡人でいい。凡人だから人の痛みが分かる。平凡で誰よりも痛みの苦しさを知っていたからこそ、僕はみんなを大切にできる。
生き続けて足掻き続けて、みんなを守って……最後に、誰かに『なにか』を託すことができたのなら、きっとそれはいい一生だった。
まだそこまで生きていない僕だけど、きっとそれでいいと思う。
楽しく、激しく、緩やかに、穏やかに、いつだってみんなが笑顔でいられる世界。
母さんしか家族がいなかった僕は……それが、一番欲しかった。
好きな人たちと一緒に生きていける世界が欲しかった。
だから、その世界には、あの人がいないと駄目だ。あの人がちゃんと役割を果たしてくれなきゃ、なにより僕が幸せになれない。
それに……アレだ。
泣かせっぱなしってのは性に合わないし。
無理しすぎで体中ギシギシ言っていたが、僕は歩き続けた。
きっかり10分だけ待たせた。それで終わり。もう待たせないし待たない。
彼女と向かい合って、僕は笑った。
「久しぶり、コッコさん」
「お久しぶりです、坊ちゃん」
「坊ちゃんはやめて欲しいな。……僕は、高倉天弧だ。最初に言ったろ?」
「なら、貴方もコッコはやめてください。私は……月ノ葉光琥です」
「悪いけど、そんな人は知らないな。僕が出会ったのは、山口コッコっていう、鉄やら忠誠やらとは一切無関係で、月ノ葉なんて宿命も一切無視して、わりと人を思いやりながら生きていける人だったからね」
「……勝手なコトを」
「勝手をするために努力したからね」
僕は微笑む。コッコさんも口元を緩める。
許しはしないし彼女も赦されるつもりはない。だから……生きて償う。それだけだ。
「っと……忘れるところだった。これはコッコさんにあげたものだから、返すよ」
ふところからイルカのブローチを取り出して、コッコさんの手の平に乗せる。
コッコさんは少しだけ躊躇したものの、それでも受け取ってくれた。
このブローチを渡した時と同じように少しだけはにかんで、受け取ってくれた。
「……ありがとうございます」
「前も言ったと思うけど、気にしなくてもいい。」
「では、ここからはやるべきことをやりましょうか。……高倉天弧」
「その通りだ山口コッコ。俺たちがやらなければならないことはたった一つだ」
獰猛な笑みを浮かべて、俺は一歩下がる。
コッコさんも同じように不敵な笑みを浮かべて、拳を握った。
そう……今まで僕らがさぼっていたことを、ここで解消してやろう。
そして、俺は拳を握り締めて、走り出す。
「ちゃんと仕事しろって毎日言ってんだろうが、この馬鹿野郎がっ!」
「毎日毎日女の子とべたべたべたべたっ! あてつけですかこの野郎っ!」
顔に拳が食い込んで意識が飛びそうになる。
が、俺も同時に拳を叩き込んでいる。純粋な喧嘩なら、俺にも分がある。
「変な所で浪費ばっかりしやがってっ! ちったぁ自重しろっ!」
「ちゃんとしなさい馬鹿男っ! 貴方の生き方は端から見ててあんまり危なっかしいからイライラするんですよっ!」
「トラブルばっかり起こすんじゃねぇよっ! 始末するこっちの身にもなれってんだ究極馬鹿女っ!」
「人の気持ちを知っててあえて無視してっ! そういうのが腹立つんですよっ!」
「馬鹿メイドっ!」
「アホ主っ!」
殴る、蹴る、叩く、抓る、目潰しに頭突きにビンタというもうどうしようもないほどの、醜くてつまらない大喧嘩。
俺と彼女が忘れていたこと。日々を大事にしすぎて喧嘩すらしなかった。
互いに気を使いすぎて、大切なコトを言わなかったように。傷つけあうこともしなかったから、結局自分たちの悪い所も分からなかった。
だから、これはあの日のやり直し。
体は限界。心もそろそろやばい。
それでも、俺は口元の血を拭いながら殴り返した。
殴って、殴り返して、殴られた。
こうして、僕たちは。
出会ってから初めて、ようやく、家族らしく。
つまらないことで、喧嘩をしたのだった。
ラストエピソード2:『右手に剣を左手に愛を(後)』END
ラストエピソード3:『僕の家族のコッコさん』に続く
登場人物紹介
・山口コッコ。
別名、月ノ葉光琥とも呼ばれている、本編の主人公に『降格』された彼女。
宿屋の新人。全然さっぱり新人らしくないが、それでも新規雇用なので新人。新人は一年間フリフリのメイド服着用の刑という罰ゲームっぽいものになっている。
ちなみに、冥は普通のエプロンドレス、舞はその時の気分によってスーツと着物を適当に、京子は割烹着、美里は失礼のない程度の私服を着ている。
なんかもうここまで読んだ人には分かると思うが、ネタバレをすると彼女の属性は『ツッコミ』である。男に甘えすぎていたせいでボケに徹していたが、その男がボケにクラスチェンジしてしまったために『ツッコミ』に徹するようになる。
舞さんが期待していたのは、まさにそこ(笑)。
色々あって人に気を使うようになり、仕事は優秀さよりも人間関係が大事ということを覚えてからはちゃんと誠実に生きていけるようになった彼女。
趣味は盆栽なのは相変わらず。スイートポテトが好きなのも変わらず。
借金については返済できてない上に、織から天弧に借金が移行し、天弧から借りていることになっているので、かなり冷や汗を流すことになる。
28歳という年齢に本気で焦りを覚えているが、半分開き直りつつもあるらしい。
・高倉天弧。
永遠の凡人。宿屋の主。名乗り上げるまでが非常に長かった男。
この物語は彼が名前を名乗るまでの物語だと言っても過言ではない。
名前の語源は、天使→天子→天弧という感じ。ネーミングセンスはとりあえず最悪な世界最強なのだった。
基本的に嘘吐き。好きな誰かのために頑張る人間。好きな人のためにならいくらでも頑張れるが、他人のことになると頑張れない普通の男。目つきは鋭く、言葉はふてぶてしく、正義にも悪にも怯まず、強さに怯えず、努力と工夫と他諸々さえあればまぁなんとかなるだろうとか本気で考えている男。……そういう意味では、本当の最強。
状況に応じて口調と態度を変えるのが特徴。『僕』は日常生活、『俺』は戦闘モードだと思っていい。普段はぽややんとしているが、戦闘モードになると作中のようなキャラクターになりやがるので要注意。
属性はボケ。本来はボケキャラだが、年上のお姉さんがボケに徹していたためにツッコミをやっていた男。無茶な振りもなんなくぶちかますのでツッコミは本当に大変だ。
ボケキャラになったので主人公から準主人公に『昇格』となった。
現在、20歳。現役大学生。とりあえず将来が心配な男であることは間違いない。
以下は、四年間の間に追加された付加属性。
付加属性:キス魔。
欧米人並みのコミュニケーション能力。身体的接触を極端に拒む引っ込み思案な人を除外するが、人と親しくなりやすくなる。
付加属性:虚言誘導。
小説にあるまじき長セリフを叫ぶことによって、無理な言葉に説得力を持たせることができる、言葉というものの怖い面を見せ付けるがごときスキル。実際のところは叫ぶだけ叫んで中身がないことが大半だが、勢いのある人間の言葉というのはうっかり信じたくなるから不思議なもんだ。
前回、今回の長台詞の大半がこれに該当する。
口からでまかせがほぼ全部なので、本気にしてはいけない。
・黒霧冥
アルティメットメイド3。正体不明度200%増しの、究極侍従。
この娘が天弧の側にいるせいで、彼がやりたい放題にやっていると言っても過言ではない。完璧に紅茶を煎れる片手間に諜報活動もやってしまう変な女の子。
主の命令があればなんでもやれてしまうが、その主が基本『頭を撫でさせて』みたいなことしか言わないので、本来の性能の2%くらいしか生かされていないのだった。
相変わらず主ラブだが、色っぽい空気はちょっと苦手なので、ちょっとからかわれただけでうっかり殴ったりしてしまうのが最近の悩みだとか。
現在19歳。19にしてこのはっちゃけぷりは正直どうか思う。
・黒霧舞
本物の勇者。友誼と情のために戦う一人の少女である。
現在20歳。漆黒の高校時代を経て、黎明の大学時代を満喫中。昼は天弧と共に大学に行き、夜は宿で仕事をするというのがライフワーク。事務仕事担当。実質的な業務は美里さんが取り仕切っているので、二人が抜けてもとりあえずは問題ないらしい。
高校時代は委員長の隣で、うっかり副委員長なぞをやっていたために三馬鹿が起こすトラブルに色々と巻き込まれていた。
ちなみに、天弧とは切っても切れない関係。割り切れない関係と言い換えてもいい。
単に、彼女がお人好しなせいでもあるかもしれないが、本当にいい女ってそういうものかもしれない。
・梨本京子
元伝説。今はお宿のコックさん。普段の服装は割烹着。
従業員が減り、時間ができたので宿の掃除をしたりお客と将棋を打ったり、天弧に新メニューを振舞ったり、休みの日は彼とデート(荷物持ちとも言う)をしたりと、恐らく宿の中では一番楽しく日々を送っている人。
全武装を取り上げられたので、今は伝説じゃない。小さくて大きくて可愛い女性。
宿の面子は一生付き合ってても飽きないなぁと本気で信じている24歳。
宿のメンバー全員とさりげなく仲がいいあたり、もしかしたら一番強かったりするのは彼女なんだろうと思う。
最近、子猫を3匹ほど飼い始めた。
……そのせいで色々と騒動が起こったりするが、それはまた別の話。
・橘美里
宿を取り仕切ってる女性。現在微妙な32歳。歳のことに触れると怒る。
基本的にはフォロー役。応用的には暴走役。可愛いものが大好きで、可愛いものを見るとつい止まらなくなってしまう傾向があるので要注意。それ以外は極めて普通の淑女で、好きな人の前では可愛らしくなってしまうような、そんな女性である。
最近娘が独り暮らしを始めてしまったために、本格的に宿の一室に住み始めることになったために、色々と騒動が起こったりもするがそれも別の話(笑)
このエピソードで天弧が使ったサレナはあくまで『貸与』であり、本当の持ち主は彼女のままである。……が、その剣が美里によって抜かれることはもうないだろうと思う。
・刻灯由宇理
宿のバイト。着物の彼女。灰色の魔法使いの相方でもある。
爆殺魔法少女ブレイクジャスティス(半笑)と名乗りながら、各地で悪の破壊活動に勤しみながら、バイトバイトの毎日である。
現在は有坂四季&桂木香純宅にお世話になっている。
一応、大学生で天弧や舞と同じ学校。……腐れ縁はどこまでも続く。
・有坂友樹
親友にして白の魔法使い。芳邦鞠との関係は相変わらず。
実は、今回の仕掛け人の一人。
本当なら猫耳メイドの写真にすら屈することなどないのだが、事前に天弧に言われた『一芝居打ってくれたら写真+鞠さんが好きそうなコンサートのチケットで』という言葉にあっさりと篭絡した正義の味方。
女性の笑顔がなにより好きで、憂いを秘めた表情がなにより嫌いな正義の味方。
言うまでもなく、三馬鹿は現在でも健在である。
・芳邦鞠
アルティメットメイド2。2と3じゃ明らかに2の方が実力は上だが、実際の勝負となると正体不明のぶん3の方に分があったりする。
実はさりげなく姉ラブ。というか、この四年で評価が一変。
この辺は似たもの同士というか、彼女も天弧と同じく『精一杯働く人間』が大好きで、誠心誠意骨身を惜しまず働く姉に対して、過去の因縁や恨み言を秘めつつも、なんとなく憎めない気分になっていくのだった。
週に一回のデート(というか荷物持ち)はしているが、友樹との仲は相変わらず。
相変わらずなのがちょっと不満なので、姉を誘ってスポーツクラブなんかで泳ぎながら、ぷりぷりと怒りながら主の愚痴を言ったりしているらしい。
・竜胆礼司
追い詰められた元死神。
帰ってからたっぷりと説教された後、婚姻届に印鑑を押したそうな。
本人たちはまんざらでもなく、幸せそうなので他人がどうこう言ってはいけない。
結婚式のスポンサーがアンナ嬢と天弧という時点で、その後の人生がいかに苦労に満ちたものになろうか分かろうというものだが、それはまた別の話(笑)。
ちなみに、空倉陸や神代斗馬とはバイト仲間。
草薙神威と新木章吾とは同じ学校出身。
・高倉織
世界最強。高倉家の女は老けにくいことで有名なので、未だに若々しいらしい。
彼女とは本気でガチバトル。
最強を凌駕するのはアイテムの運用とそのタイミングと、あらゆるゲームのやり込みが告げているので、そんな感じの一方的なバトルだった。正直後悔はしていない(笑)
放浪癖も相変わらずだが、息子が独り立ちしそうなのでちょっと寂しいらしい。が、そのぶん亭主と一緒にいられる時間が増えて十倍嬉しいようだ。
………………………………………………3人目がいるとかいないとか。
・嘘吐き
虚言師。または虚構士。極めて悪質な嘘吐き。世界を騙して人を騙す。
最強の夫。実は物語中一番ラブラブなのはこの夫婦だったんだなぁと、作者は恐ろしい事実に今気づいたぜっ!
・音子
天弧曰く『信じられないほどいい女』らしい。
スタイル抜群の青みがかった髪の美女で、本当にあらゆる意味で強い女。彼女に比べれば美里すら赤子同然という有様で、『自分じゃ手に負えないなぁ』と天弧はなんとなく悟っている。
ちなみに、彼女が苦手なのは由宇理と舞。あとは山口コッコ。
自分以上の曲者と、人の心にスルリと入ってくるような実直な人間が苦手。
ある物語と関連がある、そんな風に思った人はある意味正しい。
が、ある意味間違ってもいる。
関連や時系列や伏線などは関係ない。
もしかしたらお宿の外で色々な物語があり、彼女がそれに関わっていたとしても、それはあくまで彼女の物語。
これは、あるお宿で起こる愉快な物語である。
……終わった。ようやく長丁場が終わりました。
ここで週刊少年ジャ○プのある作家先生なら『俺は自由だっ!』という作者コメントを残して撤退するのですが、実はあと一話(とおまけが腐るほど)余っているので楽観もしていられません。
てなわけで、次回、ようやく……最終話っ!
書き始めてから足掛け二年ってどないやねんっ!
ちなみに、作者的に書きたい話とおまけに関しては別の話として独立させる予定(一から出直しとも言う)。
コッコさんつヴぁい本編としては、次回で終了となります。
とりあえず、今は燃え尽き症候群にならない程度に、最終話を執筆中です♪