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SED1:橘美咲の章 唯たる我等・無双の主従

はい、そういうわけで長らくお待たせいたしました。

Sランクエンディング、エピソード1。橘美咲の章開幕です♪

……えっと、初っ端ですがごめんなさい。リミッターブレイクしてます。

最終話もそれなりでしたが、この話は全エピソードの中で一番長いです。携帯の人はパケット代に注意しながらお読みください♪

 その心、火焔のごとく。



 既に終わってしまった物語の中で、逆襲を誓った女がいる。

 彼女は、どこにでもいる髪の長い女の子で、執事に恋して主たる存在になろうと決意したただの人間だった。

 終わってしまった物語の中ですらさして語られもしなかった彼女こそが、これから始まることになる物語の主人公である。

 ありていに言えば、物語は一人の重要な登場人物を丸々取り残す形で終わっており、彼の存在はなかったことにされてもいいくらいであった。


 だが、そんなことを当たり前のように許さない女がいた。


 この物語は、逆襲を誓った女と、それにうっかり振り回されることになる鬼の末裔の少年の物語である。



 新木章吾は世界一ついていない執事である。

 そんな彼は、昔々はとてもひねた子供で、玉座に座って勇者を待ち受けている魔王を見て、『なんで尻に火が点いているのにこの魔王はここまで自信満々なんだろう?』などと、ロールプレイングゲームの根幹を揺るがすようなことを考えていた。

「……く、くく」

 章吾は膝をついて、乾いた笑いを浮かべる。

 薄汚れたマントを羽織り、ボロボロになって放浪し、あっちこっちで厄介ごとを片付け続けてきた彼は、ようやく竜の住処に到着した。

 到着するまでに二年が経過しているが、章吾は挫けなかった。

 しかし、今彼は膝をついていた。

 あまりの脱力感と虚無感、ついでに徒労感が彼の心を軽々とへし折った。

 不在。

 どこにもドラゴンなどいない。

 巣の中には一枚の羊皮紙が落ちており、そこには章吾が覚えた標準竜言語で『引越ししました』と書かれてあったりする。

「ああ……あの時のゲームは正しかったんだな、きっと」

 アホだった子供の頃を思い出し、辛かった青春時代を思い出し、ついでにうっかりあの屋敷でのことまで全部思い出して、章吾は泣きそうになった。

 いっそ号泣でもしてしまおうかと思ったが、章吾はそれでもゆっくりと立ち上がる。

「……確かに、目的地に誰もいないというのはあまりにも寂しいな」

 挫けながらも、執事は立ち上がる。

 屋敷のついでにシスターのことを思い出し、ついでに主となった少女のことも思い出して、勇気を奮い立たせて立ち上がった。

 そして、また一歩を踏み出す。

 いつもと同じように、執事は歩き出した。



 それから、二年後。



 神代斗馬(かみしろとうま)は、現代日本に生きる生粋の現代っ子である。

 押しが弱く、好きな女の子には告白できずに終わるタイプで、始まりから終わりまで流されて生きることを宿命付けているような印象を受ける。

 しかし、そんな内面とは裏腹に外見はやたら印象に残る。よく鍛え上げられた体に、整っていると言えなくもないがどちらかというといかつい印象がある顔立ちのせいで『昭和大将』などとあだ名をつけられてしまっている。

 良くも悪くも人の印象に残る。それが神代斗馬という少年だ。

 そんな彼は、現在人生で最も過酷な状況に晒されている。

「……あの、橘?」

「なに?」

 前を躊躇なく歩くのは橘美咲という同じクラスの女の子で、美しく咲くと書いて美咲と読む。

 長い髪とそれなりに可愛らしい顔立ちと、元気ハツラツが売りの高校一年生で、入学一日目でしつこい部活勧誘という名目のナンパをキック一発でぶっ飛ばして危うく退学喰らう寸前になったという伝説を持っていたりもするが、本人はまるでそんなことを気にしていなかったりする。

 斗馬はそういう女の子を特に苦手としていたが、なぜか席が隣同士になってから妙に声をかけられるようになり、今に至っている。

 溜息を吐きながら、斗馬はとりあえず聞くべきことを聞くことにした。

「……なんつうか、その、質問なんだけど、ここは一体どこだ?」

「異世界」

 時空と次元の狭間を越えた回答に、斗馬は泣きそうになった。

 確かに、周囲の光景は見れば見るほど異世界そのもので、日本の田舎では到底ありえない、街道など存在しない草原が広がっている。

 空は排気ガスで汚染されていないし、ゴミを捨てる人間もいない。さっき斗馬にまとわりついてきた羽虫だって、斗馬が見たことも聞いたこともない種類のものだった。

 異世界と認めるだけの材料は腐るほどあるのだが、言うまでもなく人間としていきなりそんなことを認めるわけには行かない。

「いや、だから異世界って言われても、なんでいきなり俺はこんな所にいるんだ?」

「覚えてないの?」

「いや、それがさっぱり……」

 斗馬がそう答えると、美咲はやれやれとばかりに溜息を吐いて肩をすくめた。

「ほら、斗馬くんって今週の三連休は暇してるって言ってたじゃん?」

「ん、まぁ言ってたケド」

「だから、ちょっとお弁当に細工をして斗馬君が眠っている間にこっちの世界に……」

「強制拉致じゃねぇかっ!!」

 流れに流され、押しも弱い彼であっても、怒る時は怒るのだった。

「なァ、橘。俺の記憶が確かなら、俺はお前に恨まれるよーなこたぁ何一つやっちゃいないどころか苦手な女だからそれなりに距離を取って接してきたつもりなんだが、この仕打ちは一体どういうことだ? ん?」

「あ、やっぱり距離取ってたんだ。……ちょっとがっかり」

「俺はむしろ正しい判断だったと、今ここで確信したぞ」

 昭和大将というあだ名をつけられているだけあって、強面で凄まれるとかなり怖かったりするのだが、そのへんは言わない方が本人のためなんだろーなと思う美咲だった。

「まぁまぁ、そんなに怒らないで。ちょっとだけでも、私の話を聞いてくれてもいいんじゃないかな?」

「断る」

「うん、まぁそう言うだろうと思ったんだけど…………」

 美咲はちょっとだけ口元を綻ばせて、笑いながら言った。


「どのみち、もう手遅れだしね」


 首筋に冷たい感触。どこまでも怜悧で冷徹な感覚。

 殺意とも違う。害意とも異なる。それは『刃』となった人間に触れた時の感覚。

 ついでに言えば、『刃』の向こうにはあからさまな敵意を放つ誰かがいて、その視線が放つプレッシャーは並大抵のものではない。

 斗馬はゆっくりと両手を上げた。

「……いや、まぁ、刃傷沙汰はよくないと思うぞ、うん」

「うんうん、素直でよろしい」

 美咲はこくこくと頷きながら、まるで無垢な美少女のように笑う。

 その笑顔だけは苦手な彼女の中でわりと好きなところだったのだが、もちろんのこと斗馬はそんなことは言わない。

 基本的に、女の子を褒めるのが苦手なのだった。

「仕方ない……それじゃあ、ちゃんと説明してもらうぞ。一から十まで、全部」

「りょーかい♪」

 にっこりと笑いながら、美咲は四年前に起こったことを話し出す。

 話を聞きながら、斗馬はこっそりと溜息を吐いた。



 橘美咲。髪の長い少女。元気ハツラツな少女。国語は得意だが計算問題全般が苦手で、理に沿わぬことに関してはキックで答える少女。ファンはそれなりに多いが大抵が女子で、頼むからラブレターは対応に困るから勘弁して欲しいと涙目で言っていたのを、斗馬はよく覚えている。

 桂木香純。灰色の髪の少女。一つ年上の高校三年生。男女問わず大変な人気者で斗馬もよく知っている。なにやら年上の彼女と同棲しているという噂のある、良くも悪くも目立つ先輩。斗馬のバイト先にいる先輩の友達。人形。尋常ならざる気配。刃。初見からそうであるように、斗馬には美少女の皮を被った修羅にしか見えない。

 ルゥラ=ラウラ。蜂蜜色の肌を持つ少女。言葉がたどたどしいのは、この世界から無理矢理斗馬たちのいた世界に連れて来られたせいだとか。可憐そうに見えて、実は全然可憐でもなんでもないんだろうなと、斗馬は勝手に決め付けている。

 この三人の少女たちは、執事を連れ戻すためにここまでやって来たらしい。

「……じゃ、俺はこれで」

『待ちなさい』

 三人に肩と腕を掴まれて、斗馬は足を止める。

 仕方なく溜息混じりに振り向いて、嫌そうな表情を浮かべた。

「いや、待てもへったくれもないから。俺とか全然関係ねーし。やる気もねーし」

「ほら、そこは美少女三人が困ってるのを助けると思ってね?」

「断る。大体、美少女という種族の80%は手からビームが出せるんだから手助けなんて欠片も必要ねーだろうが」

「……え? なにそれ? 突っ込んでいいところ?」

「俺のねーちゃんは四人とも、気功波くらいだったら普通に出せるぞ」

「………………」

 ネタだと思われたのか、あるいは心底同情しているのか、美咲は曖昧かつ微妙な表情を浮かべた。

 気功波までは言ったことはないが、そんな反応は慣れっこだったので斗馬はさして気にも留めずに話を進める。

「大体、どうやってその執事を探すんだよ? 言っておくが、仮に協力するとしても、当てもなく探すんだったら御免こうむるぞ」

「ああ、それは大丈夫。香純姉さんが章吾の位置を感知してくれるから」

「どうやって?」

「ん〜、ほら、それは乙女の秘密ってやつで♪」

「…………で、桂木先輩。その尋ね人ってどのへんにいるんですか?」

「そんなに遠くはないよ。全力で歩いて一日ちょいってところかな」

「じゃ、急ぎましょう。さっさと終わらせて帰りたい」

「ん……じゃあ、そうしようか」

 ザカザカとものすごい速度で歩き出す斗馬に、苦笑混じりでついていく香純と、なにやら不機嫌そうな顔をしているルゥラは、あっという間に見えなくなった。

「…………むぅ、まさかボケを本気でスルーしてくるとは」

 一人ポツンと取り残された美咲は、ゆっくりと溜息を吐いて、にやりと笑う。

「……ま、いっか、時間はまだたっぷりあるし」

 その横顔だけは、彼女が心の底から軽蔑し、尊敬している誰かにそっくりだったのだが、それを指摘する人間はこの場にはいなかった。



 結局、一日歩き詰めで到着した街で、宿を取ることになった。

 美咲が取った部屋は当然のように四人部屋だったが、斗馬はまるで気にせずこれからのことだけを考えていた。

 異世界に連れて来られた事実についてはどうでもいい。いざとなれば……本気を出しさえすれば、斗馬はどんな環境でも生きていける自信がある。

 自分の周囲が女性ばかりというのもどうでもいい。そんな環境にはとっくの昔に慣れ切っている。今更のことだ。

(問題は、橘たちが探している男が……この世界で四年も旅を続けていることかな)

 四年。そう……美咲たちが探している男は、四年も旅を続けている。

 人が変わるには十分すぎる時間。長すぎる時間。

 子供が大人に成長するには十分な時間。

 大人が堕落するにも、十分な時間だ。

(……まぁ、どうでもいいか)

 しかし、斗馬はそれ以上を考えることを放棄した。

 知らない男のことを考えても仕方がないと思ったからだし、ここに至っても自分にはなんら関係のないことだと思っていた。

 美咲たちのような『美少女』が躍起になって探すその男に興味がないでもなかったが、見つからなければそれまでのことだ。

 そう割り切って、斗馬はゆっくりと欠伸をする。窓の外を見ると、異世界だというのに窓の外には月が浮かんでいた

(……夜の九時ってところか)

 月の傾き具合から推測して、斗馬はそろそろ空腹が限界なことを思い出す。

 歩きに歩いてようやく到着した宿場町に着いたのはいいが、取れた宿の食堂はとっくに終わっていて、美咲と香純は露店で食料を仕入れに出かけた。

 自分はともかく土地勘があるルゥラが留守番を任されたのは意外だったが、どうやらルゥラ=ラウラという少女はかなり喧嘩っ早いことで有名らしい。

 反抗期なんだよ、と香純は苦笑しながら言っていた。

「……で、だ。ルゥラちゃんだっけ? アンタさっきから俺のことめっちゃ睨んでるけど、俺になんか恨みでもあんのかよ?」

「………………別に」

 そのルゥラは、ベッドに寝転がりながら斗馬のことを睨み続けている。

 会った時と同じように、彼のことを睨み続けていた。

 蜂蜜色の肌、奇妙に編み込まれた長い髪に似合わないジーンズとこちらの世界で仕入れたらしいローブを羽織っている。

 美咲や香純と同じく紛れもない美少女ではあるが、斗馬は美少女という種族にロクな思い出がないので、きっとこの子も苦手になるんだろうなぁと薄々感じていた。

「まぁ、気に食わないんだったら気に食わないで、はっきり言ってくれた方が俺も気が楽になるんだけどよ。……どうしても言いたくないんだったら、それはそれで」

「きにくわない」

「………………」

 ずいぶんとものをはっきり言う子だなぁと、斗馬は思った。

 ルゥラは目を細めながら、きっぱりと言い放つ。

「とーまからは、嫌なにおいがする」

 ルゥラが言い放った言葉は、高校生男子にとってはかなりダメージの大きい言葉だった。

「……ちょ、ちょい待て。体はちゃんと毎日洗ってるし、ねーちゃんからも体臭がきついとは言われたことはねーし。……男臭いのは、まぁちょっと我慢してもらうってことで双方歩み寄りの上、妥協をな?」

「そっちじゃない」

「……そっちって、他になんかあんのかよ?」

「ししゅう」

「え?」

 ルゥラはゆっくりと起き上がり、きっぱりと言い放った。


「とーまからは、血と肉と骨の匂いがするって、言ったの」


 分かり易く噛み砕いて、ルゥラは己が感じたことをそのままに言った。

 斗馬はほんの少しだけ唖然として、それから口元を緩めた。

「……まぁ、分かる奴には分かるかもな」

「じゃあ」

「勘違いすんな。こっちだってやりたくてやったわけじゃない。俺の周囲の大人は全員あるものを守るのに必死になってる馬鹿ばっかりだっただけだ。……その、クソつまらないもののために、子供が責任押し付けられたんだよ」

「………………」

「よくあることだ」

 大人の責任を、子供がそのまま背負って行く。

 それは間違いではないかもしれないけれど、背負わされる子供にとってはいい迷惑極まりないことだろう。

 斗馬が背負うことがなかった『責任』は……今も誰かが背負っている。

 斗馬が知っている誰かが、背負っているのだ。

「そう、よくあることだ。誰だって多かれ少なかれなにかを背負っている。俺はかれこれ3000人ほど《見捨ててる》けど、俺が知っている誰かさんは1500人《殺して》生きることそのものの責任に潰されて滅多に表に出てこなくなった。俺の従姉は1500人殺して、その事実を背負うために、殺してきた誰かを無駄にしないために、数え切れないくらいの悪やら絶望やらを殺し続けている。殺した人数のカウントなんてまるで意味がないくらいに、殺し続けているだろうさ」

「………………」

「ルゥラ。アンタの対応は正しい。確かに3000人も見捨ててるような人間に、俺は近寄りたいとも思わない。忌避したり嫌悪するのはむしろとうぜ……」

 言い終わるか、終わらないかくらいのタイミングだった。

 ルゥラは座った姿勢のまま、腕の力だけで跳躍した。

「うおおおおおおっ!?」

 鋭すぎる一撃を紙一重でかわし、続いて放たれる横薙ぎの蹴りを転がってかわす。

 転がりながら反動で立ち上がった斗馬の襟首を、ルゥラは思い切り掴んでいた。

 そして、斗馬はルゥラの顔が直視できるほど近くまで、力づくで引き寄せられた。

「勝手にきめるな」

「っ…………なっ?」

「私のことは私がきめる。対応がただしい? 嫌ってとうぜん? そんなものを私に認めろとでも言うつもり? 私があなたを敵視していたのは、『とーま』っていう人がどういう人なのか分からなかったからよ」

 襟首を無理矢理捻り上げながら、ルゥラは言い放つ。

 恐らく、正しいことをきっぱりと言い放った。

「3000人みすてた? それがなに? 私たちは生きている。多かれ少なかれたくさんのものをころしてたべる。ころすのは当たり前で日常でふつう。みすてるのだって、自分の命が危機に晒されるなら当然のこと。生まれて死んで殺して生きなきゃいけないんだから、それが普通で当然なの。とーまが見捨てころした3000の命は、単にとーまよりも弱かっただけのことよ。責任や罪悪感を感じる必要なんてどこにもない」

「……なんだと、テメェ」

「それを感じるってことは、とーまはきっと、私よりもやさしい人間なのよ」

 胸の奥に、なにかが落ちた。

 よく分からないがそれはきっと、斗馬が知らなかった暖かいもの。

 ルゥラはなぜかにっこりと笑いながら、ゆっくりと手を離す。

「うん、みさきがとーまを連れてきた理由がなんとなく分かった」

「…………理由?」

「とーまは、くらさんにちょっとだけ似てる」

 ウインクをしながら、ルゥラは先ほどとは打って変わって上機嫌でベッドに戻る。

 斗馬は訳も分からず、ただ目を白黒させるだけだった。

「……いや、くらさんって誰だよ?」

「強いて言うなら、ご主人様」

「………………」

「世界で一番愚かで馬鹿な人だけど、たぶん世界で一番強い人」

 ルゥラはそう言って、今までに見せたことのない笑顔でにっこりと笑う。

 その笑顔はとても綺麗で、見ているだけで癒されるような笑顔だったのだが、斗馬は腑に落ちない気分で口元を引きつらせる。

(……とりあえず、その『くらさん』とやらを紹介されたら全力で殴ろう)

 そんなことを心の奥底で決めながら、斗馬は拳を握った。



 夜。はっきりとは分からないが、月の角度からおおよそ十一時程度だろうと斗馬は当たりをつけていた。

 街灯などはもちろんなく、それでも街にはランプの明かりと月明かりが満ちている。

 いつもだったら寝ている時間だが、なぜか目が冴えて眠れなかった斗馬は、宿の庭を借りてこっそり運動などをしていた。

 基本の型の確認をする意味合いが強い一人組み手。仮想敵はどこかにきっといるだろう誰かで十分だ。

 きっと斗馬が夢想する誰かは、斗馬が目標とする『誰か』には敵わないだろうが。

『なんで構えを取るのか、その意味がよく分からない』

 天才をぶっちぎって、数多の武道家を冒涜した誰かは、本当に構えを取らなかった。

 構えを取れば自然と動きを読まれる。

 だから、無形が一番いい。なにもしなければ、なにも読まれない。

 無論……そんなことは幻想に過ぎない。なぜ『型』と呼ばれるものが存在するのか、どうして『無形』というものが捨てられていったのか、誰かは当たり前のように強過ぎたから、そんなことすら考えなかった。

 斗馬は最初から最後まで誰かに勝てたためしがなかったが、理解が遠くなるくらいなら弱いままでいいと思っていた。


『君は人で在りなさい、ヤイバ。……私は代替だから鬼のままでいい』


 自分がこうやって拳を握る理由は。

 決して、鬼になるためじゃないのだから。

「こんばんわ」

 声をかけられて、斗馬は動きを止める。

 振り返って、当たり前のようにそこに立っている香純を見つめた。

「……何か用ですか、先輩」

「ん、斗馬くんがなにかやってるみたいだからね、ちょっと観察を」

「や、ちょっと眠れないから運動してただけですよ。別に深い意味はありません」

「そのわりにはやたら清々しい笑顔みたいな気がするのは、私の気のせいかな?」

「……まぁ、気のせいじゃないですね」

 普段は四人の姉を相手にしているため、自分勝手に鍛錬する暇どころか、休む暇すらありゃしねぇとは、高校生男子としては口にすることはできなかった。

 もちろん他にも理由はあるのだが、それも口に出すことはできない。

「なんていうか、斗馬君はわりと神経が図太いのかもしれないね」

「そうですか?」

「いきなり異世界なんて場所に連れてこられたら、普通は引くよ」

「……まぁ、そうかもしれません」

「あと、女子大生と同棲してる女子高生を目の前にしたら、普通はドン引きするよ」

「どんな事情があったとしても、その事実はとりあえずドン引きどころじゃ済まねぇよ! 普通に絶望するわっ!!」

「あ、ちなみにこれ一緒に撮った写真。こっちが私で、こっちが四季」

「………………」

 斗馬は膝をついて、完全に屈した。

「……もう駄目だ。絶望した。死のう」

「や、大げさだって」

「…………有坂四季のサインもらってきてくれたら、多分自殺しないと思う」

「……えっと、もしかして、四季のファンなの?」

「大ファンだ。画集も全部持ってるし、絵画展には欠かさず行ってる」

「………………」

 視線が一気に生暖かいものに変わった。

 その生暖かさがなにを意味しているのか斗馬には分からなかったが、少なくとも良い意味合いの視線ではないだろう。

「えっと……なんていうか、四季はサインとかそういうのはあんまり好きじゃないから、期待はしない方がいいと思うよ?」

「じゃあ死ねばいいんだなっ!?」

「なんでそこで逆ギレっ!? 私、ツッコミ属性とかないから突っ込めないよっ!」

「好きな画家が先輩と同棲してて、しかもそれが百合とか、そんなんでかすぎて飲み込めるかあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「私の場合は……まぁ、なんていうかちょっと事情が特殊だし」

「んじゃあ、仕方なく一緒にいるとかそういう曖昧な関係なのかよ!?」

「や、それは絶対に違うけどね」

「じゃあ、別に事情とかそんなのあんま関係ないんじゃねーの?」

 斗馬はゆっくりと溜息を吐く。

 甘ったれた言葉だと分かってはいたが、それでも恐らくは正しいだろうと思える言葉を、斗馬は口に出した。


「好き合ってて一緒にいるんだったら、事情なんて関係ないだろ、たぶん」


 一瞬、沈黙が落ちた。

 香純はポカンとしながら斗馬を見つめていたし、斗馬は斗馬でえらく恥ずかしいことを言ってしまったと一瞬で後悔した。

 香純はそんな彼を見つめて、不意にくすっと笑った。

「うん、そうだね。……君の言う通りだよ、斗馬君」

「いや……その、自分で言っておいてなんだけど、もっと複雑でどうしようもねぇことだってあるし……」

「いや、君は正しいよ。私と四季は好きで一緒にいるんだから」

 笑いながら、香純はゆっくりと息を吐く。

 まるで安心したかのように、柔らかく、それでいて気の抜けた溜息だった。

「……うん、ちょっと安心した。君は本当にいい人だよ。陸君が言うだけはある」

「空倉先輩が?」

 斗馬はバイト先にいる、斜に構えているくせにやたら優秀な先輩を思い出す。

 いつも忙しそうに動き回っている先輩で、携帯電話から連絡があるとバイトを放り出して帰ってしまうような男ではあるが、彼が働いている間はとにかく働きやすくなることで有名な、そんな男である。

 斗馬はなんとなく分かったのだが、陸は当たり前のことを、当たり前のようにこなし、限りなく想定できるミスを減らしているだけなのだ。

 空倉陸は、そんなコトを当然のように実践している男である。

「まぁ、いい人とは言ってたケド……褒め言葉じゃなかったような気がするよ。なんせ『俺のバイト先に《ある意味》ものすごく兄貴に似てる奴がいる』って言ってたから」

「……兄貴?」

「陸くんと、私の恩人。……だけど、まぁ、なんていうか……『絶対にああなっちゃいけない』っていうのの、見本みたいな人」

「まぁ、その『兄貴』とやらが最低なことはよく分かったんだけどよ……そんな最低な男と《似てる》とか言われると、かなり嫌な気分になる」

 斗馬が心底嫌そうに言うと、香純は顎に指を当てて少しだけ考え事をした後、斗馬を見つめて真剣な顔で言った。

「斗馬君。……君、この連休ってどういう風に過ごすつもりだった?」

「……や、どうせ暇だし、いつも通りの休日を過ごすつもりだったケド」

「いつも通りって?」

「いつも通りはいつも通りだよ。えっと……朝は5時に起きて、五人分の朝飯後に、姉貴四人を叩き起こす。それから一番上の姉貴以外全員の部屋を掃除してから全員ぶんの衣服を洗濯、洗濯してる間にペットの便所を丸洗いするついでに熱湯消毒したあたりで昼になるから、全員分の昼食を作った後に庭の草むしり。わりと綺麗になっててする必要がないんだったら、とりあえず昼寝。夕方になったらスーパーまるふじで買い物して、帰宅してからは洗濯物を取り込む。それからは夕飯を作りながら風呂にお湯を張って……あとはだらだらしてるかな」

「………………」

 香純は、思い切り口元を引きつらせて絶句した。

 ありえない。とりあえず、それはありえない。香純は四季の世話だけでいっぱいいっぱいだというのに、この男は『四人の姉』という恐怖の対象でしかないものの世話を毎日続けているらしいのだ。

(……私がそんなことやろうとしたら、まず発狂するなぁ)

 思い出したのは、やたら厳しいが香純には甘い次女と、香純には甘いがその他は厳しく、ついでに自分には甘い長女。どっちにも共通することは、単純に我が強くわがままだということだろう。

(……まぁ、光琥姉さんはちょっと変わったみたいだけど)

 よく笑うようになった長女の横顔を思い出して、香純はゆっくりと溜息を吐いた。

「あのさ、斗馬君」

「ん?」

「いいの男の条件って知ってる?」

 なにやら意味深な問いかけではあったが、斗馬は軽い気持ちで答えた。

「……甲斐性じゃないか? とりあえず、金があれば大抵のことはできるし」

「違う。いいの男の条件は……早起きで優しく起こしてくれる人だよ」

「早起きなんざ普通だろ」

「それが普通じゃない。……人は怠け者だからね、朝は遅くまで寝ていたいし、夜は遅くまで起きていたい。だから、早寝早起きでおまけに料理が上手いっていうのはね、女性としては理想の男なんだよ」

「……そーゆーもんか?」

「そういうもんだよ。……んでもって、これだけは忠告させてもらう」

 香純はきっぱりと、厳しい言葉で断言する。


「このままだと、斗馬君はシスコンになるよ」


 斗馬はきょとんとした表情を浮かべた。

「……いや、ちょっと待て。なんで俺がシスコンになるんだ?」

「だって君、ものすごくお姉さんたちのこと大切にしてるみたいじゃん。そんな風に大切にされたらさ、『可愛い弟』程度には認識されててもおかしくないよ」

「………………」

 心当たりがありまくる斗馬は、思い切り口元を引きつらせた。

 そんな彼の表情を見て、香純は溜息をついてから言うべきことを言った。

「私たちはね、誰も彼もを守れるわけじゃない。そんなことを望んじゃいけない。一人か二人、守りたい人はちゃんと決めておくんだ。……でないと、永遠に続く借金を払い続けなきゃならなくなる」

「………………」

「もっとも、楽しみながら借金を返済している人もいるくらいだから、一概になにがいいとか悪いとかは言えないケド、ね」

 香純はそう締めくくって微笑みを浮かべる。

 その笑顔もルゥラのものと同じく、とても綺麗なものだったのだが、斗馬はショックのあまり、それに見惚れる暇などありはしなかった。



 美咲はほど良い疲れと共に眠り、ルゥラは月に祈りを捧げたままうっかりと寝入り、香純は恋人に連絡を取って上機嫌でベッドに入った頃。

 なにもかもが寝静まった深夜。街道を一人の男が歩いていた。

 ボロボロの外套とフードを羽織った男は、ゆっくりと歩みを進めていた。

 その手には、薄汚れた手袋がはめられている。

「そろそろ、か」

 情報が確かならば、旅はそろそろ終わる。

 もしも帰ることができたなら、真っ先に彼女に会いに行こうと思っていた。

 既に四年も経っている。待ってなどいないかもしれない。最初から身勝手で始めた旅だから文句などもちろんない。

 そう言い聞かせて、今まで戦い抜いてきた。

 それでいいと思い続けてきた。

「……我ながら女々しいか。やれやれだ」

 男……新木章吾は足を止める。

 視線の先には誰かがいる。それは恐らく、彼が知らないモノだ。


「こんばんわ、お兄さん」


 心臓が鼓動を刻む。

 章吾の視線の先には。見た目は高校生程度の少女がいる。

 怜悧な瞳、短く切りそろえた髪、どこか物憂げな雰囲気、Tシャツにスパッツという、この世界では考えられないほどの軽装と整ったスタイル。かなりの美少女に分類されるだろうが、正常な神経の持ち主なら彼女に声をかけることは控えるだろう。

 背筋が震え上がるほどの圧倒的恐怖。そこにいたのはただの女のように見えるだけの、正真正銘どこからどう見ても『化物』だった。

「……君は、何者だ?」

「私? 私は鬼。名前は鬼末秘真(おにすえひさね)。死に損ない続ける真の鬼剣」

 夜の風が、鬼と名乗った彼女の頬を撫でていく。

 章吾は外套を脱ぎ捨てて、道に放り出した。

「それで、私になんの用だ?」

「うん。……お兄さん、強そうだから遊んでくれないかなって思っただけ」

「断る。悪いが、子供に付き合ってられるほど暇じゃない」

「ん〜……そっか。『誰かさん』と同じく、そういうコト言うんだ?」

 にやり、と修羅は笑う。

 章吾を見つめ、どこから料理してやろうかと舌なめずりし、襲いかかる前に重心を変えようとほんの少しだけ足を動かして、


 その瞬間に、八つ裂きにされかける。


 打ち放たれた白い刃の総数、合計で32刀。

 間断なく放たれる剣の軍勢を異様とも思える反応速度で回避した修羅は、次の瞬間に己の失策を悟った。

 既に回避行動に入ってしまったこちらに対し、章吾は追撃をかけている。

 完全な敗北を悟りながらも……修羅はにやりと笑う。

「ふぅん、腐った魚みたいな目ェしてると思ったら、お兄さんも『誰かさん』と同じというわけね。……結局、不貞腐れてるわけだ。うんうん、納得納得」

「知らないな、そんなコトは」

 間合いに踏み込んだ章吾は、既に拳を固めている。

「しかし、俺の行く手を阻むのなら……お前は俺の敵だ」

 完璧な間合い。完璧な拳打。

 圧倒的な恐怖をさらに圧倒し、章吾は敵を打ち倒す。

 そして、地面に叩きつけると同時に、修羅の首に指を添えた。

「……さて、どうする? お前は俺の敵か否か」

「敵ではない。されど味方でもない。私は暇潰しに来ただけ。しかしそれでも我等はここにやってきた。一つの意志と共に、我等はここにやってきた」

「なんだと?」

「我等はここにいる。我等は生きている。我等は真の剣を体現せし一つの鬼ノ軍勢」

 修羅は笑う。

 どこまでも不敵に、笑い続ける。


『ああそうだ。……きっといつも通りに、我等はお前を許さない』


 その目に浮かぶのは、一筋の涙。

 笑いながら修羅は泣く。いつもそうしてきたように、泣き続ける。

「ぐっ!?」

 章吾の腕に激痛が走り、彼は思わず修羅を抑えていた腕を離した。

 腕からは血が流れている。彼女は一瞬で、ただの指の力だけで、章吾の腕を折ろうとしたのだ。あと一瞬離すのが遅れていたら、確実に折られていただろう。

 章吾が離れたのを見て、少女はゆっくりと立ち上がる。

 月の光に照らされて、章吾はそこで彼女の目から流れるものの正体を知る。

「我等は鬼だ。真の名を持つ、二人の一人」

 血の涙を流しながら、修羅は章吾の眼前に立っていた。

「覚えておけ、堕落者。お前はお前の業から逃れることはできない。……なぜなら、それはお前が決めたことだからだ。誰にも文句は言わせなくなる代わりに、自分自身にも文句を言えなくなる代償だ」

「っ!?」

「逃げるのならば許さない。……その時は、必ず我等がお前を殺す」

 そう言い残して、前触れなく修羅は背中を向けて逃げ去った。

 後に残された章吾は、ギリと歯を噛み締める。

「……なにも知らない子供が、えらそうに」

 血が滲むほどに拳を握り締めながら、章吾は修羅が逃げ去った場所を見つめていた。

 彼女の姿はそこにはなく、章吾はただ心が軋みを上げる音を聞いていた。



 カラダの軋む音がする。

 ココロが壊れる音がする。

 悲鳴と悲痛の中で、鬼がゆっくり目を覚ます。

 打ち震えるような歓喜(くつう)。背筋が凍えるような絶無(かんき)

 血に濡れる手を見つめ、肉を千切る衝動に身を任せ、骨を砕く喜びに吼え猛る。

「………づっぐっ」

 ギチギチと裁断される意識を、ぎりぎりで繋ぎ止める。

「ぐっ……あっ……づっ」

 叫びそうになる衝動を押さえ込み、斗馬は激痛が去るのをひたすらに待った。

 姉の誰か一人でもいればなんとでもしてくれたのだろうが、今ここにいるのは自分とよく分からない女が三人。

(……耐えられる)

 今までだって耐えてこれた。これからだって同じようにできる。

 体中の血が沸騰しそうになりながらも、斗馬はなんとか持ちこたえた。

「………………はぁ」

 ゆっくりと溜息を吐いて、斗馬はぼんやりと天井を見つめる。

 呼吸が正常に戻る。爆発しそうだった心臓も規則正しい鼓動を刻む。体中を軋ませていた歪みもどこか遠くに消え去って、まるで何事もなかったかのように斗馬の体は正常を取り戻す。

 凪のように穏やかな気分で、斗馬は苦笑しながら呟く。

「……ったく、間の悪いこった。今月も来やがったか」

「なにが来たの?」

「………………」

 彼女の顔が見えたところで、ようやく部屋には自分だけじゃないことを思い出す。

 いつも通りのニコニコ笑顔で斗馬の顔を覗き込んでいるのは、美咲だった。

「大丈夫? なんか、ものすごく苦しそうだったけど」

「……まぁ、持病っつーか……精神的なもんでな、一ヶ月に一回なんかあっちこっちが痛むんだ。大したことはねぇよ」

「……なんていうか、斗馬君も男の子だよね」

「あ?」

「《大したことはない》なんて、嘘に決まってるじゃん」

 何気ない言葉に、斗馬は息を呑む。

 橘美咲。

 長い髪とそれなりに可愛らしい顔立ちと、元気ハツラツが売りの高校一年生で、入学一日目でしつこい部活勧誘という名目のナンパをキック一発でぶっ飛ばして危うく退学喰らう寸前になったという伝説を持っていたりする女の子。

 斗馬が一番苦手な女の子。

 そう……橘美咲は、この世界にいる誰よりもおっかない。

 非情を許さず、非業を許さず、卑劣を許さず、悲哀を許さない。

 彼女はそういう女だった。それを隠しもせずに生きている女だった。

「……橘、他の二人は?」

「偵察ってところかな。香純さん曰く、あの人の居場所を感知はできるけど、反応がおかしいとかなんとか」

「…………そうか」

 ゆっくりと体を起こして、斗馬は美咲を見つめる。

 それならばちょうどいいと思って、斗馬は一番最初に聞いたことを口に出す。


「……なんで俺を、この世界に連れて来た?」


 美咲は斗馬の問いかけに、すぐには答えなかった。

 ほんの少し悩む素振りを見せた後、真っ直ぐに彼の瞳を見据えて言い放った。

「斗馬くんなら、どこに行っても生き残れるから」

 返事は、あまりにも短く的確すぎた。

 ココロがキチリと軋みを上げる。さっきと同じく、軋みを上げる。

「……お前は、もしかして知ってたのか?」

「うん。最初から……斗馬くんと知り合ってから、全部知ってた」

 鬼だということも。

 何人も見捨て続けたことも。

 何もかも全部彼女は知っていたと言う。

「…………そうか」

 斗馬はシーツを押し退けて、靴に足を通す。

 迷ったのは数瞬で、結局迷ったのか迷わないのかよく分からないまま、斗馬は自分の気持ちを正直にありのままに、口に出した。

「……橘」

「なに?」

「俺は、お前が嫌いだ」

 きっぱりと断言しても、美咲の表情は揺るがない。

 真っ直ぐな瞳を斗馬に向けて、ゆっくりと口を開いた。

「理由とか聞いていい?」

「………………」

 タフだなぁと斗馬は思う。普通嫌いだと言われたら多少のショックは受けるだろう。

 それでも、真っ直ぐに美咲はこちらを見返してくる。

 どこまでも強く、正しく、斗馬を見つめる。

 斗馬は溜息混じりに苦笑して、今の自分の気持ちを簡潔に答えた。

「だってお前、強いじゃん」

「そう? 確かにちょっとは鍛えてるけど、流石に斗馬君みたいに柔道部の部長をあっさりぶん投げたりするような真似はできないけど」

「や、そっちの強さじゃなくて……えっと、なんつーかさ」

 言葉を選んで、言葉を探して、斗馬は言った。

「心が強いんだよ、お前は」

「いいことじゃないの? それって」

「普通はな。でも、橘の場合は強過ぎる。自分に自信があるんだかなんだか知らないが、とにかく空気とか読まないで突っ走って、しかもそれで上手くいくんだから始末に終えない。決断力っつーか勇気っつーか……普通の人間が足踏みすることを、橘は平気の平左で軽々とやってのけちまう」

「……ま、そうかもしれないけどさ」

「それが気に食わない人間もいるんだよ。……主に、俺とかな」

 自嘲気味に笑いながら、斗馬は肩をすくめる。

 醜さの告白だということは分かり切っていた。自分は嫌な人間で、黙っていればいいことをこうやって伝えていることそのものがおかしいのだと気づいている。


「はっきり言っちまうと、俺は橘のことが羨ましい。だから……嫌いだ」


 自然体で、あっけらかんで、隠し事が少なくて、笑顔が綺麗で。

 そんな人間になれたらなぁと夢想することがある。今の自分とは違うIFの自分。無意味な空想の中にいる、幸福で愉快に生きている自分自身。

 手が血で汚れていない、そんな自分になりたいと思っている。

 分かってはいる。頭で理解している。……けれど、心は納得なんてしてくれない。

 不幸を嘆いて、それでも生きて、みんながみんななにかを我慢しているんだと思い込んで、自分だけが不幸じゃないと、無理矢理自分を慰めた。

 そんなものを全部粉砕した……橘美咲が現れるまでは、斗馬は平穏だった。

 普通でありながら特別で、自然体でありながら真っ直ぐで、どこまでもどこまでも強い歩みを続ける彼女のように、なりたいと思っていたから。

 理想のようなものだったから、苦手になって……嫌いになった。

 自分が持っていないものを、全部持っているような気がしていたから、嫌った。

 その一億倍くらい、自分のことが嫌いになった。

「ま、こんなのはただの嫉妬だ。……自分じゃどうにもならないくらいにでっかくて、どうしようもない代物で、こうやって話しててもすっきりなんざしやがらねぇ」

「………………」

「だから、この先も覚えておいてくれ。……俺はお前が嫌いだ。多分、誰よりも」

 美咲は何も言わない。無言のまま、ほんの少しだけ顔を伏せている。

 目線を合わせないようにして、斗馬はほんの少し、最低な満足感と共に立ち上がってドアに向かって歩き出す。

 これでいいんだと納得させる。

 これでいいんだと思い込む。

 そう、橘美咲はちょっと常軌を逸してはいるが、『常識』は越えていない女の子だ。姉たちのように事情があるわけでもなく、香純やルゥラのように特別なわけでもない。

 自分に関わる必要なんて、これっぽっちも在り得ない。

 今回のことだって何の気まぐれだか分からないが、人探し程度だったら香純がいればあっという間に終わるだろう。世界は広いが小さい。位置が分かり、移動手段があるんだったら人を探すくらいは簡単に終わる。

 自分の出番はない。……そんな風に、斗馬は思っていた。


「……見つけた」


 ザワリと、背筋が震え上がる。

 斗馬は反射的に振り向いた。もちろんそこにいるのは敵でもなんでもなく、先ほどと同じようにほんの少しだけ目を伏せている、橘美咲。

 だが……そこにいたのは、斗馬が知っている美咲ではない。

 彼女はゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと溜息を吐きながら、口元だけで笑った。

「やれやれ、ね……。ホント、舞さんレベルの人を見つけ出すのは骨が折れるわ。パパってばどうやってあんな逸材を見つけ出したのかしら」

「な、なんだよ?」

「こっちの話よ。神代斗馬」

 フルネームで呼び捨てにされ、斗馬は思わずひるんだ。

 分からない。分からないが、目の前にいる少女は、斗馬が知っている美咲ではない。

 美咲は華麗な動作でベッドに腰かけ、人懐っこく笑いかける。

 誰よりも綺麗で安心できる笑顔を、斗馬に向けた。

「ねぇ、斗馬君」

「……なんだよ?」

「斗馬君って、恋とかしたことある?」

「ねぇよ。別にそんなのはどーでもいいし」

 恋などする気もないし、壊れた自分じゃ男女交際なんて無理だろうし、四人の姉と一人の例外以外の誰かを好きになる自信もない斗馬は、きっぱりと言い放った。

 美咲はそれを責めることはせずに、言葉を続ける。

「ちなみに、私のママはなパパと一緒に現在もラブラブ継続中よ♪」

「…………へぇ。心底どうでもいいな、それは」

「そのパパには奥さんがママも含めて4人ほどいるけど」

「どこの石油王っ!?」

「あ、間違えた。奥さんじゃないや。……えっと、パパはものすごく可愛いメイドさん4人(ママ含む)とラブラブに暮らしてるよ♪」

「俺は今、本当の殺意というものを知ったぞっ!!」

 別にメイドとかそういうものにはまるで興味はないが、とりあえず複数人の異性と付き合っているというだけで、斗馬の中では極刑に値するのだった。

 単に羨ましいだけかもしれないが、まぁそれはそれとして。

「っつーか橘、お前あの二人といい親友といい家族といい本当にロクな知り合いいねぇじゃねーかっ! もうちょっと付き合う人間選べよっ!」

「わぁ、さりげなく失礼だね斗馬くん。でも大丈夫、ちゃんと付き合う人は選んでるから。……まぁ、主に顔で」

「ものすごい外道だよ、この女っ!!」

 斗馬は思い切り叫んだ。叫ぶことしかできなかった。

 せめて……顔以外の要素で選んで欲しいなとか、男心に思っていた。

 もちろん、橘美咲は他人の気持ちに頓着するような女ではない。

 にっこりと笑って、斗馬を見つめた。

「さて、斗馬くん。なんで私が『恋愛』なんて甘ったるい話をしたと思う?」

「……知らねぇよ、そんなコト」

「答えは簡単。斗馬君がそれを心の底から望んでいるから」

 ズグン、と心臓が揺れる。体の奥底が裁断されるような気さえする。

 尋常じゃない、と本能が告げる。

 この女は……橘美咲は相当にやばい女だと、直感が告げている。

「生まれてから十六年。たったそれだけの年月だけど、私にはやりたいことが見つかった。それはきっと誰のためでもなく、私のために果たされる絶対使命。極めて個人的で自分勝手でそれ故に尊い戦いを、私は始めるのよ」

「…………なに言ってんだ、橘」

「まずは、初恋を終わらせる。私はそのためにここに来た。……恐らくは、現状で最も頼りになるだろう男の子を無理矢理引き連れて、ね」

 橘美咲は立ち上がり、ゆっくりと窓際に寄って外を眺める。

「斗馬くん。貴方がどんなに私のことを嫌っていたとしても、私は貴方のことを嫌うことなんてできない。……多分、一生かけても無理だと思う」

「……ハ、そんなわけねーだろ。好き嫌いなんざ、一瞬でひっくり返るぜ?」

「そうかもしれない。……でも、多分そうはならない」

 美咲はにっこりと笑う。

 多分、誰よりも綺麗な笑顔で、にっこりと笑っていた。


「だって、貴方は優しいもの。痛みを知ってるから、誰より優しくなれるもの」


 耐えられなくなった。

 斗馬はなんの前触れもなく立ち上がり、早足で歩き出す。

「どこに行くの?」

「飯」

 一言だけ言い捨てて、不機嫌な態度を隠そうともせず、斗馬は部屋を出た。

 甘ったれた戯言に耐えられなくなった。ただそれだけだった。

(……優しい?)

 顔をしかめて、血がにじむくらいに拳を握る。

「……優しい人間が、誰かを見捨てたり殺したりするもんか」

 ギリ、と歯を噛み締める。

 そして、ゆっくりと溜息を吐きながら食堂に向かって歩き出した。



 アル'キルケブレスこと、通称アルはデレドラゴンである。

 自分の巣を放り出して人間の宿で居候を始めてから四年。アルは相棒と共にそこそこ楽しい生活を送っている。

 怠惰で惰性で自堕落な生活よりも、程ほどに刺激があった方が良いことに、アルという少女竜はようやく気づいていた。

 ただ、毎日刺激があるわけでもないことにも、気づいていた。

 アルたちがいるのは一軒の宿で、ひょんなことから世話になることになったその宿は定食屋もかねている。アルの相棒の料理のせいで昼間と夜は大盛況なのだが、今日はいつにも増して暇だったりする。

 今は旅行中の女主人目当ての客も多いんだろうな、とアルは思う。

「暇だの、テン」

「ん〜……客がいるのに暇ってのもアレだけどな」

 モップでゴシゴシと床をみがきながら、相棒のテン'キルケブレスは欠伸をする。

「ま、しばらくは二人でやっていかなきゃならんから油断は禁物だぞ。特に、昼の飯時なんざ日雇いの連中がいなかったら軽く死ねる」

「ふ、案ずるでない。看板娘たる我がいればそんなものは朝飯前よ」

「はいはい、自信満々なのはいいけど、今度は産みたて卵100個粉砕とかやめてくれよ。この宿に居候してる身としては、あんまりでっかい失敗は勘弁願いたいもんだ」

「………………む」

 つい最近卵の入った箱をぶちまけてしまったことを思い出し、アルは渋い顔をする。

「た、確かにあれは……その、我としては大きな失敗であった。だ、だがまぁ……その、店主も旅行に行ってしまったわけだし、しばらくは二人きりでいいのではないか……と、思うのだが」

「……はいはい」

 テンは苦笑しながら、ポンとアルの頭を撫でる。

「本当に可愛いな、テメェは」

「なななななななな、い、いきなりなにを言うっ!?」

「あっはっは、それじゃあさっさと準備しやがれ純情ドラゴン。昼の客は殺気立ってるから、さくっと料理出さねぇと殺されるぞー」

「っ……わ、分かっておるわっ!!」

 真っ赤になってテーブルを拭きながら、アルはふと気づく。

「……なぁ、テン」

「ん?」

「あの隅っこの席で、辛気臭い顔をして外を眺めている男は客か?」

「………………客らしいな」

 テンはあっさりと認めて、アルの頭をポンと叩いた。

「俺がオーダー取ってくるから、お前は料理作る準備しとけ」

「……む、分かった」

 釈然としない顔をしながらも、アルは厨房に向かう。

 テンはその背中を見送って、肩をすくめながら客の方に向かう。

 テン'キルケブレスは数十年の時を生きる予定だった人間の、今はもう存在しない可能性である。

 仮想ではあるが、数十年間過ごして来た年月が熱烈に告げている。

『あの客とは、とことんそりが合わない』と。

 恐らくどの未来であろうが、あの客と打ち解けることはないだろうとテンの直感は告げる。テンとしては誰とでもやっていける程度の自信はあるつもりだが、どうしようもなくそりの合わない人間というのは存在するものだ。

(……ちっ、美咲や香純あたりに顔を見られないように苦心してたってのに。まさか連れが無防備にこんな所に来るとは)

 こっちの世界の言葉などさっぱり分からないだろうに、彼は当たり前のようにテーブルについている。

 これ以上無視をするのも限界だと思い立ち、仕方なくテンは応対を試みようと彼の方に向かい…………。


「ああ、こんな所にいたのか」


 聞き覚えのある、どこか懐かしい声を聞いた。

 振り向くと、そこにはボロボロの外套に身を包んだ男が一人。

 その瞬間にテンは叫んだ。

「アル、逃げろっ!」

「………………え?」

「遅い」

 テンが叫ぶと同時に男は動いている。手始めとばかりにテンの腹に拳を打ち込み、続いて放たれた顎を削り取るようなフックで脳震盪を引き起こす。

 そして、とどめとばかりに放たれた後ろ回し蹴りを喰らって、テンは昏倒した。

 四年前は善戦程度ならできたはずの彼が……今は赤子同然だった。

「やれやれ……ようやく見つけた。こんな所にいたとはな、予想外だった。……倒した敵は倒れてなくて、その街で平和に暮らしている、か。とんでもないペテンだ」

「…………お前は」

「探したぞ、竜種。……散々手間をかけさせた礼は、ここで果たしてやろう」

 襲撃者はフードを上げる。

 暗く、昏く、どこまでも深遠な深さを誇る闇が、そこにはあった。

「さて……確か角だったかな。万病薬の材料になるのは。……まぁ、牙だったかもしれないが、いざとなったら全部持って行けば済むことだ」

「……我を愚弄するか、人間」

「愚弄? それはどんな妄言だ、トカゲの王様」

「ふざけるでないわっ! 我が同胞(はらから)を傷つけた罪、万死に値するっ!」

 咆哮と共に放たれる衝撃波。人間程度なら軽く消し飛ぶが、宿とテンを巻き込まないように完璧に調整した一撃。

 しかし……章吾は笑いもせずに、手を前にかざすだけだった。


「なぎ払え、大善牙」


 次の瞬間に、アルの体が吹き飛んで壁に打ち付けられた。

 傷の程度としては軽傷。しかし……アルは言い知れない恐怖を感じる。

(……我と、同じ目)

 そこにいたのは、テンと出会う前の自分と同じ眼差しを持つ男。

 圧倒的な力を持ちながら日々に退屈し、なにもかもに絶望していたあの頃の自分の目は間違いなく深い闇を抱えていた。

 孤独と言う名の闇。独りという……ただそれだけの絶望。

 耐えられる人間の方が多くて、ちっぽけで小さいが故に強大な、虚無だった。

「そんなものか、竜よ。……そんな程度だから、たかが人間から逃げ回ったか?」

「馬鹿にするな……人間」

 アルは笑う。

 未だ小さく幼いが、彼女は紛れもなく竜であった。

「仲間は守る。角も渡さない。……お前はここで死ね、愚かな男」

「やってみろ、爬虫類」

 章吾は虚無を抱えたまま拳を握る。

 アルは章吾を見つめたまま立ち上がる。

 人間と竜。そこには越えられない壁があったはずなのに、たかが人間はたった四年で竜を越える程に力をつけた。……四年も放って置かれたから、強くなってしまった。

 しかし、いくら強くなったからと言っても根源は変わらない。

 彼は『新木章吾』であり、彼を連れ戻すためにここまでやって来た一人の女の子はそれを誰よりも知っていた。

 本来なら……そのために、新木章吾は元の世界には戻れなくなるはずだった。

 最後の最後、美咲がアルを庇い、それにより美咲は重傷を負い、章吾は彼女を助けるために元の世界を諦めるという……そういう結末も在り得たのだ。


 しかし、もうその結末は存在しない。


 橘美咲は主を志す一人の女である。

 彼女が四年間で鍛え上げたのは、己自身であり、体から心までを誠心誠意全身全霊を持って鍛え上げた。まるで一振りの剣のように、模倣と工夫を繰り返し、あらゆる意味で彼女は強くなり続けた。

 成したいことを成すために、強く在り続けた。

 そして……たった二人を見出した。

 その二人は、どんな苦境にあろうとも、血を吐き泥を啜り裏切られ続ける運命を辿ろうとも、信頼を置いた誰かを絶対に裏切ることはないだろうという、そういう不器用な生き方を生涯に渡って続けることになる二人である。

 一人は美咲が生涯に渡り世話を焼くことになる親友。

 そして……もう一人が、誰よりも優しい誰かさんである。


「やめろ」


 彼は立ちふさがる。おそらくは最高と思える男に、真っ向から立ち向かう。

 まるでナイトのように、アルを守るように立ちふさがった。

「やめろ。それはやめろ。……そんなことをする人間は、執事でもなんでもない」

「……誰だ、お前は?」

「やめろと言ったんだ、執事。お前を目指す者を落胆させるな」

 子供を守るために、彼は拳を握り締める。

 それこそがここにいる理由であるかのように、彼は拳を握っていた。



 後のチキン・ナイト。退却騎士と呼ばれることになる人物の名前を神代斗馬という。

 ある鬼の末裔として生まれ、才能はあるくせに殴ったり殴られることを心底嫌がったがために破門された経緯を持つ少年で、そのせいでとにかく暴力とか虐待とかいじめとか、そういう人として最低だと思える何もかもを嫌っている少年である。

 彼は当たり前のように、自分が傷つくことを嫌っている。

 誰かが傷つこうが、傷つくのが自分でないのならばなんでもいいやと薄情なことも思っている。それは間違いなく本心で、彼は心の底からそう思っている。

 はずだった。


 言うまでもなくそんなものは、全部が全部嘘だった。


 背筋が粟立つ。強敵を相手に、心が、血が、肉が、骨が、斗馬を構成するあらゆる全てが歓喜に震えている。

 それを、完全に封印する。

 一人では無理だが、斗馬は自分が一人じゃないことを知っている。

 四人の姉に救われて、一人の妹を守らなくてはならないことを知っている。

 子供を殴る人間はことごとく死んでいいと言った姉の言葉を思い出し、子供だけは殺したくないと言って泣いていた妹を思い出し、それこそが正しいことであると信じた。

 自分のことなど関係なく、漢として許せないものが存在することを彼は知っている。

「もしもこの子を殴ると言うのなら……俺が、アンタの相手になる」

「やってみせろ、小僧」

 執事は……四年も放っておかれて堕ちた執事は、陰惨に笑う。

 その笑顔を真正面から見返しながら、斗馬は己を解放した。

 鬼の自分。鬼たる己。『鬼』と『真』の名を持つ三人のうち一人。


『我等は二刀にして一対。ただ二人から成る真なる鬼ノ軍勢』


 三千人見捨てた。

 最初にいたのは……三千とんで二人。

 生き残ったのはたった三人で、その内の二人が人間とは呼べない自分自身。

 彼の中にはもう一人の自分がいる。それは別人格などという曖昧なものではなく、明らかな別人。『鬼末秘真』という名の、斗馬の妹。

 黒い魔法『一撃必殺』の継承を期待され、期待外れて死に損なった、自分自身。

 しかし……その代償として、斗馬はかけがえのないものを手に入れたと思っている。

 失って得たものは、自分が永劫得られないと思っていた、日々の平穏。


「俺の名前は、鬼末刀真(おにすえとうま)。真正にして原初の鞘」


 真なる剣。

 人の形をした剣。

 秘真は剣。刀真は鞘。

 ヒサネは隠し剣。暗剣であり、トウマは刃でありながら、その剣を隠す鞘だった。

 魔法使いと似て非なる生き方を猛進する、完全無欠の失敗作。

 拳を握ることを全否定するかのような、ただ二刀一対の刃。

 カラダが変質する。

 シュラにふさわしいカタチに、女性へと変質する。

 古来より、鬼と変じるのは女性が通例。それは、決まりきった約束事。

 元々、『トウマ』は女性として製造された。鞘である『トウマ』と剣である『ヒサネ』の二刀一対の双鬼として作られた。

 二人で一つ。二つで一人。生き残るために、鞘と剣を使い分け、男と女を行ったり来たり。生まれた時からそういうモノで、生まれてからもそういうモノだった。

 かくあるべしと定められて、それを強制された。

 しかし、

 そんなことはどうでも良かった。

 三千人見捨てたことも、真だの鬼だのそういうことを、刀真は一切合財忘れた。

 今はとにかく……目の前の男をぶん殴らなくては気が済まない。


「知っているか……元執事」


 鞘は鬼に変ずる。鬼の末裔にして修羅の鞘。鬼末刀真はここに登場する。

 鬼末刀真。性別女。職業は高校一年生。体は女で心は男の、正真正銘の漢である。

 だが、体や心など一切関係なく……鬼末刀真は鬼でも修羅でもなく、騎士であった。


「人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られるが……女の信頼を踏みにじる者は、俺に殴られるんだよっ!!」


 80年代の昭和の魂を継承する女、鬼末刀真は高らかに咆哮を上げる。

 拳を握り締め、一人の鬼は騎士となりて執事に牙を剥いた。



 ケモノが強者に出会った時にやることは、逃げることである。

 なぜならば、ケモノの存在意義とは子を残すことであり、生き延びることである。

 それは言葉では通じない概念。本能に刻まれたたった一つの絶対使命であり、ケモノが成すべきことに他ならない。

 ある所に、鬼の一族がいた。

 彼等はケモノとして最強である概念を二つに分け、それぞれに特化した本物の修羅を育成した。

 一撃必殺。……後に黒の魔法と呼ばれることになる、一つの概念。

 絶対生存。……後に存在そのものを救うこととなる、一つの執念。

 放たれた拳を受け、流す。

 繰り出された蹴りを止め、落とす。

 零距離から放たれた(けい)すらもかわし、騎士は立っている。

 格闘術だけならば世界最強とほぼ同等という自負がある章吾は、あまりのことに唖然としていた。

 彼は、章吾の攻撃の全てを、避け続けている。

(…………なんだ?)

 章吾は眉をひそめる。

(こいつは、なんなんだ?)

 自問しながらも章吾には分かる。理解できる。

 目の前にいる少女も、章吾が知っている狐目の彼のように自分を封じ込めながら生きている。

 それが最善ではないと知っていながらも、周囲に迷惑をかけたくないから、自分で自分を縛り付けて生き続けている。

 誰かのために、生きている。

「おらあああああああああああああああああああっ!!」

 鋭すぎる蹴りをかわして、章吾はなにかを思い出す。

 ひたむきな眼差し。怒りに燃える体。烈火のごとき魂の在り方。

 胸の奥から込み上げるものがある。なにかを忘れていることに、彼はようやく気がつき始めていた。

 それでも、章吾は痛みを押さえつけて叫ぶ。

「その竜を倒さなくては、俺が助けようとしている女は助からないっ! だから倒す、それのなにが悪いっ!?」

「全部だっ! アンタのことも、アンタの女のことも、俺はなんにも分からないがそれでも分かることが一つだけあるっ!!」

 騎士たる資格を持つ鬼は、章吾の拳を受け止めて、それでも立っている。

 歪な体と二つの心。おおよそ考え得る限り最悪の構造で生き続ける彼は、どこまでも誇り高く、気高く、血に汚れながらも叫び続ける。

「アンタを信頼している女がいて、アンタが好きな誰かがいる。それが全部だっ! その全部を裏切るような真似を、俺は絶対に許さないっ!! 死んでも許さないっ!」

「子供になにが分かるっ!?」

「どっちが子供だっ! アンタは……そうやって馬鹿みたいに生きてきたんじゃないかよっ!! いつだって、どこでだって、生きてきたんだろうがっ!!」

「っ!?」

「甘えるなっ! アンタには、アンタの生き方と戦い方があるっ! それを今更……たかが四年程度で曲げてんじゃねぇよっ!!」

 放たれた拳は空振りする。章吾はその隙を狙って、騎士の腹に拳を叩き込む。

 騎士は一瞬だけ顔を歪め、それでもなにもかもを全部堪えて距離を取る。流れてきた鼻血を拭い、血を含んだ唾を吐き捨てた彼の眼差しは、それでも真っ直ぐだった。

 真っ直ぐに、章吾だけを見据えている。

(……ああ、いたな。こういう怒り方をする自称『坊ちゃん』が)

 四年前を思い出して、章吾は目を細める。

 二年前。一度だけ膝を屈して、もう一度立ち上がったつもりだった。

 あの頃から絡み付いてくる思考があった。それは恐らくは絶望と呼ばれるもので、章吾はいつもいつもそれと戦い続けてきたつもりだった。

 それに打ち勝つことができたのは、いつだって誰かが隣にいたからだった。

 隣にいる誰かを全員手放した時……章吾は、それに勝つことができなくなった。

 一人は嫌だ。

 誰かに助けて欲しい。

 お願いだから名前を呼んでくれ。

 そんな言葉を殺し続けて……たった四年で、執事は執事たる資格を失った。

 目の前の少女は、自分が失った全てを持って、章吾に立ち向かっていた。

 鬼であるはずの、ただの人間である少女の眼光が執事を見据えている。


『お前はこれでいいのか?』と語り続けている。


 子供からものを奪うのが、お前の流儀か。

 そんなことでお前が救おうとしている女に顔向けができるのか。

 そんなことで……お前を救ってくれたあいつに、顔向けができるのか。

「……ハ、傑作だ。どうやら、私は知らず知らずの間にとんでもない勘違いをしていたらしい」

 なにが積載重量だ。なにが責任でいっぱいいっぱいだ。なにが覚悟を決めろだ。

 好きな奴は好きなだけ助けて世話も焼く。……あいつはそうやって生きてきた。

 同じことはできないだろうが、自分だって似たようなことはしてきた。

 たくさんの人がそれを間違いだと言い放つ。その度に違うと否定して、否定するのすら疲れて……諦めかけていた。

 章吾は一歩だけ後ろに下がる。

 騎士と同じように、いつも通りに拳を握った。

「改めて自己紹介をしよう……一人の男として、君に敬意を表する」

 真っ直ぐに前を。前だけを見据える。ただ目の前の騎士だけを見据えている。

 執事はいつも通りに、責任だけを背負って打倒を決めた。


「私の名前は新木章吾。執事だ」


 そう、まずは名乗りから始めなければならない。

 敬意を表するためには、まずは自分を知ってもらうために名乗らなくてはならない。

 誰かに仕えるためには、規則と規律を遵守しなくてはならない。

 誰かに優しくするためには、心と体を鍛え上げなくてはならない。

 それこそが、敬意。人が織り上げ続けた……誰かのための意志である。

「感謝する、少年。私はなにかを見失っていたようだ」

「……ハ、感謝される言われはねぇよ。俺は俺で好きにやってるだけだ」

「ああ……それでも、感謝する」

 執事は拳を握り締める。

 そして、一足飛びで距離を取った。

「では行くぞ、修羅の騎士。……主と彼女のために鍛えし業で、私は君を打倒する」

「やってみせろよ、ヘタレ執事っ!!」

 刀真は拳を握り締め、執事に向かって走り出す。

 同じように、章吾も鬼に向かって走り出した。


「宿業壱技式・三千踏破っ!」

「大善牙奥義・一意専心ッ!」


 騎士と執事の咆哮は、どこまでも遠く響き渡った。



 橘美咲は、火焔の魂を抱く女である。

 母親から受け継いだ全てと、その他から貰った全部と、あとは盗んで模倣して工夫したものが彼女が唯一誇りにする武器であり、彼女はその誇りと共に生き続けている。

 その誇りと相容れないものは、残らず全部蹴り飛ばしてきた。

 だからこそ、美咲は迷わなかった。今日の服装がスカートであることも忘れて階段から跳躍、二人に向かって迷わず飛び蹴りを放った。

 奥義を放とうとした騎士と執事は、それに気づいて方向転換。美咲が放った蹴りを左右それぞれで受け止めて、彼女が地面に落ちないように体を支えた。

「うん、やっぱりいい漢が潰しあっちゃいけないわ。仲良くしなさい」

『それ以前にスカートで飛び蹴りはやめろっ! はしたないだろうがっ!』

 皮肉なコトに、騎士と執事の口から出た言葉はほぼ同じだった。

 その言葉に対する美咲の返答は、とびっきりの笑顔だった。

「お久しぶり、章吾。……なんていうか、老けたね」

「いきなり凄まじい毒を吐くな、君は」

「君?」

「失礼した、主。……どうやら数分前まで自分というものを見失っていたのでな、多少の無礼は許して欲しい」

「反省しているならよろしい。今後は気をつけるように」

 美咲はにっこりと笑いながら、ぴょんと地面に飛び降りる。

 それから、鬼に変じた……女性になった斗馬に向かって、振り向いた。

「で、斗馬くん」

「……あんだよ? 笑いたきゃ笑えよ」

「んーん、私としては全然まったくさっぱり笑う要素なんてどこにもないの。……ただ、一つだけ言いたいことがあるとすれば」

 美咲は笑顔のまま、ゆっくりと腕を伸ばす。

 そして、思い切り斗馬の乳房を鷲掴みにした。

「なんじゃこのチチはあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「ちょ……なにやってんだお前っ!?」

「うるさいっ! なにこの腰の細さとそれに反比例するかのような胸っ! どっかのロリ巨乳でもこれはないよっ!? おまけにこの肌の艶はもう全女性に喧嘩を売ってるとしか思えないっ! キィキィなんて妬ましいっ!」

「うるせええええぇぇぇぇぇぇ! つーか力を入れて胸を掴むな! 普通に痛てぇんだけどっ!」

「いやー……でもこれはなんつーか、こう……わりと癖になる弾力で」

「いいからやめろっ! なんかさっきから目つきが怪しいんだよっ!!」

 無理矢理引き剥がすと、美咲は少しだけ頬を赤らめて溜息を吐いた。

「うん……えっと、ありがとう?」

「……なんでそこでお礼が出るのか、俺にはさっぱり分からねぇよ」

 斗馬はもうなにも言えなかった。

 嫌いと言ってもあっさりと切り返し、自分の正体を見ても全く動じない。この神経の太さは一体どこから来るのかさっぱり分からなかった。

「……あのさ、橘。俺が言うのもなんだけど、もーちょっとこう社交性とか場の空気とかそういうのを読む努力をだな」

「と、いうわけでお嬢ちゃん。助けてあげたんだから謝礼を出しなさい。女性の下半身不随が治ってお釣りが来る程度でいいから」

「へ?」

「人の話無視してなに鬼畜な要求してんだてめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 なんかもう、ぐだぐだである。

 そんなぐだぐだな二人を見つめて、章吾はほんの少しだけ頬を緩める。

 なんとなく……元の場所に戻って来たんだなという実感があった。

(……やれやれ、だ)

 いつも通りに……四年前と同じように、溜息を吐く。

 間違えた自分。歪んだ自分。そんなものですら、あっさりと吹き飛ばす彼女は、四年前の誓いをあっさりと果たし、自分の前に現れた。

 だったら後は簡単だ。自分も務めを果たすまで。

 章吾は簡単に決意を固めて、息を吸ってから歩き出す。

 背筋を伸ばし、胸を張ったその姿は……彼が目指す姿そのものだった。



 なにやら一騒動終わった後、テン'キルケブレスは目を覚ました。

「…………起きたか、ばか者」

 目の前にはアルの顔。どうやら膝枕されているらしいことに気づいたのは、目が覚めてから五分後のことだった。

 テンはゆっくりと体を起こし、周囲を見回してから口を開く。

「……あいつは?」

「帰った。……全く、あんな潔さを見せられて意地を張ったら、私が馬鹿みたいではないか。角などガンガン伸びてくるというのに、そんなモノに四年もかけて……」

「なんのことだ?」

「真正面から堂々と頭を下げられたら、私とて手も足も出ないということだ愚か者」

 アルはそう言って、膨れっ面になりながらテンの頭を小突く。

 テンはしばらくぼんやりとアルの顔を見つめていたが、やがて口元を緩めて笑った。

「やられたな、アル」

「ああ、やられたとも。店も臨時休業だ。なにか問題があるか?」

「……やれやれ」

 テンは満足そうに笑って、アルの頭を撫でた。

 いつもならそれで機嫌を直すアルも、今度ばかりは不機嫌そうだった。

「なぁ、アル」

「……なんだ? 笑いたければ笑え」

「俺はさ……ちゃんと、誰かを助けることができたみたいだわ」

「テン?」

「だからきっと……もう、大丈夫なんだと思う」

 今にも泣きそうな顔をしながら、テンはアルを抱き締める。

 アルはそんな彼の顔を見つめながら、ゆっくりと溜息を吐く。

「……大丈夫に決まっているじゃろう」

 抱き締められた腕に、指を添えた。


「お前が私の家族であるように、お前の元になった人間だって……きっと、誰かの家族で在り続けているんだから」


 ぬくもりを感じながら、囁くように言った。

 きっと誇りなんてとっくのとうにどこか遠くにぶん投げてしまっている。竜としては失格であろう自分は、それでも一つの誇りを得て、生き続けている。

 この繋がれた手を……きっと離さない。

 アルが握り締めた手を、テンはゆっくりと握り返す。

 顔を上げた時、そこにはいつも通りに不敵に笑う男がいた。

「よし、それじゃあ臨時休業ついでだ。明日はどっか一緒に出かけるか?」

「…………ふむ、ま、まぁそれもよかろう。我としては日帰りで海とかが望ましいぞ」

「うっし。じゃあ早起きして朝市にでも行くか」

「朝市なら魚仕入れに毎朝行っておるわっ!!」

 アルは叫びながらテンに蹴りを入れる。

 それをひょいひょいとかわしながら、テンは柔らかく笑っていた。



 かくて、新しい物語の幕開けと共に、執事の旅は終わりを告げた。





 エピローグ。



 異世界から全員で帰還した、翌日。

 ボロボロになった外套は当然のごとく廃棄され、薄汚れた大善牙と執事服の方は香純が回収したため、服も手袋も新調する羽目になった章吾は小さな教会の前に立っていた。

 そこはもちろん彼女がいる場所であり、同時に章吾にとっては鬼門でもある。今も昔も変わらずに、彼女はここでシスターを続けているとか。

 心臓が痛い。なんかもう何もかも忘れて放り出したい。

 背筋を脂汗が通り過ぎる。あまりのプレッシャーに、章吾は吐きそうになっていた。

 そんな執事の情けない背中を見つめながら、少女に見える少年は溜息を吐く。

(……さて、ここで問題です。なんで俺はまだここにいるんでしょうか?)

 自問自答しながら、斗馬はゆっくりと溜息を吐く。

 服装は香純から借りた(美咲とルゥラのはブラのサイズが合わなかった)普段着で、いつもは着ていないスカートのせいで、足元がスースーするのが気に食わない。

(ったく……一回鬼化すると元に戻るのに三日くらいかかるのが欠点だよな)

 その間はもちろん学校にも行けないし、迂闊に外を出歩くわけにもいかない。

 幸いなことに今日は三連休の最終日だし暇ではあるのだが……人の恋路を見守るほど暇じゃねぇよと斗馬は思う。

「なぁ、新木さん。こんな所でまごついてても仕方ないんじゃねぇの?」

「正論だが、君も苦手な女性の一人や二人はいるだろう」

「……まぁ、それは否定しねぇけどよ」

 四人の姉とか。

 一人の妹とか。

 自分にやたらちょっかいをかけてくる執事の主だとか。

 ついでに言えば、美咲の親友だとか桂木香純だとかルゥラ=ラウラだとか。

「でもよ……今回の相手は新木さんにとっちゃけじめをつけなきゃいけない相手なんじゃねーの? よく知らないけどさ」

「よく知らないわりには、なんかやたら詳しくないか?」

「橘が教えてくれたんだよ。必要ねぇのに、なんかやたら詳細に」

 章吾はそれを聞いた瞬間に、がっくりを膝を折った。

 見てて気の毒になる位の落胆っぷりだった。

「……時の流れは残酷だ。小学校の頃はまぁまぁ小憎たらしい美少女だったのに、高校生になった途端に男を手玉に取るようになってしまった」

「まぁ……手玉っていうより、サンドバックだけどな。よく蹴るから」

「昔の職場は根こそぎなくなってるし、行きつけの定食屋は軒並み潰れてるし、知り合いとはことごとく連絡がつかんし、四年前には朗らかに笑っていた小僧はいつの間にかえらいことになってるし……。なんかもうアレか? 私が全部悪いのか?」

「や、それは考えすぎじゃ」

「……惚れていた女性は、その小僧にべったりになってしまったし」

「………………」

 言葉もなかった。

 言葉などかけられようはずもない。

 同じ男として、彼の悲愴は痛いほどに理解できる。

 が、しかし神代斗馬は現代っ子だった。

「……ただまぁ、なんつーか、新木さんのモテっぷりは正直見てて腹が立ってくるんで、あんまり同情する気も起こらないぞ」

「…………いくらなんでもひどくないか?」

「俺としては、アンタが落ち込んでる時間のぶんだけ女を待たせてるほうがひどいことだと思うケドな」

「………………」

 章吾はゆっくりと溜息を吐く。

 それから、花束を抱えてゆっくりと歩き出す。

「神代斗馬」

「ん?」

「言っておくが……我が主は諦めが悪い。拒絶するつもりなら、覚悟を決めておけ」

「………………」

「それでは、行って来る。骨くらいは拾っておいてくれ」

 執事はそれだけを言い残して、教会へと入って行った。

 その背中を見送って、斗馬は肩をすくめる。

「……だとよ、橘」

「うん、流石は我が執事。よく分かってるじゃない」

 近くの草むらから姿を現したのは、ミニスカートに洒落た私服姿の橘美咲だった。

 頭に葉っぱをくっつけた美咲は、当たり前のように斗馬の横に腰掛けて笑った。

「ん、やっぱり私の見立て通り、斗馬君ってなかなかすごいよね」

「すごかった記憶はどこにもねぇよ。俺はただ、俺がやりたいことをやっただけだ。橘がなにを考えてようが、そんなものは知ったこっちゃない」

「うわ、男前っぽい。流石は昭和の男は言うコトが違うね」

「悪いが、平成生まれだ」

 斗馬は不機嫌そうに言い放ち、ゆったりとした動作で立ち上がった。

「じゃ、そういうコトで俺は帰る。後は好きにやってくれ」

「その前に、いくつか聞いていい?」

「あんだよ?」

「斗馬君って……もしかして、章吾に勝つ自信とかある?」

「ああ、単純な戦闘能力なら俺が勝つ」

 あっさりと、とんでもないことを、斗馬は言い放つ。

「あのにーちゃんはとんでもないが……脇が甘い。人間の強さってのはもちろん戦闘能力じゃ計れないし、総合力じゃ間違いなく新木さんが勝つだろうが……こと戦闘能力に限定すれば、俺が勝つ」

「ふんふん、なるほどね。こりゃ規格外もいいとこだね。屈服させるのが大変だ」

「………………は?」

 うんうんと頷きながら、美咲は斗馬を見据える。

 それから、ゆったりとした動作で皮の手袋を身につけた。

「……なぁ、橘。お前なにやってんだ?」

「素敵な男をゲットするための前準備」

「いや、明らかに俺を殴ろうとしているようにしか見えない」

「うん、そりゃそうだよ。とりあえず力の差を見せ付けてからじゃないと、主としての面目が保てないでしょ?」

「………………」

「話し合いだろうがなんだろうが、斗馬君は絶対に応じないだろうし、それなら一発ガツンとかましてから話し合った方がやりやすいだろうと思って。……どうやら、斗馬君の場合はその『腕っ節』が最後の砦みたいだからね」

 完全な戦闘準備を整えて、美咲はにやりと笑って斗馬を見据える。

「じゃ、行くよ。……不意打ち奇襲一切なしの、全力で」

「………………」

 斗馬は美咲を見据える。

 格闘術に関しては恐らくは平均以上。異世界で見た蹴りの威力は、どのような作用によるものか人程度だったら楽勝で撲殺できるだけの威力を秘めている。

 そして……なにより恐ろしいのが、その分析能力。

(……異世界に俺を連れて行ったのも、このためか)

 自分の力を正確に測るため。

 正確に言えば……『神代斗馬』がどんな人間かを正確に判断するため。

 あらゆる面で執事に負ける。あるいは背中を預けるに値しない男なら、『仲間』に引き込むつもりすらなかったのだろう。

 つまりは……お眼鏡に適ったというわけだ。

「…………橘」

「なに?」

 斗馬は容赦がない現代っ子である。

 唖然としている美咲に一瞬で近づいて、襟首を掴んでぶん投げた。

「――――きゃ」

「覚えておけ」

 空中で美咲を睨みつけて、現代の鬼たる斗馬は邪悪ににやりと笑った。

「これが、完全な鬼だ」

 歓喜に震える血を、肉を、骨を、心を、自分自身を開放して、斗馬は笑う。

 力の差は歴然だった。

 いつもなら加減くらいはしてやれるだろう。

 しかし……斗馬も秘真も『同性』に手加減してやれるほど器用ではない。


『宿業双技式・唯識無殺』


 手加減容赦一切なし。

 斗馬はまるで空気を吸うように、ごくごく当たり前のように、美咲に敗北を刻むことにした。



 完全に本気を出した刀真と、その鬼に完膚なきまでに敗北を刻まれることになる美咲を、ルゥラと香純は遠くから見つめていた。

 喫茶店でカフェオレなどを飲みながら、ぼんやりと見つめていた。

「……うわ、美咲ちゃんマシンガンとか取り出してるし」

「心配ない。あのていどじゃとーまには通用しないから」

「や、どんなバケモノ?」

「じゅーたん爆撃みたいな広範囲攻撃ならまだしも、砲身の向きで弾道が予測できるのなら、引き金を引く前に弾道から体を外せば済むだけだから」

 ルゥラの言葉を裏付けるかのように、斗馬は不規則なステップで軽々と銃弾の雨を回避していく。

 弾の速度よりも人間は速く動けない。それでも、斗馬は最速だった。

「まぁ、しょーごでもかすみでも私でも、とーまを屈服させるのは無理だろうけど」

「……そんなに強いの?」

「強いとか弱いの問題じゃない。……問題なのは、とーまを支えている『なにか』の存在。たぶん、四人のおねーさんとか、他にも色々なものがあるせいで、とーまは絶対に膝を屈しない。……そういう風に、いきてる」

「………………」

「まぁ、そんなコトはどーでもいいんだけどね」

 カフェオレを飲みながら、ルゥラは嬉しそうに……極悪に笑った。

「しょーごは駄目だったケド、とーまは私がもらう」

「………………へ?」

「巫女たる者はより強き血を求める女だからね。……それならば、あのオウガはまさしく私と添い遂げるにふさわしい」

「えっと……なんていうか、恋とか愛とか、そういうのは?」

「しんけんな顔でこねこの画集とか選んでるとーま萌えー♪」

「………………」

「これでいい?」

 駄目人間道まっしぐらな少女は、飲み物の追加を頼んで、楽しそうに笑った。

 香純は頭を抱えて思い切り溜息を吐いた。ちょっとだけ胃がキリキリと痛む。

(……いけない。私がしっかりしないと、この子たちはもっと大変なことになる!)

 微妙極まりない苦笑を浮かべながら、親友たちが修羅道に入るのをなんとか食い止めようと模索する苦労人が、ここにいた。



 とまぁ、外側で色々あったりするが、ここからが本当のエピローグ。

 教会の門のあたりで掃除をしている和服美女に頭を下げて、章吾は教会に入る。

 満ち溢れる空気は荘厳で、ステンドグラスから光が差し込んだ静謐な空間は神聖さを演出している。

 世俗から離れた空間。神の実在を思わせる聖域。教会とはそういう場所だ。

 彼女はそんな中で、オルガンを弾いていた。

(……怒ってるな、確実に)

 章吾が入った瞬間に、聖歌を奏でていた指が、魔王のテーマをかき鳴らす。

 何事かと思って慌てて駆けつけたマザーを視線だけで追い返しながら、彼女……清村要は章吾の方など見ようともせずに、ひたすらオルガンを弾くことに没頭する。

 端の客席に座って、章吾はゆっくりと息を吸って、吐き出した。

(……帰ってきたんだな)

 魔王のテーマとはいえど、熟練者の指から奏でられる、静かな響きの音楽を聴くのは久しぶりだった。

 色々なことが頭を横切って……気がつくと、隣には彼女が座っていた。

 章吾の左側にはもう客席はない。彼女は、車椅子に乗って自力で移動したのだった。

「人の演奏の最中に居眠りとは……随分と失礼なんですね」

「…………ああ、そうだな。悪かった」

 章吾は素直に頷いて、彼女の顔を見つめる。

 学生らしさの抜けた横顔。甘えが抜け、厳格さを備え始めた雰囲気。

 ただ、どこか拗ねたような表情は、なんとなく四年前の彼女と同じような気がした。

 四年という期間はそれなりに長かったんだなぁと、章吾は改めて感じた。

「……それで、なにしに来たんですか?」

「自分勝手を果たしに来た」

 章吾はふところから七色に光る小石のようなものを取り出して、要に手渡した。

「……なんですか? この小汚い石みたいなの。なんか妙に軽いんですが」

「竜の角だ。煎じて飲むと万病薬になる」

「………………」

 要は目を限りなく細くして、その角を見つめた後に、章吾を睨みつける。

「こんな馬鹿げたものに、四年も?」

「ああ、そうだな。……まぁ、自分勝手だから好きなようにやっただけだ」

 軽く言ったつもりだったが、実際はおしっこ漏らしそうなほどびびっている。

 さぁ、この後にどんな心の傷を負わされるのだろう。もしかしたら一生彼女と顔を合わせられないくらいに、ビッグなトラウマを背負うことになるのかもしれない。

「まぁ、いただいておきます。気休め程度にはなるでしょう」

「……ああ、好きにしてくれ」

「じゃあ、いただきます」

「ん? なんで二回言う……っておいっ!?」

 章吾の目の前で、要は渡された七色の石をひょいと口の中に放り込む。

 そして、氷を食べる子供のようにカリカリと音を立てて咀嚼し、飲み込んだ。

 あまりといえばあまりのことに、章吾は絶句してなにも言えない。

 そして……清村要は、ゆっくりと立ち上がった。

「あら、わりと劇的な効果。四年間の成果って馬鹿になりませんね」

「……えっと、いや、なんというか……ちょっと、はしたないというか……えっと?」

「この場合は野生的、と表現した方が的確ですよ、章吾さん」

 清村要はにっこりと笑う。

 世にも恐ろしい……この世全ての男が震え上がるような、それはそれは恐ろしい笑顔で笑っていた。

「それはそうとクソ三十路さん」

「……まだ28なんだが」

「あらあら、20代の栄誉にすがっていたいだなんて、浅ましいこと。男は30から、女は40からが見せ場だというのに。あと、人の話の腰を折らないでいただけるかしら? 耳障りな上に空気を考えていない所業ですよ?」

「………………」

 でっかいトラウマが秒単位で製造されていく。

 章吾はこっそりと溜息を吐いて、仕方なく話の先を促した。

「で、話というのは?」

「実は私、一週間後に金持ちで美男子で高学歴でなんかもう言うことなしの男性とお見合いをすることになっています」

「………………そうか」

 そんなことだろうと思っていた。

 圧倒的な毒を吐くことを除けば、清村要は魅力的な女性であると章吾は思う。そんな彼女に目をつける男の一人や二人はいてもおかしくない程度には。

 要はそんな章吾の想いを知ってか知らずか、笑顔のまま続けた。

「……まぁ、その男性は50近いオッサンなんですがね」

「………………」

 嫌な予感がする。よく見ると、彼女の目はまるで笑っていない。

「マザーのいらねぇご厚意なんでむげにもできないんですが、私としては章吾さん以外の人と結婚するだなんて死んでも御免なので、一週間後の見合いまでにそのオッサンを八つ裂きにしてもらえると助かるのですが♪」

「いや、普通に殺人依頼だろうそれはっ!!」

「………………」

 要は半眼になると、全力で章吾の足を踏みつけた。

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

「章吾さん、鈍感なのにも程度ってモノがあると思いませんか?」

「いや、よく分からないが」

「……だから、その……私も、もう十九歳で、今年中には二十歳になります」

「おめでとう」

「………………」

 要は無表情になった。

 背筋に悪寒が這い上がる。あまりの恐怖に逃げ出したくなる。

 なにか決定的なことをやらかしたような気がするが、圧倒的なプレッシャーで動くことすらままならない。

 要は無表情のまま、ポケットからなにやら書類を取り出して、章吾に叩きつけた。

 叩きつけられた書類を見て、章吾は思い切り口元を引きつらせた。


「結婚しなさい。ふつつかものだけど、精々頑張って幸せにすることね」


 婚姻届を叩きつけた要は命令口調の上に、挑戦的だった。

 顔が若干赤くなっていることを考えると少し照れているのかもしれない。

 章吾は困ったように頬を掻いて……ゆっくりと溜息を吐いた。

「いや……いきなりすぎるだろ」

「こっちは四年も待ちました。言っておきますけど、私はわりと尽くすタイプですから……逃げられるとは、思わないように」

 それ尽くすタイプ違う。

 喉から出かかった言葉を、章吾はなんとか飲み込んだ。

 要は本気だ。顔を赤らめながらも、真っ直ぐに章吾だけを見つめている。

(……参ったな)

 可愛い。確かに可愛いが、ここでうっかり『はい』と言おうものなら、彼女はニタリと邪悪に笑ってから『くくく引っ掛かりましたねこのド低脳』くらいは言いそうだし、あるいは逆にデレモードに突入するのかもしれない。待っているのは地獄かあるいは天国か、章吾にはさっぱり予想ができない。そもそも、異性と付き合ったことなど片手で数える程度しかないので、結婚とか言われても実感が湧かないのだった。

「……えっと、悪いんだが考える時間が欲しい。できれば五日ほど」

「まぁ、すぐに返事がもらえるとは思っていません。もう四年も待ってますからね、気長に待ちますよ。……章吾さんがOKしなかったら、そのオッサンと結婚することになりそうですから、なるべく早くして欲しいとは思いますが」

「………………」

 それはもう脅迫じゃないのかなぁと章吾は思ったが、やはり口には出さなかった。

 心の中でだけ肩をすくめて、章吾はゆっくりと立ち上がった。

「じゃあ、今日はそろそろお暇させてもらう。……再就職とかもあるしな」

「そうですね。ニートじゃ格好つきませんしね♪」

「………………」

 最後まで精神をズタズタにされながら、章吾は歩き出す。


「……お帰りなさい」


 耳に届いた声は、ごくごく普通でありきたりなもの。

 そういえば忘れていたなと思い立ち、章吾は振り向く。

 いつものような恐ろしい笑顔ではなく、嬉しそうに笑っている彼女がそこにいた。


「ああ、ただいま」


 だから章吾も、精一杯の笑顔で答えた。



 エピソード1《橘美咲の章》:『唯たる我等・無双の主従』END

 エピソード2《空倉陸の章》:『インペリアル・クリーム』に続く



ちょっと人物紹介。


・神代斗馬(鬼末刀真)

 鬼の彼。彼の鬼。暗剣として育てられた彼女の鞘。刃という名の鞘の男。

 従姉にめっちゃ殺されかけるけど、四人の姉になる女性たちに救われて九死に一生を得たりする少年。

 最初に出てきて最後に仲間になる最強キャラ。基本的には誰かの世話を焼いていないと駄目になってしまう駄目人間で、現在世話を焼いているのは四人の姉+妹。

 生まれた時から妹と肉体を共有しており、作中で語られているように男になったり女になったりと忙しい。斗馬自身は男性として生きてきたので男の方が違和感がないが、女性として生きてきた時間も存在するため、どっち寄りにもなる可能性がある。

 ちなみに妹は生まれた時から優秀極まりない才能を有しているくせに、なんかもう生きるのが面倒くさいという理由から兄になにもかもを丸投げして、一週間に一回起きるかどうかの生活をしている。……ちなみに、肉体の所有権は妹にあるため、小さい頃は眠っている間にやんちゃをされて、起きた瞬間にえらいことになっているということもしばしばだった。

 後のインペリアル・クリームナイツ、No2。チキン・ナイト。

 どんな条件下であろうとも、守りたい人間を無傷で生還させるという、ある意味究極に近い能力を有する。

 ちなみに、彼は鬼化(女性化)する度に鬼(女性)に近づいていく。

 現在の侵食度は32%。彼と美咲の関係がどうなっていくのかはさっぱりと考えていないが、少なくとも鬼化した時点で親友より発展するこたぁないだろうと思う。

 彼を真っ当な男として自立させるためには、鬼化の進行を食い止め、四人の姉を更正し、彼のひん曲がった根性を立て直すことから始めなければならないとかなんとか。


・橘美咲

 言うまでもなく、彼女。高校一年生。

 ゴージャスなドレスとかがすごく似合い始めた女の子。

 職業は高校生兼主。猪突猛進一直線に見えて、分かる人には分かる母親譲りの腹黒さが見え隠れするあたり、かなり悪質。

 ある目的のために色々やっているらしく、そのために章吾を連れ戻した。

 ついでに、章吾を連れ戻すために斗馬を利用した。

 間違いなく悪女だが、母親の性質をしっかりと受け継いでいるため、アンナさんのような本物の悪女には絶対になれません。

 必殺技はキック。

 親友と斗馬とその他色々な人に世話を焼かれまくることになる、無双の乙女。


・桂木香純

 灰色の魔法使い。今回はルゥラの帰郷のついでに章吾探しに参加。

 高校三年生。基本的に苦労人で、放っておくと拗ねて口を聞かなくなる恋人(女性)と一緒に生活中。苦労はしているがわりと楽しそうではある。

 現在は受験に向けて勉強中。第一志望に受からないと次女からの制裁が待っているのでわりと必死。

 最近は和服のやたら似合う相棒と一緒に、あちこちで働いているとか。


・ルゥラ=ラウラ

 部族の巫女。婿を連れて来いという命を受けて、斗馬を狙う女の子。

 高校二年生。美咲より一つ年上で、香純より一つ年下。

 獅子馬麻衣と暮らしていた時の影響をしっかり受けたためか、不幸なコトに人間の修羅ロードに足を踏み入れたらしい。

 ゲーム好きの漫画好き。ついでに小説も好きで専ら図書館に入り浸る日々。

 ジャンルは無差別で、とりあえず面白いと思ったものを貪るように読んでいるとか。

 ちなみに、彼女が通っているのは美咲が通っている学校より一ランク上の『なんとか大付属』な『お嬢様が通う』ような女学校。

 男の好みは、とにかく強い男がいいらしい。あと、顔が良くて家事ができる人。

 さりげなく理想が高かったりするが、彼女の周囲にはそういう男が集まるのだった。


・新木章吾

 28歳。拗ねてた執事。誰かの世話を焼いていないと駄目になってしまう執事。

 さすがに四年も放置されりゃ誰だって疲れるだろうと、作者は思う。

 帰りたいけど帰れない。そんなお父さんの気分である。

 現在は就職活動中。……のはずが、美咲の策謀により色々と狂わされるのだった。

 このエピソード終了後、三日目で真剣に考えすぎて頭がオーバーヒートし、四日目に逃げ出した挙句、六日目に美咲たちに捕まって延々と説教をされて斗馬にフォローされ、七日目に要嬢にちゃんとプロポーズをしたりする裏エピソードがあったりするのだが、それはまぁ、別の話。

 ヘタレに見える執事ですが、現在無職、将来の不安、貯金の少なさ、子供の問題、など結婚を躊躇する理由なんざ腐るほどあるわけで。

 それを乗り越えていくのも……まぁ、一つの試練なわけですが(笑)


・清村要

 19歳。横合いから一撃シスター。最高のタイミングで最高の男をゲットした女。

 四年間ただ待ち続けていたわけではなく、色々な経験を積みながら『ああ、やっぱりあの男以上にいじめて楽しい男はいないなぁ』という結論に達してしまったので、結果的に四年間待ってしまった女の子。現代っ子にしては育ちのせいか、かなり我慢強い。

 凄まじい毒を吐くが、意外とストレートな言葉に弱かったりする。

 行動はストレートなくせに、相手のストレートは全打球空振り三振。

 ひねくれ者ではあるが、実直な執事との相性はほぼ最高値なのだった。


・テン&アル

 ゲスト。両方とも年齢不詳。

 キツネとデレドラゴン。

 まぁ、こういうのもありかなーと思いました。

と、いうわけで作者の趣味丸出しの話でしたが、いかがだったでしょうか?

次は陸くんの話。彼のエピソードとなります。

どうぞ、お楽しみに♪


追記:坂本ヒロノリ先生がコッコさん外伝をまたもや書いてくれました。……ぶっちゃけ、本家より描写が上手すぎて鼻血が出てくるので、ぜひ一読あれ♪

損はさせないぜ、べいびー(笑)

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