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第四十一話 社員旅行とみんなの気持ち(上)

ここからの話は、ALLリミッター解除。

今回は様子見ですが、次回からは文字数制限を解除してお話を展開しますんで、携帯の方はご注意を。

 どこか遠くに行こう。

 手を繋いで。みんなと一緒に。



 社員旅行というものに行くことになった。

 正確に言えば、職場が潰れるので最後にパーッと溜め込んだお金を使いがてら、頑張ってくれたみんなのためにせめてものお礼という意味も込めての慰安旅行だったりする。

 ちなみに、みんなの再雇用先は父さんに任せてきっちり見つけてあるので、「お前のせいで職を失ったんじゃざくー」ということは、とりあえずなさそうだ。

 完全貸切にした送迎バスに乗りながら、僕はゆっくりと溜息を吐いた。

「……で、なんで母さんがいるの?」

「ん、楽しそうだから」

「母さんは笹かまぼこでも食って帰ってください。あ、運転手さん。そこのパーキングエリアでこの人下車するそうなんで」

「予想以上にひどくねーかっ!?」

 非情にショックを受ける母さん。どうやら、僕の対応が気に入らなかったらしい。

 膨れっ面になりながら、母さんは僕の顔を覗き込む。

「そりゃ、あたしだって悪かったって思ってるケドさ、あたしの力じゃあの萌キャラはどうにもできんのよ。惚れた弱みってやつで」

「父さんはどっちかっていうと荒み系のキャラだと思うけど。あと、屋敷の解体に関しては納得がいってないところも多々あるけど、怒ってはいないから」

 母さんが父さんに逆らえないことくらい、分かりきっていたことだったので、僕はわりと真剣に答えながらリンゴを食べる。

 母さんは腕組をしながら少し考える素振りを見せて、ポツリと言った。

「……なァ、息子。お前はこれからどうしたい?」

「どうもしない。とりあえず、バイトしながら高校に通って独り暮らしする。学費も仕送りも要らない。必要なぶんは自分で稼ぐ」

「ハ、甘いな息子。あそこの学費はバイトでまかなえるほど安くねーぞ?」

「知ってる。そのために十年は遊んで暮らしても余裕ってくらいのお金も溜めてある。バイトはあくまで趣味だよ。屋敷がなくなるんだったらちょっと余裕も出てくるし、少しは社会経験も積んでおかなきゃ」

「………………」

 母さんは、なぜかものすごく寂しそうな表情を浮かべる。

 それから、隣の席に座っていた美里さんの服の裾を引っ張った。

「美里。なんだか息子がものすげぇ勢いで自立していくんだけど、どうすればいいかな? あたしとしてはこのまま自殺しかねないくらいに悲しいんだけど」

「ダメですよ、坊ちゃん。せめて学費と仕送りくらいは受け取ってあげないと。寂しさのあまり母親が自殺とかもシャレにならないですし。……まぁ、正直私としては別にこの夫婦に自殺されよーが知ったことじゃないですけど、坊ちゃんに被害が及ぶのはかなり嫌なので」

「うわぁ、なんか美里の方がひでぇ」

「………………」

 ツッコミどころが満載だったけど、なかなかツッコミが難しいところだった。

 とりあえず母さんのことは美里さんに任せて、バスの一番前の席に座っていた僕はちらりと後ろを振り返る。

 阿鼻叫喚のるつぼというか、酒の入った大人ほど始末に終えないものはないというか、まだ朝も早いっていうのに、飲めや歌えやの大宴会だった。

 ちなみに先頭に立って騒いでいるのは京子さんで、それに引っ張られる形で全員が暴れまわっているといった感じで、舞さんもその輪に混ざって一緒にはしゃいでいたし、冥さんもそれなりに楽しそうに笑っていた。

 コッコさんは、一番後ろの席で窓の外を見ていた。

 いつも通りに見えるけど、なんだか微妙な無表情。仕事をしている時の熱心さでもなく、僕と話している時の柔らかい無表情でもない。

 なんだか……どこか硬質的で近寄り難い、そんな無表情だった。

(……出会った頃に戻っちゃったみたいな感じ、だよな)

 ほんの少しだけ溜息を吐きながら、僕は前を向く。

 と、なんだか母さんはニマニマと楽しそうに笑っていた。

「青春だなァ、息子。女を見て溜息を吐くなんざ、並の男にできるこっちゃねーぞ?」

「………………」

 なんだかその笑顔を見て妙に腹が立ったので、僕はさっそく切り(ジョーカー)を切ることにした。

「ねぇ、母さん」

「ん、なに? もしかして怒った?」

「ばーちゃんから伝言。『そろそろ、のぞちゃんを連れて顔出しなさい。それから二人でじっくりと話し合いましょう』だそうだよ?」

「………………えっと」

 母さんは僕の言葉を聞いた瞬間に、真っ青になった。

 言うまでもなく、世界最強なのは母さんであってばーちゃんではない。しかし、ばーちゃんは『高倉織』という世界最強の育ての親であり、厚顔不遜で嘘吐きで浮気性な父さんが唯一苦手としている人でもある。

 なにが強いというわけでもないけれど、とにかく怖いというのは父さんの言葉だ。

 僕にとっては気の優しいばーちゃんなんだケド。

「……えっとね、息子」

「うん」

「……それは、あとでちゃんとするから。フォローの方をよろしく」

「りょーかい」

 母さんの怯える顔を見て、ほんの少しだけ溜飲は下がった。

 背伸びをして、僕は気分を切り替える。

 僕は窓から空を見上げて、この素晴らしくも楽しかった日々の終わりを、最後の最後まできっちりと楽しむことにした。


 だが、そんな幻想はきっちり三時間後に打ち砕かれることになった。


 甘かった。甘過ぎた。……まさか、母さんがここまでアホだとは。

 当初の予定では、僕らが向かうのは沖縄のはずだった。全工程二泊三日。温泉も豪華ディナーもありありの、これでもかってくらいに楽しい旅行になるはずだった。

 しかし……僕たち六人がいるのは、ものの見事な無人島だった。

「あっはっは、これが最後の試練だ息子っ! 見事切り抜けて独り暮らしを始めるもよしっ! 嫁を見つけて帰還するもよしっ! 己の好きな道を選ぶがいいっ! あ、ツッコミは『これなんてギャルゲー?』でよろしくっ!」

 そんなツッコミどころ満載のセリフを残し、母さんは僕らをこの島に連れてきたクルーザーに乗ってさっさと帰ってしまった。

 変な所で律儀だから、絶対に三日が経つまでは迎えに来るつもりはないだろう。

 お約束というかなんというか、海岸の近くには真新しいロッジが建っており、そこには三日間は持つであろう水と、サバイバル生活に必要な各種装備品が揃えてあったりとある意味お約束な展開が待ち受けていた。

 まぁ……各種装備品の中にはラジオやら小型テレビやら調味料やら遊具やら着替えなども用意されていたりするので、サバイバル気分とは程遠い。

 ちなみにこのロッジにはキッチンを除いて部屋が四つあり、三つまでが相部屋となっている。

 女の子と一緒に寝泊りするわけにはいかないので、僕が個室を使わせてもらうことになったのだけれど、みんなの視線がとても痛かったのでお得感は0に等しかった。

「……しかしなんつうか、カーボン製の釣竿と最高級品のリールまで用意してあるって、もう既にサバイバルでもなんでもねぇよな」

「あっちには温泉も湧いてましたよ」

 やたらごっついナイフをホルスターに収めながら、冥さんはちらりと僕の方を見る。

「現状を的確に申し上げますと、調味料は多彩に用意されていますが、食料の方は皆無に等しい状況です。魚釣りか狩りをして、六人分の食料を確保しなくては」

「そうだね。三日間飢えっ放しっていうのも、癪だしね」

 室内だけどほんのちょっとだけ竿を振ってみる。

 ヒュゥンッという風を切る感触がなんとも頼もしい。僕も釣りは結構やる方だけど、ここまで性能のいい釣竿とリールが用意されているとなると、ちょっと心が躍る。

「……坊ちゃん。なんか、楽しそうですね?」

「え? あ、いや……まぁ、ほんのちょっとだけ。こういういい釣竿は扱ったことがないからね。ちょっと不謹慎だったかな?」

「いいえ。そんなことはないと思います。それじゃあ、釣りは坊ちゃんと京子さん、私と美里さんで力仕事と狩り、姉さんと山口さんで薪集めのついでにキノコと山菜の採取というペアでよろしいでしょうか?」

「……まぁ、いいのかな」

 コッコさんと舞さんみたいな相性の悪い人たちをペアにして大丈夫かなとも思ったけど、とりあえず今はそういうことを考えている場合じゃないのは確かだ。

 お遊びとはいっても、食料がない現状はどうしようもない。

 そんなわけで、僕と京子さんは近くの岩場で磯釣りに勤しむことになった。

 ……と、スムーズに話が進めば良かったんだけど。

「あの、京子さん。そういうわけで魚釣りに行こうと思うんですが」

「……気持ち悪い。眠い。しんどい。めんどい」

 自分の部屋のベッドに横になった京子さんは、昼騒ぎすぎたのと船酔いで、ほぼ生きる屍と化していた。

「……つーか、あたしはパス。釣りは好きだけど、具合悪いし」

「………………」

 なんだか、拗ねているようにも見えたのは僕の気のせいだろうか。

 僕は苦笑を浮かべて釣竿を置いて、京子さんの顔を覗き込む。

「やっぱり船酔いと……あとはお酒ですか?」

「……うん、まぁそうだね」

 京子さんは僕から目を逸らしながら、弱々しい声で答える。

(…………ん?)

 その声があまりにも弱々しかったので、妙な違和感を感じた。

 たとえば、昔の戦国大名は寝不足とストレスで戦の前に肌が荒れ、血色も悪くなってしまった。そのままの無様な姿を部下に見せるわけにはいかないということで、化粧とお酒で誤魔化したという逸話がある。

 さて、ちょっとだけ考えてみよう。

 京子さんの顔色とか、潤んだ目とか、熱っぽさとか、ついでに色っぽさとか。

 本当に船酔いとお酒のせいだけなんだろうか?

「京子さん。もしかして、風邪引いてるんじゃないですか?」

「………………引いてない」

 京子さんは、丸分かりな嘘を吐いて僕から目を逸らした。

 相変わらずというかなんというか、とても強情で意地っ張りだった。

 僕はなんとなく口元を緩めながら、京子さんのベッドの横に腰掛けた。

「相変わらず無茶しますね、京子さんは」

「……風邪なんか引いてねーってば」

「意地を張るのはいいんですけど、あんまり強情だと強硬手段で認めさせますよ?」

「あんだよ、強硬手段って?」

「たとえば、ちゅーとか?」

「……できもしねぇくせに」

 京子さんは心底不機嫌そうに言い捨てると、そっぽを向いてしまった。

 むぅ……どうやら、怒らせてしまったらしい。

「大体、坊ちゃんはあたしを女として見てねーだろ。告白の保留はするし、なんか美里といちゃついてるし」

「……保留はともかく、アレをいちゃついていると?」

 どっちかっていうと巧妙かつ熾烈な精神攻撃なんですが、アレは。

 この前なんてメイドのコスプレさせられてお姉さまとか呼ばせるし、あの人。

「それに、僕はちゃんと京子さんを一人の女性として見てますよ。単純に自制しているだけで、こう見えてもけっこーいっぱいいっぱいなんですよ?」

「……あたし、そんなん知らんもん」

 そう言って、京子さんはそっぽを向いてしまった。

 対処の仕方が分からずに、僕はちょっと途方に暮れた。

「とりあえず、風邪薬と濡れタオル持って来るんで、今日は安静にしてください」

「……嫌だ。坊ちゃんの言うことなんて聞いてやらない」

 駄々っ子攻撃が始まったっ!

 っていうか、僕はいつの間に彼女をここまで怒らせてしまったんだっ!?

 思い返してみても、心当たりなんて一つしかない。

 その一つがまさにネックと言えるんだけど……京子さんなら笑って済ませてくれると、思い込んでいたんだけれど。

 でも……そんなのは、きっと僕の思い違いだったんだろう。きっと。

「京子さん」

「…………ん?」

「屋敷を守れなくて、ごめんなさい」

「………………」

 仕方がないと割り切ろうとしていても、これだけは割り切れない。

 悔しくて、歯痒くて、力不足に怒りを感じる。

 僕がもっと上手く立ち回れる人間なら、僕にもっと力があれば、そうでなくても父さんのやりそうなことくらい想像できれば、きっと……違った結末があったはずなのに。

 いつまで経っても成長がない。……ホント、くそ無能だ僕は。

 と、不意に京子さんの視線を感じた。

「……あのさ、坊ちゃん」

「はい」

「ちょい顔貸せ」

「?」

 言われるがままに、京子さんとの距離を近づけていく。

 京子さんは仏頂面のまま、僕の瞳を真正面に見据えて、指でゆっくりと僕の眼鏡を押し上げる。

 そして、そのままノーモーションで、僕の両目を突いた。

「ぐづああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

「やかましいっ!」

 自分でやったくせに、京子さんは僕の頭を叩きつけた。

 凶悪なる理不尽だった。

「ちょ、いくらなんでも目はやばいでしょっ!? 失明させる気ですかっ!?」

「うるせぇ馬鹿っ! あたしの不機嫌に屋敷とかは全然関係ねーよっ!」

「じゃあ、なんで怒ってるんですかっ! 僕はてっきり、割りのいい職場をいきなり失ったから怒ってるんじゃないかと……」

「大間違いだ馬鹿野郎っ!」

 京子さんはなぜかものすごく怒って、僕に枕を叩きつける。

 ……はて? それじゃあ京子さんはなんでこんなに怒ってるんだろーか?

 確かに最近は学園祭だの美里さんの手による調きょ……ではなく、メイドレッスンとかそういうのであんまりしゃべる時間はなかったけれど、ここまで怒らせる原因を作った覚えは一つも……。

 いや、ちょっと待て。

 なんか……こういうのは昔に見たことがあるぞ。

 あれはそう、僕が中学生になるちょっと前に、母さんのあまりのうざったさにキレて夜中に家出した挙句、そのまま師匠の家に一週間ほどご厄介になった後の母さんがこんな感じだった。

 そう……急に不機嫌かつわがままになってこっちを困らせるのが特徴的で、しかもそれを指摘すると、さらに怒る。

 対処法はあることはあるケド……いや、えっと、どうしよう?

 と、考え事をしている間にも、京子さんは僕に枕を叩きつけまくってくるわけで、仕方なく僕は考え事を中断した。

「あの、京子さん。……風邪の時に大暴れするのは流石にどうかと思うんですが」

「うっさいっ! 風邪なんか引いてねーよっ! さっさと準備して釣りに行くぞっ!」

「さっきは行かないって……」

「言ってねーよっ!」

 ああ……もうなんか、ホント、どうしていいものやら。

 病人に無理をさせるわけにはいかないので、僕は仕方なく覚悟を決めた。

「あの……京子さん」

「あんだよ?」

「なにか、僕にして欲しいこととかありますか?」

 僕がそう言うと、京子さんはしばらく考えた後、悪戯っ子の笑いを浮かべた。

「そうだな……じゃあ、侘びとして、あたしにちゅーしろ。どーせ、坊ちゃんじゃ無理だろうけどな?」

「分かりました」

「え?」

 ひょい、と近づいて京子さんの頬に手を添える。

 そして、おでこにちょん、とキスをした。

 近づいた時と同じ速さで離れて京子さんを見ると、京子さんは唖然と僕を見つめていた。言うまでもなく、顔は真っ赤になっている。

 僕はにっこりと微笑んで、きっぱりと言った。

「わがままもいい加減にしておかないと、次からはもっとすごいことをしますから」

「…………えっと、その、ごめん」

「それから、こんなこともあろうかと一応持ってきておいた携帯食料の中にお粥がありますから、それを食べて薬を飲んで、今日一日は安静にしててください」

「………………うん」

「それじゃあ、なにか用があったら呼んでくださいね」

 僕はそれだけを言い残して、京子さんの部屋を出た。

 ゆっくりと深呼吸をしてから、髪をかき上げるように頭を抱えてポツリと呟く。

「……あーくそ。可愛いなぁもう」

 あの程度でよく我慢できたと、自分に拍手喝采を送ってやりたい気分だった。

 今にも破裂しそうな心臓のあたりを押さえながら、僕はとりあえず今ある材料で栄養のある病人食を作ることにした。



 京子さんを放ってどこかに行くわけにもいかないので、僕は仕方なく京子さんの食事を作った後に、パンを焼くことにした。

 小麦粉と水があれば、パンを焼くことはできる。問題なのは直火でパンを焼いたのが小学校以来ってだけだったけど、なんとか上手く焼くことができた。

「……よし、こんなもんかな」

 焼いたパンは冷蔵庫の中に保管。再加熱すれば美味しく食べられるはずだ。

 とはいえ、焼くのに時間がかかってしまったのも事実。

 気がつくと夕日が眩しい時間帯になってしまった。

「海に沈む夕日をとても綺麗だなぁと思う反面、潮風にさらされてちょっとキシキシする髪の毛とか、砂でジャリジャリな服とか、煤で汚れた体とかが気になっちゃう僕は、まごうことなき現代っ子なのでした……っと」

「うわ、ものすご軟弱」

「ん? その切れ味鋭いツッコミはもしや舞さん?」

「ツッコミで判断しないでくれます?」

 振り向くと、キッチンの戸口に舞さんが立っていた。

「やぁ、舞さん。コッコさんと喧嘩はしなかった?」

「ええ。山口さんのことは嫌いですけど、喧嘩をするほどじゃないですし。今日は」

 さりげなく倒置法で『今日は』とは言ってるあたりが、かなり油断ならない。

 ただ、口元を緩めているところを見るとどうやら機嫌はそんなに悪くもないらしい。

「こっそり見てましたケド、坊ちゃんって思ったより器用なんですね」

「いいや、不器用だよ。パン作りに関しては昔取った杵柄ってやつだし、一番最初に作った時は大失敗したしね。母さんが手作りパンが食べたいってうるさかったから練習したけど、すぐに飽きちゃってね」

 ちなみに、わりとジャンクな食品が好みな母さんは、その後僕に手作りピザを要求してきた。文句を言いながらも試しに作ってみたそのピザは、母さんには大変好評だった。

 ま、僕には珍しく、わりと嬉しい思い出の一つだ。

「っていうか……坊ちゃんってさりげなくなんでもできますよね」

「いいや、なんでもできるわけじゃない。やったことしかできないだけだよ」

 天才でもなんでもなく、才能すらないんだから、努力で補うしかない。

 がむしゃらな努力が実を結んでいればいいんだけど……僕の場合は、なんだか空回っているような気もする。

 もっと、ちゃんと頑張っていれば、屋敷を守れたんじゃないか。

 そんな風にも、思うから。

「……まだ気に病んでるんですか? お屋敷のこと」

「そりゃね。気に病むなって方がどうかと思うんだケド?」

「でも、お屋敷の実際の持ち主は坊ちゃんの両親なわけでしょ? 所詮管理人の坊ちゃんになんとかできたとは到底思えませんけど?」

 舞さんは、なかなか痛い所を突いてきた。

「そもそも、坊ちゃんが気に病んでることなんて、実際に働いている私たちにとっては『クソ』みたいなもんですからね? 単に職場が変わるだけですし」

「ぐはぁっ!?」

 痛いどころか激痛だった。

 今まで僕がやってきたことに対しての全否定っぽい。

「お給料も五十歩百歩ですし、いきなり人が抜けたりもしませんし、無理矢理超巨大ラーメンを食べさせたりもしませんし」

「うん、D定食の時はものすごく楽しかった」

「……ホント、あの時は本気で殺そうかと思いましたよ。今もですけど」

 舞さんはものすげぇ目つきで僕を睨みつける。

 章吾さんが抜けた穴を埋めさせたり、最初の頃にD定食を食べさせたことをまだ恨んでいるらしかった。

 女性っていうより、舞さんの執念深さが垣間見える瞬間だった。。

「大体、私としては冥ちゃんにコナかけまくるスケコマシが一人減ったってだけでも、ものすごい安心感ですからね」

「……なに、そんな命知らずが屋敷にいるのか? そいつはどこのどちら様だ? 僕が正義の鉄槌を下してやるっ!」

「自覚がないようならきっちり言っておきますけど、坊ちゃんですから」

 殺意のこもった視線で睨まれて、僕はちょっとばかり引いた。

 でも、冥さんにコナをかけたことは一度もないつもりなんだけど……。

 コナをかけるっていうのは、さっき京子さんにやったようなことだろうし。

「一応言っておきますけど、坊ちゃんの誘惑はかなり悪質ですからね? とりあえず冥ちゃんがいる前で、風呂上りのハーフパンツ+半袖Tシャツってのはやめなさい」

「……や、それのどこが誘惑なのかいまいち理解できないんだけど」

「同じことを女の子にやられてみれば分かるでしょ?」

「…………ああ」

 分かりすぎるほど分かりやすい例えに、思わず納得してしまった。

「うん、分かった。今度からは気をつけるよ」

「や、今度はありませんけどね。お屋敷も解体されちゃうし」

「いや、どーせ独り暮らしするし。せっかくだから遊びに来たりすればいいんじゃないかなと思ったんだけど、来ないの?」

「だからそういうところがナチュラルにエロスなんですよ、坊ちゃんはっ!」

 顔を真っ赤に染めて僕を怒鳴りつける舞さん。

 そういうところが可愛いんだと、この子はまだ気づいていない。

「とにかく、冥ちゃんにはもう会わせませんからねっ! 坊ちゃんのところにいると普通にバカップル化しそうですしね!」

「え? 会わせないって……これから毎日学校で顔合わすことになるんだけど」

「………………え?」

「や、だから、本人の希望で僕の通ってる学校に編入することになってるんだけど」

「……ちょ、初耳ですけどっ!?」

 どうやら、本当に初耳だったらしく、舞さんは目を丸くしていた。

 をいをい……話してないのかよ、冥さん。

「なんでもね、学校に行って色々なことを勉強したいらしいよ」

「でも、冥ちゃんには普通の学校教育なんて無理ですよっ! 空倉の家にいた頃は、仕事の時以外は私のお世話係もとい超可愛い妹だったんですからっ!」

 さりげなーく家族自慢があったような気がしたけど、それはとりあえず無視しておくことにした。

 とにかく、今は舞さんを落ち着かせるのが先決だろう。

「ああ、それなら大丈夫。僕がちゃんとフォローしてるから」

「フォローしてるって……そんなもの、当てにならないですよ」

「それじゃあ、当てにできるように理路整然と言ってやろう。……いい? まず前提条件として、学校教育ってのは多かれ少なかれ気が抜けたものになる。なぜなら学校教育ってのは基本的にはおまけで、学校という場の本分は人と関わって生きていくことを学ぶ場所だからだ。勉強ってのはね、『あればあっただけ得をする』ってだけのものだ。少なくとも社会生活の中じゃ必須ってわけでもない」

「………………」

「でもね、あれば得ならやっておいて損はない。確かに、冥さんは今は出遅れているかもしれない。けれど、少なくとも四則演算は完璧だし、国語も社会的な知識もそう捨てたもんじゃない。歴史にだって興味はあるようだし、屋敷で色々やらせたおかげで、英語も少しなら読めるようになっている。少なくとも、僕は彼女が学校生活を送っていくぶんには問題ない学力を有していると考えた。人間関係の方はどうか分からないけど、まぁ、そこは僕がフォローする」

「………………」

 沈黙を保つ舞さんに、僕は真剣に問いかける。

「この答えじゃ、不満かな?」

「不満ですね。私が主題にしてるのは、坊ちゃんのヘタレフォローで冥ちゃんがダメになるんじゃないかって危惧してるんであって、パーフェクトプリティ冥ちゃんの能力を疑っているわけじゃありませんから」

「………………」

 この女、僕が原稿用紙20×20の原稿用紙二枚ぶんを越える理路整然とした正論を、あっさりと台無しにしやがりましたよ。つーか、舞さん。さっき『冥さんに学校教育は無理』とか、その口できっぱりはっきりと言いやがりましたよね?

 僕のなにか言いたそうな視線から目を逸らしながら、舞さんは言った。

「とにかく、フォローするんだったら、坊ちゃんだけじゃダメですからね」

「へいへい……どーせ、僕は頼りないですよ。屋敷一つ守れないクズですよ、畜生」

「クズとも頼りないとも言ってません」

「ヘタレフォローって言ったじゃねぇかよ」

「それはそれ、これはこれですっ!」

 力説して、誤魔化しきれないことを無理矢理誤魔化そうとする女がここにいた。

 コホンと咳払い一つして、舞さんはきっぱりと言った。

「とにかく、私も手伝いますからね」

「……うっわ。冥さんがかわいそうだ」

「うっさいっ! 正直言うと坊ちゃんの力量に疑いはありませんけどね、アンタはなんかこう……誰かのフォローがないとダメになるタイプの人間ですからねっ!」

「…………ぐっ」

 うわ、それはかなり否定できないところがある。

 確かに、最初の方は章吾さんがいないとなんにもできなかったし、章吾さんが抜けた後も美里さんと舞さんがいたからなんとかなったようなもんだ。

 本当に……僕はフォローがないとなんにもできないな。

「そういうわけで、断られようが邪魔されようが、私も手伝いますから」

「うん、じゃあよろしく」

「………………」

 僕が素直に頷くと、舞さんは疑わしそうな視線を僕に向けた。

「……なんか、やたら素直ですけど、もしかして裏とかあります?」

「今回は裏は一切ないよ。……あ、でも条件なら一つあるかな」

「条件?」

 舞さんは怪訝そうな顔をして、僕を見つめる。

「なんですか? またなんか無理難題押し付けるつもりじゃないでしょうね?」

「いや、無理難題じゃないよ。ただ……もう屋敷はないんだし、『坊ちゃん』と敬語はやめて欲しいってだけ」

「今更呼び方を変えるのって、ものすご面倒なんだけど」

「……敬語に関しては注意する必要もなかったかな」

 そういえば、最近舞さんと話す時は大抵タメ口になりつつあったような気がする。

 雇用主としては上下関係が保てないのでやっちゃいけないんだけど、そこには僕的に切実な理由があったわけで。

 ……だって、この子からかうと超面白いんだもん。

「まぁ、とりあえず『坊ちゃん』以外だったら呼び方はなんでもいいからさ」

「んー……じゃあ『ヘタレエロス』ってことで」

「ん、分かった。じゃあこれからよろしく、『義姉さん』」

「ひああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 涙目になって叫びながら、全身を這い上がる寒気に耐える舞さんだった。

 あっはっは、相変わらず押しが弱いなぁ舞さんは。

 こんな会話でも、毎日楽しめなくなるかと思うと、未練が残りそうだ。

「ごめんなさい。それだけは本当に勘弁してください。なんかこう、拒否反応が……」

「うん、分かった。『坊ちゃん』と敬語をやめてくれたら呼ばないであげる。あと、舞さんが僕と付き合うことになったら多分呼ばなくなる」

「あはは〜♪ それだけは絶対に嫌です♪」

 笑顔でさりげなくザクッとくることを言う舞さんだった。

 うん、ふられちゃった。まぁそれくらいでいいんだろうけど。

「うーむ、僕は舞さんもかなり好きなのに、どうして好意が伝わらないんだろう?」

「歪んでるからじゃないですか?」

「ん、そういうことなら仕方ない。好意は冥さんに直接伝えてくるか」

「ちょっと待てええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!」

 相変わらず、冥さんのことになると過剰反応する舞さん。

 彼女をからかうのはやっぱり楽しくて。

 かなり……未練が残りそうな気がした。



 舞さんをからかいまくってから、数時間。

 無人島だけに星と月はやたら綺麗な夜が訪れた。

「ごちそうさまでした……っと」

 女性陣が温泉に入っている間に、僕は夕飯の後片付けを済ませることにした。

 皿を洗って拭いて、棚に戻す。使った調味料は全部冷蔵庫に放り込んだ。

「……よく考えると、ここって電気は通ってるんだよな」

 自家発電でもしているのか、なぜかコンセントもあるし電気も使える。

 今だって蛍光灯の下で皿洗いをしているくらいだ。

「……さて、と」

 一通りの仕事が終わって、僕はエプロンを外しながら外に向かう。

 これもまた、後片付けの一環だ。外すことはできないし、気持ち悪がったりするのは生きるということそのものを否定することになる。

 庭に出ると、綺麗に皮を剥がされて物干し台に吊るされたうさぎが僕を睨んでいた。

 人間の形式だけど一応手を合わせて、僕は目を閉じる。

「ごちそうさま。美味しかったです。ごめんなさい。ありがとう。僕は君たちのぶんまで精一杯生きます。恨んで呪って罵ってください。それでも僕は生きます」

 僕たちが綺麗に平らげたうさぎを、僕は土に埋めた。

 ちなみに、うさぎがかわいそうとかそういう意見は出なかった。

 美里さんや京子さんは貧困と飢えってものを知っているからこそ、食べ物のありがたみもよく分かっていただろうし、冥さんや舞さんに至っても躊躇は一切なかった。コッコさんもなにも言わずに食べた。

 ……まぁ、僕は現代っ子だからちょっと言いそうになったけど。

 ちなみに、調理をしたのは僕だけど、うさぎを捌いたのはなんか調子が良くなってきた京子さんで、サバイバルナイフ一本でそりゃもうスルスルとウサギをお肉にしていた。味も絶品で言うことはなかったけど、うさぎがとても美味しかったのは、なんとなく複雑な気分だった。

 生きて死ぬってのは、決してきれいごとじゃない。

 ここで気持ち悪いとか言える人間は、自分が普段なにを食べているのかに興味もない人間だと僕は思う。そりゃ、血を見るのは嫌だし、なるべくなら気持ち悪いものには蓋をしていたいとは思う。

 でも、事実を曲げてまで否定するのは……間違っている気がする。

「……ふぅ。やれやれ、と」

 少し深めに穴を掘ったせいか、ちょっとだけ汗をかいた。

 ロッジに置いてあるタオルで汗をぬぐいたかったけど、もう少しでお風呂の番が回ってくるのでそれは少しだけ我慢することにする。

 木片に『うさぎの墓』と書いて墓標を立てて、僕はゆっくりと立ち上がった。

「……あれ、坊ちゃん?」

 去り際に声をかけられて、僕は思わず振り向く。

 湯上りの冥さんが、不思議そうに僕のことを見つめていた。

「どうしたんですか? こんな夜に庭に出て」

「ん……まぁちょっと、うさぎの供養をね。許しちゃくれないだろうけど」

「坊ちゃんらしいですね」

 冥さんはにっこりと笑いながら、僕に歩み寄ってきた。

「坊ちゃんの作ったご飯、美味しかったです」

「材料が良かったんだよ」

「かもしれませんけど、美味しかったですよ」

「……ん、ありがと」

 冥さんは素直にお礼が言いたかったんだろうと思ったので、僕は素直に頷いた。

 彼女は僕の横顔を見上げて……ポツリと呟いた。

「お屋敷は……終わっちゃうんですよね」

「……うん、ごめんね。僕がもうちょっとしっかりしてればね」

「それ、何回くらい言いました?」

「みんなにはたくさん。自分にはその十倍くらい」

「じゃあ、坊ちゃんは精一杯やったんですよ。自分がそう思ってなくとも、私だけはそう信じることにします」

「………………」

 優しくて素直な言葉に、ほんの少しだけ泣きそうになる。

 それでも、最後の意地で涙は堪えた。

 屋敷を守ると誓った時に、最後の最後まで人前じゃ泣かないと誓ったから。

 ……まぁ、逆を返せば自分独りの時にけっこー泣いているわけだけど。

 自分が情けないのは、自分が一番良く知っている。

「坊ちゃんは、とても強い人です」

「え?」

「最強と言っても過言じゃないかもしれません。……坊ちゃんは、とても強いです」

「そんなことはないよ。……僕は、弱いから強くなりたくて……それでも、結局強くなんてなれなかった」

「それは嘘です。坊ちゃんはとてもとても強いです」

 冥さんは、じっと僕のことを見つめている。

 どこまでもどこまでも真剣な眼差しで、僕のことを真っ直ぐに見つめていた。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


「私は、人殺しです」


 冥さんの口からその言葉を聞くのは、初めてのことだったと思う。

 声の響きに悲しいものはない。ただ事実を事実として告げるだけの……淡白で感情に欠ける言葉だった。

「たくさんとは言いませんけど、私は人を殺めました。何人も殺して、両手じゃ数え切れないほどに殺しました。老若男女一切の区別なく、殺しました。環境が異常だったとか、仕方がなかったとか、そういう言い訳はできるでしょうけど……それでも、私は人を殺しました。命令に従って、言われるがまま、人を殺めました」

「…………うん」

「坊ちゃんにだって、嫌われて当然のなんです。人殺しだから」

「いや、僕は過去とかは比較的どーでもいいから。少なくとも冥さんが人殺しをしてる所とか見たことないし、見たとしてもたぶんなんにも変わらないよ」

 冥さんが僕の思っている通りの女の子なら、必ず悪いことをした後は顔に出ているに違いないだろう。

 見ていていたたまれなくなるくらい、とてもとても悲しそうな顔をしているはずだ。

 僕は、そんな女の子を責め立てるようなゲスな精神は持ち合わせていない。

 そのことをきっぱりと告げると、冥さんは嬉しそうに口元を緩めた。

「だから、みんな坊ちゃんのことが好きなんだと思いますよ」

「……微妙に好かれている気がしないのはなんでだろうねェ」

 苦笑を浮かべて、僕は頬を掻く。

 京子さんは機嫌が悪いと殴ってくるし、美里さんはなにかにつけて僕を虐待しようとするし、舞さんにはあんまり殴られないけれど言葉の暴力がひどいし、冥さんだってさりげなく足の小指とか踏んだりするし。

 まぁ、筆頭で僕のことを殴ってるのは間違いなくコッコさんだろうけど。

「それだって、きっと甘えてる証拠だと思います。気を使う相手だったり、本当に嫌いな相手だったら、殴ったり蹴ったりなんてできませんよ」

「……うーん」

 それでも、さすがにパワーが強すぎるので、僕にとっては虐待以外のなにものでもないわけで。

 冥さんは納得いかない様子の僕を見つめて、ポツリと言った。

「私は、坊ちゃんのことが好きですよ」

「…………へ?」

 あれ? 今、なんかさりげなく告白された?

 いや、ちょっと待て。これはアレか……えっと、トラップじゃなくて……えっとね?

 ダメだ。これが舞さんとかだったらトラップの可能性が極大なんだけど、冥さんの場合はなにも思いつかない。仮に罠だとしても『引っ掛かってもいいや』くらいの気分になっちまうじゃないか。

 とりあえず腕組をして熟考。なんとか思い留まらせようと考える。

「えっとさ、冥さん……ちょっと言っておきたいことが」

「知りません」

 一蹴された。必死で考えた時間が全て無駄になった。

 僕が唖然としていると、冥さんは苦笑して続ける。

「言われなくても重々承知していますよ。……たぶん、いえ、きっと、私の世界は狭いんだと思います。一度助けられたら、ずっとその人を心に残してしまうくらいに。それでも、私を助けてくれたのは坊ちゃんと舞ちゃんだけです。恩義に報いたいという心以上に、私は坊ちゃんのことが好きですし助けたいと思っています」

「………………」

「私は、屋敷がなくなっても貴方の側にいたいです」

 ストレートで剛速球だった。言葉を挟むことすらできない、それはただ真っ直ぐなだけの、しかしだからこそ強い言葉だった。

「一応確認しておくけど、それは本気と書いてマジと読むんだね?」

「はい」

「……悪いことは言わないから、やめておいたほうがいいと思うよ?」

「男の子の趣味が悪いのは重々承知しています」

 ……や、それもどうなんだろう。

 少なくとも本人を前にして言う言葉じゃないと思うのは、僕だけか。

 僕が少しだけ渋い顔をしていると、冥さんは楽しそうに笑った。

「それに、舞ちゃんと坊ちゃんを一緒にしておくといつの間にかバカップルになってそうですし」

「……いや、それはねぇな」

「そうでしょうか? 舞ちゃんって、坊ちゃんのお風呂上りにチラチラと鎖骨や首筋のあたりを見ていたりしますけど、気づいてませんか?」

「………………」

 なんつうか、姉妹そろって嗜好が似たり寄ったりだった。

 それにしても、冥さんも舞さんも僕のことをどういう目で見てるんだろうか? 僕はこう見えてもバカップル否定派だというのに。

「いえ、坊ちゃんのことですから、多分一人に集中したら際限なく甘やかします」

「もしかして君たちは僕の心の声が聞こえるんじゃねーかって時々思うんだけど」

「顔に出すぎるだけですよ、坊ちゃんの場合は」

 分かりやすくていいんですけどね、と言って冥さんは微笑んだ。

 いや、僕としては分かりやすいってのはかなり困りものなんだけど……。

(……ま、いいか)

 とりあえず、無粋なことを考えるのはやめにした。

 冥さんは本気だ。僕が拒否しようとも、彼女は僕の側にいるつもりだ。

 思い込みが激しいとか痛いとかそういう表現を取ることもできるわけだけど、問題なのは……僕がそのことをまるで意に介していないという事実。

 いや、こういうのも可愛いじゃん? とか思うわけで。

 我ながら鈍感にできてるよなぁと、ちょっとだけ苦笑する。

「それじゃあ、高校の間のボディガードとか、お願いしようかな。報酬は勉強と他色々をしっかりと教え込むってことで」

「承りました、ご主人様。全身全霊を尽くし、私は役目を果たしましょう」

「……うん、ありがとう」

 僕は口元を緩めながら、なんとなく思いついて冥さんの頭を撫でる。

 月明かりの下で、冥さんはこれ以上にないくらいに嬉しそうに笑っていた。



 こうして、僕にとって最後の日々が始まった。

 いつかきっと知っていた、それはありきたりな終わり。


 きっとそうなるんだと、この時は思っていた。



 第四十一話『社員旅行とみんなの気持ち(上)』END

 第四十二話『社員旅行とみんなの気持ち(下)』に続く

と、いうわけで後編に続くってわけです。

今回と次回の上下編を公開した時点で、命題9の方は確実に解けるようになっているでしょう。

命題のヒントは次回が主軸になってますが、今までのヒントでも解けないことはないように……作ってあるつもりなんですけど最近自信なくなってきた(汗)

てなわけで、よろしくお願いします。

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