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第三十八話 オムライスと目玉焼き乗せハンバーグ

コメディです。

実際にはオムライスも目玉焼きハンバーグも食べている人はいませんが(笑)

次回もコメディになる予定。学園祭で女装の話です。

あとがきが長いんで、ここで宣伝(笑)

あ、今回は命題の更新はありません。なんだかみんな攻めあぐねているらしく、まともに答えてくれる人が少ないんで(笑)

今のが全部解答できたら、更新する予定です(^^)


 軋む命の鼓動が響く。



 カキリカキリと音がする。

 組み上げられるのは心か、あるいは体か、あたしには分からなかった。

 他の全てと同じように、発生する瞬間をあたしは覚えていない。

 今と比べれば幼い心と、心にそぐわないそれなりに高度な知識を保有して、気がつくとあたしはそこにいた。赤ん坊のように抱きかかえられるわけじゃなく、放置された物のように、あたしは存在していた。

「んー……よしよし、なかなかいい感じじゃない」

 声が聞こえる。目は見えない。目が見えないのは目がはめ込まれていないからだと気づく。

「眼球が調整中なのが痛かったな。まさかここまで手間がかかるとは思わなかった。おじいちゃんでも眼球速攻で調整する技術は持ってないし……ま、こればっかりは完成待ちか。それまではちょっとグロくなっちゃうけど我慢我慢。おじいちゃんのためだもんね」

 彼女曰く、あたしは誰かのために作られたらしい。

 彼女があたしの創造主ってコトになるんだろうと、その時あたしは知った。

 手を伸ばそうとして手が動かないことに気づく。頭の中の知識を動員して言葉を紡ごうとするけれど、舌がないためにしゃべることができない。足は元々ついていない。四肢のない体と思考するだけで役立たずな頭だけが、あたしの全てだった。


 つまるところ、あたしは人間ですらなかった。


 まぁ、それに絶望したことは一度もない。

 体は人より丈夫で、なんと普通の人間らしく生きることもできる。エネルギーは食物で摂取できるし、いざとなったら体に内蔵された『魔法』で戦うこともできる。

 最後のは蛇足かもしれないけれど、あたしは人間より強く生きることができる人形だった。

 ただ、問題なのはあたしの創造主とやらはかなりの気まぐれさんで、そこかしこにあたしだったかもしれない部品やら残骸が転がっているのがかなり不安を掻き立てる。

「あ、そろそろお茶にしないと。今日のお茶はカモミールでいいかな」

 創造主は柱時計が三時の時報を鳴らすのを聞いて、あたしの製作をやめてさっさと工房を出て行った。

 あたしは内心で溜息を吐く。

 どうやら、あたしが存在できるかどうかは分の悪い賭けになりそうだった。


  

 刻灯由宇理は割り切りと切り替えの速度においては、この世界最速の少女である。

 正確には、気持ちを切り替えなければ生きていけないのだった。

 機嫌の悪くなることがあっても、翌日には大抵の場合それどころじゃない事態に遭遇するのが常で、今日はとうとうもやしすら買う金が尽きた。財布の中に残った残金は十円。神社仏閣にお賽銭として投げても最近では『ケチ』とされてしまう金額である。

 おまけに、十円の賽銭は『遠縁』とされてしまい、大変に縁起が悪い。

「つまり……ここらでたんぱく質等の体を作る栄養素を補充しないとマジで命に関わるんスよっ!」

「……さよか」

 拳を握り締めて力説する由宇理に対し、無理矢理ここまで連れて来られた有坂友樹はそれはそれは疲れたように深々と溜息を吐いた。

「なァ、刻灯。今のうちに言っておきたいことがいくつかあるんだが」

「なんスか?」

「一つ、こういう損な役回りはあいつの専売特許であって、俺の仕事じゃない。二つ、今日は一応休日ってコトで俺はデートの約束を取り付けていたのにお前のせいでパーだ。三つ、お前のその服装はなんとかならんかということ。四つ、まぁこれが一番重要な問題になるんだが……」

 渡されたほっかむり(サザ○さんに出てくる泥棒が頭につけているアレ)を適当にポケットにしまいながら、友樹は顔をしかめて口を開いた。

「なんで、親友の屋敷に侵入する必要があるんだよ?」

「飯を奢ってもらうためッス」

「……なら堂々と表門から入れよ。俺はデートとかそういうので忙しいから」

「山田ちゃんから聞いたんスけど、この屋敷ってメイドとか執事が普通にいるそうじゃないッスか?」

「…………それがどうしたよ?」

「や、あのキツネ野郎がメイドと一緒に寝てる所でも写真に収められたら、とりあえず一生食うには困らないかなーって思ったんスけど」

「いや、それはありえないな」

「なんで?」

「あいつヘタレだもん。メイドさんに手を出すなんて、とてもとてもとても」

 肩をすくめて苦笑する友樹に対し、由宇理は目を細めて呆れたように溜息を吐いた。

「……分かってないッスねぇ」

「なにがだよ?」

「目の前にメイドさんがいて、抱きつかない人間がどこの世界に存在するんスか?」

「ふむ、なるほど。それは確かに真理ではあるが、メイドさんというものは目で見てその所作を楽しむのが一番じゃないかと思う。いや、そりゃあ抱きつきたい。抱きついてなんか顔を赤らめてきゃあとか言うところをめちゃめちゃ見てみたいが、それをやると殺されてしまうのが難点だな」

「ほう。じゃあ、もしもあのキツネがメイドさんと一緒に寝ていたらどうするッスか?」

「引導を渡す」

 恐ろしい顔をしてニヤリと笑う友樹は、指をゴキリと鳴らした。

「くっくっく、よく考えたらあの男は俺の手に負えない女二人+胸がでかくてやたら可愛いメイドに好かれているという、並大抵の常人じゃ叶わない異形を成し遂げている男だったな。これはもういっそ、ここで始末しろという神の啓示か」

「ちなみに、アンタ好みの女って?」

「大人しくて可愛くて胸がでかいメイドさん」

「うーん、あたしは普段活発でいざという時にダメダメになってしまうメイドさんが好みなんスけどねェ」

 半分は鎌賭けのその言葉は、己が誰であるかを開かす通過儀礼のようなものだった。

 由宇理はそう言いながらにやりと笑い、友樹も口元を緩めた。

「………ちなみに、その神様の名前は?」

「エマ、もしくはシャーリーだ」

「なるほど、つまりアンタが『燦然メイド委員会』コードネーム・ホワイトというわけッスか? 第二千四百三十二番目の世界で起こったクロイゼル熱砂の戦いにて全ての侍従を救ったという英雄」

「そういうお前こそかの有名なコードネーム・デリートか。その作業着を最初見た時に薄々感づいてはいたが、まさかこんな所で巡り会えるとは思いもしなかった」

「まぁ、もっとも嗜好が違うから理解しあえるとは思ってないッスけどね」

「同感だ。……しかし、利害は一致しているな、残念なことに」

「全くッス」

 などと、電波というかある意味猟奇的な会話を繰り広げる二人は、ガシッと熱い握手を交わしてから行動を開始した。

「目標の部屋は?」

「二階だ。ヤツの性格をそのまま反映しているせいか、正面からの侵入は困難だが窓からなら容易く侵入できるだろう」

「了解ッス」

 にやりと笑った由宇理は一気に跳躍して壁のわずかな取っ掛かりに指を引っ掛け、指の力のみで二階にまで這い上がった。

 友樹もそれに続き、由宇理の伸ばした手を掴んで自分の体を引き上げる。

 そして、作業着からなにやら怪しげな器具を取り出し、窓に貼り付けた。

「なんだそれ?」

「ピッキングツールの一種ッスよ。こうやって窓を丸くくり貫くことによって音を響かせずに部屋に侵入することが可能になる一品ッス。前のバイト先からかっぱらって来たッス」

「……それ、どう考えても強盗団じゃ」

「うし、開いたッス」

 パキ、と硬質的な音が響き、窓ガラスが丸く切り抜かれる。

 由宇理は開いた穴から手を入れて窓を開け、軽やかに部屋に侵入した。

 そして、埃一つ落ちていない日当たりのいい部屋を見て、目を丸くして絶句した。

「うわお……すげぇいい部屋ッスね」

「普段着は地味なくせに、変な所で派手なんだよな。金をかける場所がおかしいっていうか」

「ま、それはそれとして後で色々と漁るとして、今はヤツの寝姿をカメラに収めるのが先ッスっ! 鬼が出るか蛇が出るか、それともメイドさんが出てしまうのかっ!? 出たら殺すけどっ!!」

「同感だなデリートっ! さぁ、今こそヤツに鉄槌………………を?」

 親友が眠っているはずの、ベッドの膨らみに違和感を覚える。

 どこかで見たことがあるような光景に、友樹は違和感を覚えた。

「や、刻灯。ちょっと待て。なんだかものすげぇ嫌な予感が―――」

「とりゃああああああああああああああああああっ!!」

 友樹が止めようとした時には既に遅く、由宇理は盛大にベッドのシーツをめくり上げていた。



 その日、僕は最高潮に不機嫌だった。

 理由を最初から説明しよう。

 一ヶ月程度じゃ絶対に終わらない、屋敷内でも魔窟と呼ばれる物置がある。

 最初は使い古しだけどまだまだ使えそうな色々を収納していた使い勝手のいい物置だったのだけれど、色々あった挙句にパンクし、現在じゃもう誰も近づかない魔境と化してしまった部屋がそれで、僕はその部屋の前を通る度に「やべぇよなぁ」と思い続けていた。

 そして、つい先日とうとう掃除することを決意し、僕は意気揚々と魔窟に踏み込んだ。

 が、掃除を始めてから三時間。僕は屈辱感を味わっていた。

 終わらない。全然終わる気配すら見えない。そもそもこの物置は元々は簡単なダンスパーティなんぞを催すために使われていた小ホールで、そんな場所にゴミが満載してりゃ終わるわけもないことになぜ三時間も経って気づかなかったのか、なぜあの時の僕は大丈夫だと思っているのか、謎で仕方がない。

 そもそも、コッコさんが朽ちた木技などを逐一彫刻して記念と称して取っておいたり、京子さんが読んだ少年誌を捨てずに取っておいたり、美里さんがアホみたいに撮り溜めした美咲ちゃんの写真集とも呼べる分厚いアルバムの数々を取っておいたり、母さんが屋敷のメイドやら僕やらを取りまくったこれまたアルバムの数々々々々々々々々々々々々々々々々々を取っておくのが悪いのである。

 あと、男性同士の恋愛とか凄まじく不愉快なものを取っておいたのはどこのどいつだっ!? 段ボール箱に満載されたそれを見た時には屋敷ごと燃やそうかと思ったじゃないかっ!!

 ……と、まぁそんな感じのことが色々あって、僕は仕方なくたまたま近くを通りかかった冥さんに掃除を頼むことにした。

 適当で切り上げていいからねと言い含めて、僕は休憩するために部屋に戻った。

 ……そう、この時僕は言葉を間違えていた。

 

 適当、という言葉を使うべきじゃなかったのだ。


 五時間後。深夜の二時。半泣きになりながら僕の部屋にやって来たのは、薄汚れた冥さんだった。

 適当。いい加減なことという意味のある言葉は、『ちょうどいいこと』という意味合いも含んでいる。

 冥さんにとっての適当とは『部屋の掃除が終わること』だったわけで、生真面目な彼女は一生懸命にそれをこなそうとして……で、結局終わらなかった。

 泣きそうになっていた理由というのがまさにそれで、終わりませんごめんなさいと謝る冥さんに対し、僕は罪悪感でかなり死にそうになった。ついでに泣きそうになっている冥さんも可愛いなぁとか思ったりしてしまい、さらに罪悪感は倍増した。

 とりあえず部屋に招き入れ、僕の部屋にあるお風呂を貸して、その後にはご飯をご馳走した。

 まぁ、味噌汁とご飯と手製の漬物というわびしい食事だったけれど、冥さんはとても喜んでくれた。

 問題は、その後だった。

 深夜三時。ご飯を食べた後に死んだように眠りに落ちた冥さんをベッドに運ぶために、僕は冥さんの体を持ち上げた。柔らかい感触やら甘い匂いやら可愛い寝顔やらの全てにシカトを決め込むという、自分の自制心を総動員しての重労働だったけれど、まぁそれはなんとかなった。

 冥さんをベッドに寝かせて、僕は執務室のソファで寝ればいいやと思っていた。


 冥さんに、体を折られるかのごとき力で抱きつかれるまでは。


 完全に寝惚けている冥さんに手加減などない。

 もがけばもがくほど締め付けられ、もがくのをやめれば安心したように力を緩めてくれる。

 抵抗をやめたのが深夜の三時半。無理矢理離れようとして肋骨のあたりがメキッという嫌な音を立てたのが原因だった。折れてはいないし罅も入っていないだろうけど、このまま冥さんから離れようとすれば、肋骨どころか体がボキリと真っ二つになるだろうことは言うまでもない。

 昼間の掃除の疲労も尾を引いていたので、僕は仕方なく開き直って寝てしまおうと目を閉じた。

 ……さて、ここで問題です。

 高校二年生っていう飢えた狼さんが、隣に女の子が眠っているなんていう状況で眠れるでしょうか?

 答えは断じてNO。在り得ないほどにNOなのである。

 柔らかい感触やら甘い匂いやら可愛い寝顔やらと戦うこと五時間。壮絶かつ限界いっぱいいっぱいの戦いは、いきなりベッドのシーツを剥ぎ取られたことによって終結した。

「………………」

「………………」

 沈黙が落ちる。

 シーツを剥ぎ取ったのは転入早々僕に喧嘩を売ってきた気に食わない女で、なぜか頬を引きつらせていた。

 その後ろにいる白髪の男は僕の親友で、なんだか顔を青くしていた。

 ゆっくりと体を起こし、冥さんの頭を撫でる。

「冥さん」

「……なんれふか?」

「ちょっと手をぱーにしてもらえないかな?」

「ひゃい」

 冥さんは言われた通りに手をぱーの形にしてくれた。

 たったそれだけのことで、僕はあっさりと解放される。とはいえ、これは眠りが浅くなってきた今だからこそできる方法で、数時間前までは言葉すら届かなかった。

「ん、ありがとう冥さん。上出来だ」

「………………えへ」

 手を伸ばして頭を撫でると、冥さんは夢うつつに微笑んだ。

 ようやく拘束から解放され、僕はベッドから降りてコキリと首を鳴らす。

 体は疲れ切っている。相手は二人で一人は宿敵。

 今戦えば負けることは明白なのにも関わらず、僕は全てのペナルティを無視した。


「さて……それじゃあ聞かせてもらおうか? なんで君らはこんなところにいるんだ?」


 心を冷たく細くしなさいと、記憶に残る誰かは語る。

 己の領域に誰かが踏み込んだのならば、侵入者と思われるどこの誰とも知らぬ敵が踏み込んだのならば、己の全てを賭けて相手を排除しなさいと、記憶に残る誰かは語っていた。

「言っておくが、返答によっては冗談抜きで殺す。もちろん言うまでもないが、返答がなかったらその時点で殺す。さらに付け加えるなら、刻灯の方は意味もなく殺してやろう」

「ハ……言ってくれるッスよ、このエロス大王がっ!!」

「おい、やめろ、刻灯っ!?」

 刻灯由宇理が僕に殴りかかってくる。昨日殴りあった経験じゃ、実力は拮抗ほぼ互角。

 相手がなんらかの切り札を隠し持っていることを差し引けば、総合力じゃ由宇理の方が上というのが僕の見立てで、恐らくそれは間違っていないだろう。

 が、負けるつもりはこれっぽっちもない。冥さんが眠っている今戦えるのは僕だけであり、ついでに言えば相手がなにを考えているかなど考える必要もない。

『殺しなさい。潰しなさい。叩き潰して滅却なさい。ありとあらゆる障害はその手で取り除きなさい。そのためには手段を選んではいけません。しかし、それでも届かない敵がいる。そういう場合は逃げなさい。命を惜しまずになにを惜しむというのです。そして、勝てない相手に対して逆襲する場合は目で追うのです。目で追って可能な限りコピーなさい。模倣し再現し自分のものになさい。毎日の修練と訓練と鍛錬を怠らなければ、常に体と頭を動かしてさえいれば、経験は力に、力は経験になる』

 腰を落とす。

 相手の動きを見る。

 あらゆる最悪の事態を想定し、その全てを排除する作戦を立案。

 速度は昨日の時点で頭に刻みつけている。

 思ったよりも細い手首を取る。

 腕を捻り上げると同時に足を払う。

「へ?」

 相手が一回転して転倒したところに、足を落として三つ編みを踏みつける。

 おふざけならここで止めるしそもそも女の子の髪を踏みつけるような真似はしないが、侵入者なら別だ。

「で……もう一度だけ警告するけど、なんで君たちはここにいるの?」

「え? えっと……えぇ!?」

 自分の敗北が信じられないのか、あるいはなんで転がされているのか分からない由宇理は、頭に疑問符を浮かべながら立ち上がることすらできなかった。

 と、そこでようやく親友が口を開く。

「えーと……なんて言うか、お前の下で唖然となってるアホ女が飯をたかりに来たそうだ」

「ふぅん。ってことはこれはドッキリ企画ってコトでいいのかな? あいにく今日の僕は凶悪なまでに機嫌が悪いんで、そういう冗談に付き合ってる余裕はないんだけど?」

「いや、本当にすまん。……まさかあんな大事になっているとは夢にも思わなかった」

「僕も寝惚けた女の子に拘束されるまでは、夢にも思わなかったさ」

 自嘲気味に口元を歪めて、三つ編みを踏みつけていた足をどける。

 それからゆっくりと息を吐いて、頭を振った。

「とりあえず、隣の部屋で待っててくれ。ちょっとシャワー浴びたり服着替えたりしたいから」

「分かった。行くぞ、刻灯」

「ほえ? え、あの………………」

「刻灯、四の五の言うな。今は黙っとけ」

 友樹は由宇理を引きずりながら、僕の自室を出て行った。

 後に残されたのは、不機嫌かつ疲労満点な僕と、ベッドで安らかに寝る冥さんだけ。

「……さてと、とりあえず、冷水のシャワーでも浴びて頭を冷やそうか」

 そんなコトを呟いて、僕は背伸びをした。

 さて、まぁ今日も色々と厄介ごとが飛び込んでくる一日の始まりというわけだ。


 

 シャワーを浴びてさっぱりすっきりして、ようやく僕の不機嫌は収まってくれた。

 正確には不機嫌を誤魔化すことができただけなんだけど、その辺は気にしちゃいけない。

 タオルで頭を拭って水気を取り、適当な普段着に着替えて親友とばか女を待たせている執務室に向かう。ちなみに冥さんは前日の疲労が尾を引いているせいかまるで起きる気配がないのでそのままにしておいた。

「よーっす。いやいや、朝から機嫌が悪くて悪かったねぇ。まぁ、とりあえずぶぶ漬けでもどうぞ」

「おや、お茶請けとは気が利くッスね。さっきまでの凶悪っぷりが嘘のようッス」

『………………』

 ちなみに、京都ではぶぶ漬けかお茶漬けを出されたら『帰れ』という意思表示であることは有名な話だ。

 僕と友樹は馬鹿というより考えなしの女の子を見つめ、こっそりと肩をすくめた。

「をや? なんだか嫌な空気ッスね。まるで『空気読めよ』と言わんばかりの微妙な雰囲気ッス」

「そこまで分かってるなら、なにも言うことはないよ。……とりあえず、帰れ」

「いやいや、あたしは飯を奢ってもらうまでは帰らないッスよ? なんせ、今日たんぱく質らしきものを摂取しないと……速やかなる死が待ってるのだからっ!!」

「……分かった。そこまで言うのなら、食事くらいは奢ってやろう」

 そこまで覚悟を決めているのならこちらとしても言うことはない。

 僕は深々と溜息を吐いて、執務室に一つだけある洋服タンスを開け、一着の服を取り出した。

 それは、恐らく由宇理とサイズが合うだろうメイド服だった。

「だが、無料(ただ)ってのは良くないな。食事を食べたいのなら、働くことだ」

「むぅ。せっかくバイトのない日だっていうのに強制労働とは、つくづくアンタは鬼ッス」

「あいにく、正面玄関から来た人間は客として迎えるけどね、窓から来た人間を客としてもてなす趣味はない。窓ガラスの弁償代を請求されたくなかったら、せいぜいあくせく働くことだ」

「……友達がいのない男って言われたことないッスか?」

「テメェみてぇにふてぶてしい人間を友達に持った覚えはない。ついでに言えば、信用の置けない多数の友人を持つより、背中を預けられる一人の親友を持つべきだと僕は思うけどな」

「この白いのとかッスか?」

「………………うん、まぁ、そうなんじゃね?」

 僕がかなり曖昧な返事をすると、案の定、友樹は目を細めて僕を睨んだ。

「親友、そこできっぱり『その通りだ』って言ってりゃかなりいいセリフだと思うんだが、それは俺の気のせいか?」

「や、だって友情とか表に出すの恥ずかしいじゃん? それに、友樹のことは親友だと思ってるけど、背中を預けあうには、ちょーっと色々と頼りないかなって思うんだよ僕は」

「よーし、いいだろう親友。今日こそは雌雄を決する時だと俺は認識してしまったぜ?」

「あっはっは、言っておくけどテメェも同罪だからちゃんとメイド服着て働けよ?」

「金払うからそれだけはどうか勘弁をっ!!」

 友樹はそう言うと、これまた見事な土下座を決めた。

 実に素直でいい感じなのだけれど、そういう素直なあたりが僕が背中を預けにくいと思っている最大の原因だったりするわけなんだけど、本人にいまいちその自覚はないらしい。

 僕はゆっくりと溜息を吐いて、呆れを通り越して完全に引いている由宇理に向かって言った。

「……そういうわけなんで、ちゃんと昼飯と夕飯は奢るから、物置の掃除を手伝って欲しい」

「あー……まぁ、仕方ないッスね」

 由宇理は肩をすくめて苦笑して、僕の肩にポンと手を置いた。

「前言を撤回するッス」

「ん?」

「アンタは友達がいのないやつじゃなくて、ロクな友達がいないやつッス」

「……そこは撤回すんなよ」

 事実だからなお悲しいというか、かなり泣きたくなってくる事実ではあった。

 もちろん、言うまでもなく自業自得ではあったけれど。



「うっし、気合も入ったところで掃除開始っ! 数々のバイトで身につけた凄まじい掃除テクニックというやつをその目に焼き付けるが良いわー……って、ちょっと、一人で騒いでても面白くないんスけどツッコミとかはいつ入るんスか?」

「そんな暇があるんだったら、さっさと手を動かせ」

「むぅ。さっきまでは軽快にツッコミ入れてたくせに、冷たい男ッスね。絶対にエロいことした後もそんな感じに違いないッスよ」

「黙れ」

「ほーい」

 などと生返事を返しながらも、京子さんが集めて放置しておいた少年漫画を、ものすごい速度で縛り上げているあたり、バイトを数多くこなしているというのは伊達でも酔狂でもないようだ。

 いや、口ばっかりのハッタリ女なのかと思ったケド、そうでもなかったらしい。

 ついでに言えば、メイド服がやたら似合うのも予想外だったのだが……もしかしたらメイド服というのは元々仕事着だし、掃除や家事に精通した人が着るとものすごく似合ってしまうものなのかもしれない。

 燃やせるゴミとプラスチックゴミと資源ゴミをものすごい速度でより分けながら、由宇理は口を開く。

「しっかし、アルバムと変な彫刻以外は大抵ゴミッスねぇ」

「そりゃそうだけど、物置ってそんなもんだろ?」

「うーん……しかしなんというかこういう物置には大抵忘れ去られた古代帝国の遺産とか……おろ?」

 どうやら、なにかを発見したらしい。

 昨日僕が見つけたBL漫画の一部だったら即刻焼却処分にしようと思って身構えたが、由宇理が取り出したのは僕が思い描いたのとは逆のジャンルの本だった。

「じゃーんっ! 引越し名物エロ本発見っ!!」

「友樹、その棚は一人じゃ無理だから、ちょっとそっちの方持ってくれ」

「おう。こんなもんでいいか?」

「せっかく人が面白そうな物質を発掘したのに、スルーとはナニゴトか貴様らーっ! って、その程度の棚程度なら一人で持ち運び可能ッスよ。どんだけ貧弱なんスかあんたら?」

 と言って、由宇理は僕らが苦戦していた棚をひょい、と持ち上げて部屋の外に運んで行った。

 いや、確かに自分の体重くらいだったら持ち上げることは可能という話は聞いたことがあるけどさ、そんな特殊技能を持っているのは引越し業者でバイトしていた奴しかいないわけで、決して僕らが非力とかそういうわけじゃない……と、思いたい。

「……ほほう、これはなかなか」

「って、このエロ白髪っ! テメェも真剣な顔でエロ本読んでるんじゃねーよっ!!」

「馬鹿を言うな親友。女子とベッドで一緒に寝ておきながらちゅーもぎゅーもその先もやらなかったお前には分からないかもしれないが、男にとってエロは生命線だ。枯渇したら多分死ぬ」

「………………親友、テメェ昨日僕がどんだけ辛い思いしたと思ってやがる? いい加減な気持ちでそのセリフをほざいてるんだったら、コロスぞ?」

「いやごめん。まぢごめん。謝るからそんな血走った目で睨むのはやめてくれ、頼むから」

 謝りながらも、友樹はあさっての方向を向いて僕から目を逸らして、呆れ顔で口を開く。

「……つーか、お前よく我慢できたな。その辺は本当に尊敬するわ」

「寝ている女の子に手を出すって鬼畜なことができるわけねーだろと言いたいところだけど……そーだな、同じこともう一度やれって言われたら、絶対に無理だ」

「や、あたしは単にあんたがヘタレなだけだと思うッス」

 棚を置いて戻ってきた由宇理は、なんだか勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

「大体、嫌いじゃない女の子と一緒のベッドで寝て、手も足も出さないなんて男としてあるまじきことッス。人間としてダメダメッス。なんかもうホモであることを疑ぶがぐっ!?」

 僕は、由宇理の頭に手を置いて、足を思い切り払って、そのまま地面に頭を叩きつけた。

 ゴズッ! というものすごく痛そうな音が響いたが僕は一切合財まるで気にしなかった。

「由宇理、そろそろ僕はお前を殺そうと思う」

「くっくっく、お怒りはごもっともッスが、三人の美女に好かれてなお誰にも手を出さないとなると、同性愛とかそういう嗜好かなって疑われても仕方がないと思うッス」

「………………」

 むぅ、確かに言われてみれば納得できる言葉かもしれない。

 しかし、それでも僕としては同性愛とかそういう不健全なことを疑われるのはかなり嫌だ。

「悪いが、今の僕は恋愛とかしてる場合じゃねぇんだよ。この屋敷を守るのでいっぱいいっぱいだ」

「ほほう? じゃあこの屋敷がなくなったら、アンタは恋愛とかできるんスか?」

 それは、まぁわりと僕にとってはクリティカルな問いかけだったけれど、僕は少しだけ考えてから、わりと当たり前のことに気づいて肩をすくめた。

「……や、正直自信はないな。そこのエロス紳士友樹とは女の子に対する耐性が違いすぎる」

「エロスじゃない男はエロスじゃねえ。ただの変人かホモかどちらかだ」

「いや、そこまで力説せんでも。っていうか、いい加減にエロ本読むのやめろお前は」

「うわ、これはかなりすごいッスねぇ」

「由宇理、テメェもつられて読んでるんじゃねぇ。っていうか、掃除しろよテメェら」

 僕は不機嫌極まりない声で警告したのだが、エロ本で盛り上がる思春期の男女にはまるで聞こえていないようだった。

 と、不意に由宇理は名案を思いついたかのように、ポン、と手を打った。

「……ねぇねぇ、ゆっちん。ちょっと思いついたんスけど」

「ああ、そうだな」

 二人は、なんだか妙に冷たい視線で僕を見つめ、異口同音に言った。

『これ、もしかしてお前(君)の趣味?』

「よーし分かった! その言葉は僕に対する挑戦と受け取っていいんだな貴様らっ!!」

「いや、だって……なぁ? 女の子と一緒に寝て、なんにもしないってのは男としてどうよ?」

「メイドさんを目の前にして抱きつかないなんて、人としてどうかと思うッスよ?」

「どうかと思うのは貴様らの精神構造の方だああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 なんか、貴様とかいう言葉を初めて使ったような気がするが、そんなことを気にしている場合じゃない。

 そう、今ここで僕がやらなきゃいけないことはただ一つ。こいつらを綺麗にぶちのめした後にオムライスと目玉焼き乗せハンバーグを食べて部屋に帰って寝ることだっ!

 休日に、こいつらと掃除なんざやってられるかあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

「大体、さっきから聞いてりゃ人を変態扱いしやがってっ! 僕だって人並みに女の子やら恋愛やらに興味あるに決まってんだろうがっ!」

「ほうほう。で、変態さんはどんなギャルがお好みなんで?」

「だから変態扱いするなっつってんだろうがっ! ちなみに、好みの女の子は笑顔が可愛くてちょいと間の抜けた女の子だっ! 顔とかスタイルの優劣はこの際関係なしっ!!」

「ずいぶんマニアックな守備範囲ッスねぇ」

「……じゃあ、素直に笑顔が可愛くて間が抜けてて和服の似合う女の子とでも言えばいいのか?」

「それだとあたしもアンタの好みの範疇に入っちゃうから、思い切り却下したい方向で一つヨロシク」

「自意識過剰もたいがいにしとけよ、クソ女」

「とうとうクソ呼ばわりですとっ!?」

 ボキャブラリーが少なくなり、とうとう直接的な暴言に移行した僕の言葉に、由宇理はそれなりにショックを受けているようだった。

 と、友樹は由宇理の肩にポンと手を置いてにっこりと笑った。

「刻灯、俺はお前にメイド服が似合ったという事実がもう信じられん。なるべくなら夢だと思いたい」

「アンタもかっ!? メイド服が似合うくらい、別にいいじゃないッスかっ!!」

「駄目だ。お前にメイド服が似合うとか、なんかもう魂の尊厳とかに関わる」

「いいことを言うな、友樹。確かに、由宇理に着物が似合うなんて事実があったら、僕は発狂する」

「あっはっはっはっ……アンタらそこを動くなっ! 今すぐ上段回し蹴りで頭を吹っ飛ばしてやるッスっ!!」

「あらあら、ヒステリーですよ友樹さん。これだから頭に馬鹿のつく女性は嫌ですわねぇ」

「本当ですわ。やはりメイド服が似合う『だけ』の女などに存在価値はありませんわ」

「……メイド服がマジで似合いそうな白髪にだけは言われなくないッス」

 その言葉を聞いて、友樹の顔が凍りつく。

 僕はそれに気づくと同時に顔を引きつらせて、三歩間合いを取った。

「………………か」

「へ?」

「メイド服が似合うとかほざきやがったかこのアマアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!!」

 まるで現代の若者のごとくいきなりキレた友樹は、手に持っていた本を丸めて由宇理に襲い掛かった。

「わっ、ちょ、なんでいきなりキレるんスかっ!? 意味不明ッスよっ!!」

「うるせぇ死ねっ! 死んで俺に詫びてあの世でさらに詫びて死ねっ! というか死ねえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 丸めた雑誌を高速で振り回す友樹の目には、少しばかり涙が浮かんでいた。

 友樹のこの豹変にはもちろん理由がある。


 友樹は、僕と出会うちょい前の小学校一年生くらいまで、スカートをはいて女物の服を着ていた。

 ちなみに、十歳年上の従兄の趣味だとかなんとか。


 まぁ、なんというか痛すぎてどうしようもないエピソードだと言えるだろう。

 もちろん友樹がそのことを公言するわけもないけれど、最近再会したばかりとはいえそれなりに長い付き合いだ。出会う前とはいえ小学校は一緒なわけで、白髪でやたら優秀だけど女装をしている男の噂はそれなりに聞いていたりする。

 ほぼ半泣きになった友樹はものすごい速度で丸めた雑誌を振り回し、当たっても痛くはないだろうが友樹のキレっぷりに完全に引いた由宇理はそれをかわし続ける。

 と、その時だった。


 友樹の手から、雑誌がすっぽ抜けた。


 雑誌は綺麗な放物線を描いて、部屋の入り口に近い地面に落ちた。

 僕は喧嘩を続ける二人を放っておいて、雑誌を拾いに向かった。

 とりあえず、誰の持ち物かは知らないがさっさと焼却処分してしまおうと心に誓う。こういうのに免疫のない人……コッコさんとか冥さんとか、意外に舞さんとかに見られたらただじゃ済まないような気がする。

 と、その時だった。


 不意に、部屋の扉が開いた。


 全身から一気に冷や汗が吹き出す。

 本を拾うために屈みこんでいた僕は、ゆっくりと顔を上げる。

 そこには、お茶とお菓子を乗せたトレイを持っているコッコさんが困ったような表情をして立っていた。

「坊ちゃんたちが魔窟の掃除をしていると聞いて、差し入れに来たんですけど……なんていうか、掃除というよりもじゃれあってるみたいですね」

「あ……ええと」

 僕は最大限の自制心を発揮し、雑誌を拾うのをやめた。

 急いで拾ったり慌てて後ろに隠そうとすれば一瞬で気づかれる恐れがある。奇跡的にも雑誌の裏表紙は比較的まともで、これならなんとか誤魔化せそうだった。

 ここで必要とされるのは冷静なる判断力。そして決してパニックに陥らない強固な心だ。

 僕はいつも通りに笑って、こっそりと雑誌の位置を足でずらしていく。

「いやいや、あの馬鹿どもと一緒にはしないでくださいよ? 僕はちゃんと掃除してましたから」

「本当ですか? なんか怪しいですね」

「本当ですよ」

 あっはっは、と笑いながらコッコさんの死角になる位置に雑誌を移動完了。

 僕は心の中で安堵の溜息を吐いた。ホント、窮地に陥った時の判断力は我ながら大したものだと思う。

 あとはコッコさんがいなくなった頃に、この本を始末するだけで僕は死の恐怖から解放される。

 と、思っていたのが甘かった。

「それで、その本は一体なんなんですか?」

 ぎくり、と肩が跳ね上がる。

 どうやらコッコさんは僕が隠そうとしていたものを目ざとく見つけていたらしい。

「駄目ですよ、坊ちゃん。本を足蹴にするなんて。古新聞、古雑誌といえどちゃんとリサイクルできるんですから」

「いや、あのですね、リサイクルしてはいけない本っていうのも世の中にはありまして……」

「はいはい。またこの前みたいに、絵本を読んで涙ぐんでたとかそういうのでしょ?」

「………………」

 いや、確かにちょっと泣きそうになったけど、そこは僕のことを想って、適当になかったことにするか忘れてくれるのが大人の態度ってもんじゃないだろうか。

 それに、猫が百万回生きた話など泣かない方がどうかしている。これが人間だったら涙腺など緩みもしないけど、猫が百万回生きたのなら泣いてもいいんじゃないかと思うんだケド。

「で、なんなんですかその本?」

「えっと、いや……そんなに大したものではなくてですね」

「……ふぅん?」

 やばい。疑惑の目だ。明らかに僕のことを疑っている。

 どうする? どうすればいい? どうやったらこの窮地を切り抜けられる? 落ち着け、落ち着くんだ。僕ならやれる。なんかもうデスノー○で追い詰められた月の人みたいになっているが気にしちゃいけない。これしきのことでパニくるな。そうだ、まずは素数を数えるんだ。素数は1と自分以外では割り切れない数字。きっと僕に勇気を与えてくれる。いや、それ以前になぜ僕はメラが使えないんだっ!?

「坊ちゃん?」

「…………はい」

 コッコさんの冷水のような声で、我に返る。

 いつの間に拾い上げたのか、その手には僕が隠したかった本が握られていた。

「それで、この本は一体……なん……」

 コッコさんの顔が見る見るうちに赤くなり、語尾は尻すぼみになり、ついでにちょっと肩が震えていた。

 いや、まぁ確かに奇跡的に裏表紙は普通だったけれど、表紙まではまともではないわけで。

 僕は、今度という今度は本当に殺される覚悟を決めた。

「あの、コッコさん。ちょっと話を聞いてもらえないでしょうか?」

「………………」

「……コッコさん?」

「………………ふ」

 コッコさんは目に涙を浮かべて、僕のことを睨むように見つめる。

 そして、脱兎のごとく駆け出した。

「不潔ですうううううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

 あっという間に部屋を出てしまったコッコさんは、あっさりと僕の視界から消えた。

 言うまでもなくコッコさんの運動能力は僕のそれを遥かに凌ぐ。そして、全力で逃げるコッコさんに追いつく術など僕にあるわけもない。

「………………」

 別に僕は悪くないけれど、なんだか胸に重くやり切れないものを感じる。

 はっきりと自分の心を認識すると……どうやら、僕はそれなりに傷ついているらしい。

 心の中で溜息を吐いて振り向くと、さっきまで喧嘩していた二人はニマニマと楽しそうに笑っていた。

『な〜かした、な〜かした♪』

「………………」

 ぷつん、と僕の中でなにかが切れた。

 


「ぶぇっくしゅんっ!」

 彼が、彼の父親の宝物である日本刀を振りかざして暴れ出す五分ほど前、娘のためにリンゴを剥いていた世界最強は、盛大なくしゃみをしていた。

「……むぅ、今のはもしかして息子があたしの噂でもしてるんだろーか?」

「お兄ちゃんに限ってそれだけは絶対にないと思う。あと、そのリンゴはもう食べられないから庭に埋めてきたらいいと思うの」

「………………」

 日に日に口が悪くなっていく思春期の娘に対し、世界最強こと高倉織はばつが悪そうに頬を掻いた。

「あのさ、娘。あんたいつの間に息子にそんなに懐いたの? 赤の他人からお兄ちゃんなんてスピード出世もいいところだとあたしは思うんだけど」

「……理由として父さんが母さんを選んだ理由と似たり寄ったりよ」

「ん?」

「すこぶる面白かったから」

 病室に、重い重い沈黙が落ちる。

 織は光の差す窓から青空の広がる空を見上げて、ポツリと呟いた。

「……えっと、なんていうか、誤解されちゃ困るけど、ちゃんと愛もありますよ?」

「そのわりには、しょっちゅう家出されてるじゃない」

「うん、実はそのあたりが全く謎なんだ。高校の頃は色々とエログッズをかき集めて一日中愛とかエロとか萌えとかについて語り合った仲だっつうのに。……まぁ、鼻血吹いてぶっ倒れたのは予想外だったけど、あの時は若かったから『ああ、彼もやっぱり男の子なんだなぁ』とか思っちゃったりしてな」

「………………」

 それは興奮したんじゃなくて、単に疲労がピークに達してぶっ倒れたんじゃないとはあえて言わない。

 そういうことをするから家に寄り付かないんだとも、言わなかった。

 代わりに溜息を吐いて、読んでいた文庫本から顔を上げた。

「リンゴ」

「ん?」

「早くリンゴ食べようよ、お母さん」

「……ん、分かった」

「ついでに、夕飯はオムライスか目玉焼き乗せハンバーグで♪」

「あれは息子の方が得意なんだけど……そういうことなら、たまには奮発してやろうか」

 織は満足そうに笑って、リンゴを切り分けて皿に盛り付けていく。

 鈍感で単純な母親にちょっと呆れながらも、望はほんの少しだけ口元を緩める。

 今日も今日とて、病室は少しだけ騒がしくも平和だった。



 第三十八話『オムライスと目玉焼き乗せハンバーグ』END

 第三十九話『大逆転と学園祭』に続く

粘り強さという言葉がある。

執念とかそういう風に言い換えてもいい。

その人はコッコさんのファンフィクションを作ってもいいかと聞いてきた。

僕はその時途中で放り出すんじゃねぇかと思っていた。あまり知られていないが、この手の企画にはリスクが付きまとう。元々の作品を重視するあまりキャラを壊すことを恐れ面白くもない無難な話になったり、キャラを壊しすぎて原作者に怒られたり、途中で放り出してドロップアウトされたりと、まぁロクな話を聞かないし自分もロクな経験をしていないが田山は軽い気持ちで、OKを出した。

簡単に結果だけ言ってしまおう。

彼は面白いものを書き上げた。人によっては評価が割れるだろうし、文章が甘いだとかこんなの違うとかいう意見もあるかもしれない。

作者の贔屓目だと思ってもらっても構わない。

それでも、彼は面白いものを書き上げたと断言する。


粘り強く質問を繰り返し、文章に駄目出しされても怒りもせず、文句も言わずネタを必死に作り上げて、彼は作者が満足できる作品を書き上げた。


作者曰くの『第一話(裏)』を、完璧に書き上げたのだ。


というわけで、宣伝だったりする。

作者の名前は坂本ヒロノリ。


小説のURLは以下の通り。

http://ncode.syosetu.com/n7399b/


僕の家族のコッコさん つヴぁいッ!〔番外編〕 世界は常にあたしを中心に。


ぜひ、一読あれ。

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