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第四話 坊ちゃんと愉快な友人たちWITHメイド

 男と女は別種の生命体である。

 形は同じだろう。しかし、その性質は全く異なる。

 だから、その……浮気して、すみませんでした。……<ある教授の言い訳>



「昔の人は、言いました♪」

「男はオオカミですのよ〜暗がりには要注意♪」

「えっちな本も隠し持ってる〜♪」

「当然の如く浮気性〜♪」

「収集癖がある上に、妙に凝り性〜♪」

『ゲームでレベルを最大まで上げるのは大抵男〜♪』(同時に)

「でもでも、ちょっとお待ちなさ〜い♪」

「昔の人は、言いました♪」

「女はド悪魔ですのよ〜いいお話にはご用心♪」

「笑顔で人を騙せる〜♪」

「男の夢や希望には妙に淡白〜♪」

「開き直ったら手がつけられない〜♪」

 黒霧冥。ショートカットにカチューシャ。垂れ目にふっくらとした顔立ち。にこにこといつも楽しそうな笑顔。そこそこ発達した体躯をメイド服で包んでいる。年齢は高校生程度に見えるが、どこか浮世離れした印象を抱かせる少女である。

 黒霧舞。ショートカットにカチューシャ。つり目にほっそりとした顔立ち。にこにこといつも楽しそうな笑顔。そこそこ発達した体躯をメイド服で包んでいる。年齢は高校生程度に見えるが、どこか浮世離れした印象を抱かせる少女である。

 二人は、一卵性双生児であった。

 二人が紡ぐ歌は、なにやら語りに入りつつあった。。

『ほら、やっぱり、恋愛っつっても長いスパンで考えればやっぱりマンネリ化するし、少し刺激のようなものがあってもいいわけだ』(説得)

『ふーん、たとえば?』(マニキュアを塗りながら)

『だから、四の五の言わないでこの白衣を着てくれ』(願望)

『ふーん、死ねば?』(先ほどと全く同じ口調で)

 奇妙な歌を歌いながら、二人の少女は植えてあった奇妙な形の木を引っこ抜いた。

 ちなみに、その木は屋敷の主人が屋敷を建てた時に植えたものであり、そんな簡単にやすやすと引き抜けるようなものではない。K−1ファイターでも不可能だ。

『ああ、なんていうか人間って星の寄生虫〜♪』(同時に)

 木を全て引き抜いて歌を締めくくり、双子はにこにこと笑いながら、言った。

「暇だね、舞ちゃん」

「暇だね、冥ちゃん」

「暇だねぇ」

「暇だねぇ」

 二人は少しだけ考えて、やがて冥の方が名案を思いついたように手を叩いた。

「古今東西。お題はねばつくものー」

「納豆」

「オクラ」

「とろろ」

「めかぶとろろ」

「〇〇」(自主規制)

「んーと……あいえ」

「なに白昼堂々卑猥なこと口走ってるんですかっ!」

 怒声が響く。二人が振り向いた先にはエプロンドレスを完璧に着こなした、見た目はまさに完璧なメイド。背中の高枝切りバサミと、左右のホルスターに収められた、人も殺せそうなハサミを除いて、だが。

 彼女の名前は山口コッコ。屋敷に住み込みで働いているメイド(?)である。

 そんな彼女はいつもの無表情を崩し、口許を引きつらせていた。

「まったく……近頃の若い人は品性を知らないというかなんというか。いいですか、新人さんたち? いくら…マグレデ…面接に合格したとはいえ、ここは格式と歴史を重んじる、それはそれは由緒正しいお屋敷なのですよ?」

「お屋敷は由緒正しくても、所有者は成金ですけど」

「坊ちゃんがいなかったらこんなとこ、就職してませんし」

「あと、ちっちゃい声でまぐれって言ってますけど、まぐれじゃないです。実力です。老婆のひがみとやっかみって、無様ですよねぇ」

「更年期障害って知ってますか」

「坊ちゃんが言ってたんですよ。バアさんはしぶといって(注1)」

 注意をしたら、愚痴になって返って来た。しかも百倍返し。

 それでも、山口コッコは意外と忍耐強い女であった。口許を引きつらせ、こめかみに毛細血管が浮き上がるくらい憤怒していたとしても、なんとかそれに耐えた。

「……黙らっしゃい。そもそも、貴女たち、庭で一体なにを……」

 そして、コッコは絶句した。


 引き抜かれた木々。

 切り裂かれた花々。

 そして、土が剥き出しになった地面。

 燃え盛る炎、いい匂いが食欲を刺激した。。


「あ………………」

 表情が漂白される。

 真っ赤になっていた顔が真っ白になっていく。

 山口コッコは、ゆっくりと顔を伏せた。

「……黒霧シスターズ。これは、一体どういうことでしょうか?」

「庭があまりにも見苦しさ万点だったので伐採〜♪」

「ついでに、黄金の味(焼いも)を堪能〜♪」

『一石投じて二羽をゲット。一石二鳥〜♪』(声を合わせて)

 双子は、部族の舞のような左右対称の奇妙なポーズをとった。

「そうですか……」

 山口コッコは顔を上げた。

 ヒュンヒュンヒュンヒュン、ジャキッ!!

 左右のホルスターから瞬時にハサミを抜き放ち、コッコは告げる。

「とりあえず、死になさい」

 絶対零度すら生温い、世界最冷の無表情がそこにあった。


 

 つまるところ、不条理っていうのは降って湧いた災難だと思うのだ。

 今日は三人の後輩が僕の家に来ることになった。

 女の子だったらよかった男の子。

 デビルシスター。

 サムライガール。

「なんていうかアレだよね。桃太郎でもここまでヴァリエーション豊かな人材は揃えていなかったような気がするよ、うん」

「そうですかー?」

 女の子だったらよかった男の子こと、獅子馬麻衣さんは楽しそうに笑っている。

 なにが楽しいのかはよく分からないけど。

「お屋敷にヴァリエーション豊か過ぎるメイドさん揃えてる人には言われたくありませんよー? メイドメイドメイドづくし、みたいな」

 ……どうやら、そういう意味で楽しいらしい。

 とりあえず、ものすごい誤解がありそうなので弁解しておく。

「あのね、侍従の人と同じくらい、執事さんもいるんだからね」

「それはアレですよー。えっちぃビデオ借りる時に、カムフラージュに普通のビデオも借りちゃう、みたいなー?」

「へぇ? ってことはそういうことやってるんだ?」

「シテマセンヨ?」

 僕が的確なツッコミを入れると、麻衣さんは即座に顔を逸らした。

「そう言う先輩こそ、『うん、やっぱり和服はいい。あの艶やかな色気がたまらない。日本に生まれてきて本当に良かった』とか去年言ってましたよね?」

「イッテナイヨ?」

 的確な突っ込みに、僕は即座に顔を逸らした。

 嗚呼……男ってなんて悲しい生き物なんだろう。

 と、デビルシスターこと清村要が不思議そうな顔をした。

「……和服というのは、それほどまでにそそられるものなんでしょうか?」

「……あーいや、なんつーか個人的な趣味だからね、うん。そんな純粋な瞳を向けないでほしいっていうか、深く突っ込まないでほしいかなーって思うんだけど」

「やはりうなじ? うなじなのですね?」

「……いや、そうなんだけどさ」

 なんていうか……やっぱりこの子、神に仕えてるだけの悪魔だ。

 こっちの嗜好を完璧に知り尽くしてる。

 要さんは口許を緩めて、こちらを挑発するように笑う。

「私もちょっと着てみたいですけど、でも和服はやっぱり唯さんが一番似合いますね。お祭りとかだとよく着てますし」

「まぁ、師匠の趣味が和服集めだから」

 な……なんだと? 和服集め?

 むぅ、色気云々はともかくとして、そういうものは是非拝見してみたい気がする。僕も一時期、日本刀の収集に凝ったことがあるけど、織物や染物にも興味はあるのだ。今度、自慢の一振りと水墨画を持参してその師匠さんとやらに会ってみようか。

 などと物思いにふけっていると、

「あ、先輩。もしかして、えっちな想像してません?」

 ニヤリ、と嫌な笑いを浮かべながら、デビルシスターは僕の顔を覗き込む。

「うんうん、健康的な男子はかくあるべきです。ね、唯さん?」

「いや……私は、別に」

 顔を真っ赤に染めている唯さんはかなり可愛いのだけれど……とりあえず僕をだしにしないでほしい。

「先輩はエロエロですからねぇ〜」

「はっはっは、君がそれを言うか? 年上のお姉さんっつーか、同級生のお姉さんの絵画を描く時の白衣を見て一発で惚れた、麻衣君がそれを言うか?」

「先輩だって実家はメイド天国じゃないですか〜?」

「メイド服は機能的にできてるんだよ。そういう妄想を抱くのがおかしい」

「白衣だって汚れを防ぐためにあるんです。美大とかだと普通に販売しているくらいには実用的なんですよ? それを言ったら先輩の和服なんてもう実用性の欠片もないじゃないですか」

「和服はいいんだよ。あれには全てを許される権限が…」

 言いかけて、僕は唖然とした。

 どうやら、他の三人もそれを見たようだった。


 いつもなら、木々や草花に覆われた僕の自宅。

 その庭は、奇妙な年上のメイドさんによって、奇妙な形にカットされている。

 だが……いまや彼女が必死で作り出した庭園は、

 バラバラに、

 滅茶苦茶に、

 メラメラと、

 見事に、ぶち壊されていた。


 いい匂いがする。それはきっと焼きイモの匂い。ちょっと季節外れだけれど、僕は急に甘いものが食べたくなった。後のことなど考えずに、財布が空っぽになるくらいに、本当に唐突に、甘いものが食べたくなったのだ。

 人はそれを現実逃避と言う。

 くるりと、僕はきびすを返す。

「さぁ、みんな。『みつや』でケーキでも食べよう。今日は僕のおごりだ」

「わーい。先輩のおごりだー。イチゴのショートケーキがいいですねー」

「私はカボチャの豆乳モンブランがおすすめです」

「……なぁ、あれは」

 空気を読まない彼女に、僕はすかさず彼女に詰め寄った。

「唯さんはなにがいいかな? もう今日はなんでもおごっちゃうよ?」

「いや、その……」

「なにがいいかな? ケーキ、嫌いかな?」

「そ、そうじゃありませんけど、その……」

 なぜか、真っ赤になっていく唯さん。僕はその機を逃さずたたみかける。

 瞳を潤ませて、唯さんの手を握った。

「それじゃあ、早く、一刻も早く『みつや』に行こうよ。……ね?」

「え、えっと……じゃあ、ブルーベリーのタルトで」

 よし、陥落。さすがケーキの魔力。女性を虜にする甘い誘惑と男性すらも骨抜きにする力を兼ね備えた、最強のお菓子である。欠点はカロリーが異様に高いところだ。

 自宅に背を向けて、僕たちは歩き出す。

 と、その時。

 

 ガシッ、と。肩を掴まれた。


 ああ、やっぱりダメだった。うん、この結末は分かっていたともさ。コッコさんを怒らせたのは間違いなくあの双子で、あの黒霧シスターズを採用したのはなにを隠そうこの僕なのだから、彼女の八つ当たりが僕に来るのは至極当然のこと。

 っていうかさ、背後から響いてくる『ドッドッドッド』っていう重厚な機械音がとんでもなく恐ろしいっていうか、背筋も凍りつくっていうか。とりあえず、止まった時の中で肩を掴まれたらこんな気分なんだろーか、と思っている僕は達観しつつあるんだろうか。ああ、文法すらおかしくなるほど僕は恐怖している。

 僕は、半ば死を覚悟しながらゆっくりと振り向いた。

 そこには、

「……坊ちゃん」

 子供が見たら失神しかねないほどの殺気を放った、メイドさんがいた。

 ちなみに、装備はチェーンソー。それは容赦なく回転しながら、道路をこすって火花を散らしていた。

 どうやら……はらわたが煮えくり返っているらしい。

「とりあえず聞いておきます。坊ちゃんは、私の庭園を『廃棄』したりはしませんよね? 先日の言葉は、ほんの、うそぷ〜って感じの冗談ですよね?」

「そりゃ……冗談ですけど」

 半分は、だけど。

 でも大人になって『うそぷ〜』ってのはどうなのかなぁ。

 コッコさんは近年稀に見る、綺麗な微笑を浮かべた。

「それを聞いて安心しました。……これで心置きなくあいつらを〇〇〇(人を挽肉に変化させる行為)にできますよ」

 ……ああ、困ったなァ。なんでコッコさんはこんなに怒ってるんだろう?

 なんであの屋敷の皆さんはこうやって騒動ばかり起こすんだろう?

 人選ミスか? いや、でも優秀そうな人を雇用するのは間違っていないと思うんだけど、雇った後で問題が発覚していく。

 僕は人を見る目がないんだろーか?

「あの、コッコさん。ちょーっと落ち着きませんか? 今は友達もいますし、悪鬼羅刹の顔をしていると警察に通報したくなるのですが」

「くっくっく、今は怒りで均衡を保っていますが、ちょっと落ち着いたら私は泣いて坊ちゃんにすがりついてしまうかもしれませんよ?」

「や……あの、すごく楽しそうな事態ではありますが、それはちょっと」

 速攻で顔を逸らして、ちらりと後輩たちの様子をうかがう。

 なんだか、視線がちょっぴり冷たかったのは気にしないでおく。

 とりあえず、この場を治めることに全力を尽くそう。

「……話は分かりました。とりあえず、燃やしていない庭木の類はすぐに植えなおして、足りない場所には新しい苗木を発注して植えることにします。それから、あの双子には相応のペナルティを与えるので、この場はなんとか」

「……ペナルティって?」

 コッコさん目が怖い。ついでに体中から溢れるオーラが怖い。

 僕は必死で目を逸らしながら、なんとか口を開く。

「コッコさんがやってきたことが、屋敷にとって役に立っていたことをちゃんと示せば、彼女たちも反省すると思います」

「……納得いきません。せめて〇〇〇〇〇〇(人格とか基本的人権とか道徳とかを無視ぶっちぎった行為)するとか、そういうペナルティじゃないと」

 コッコさんは憮然としていたが、そこは諦めてもらうしかない。

 っていうか、なにがなんでもあきらめてもらう。そんなことをやられたら、僕だったらお天道様の下で胸を張って生きていけなくなる。

 僕は、素直に頭を下げた。

「すみません、コッコさん」

「あ、いえ……坊ちゃんのせいでは」

「いいえ。僕のせいです。人選ミスとまでは言いませんけど、ちょっと注意を怠ったのは僕の怠慢以外の何者でもありません。許してください」

「えっと……その」

 コッコさんは困った顔をして、どこからか分厚い本を取り出した。

「それじゃあ、これとこれとあと、これとこれ。新しい庭木として発注してもらえますか? 植え替えが必要だと、私も思っていましたし」

 ……なにげにちゃっかりしてやがります、この侍従さん。

 まぁ、それくらいは妥協しなきゃいけない。アレンジにちょっと独創性入ってるけど、コッコさんは『基本的』にはかなり優秀な庭師さんだ。

 庭木を適当にカットしているわけではない。ちゃんとした手順を踏んで、庭木が駄目にならないように細心の注意を払っているのは、素人の僕にだって分かる。

 ただ、僕は庭木のことはよく分からないので、章吾さんに相談してみよう。

「分かりました。確約はできませんけど、出来る限り」

「ええ、それじゃあ楽しみにしてますね」

 コッコさんはうっすらと微笑を浮かべる。さきほどのような、冷汗が流れるような恐怖の微笑みではなく、普通の、女の人らしい綺麗な笑顔。

 思わず真っ赤になりそうになったが、そこはなんとか自制した。

 笑顔のまま、コッコさんは僕に言った。

「それじゃあ、庭木を植えなおしてきますね」

「はい、お願いします」

「坊ちゃんが止めてくれたおかげで助かりました。危うく卍解(注2)するところでしたよ」

「………………」

 本当にやりそうなのがものすごく怖い。

 そうなるとアレか、やっぱり武装の名前は、神を殺すチェーンソー(注3)だから『惨獲神回天鋸』とかになるのか? 

「坊ちゃん、そのネタは誰も知らないと思います」

「人の心を読まないで下さい、コッコさん」

「ふふふ」

 意味ありげな微笑を見せて、コッコさんは屋敷に戻っていった。

 さて……これで最難関は乗り切った。

 あとは、

「せんぱ〜い?」

「いいご主人様じゃありませんか〜?」

 麻衣さんと要さんはにっごりとしたデビル的な笑顔を浮かべていた。

「くっふっふ、あれがまさに『萌え』ってやつですね?」

「うっふっふ、あれがまさに『愛』というものなのですね?」

「あの……二人とも。目が怖いんだけど」

「それじゃあ、みつやに行きましょうか、先輩。奢ってくれるんですよね? 私はイチゴのショートケーキと、スタンダードな生チョコケーキでいいですよ」

「私は先ほど申しましたように、カボチャの豆乳モンブランとラムレーズンのチーズケーキ、それからイチゴのババロアで」

「え、えぇ?」

 なんだか奇妙な流れになっている。僕が助けを求めるように唯さんに視線を向けると、

「……タルト全種類」

 なぜか、彼女はものすごく不機嫌そうにしていた。

 肩と腕を引かれて、僕は強制連行されていく。

「いっそのこと、お寿司とかでもいいですねぇ。回ってないやつ」

「あら、それは素晴らしい。今は寒ブリも美味しい季節ですしね」

「師匠御用達の美味い寿司屋を知ってる。そこでいいか?」

「大トロ〜」

「ウニ〜」

「ちなみに、お薦めは豪華ちらし寿司だ。一杯五千円だが」

「いや、ちょっと、いくらなんでも僕だってそんなに持ち合わせがあるわけじゃないんだよ? えっと、ねえ、みんな? お寿司とかそんな、僕だってそんなに食べないものを簡単に言われてもね? 聞いてる? おーい」

 ズルズルと引きずられるまま、

 今年最高の散財が始まろうとしていた。



 それは、ちょっといい思い出。

 気がつくと、ベッドの上で眠っていた。高級なベッドなのか寝心地が最高だったことは言うまでもない。頭痛がしたけれど、それは脳震盪を起こした後遺症のようなものだろう。

 体を起こすと、頬に湿布を張った少年が不機嫌そうにしていた。

「言っておくけど、悪いなんて思ってねーぞ」

 彼は、子供っぽく、それでもきっぱりと言った。

 側には、若い侍従さんが控えている。

 彼は不機嫌そうに、ちょっと侍従さんの顔色を伺いながら言う。

「だからアレだ。えーとな、やられているのを見られたのが格好悪くてつい喧嘩を売ったとか、そういうんじゃねーからな?」

「理由はどうあれ、女の子を殴るんじゃありません」

「ずあああああああああああああああっ! やめてぇぇぇぇっ! イタイイタイイタイ耳が千切れちゃうってばっ! ぎゃああああああああああああっ!」

「すみません、本当に。主人の非礼は、私が代わって詫びておきます」

「あ……いえ。私も悪かったし」

 絶叫の中、私は恐縮した。

 なんというか……侍従の彼女には逆らえない雰囲気があった。

 無表情だったし、妙なプレッシャーがあったし。

「全く、喧嘩する時はあれほど、『他者が介入しないうちに徹底的に叩き潰せ』って言ったでしょうが? だから女の子を殴る羽目になるんですよ」

「いや、だって卑怯じゃねーかよ」

「喧嘩は野試合です。卑怯なんて概念はありません」

 何気に恐ろしいことを言ってるし。

 と、不意にその侍従のお姉さんは席を立った。

「とりあえず、その子を見ててくださいね? 今消毒液持って来ますから」

「分かってるよ」

「……変なことしちゃ駄目ですよ?」

「するかっ!!」

 無表情ながらも、しかし口許ではしっかりと笑って、その侍従は席を外した。

 自然、部屋の中には私と少年だけが取り残されることになる。

 なんとなく、居心地の悪さを感じていたが、それは向こうも同じだったらしい。

「……悪かったな」

 不意に、そんな言葉が聞こえた。

「え?」

「いや、殴ったのは悪いとは思ってないんだけどさ……俺が殴ったの、顔だろ?」

「正確には顎だけど」

「だから……その、すまなかった。顔を殴るのはよくないし」

 どうやら、殴ったことそのものは問題ではないらしい。

 殴った場所が顔だったから、彼は後悔しているようだった。

 殴ったり殴られたりするのが当たり前の私には、よく分からない感覚だった。

「大したことはないです。修行ではよくあることですし」

「大したことなくても、顔はよくない。せっかく綺麗なんだから」

 それは、

「女の子を殴るのはよくないけど、綺麗な女の子を殴るのはやっぱり非常によろしくないわけだ、うん」

 私が初めて聞いた、『女の子』としての褒め言葉だった。



 つまるところ、理由なんてたったのそれだけだったのだ。

 ドラマチックなことなどなに一つない。図体だけがでかくて、心の中身は子供のままの、とっても小さくて弱い私は、とても優しくて楽しい彼に惹かれた。

 どうしようもなく、好きになってしまった。

 だから……嫉妬しているのだろうと思う。

 寿司を口に放り込みながら、私は憮然としていた。あの侍従の人(名前は忘れた)のことがとても羨ましかったから、ずっと不機嫌だった。今日はちょっとだけ機嫌が良かったけど、侍従の人と仲良くしていた先輩を見て、無性に腹が立った。

 我ながら……情けないとは思うけど。

 と、不意に視線を感じて、私は先輩の方を向いた。

「なんですか?」

「や、なんていうか、よく食べるなぁって感心してたところ」

「そんなことは……ない、と思います」

 大食いの女は大抵嫌われる。恥かしいところを見られたことを後悔した。

 が、


「いいんじゃない? 僕は食の細い子より、よく食べる子の方が好きだよ」


 先輩は、あっさりとそんなことを口にした。

 顔が真っ赤になる。修行で自分を律することは学んできたが、この時ばかりはどうしようもなく、私の顔は真っ赤に染まっていた。

 慌ててお茶を口に含んで、私は先輩を睨みつけた。

「そ、それでは先輩。彼氏の前で、回ってる寿司二十皿をペロリと平らげる女を見たらどう思いますか? 幻滅するでしょう?」

「いや、別に。よく食べるなぁって思うくらいかな。少なくとも遠慮して楽しく食事できないよりはいいんじゃないかな?」

「そ、そうですか………」

 ちょっと安心しながら、照れを誤魔化すためにお茶を飲む。

 ちらりと横目で麻衣と要を見ると、二人はニヤリと楽しそうに笑っていた。当然先輩はそんな二人には気づいておらず、ただ楽しそうに笑っていた。

 その笑顔は、私にとっては何より眩しい。

 そして……私はなんとなく、思っていた。

 

 ちょっと変なところもあるけれど、

 優しくて、強くて、どこまでもお人好し。

 そういう男の子だから、惚れたんだなぁ、と。


 心の中で納得しながら、私は席を立つ。

 さてと、それじゃあ、お腹も膨れたし。

 次は、甘いものを食べに行こう。



 第四話『坊ちゃんと愉快な友人たちWITHメイド』END。

 第五話『坊ちゃんとある日の休日風景』に続く。



 おまけ。執事長さんの苦労日記。


 出張から帰ってくると庭先がさっぱりしていた。

「………………むう」

 なんとなくなにが起こったのか予想はついたのだが、近くのメイドに話を聞いても青ざめた顔で震え、首を振るだけだった。

 多少青ざめながら、章吾はいつも通りに主人の部屋に報告に向かった。

 主人の私室はいつも通りに質素で、主人もいつも通りだった。

「ああ、章吾さん。出張ご苦労様」

「はい。とりあえず報告に来たのですが……」

 ちらり、と部屋の隅を見ると、双子の姉妹がソファに座りながらぷるぷると、まるで室内犬人気ナンバーワンのチワワのように震えていた。

「あの、なぜ彼女たちがここに?」

「ああ、コッコさんを怒らせてしまったんでね。保護したってのが正確なところだけど。……ちょっと厳重注意も含めて、調教を」

「っ!!?」

 章吾が絶句すると、主人は苦笑した。

「や、冗談ですって。さすがに僕もそこまではやりませんよ」

「……冗談に聞こえません」

「まぁ、半分は冗談じゃないからね」

 主人の横顔から、冗長性が瞬時に消失する。怒っているのとは少し違う。冷徹な経営者の顔がそこにあった。

「章吾さんも知ってると思うけど、コッコさんの『芸術作品』は一部の芸術家からはとてもいい評価をいただいてる。この屋敷を譲ってくれって言う人も少なくはないしね。コッコさん付きじゃないと意味がないから譲る気はないけど」

「私としては主人がそこまであの女にこだわる理由が分かりませんが」

「単一技能で数億円以上の価値を生み出せる女性を手放すのはいくらなんでも惜しいと思うんだけど?」

「確かに……それはそうですが」

「まぁ、それは言い訳で、コッコさんにはお世話になったし終身雇用くらいはしてもいいかなって、ちょっと思ってる」

「それが本音ですか」

「うん」

 性質の悪いことに、悪びれもなく主人はきっぱりと断言した。

「それはそれとして、今回のことだけどね。実際の被害総額を計算してみると、これが……とんでもないことになっててねぇ。『芸術作品』自体は付加価値みたいなもんだから屋敷の価値そのものが下がったりはしないんだけど……」

「……どの程度、なんでしょうか?」

「十人くらい破滅させても、軽くお釣りが来る程度ってところかな」

 章吾は、思わず言葉を失った。

 ちらりと双子を見ると、なんだか今にも泣きそうな顔をしていた。

 主人はゆっくりと溜息をついて、書類に目を落とす。

「どーしっよかなぁ。いっそのことマグロ漁船かなんかで働いてもらうのもいいかもしれないけどね、それでも結構かかるよねぇ。四十年くらい」

「いや……それは」

「うん。そうだね。マグロ漁船はひどいから、女の子しか働けない場所に行ってもらうっていうのも手だよね。いや、章吾さんは頭が回るなァ。さすが執事長さんだ」

「主人!?」

「冗談ですよ。そんなに驚かないで下さい」

 手を振りながら、主人はにこにこと笑っている。しかし、その目は一切笑っていない。

 どうやら、経営者としては怒ってはいないようだったが、なんだか個人としては本気で怒っているようだった。

「とりあえず、燃やしたり切ってしまったものは仕方ありません。庭木の弁償金は給料から差し引いておきます。それで、今回のことは不問にしましょう」

 その一言に、双子はぱっと弾けるように顔を上げた。

「クビじゃ、ないんですか?」

「ここで、働いててもいいんですか?」

「もちろんです」

 主人は双子に優しく微笑みかけた。

 慈愛に満ちた微笑だった。

「僕は優秀な人を即刻解雇するような度胸を持ち合わせてません。とりあえず、今後のお二人の働きぶりに期待させてくださいね?」

『はいっ! ありがとうございますっ!』

 二人は涙を浮かべて、主人にぺこりと頭を下げた。

 章吾はそれを微笑ましく見守って、主人の頼もしさに今さらながら感服する。双子は泣きそうになりながらも主人に礼を忘れず、部屋を出て行った。

 そして、二人が出て行った後、主人はいつも通りに溜息をつく。

「とりあえず、これで一件落着ってことでいいですかね? 美里さんの誕生日も近いし、なるべく穏便にすませたかったんですが」

「ああ、はい。そうですね」

 主人の言葉に、章吾は同意する。あの双子、何気にコッコ以外の執事や侍従にはそれなりに好かれていたりする。主人がやったのは、なるべく波風を立てないような、人間関係を配慮した大岡裁きだった。

「そういえば、章吾さんは美里さんにどんなプレゼントを贈るんですか?」

 それは主人にしてみれば他愛もない話題だろうが、章吾にとってはここ最近の最難関であった。

「あー、いや、実は……」

 章吾は、以前山口コッコに言われたことを思い出した。確かに、彼女に言うとおり、これに関しては自分の手に負えることではない。誰かのアドバイスを必要としているのは事実なのである。

 かなり悩んだ後、章吾は、少年に聞いてみることにした。

「実は、どんなものを贈っていいのか……よく分からないんです」

「よく分からないって?」

「女性に贈り物をした経験がないので……」

「ああ、そういうことですか」

 主人は、年頃の少年らしく笑う。

「そうですねぇ……僕もあんまり女性にプレゼントとかしたことないんでよく分かりませんけど、いっそのこと思い切り豪華にしてみるのも手じゃありませんかね?」

「思い切り豪華に…ですか?」

「はい。ドレスに食事に美味しいワイン。それからちょっとした舞踏会とか。男女問わずいつの世もファンタジーには憧れを抱くもんですしね」

「………はぁ、そういうものでしょうか」

「章吾さん、実利一点主義もいいですけど、少しは夢見ないと枯れた人間になっちゃいますよ? つーか、女性にプレゼントも渡せないって中学生かあんたは」

「……恐縮です」

 女心を一切理解できない執事長は、主人に説教されて複雑な表情を浮かべていた。

 ふと、主の少年は名案を思いついたように目を輝かせた。

「そうだな……どうせ身内のパーティだから、たまには豪勢にやるのも悪くはないかもしれない。うん、よし」

「え?」

「今回はそういうコンセプトにしよう。章吾さん、手配してください」

「あ……は、はい。分かりました」

 なにがなんだか分からないうちに、とんでもないことになりそうだった。



 ちなみに………その翌日。

「ふあああああああああっ!?」

「ふぇええええええええっ!?」

 請求書を見た双子の絶叫が、屋敷中に響き渡った。

 庭木はそんなに安くはないんだよ、というお話。




 注訳解説。っていうか作者が説明したいだけ。

 

 注1:みんな、こういうことは絶対に言っちゃいけないぞっ! 首を締められた挙句に高い所から突き落とされたりするから! お兄さんとのお約束だっ!

 注2:斬魄刀戦術の最終奥義。スーパーサ〇ヤ人になるようなものだと言えば一発で理解できる。漢字の使い方が鼻血が出るほど最高に格好いい。どうしても分からない人は週刊少年〇ャンプ参照。

 注3:大昔のゲームはゲームバランスなんぞ考えないほどに大雑把だった(それが楽しかったけど)ので、あるゲームではカミというラスボスにチェーンソーの一撃が洒落にならないほど効いた。俗に言うラスボス瞬殺系アイテム。ちなみに、チェーンソーがないと倒せないほどカミは強い。同類項にクイックタイムなどがある。ちなみに惨獲神回天鋸は『ざんかくしんかいてんのこぎり』と読む。読めても読めなくても本作品にはなんら影響はないので読めなかった方は読み飛ばしてください。命名は某北欧神話関連のゲームに出てくる最強剣から抜粋。パクりとは言わないで。

次回、お屋敷の主要メンバーの紹介です。生ぬるい目で見てやってください。

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