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第三十一話 欠けた心と壊れた涙

一時的にリミッター解除。

コメディ風味シリアスです、お楽しみに。

あ、ついでですが、あとがきにクイズのようなものも用意しておきました。粗末なものですが、そちらもテキトーによろしく♪

 とりあえず、命を賭けるに値すると思ったことを一生懸命やってみなさい。

 それを継続することは、とんでもなく難しいことだと気づく前に。



 舞が黒霧ではなく空倉という名字だった頃、彼女の側にはありとあらゆるものがあった。

 暖かな食事、質素だけれど健康的な生活、思うがままに生きられる環境、無愛想ではあるけれどなんでも自分の言うことを聞いてくれる妹。……ささやかであったかもしれないが、舞が望む全てがあった。

 だから、なんにもなくても幸せだったし、その幸せのために自分の力を生かすことを惜しまなかった。


 でも……本当に大切だったのは、たった一つだけだった。


 だから舞は全部捨てた。妹以外の全てを捨てた。

 妹が泣きながら、みんな死んじゃえばいいのにと言ったから、何もかも捨てて逃げ出した。

 それは舞の全てをかけた逃走劇だった。追っ手から逃れ、時には叩き潰して再起不能にしながら、あるいは殺しながら、屍山血河を切り開いて舞は進んだ。後悔なんてしていない。妹に比べれば他人なんてどうでも良かった。だから舞は走り続けた。手が血に汚れようが関係ない。……自分なんかよりも、妹の方が大事だったから、叩き潰した。

 やがて追っ手も来なくなって、舞はボロボロになりながらも一つの策を講じた。

 それは上手くいけば衣食住職が一気に手に入るという、まるで夢のような策で、成功する確率は未知数だが賭けてみる価値のある賭けだった。

 そして、彼女は賭けに勝った。

 最初は運がいいと思っていた。上手く屋敷の主である少年に取り入ったと舞は内心でほくそ笑んでいた。

 けれど……日が経つにつれ、なんだか自分の考えは違うのではないだろうかと思うようになった。

 もしかしたら、ありえないことだと思うけど、自分は引けば絶対に当たるくじを引いたのではないだろうか、と。

 少年は厳しくも甘くもなく、一人を除けば大体誰にでも平等だった。感情の起伏が激しそうに見えて、内心は少々冷めているようなところもあった。しかし、それでも彼は普通の領域に納まっていた。少なくとも彼女から見ればどこまでも普通だった。当たり前のように日々の生活を送り、当たり前のように生きて、当たり前のように死ぬ。そういう人間だと思った。


 そういうふうに、見せていただけだと、つい最近まで気づかなかった。


 結局のところ、自分がなにをしたいのかなんて舞自身にも分からない。

 突かなくてもいい藪を突こうとしているのは分かる。放っておけばいいじゃないかとも、人の歪みや傷などに触れなくてもいいだろうとも思う。いっそのこと、ハリネズミのように適当に距離を取ればいいのだ。触れず近づかず微妙な距離を取って適当に構えておけばいい。そうすれば相手も自分も傷つくことはないのだから。

 それが詭弁だとしても、むやみやたらに踏み込んで相手を傷つけるのは良くないだろうと、舞は思っていた。

 けれど、今回だけは放っておけなかった。

 妹が、その馬鹿に惚れているからで、あとはつまらない理由がもう一つ。

 当然の帰結として、その少年に良くないことが起これば、妹は不幸になる。まだ嫉妬がどういうものかも知らないような妹ではあるが、少なくとも少年を好いているのは間違いない。

 ならば、なにを置いてでも戦わなければならない。たとえそれがドラゴンだろうが、舞は妹のためならどんな存在にだって立ち向かうつもりだったし、対等以上に渡り合うことができると本気で信じていた。

 姉の一念鉄をも穿つ、である。

 ただ……問題があるとすれば、ただ一つ。


 彼は世界中のどんな人よりも普通であろうとしたという、ただそれだけのことだった。



 と、いうわけで日曜日。遊園地に遊びに行く日。

 僕は待ち合わせ場所である駅前の噴水で、舞さんを待っていた。

 動きやすい赤の上着に、ちょいとおしゃれなあちこち破れたジーンズというラフな服装。まぁ、いつもどおりだと言えばその通りだし、別に服装なんかジャージでもなんでもかまわなかった。今日は遊びに行くんであって、決してデートとかそういう甘ったるいものになるわけがないのだから、自分が恥ずかしいと思わない服装ならなんでもいいだろう。

 ……そう、遊びに行くんであってこれはデートではない。

 広義的な意味ではデートになってしまうかもしれないけど、これはデートじゃない。

 ……だからアレだ。さっきから握り締めた手がめっちゃ汗ばんでくるのも、別に緊張とかしてるわけじゃない。

「慣れないよな……こーゆーのって」

 相手が異性だと、どうもやりづりらい。……というか、前々から薄々感づいていたつもりだったけれど、どうも女の子との距離感ってヤツがよく分からない。男ならガンガン間合いを詰めて、殺られる前に殺るって感じなんだけど、女の子の場合はどうしていいものやら対処に困る。普段屋敷で突っ込んだり突っ込まれたりしてる時はいいんだけど、こうやってプライベートで会うとなると……ホント、どうしたものやら。

「や、それは単純に坊ちゃんがヘタレてるだけだと思いますけど?」

「あっはっは、そりゃそうかもしれないけどそれを言っちゃうとミもフタもありゃしないってヲイ」

「なんですか?」

 いつ座ったのか全然分からなかったが、舞さんは僕の隣に座っていた。

 服装は当然のことながらいつものメイド服ではなく私服姿、黒のタートルネックに薄紫の上着を羽織っている。下はタートルネックに合わせた黒のスカートとニーソックスといういでたちだった。……まぁ、僕が言うのもなんなんだけど、普通に可愛らしい服装だった。

「ちょっと待て。今どうやって僕の隣に座ったのさ? 気配どころか存在感すら感じなかったんだけど」

「ふっふっふ、知らないんですか? 今時の女の子は気づかれずに男の背後に立つくらいは楽勝なんですよ?」

「ふぅん。最近の女の子はすごいんだねぇ。ま、それはそれとして、そろそろバスの時間だから行こうか?」

「……ボケを流すのは人としてどうかと思いますが?」

「ツッコミづらいボケを振られるこっちの身にもなってよ。あと、かれこれ三十分ほど遅刻だからね」

「三十分くらいは笑って許すのが、男の度量ってもんですよ?」

「や、別に遅刻自体はなんとも思ってない。ところで、話は変わるけどこの前冥さんと買い物に行った時はめちゃめちゃ息切らせながら時間通りに来てくれて、『約束の時間も守れないような女の子は、なんかもう駄目ですから』とか言ってたんだけど、そのへんについてはどう思う?」

「って、アンタまた勝手に冥ちゃんと一緒に買い物とか行きやがったんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 舞さんが反射的にくり出した拳は軽々と避けて、僕は少しだけ首を傾げた。

「そんなに怒ることかな? 買い物なんてわりと日常茶飯事だけど」

「に、日常茶飯事っ!? そんな……あれほど中高生の男子はバカでエロで最低で世界で一番最低な生き物だから、とりあえず見かけたらぐーで殴れって念入りに言っておいたのにっ!!」

「最悪だな君はっ!!」

 あの屋敷で中高生の男子っていえば、僕と陸くんしかいねぇし。

 必要とあらば弟すらも容赦なく切り捨てるあたりが、舞さんらしいといえばらしいけど。

 舞さんはちょっと絶望的な表情を浮かべて、肩を震わせながら僕を睨みつけた。

「ああ、恐ろしい。そうやって次々と攻略対象を増やして最終的にはハーレムエンドを狙ってるんですねっ!? これだから中高生の男子って信用ならないんですっ! 死ねばいいのにっ!!」

「ハーレムエンドとかもうわけわかんねぇよ。あと、なんか中高生男子に恨みでもあんの?」

「冥ちゃんと一緒に歩いてる時に、学校帰りの中高生にいやらしい目で見られた気がしますっ!」

「……被害妄想とはあながち言い切れないけど、それくらいは勘弁してやりなよ」

「そいつはキツネみたいなつり目で、身長は秀でて高くも低くもなく、それでいて根性が腐り切って人を騙すことも厭わず、やたら和服好きで今年の縁日では冥ちゃんに浴衣を着せようと画策してるような最低の男の子なんですけどね」

「ほほぅ。ちなみに買い物に付き合ってくれた冥さんにちょっと浴衣を見てもらったところ、『着てみたいです』っていう嬉しい返事がかえってきたことは記憶に新しかったりするんだけど、どう思う?」

「………………なんて羨ましいんだろう。殺してやる」

「羨ましい=即殺っていう考え以前に、そこまで妹にべったりってのもかなり迷惑だと思うんだケドなぁ……」

「………………」

 舞さんはなんだかものすごい目つきで僕を睨みつけたが、不意に視線を逸らして深々と溜息を吐いた。

「……ったく、こんなののどこがいいんだか」

「どういう意味?」

「坊ちゃんは知らなくてもいいです。さ、それじゃあ行きましょう。私、今日は結構楽しみにしてたんですから」

「あ……うん、分かった」

 言葉通りにさっさと歩き出す舞さんの後を追うように、僕も一歩を踏み出した。

 なんだか、胸にちょっとひっかかるものを感じていたけれど、よく分からないので無視した。



 そんな二人を駅前の喫茶店から見つめる、二人の女がいた。

 京子は二人の微笑ましい姿を見つめてコーヒーを口に運び、それからにっこりと楽しそうに笑った。

「うんうん、なんつーかアレが健全な少年少女のデートってもんだよなぁ。なんか楽しそうでちょっとむかつくけどな……うーん……そだな、遠くから狙撃するくらいはかまわないかな?」

「駄目ですよ、京子さん」

 それをさりげなく止めたのは山口コッコだった。バニラアイスを口に運びながら、彼女は唇を尖らせる。

「せっかくのデートなんですから、邪魔をするのも無粋というものです」

「ほぅ? あたしらのデートの時は容赦なく邪魔する気満々だったと美里から聞いてるけど?」

「京子さん、坊ちゃんとて男性。いざとなれば狼になっちゃうかもしれません。私にはそれを防ぐ義務があるのです」

「……狼ねぇ」

 目を細めて欠伸をしながら、京子は二人が歩いて行った方向を見つめて、ポツリと呟いた。

「……あれは狼っていうより、狐だね」

「まぁ、坊ちゃんの印象としては確かに狼よりも狐の方が合っているかもしれませんね。ちょっと卑怯なところとか、狡猾なところとか、気持ちが浮ついているところとかが、特に」

「……山口」

「なんですか?」

「狐ってのはね、狼ほど仲間思いでもないし、犬のような忠義もない。イヌ科でも猫に近い生き方をしている生き物でね、基本的に狩りは自分一人で行う。そういう生き物なんだよ。その生き方は卑怯で卑劣で狡猾さ。一匹で生きていかなきゃいけないから、卑怯じゃなきゃ生きていけなかった。……ただね、狐が絶対に否定されたくない、ただ一つのことが存在する」

 京子はコッコを真っ直ぐに見つめながら、真剣な口調で言った。

「あいつらは例外なく家族思いだ。子供を巣穴で育て、一人前になるまで教育し、一人前になったら血の涙を流して別離するのさ。本能だろうが生態だろうが、それはあいつらが打ち立てた一つのルール。卑怯でも卑劣でも狡猾でもない狐が、家族のために打ち立てた、たった一つのルールだ。……あたしが言っているのはね、つまりそういうことなんだよ」

「……意味が分かりませんけど」

「ただの前提条件さ。『狐は家族思い』ってことだけ分かってればそれでいい」

 伝票を手に持って立ち上がり、京子はいつものようににやりと笑った。

「さてと、それじゃあ行こうか山口。……二人の後を追いながら、ちょっくらあたしの話を聞いて欲しい。なに、そう固い話じゃないから身構えなくていい」

「……話?」

「つまんない話さ。どーでもいいコトかもしれない」

 猫のように目を細め、京子は苦笑しながらなんでもないことのように言った。



 有坂東アイランド。そのテーマパークにはそんな名前がついている。

 基本的には某富士急テーマパークのパクりのようなモノだと思ってもらえれば間違いない。全ての乗り物が例外なく『絶叫系』で、メリーゴーランドにまで安全ベルトが必要だというのだから、その恐怖たるや推して知るべしである。

「……もっとおとなしめのテーマパークにしておけば良かった」

 足が宙ぶらりんのジェットコースターとか、ありえない速度で回転するティーカップとか、超高度から落下するフリーフォールだとか、素で怖いバンジージャンプとかが代表的だけど、屋内にある乗り物でさえ最新のCGを使って恐怖を演出しているものばかり。

 一日遊び放題の券を買ったのは、間違いだったかもしれない。

 ただ、絶叫が響き渡るテーマパークの中で、舞さんだけは妙に楽しそうだった。

「そうですか? 私はここでもかなり満足ですよ。たまにはジェットコースターに乗るのもいいもんですよぅ」

「……まぁ、女の子はそう言うよね」

 女の子には分からないだろうけど、男にはわりとデリケートな部分が存在する。

 もちろん、僕だって例外じゃない。……ま、絶対に事故らないから美里さんが運転する車よりは安心できるけど。

「ほらほら、坊ちゃん! あの一番怖そうなやつに乗りましょうよ! なんかいっぱい並んでるし!」

「………いや、なんかもうゲーセンでいいんじゃないかなぁ」

「なんでいきなりテンションダウンしてるんですかっ!? それじゃあ入園料払った意味がないでしょっ!?」

「だって怖いじゃん」

「そういうものを楽しむのがテーマパークってもんでしょっ!? いい加減にしないと喉笛カッ切りますよっ!?」

 意外とマジで怒る舞さんだった。どうやら、こういう絶叫系の乗り物は嫌いじゃないらしい。

 ……うん、なんていうか、アレだ。

 僕の目も意外と節穴じゃなかったらしい。

「あれは人気のジェットコースターだからね、ちょっと並ぶけどいい?」

「それくらいでちょうどいいですよ。料理だって、待たされたくらいの方が美味しいです」

「じゃ、行こうか」

 そういう感じで意見はまとまり、僕らはジェットコースターの列に並んだ。

 列に並んでいると、ジェットコースターが発車する時の音やら人のざわめきや絶叫なんかがリアルに聞こえてくる。でも、なんだか楽しそうではあった。人間は擬似的な恐怖を感じるとストレス解消になるというけれど、それとは別に、たまにはこういうのも悪くないと思った。

 ……そういえば、こういう場所に来るのも久しぶりだったことに、今更ながら気づいた。

「あ、もうそろそろ僕らの番か。舞さんは前と後ろどっちがいい? 前の方がきつそうに見えるけど、意外と後ろの方がきついんだよね」

「……え? あ、はい。そうですね」

 なんだか歯切れの悪い返事が響く。

 よく見ると、舞さんの視線はあちこち行ったり来たりで定まらず、キョロキョロと周囲を見回しては口元を引き締めていたりする。それからちらりとジェットコースターの方を見て、若干頬を引きつらせていた。

「い、意外と……怖そうですね」

「だから怖いって言ったじゃん。……まさかとは思うけど、ここまで来て乗らないなんて言わないよね?」

「そ、そんなコトあるわけないじゃないですかっ! これくらい平気でへっちゃらで屁の河童ですよっ!!」

 声が裏返っていた。どう見ても舞さんはびびりまくっている。

「そ、そうですよっ! この私がじぇ、ジェッツこーすたーごときでびびるわけがないんですっ! あんなのはただの乗り物で、美里チーフの運転と比べたら絶対に事故ったりしなし、安全設計にもものすごい気を使っているから、これ以上ないってくらいに安全なんですっ! だから、怖いなんて思う方がおかしいんですっ! 分かりましたかっ!?」

「はいはい。……そこまで言うんだったら後ろの席でいいよね? 遠心力きついぶん怖いけど」

「望むところですっ! せいぜい足を引っ張らないことですねっ!!」

 ワケの分からないことを言いながら、ふん、と鼻を鳴らして舞さんは一番後ろの席に乗り込んで、僕はその隣に座る。

 そして、少しだけ口元を緩めて楽しそうに言った。

「ああ、言い忘れてた。ここからじゃちょっと見えないんだけど、このジェットコースター、最後の方にものすげぇ三回転とかするから」

「……そ、それがなんですか?」

「螺旋状に回転しながら、大車輪もするみたいな感じなんだけどね」

「………………え?」

 誰だって見たことがあるだろう。今のジェットコースターはぐるりと回る縦回転だけではなく、その場で反転する横回転もする。そんな楽しいジェットコースターはまだ数が多くないかもしれないけれど、そんなジェットコースターに、今僕たちは乗ろうとしているのだ。

「あっはっは、だから言ったじゃん。『怖い』ってさ」

「………………」

 やけくそ気味に笑う僕と、泣きそうな表情を浮かべた舞さんを乗せたまま、

 ジェットコースターは無慈悲に発進した。



 画面の中で縦横無尽に暴れる化け物たちが、拳銃の一斉掃射で次々と爆裂四散していく。

 ガンシューティングというゲームは拳銃を手に持ってプレイされるものだが一人で二人分の金を使うという、ある意味馬鹿げた二挺拳銃で、京子は馬鹿げたを越えて信じられないようなスコアをはじき出していた。

「うーん……ガンアクションってのはぬるいなー」

「京子さんの腕前が製作者の意図を超えているような気がするのは、多分私の気のせいじゃないと思います」

「銃なんて簡単だよ。狙いをつけて引き金を引けばいいんだから。冥の剣やら舞の線やらの方がよっぽど規格外さね」

 京子はあっさり言ったが、それほど簡単なことではない。拳銃という武器はその性質上、動きながら当てるのがとんでもなく難しい。下手な銃を下手な腕で扱えば、反動と衝撃で指の関節くらいは簡単に外れる。

 もちろんゲームなので反動やら衝撃はないのだが、それでも京子の精密射撃は瞠目に値するものだった。

 最終ボスを一斉射撃で血ダルマに変え、京子はスタッフロールを見ることなくハンドガンを元の位置に戻した。

「さて、さくっと遊んだことだし、そろそろアトラクションにでも乗る?」

「……あの、今日は坊ちゃんと舞さんの見張りに来たんじゃないんですか?」

「舞なら大丈夫。あの子、坊ちゃんのこと嫌ってるからね」

「そうかもしれませんが、万が一ということも……」

「万が一、億が一、兆だろうが無量だろうがありえないってば。あの二人、似たもの同士だからね」

「……どこが?」

 コッコが怪訝そうな表情を浮かべるのに対し、京子は腕を組んで考えながら、目を細めた。

「まず一つ。二人とも世話焼きな一面があって、他人には容赦ないけど身内には優しい」

「まぁ、そうですけど」

「それから、二人とも思ったよりは真面目だよ。舞はなんだかんだ言って仕事熱心だし、坊ちゃんだって見えないところで色々やってるんだろうさ。普段おちゃらけてるように見えるのは、努力を人に見せたくないからだろうね」

「ふむふむ」

「……問題なのは、だ」

 京子はゆっくりと溜息を吐いて、なにかを諦めたように溜息を吐いた。

「舞は諦めて、坊ちゃんは絶対に諦めなかった。言ってしまえばただそんだけのことだね」

 何気ない言葉。小さくて些細なこと。そんなことは誰にでもある、当たり前のこと。

 才能の差。才覚の差。努力では埋まらない溝。……そんなモノは、確かにあるのだ。

「舞は自分にできることを自覚して、そこで踏みとどまった。坊ちゃんは自分にできることを自覚できなかったから、それでひどい目にあって思い知って……思い知ったのに、踏み止まらなかった。どんなことをしてでも、絶対にやらなきゃならないことがあったから」

「やらなきゃ、ならないこと?」

「男の子ってのはいつの時代も一緒なんだよ。心に一振りの剣を抱いて戦うんだ」

 京子はにやりと口元を緩めて言った。

「坊ちゃんが抱えているものがどういうものなのか、あたしは知らない。知る必要もない。あたしが知ってる坊ちゃんは、いつだって才能がなくて卑怯で卑劣で嘘吐きで、それでも誰よりも努力家で公平で家族には人懐っこく笑ってるような男さ。それ以上でもそれ以下でもない。……あたしにとっては、惚れるに値する男ってわけだ」

「………………へ?」

 コッコは驚いて顔を上げる。今の今まで聞いたことがない、寝耳に水の話だった。

「ちょっと……え? 惚れるって?」

「普通にそのままの意味だけど」

「……分かりました。京子さんは坊ちゃんに弱みを握られているんですねっ!?」

「いや、全然分かってないみたいだけど。……つーかさ、前々からかなり疑問に思ってたんだけど山口は坊ちゃんのことどう思ってんの? けっこー長い付き合いなんでしょ?」

「……まぁ、確かに付き合いは長いですけど、私はあくまで侍従ですし、坊ちゃんとそういう関係にはなりませんよ」

「恋愛感情くらい芽生えないもんなの?」

「ちっとも。坊ちゃんはそうですね……出来の悪い弟みたいな感じですね♪」

「………………」

 京子は、呆れ半分安心半分みたいな微妙な表情を浮かべた。

 それがもしも本音なら、あの少年にとってはかなりかわいそうなことになるし、嘘だとしてもなぜそこまでして嘘を吐くのかが分からない。どちらにしても少年は『関係ない』とか格好いいことを言うだろうが、内心では絶対に傷ついているに決まってるのだ。

(……微妙な立ち位置だね、あたしも)

 応援すべきか妨害すべきか。自分の心情を考えれば確実に妨害すべきなのだろうが、好きではない男と嫌いではない女がくっついてハッピーエンドになったりする展開は嫌いではない。自分のことばかり考えて嫌なコトを重ねた結果、昼ドラやら面白くない少女マンガや面白くない恋愛小説(面白いものは除外)のような展開になるのだけは避けたいところだった。

(やれやれ……まったく、どこに行ってもついて回るね、色恋沙汰ってのは)

 恋愛にはいい思い出があまりない。初恋もそうだったし、色々なとばっちりを受けてきたからでもあった。笑い話として語るぶんにはまだいいが、真剣に向き合ったりするのはあまり得意ではなかった。

 内心で溜息を吐いて、京子はなんとなく空を見上げた。

 と、不意に影が差した。そこにはなにもなく、雲で太陽が隠れているだけだった。

 京子の顔がひきつる。

 そして、彼女は憎々しげに呟いた。

「……にゃろう。あんなモノまで持ち出してくるか」

「京子さん?」

「山口、緊急事態だ。坊ちゃんを探せ」

「ちょ……どういうことですかっ!?」

「いいからさっさとしろっ!」

 走り出しながら、京子は思い切り叫んだ。

「坊ちゃんと舞が危ないんだよっ!!」



 ことが終わった後、彼女は真っ白に燃え尽きていた。

 どうやら、僕の目はわりと節穴だったらしい。てっきり舞さんはジェットコースターの類がは嫌いじゃないと思い込んでいたのだけれど、見込みが甘かったと言うべきか。

 でも、ジェットコースターに乗る前まで意地を張るのは人としてどうなんだろう。

「……で、気分はどう?」

「まぁまぁ……ってところですね」

 当たり前のように嘘を吐いている女の子がいた。顔面蒼白で今にもぶっ倒れそうなくせに、必要のない時に限って意地を張る。まぁ、そういうのは嫌いじゃないけど、無理をするのはよくない。

 だから僕は、にっこりと笑って言った。

「じゃ、もう一回乗ろうか?」

「鬼ですかあんたはっ!?」

 キレのあるツッコミは健在だった。ここまで憔悴しているのに衰えていない。

 うーん……なんていうか、僕の周囲じゃ本当に貴重な人材なのかもしれない。ボケばっかりだもんなぁ、僕の周りって。

「じゃあ、これからどうする? ちょっと休憩しようか?」

「いえ……なんていうか、もーちょっとおとなしめのアトラクションに乗りましょうよ」

「おとなしめのアトラクションって言われても……あれくらいしかないよ?」

 僕が指差したのは、この遊園地のどこからでも見ることができる、巨大な観覧車だった。なんでも一周するのに一時間くらいかかるらしく、遊園地の中ではカップル以外にはかなり人気のないアトラクションなのだとか。

「……じゃあ、休憩がてらあの観覧車に乗りましょうよ。高いところの景色は見たいですけれど、高速で回転したりしないのに乗りたくないって時にはいいですよね」

「………………」

「なんですか? その意味深な沈黙は」

「……あの観覧車、カップル以外には人気のないアトラクションだってことは言いましたよね?」

「はい、聞きました」

「ぶっちゃけ、カップル以外は乗ってない」

「気にしなきゃいいじゃないですか」

「……さいですか」

 こっそりと溜息を吐きながら、僕はちらりと観覧車を睨みつける。

 僕としては一番最後に乗って夕日でも見たいところではあったんだけど、舞さんがそこまで言うのなら仕方ない。もちろんこんなことを言うと、絶対に『坊ちゃんってなんかもうちょっとキモいくらいにロマンチストなんですね』とか言われそうなんで、なにも言わないけれど。

 本当に見物なんだよなぁ……ここの夕日は。ちょっと驚くくらい。

 ……まぁ、これはこれでいいのかもしれないけど。

「じゃあ、観覧車に乗りながらちょっと休憩して、それから昼ごはんでも食べようか」

「了解です。あ、その前に観覧車に乗りながらアイスでも食べましょうよ。もちろん、坊ちゃんの奢りで」

「はいはい」

 さりげなく僕の奢りにされてしまったが、奢ると言ったのは僕だし、最初から奢るつもりだったのでなにも言うまい。

 ジェットコースターからちょっと歩いて観覧車乗り場へ。普通なら観覧車内での飲食はご遠慮してもらっているはずなのだけれど、ここは観覧車の中で飲食が可能になっている。

 まぁ、そういうわけで、観覧車乗り場の周囲には異様なまでに店舗が密集していたりする。飲食店ならまだしも、なんで香水やら指輪まで売っているのかがよく分からない。カップルを狙っているにしても、そりゃ狙いすぎってもんだろう。

 とりあえず、そんな店には用はないので、アイスを売っている店に向かう。

「なにがいい?」

「ストロベリーがいいです」

「じゃあ、ストロベリー一つと青汁一つ」

「なんですかその異様なセレクションっ!? 遊園地にまで来て青汁味のアイスなんて奇天烈なもの食べるんですか!?」

「あっはっは、嫌だなぁ、僕が青汁味なんて雑草みたいなモノ食べるわけないじゃん」

「って、私に食べさせる気ですかっ!?」

「当然じゃん。なんのために食べたいアイスを聞いたと思ってるのさ?」

「少なくとも、食べているところを見せ付けるためじゃないと思いますがっ!!」

「正論だな。しかし、世界というものはその程度の正論では微動だにせんのだよ」

「別に世界とか全然関係ないしっ!」

 アイス一つ頼むのにも、なんだか大騒ぎしている僕たちだった。

 さすがに青汁はまずいだろうと思い直し、ストロベリーと抹茶を頼んだ。店員さんはそつなくアイスを作り営業スマイルを浮かべて僕らに手渡していたが、その目は暗く、どこか重いものだった。どうやら日がな一日カップル相手にアイスを作り続けているだろう店員さんの心はかなり荒んでいるらしい。僕らは決してカップルなどという高尚なものではなく、友達という間柄ですらないことを説明してやりたかったが、あくまで他人事なので見て見ぬ振りをした。それが大人ってもんだ。

 チケットを見せて観覧車に乗り込む。これで観覧車が高速回転でもしたら、このテーマパークを叩き潰してやろうと意味のない決意を固めながら席に座る。

「へぇ、観覧車ってこんな感じなんですか」

 そして、舞さんはなんの気なしに、当然のように僕の隣に座った。

 ……って、ちょっと待て。なぜ隣に座る?

 いやいやいやいや、考えすぎるのは良くない。舞さんはあくまで普通に振舞っているだけであって、そんなカップルだのなんだのそういうつもりではないはずだ。そもそも、彼女は僕を敵視している。そういう展開だけは在り得ない。

 ホント……どうしてこう男ってのは。馬鹿なんだろうか。我ながら情けない。

「……このへんが、境界線(ボーダーライン)ですか」

「え?」

「ここまで来ると『殻』とか『鎧』なんてもんじゃなくて、『結界』の域ですよねぇ」

 訳の分からないことを言いながら、舞さんはアイスを黙々と食べていた。

 観覧車が動き出す。ジェットコースターなど比にならないほどゆっくりと……一周一時間という速度で、動き出す。

 アイスのコーンを齧りながら、舞さんはどこか遠くを見るような目で、僕を見つめた。

「ねぇ、坊ちゃん。こういう場所に見合った話題があるんですが、聞いていいですか?」

「なに?」

「坊ちゃんが好きな人は、誰なんですか?」

「……そうだなぁ、屋敷のみんなとか、虎子ちゃんとか」

「私が聞いたのはそういう意味じゃないことは、言うまでもありませんよね?」

「分かってるよ。でも、僕にはお屋敷があるから。恋愛をしてる暇なんてそうそうありませんよ」

「ホント、坊ちゃんは言い訳をさせたら天下一品ですね。でも、そういう戯言も……そろそろやめませんか?」

 嫌な予感がした。こめかみに銃口を向けられているような感覚があった。

 喉が渇く。体が震える。……心のどこか深いところが警鐘を鳴らす。

「……なにが言いたいの?」

「なにが言いたいのかなんて私にも分かりませんよ。……もしかしたら放っておけないだけかもしれません」

「………………」

「今のうちに言っておきます。私、見て見ぬふりができる貴方が嫌いです」

「…………」

「だから、今ここできっぱりと言ってやります」

 言わせてはいけないと、心が告げていたけれど、僕はなにも言えなかった。

 空ろな瞳が、僕の口を封じていた。

 そして、彼女は僕にとって、決定的で致命的なコトを口にした。


「ねぇ、坊ちゃんは、なにもかも全部知ってるんですよね?」


 心が冷える。急速冷凍。空気もなにもかも凍りついて、最後には心も凍りついた。

 僕はゆっくりと目を細めて、彼女を見つめ返した。

「なぜなら、貴方には世界最悪の情報屋がついているから。だから……坊ちゃんは全ての情報を知っている。知ってて知らないふりをしている。全部知りながら、見て見ぬふりをしているんですよね?」

 彼女は、僕を見ていた。

「死之森あくむ。世界最悪の情報屋。世界怠惰あくむ。……坊ちゃんは、彼女を知ってますよね?」

「友達のにーちゃんの彼女さんだけど、それがなに?」

「空倉の家にいた頃に、偶然彼女と接する機会がありました。坊ちゃんのことは、そこで聞きました。『ボクの友達に洒落にならないほど家族に優しい男の子がいる』って……そんな話を聞きました」

「で?」

「私はそこに付け入りました。家族になれば衣食住職が保障されると思ったんで」

「ふぅん。まぁそれは別にいいんじゃないかな。人間は自分が助かるためならなにをしたっていい」

「人を殺すこともですか?」

「当たり前だろ」

 悲しいし認めたくはないけれど、それが事実だ。

 人を殺して生きたぶん、その分まで責任を背負えばいい。

 人より苦しんで生きればいい。それができないのなら、死ねばいい。

「生きるってのは綺麗ごとじゃない。今も昔もそれは変わらない。生きたら生きた分だけ、責任を負うべきだ」

「……厳しいですね。章吾さんみたい」

「正論や当然はいつだって厳しい。普通であることが甘いことだなんて誰が決めた」

「………………」

 舞さんは、寂しそうに僕を見つめる。

 今にも泣きそうな表情で、僕を見つめて、寂しそうに笑った。



「うそつき」



 その、小さくて弱い言葉だけで。


 僕を支えていたモノが、崩れ落ちた。


 全部、なくなった。



「そうやって貴方は騙す。自分自身を捨てて騙し続ける。自分と他の全てを騙す。……それを正しいと信じているから」

「私は冥ちゃんを助けるために全てを捨てました。貴方は挫折した時に、自分を捨てました。捨てたのにも関わらず、自分を騙しました。自分はこれでいいと言い聞かせて、自分を騙し続けました」

「独りの男の子がいました。彼は白で特別で誰とでも打ち解けることができる完璧超人でした。けれど彼の心の闇はどこまでも深い深い地獄のようで、貴方はそれを見て悟り、理解してしまった」

「特別なことは悲しいことだと、特別だからこそ孤独であることを、貴方は理解してしまった」

「坊ちゃんのお父さんとお母さんも、特別だったから孤独だったって、貴方は知ってしまった」

「だから捨てたんですよね? 自分の願いも葛藤も苦痛も恋もなにもかもを破棄した。見て見ぬ振りをし続けた」

「関係ないと言い放つ強さを持てたのは、本当に誰かを思いやれる強さを持っていたから。才能がないと坊ちゃんは言っていましたが、その点においてのみ貴方は最強でした。才能が必要のない世界で、人間関係とか思いやりとか、そういう面では坊ちゃんは最強最悪でした。正論には外道で、外道には正論で、『家族が困っていたら絶対に助ける』という『普通』に収まり得る領域の中で、貴方は戦い続けた」

「だって、大切なものに比べたら、自分なんてどうでも良かったから」

「だって、そうまでしないと誰かを助けることなんてできなかったから」

「ココロが空っぽでも、そんなコトが誰かにとってはどうでもいいことを知っていたから」

「人が人の気持ちを完全に理解できないことを知っていたから、それを逆手に取って、なんでもないふりをしました」

「だから、貴方はどこにもいない。ココロは空虚で伽藍で空っぽだったけれどそれに耐える強さを持っていた。みんなはその空っぽな胸の内をなにかで埋めて生きていることを知っていたけれど、貴方はそれを知りつつ完全に無視しました」

「空っぽなままの方が都合が良かったから、空っぽのままの方が、何もない方が、人を冷静に見ることができると思った」


「けれど……そんなことを、貴方は本当に願っていましたか?」


「誰かと同じようにダラダラと生きるコトだってできたはずです」

「笑って、泣いて、怒って……そんな風に楽しく生きられたはずなんです」

「普通なんてものはね、全て普通である必要なんてないんです。いつもいつも青空じゃなくったっていいんです。雨が降るように、時には曇ったりするように、雪が降ったり雷が落ちたりするように、いつだって特別で良かったんです。孤独は確かに寂しいけれど、その寂しさだって、きっと耐えなきゃならない辛さだと思うんです」

「人は……誰だって特別なんです。普通の部分と特別な部分を持って、それでも特別な部分を多く持っちゃった冥ちゃんや私みたいなのが異端視されるのは当然なんです。……受け止められないことがあっても当然なんです。人が生きるってことはつまりそういうことと折り合いをつけていかなきゃいけないことだから」

「でも、貴方は笑うんです」

「関係ないよと言って、笑うんです」

「綺麗な笑顔で嘘を吐いて、笑うんです」

「家族のココロを傷つけないように、笑うんです」

「なにもかも殺して、自分すらも皆殺しにして……家族のために、笑うんです」

「全部知って、受け止めて、表情にも出さず、取り乱しもせず、さっきみたいに厳しいことを言いながら『生きてるんだから当然そういうことも在りうるだろうね。で、それがなに?」って言って笑うんです。本当は許容できないことでも、自分を偽って、自分を騙して、自分に嘘を吐いて、普通で在ろうとしました。……それが必要だと思ったから、貴方は普通に笑うことにした」

「笑いたくない時だって、あったんでしょ?」

「泣き叫びたい時だって、あったんでしょ?」

「死にたい時だって、あったんでしょ?」

「それは普通です。普通のことです。でも貴方は自分を知っていて、その『悪しき当然』を廃絶できることを知っていたから実行した。この世界で考え得る『善い普通』だけを集めて、貴方はそれを遵守した。本当は私がたくさんの人を殺したことを知れば嫌な顔をして避けるのが当然なのに、『拒絶されたら嫌だろう』というただそれだけの『普通』を知っていたから、私がやったことも『あるべきものだ』って受け入れた。冥ちゃんだって、章吾さんだって、チーフだって京子さんだって他のみんなもそう。……そうやって、貴方は全部を受け入れた」


「自分の中の『悪たる当然』を排除して、家族となり得る人間の全てを受け入れた」


「まるで供物のように貴方は生きる。笑顔を浮かべて『善い普通』と共に貴方は生きる」


「それが――――どんなに歪な生き方であるかを自覚しているのに」


「それが――――自分を計算に入れない無残な生き方であると知っていたのに」



「ねぇ、坊ちゃん。貴方はどうしてそんなふうに生きられるんですか?」



 長い沈黙。言葉はまるで刃のようで、聴いているだけで吐き気がした。

 それでも、錯乱することなく、キレることもなかったのは、きっと僕が自覚していたから。

 そういう風に生きていることを、自覚していたから。

「……あのさ、舞さん」

「はい」

「空気考えようよ」

「……第一声がそれですか」

 そう言われても、そういうコトはなんかもっとこう……真剣な場所で言うべきだろう。ここで言うにしても夕方とか夜とかそういう『遊び終わってクタクタ』みたいなところで言うのがベストだと思う。

 こんなグダグダな気分にされたら……この後遊ぶのがかなり困難になっちゃうじゃないか。

「一緒の学校に行こうねって約束した彼女に受験当日にふられて、自分だけ学校に落ちた人ってこんな気分だろうね」

「具体的なわりにはよく分からないたとえです」

「そうかな?」

 苦笑しながら、僕は目を閉じる。

「……まぁ、なんでもいいじゃん。舞さんの助言はありがたいけどさ、僕は僕で勝手にやってることだし」

「だから、それがダメなんですってば! 自分を思い遣れない人が、他人を思い遣れると思ってるんですかっ!? 坊ちゃんには……えっと、あんまりっていうか超嫌ですけど、冥ちゃんを任せる気でいるんですからっ!!」

「それはかなり荷が重いなぁ……」

「諦めたように言わないでくださいっ! そんな滅茶苦茶な生き方してきて、今更なにを言ってるんですかっ! 誰かを助けるために自分を犠牲にできる度量があるんなら、女の子の一人くらい幸せにしてみせなさいっ!!」

「………………」

 目を開けて、彼女の目を真っ直ぐに見る。

 少しだけ口元をつり上げる。腹の底から笑いたい気分ではあったけど、それはなんとか堪えた。

 ホント……なんて言えばいいのか。今、ようやく分かった。あんまり認めたくなかったけれど、今ようやく理解した。


 黒霧舞、どうやら君は最高らしい。


 ああ、本当にどうしようもねぇ。見る目がないにも程度ってものがある。見誤るにも程がある。

 妹のために、大切な誰かのために全部を捨てられると聞いたときから、気づいておくべきだった。

 お節介で世話焼きで、妹一直線だけど、それでも彼女は誰かに注意できるいい人だった。

 僕の生き方がおかしいと、誰も気づかなかったのに彼女は気づいた。そして、注意してくれた。

 僕を怒らせるかもしれないと分かっていて、お節介だと知っていて、注意してくれた。


 でもね、そんな君のような人がいるから。

 

 全部吹っ飛んだって、僕はこの生き方をやめたくない。


 支えがなくなっても、僕はこのまま生き続けたい。


 だって……そういう風に生きていたから、僕は君たちに会えた。


「……今日は、とてもいい日だね」

「は? なにを言っているんですか?」

「いやいや、久しぶりに愉快な気分なだけさ。んー……そうだな、たとえるとしたら」

 ちらりと外に目を向ける。

「あんなモノを見ても、全然大したことねーよって気分なんだよね、今は」

「え? なにが見える……ん、で……」

 舞さんは外を見て、絶句した。

 

 僕らが乗っている観覧車に、ヘリが機銃を向けていた。


「……な、な……なぁっ!?」

「恐れ入ったね。完全無音かつ迷彩(ステルス)機能完備ってところか。ある一定距離まで近づかれると無効化されちゃうみたいだけど、空中でヘリに近づける存在なんてそうはない。……っていうか、あのヘリ自体この世界には存在しないか」

「なに悠長に解説してるんですかっ!?」

「そう言われても……密室そのものを吹き飛ばす密室殺人って、もうどうしようもないと思わない?」

「にゃあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 舞さんが錯乱して、涙目になりながら僕に殴りかかる。

 ヘリの機銃が一斉に火を噴いたのと、僕が殴られるのとは、ほぼ同時だった。



 それは、あっという間の出来事だった。

 破裂音が響いて、機銃が一瞬で吹き飛ぶ。その機銃を吹き飛ばしたのは、ただものすごい速度で投げつけられた石ころだということを見抜けた人間は、どこにも存在しなかった。

 一陣の疾風が、少年を探すコッコと京子をあっさりと抜き去っていた。二人の目を持ってしても影しか視認できない。それは凄まじい速度を発揮しながらも、風すら起こさずに走り抜ける唯一の存在だった。

 ただ、抉られた地面だけが、彼女の存在を物語っていた。

 世界で一番強い存在が、やってきたことを。

 ハイヒールにビジネススーツ。きっちりと切りそろえた黒髪、大きな瞳と不敵な横顔。生まれた時から特別で、寿命で死ぬ時まで特別であろう彼女は、いつも通りに走り続けていた。

 今日はちょっぴり勇み足だったために、いつもは三センチ抉れるはずの地面が、五センチ抉れた。

「……無粋な親だねぇ、あたしも。息子のデートに割り込もうだなんてね」

 そんなことを呟きながら、彼女は助走をやめ、一気に飛び上がった。

 加速状態のままの急上昇に、足元の地面が砕け散った。

 光学迷彩だろうがなんだろうが、ただ見えないだけなら問題はない。音がなかろうが空気を切って空を飛んでいるのならば、風が位置を教えてくれる。彼女にはそれで十分過ぎた。


「せいやああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 蹴りでプロペラをへし折り、空中で体を捻って反転し、ヘリを蹴り上げた。

 あまりの衝撃に耐え切れず、空中でヘリが真っ二つに折れた。

「ぬんっ!」

 彼女が手の平を向けると、ヘリが空中でひしゃげた。

「ハ……やっぱり近代兵器ってのは大したことねーな」

 そして、広げた手を握ると同時に、ヘリが一瞬で圧縮されて潰れ、この世からなくなった。

 まるで嘘のように、消え去ってしまった。

「んー……さてさて」

 彼女はにっこりと笑って、施錠されているはずの観覧車の扉を蹴り壊した。

 そこには、本気でありながらも非力なせいかポカポカぱんちにしかなっていない拳をくり出す、錯乱して目をぐるぐるにした少女と、それをぺしぺしと平手で避けまくる、目つきの鋭い少年がいた。

 なんだか、ちょっと楽しそうだった。

「……おいおい息子。人が助けに来てやったってのに、なにラブラブしてんだよ?」

「いや、絶対に違うから」

「いやいや、違わないだろ、息子。お前そーゆー可愛い女、大好きじゃんか」

「可愛い女の子が好きなのは、男にとっては万国共通だよ」

「言うようになったねぇ、息子」

 ケケケ、と悪魔のように笑いながら、彼女はゆっくりと手を差し出した。

「と、いうわけで助けてやったぞ、息子」

「はいはい。……家に帰ったら紅茶とケーキでいいの?」

「みつやのな?」

「はいはい」

 少年は苦笑しながら肩をすくめ、彼女はにっこりと嬉しそうに笑った。

「ただいま、息子。元気だった?」

「お帰り、母さん。息災でしたか?」

 その様子はまるで……まぁなんというか、仲のいい家族のようだった。



 不条理の具現。あらゆる敵の敵。絶対矛盾殺し。メビウス砕き。あの人はそんなふうに呼ばれていたりもする。

 だが、それ以上にあの人にふさわしい二つ名が存在する。


 世界最強。


 夫と息子とそれ以外の美少年と美少女を守り、どんな悪にも立ち向かう。

 だから僕は、ほんの少しでもあの人の真似をしたいがために、努力を続けることにした。

 心が欠けようが涙が壊れようが、そんなものは関係ないと、言い張った。

 目標にして厄介。不敵にして無敵。家族にして敵。

 あの人は……高倉織は、そういう存在だった。



 第三十一話『欠けた心と壊れた涙』END

 第三十二話『お母さんと一緒』に続く

というわけで、お母さん登場の回でした。彼女の登場によって、次回は確実にコメディになるでしょう(笑)

さて、ここでいきなりクイズのコーナー。ちょっとだけ頭を使って考えてください。

(1)主人公が守ろうとしたものはなにか、確たる根拠を持って推測しなさい。(難易度:スィート)

(2)主人公がなるはずだった『本来の性格』とはどういうものか、逆転の発想と言動の裏とありきたりな事実を用いて足りない部分は想像で埋めつつ答えなさい。ちなみに今のぽややん系ではない(難易度:ブラボー)

(3)主人公の名前はなにか、答えなさい(難易度:ヤムチャさんがサイバイマンの自爆で死なないくらい)

(4)この物語のラストボスの名前を示しなさい。ちなみに現時点で作者も考えていません。いっそのこと屋敷の隣の少し小さめの屋敷に住んでる豪奢な貴婦人とかでも可(難易度:来い、エヴァンゲリオンと熱血風に叫ぶ某シンジ君をアニメーションにするくらい)

(5)この物語のヒロインは誰かを、個人的な好みかつ独断と偏見で語れ(難易度:心の叫びのままに)

と、いうわけで感想でも評価でもメッセージでもいいんで、我こそはと思う方はどーぞ♪ 〆切は次回更新までくらいがいいかな?

正解すると……この後の展開が変わって作者が死にかけることになるでしょうね。くっくっく♪

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