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第二十一話 甦る悪夢と修学旅行(略奪編・前)

ペース配分を間違えましたので、前後編に分けます。

あっはっは、残業なんて大嫌いだコンチクショウ。家に戻っても小説を書く暇がありゃしねぇ(泣)

ちょいとシリアスです。ご覚悟を。

 誰にもなにも言わず、自分一人でなんでも決めて、それが格好いいと思っている人がいます。



 修学旅行三日目。僕と友樹は、とうとう修学旅行をサボった。

 まぁ、先生を説得(もとい脅迫)してから、友樹が用意した自家用ジェットに飛び乗ったわけだから欠席はつかないけど。

 本当は修学旅行をサボりたかったわけじゃなく、楽しくなかったわけでもなく、単純にやるべきことがあっただけだ。

 そのやるべきことというものも……ロクなことじゃないんだけど。

 かなり大きな音が響くジェット機に取り付けられたシートに腰掛けて、スーツ姿の僕は深々と溜息を吐いた。

「ったく……お前は相変わらず大事なことは肝心な時まで言わないよな。あーあ、虎子ちゃんと委員長とのラブラブ旅行が台無しだよなぁ。どーしてくれんだよ?」

「それはオレも無念で仕方がないが、ぎりぎりまで悩んでおきたかったんだよ。どんな決断であれ、それは四季が決めたことだからな」

「……まぁ、そりゃそうだけどさ」

 それがどんなことであれ、自分で決めたことなら、他人にどうこう言われる筋合いはない。

 自家用ジェットのパイロット(見た目からもう格好いい『パイロット』って感じの女性。友樹とやたら親しげ)が渡してくれた弁当を食べながら外を見つめて、僕は眼を閉じる。

「でもさ、友樹。『自由意志』で決めたことと『必要に迫られて』決めさせられたことは、全然違うんだよ」

「……時々、お前は含蓄のあることを言うよな」

「当たり前のことだよ」

 そう、当たり前のことだ。どんな選択をしても後悔はするだろうけど、本当に自分の意志で決めたことと、数少ない選択肢の中から『選ばされる』ことは全然違う。

 選んだという事実だけは同じだけれど、やっぱりそれは全然違う。

 僕はそういう選択肢を選んだことはないけれど、選ばされている人間を見て気分を良くするほど外道じゃない。

「……それで、相手の男は?」

「こいつ」

 友樹はさして面白くもなさそうな表情で、僕に一冊のファイルを渡してきた。

 そのファイルを開き、書いてあったプロフィールと顔写真を一瞥して僕は即座にきっぱりと断言した。

「論外」

「……そーか? 顔も出自も財産もけっこーいい線だと思うが?」

「駄目。これはもう最悪。こんなチンケな男と一緒になったら、唯さんは一生後悔するね」

 ジェット機のくせにやたら座り心地のいい椅子に深く腰掛けて、僕は『唯さんの結婚相手』の写真を指で弾く。

「やれやれ、どこのどいつが見立てたんだか知らないけど、この男は本当に最悪だ。普通の女の子相手ならいざ知らず、こんな青ビョウタンを唯さんの婿にしようなんざ、百億とんで二年くらい早い」

「……で、具体的にどこが悪いんだよ?」

「顔と体」

 僕はきっぱりと言い放つ。それは確信というか、断定に近い。

「唯さんには、一目見た瞬間にくしゃくしゃに抱き締めたくなるくらいの、超可愛い男の子か女の子がふさわしいね」

「……をい、親友。今さりげなく女の子とか言ったろ?」

 友樹の目は『人の妹をさりげなく同性愛者にするんじゃねぇよ』と語っている。

 確かにそれに関しては、僕も同意見だ。

「おいおい、勘違いするなよ友樹。僕は同性愛は死ぬほど嫌いだ」

「……でも、今女の子って言ったろ」

「うーん……正確に言えば、唯さんが心底『守りたい』と思わせるような人間が一番いい」

「どういう意味だよ?」

「気質の問題だよ。……唯さんは根っからの正義の味方タイプ、戦隊もので例えると『レッド』みたいな人だからね、『守ってあげたくなるくらいに可愛い子』がちょうどいい」

 そう、それは単純な性質の問題。自分のことを中心に考えるのが人間だけど、それをできない人がいる。

 自分よりも、どうでもいい誰かの方が、自分よりも大切に思える人。

 弱い人を守りたい。守ってあげなきゃいけない。それが自分の役目で使命。

 驕りもいいところだけど……その考えは、絶対に間違ってなんかいない。間違っているわけがない。

「ふぅん……じゃあ、獅子馬あたりはどうだ? あいつなんてけっこー可愛い系じゃん?」

「ダメ。言い方は酷いけど、麻衣さんは見た目が可愛いだけ。中身も可愛くなきゃ僕は認めません」

「お前の要求はいちいち厳しすぎると思うぞ、オレは」

 友樹は僕の確信的な言葉に深々と溜息を吐く。

「じゃあ、どーゆーのがいいんだよ? 具体的に言え、具体的に」

「身長は低め、全体的にほっそりとした華奢な体つき、元気が良くて料理が上手で、社交的ではあるけれど決して唯さん以外の人には本音は見せず、さりとて依存しているわけでもなく本気で唯さんを愛してくれる子……かな。具体的にはこんな感じ」

 メモ帳にサラサラと適当に絵を描く。イメージ通りにラフが描き上がったところで、友樹に見せた。

 その絵を見て、友樹は溜息を吐いてからきっぱりと言った。

「どこにいるんだよ、こんなパーフェクト美少女。こんなのがいたら即座に求婚するっつうの。あとなんで女なんだよ。ウチの妹を勝手にそーゆー存在にするんじゃねぇよ。ぶちのめすぞ。ついでに言うと、お前は絵が上手すぎる」

「いや、それはなんとなく。ほら、胸を外してちょっと絵柄を変えればパーフェクト美少年に」

「どこの世界に性格のいい美少年がいるんだよ?」

「いい性格の美少年はいるかもしれないけどね」

「上手いこと言ってんじゃねェよ」

 ものすごく気だるげに言いながら、ついでに投げやりにメモをポケットにしまい、友樹は心底疲れたような表情を浮かべる。

「ったく……やっぱりお前に相談するんじゃなかった。かなり後悔しつつあるぞ」

「後悔先に立たずってね。そのあたりは許容しろよ、シスコン」

「誰がシスコンだ。オレは妹に幸せになって欲しいだけだっつうの。シスコンと一緒にすんな」

「……そーゆーのを人はシスコンと呼ぶ」

「やかましい」

 どうやら、かなりご機嫌斜めのようだ。普段はお気楽なこいつにしてはかなり珍しいというかなんというか。

 仕方なく、僕は会話を打ち切ることにした。打ち合わせは昨日のうちに済んでいるし、ぶっつけ本番でもなんとかなるだろうという確信がある。

 なんせ、今回の相棒は有坂友樹という超絶馬鹿だ。嫌な話だけど、こいつを相棒にして失敗する作戦など世界にはそうない。

 僕は目を閉じる。作戦開始まではまだ時間があるし、少しだけ眠っても罰は当たらないだろう。

「なぁ、アホキツネ」

「なんだよ? ばかしろたぬき」

「……お前がもらってくれよ。四季のこと」

 不意に、親友はそんなコトを言った。

 薄く目を開けて、僕は口元を緩める。ゆっくりと息を吐いて、きっぱりと言った。

「友樹、『もらってくれ』というセリフは非常に良くないよ。……彼女は、モノじゃない」

「………けっ、分かってるよ」

 友樹は毒づくようにそう言うと、不貞寝するようにシートを倒して僕に背を向けるように寝転がった。

 その寂しそうな背中を見ながら、僕はこっそりと口元を緩めた。

「……そうだな、いっそのこと、口説いて連れ去ってもいいかもしれないけどね」

「やかましい。誰が渡すか、ボケ」

「ま、そういうことだね。……それに、僕と唯さんの相性は水と油みたいなもんだし」

「なんでだよ?」

 友樹が本当に不思議そうにこちらに向かって振り向く。『お前なら上手くやれるだろ』そんなことを言いたそうな顔。

 僕は苦笑しながら、それでもきっぱりと言った。

「僕は小悪党だからね。正義の味方とはこれ以上なく相性が悪いのさ。……お前と、まぁ似たようなもんだ」

「……違いない」

 友樹も苦笑する。その表情には、半分諦観のようなものが混ざっていた。

「だがまぁ……それでも」

「ああ、それでも、だ」

 にやりと二人して笑いながら、僕らは異口同音に同じ思いを口にした。


『それでも、我らは其の不条理を認めることはなく』


 笑い合う。小学校以来の高揚感が僕たちを支配する。敵はなく、無敵だったあの頃に。

 友樹はにやりと笑いながら起き上がった。

「やっぱり寝るのはやめだ。そろそろ到着みたいだしな」

「お前の言葉が確かなら、到着まではあと三十分くらいはかかるんじゃなかったのか?」

「どうやら、オレの恋人さんはなかなか気の利く性格のようだ。普段の二倍の速度でぶっ飛ばしてくれたらしい」

「なるほど」

 気が利くのはいいことだ。友樹が言うのだから、この飛行機のパイロットさんは相当『いい女』なんだろう。

 ……友樹と付き合っているのが、欠点だけど。

「ほら、そろそろ準備しとけ。手はずはいつも通りで頼む。お前が囮で、オレが決める。抜かるなよ、相棒」

 友樹からパラシュートの収まっているリュックを受け取り、背負って金具を固定。ついでに笑いながら言っておく。

「そっちこそ。しくじったら未来永劫馬鹿にし続けてやるよ、相棒」

「は、よく言うぜ」

 僕と友樹は拳を握り、まるで相棒のようにコツンと軽く合わせる。

 自家用ジェットの開閉口が開く。ものすごい風圧と外の圧倒的な光景にに僕は圧倒されそうになった。

「うーん、スカイダイビングは五年ぶりだねぇ。どーもこう……高い所は苦手だ。ジェットコースターとかに乗ると、下腹部の下あたり、男の急所がなんかちょっと締め付けられるよーな感覚が」

「気にすんな。男なら大体全員一緒だ。まぁ、オレは一ヶ月に一回は飛んでるからもう慣れっこだけどな」

「……飛び降り自殺志願?」

「しばくぞ」

 友樹はそう言って、躊躇なくジェット機から飛び降りようと足をかける。

 が、なぜかいきなり振り向いた。

「そういえば親友」

「あんだよ、悪友」

「なんでお前、四季を助ける気になってくれたんだ? 普通だったら『めんどい』の一言で済ませるだろうが?」

 コイツは人をなんだと思ってるんだろーか? いくらなんでも僕は後輩を見捨てるほど外道じゃない。

 ただ……まぁ、きっかけのようなものはあったけど。

「……なぁ、友樹」

「ん?」

「お前、一番最初にもらったバイト代ってなにに使った?」

「ん、あぁ……そうだな、女へのプレゼントに消えた」

 うわ、ちょっとどころじゃなくかなりショック。よりにもよってこいつと行動がかぶった。最悪だ。

「で、それがどうしたんだよ? 最初の給料の使い道なんざ、そんなもんだろ?」

「唯さんは、全額ユニセフの募金箱に突っ込んだよ」

 友樹は唖然とした。なんだか信じられないことを聞いたような、そんな感じの呆けた表情だった。

 そして、次の瞬間には、本当に嬉しそうににっこりと笑った。

「なんだ……最高じゃねーか。ウチの妹は」

「理由としちゃそれで十分だろ?」

「ああ、そうだな。……久しぶりに、本当にいいこと聞いた。お前は最高に目の付け所がいいぜ、親友」

 友樹はそれだけを言い残して、笑顔のまま大空へとダイブしていった。

 やれやれ……ホント、この雲しか見えないような景色の中でよくやるよ。

「……さて、それじゃあ僕も行きますか」

 口元を緩めながら、寿命が二年くらいは縮まる覚悟を決めて、僕は大空へと落下していった。

 

 

 そして、いきなり見事に大ピンチだった。

 結婚式場の近くに降り立った僕らを待っていたのは、スミスとか名づけられてそうな五十人くらいのエージェントだった。ちなみに、全員が同じスーツ姿で、サングラスをしている。

「おいコラ、テメェ友樹」

「なんだ?」

「この豪勢な出迎えは一体どういうことですかこの野郎っ!?」

「有坂の家のガードマンなんだけど……いやーここまでやってくるとはちょっと予想外だったなー」

 友樹はちょっと気弱そうに笑っている。

 僕は口元を引きつらせながら、とりあえず友樹に後ろ回し蹴りを放っておいた。

「つーか、『政略結婚』を潰そうなんて考えるんなら、動きを掴まれてんじゃねぇよ。根回しは確実に、贈り(わいろ)はささやかに、噂は最小限に、そして動くときはガッと、そりゃもう完膚なきまでに叩き潰せよ」

「いやー、有坂の家のメイドにちょこっと漏らしたらこんなことに」

 ぱんちぱんちぱんちぱんちぱんちぱんちきっく。

 友樹を適当に黙らせてから、僕は溜息混じりに現在の状況を確認する。

 敵の数は五十。少なくとも身体能力は僕らより上だろうし、格闘術にも優れているはずだ。

 場所は広いだけの草原。僕らを包囲して捕獲するのはそう難しいことじゃない。

「……なぁ友樹。お前いきなり髪の毛が金色になったりしないか? 今がまさにその時だと思うんだが」

「そういうお前こそ、卍解とかできるんだったら今が開放時だぞ」

「やれやれ……ってことは、ここで手詰まりかな?」

「本気でそう思ってるか?」

「まさか」

 僕は笑いながら眼鏡を外す。眼鏡といっても伊達眼鏡。コンタクトは装着済みなので問題ない。

「五十対二だろうが、戦略と戦術次第でなんとでもなるもんだからね」

 そして、ゆっくりと右手を上げた。


 紫色の煙が地面から噴出して、五十人のスミスさんたちを包み込んだ。


 瞬間速攻効き目は抜群。それはまるで探偵小説やら漫画に出てくるクロロホルム。ちなみに実際のクロロホルムは失神するまでに数分の猶予がある上、後遺症が残るかもしれない極めて危険な薬品なので良い子は使わないように。

 ちなみに僕たちは煙を噴出させると同時に背を向けて全力で逃げ出しているので被害はない。

 やがて風が吹き、煙が晴れたとき、スミスさんたちは一人残らず地面に倒れて失神していた。

「よし、道はできた。行こうか友樹。もうそろそろ結婚式が始まりそうだしね」

「……なァ、親友」

「なにさ?」

「なんで脈絡もなくいきなり地面から紫色の煙が出てくるんだ?」

「昨日のうちに準備させておいたんだよ、念のために」

 結婚式場の位置関係と、僕らが沖縄にいるという事実を含めて考えれば移動手段は航空機か船になるだろうし、友樹のことだから最速の交通手段を取ることは分かっていた。かといって、このあたりには飛行場のような航空機が着陸できる滑走路がある場所は存在しない。……ただ、広い草原があればスカイダイビングで着地は可能だ。

 ……敵が待ち伏せをするのならまさにそこが狙い所だ。僕はそれを逆手に取っただけ。

 あとは右手を上げて注意をそっちに逸らして、左手でワイヤーを引っ張ったのだ。

「昨日話を聞いた後、すぐに京子さんに電話をかけて用意してもらったんだ。万が一の時のためにね」

「……一応聞いておく。今の変な煙の罠、何個埋めさせた?」

「百個くらいかな」

 夜中の四時までかかったと言っていたので、必要経費も含めて後で深夜給をちょっと多めに出しておこう。

 まぁ、いくらなんでも昨日の今日で食堂がいつにも増して忙しいということはないだろうし、京子さんも大丈夫と言っていたから大丈夫だろう。……あの人はけっこー無茶するから、『大丈夫』という言葉もアテにはならないんだけど。

「さて、それはそれとしてさっさと行くぞ。でないと救出に来たのに間に合わないなんて洒落にならないことに……」

 なる、と言いかけて僕は言葉を詰まらせた。

 ぞくりと、寒気が背筋を這い上がる。

「なぁ、友樹」

「ああ、親友」

 僕らはそちらに視線を向ける。慎重に振り向いて、口元を歪めた。


 そこには、見覚えのある彼女と、見たこともない彼女が立っていた。


 見覚えのある彼女は知っている。今回の修学旅行に『所用』という名目で来れなかったA組の彼女。見事なプラチナブロンドの髪の毛に、完璧なカットをされたエメラルドのような濃緑色の瞳。顔立ちは整っていて、体つきも人形のように細い。背は百六十五センチの僕より頭一つ小さいくらい。

 彼女、三条院アンナさんは不思議そうな顔でこちらを見ていた。

「えっと……なんでBさんがここにいるんですの?」

「やぁ、アンナさん。こんにちは。実は今日の結婚式には友達が出席してるんだ」

「あ、だからスーツなんですのね。よく似合ってますの」

「ああ、まぁね」

 実際には、その友人が出席している結婚式をぶち壊しに来たんだけど。

 けれど、もちろんそんなことはおくびにも出さない。僕は笑いながら一歩を踏み出す。

「じゃ、そういうことでそろそろ時間だから。僕らは式場の方に」

「お待ちください」

 僕たちを静止したのは、見たこともない女性の方だった。

 清楚で凛々しい顔立ちに黒縁眼鏡、飾り気のない典型的なメイド服と手には日傘。瞳の色は黒。髪はセミロングの黒。体型は細身で背丈があり、ぱっと見はコッコさんを思わせるけど、コッコさんの方が十倍可愛い。

 コッコさんが格好いい女性だったら、こんな感じだっただろう。

 ただ……コッコさんの方が可愛いけれど、その女性は格好良さがある。地味だけれど、洗練された格好良さが。

 世界で一番警戒すべきなのは、そういう女性だ。

「友樹様のご友人の方だと伺っておりますが……一つ、よろしいでしょうか?」

「なんでしょう? ……と、言いたいところですが、その前にお名前をお聞かせください」

「有坂家侍従。芳邦(よしくに) (まり)。以後お見知りおきを」

「ええ、よろしく」

 軽やかに挨拶をしながら、僕は後ろを振り向いて友樹を思い切り睨みつける。

 友樹は思い切り顔を引きつらせながら、泣きそうな顔をしていた。

 アイ・コンタクト開始。

『有坂家って……またテメェの女か。いい加減にしないと本気でコロしますよ?』

『あっはっは、親友。ホントその悪質な冗談だけは勘弁してください。いや、まじで』

『あ?』

『あの人がオレの女になるわけねーだろ。お前はあの人の怖さを知らないからそんなコトが言えるんだ。……本気でやばいんだよ、あの人は』

『……やばいのか?』

『やばい。下手するとオレたちの命までやばい』

 苦渋に満ちた友樹の表情は、屋敷の話をする時の僕と似たり寄ったりだったかもしれない。

 ……有坂の関係者ってこんなんばっかりか。

 心の中でかなりげんなりしながらも、僕は鞠さんと向かい合う。

「それで、その侍従さんは僕になんの御用でしょうか?」

「用、というほどのものでもないんですけど……そうですね、まずはお礼を」

「お礼?」

「はい。貴方とつるむようになってから、友樹様の女遊びの頻度が20%ほど減少したので」

「………………」

 正直、そんなことでお礼を言われても嬉しくもなんともないんですが。

「正直、そんなことでお礼を言われても嬉しくもなんともないんですが、と言いたそうな顔ですね?」

「正直、そんなことでお礼を言われても嬉しくもなんともないんですが」

「あら、本当に正直ですね」

「女の人に本音を見抜かれるのはわりと慣れてますから」

「……なるほど。さすがは友樹様のご友人でいられるだけはある、ということですね」

 鞠さんは少しだけ楽しそうに笑う。

「ところで友樹様」

「えっと……なんですか?」

 うわ、友樹が敬語を使ってる。ありえねぇ。

 そこまで恐ろしい人だというのか、芳邦鞠さんという女性は。

「貴方が有坂家を不在にしている間、貴方宛の手紙と品がいくつか届いています」

「ああ、うん……そうだな。後で取りに行く」

「必要ありません。こちらで検品して、既に処分済みですから」

 不意に、空気が変質する。空気であって空気にあらず、目には見えないが肌で感じられる真っ黒いなにかに。

 鞠さんは全体的には笑顔なのだが、口元や頬が引きつりまくっているような、そんな殺意満点の笑顔を浮かべた。

「ホント……『貴方と一緒に移っている女性の写真』とか始末する私の身にもなって欲しいのですけど?」

「いや、それを本人に無断で始末すんのはどーかと思うけど」

「いくらなんでも手紙が五十二通、プレゼントが三十五品も『毎日』のように送られてくれば、私の忍耐力も切れます。一緒に添えてあった手紙を音読してあげましょうか? あまりにも甘ったるく、思わず発狂しそうな内容ですが」

「……ごめんなさい。それは勘弁してください」

 友樹はなんの躊躇もなく土下座をした。それはそれは見事な謝りっぷりだった。

 どうやら、芳邦鞠という女性は友樹にとっては『天敵』らしい。後ろ暗い所を多々見られているため、頭が上がらないというかなんというか。……まぁ、100%友樹が悪いので僕としてはなんとも言えないのだけれど。

 さてと、とりあえず、友樹の言いたいことはよーく分かった。

 友樹を責めながらさりげなく自分の目的も達成しようなど、並の神経でできることじゃない。

 僕は一歩前に出ながら、口元を緩めた。

「ねぇ、鞠さん」

「はい」

「貴女の仕事はここで僕たちを足止めすることですね?」

「はい、その通りです」

 あっさりと、きっぱりと、隠す必要もないくらい明確に、彼女は僕たちの『敵』であることを認めた。

 ほんの少しだけ眉をしかめて、それでも躊躇なく言う。

「私としても今回の婚約は本位ではありません。それでも四季様が認めたのであれば、仕方ありません」

「……その決定が、本望でないとしても?」

「決定したのは紛れもなく本人です。……それが、どんなに辛い選択肢であっても」

「………………」

 なるほど。友樹が恐れるだけのことはある。確かに彼女は『おっかない』。

 決然たる意志、秘めたる決意、決定には口を出さず、あくまで影として、侍従として振舞う心意気。

 僕の屋敷に一人欲しいくらいだ。……どーもコッコさんを筆頭として、あの屋敷には自己主張の強いのが多すぎる。……ま、集めたのは僕だから、自業自得と言えないこともないけれど。

 やれやれ……それはともかく、ホント、損な役回りだ。

「友樹」

「なんだよ?」

「行け」

「あ?」


「ここは僕に任せて、先に行け」


 友樹は黙ったままだった。ほんの少しだけ、怒りの気配が伝わってくる。

「……お前がいねぇと、意味ねーだろ」

「意味はあるさ。友樹はこの式をぶち壊す『切り札』を握っている。僕が式場に行かなくても問題はない」

「四季のヤツはどーやって説得するんだよ? 言っておくが、お前の言う『切り札』を出すまでには時間がかかるぞ」

「別に僕でなくとも説得はできるさ。……お前の案を聞いてから、僕も色々と手を回してる」

「け、最初から信用はされてなかったってコトかよ」

「信用はしてないけど、信頼はしてるさ。お前の唯さんを助けたいと思う気持ちは筋金入りだ。……だからこそ、僕はここにいる」

 後ろを振り返って、僕は友樹に向かって言い放った。

「いつも通りだ、親友。僕が囮でお前が決める。なにも問題はない」

「………………」

 友樹はほんの少しだけ顔をしかめて、ゆっくりと溜息を吐いてから、一歩を踏み出す。

「……なぁ、親友」

「なんだ?」

「お前なら、四季を幸せにできるとオレは思う。……でも、お前は四季をもらってはくれないのかよ」

「だから、もらうもらわないの話じゃないだろ。彼女は道具じゃ……」

「四季はお前のことを好いている」

 友樹は、血を吐くように、顔を歪めて、それでもはっきりと言った。

「……なぁ、親友。オレはわりと真剣だ。お前は最低のクソ野郎だが、他のクソどもよりは遥かにマシだ。偽善が偽善であることを知り、欺瞞が欺瞞であることを理解し、その上で絶望せずに生きている。オレから見たら羨ましい限りだ」

「……………で?」

「だからこそ、頼む。お前に頼みたい。四季をもらってくれ」

 友樹の言葉は、今までにないくらいに真剣で、聞いたこともないくらいに真っ直ぐだった。

 だからこそ、僕は言わなければならなかった。


「断る」


 真剣で、真っ直ぐに、僕はきっぱりと言い放った。

「間違えるなよ、友樹。男が守れるのは一つか二つ。それ以上は無理だ。そして……僕にはもう守りたいものがある」

「………………」

「僕にとって守りたいものは、家族が帰るあの屋敷だけだ」

 正義の味方を気取って誰かを『助ける』のは簡単だろう。でも、『守り続ける』のは難しい。

 そして、もう守りたいものがある僕には……唯さんを守ることはできない。

 一人の男が守れるのは、そんなに多くはない。

「わりと好きだし、幸せになってももらいたい。でも、彼女を幸せにするのは僕じゃない。見も知らぬ可愛い誰かだ」

「…………ったく、強情野郎が」

「お前ほどじゃない」

「死ぬなよ」

「お前もな」

 友樹は後ろを見ずに走り出す。スポーツもそこそこ得意な友樹は、その健脚を発揮してあっという間に見えなくなった。

 僕はその背中を見つめてから、メイドである彼女に向き直った。

「お待たせしました。そういうことで、ここからは僕が貴女の足止めをさせてもらいます」

「……やっぱり、友樹様のご友人ですね」

「どういう意味ですか?」

「意地っ張りで性格が悪く、卑怯と卑劣で正論を真っ向から叩き潰す。……ええ、なかなかの男前です」

 鞠さんはにっこりと笑いながらアンナさんに日傘を渡して下がらせ、その腰に手を回す。

 背後から取り出したのは、白木の鞘に収められた剣だった。極道風に言うと『長ドス』ってヤツである。

「私、そういう人は結構好みなんですよ」

「……お世辞でも、嬉しくない時ってのはあるもんですよ」

「好みの女の子に告白されようとも断るしかない。そんな『自分の道』に苛立つことも、男の子にはよくあることです」

「………………」

「気にしないことです。所詮、乙女の心は秋の空。三時間後には別の殿方を好きになっていることだってザラですから」

「……それは、かなり女性に幻滅するんですが」

「まぁ、友人の話なんであまり気になさらぬように。ただ、女性の90%は根暗で、男性の99%はヘタレですよ。……それでも、私たちは誰かを好きになりますし、愛するんです。生きているんです。その気持ちまでは、否定できないでしょう?」

「………………」

「沈黙っていいですよね。『無言の肯定』もいい言葉です」

 シャラリ、と刀身が鞘走る音が響く。

 白木の鞘から姿を現したのは、真っ黒な真剣。まるで黒曜石のような剣だった。

 エプロンドレスに似合わぬそれを真っ直ぐに構えながら、鞠さんは悪戯っ子のように笑った。

「取引をしましょう」

「取引?」

「私が勝ったら、貴方は四季様を娶る。貴方の言う『屋敷』も捨てて、有坂に組してもらいます」

「僕が勝ったら?」

「貴方が望むものを全て差し上げましょう」

「その取引の意図がイマイチ分からないんですが」

「私が勝てば、友樹様などという男の風上はもちろん風下に存在してもいけない人を『主人』と仰がずに済みます。私としては全てを賭けるにふさわしい条件ですよ」

「……………やれやれ」

 僕は肩をすくめる。……ホント、友樹がらみの女性にはロクなのがいない。

 うわ、なんかものすごく屋敷に帰りたくなってきた。みんなの顔がものすごく見たい。

 コッコさんの言う通りだよコンチクショウ。あーあ、世間っておっかねぇなぁ、いつの間にか大ピンチだ。

 それでも、笑わずにはいられないけど。

「なんでもかんでも拳で片をつけるのはよくないと思いますが……ま、たまにはそういうのも悪くない」

 虚勢を張りながら、僕は右拳を前に出す半身の姿勢で構える。

「じゃ、行きます」

「はい、どうぞ」

 そして、僕は勝たねばならない戦いに身を投じることになった。



 少年がメイドな彼女に戦いを挑む、一時間前。

 狭い車中で、少女に見える彼と、シスターな彼女は思い切り溜息を吐いていた。

「……やれやれだよねぇ」

「やれやれですね」

「………………」

 車を運転しているのは、現在屋敷で働きながら中学校に通う少年こと空倉陸であり、彼は口をへの字に結びながら極度の緊張を強いられていた。今朝食べた朝食が口から外に出そうだった。

 車を運転するのには慣れている。修行中だったとはいえ陸も暗殺者だった身だ。一般常識に教養、生きてく上で必須なスキルは身につけさせられており、自動車の運転もそこに含まれる。免許はないが、その気になればどんな車種だって動かせるだろう。

 が、それとこれとは全く無関係に、陸は緊張していた。

「あの……すんません。ちょっとスピードの方を緩めたいんですが」

「根性なし」

「死になさい」

「……すんません」

 不条理な罵声を浴びせかけられて、陸はへこんだ。そして速度メーターを見てさらにへこむ。

 時速が150キロを越えている。いくら高速道路とはいえ、違反どころか一歩間違えれば簡単に死ねる。

「しっかし唯ねーさんも薄情だよねー。あたしたちに相談の一つもなくてさー」

「まぁ、唯の性格を考えれば分かりそうなものです。……が、今回ばかりは許せませんねぇ」

「姉御は責任感がやたら強いしねー。困ったもんだ」

「それはそれとしてあの子の『味』として考えましょう。……とりあえず、おしおきは必須ですが」

「要さん、めっちゃ怖いねー。あははー……まぁ、あたしも怒ってるケド」

「当たり前です。……怒ってますからね。ふふ……」

 少女に見える少年と、悪魔のような笑顔を浮かべるシスターは、目に見えぬ怒気を放っている。

 車中は異様な緊張感と緊迫感に包まれていた。

(……なんで、こんなことに。俺が一体なにをしたんだ?)

 今は屋敷にはいない彼女の輝くような笑顔を浮かべて、陸は深々と溜息を吐く。

 陸が屋敷に帰りたいと思ったのはこれが初めてだった。



 第二十一話『甦る悪夢と修学旅行(略奪編・前)』に続く

 第二十一話『甦る悪夢と修学旅行(略奪編・後)』に続く





 注訳解説がないので、ゲストキャラの説明なんぞを。


 芳邦鞠:芳邦は代々有坂家に仕える侍従の一族。彼女はその芳邦でも一番優秀な侍従。主人公の屋敷にはいないタイプで、長身かつ清楚で格好いいという『地味の中の格好良さ』を極めたような彼女。顔立ちは決して美人でもなく可愛くもないのだが洗練された綺麗な美しさを持つ芸術品のような人。主人公曰くの『完璧なる侍従さん』。

 もっとも、『完璧』と称される存在ほど致命的な弱点、あるいはどうしようもない欠点を内包するもので、作中で主人公を『男前』と表現したように、彼女の場合は『好みの男のタイプが凶悪なまでに悪い』ということだった。

 彼女の好む男、それは『世界の不平不満を我慢できる男』であり、芳邦鞠はそんな男の『我慢できない傷』を怒られない程度にちくちくいびったりするのが大好きなのだった。

 天性のいじめっ子。天然でドがつくほどのS。人が思わずドン引きするほどの取引を平気で持ちかける侍従。

 影の存在であるくせに、その影はどんな黒よりも黒い。

 この人に比べれば屋敷のメイドさんたちなんぞ赤子同然。条件付きで美里さんがなんとか張り合えるくらいである。

 ちなみに嫌いな男のタイプは『女にだらしなく、人生を達観あるいは諦観している男』であり、友樹のことは放っておけないながらも『いつか物理的に矯正してやります』くらいには思っているとかいないとか。

 剣の腕に関しては『かなり』どころではなく、達人と呼ばれる人を軽くぶっちぎる腕前。彼女の師匠が桂木唯(有坂四季)さんの師匠でもあったりするのだが、既にその師匠すら越えているらしい。


 と、いうわけで色々あって前後編に分かれることになってしまった第二十一話ですが、後編もよろしく♪

地味な場所で立ちつくす少年がいました。

彼は自分の心を理解しただけの囮で、スポットライトを浴びることなく、ただただひたすらに耐え、いつも貧乏くじを引くことを覚悟した少年でした。

それだけが取り得の、男の子でした。

次回、第二十一話『甦る悪夢と修学旅行(略奪編・後)』


魂を大安売りして、誇りを打ち捨てても、自分が自分であるために、やらなきゃならない偽善がある。

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