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第十九話 甦る悪夢と修学旅行(準備編)

最初に謝っておきます。ごめんなさい

準コメディパートなのにクソ長いです。

あ、でも前回よりは短いですとも。

……えっと、すみません(謝)

 京都かな? 沖縄かな? 東京かな?



 つまるところ、告白というものは『男女交際』というものの通過儀礼に過ぎないと女垂らしが行き過ぎてダメダメな僕の親友は語る。

「要は告白ってのは好意の契約だ。好き合っていれば一緒にいたいと思うし、嫌い合っていれば当然一緒にはいたくない。その最終結論が結婚というやつだな」

「や、そんな当たり前のこと言われても」

「ま、それは仕方ない。結局最後に行き着くのは当たり前の一般論でしかないんだ。男女の間柄なんてのは余人に関与できる問題じゃない。誰が悪いかとか、悪くないとか、そういうものは問題じゃない。破綻する男女関係は全てが悪いことになるし、破綻しない男女関係は全てが良いことになる。今日好きな奴が明日には大嫌いになっているコトだってあるさ。可愛さ余って憎さ百倍ってやつだな」

「なんで? 僕はそーゆーことは一切ないケド」

「そりゃ、お前は変人だからな」

 パチッと友樹は銀将を僕の布陣に叩きつけて、やきそばパンを齧る。

「つまり、双方が納得している関係ならそれで『好意』というものは成り立つわけだ。遠距離しかり、職場恋愛しかり、様々な形があるわけだ」

「……ふーん」

 気のない相槌を打ちながら、僕は大きく欠伸をした。

 この時間があまりにも暇っていうか、とにかくやることがなかったので、暇つぶしに友樹の恋愛観なるものを、将棋を打ちつつパンを齧りながら聞いてみたんだけど、思ったよりも真面目だったので普通に退屈だった。

 ちなみに今日やたら眠いのは、昨日京子さんに散々いじめられたのが原因だ。

 旅行から三日経つけど、日が経つにつれてあの告白には疑念が湧いてくる。

 だってあの人容赦ないんだもの。ちょっと体動かす程度のトレーニングに付き合ってもらおうと思ったら、組み手で思い切り本気出しやがるし。

 僕が言った『強くなる』っていうのは決してそういう意味じゃない。お屋敷を守れるくらいの度量が欲しいって思っているだけで、日常生活においては全く必要のない『戦闘能力』なんていうスキルを叩き込んでくれる必要はどこにもないわけで。

 つーか、人を気絶させておいて「あー、いい運動になった」はひでぇだろ。

(……もしも、万が一、ほとんどありえないことだとは思うけど、仮にアレが愛情表現だとしたら……僕はいつか死ぬな)

 恐ろしい考えに半分以上は青ざめて、残り半分は眠気に耐え切れずに欠伸をしながら、僕は将棋盤に向かう。

 八割くらいを聞き流していたことに気づいていないのか、得意満面に友樹は語った。

「だからまぁ、そろそろ十二股くらいになるけど、それも一つの形ってコトだ」

 オレンジジュースを飲みながら、僕は友樹の布陣に桂馬を叩く。ついでに、友樹の頭を机に叩きつけた。

「いきなりなにをする、親友」

「ただの反射行動だから気にするな、親友。男としての正当なる怒りが燃え上がっただけのことだから。……つーか、火遊びが過ぎると本当に刺されるぞ?」

 額を押さえて、ついでに僕の必殺の桂打ちに顔をしかめながら、友樹はアンパンに手を伸ばす。

「なにを言っている、俺は遊んでいるつもりはない。全部本気だ」

「……最悪じゃねーかよ。ついでに言うと、さっきの桂打ちで詰んでるから」

「げ。……うっわ、本当に詰んでるし。お前、将棋は異様に強いよな」

「まぁ、色々鍛えられたからね。あ、そのあんずジャムパンくれ」

「チーズサンドとトレード」

「オッケー」

「オッケーじゃねェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!!」

 ドガンッ!!

 叫び声と共に、机をぶち壊す勢いで思い切り叩いた音が響いた。

「あ・ん・た・ら、ねぇっ! 修学旅行の部屋割りとか、行きたい場所とか、そーゆー大事なことを話し合ってるのに! パン食いながら将棋打ってるんじゃないっ!」

 僕らに向かって思い切り怒鳴り散らしたのは、額の広い女の子だった。

 勤勉実直、皆勤賞、眼鏡、成績優秀、模範的存在、気が強い、目が悪いためつり目、三つ編みなどなど、彼女は特徴を上げればきりがない。

 そんな彼女の名前は山田やまだ 恵子けいこというフツーすぎてかえって少数派の名前なのだが、誰も彼女のことを名前では呼ばない。誰もが彼女のことをあだ名で呼ぶ。

「そんなに怒鳴るなよ、『委員長』。皺が増えるぞ?」

「そうそう。怒鳴りすぎは健康に良くないよ、『委員長』。髪が薄くなるよ?」

「誰が怒らせてると思ってるのよっ!! あと委員長って呼ぶなっ!」

 ゲームの弁護士のように、拳を机に叩きつける通称『委員長』。

 僕と友樹は小学校の頃からの知り合いなのだけれど、『委員長』のあだ名はその頃からのものだ。……本人は否定したがっているけれど、真面目で規律に厳しい熱血漢という根っからの委員長キャラだからそーゆーあだ名が定着してしまっている。

 もうちょっと肩の力を抜いて生きればいいのに、と思わなくもない。

「いい? 修学旅行といえど、学業は学業よ! ましてやウチの学校は規律が厳しいんだから、もーちょっと節度を持った行動をね」

「なァ、親友。沖縄ってなにが美味いんだっけ?」

「豚の角煮とか、各種チャンプルーが有名だね。他にも鳥の出汁のお茶漬けとか」

「じゃあそれで行こう。沖縄グルメツアーってことで」

「そうだねぇ。観光地とか回ってもつまんないだけだし。いっそのこと予定表はテキトーにでっち上げてさ、歩きながら現地の人たちのおすすめグルメスポットを」

「話を聞けェェェェェェェェェェェェッ!!」

 ズガンッ!!

 怒りのあまり、顔を真っ赤にして机を蹴り上げる委員長。般若の面は怒った女性の顔がモデルという伝説があるけれど、まさにその通りという感じの顔だった。

「あんたらねぇ……私を怒らせて楽しい? そんなに楽しいっ!?」

「や、これはあくまで意見の一つだから」

「え?」

 僕の冷静な言葉に、委員長はちょっと唖然としていた。

「だからさ、こーゆー意見もあるよってコト。確かに規律は守らなきゃいけないけど、せっかくの修学旅行なんだからさ、自由時間くらいは自由に回ってもいいと思うよ?」

「それは……そうかもしれないけど」

 ちょっと悩む委員長に対し、友樹はうんうんと頷いていた。

「そうそう。これはあくまでも『意見の一つ』であって、誰もこの意見を押し通そうとか、強行しようとかは思ってねぇよ。こーゆーのは喧嘩せずにみんなで意見出し合って決めるべきだろ。なぁ、それで委員長はどこに行こうと思ってるんだ?」

「え……えっとね」

 さっきとは打って変わって話がサクサク進む。委員長は、ちょっと面食らいながらも、パンフレットと自分が作ってきたらしい予定表を広げて自分のプランを提案した。

「とりあえず、最初に朱里城に行って」

『却下』

 最後まで言わせず、僕と友樹はあっさりとダメ出しをした。

「ありきたりすぎる」

「オリジナリティに欠けるね」

「飯が美味くなさそう」

「さりげなく自分の趣味が入ってるよ」

「スケジュールがキツい。もうちょっと余裕を持て」

「徒歩の移動が多い。沖縄の気温を甘く見ない方がいいかな」

 僕らの熾烈なダメ出しに、委員長の目にちょっとだけ涙が浮かぶ。

「じゃ、じゃあどうすればいいのよっ!? あんたらにはいい考えがあるのっ!?」

「…………まぁ」

「…………そうだな」

 僕と友樹は顔を見合わせて、もう一つ予定表を作った。

 作成開始から三分で完成する、それはそれは素晴らしい予定表だった。

 おはようからお休みまで、隔絶なしの真っ白かつ完璧な予定表。

自由フリーダム

「帰れお前らアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 委員長は僕に英和辞典を、友樹に国語辞典を投げつけた。



 わりとお金持ちの学校なのに修学旅行が海外じゃないのは、ひとえに海外で問題が起こったら、取り返しのつかない面子ばっかりだからだったりする。

 まぁ、僕らの学校の分校が沖縄にあることも関係していたりするけれど、どんな理由があろうとも修学旅行はやってくる。

 楽しみかと言われれば楽しみではなく、やる気があるかと言われれば全くない。

 修学旅行、それは僕にとってはある意味でもなんでもなく、まさしく『鬼門』そのものである。一つの旅行につき確実に一つ、トラウマが増えていく。

 小学校の頃は骨を折られて重傷、中学校の頃は崖から落ちて死にかけた。

 そんな悲しい思い出を思い返したりしながら、眠気混じりにパンフレットを眺めて僕は溜息を吐いた。

「なんかもー面倒だから旅館でゴロゴロしようよ」

「そーだなぁ。沖縄は美人が多いっていうけど、旅館にもいるよな、美人は」

 男二人が退廃的かつ排他的な意見を並べる中で、委員長は怒り絶頂だった。

「ダメよそんなの! 班員は男女四人で沖縄を見て回らなきゃいけないんだから!」

「携帯電話で繋がる心。そう、もう僕らには距離なんて関係ないヨ」

「規則なんてクソ喰らえ、オレ達には若さという武器があるサ」

「こういう時だけ意見合わせてんじゃないわよっ! 普段は滅茶苦茶仲悪いくせに!」

 委員長が怒鳴りまくるが、僕も友樹も話など聞いていなかった。

 いつものことだからだ。

「じゃあ、旅館の周囲の美味いもの巡りってコトでいいか」

「駅の周囲ならそこそこ食えるものくらいあるだろ。人が集まる所だし」

「あんたらねぇ……ホント、いい加減にしなさいよ」

「そーですよぅっ! せめてハブ園とかには行くべきだと思いますっ!」

 手を上げて大声で発言をしたのは、なにも知らない無垢な子供のように、眩しい笑顔でパンフレットを見ていた僕らのヒロインこと身長百八十五センチの女の子、トラウマメイカーの竜胆虎子ちゃんだった。

 なにを隠そう、寝返りで僕の骨を叩き折り、崖下に突き落としたのが彼女だ。

「あとはですね、えーと、えーと……ここも行きたいし、これも食べたいし」

 虎子ちゃんがパンフレットをめくる度に、ページが引き千切れて紙くずになっていく。ぱっと見ではパンフレットを引き千切っているようにしか見えないが……どうやら、ものすごく楽しみにしているらしい。

 僕と友樹は顔を見合わせて、委員長が立てた予定表に赤線を引いた。

「じゃあ、ハブ園には行こうか」

「チャンプルーが食いたいんだったらここの方がいいな」

「ちょっ、あんたらっ、なにそのひいき!? ひどくないっ!?」

「ひどくないよ、委員長。僕たちは今ものすごくハブ園に行きたくなったんだ」

「そうだぞ、委員長。オレ達はいつだって公平かつ平等な男だ。比較や贔屓なんてもっての他さ」

「じゃ、じゃあ朱里城に……」

『却下』

 委員長は、普段怒っているように見えて、実はあんまり怒っていない。

 そんな彼女が久しぶりにキレた。

 僕らは、ファイターと呼ばれる職種の方々もびっくりするようなフルパワーで殴られた。


 

 頬を真っ赤に腫らした僕と親友は保健室で顔を合わせることになった。

 どうやら、二人して気絶していたらしい。

「よう、キツネ。我が親友。一応確認までに聞いておくが、俺は生きてるか?」

「やあ、友樹。僕の悪友。まさかとは思うがここは地獄ではないよね?」

 互いに頬をつねって現実であることを確認。

 委員長がやってくれたのか、僕の鞄がベッドの脇に無造作に放置してあった。

 時間は夕方の四時。もう放課後だ。

「なぁ、親友」

「なんだい? 悪友」

「委員長は相変わらず可愛いと思うんだが、どうだ?」

 友樹の言葉に、僕は大きく深く頷いておく。

「全くもってその通りだ。委員長は可愛い。虎子ちゃんは言うまでもないケド」

「そうだな。俺達はあの二人と一緒に修学旅行に行けることを感謝せにゃならん」

「たった一つ疑問があるとすれば、なんであの二人はもてないんだろう?」

「それはアレだ。この世界にいる男の大半の趣味が悪いからだな。委員長の可愛らしさや、虎子の輝く笑顔の価値が分からないクソどもが多いということだ」

「なに、それならそれでいいだろう。僕たちの義務は、彼女たちの価値が分かる男に彼女たちを幸せにしてもらうように取り計らうことだろうさ」

「ふむ、それは全くその通りだ。こういう時だけはいいことを言うな、親友」

「君こそ、こういう時だけはまともなことを言うね、心友」

 鞄を持ち上げて、保健室を出ながら、僕らは適当に言葉を交わす。

 僕と友樹は、小学校の頃から委員長と虎子ちゃんを好いている。ただ、京子さんには言わなかったけれど、それは男女間の好意というよりも『尊敬』や『敬愛』に近い。……ちょっと嫌な表現だが、分かりやすい言い方をすればファンクラブの会員No1、No2といった感じだろう。

 ……もちろん、No1は譲らないけど。

 と、僕が馬鹿なことを考えていると、不意に友樹が言った。

「なァ、キツネ。ちょっと聞いていいか?」

「ん?」

「京子と旅行に行ったらしいが、結局どうなったんだ?」


 僕はずっこけた。見事な足ズッコケだった。


 僕がまるでコントのようにこける様を見て、友樹は溜息を吐いた。

「なるほどな、その調子じゃダメだったか」

「な……な、なんでお前が京子さんのこと知ってるんだよっ!?」

 当然のことながら、僕はこいつと話すときは京子さんの名前は一言たりとも出していない。

 一瞬、『昔の女』などという恐ろしいフレーズが頭をかすめ、もしもそうだったら今すぐ殺してやろうと心に誓う。

 が、まるで当たり前のことのように、友樹は言った。

「友人の友人経由で知り合って、今じゃ親友の一人ってコトになるかな」

 僕にとっては寝耳に水どころの話じゃない。寝ている最中に滝壷に放り込まれたような気分だった。

 呆れたような表情を浮かべて、友樹は肩をすくめた。

「まぁ、仕方ない。相手が相手だからな。……俺が友人に京子を紹介された時、うっかり『小学生?』とかほざいたら、その後全治五ヶ月だったからな。肋骨くらいだったら、まだましな方だ。紹介してくれた友人なんざ、最初に会った時に『子供?』とか言って殺されかけたらしいし」

「………………」

 なんとなく分かってはいたけれど、容赦ねぇなぁ、京子さん。

 僕が初対面の時は、美里さんの紹介で屋敷で正式に雇用することが決まっていて、履歴書も読んでいたから年上の女性ってことは分かっていたからそれ相応の対応をしたのだけれど、分かっていなかったらと思うと恐ろしい。

 友樹はなにやら一人で納得しながら、僕の肩を優しく叩いた。

「仕方ねぇよ。いくらお前が炎のような女が好きだとはいえ、あのヴァイオレンスだけはどうにもならんからな。どこの骨を折られたんだか知らないが、重機に挟まれたと思って傷の治療に専念しろよ?」

「や、別に骨なんて折られてないから」

「じゃ、どこを殴られた? 筋肉断裂か内蔵損傷くらいはいってるだろ?」

「時々どつかれたりはするけど、そこまでひどくはねぇよ」

「……まさかとは思うが、一回もないのか? 指を反対方向に捻られたり、関節で肩を外されたり、四十回くらい同じ場所だけを攻撃されたり」

「あるわけねぇだろ。京子さんはれっきとした大人の女性だぞ」

 友樹は、僕の言葉に目を丸くした。

 それからゆっくりと窓の外を見上げ、目頭を押さえて、僕の方を向いた。

 その眼は、真剣そのものだった。

「なァ、親友」

「なんだよ?」

「年齢的には問題ないかもしれん。でも、幼女趣味はちょ」

 ドスッという変な音が響いた。

 友樹は言葉をいいかけて、変な顔をした。なんだか切ないような苦しいような、そんな奇妙な表情だ。

 それから顔を真っ赤に染めて、真っ青に染めて、最後は紫色に染めて、卒倒した。

「ヲイ、テメェコラ、有坂。誰がロリだ」

 友樹の背後からいきなり現れて、容赦なく股間を蹴り上げた彼女こと、梨本京子さんはかなり不機嫌そうな顔をしていた。

 ……っていうか、本当に今どうやって現れたんだ?

「ったく、ホントろくなこと言わないね、有坂は。黙ればいいとあたしは思う」

「……京子さん、友樹はもう黙ってます。ついでに言わせてもらえば、ここの学校はわりとセキュリティが優秀なことで有名な学校なんですけど」

「ふーん。赤外線センサーと警備員ごときで優秀ねぇ。……ま、そんなもんか」

 友樹の頭をぐりぐりと踏みつけながら、京子さんは溜息を吐いたりしていた。

 ……ホント、この人はもう少し遠慮とか慎みとかそーゆーのを知った方がいいと思う。このままじゃ死人を出しかねない。もちろん、被害者は僕だ。

「ところで、なんでこんな所にいるんですか?」

「学校に迎えに来たらまずかったかい?」

「いえ、そーゆーわけではないんですけど、あっちに見える階段の影に京子さんが持つにはちょっと難儀そうなぬいぐるみの山が見えたもので、もしかして荷物もち狙いかな? と思っただけなんですが」

 僕が言い終わる前に、京子さんは目にも止まらぬ速度で階段の方に走って行き、僕の視線から隠すようにぬいぐるみを移動させた。

「……ち、違うからな。決して……その、ちょっと欲しいぬいぐるみがあって、ゲーセンで一万ほど使い込んだなんてことは、決してないんだからな?」

「ええ、分かってますよ。京子さんがファンシーグッズが大好きなんてことは僕は知りません。部屋の中は猫のぬいぐるみでたくさんだってことはもちろん秘密ですよね?」

「……殴ったろか、坊ちゃん」

「ちなみに、章吾さんの部屋は猫でいっぱいだそうです」

「…………う」

 うっかり想像してしまったのか、顔を赤らめてちょっと幸せそうな京子さん。

 うん、なるほど。京子さんの扱い方が分かったような気がする。

「坊ちゃん、なんかちょっと悪どいこと考えてるだろ」

「そういう京子さんこそ、股間にキックは冗談抜きでやめてください。他人事とはいえ、見てて痛々しいです」

「有坂の場合は別にいいでしょ。どーせ女の敵だし」

「やめてください。っていうか、ホント勘弁してください」

 顔を真っ白にして股間を押さえている友樹は、なんというか男として心から同情するほどに、とても辛そうだった。

「おい、友樹。立てるか?」

「……たたないかも」

「………………じゃ、そろそろ僕らは帰るよ」

「ま、待ってくれ、親友。せめてツッコミを……」

「いや、めんどいし。あと、どーでもいいケド下ネタはやめろ」

「ふふふ、こんなことで俺を倒したと思うなよ? また第二、第三の俺が……」

「なんでやねん」

「そう、それでいい……ぐふっ」

 やる気のないツッコミにささやかながらも満足したのか、友樹は昔大流行した断末魔を上げて気絶した。

 なんというか……お約束というか律儀というか。

「じゃ、帰りますか」

「坊ちゃん、なにげにひどいね。フツーは保健室に連れて行くくらいはするだろう?」

「友樹なら大丈夫ですよ、多分」

 よく分からない確信だったが、僕はきっぱりと断言した。

 まぁ、いくら京子さんでも思い切り股間を蹴り上げたりはしないはずだ。それでも、男にとっては急所中の急所。かなり手加減していようが痛いもんは痛い。

 歩きながら京子さんのぬいぐるみを回収し、校舎玄関に向かう。

 校舎玄関近くで一旦京子さんと別れ、僕は普通にゲートを通って学校の外に出た。

 当たり前のように、京子さんは校舎玄関前で待っていた。

「ま、学校にしちゃ確かにハイテクだね。警備員もわりと優秀だ」

「それを手玉に取る京子さんは何者なんでしょうかね?」

「あたしのはただの経験さ。踏んだ場数が違うだけ」

 京子さんは肩をすくめて答える。どうやら、あんまり自慢できることだとは思っていないらしい。

 大量のぬいぐるみの入ったビニール袋を受け取りながら、僕は苦笑する。

「で……ホントのところはどうなんですか?」

「ん?」

「昨日、冥さんと舞さんが戻ってきましたからね。そろそろコッコさんも戻ってくる頃合だと思っただけです」

 僕の推測は図星だったらしく、京子さんはちょっと顔を引きつらせていた。

「……んーっとね、かなりまずいかな」

「まずいですか」

「……まずいねぇ。美里に置いてけぼりにされて、帰りの電車賃すらなくて走って帰ってきたらしいから。山口、めっちゃくちゃ怒ってる」

「舞さんと冥さんは電車だったんですよね? なら、電車賃くらい借りれば……」

「……あいつらが山口に金貸すと思う?」 

 思わない。全然全くさっぱりこれっぽっちも思わない。

 どうやら、京子さんは買出しついでにゲームセンターに寄っている時に、美里さんか章吾さんから緊急の連絡を受けたらしい。

「ところで、なんで美里さんはコッコさんを置き去りにしたんですか?」

「さぁね。美咲になんかあったんじゃない?」

「美咲ちゃんなら、章吾さんにべったりだから心配ありませんよ。……まぁ、余程の事情があるんなら詳しくは聞きませんけどね。いずれ分かることですし」

「……知ってて黙ってるのは嫌味だね、坊ちゃん」

「ご主人様は体重とスリーサイズ以外はなんでも知っているのです」

「やれやれ、嫌味な主人は有能なのが筋ってもんだけどね。……坊ちゃんには悪いけど、山口の方は期待させてもらうよ。あたしらじゃどうしようもない」 

 そう言った京子さんの横顔は、それなりに真剣だったりする。

 うーん……なにやら切羽詰った事態になっている予感がひしひしとするなぁ。

 僕は口許を緩めながら、ちょっとした死の覚悟を完了する。

 それから、万が一のことも考えて今の内に京子さんに聞きたいことを聞いておくことにした。

「そういえば京子さん」

「ん?」

「ちょっと不躾なことを聞いてもいいでしょうか?」

「セクハラ的なこと以外ならいいけど」

「京子さんが僕を意識したのはいつ頃からなんですか?」

「んー……」

 京子さんはちょっと首をかしげて、困ったように口元を緩めた。

「……馬鹿にしない?」

「しませんよ、っていうか馬鹿にするやつがいたら僕が殺します」

「………………」

 京子さんはほんの少しだけ嬉しそうに微笑んで、囁くように言った。

「三日前の夜くらいから、だね」

「……あの」

 それってつまり、告白を受けたあの夜からって意味じゃないんでしょーか?

 僕の言いたいことを悟ったのか、京子さんは小さく頷いた。

「えっと……僕、なんかしましたっけ? 全然身に覚えがないんですけど」

 京子さんも俯いたまま足を止めて、僕を見つめた。


「特別なことなんかじゃないさ。ただ、坊ちゃんは『普通』だっただけ」


 京子さんは、苦笑しながらも、しっかりとした口調で言った。

「それで十分だったんだ。あたしが坊ちゃんを好きになる理由は、それで十分」

 京子さんしか知らない深い事情があるのか、彼女の口調は真剣だった。

 僕は頬を掻いて、少し考えて、言葉がないことに気づいた。

「……光栄なことだって思っていいんですかね?」

「ああ。あたしが男に告白するのは、坊ちゃんで二人目だからね」

 にやりと意地悪そうに笑って、京子さんは僕よりも早足で走った。

 その小さいようで大きな背中を見つめて、僕はほんの少し溜息を吐いた。

 小さいようで大きな背中。本当は小さいくせに、大きく見せようとして、いつもいつも努力を重ねて、手はボロボロになった。

 頑張れば頑張るほど孤立して、敵を倒せば倒すほど独りになって、それでも守りたい十人の友達がいたから戦えた。

 侮蔑を叩き潰し、悪意を嘲笑し、絶望を壊滅させるほど、彼女は強くなった。

 

 けれど、そんな彼女が本当に望んでいたことは、なんだっただろうか?


 当たり前のように生まれて、当たり前のように恋をして、当たり前のように結婚をして、当たり前のように子供を産んで、当たり前のように子供より先に死ぬ。

 当然のように幸福で、当然であることが幸福であることに気づかない。そんな、ありきたりで退屈で平和な日々を送りたい。

 伝説になったヒーローには、そんなささやかなものも許されなかったとしたら?

 絶望を殺しすぎて、もう誰も彼女を人間として見てくれなかったとしたら?

 理解してくれる十人がいるのは幸福だった。

 けれど、理解しようともしない万人がいるのは悲しかった。


 だから、普通の少年が向けてくれた小さな笑顔と言葉が、とても嬉しかった。

 その少年は、彼女のことを普通の女の子だと言った。

 思わず、本気で好きになってしまうくらいに嬉しくて、泣きそうになった。

 安易だけど、安直だけど、単純だけど、一目惚れだったけれど。

 ヒーローは少年に恋をした。


「………………」

 おかしな、ユメを見た。

 それはとても悲しい夢。戦って戦って最後まで戦い抜いて、みんなに蔑まれて、友達にも忘れられて、自己満足だけで完結した正義の味方の物語。

 けれど、正義の味方が辿り着いたのは、ささやかな笑顔と、優しい言葉だった。

 たったそれだけで、悲しい夢は優しい夢になる。そんな気がする。

「どうしたんだい? 坊ちゃん」

「いえいえ、なんでもないです。ちょっと夕日が綺麗だなって思っただけで」

 京子さんに笑顔で答えながら、僕はこっそり目元をぬぐう。

 なんというか……幻覚見て涙ぐんでましたなんて正直に言ったら、それだけで正気を疑われてしまいそうな気がしたのだ。

「……あの、京子さん」

「なんだい?」

「世界にはもっといい男がいますよ。僕なんかよりいい男が」

「そうかもね。でも、そうじゃないかもしれない」

 京子さんは精一杯に背伸びをして、僕の肩をポンと叩いた。

「期待してるよ。せいぜい頑張って、あたしを楽させるくらいのいい男になってね」

「……人はそれを先物取引とか、青田買いとか、逆光源氏って言うのでは?」

「あっはっはっはっはっは」

 京子さんは、乾いた笑いで誤魔化した。嘘臭いにも程度ってもんがあった。

 僕は苦笑をしながら、歩幅を小さくして、歩調を緩めた。

 京子さんと甘いものでも食べながら、少しだけ遠回りをして帰ろうと思った。

 ……決して屋敷に戻るのが怖いわけじゃなくて、なんとなく、そう思った。



 少年の背中を見つめて、京子は溜息を吐く。

 それから、少年に聞こえないような小声で毒づいた。

「相変わらず悪趣味だね、デッドエンド。人の心なんざ見せて楽しいかい?」

 少年の背中に居座るタヌキは、意地悪っぽく笑っていた。

『なに、ただの親切さ。気にするな』

「それは親切じゃなくて、お節介だよ」

『ならば素直になってしまえ。普通の女として扱われたのが嬉しかったと、普通の大人として扱われたのが嬉しかったと、ついでに一緒にいて楽しかったとそう言えばいい。実に単純な理由だがな?』

 タヌキは心底可笑しそうに笑って、京子はさらにむくれた。

「……背が低い上に単純で悪かったね。こう見えても、けっこースタイルは」

「え?」

 小声で言ったつもりだったのに、なぜか少年が振り向く。

 京子は一瞬で真っ赤になってタヌキを思い切り睨みつけた。

 タヌキは相変わらず、少年の肩に乗って爆笑していた。



 京子さんの問題発言なんかがあったものの、僕らは結局甘いものを食べて帰った。

 屋敷に戻って、最初に見たのは体育座りだった。

「…………ぐすっ」

 屋敷の門のちょっと脇で、コッコさんは体育座りをしながら涙ぐんでいた。

 私服はちょっと泥と土で汚れていて、いかにも『三日間夜通し歩きました』といった感じになっている。髪もほつれて、見るからに痛々しい。

 確かに……これはうかつに声をかけた瞬間に、声をかけた人間の首が飛んでいそうなほど、コッコさんは怒っている。……というより、拗ねている。

 僕がちらりと京子さんの方を見ると、京子さんはぬいぐるみを抱えて遥か遠くまで走っていくところだった。どうやら、今日はこのまま寮に帰るつもりらしい。

 ……また『食堂が開いてねぇ』って苦情が来そうだなぁ。

 僕はほんの少しだけ溜息を吐いて、コッコさんの方に向かった。

「お嬢さん、お屋敷にも入らずこんな所でなにをふて腐れているんですか?」

「……別になんでもないです」

 僕が優しく話しかけると、コッコさんは顔を逸らした。

 うーん……かなーり拗ねてる。

「とりあえず、屋敷に入って話をしませんか?」

「……嫌です」

「そうやって意固地になってると、拗ねてるって思われますよ?」

「……拗ねてません」

 どう見ても拗ねているコッコさんは、涙目のままそっぽを向いていた。

 その仕草がちょっと可愛いと思った僕ではあったけれど、それをおくびに出すことなく、コッコさんの横に腰かけた。

 コッコさんはほんの少しだけ僕を見上げて、それからまた顔を伏せた。

「……なんです? さっさと屋敷に入ればいいでしょう?」

「そうしたいのは山々ですが、コッコさんをここに放置するわけにはいきません」

「私なんか、放っておいてくださいよ」

「僕がコッコさんを放っておくことができる人間だったら、きっと僕は世界征服とかしてましたよ。自分の思い通りに世界を作り変える、みたいな」

「どこの妄想ですか、それは? 坊ちゃんみたいなヘタレな子に、世界なんて征服できるはずありません」

「あはは」

 笑いながら、僕はちらりとコッコさんの方を見る。

「ねぇ、コッコさん。コッコさんはなにに対して怒っているんですか?」

「怒ってません」

「自分を置いて行った美里さんにですか? お金を貸してくれなかった舞さんたちにですか? それとも、京子さんと遊びに行っちゃうような僕にですか?」

「怒ってませんってば」

「……じゃあ聞きますけど、なんで財布を持っていかなかったんですか?」

「坊ちゃんには関係ありません。どーでもいいじゃないですか、そんなこと」

「どーでもよくは、ないのですよ」

 僕はちょっと意地悪っぽく笑う。

 今までは、プライベートなことには触れちゃいけないなと思ってきた。

 けれど、今回ばかりはちょっとだけお説教をしなきゃいけないだろうと思う。

 そして、僕はほんの少しだけ、知っているコトを口に出した。


「あとどれくらいで、借金は返済できそうですか?」


 コッコさんの表情が変わる。びっくりしたように目を見開いて、僕を見つめた。

「なんで……それを?」

「ご主人様はスリーサイズと体重以外はなんでもご存知なのです」

「……調べたんですか?」

「調べたというより、教えてもらったって方が近いですね」

 情報の出所は冥さんなのだけれど、そのへんは黙っておこう。

 冥さんが僕を助けに来てくれた時に使っていた『鉄剣』。見た目は完全に鉄の棒だけれど、実は中に刀が仕込んである一振り。

 その剣は、名前は伝えられていない名工の手によるものらしい。

 ただ、それくらいなら別にどうでもいいコトだ。昔にも今にも名工は確かに存在している。その剣が名工に鍛えられたとしても、大したことじゃない。

 

 大したコトなのは、冥さんが武器の手入れの方法すら知らなかったこと。


 そう、その武器は一度も手入れされていなかった。ちょっと調べれば誰でも分かることだけれど、基本的に『武器』というものは剣にしろ銃にしろ、毎日の手入れが欠かせない非情にデリケートなものだ。手入れを怠れば刀剣は美しさを損ね、銃は簡単に暴発する。

 手入れがされていないのに変わらぬ強度と切れ味を保ち続ける。

 地味ではあるが……それは、現代の技術を遥かに越えている。

 ……ただ、僕に言わせれば、そんなコトもどうでもいい。

 問題なのは、コッコさんが持っている刃物こと、左の鋏『左獄』、右の鋏『右紋』、高枝切り鋏『飛燕』、回転鋸『斬鈴』。この四つの刃物はその刀匠の作品らしいのだが、その作品は裏の世界の市場価格で『一振りあたり平均五千万円』という超ぼったくりの値段ってことである。

 いくらなんでも、給料が右から左に流れるどころか、人として大切なものを売らなければならないような刃物に手を出すのは大人としてどうかと思う。

「そりゃコッコさんのお金ですから、なにを買うのもコッコさんの自由ですけどね、いくらなんでも五千万ってのは、ちょっとよくないと思います。その刃物とコッコさんにどんな関わりがあるのか、僕は知りません。でも」


「……私に、あれらを譲ってくれたのは奥様です」


 僕が説教モードに入ろうとした瞬間に、コッコさんはそう言った。

 一瞬、思考が止まる。ついでに頬が思い切り引きつる。

「お、奥様ってーと……その、僕の母さんのことですか?」

「はい。この屋敷に務める前に、色々と……その、騙されまして。その時にあの四つの刃物をとても良心的なお値段で譲っていただいた? ……という感じです」

 なにやら苦渋に満ちた表情を浮かべるコッコさん。どうやら、かなりひどい騙され方をしたらしい。

 コッコさんに借金があるのは、あの刃物を持っている時点で想像がついた。借金元が、僕の母さんだとは想像もしていなかったけれど。

 母さん……最近会ってないけど、アンタは一体コッコさんになにをしてくれやがったんですか?

「それで、まぁ……借金を返済するためにお屋敷に務めることになったわけですが」

「……なんで言ってくれなかったんですか?」

「……だって、恥かしいじゃないですか。それにあの頃の坊ちゃんは可愛いくせに生意気なお子様でしたし、頼りがいもなかったですし」

 顔を少し赤く染めて、目線を逸らすコッコさん。

 ああ、その仕草が罪悪感に突き刺さる。とりあえず、頼りがいがなかったらしい大昔の僕をフルパワーで殴りたい。

 そんな僕の考えを察したのか、コッコさんはフォローするように言った。

「あ、でも奥様には感謝しているんですよ? ちょっと強引極まりない手段でしたけど、命を助けてもらいましたし、お仕事も紹介してくれましたし、それに……」

「それに?」

「それに、女癖の悪さと根性を矯正しなきゃいけないお子様にも会えましたし」

 コッコさんは、にっこりと笑って、そんなことを言った。

 僕は、ちょっと苦笑いを浮かべながら一応反論する。

「根性はともかく、女癖は悪くないつもりなんですが……っていうか、僕の親友はともかく、僕はさっぱりモテませんし」

「えいっ」

 ちょっと可愛い掛け声とともに、コッコさんの細い指で僕の眼鏡が押し上げられる。

 次の瞬間、視界が真っ暗になった。

「のあああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

「まったくもう、坊ちゃん。いい加減にしないと、ホントいつか刺されますよ?」

 いつかどこかで聞いたセリフだったけれど。眼球を突かれて激痛に悶え苦しんでいる僕には、コッコさんの言葉はいまいち届かなかった。

 この屋敷にはホント、武闘派が多いなァ。いつか殺されそうだ。

(……………あ)

 そこで、僕は眼球の痛みなんかよりも、よっぽど重要なことを思いつく。

「コッコさん」

「はい?」

「その借金、払い終わったらどうするんですか?」

「………………」

 コッコさんは少しだけ面食らったような表情になって、僕を見つめる。

 それから、頬を緩めてにっこりと笑った。

「大丈夫ですよ」

「え?」


「私は、ここにいますから」

 

 一瞬、その笑顔に見惚れた。

 一気に顔が赤く染まる。思わずコッコさんを抱き締めそうになる衝動に駆られ、それを押さえるのに全神経を集中。背中に嫌な汗が出てくるが気にしない。

 落ち着け。駄目だ。早まるな。ここでコッコさんを抱き締めようものなら、僕は理性のない狼さんになってしまう。それはまずい。人としてまずすぎる。

「どうしました?」

 コッコさんが僕の顔を覗き込んでくる。一気に鼓動が最高潮に高まる。

 やばい可愛い。

 頭がくらくらして、コッコさんしか見えなくなる。本能という挑戦者が理性というディフェンディングチャンピオンを今打ち負かそうとしていた。

 ああ、今必殺のアッパーが理性の顎に吸い込まれて……。


『そこまでよっ!』


 だが、理性は強かった。そのアッパーをすんでのところで見切り、逆襲のカウンターで見事本能をマットに沈めたのだ!

 やりました、チャンピオン! 今回も劇的な逆転で防衛に成功しました!

(……まぁ、それはいいとして)

 僕の脳内で繰り広げられた熾烈な争いに終止符が打たれたところで、僕は深々と溜息を吐く。

 それから立ち上がって、木の上でふんぞり返っている二人に向かって声をかけた。

「……冥さん、舞さん。それはなんの扮装ですか?」

「ふっ、私は超可愛い黒霧舞などという人物はありません! そう、あえて名乗るのならば『ラヴコメ撲滅ホワイト』とでも呼んでいただきましょうか!」

 ちょっと露出の多いフリフリのコスチュームをまといながらノリノリの舞さん。なぜか決めポーズなんぞを決めているのは、彼女なりのこだわりかなんかだろーか。

「ちなみに、こっちは相棒の『ラヴコメ撲滅ブラック』ですよー。可愛いでしょ?」

「……舞ちゃん、あんまりこっち指差さないで」

 恥かしがっている冥さんの表情は、「なんで私はこんなことやってるんだろう?」と如実に物語っていたりする。もちろんのことながら、コスチュームは舞さんが着ている白いフリフリの白い部分を逆転させたような感じ。

 ……まぁ、可愛いのは否定しませんが。

「……で、本題に戻るケド、なにしてんの?」

「なにを隠そう、私たちはラヴコメを物理的に撲滅するために生み出された、正義と愛と憎悪と嫉妬のヒーローなんですっ! ……まぁ、坊ちゃんがどうなろうと誰とねんごろになろうと私は知ったこっちゃないんですが、冥ちゃんがものすごく嫌そーな表情を浮かべていたのでぐげごっ!?」

「そ、そんなコトないですっ! ないですからねっ!?」

 片手で舞さんの首筋をがっちり掴みながら、顔を赤らめて否定する冥さん。

 なんかもう、どこから突っ込んでいいのか最近分からなくなりつつある僕です。

「あのさ、とりあえず言わせてもらうケド、ラヴコメ撲滅とか言われても僕にはなにがなんだかさっぱり分からないんだけど。ね? コッコさん?」

「……そーですね」

 僕から露骨に視線を逸らしながら、コッコさんはあからさまに不機嫌だった。

 おや? さっきまでは機嫌が良かったはずなのに。

 と、不機嫌になったコッコさんを見かねて、冥さんが口を挟んできた。

「……坊ちゃん。少しは空気というものを読まれた方がいいかと思います」

「すみませんね、ラヴコメ撲滅ブラックさん。僕はちょっと鈍感なもので」

「………………」

 冥さんは思い切り目を細めると、舞さんの首を掴んでいる右腕を少しだけ持ち上げる。そうなれば、自然と舞さんの体も宙に浮き上がるわけで。

 舞さんは顔を真っ青に染め、ジダバタと足掻いていた。

 うーむ、なんだか色々と収集のつかない事態になりつつあるような気がする。

 と、僕がちょっと途方に暮れていると、

「キツネさーんっ!」

 我らがヒロインこと、虎子ちゃんの声が聞こえた。

 振り向くと、虎子ちゃんは今まさにこちらに走って来るところだった。

 そして、僕の期待を裏切ることなく「ぶふぇっ!」と奇声を上げながら派手にずっこけた。顔から地面とキスをするような形で、めちゃめちゃ痛そうだった。

「やあ、虎子ちゃん。毎度毎度聞いておくけど、大丈夫?」

「ふ……ふぁい。らいりょうぶれふ」

 鼻の頭を押さえながら立ち上がって、虎子ちゃんはいつものように笑った。

「聞いてくださいっ! 実はですね、おにーちゃんが私のために服を買ってくれたんでスよっ! フリーマーケットの古着じゃないでスっ! 新品でスっ!」

「それは良かったね」

「はいっ!」

 元気に返事をしながら、虎子ちゃんは笑っている。

 僕はというと、今の世じゃ見ない兄妹愛に、ちょっと泣きそうになっていた。

「うんうん、世の中にはものの価値が分かってるおにーさんもいるもんだ」

「はい?」

「いやいや、気にしなくてもいいよ。じゃ、バイト頑張ってね」

「はいっ! キツネさんの恩義に報いるためにも、竜胆虎子、全身全霊で頑張らせてもらいまスっ!」

 輝くような笑顔を浮かべて、虎子ちゃんは風のように走り去った。

 その背中に小さく手を振りながら、僕はとても満足していた。

 笑いながら、思わず呟く。

「いやー、やっぱり虎子ちゃんはかわいーなぁ」

『………………』

 コッコさんは目を細めて、ゆっくりと立ち上がった。

 冥さんは口許を引きつらせて、舞さんを掴んでいる手を離した。

 舞さんはほんの少しだけ咳き込んで、指をコキリと鳴らした。


 それから、三人は同時に僕を殴った。


「ちょっ、なんですかいきなりっ!? 僕、なんかしましたかっ!?」

「いいから」

「黙って」

「殴られてくださいね」

 三人が、怖い笑顔のままにじり寄る。

 理不尽かつ意味不明なまま、僕は三人に寄ってたかって殴られることになった。



 第十九話『甦る悪夢と修学旅行(準備編)』END

 第二十話『甦る悪夢と修学旅行(突破編)』に続く


 その前に第十九.五話『彼と彼女の事情』に寄り道。





 注訳解説……がないのでダイジェスト次回予告。


 暗闇の中、純白のあいつは一人笑っていた。

「諸君」

 にやりと不敵に、どこまでも不屈の笑顔を浮かべていた。

「諸君は俺と思いを同じくする者。そう、我らは一つの思いを共有する」

 月明かりに照らされながら、白の女垂らしは笑った。


「そう、我々は女の子が大好きだ」


 まるで軍団指揮者のように、あいつは笑っていた。


 ……と、いうわけでどんな話か想像がついたところで次回をお楽しみに♪

と、いうわけで次回は完全にコメディパート。男たちの挽歌、夏草や兵どもが夢の跡編をお送りいたします。

ちなみに、坊ちゃんが修学旅行の間はお屋敷の方々の出番は『十九.五話』とかでお送りする予定です、お楽しみに♪

あ、忘れてた。短編で『シスター・ナイト』っていうきまぐれ小説を書き下ろしました。タイトルを見て引かないで、読んでくれると嬉しいです。

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