表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/70

第十八話 こんにちはとありがとうとさようなら

長いです。とにかく長いです。前回の二倍です。

携帯の方は覚悟を決めてお読みください。

 其れは伝説と理想の体現。世界の守りの守り。

 見るがいい、悪党ども。いつも通りに彼女はここに甦るのだ。

 一心不乱の友情と、たった一つの想いのために。

 


 着替えはいつも通りに0.03秒。これができて初めて一人前だと彼女は思う。

 扉を蹴り一発で叩き壊し、少年がこちらを振り向く前に右ストレートでぶん殴る。少年は『ごはぁっ!』というなんだか男らしい悲鳴と共に近くの壁にぶつかって、白目を剥いて気絶した。

 ちょっとやりすぎたかな、と思った。

「………馬鹿な」

 トカレフを持った女は、彼女を見つめていた。

「お前は……まさか、お前は……」

 彼女は悪党だった。今までに数え切れないほどの人間を殺してきた、悪党だった。

 しかし、悪党だからこそ彼女が何者なのか知っている。

 目を開いて、一介の悪党たる彼女は笑った。笑わずにはいられなかった。

「レジェンド・メイド!! お前が……お前がそうなのかっ!?」

「その通りだ、悪党」

 精霊に祝福されたエプロンドレスを翻し、彼女はそこに立っていた

「あたしの名はキョーコ。性も家名もないただの伝説」

 どこからともなく己の武器を取り出して、伝説たる彼女は不敵に笑った。 



 十歳の頃、彼女は性も家名もない、ただの小娘でメイドだった。

 小娘のままでいられれば楽だった。メイドのままでいられれば満足だった。適当に学校に通って、笑って、屋敷に戻ったらメイドになって汗水流して労働に精を出す。そして、月末にはお給料を貰ってみんなと騒ぐ。それで十分だった。

 けれど、平和は唐突に終わりを告げた。

 世界が絶望に包まれた。化物が日常的に出現する世界になった。

 友達が一人化物に殺されて、彼女は変わった。本人としては変わっていないつもりだったが、少なくとも周囲からはそう見えた。午前中は馬鹿みたいに専門書を読み漁り、午後は日が暮れるまで訓練に明け暮れた。

 少女は、理不尽が許せなかった。なんにも悪いことをしていないのに、無残に殺されることが納得いかなかった。

 もう二度と、誰にも死んで欲しくなかった。

 だから彼女は、想いを同じくする十人の友達と一緒に、世界に存在するありとあらゆる絶望と戦いを始めた。愚かで間抜けでみじめな彼女たちは、いつも負け続けていた。

 けれど彼女たちは諦めなかった。この世に存在する不遇と戦い続けるかのように、人を助け、敵を倒し、正義と慈愛と覚悟の御旗の下に戦い続けた。

 甘ったるいお菓子のような正義感が、次第に戦況をひっくり返し始めた。

 そして、赤い最終決戦の日に彼女は伝説になった。



「だが、彼女は伝説になった後、世界から忽然と姿を消した。一説には暗殺されたとも伝えられているし、未だ生きてどこかで戦っているという説もある。まぁ、それ以上は推測の域を出ない。……以上が彼女にまつわる伝説だ。本当は色々と込み入った事情があるんだろうけど、後世にはそう伝えられる物語」

 誰も知らないけれど、灰色の髪を持つ彼はそこにいていつも通りに語り続ける。

「それは、悲しい物語だ」

 月を見上げながら、世界に存在を消された彼は言の葉を紡いでいく。

「友達のために自分の身を犠牲にして戦い続けて、彼女が手に入れたものはなにもなかった。友達は全員助かって、彼女が最後に手にしたのは『友達を助けることができた』という、ある意味では空しい自己満足だけだった」

 その行為に意味などない。彼の言葉を聞く者はおらず、彼自身が誰のためでもない存在だから、彼の言葉に意味はない。

「なぜなら、伝説になってしまった彼女は助けた友達に忘れ去られる運命にあったからだ。理屈がどうとかじゃない。人が呼吸をしなければ生きていけないように、鳥が空を飛ばなければ生きていけないように、魚が水の中でなければ生きていけないように、それは世界の法則として成り立っているものだ」

 語ることしか知らないくせに、言葉に意味がない。

「そう、非常に単純なことだ。人を越えれば人ではなく、猫を越えれば猫ではなく、言葉を越えればそれは既に言葉じゃない。彼女は最後の瞬間に人を越え、世界に『伝説』として選出された。……そして、これからも続く戦いに友人を巻き込みたくなくて、姿を消した」

 故に、彼を知る誰かは語ることすら意味がない彼を『存在抹消』と呼ぶ。

 世界に消された男は、口の端に皮肉げな微笑を浮かべた。

「だから、僕は彼女にプレゼントを贈った。寂しがり屋な彼女にとっては世界で一番嬉しいプレゼントだろうさ。……そうは思わないか?」

「……うっさい、ボケ、ハゲ、チビ」

 灰色の髪を持つ男の言葉に答えたのは、彼の妻である世界最強の女だった。

 まるでOLのようなスーツを違和感なく着こなした彼女は、大きく溜息を吐いた。

「だからってテメェ、あたしが世界で一番大切に思ってるアホにそーゆーひどいことをことすんのかよ?」

「本人たちはものすごく楽しそうじゃん」

「否定はしねーけど肯定もしねーぞ。ったく……なんでお前といい、あのアホといい、女にだらしない男ばっかりなんだか」

「血筋じゃないかなぁ」

「よーし、そこに正座しろ。ちょっと五発ほど殴ってやる」

「ところで奥さん」

「あんだよ?」

「次はいつ頃会える?」

「………………」

 最強の彼女は顔を赤らめて、寂しそうな表情を浮かべた旦那を小突いた。

「今日はずっと一緒にいてやる。次はどうなるか分からないケドな」

「……そっか」

「そんな顔すんな」

「奥さんの前でしかしないから、だいじょーぶ」

「…………ばか」

 にっこりと笑う彼の側に、最強の彼女はまるで乙女のように寄り添っていた。



 キュラキュラとかドゴゴゴゴという重々しい音を響かせて、重々しい車は山道を走破していく。そのフォルムは端から見ていれば頼もしいとか格好いいとか『燃える』とかある種の趣味の男たちなどは思うのだろうが、彼としてはそういう車両はどちらかというと苦手だった。

(あーメンドクセ。帰りて)

 やる気0でそんなことを思いながら、髑髏仮面の男こと死神礼二はかなりおおげさに溜息を吐いていた。

「あのー、隊長さん」

「はっ、なんでしょうか礼二殿!」

 先頭を歩いている隊長と思われる人物に声をかけると、つり目で線の細い隊長はまるで軍隊の隊長のように、一矢乱れぬ敬礼をした。

 仮面の下で口許を引きつらせてドン引きする礼二。それでもなんとか口を開いた。

「これは一体全体……なんなんスかねぇ?」

「はっ、お嬢様からは『全力攻撃』をしろと命令がありましたのでっ!」

「……隠密性とかは、考えなくてもいいんですかね?」

「お嬢様の命令は絶対です。それに、周囲の被害は考えるなとも命令されました!」

「はは……そりゃ頼もしいさ」

 礼二は心の中で大きく、自分の身の不幸を嘆くかのように、それはそれは大きく溜息を吐いて、自分と同じ速度で走る車を見つめた。

 無限軌道で移動し、頑丈な装甲と、砲をそなえた戦闘車両。

 その車両は、一般的には『戦車』と呼ばれるものである。

 90式装輪だか75式自走榴弾砲だかよく分からない近代兵器を横目に、礼二は思い切り顔をしかめていた。

「あの……隊長サン」

「はっ、なんでしょうか礼二殿!」

「今回の任務って、一応、なんつーかその……暗殺ですよネ?」

「その通りです。我らの力を敵に思い知らせてやりましょう!」

「暗殺ってのは、えーと……闇に紛れて目立たないように殺るのがセオリーなわけなんですけど、そのあたりは理解してもらえてるかなー……なんて思うさ」

「大丈夫です、礼二殿!」

 つり目の隊長は、ぐぐっと握り拳を作って、キラリと歯を輝かせた。

「殲滅してしまえばなんの問題もありません! 見敵必殺です!」

「………………」

 礼二は、ちょっと泣きそうになったので仮面越しに目頭を押さえて空を見た。

 綺麗な月が浮かんでいた。

「あの……タイチョーサン?」

「はっ、なんでしょうか礼二殿!」

「実戦経験とかは?」

「ありません。銃を触ったのは初めてです!」

 礼二はその場にぶっ倒れた。

「礼二殿? 木の根っ子にでも足をひっかけましたか?」

「あ……………」

「あ?」

「あのばかおんなァァァァァァァァァァァァ!!」

 憤怒というよりはむしろ慟哭と共に立ち上がる。髑髏の仮面を地面に叩きつけ、最早涙を隠そうともしていなかった。

「やってられるかァァァァァ!! 人数ばっかりどころか隊長まで素人もいいところじゃねェかァァァァァァァァァ!!」

「おお、礼二殿。仮面を取るとけっこー男前ですね」

「うるせえェェェェェェェェェェェェ!!」

「それはそうとお静かに。ターゲットに気づかれてしまうとも限りませんよ?」

「『よ?』じゃねェェェェェェェ!! 戦車で近づいてる時点でとっくに気づかれてもおかしくないわァァァァァァァ!!」

 力の限り叫ぶ礼二。未だかつてこんなに叫んだことがあるだろうかというくらい叫んで、不意に肩を落としてへたり込んだ。

「もーやだ、帰る。俺っちは家に帰る。家で待ってる弟と妹二人に飯を作らにゃならんっつーのに、なんで俺っちはこんなところでこんな意味のないことを」

「お静かに、礼二殿」

「うるせーよコンチクショウ。大体だな……」

 言いかけて、礼二の優れた視力は遥か前方から飛んでくる物体を見た。

 そして、呆気に取られた。


 ドゴオオオォォォォォォォッ!!


 その物体は礼二のすぐ真横に立っていた木々を一瞬で吹き飛ばし、風圧と衝撃で礼二も吹き飛ばした。

「おっと、危ない」

 吹き飛ばされた礼二を受け止めたのは、つり目の隊長だった。

「伏せてください。信じられないことですが真正面から攻撃を受けています」

「…………あのさ、タイチョー」

「なんでしょう礼二殿」

「あんなもんでこんな威力を出してくれやがるのは、どこの変態様ですか?」

 礼二は木々を吹き飛ばした物体を見つめて、かなり泣きそうになった。

 それは、煌く輝きを放つシルバートレイ(※1)だった。

 日本風に言うと、『銀のお盆』である。

「さて、どこのどちら様でしょうね……まぁ、大体想像はつきますが」

 隊長と呼ばれた人物は、その鋭いつり目を細めて、苦笑した。

「どうやら……我々は、伝説の中に放り込まれたようです」

 その視線の先には、小学生と見間違えそうな、身長の低い少女が仁王立ちしていた。



 臆することはない。脅えることもない。背を向けるなど論外とばかりに彼女は立っている。身長は低く、必殺技も持たず、手はボロボロだったが、彼女は誰が見ても、紛れもなく『ヒーロー』だった。

 風に揺れるのはポニーテール。その神聖なる尾を飾るのは十人の友人の一人が選んでくれたリボン。

 何もかもを貫く眼差しはどこまでも誇り高く、畏怖堂々たる姿は勇者そのもの。

 精霊に祝福されたエプロンドレスを身にまとい、少女は立っていた。

 人は彼女のことを『伝説のキョーコ』と呼ぶ。

 見知らぬ誰かのためではなく、大切に想う誰かのために努力を重ね、最後には伝説になった少女。

 彼女はその立ち姿にふさわしい言葉を紡いだ。

「選べ、悪党ども。あたしに叩き潰されるか、尻尾を巻いて逃げ出すか」

「直接火砲支援開始! 我々を巻き込んでもかまわん!」

 敵の隊長の動きは素早かった。礼二を抱きかかえて背を向けて逃げ出し、その場を随伴させていた戦闘車両に任せて後ろに下がる。

 戦車の砲塔が、キョーコに向けられた。

「なるほど、それがお前らの答えか。実に悪党らしい」

 キョーコはにやりと不敵に笑って、手を突き出し拳を作り、親指を立てて、その親指を下に向けた。

「なら、あたしもいつも通りだ。ただ一つ、友のためにあんたらを叩き潰す」

 砲塔が火を吹いた。轟音が響き人間を軽く粉微塵にできるだけの砲弾が迫る。

 キョーコは伝説の武器を中空から取り出し、軽く振るった。


 砲弾が、上空へとその方向を変えた。


 キョーコを除く全員が唖然とする中で、上空で砲弾が爆発。さらなる轟音を響かせた。

「どうした? 近代兵器ごときに頼らないとあたしを討ち取れないのか?」

 伝説の武器、『光輝にして燦然たるハタキ(※2)』を振るい、キョーコは不敵に笑う。

 キョーコを除く全員が、かなり嫌な顔をした。魔法だの精霊だの、そういうファンタジー的な要素を使おうとも、ハタキで砲弾を弾くのは無茶だろってもんである。

 そんな空気を察したのか、キョーコは悪党どもを鼻で笑う。

「ハ、悪党ってのは中身を知らずに見てくれだけで判断しようとするから困る。いくら伝説の武器でもハタキで砲弾は弾けんさ」

 キョーコはあくまでも毅然とした態度で、きっぱりと断言した。

「砲弾を弾いたのはあくまで技術だ。技術で足りない分は努力と根性で補えばいい」

 悪党どもはそれこそ無茶だろと心の底から思った。

 しかし、世界に掃いて捨てるほど存在する正義の味方の中で、キョーコは一、二を争うほど悪党の話を聞かないことで有名である。

 事情や背後関係など一切お構いなし。キョーコはいつも通りに殲滅を開始する。

「さぁ見るがいい悪党ども、今からあたしが」

「一斉射撃ッ!」

 隊長の命令で、部下たちは一斉にサブマシンガンの引き金を引いた。

 響く轟音、煌く閃光、空薬莢が地面を叩く。

「撃ち方やめいっ!」

 隊長の号令一つで、部下たちは射撃をやめる。

 サブマシンガンによって抉られた地面が砂埃を巻き起こし、周囲は少しだけ視界が利きにくくなっていた。

 だが、あくまでそれは『少しだけ』のことである。

「ほほう、そーかそーか。こっちの口上すら聞く気がないとは、悪党としても三流ってことかてめーら」

 悪党の隊長とその部下と、ついでにこの非現実から逃げたくなっている礼二は、彼女の健在な姿を見た。

 その手には、古き種族の盾である『静謐たる水彩のパラソル(※3)』が握られていた。

 あまりの理不尽に全員が泣きそうになった。

「じゃあ、次はこっちの番だ」

 マシンガンの一斉射撃を防ぎきったパラソルを目にも止まらぬ速度でしまい、代わりに取り出したのは無骨な鉄塊。

 多銃身の機関砲であるその武器は、一般的には『ガトリングガン(※4)』と呼ばれる。

 彼女がいた世界で最硬最軽量を誇る強化オルハルコニウムで作られた武装の一つでその威力は直撃すれば人間を粉々にしておつりがくるくらいの武器である。

 総重量50キログラムを越えるその武器を容赦なく悪党に向けながら、キョーコは叫んだ。

「くたばれ、悪党ども。お前らの好きにはさせはしないっ!!」

 そして、夜闇に華麗な花火が咲いた。



 僕が気絶していることに気がついたのは目が覚めたその時のことだった。

 意識を取り戻した時に気づいたのは、なんだか心地いい感触。あまりにも心地良かったので、僕は寝返りを打って再び目を閉じた。

 けれど、僕に心地良さを提供してくれる誰かは、僕が眠ることを許さなかった。

「………………なさい」

 誰かの声が聞こえる。それは、とてもとても綺麗な声だった。

「………なさい」

 静謐でありながら燃えるように激しい声だった。

「立ちなさい、坊ちゃん」

 いつかどこかで聞いた覚えのある、強くて優しい声だった。

 無意識に手を伸ばす。どこか遠くに向かって行く、小さな背中に向かって。

 が、届いたのはその背中にではなく、なんだかぷにゅりとしたなにかだった。

 誰かが顔を真っ赤に染めて、涙目になって平手を振り上げる。

 ビックバンが起きた。



 とまぁ、そんな荒唐無稽な夢を見た。夢ってのはいつも意味が不明なものだけど、今日ばかりは冗談抜きで意味が分からない。

 けれど頭がやたらグラグラするのと、頬にできている紅葉型の痣は一体全体どうしたことだろう。僕が寝ている間に、誰かが僕のことを平手で叩いたりしたんだろーか? どうも、そのへんの記憶が曖昧になっている。

 ……まさか、僕が京子さんを襲ったなどということはないだろうな?

「いや、それはないな」

 自分で考えておきながらなんだが、僕はその考えを即座に否定した。

 仮に襲っていたら、今この場に僕はいない。京子さんの戦闘能力はあのコッコさんが認めるほどなのである。具体的に言うと電車の中で痴漢をしてきた男の指を即座にへし折って、足の甲を踏み抜き、喉元を突いて一瞬で絶息させるくらい。

 あまりに早すぎて誰がなにをやったかさっぱり分からないんだとか。

 ……今さらだけど、ウチの屋敷の方々はこんなんばっかりか。

「で、なんで僕はこんな所にいるんでしょーか?」

 僕が目を覚ますと、そこは山の中だった。

 意味が分からない。

 もしかして京子さんは僕を殺すためにこの山に? いや、あの人の性質を考えるとそれだけはありえねぇ。京子さんならその場で僕くらいなら楽勝で殺している。

「……ま、いいか」

 楽観的に考えて、とりあえず公道に出ることだけを考えることにする。

 幸いなことに木々の生え方にばらつきがあるために、空がよく見える。空が見えれば方角が分かる。方角と位置が分かれば道には迷わない。

 問題は位置だ。さてさて、どーやって位置を割り出せばいいのか……。

「あん?」

「へ?」

 不意に響いてきた怪訝な声に、僕は思わず振り向いてしまう。


 そこには、髑髏の面をつけた男が立っていた。


 全身に緊張感が走る。背中から冷汗が吹き出てくる。

 最近はなんだか思いがけない再会が多いなァとか、心のどこかで現実逃避したい呑気な自分が呟くが、もちろんそんなものに構っていられる余裕などない。

「よう、久しぶりだなァ、坊主。何年ぶりかな?」

 そいつは……死神礼二は、背中からゆっくりと大鎌を取り出した。

 どうやら折りたたみ式らしいその武器の間合いを測りながら、僕は慎重に口を開く。

「僕の知り合いに、髑髏のお面なんて気持ちの悪いものをつけている人は存在しません。コスプレならしかるべき会場に行ってやってください」

「はは、相変わらず面白れぇなぁ、お前」

「おまわりさーん、ここに銃刀法違反っつーか変態がいますよー」

「こんなところに警察なんて来るのぅおッ!?」

 僕がノーモーションで投げた赤ん坊の頭くらいの石を、死神はぎりぎりで避けた。

「危ねぇだろうがっ! 人に石を投げちゃいけないって学校の先生や母親に教わらなかったか!?」

「人に大鎌向けてる方が余程危ないと思います。それに、僕の母さんは『学校の教師の言うことは真に受けるな。損するぞ』って教えてくれましたよ」

「……どんな母親だよ」

「漫画家です。まぁ、今まで見た女の人の中で一、二を争うくらい格好いいですけど」

「……なぁ、坊主。会った頃より性格エグくなってねーか?」

「成長したって言ってください」

 どーでもいいけど、殺戮屋だかなんだかには説教されたくない。

 でも、この髑髏面一体全体なんでこんな所にいるんだろう? そりゃ場所に関しては僕も人のコトは言えないかもしれないけど、いくらなんでも唐突過ぎる。

「しっかしなァ……坊主、お前って趣味が悪いんだな」

「どーゆー意味ですか?」

「そういう意味だ。『主人殺し』に空倉一族筆頭の二人、歌姫に歩く伝説ってこりゃもう悪趣味としか思えない人選だぜ?」

「………………じゃ、僕はこれで」

「をいをい、ちょっと待て。なんかお前勘違いしてるだろ? 俺っちは別に電波とかそーゆーのは受信してないから。全部一応事実だから。こら、ちょっと待て早足になるな。人の話を聞きなさいって母親にも教わっただろーが」

「そうですか? 僕は母さんに人の話は話半分くらいで聞けって教わりました」

「……その女には母親の適性とか資格がないよーな気がするぞ」

 ちっ、コイツ思ったより繊細でやんの。見た目からしてアレなくせに。

 まぁ、いくらなんでもこのまま逃げるのはやっぱり無理か。

「で、死神さんはなんでこんな所にいるんだよ? 趣味がアウトドアだからか?」

「俺っちはマラソンとアウトドアが死ぬほど嫌いだ。仕事じゃなきゃ誰がこんな所に来るかっつうの」

「……仕事ですか」

「まーな。面倒だけど、これも社会人の辛さってことで死んでくれ」

「嫌です」

 なんとなく、そんな予感はしていた。本当になんとなくだけど。

 咄嗟にポケットから緊急用の五百円玉を五枚取り出し、一枚を指弾として飛ばす。

 これは章吾さんに習った技法で、玄人なら樫の板を三枚以上ぶち抜くほどの威力を誇るのだけれど、僕はそこまでの境地には至っていない。けれど、牽制とか奇襲なら僕程度の実力でも十分。

 ……だと、思いたかった。

「ま、悪くはねーけど相手が悪かったな」

 指弾として飛ばしたはずの五百円玉をあっさりとキャッチした死神礼二は、これまたあっさりと僕を押し倒して、喉元に鎌を突きつけていた。

 死神は口許だけで笑って、皮が裂ける程度だけ鎌を押し込んだ。

「殺す前に遺言くらいは聞いておいてやるさ。言ってみろ」

「………………」

 なんだろう。この意味不明な展開は。

 いきなり山の中に放り込まれたと思ったら、髑髏面の変な男に殺される。

 昔の理不尽極まりないゲームだってここまでひどくねぇぞ。……昔っていうのは僕が生まれる頃の話で、赤と白の配色が美しいと母さんだけが絶賛していた、あるゲーム機が全盛時代の話だ。母さんは漫画家のくせに根っからのゲーマーで、僕が小学校の頃、一番最初にもらったプレゼントが、その赤と白のゲーム機(※5)だった。

 ……あの頃はかなり恨んだなぁ。

 昔を思い出して、目を閉じて、ゆっくりと息を吐く。それから一応覚悟を決める。

 死にたくはないので、生き残るための覚悟を決めた。

「遺言ですか」

「おう、命乞いでもなんでもいいぞ。頼みごとだったら、できる範囲でやってやらぁ」

 死神のわりと広い心に感謝しながら、僕は口許を緩めた。

「貴方の主人に伝えてもらえませんか? 『小賢しいことやってんじゃねぇ』って」

 見えないが、恐らくは死神の顔色が変わった。

「……まさか、お前」

「ええ、そのまさかですよ。■■■■さん」

「っ!?」

 死神を名乗っていた青年の雰囲気が驚愕に歪む。

 それがチャンスだった。情報戦で勝利を掴み取った、僕が作れる唯一のチャンス。

 零距離で死神の腿に指弾を叩き込んだ。

「ぐッ!?」

 続いて二発、三発と死神の腕と足に指弾を叩き込み、態勢が崩れた所で思い切り腹に蹴りを入れて、立ち上がる時間を稼ぐ。

「この……野郎っ!」

 死神が激高し、僕に向かって鎌を振り上げる。スピード、パワー、テクニックの他ありとあらゆる要素で僕は死神に劣る。戦いの中で生きてきた彼と、日常生活の中で生きてきた僕とでは戦闘能力が違いすぎる。

 けれど、僕は死ねない。絶対に死ぬことは許されない。


 今僕が死んだら、僕をここに連れてきた京子さんが絶対に後悔する。


 あの人はそういう人だ。自分に責がなかろうとも、自分を責め続ける人だ。

 無力な自分が悔しいから努力して、その努力が人に理解されず、それでも自分を裏切ることだけはできなくて、もっと努力を続けて、そして孤立する。

 馬鹿なんだと思う。テキトーにやれば誰も責めないのに、悲劇のヒロインぶって泣いていればみんな同情してくれるのに、人のいない場所で絶対に泣いているくせに、あの人はいつだって『大丈夫』と言って笑うのだ。

 僕はそういう風に笑える女の子に、無条件で惚れ込んでお節介を焼くことにしている。

 虎子ちゃんのように、京子さんのように、努力家で、勤勉で、弱みを見せず、甘えることも媚びることも知らず、不器用で明け透け。

 他の人が嫌う『自他に厳しい女性』こそ、僕の好みだから。

「歩く伝説とか、失礼なこと抜かすんじゃねェよ、死神」

 拳を握り締め、血の混ざった唾を吐き捨て、僕は叫んだ。

「あの人は、ちょっと料理が得意なだけの女の子だ。僕が幸せになって欲しいと願っている、たった三人の女性の内の一人で、僕が惚れ込んだ女だ。それ以上でも以下でもない」

「ほざけぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 死神がものすごい速度で突進してくる。回避は不可能。攻撃も恐らく通じない。

 それでも勝つ。ここは絶対に勝たなきゃならない。

 男には死んでも勝たなきゃならない局面があるというけれど、ここがそれだ。

 好みの女に泣かれるくらいだったら、英雄的に死ぬよりも外道に成り下がって生き残る。

 いつも通り、僕は生き残るために拳を握り締めて前を見据えた。

 

 どかん。


 轟音が響いて、死神は冗談ように十メートルほど吹っ飛んだ。

「……へ?」

 人形のように吹き飛ばされた死神は木に衝突したが、そのまま体を起こして、あっさりと逃げ去った。どうやら、死ぬほどの衝撃ではなかったらしい。

 僕が唖然としていると、不意に背後から声がかかった。

「無謀だよ、坊ちゃん」

 聞き覚えのある声。どこか遠くから響くような声。聞いた覚えがあるのに遠い声。

 振り向くと、そこには綺麗なメイド服を着た京子さんが立っていた。

「やれやれ、あたしが間に合わなかったら、一体どうしてたんだい?」

 手には白銀に輝くテニスラケット(※6)。もしかして今死神さんを吹き飛ばしたのは、あのラケットから放たれたスマッシュかなんかだろーかという馬鹿思考が頭をかすめたが、それはまぁさすがにねぇなと思った。

 僕が唖然としていると、ポニーテールの京子さんは呆れたように溜息を吐いた。

「そもそも、なんでここにいるのさ?」

「……や、それが僕にも訳が分からないんです。気がついたらここに」

「ま、大体想像はつくけどね……ホント、あのお節介め」

 なにやら心当たりがあるのか、京子さんは苦笑する。

「ねぇ、坊ちゃん」

「なんですか?」

「もしかして、坊ちゃんはあたしのことを知ってて、あえて黙ってたのか?」

「ご主人様はなんでもお見通しなんですよ。体重とスリーサイズ以外は」

 一瞬、あの時に入力したデータの一部が記憶に甦りそうになったけど、僕はそれを精神とか魂とかそういう科学的ではないものをフル動員して、全力で押さえ込んだ。

 京子さんは、僕の方を見つめて、やっぱり苦笑していた。

「変なヤツだよな、坊ちゃんって」

「そうですか?」

「そうだね。虎子が好きとか意外なこと言い出すし、そのくせ冥をかわいがったり、舞をからかって楽しんだり、美里や山口にいびられて笑ってたり」

「人をサドとかマゾみたいに言わないでください」

 僕がちょっと反論すると、京子さんはようやく楽しそうに笑った。

「で、いつ告白すんの?」

「……意味が分かりませんが」

「いやいや、おねーさんには分かっているさ。坊ちゃんには好きな女(竜胆虎子)がいて、いつかは彼女に愛を告白せねばならないという決意をしていることくらい」

「色々とツッコミどころはありますが、あえてスルーさせてもらって決定的なところだけ突っ込ませてもらいますけど……どうして僕が虎子ちゃんに告白するんですか?」

「好きなんだろ?」

「好きですが、僕と虎子ちゃんじゃ駄目ですよ。釣り合いません」

 僕はほんの少しだけ溜息を吐いて、自分の想いをほんの少しだけ吐き出した。

「虎子ちゃんには、もっと男らしくて強くてたくましくて包容力にあふれた、それこそ『漢』って感じの男性が似合っています。僕のようなヘタレじゃ全然駄目です。お話にすらなりません。名前に『剛』とか『涯』とか『大』とかの男らしい漢字も使われてませんし」

「名前は関係ないでしょーが。……それに、弱いと思うなら強くなればいい」

「分かってますけど、やっぱり駄目ですよ」

 僕は、いつも通りに、いつも考えている通りの言葉を口にした。


「男にとって本当に大切なのは一つか二つだけです。僕にとってはあの屋敷がその一つだ」


 父さんはちびで、母さんは格好いい。お金はないけどまぁまぁ幸せ。ウチはそんな普通なようなそうでもないような、そんな家庭だった。

 お金に困らなくなって、父さんにも母さんにもあんまり会えなくなったけど、あの屋敷は二人が僕にくれたものだ。『この屋敷とメイドを一人くれてやる。男らしく最後まで意地を張れ』そう言って、僕に託してくれたものだ。

 だからこそ、守らなければならない。僕の家であるあの屋敷と、僕の家族である彼と彼女たちを絶対に守らなくてはならない。

 理屈とか義務とか責任じゃない。それは本当にただの『意地』だ。

 それを失ってしまったら、僕は生きている意味も失う。そういう意地だ。

「だから、虎子ちゃんのことは僕以外の誰かに任せます。……まぁ、あんなに笑顔が可愛い子ですから、どっかにいるいい男がなんとかしてくれるでしょう。悪い虫がつきそうになったら速攻で射殺してやりますけど」

「それでいいのかい?」

「いいんですよ。自分で決めたことです。虎子ちゃんのことは、自分以外の誰かに任せます。……だから、僕は僕の意地を貫き通す」

 僕の『感情』などという些細なことは、本当にどうでもいいことだから。

 あの子が幸せになってくれれば、僕としては本当に満足だから。

 僕は僕の、やるべきことをやる。後悔しても、納得しながらそう決めたのだ。

「家族を守るんだ」

 僕はにっこりと笑ってそう言った。

 京子さんは、笑わなかった。

「……坊ちゃん」

「なんでしょうか?」

「たとえば、あたしが屋敷を辞めるって言ったらどうする?」

「………………」

「なんでそこで沈黙するかな?」

「や、どうやって引き止めようか考え中でした。給料上げようか有給あげようか、それとも食堂から外して別の場所に移動させるか、とりあえずそういう不満が出ないようにするのが僕の仕事なわけですけど……なんか、ご不満でもあるんでしょーか?」

「ご不満はあるよ。わりとたくさん」

 メイド服の京子さんは、まるで子供のように拗ねた顔をしていた。

「この前、あたしが冥にピーマンを食わせた時に、頭とか撫でてたろ」

「……えっと、半泣きの顔が可愛かったので、つい」

「舞が嫌いなエリンギを舞の皿にこっそり放り込んでたろ」

「……いや、その、舞さんを困らせるのはそこそこ楽しいので」

「勝手に厨房に入って海老天とか作るし」

「……それは、コッコさんがいきなり『海老の天ぷらが食べたいです』とか言うもんで」

「作り置きのプリンがなくなってたこともあった」

「……美里さんが疲れていたようなので、一個くらいいいだろうと思いまして」

「全部女がらみっていうのが、またむかつく」

「……性分でして。野郎なんぞに優しくするのは絶対に嫌ですし」

 僕がそう言うと、京子さんは大きな、それはそれは大きな溜息を吐いた。

「なるほどね、いや、分かった。そこまで鈍いならあたしも覚悟を決めよう。言わずに去るつもりだったけど、これは仕方ない。そこまで言うのなら……決意を固めるさ」

「へ?」

 京子さんはかなり苦々しい表情を浮かべて、血を吐くように言った。


「あたしは、アンタが好きだ」


 全身が凍りつくような衝撃。背筋から冷汗が一気に噴出して顔が真っ赤になった。

 なんだ? ちょっと待て。今僕はとんでもないコトを聞いてしまったよーな気がする。えっと、そう、例えるならアンパ●マン号に乗ったジャ●おじさんが『縮退砲発射』(※7)って叫んだり、飲茶が冷蔵庫様を倒したり(※8)、某碇くんが『僕はもう逃げない』(※9)とか言い出したり、ポケットモンスターが外国語のスラングで『小さい××××(十八歳未満閲覧不可)』(※10)だったり、そういうありえないコトを聞いてしまったよーな気がするっ!

 幻聴か? 幻聴なんだな? どーせいつもの幻聴だろ? それかアレだ。いつもの。

「……えっと、じょ」

「言っておくが、本気だからな」

 今にも僕を殺りそうな雰囲気を出しながら、京子さんは断言した。

 幻聴でも冗談でもなく、京子さんは本気だと言った。

「え……や、あの、そのです、ね。……あ、もしかして新手のスタンド攻撃ですね?」

「そーゆーコトを、さも名案を思いついたかのように言うな。あと、何回でも繰り返すがマジだ。本気だ。あたしは坊ちゃんのことを好いている。人間的にじゃなくて、男として」

 それってつまり人間的には全く好きじゃないということだろーか?

 ……だとしたら、京子さんもかなりの悪趣味だ。

 僕が内心でちょっと呆れていると、京子さんは問答無用で詰め寄ってきた。

「返事は?」

「え」

「返事は?」

「いや、えっと」

「YES、OR、NO。さぁ、返事はどっちだ?」

「ま、待ってください。そんな急に返事できるのは、恋人と友達の境界で揺れている男女くらいなもんですよ? フツーは考える時間とか」

「じゃあ、今できる最大限の返事でいい。言え」

 滅茶苦茶だった。京子さんは不機嫌そうな顔を真っ赤に染めながら、言った。

 僕は考えて、考えるまでもなくて、それでも考えて、引きつった笑いを浮かべた。

 それを口にするのははっきり言って最低かもしれなかったけど、言った。

「今の僕は、京子さんを守れるほど強くありません。いや……京子さんに限らず、人を守れるほど強くないって思います」

「だから?」

「最低の答えかもしれませんけど、僕が強くなるまで返事は保留にさせてください」

 沈黙。静かでありながら重々しい沈黙が、場を支配した。

 京子さんは不機嫌な顔のまま、ゆっくりとテニスラケットを振り上げる。

 目を閉じずに、真っ直ぐ彼女を見つめて、僕は次の衝撃を待った。

 衝撃は来なかった。

 京子さんはテニスラケットを下ろして、真っ直ぐに僕を見つめた。

「坊ちゃん。そう言ったからには強くなれ。あたしの告白とか、そういうのは関係ない。強くなると決めたからには強くなれ。誰にも負けないくらいに強くなって、あたし以外の誰かかもしれない、あんたの隣にいる女と屋敷を守れるくらいにいい男になれ。……それまでは、あたしが守ってやる」

 その瞳には炎が宿っている。誰も消せない、彼女そのものである炎が。

 ポニーテールメイドの彼女は、いつものように、ふてぶてしく、不敵に笑った。

「その代わり、護衛代金は給料に上乗せしてもらうから、そのつもりでね♪」

「………………」

 ちゃっかりしてやがった。

 僕が内心でかなり呆れていると、京子さんはにっこりと笑った。

 とてもとても嬉しそうに、笑っていた。

「さてと、それじゃあ用事も済んだことだし、飯食って温泉に入って寝るか」

「……フツー告白の後って、もっとなんつーか……気恥ずかしい空気だったりするんじゃないでしょーか」

「あっはっは、ンなわけないって。ばっかじゃねぇの?」

 さりげなくものすげぇ非道いことを言われた。ちょっとショックだった。

「それに、あんなサイテーの返事で気恥ずかしい空気になろうって方がおかしい。普通だったら全身十二箇所くらい刺されても仕方ないね。広い心のあたしに感謝しな」

「……あっはっは」

 誤魔化しきれないとは思うケド、乾いた笑いで誤魔化すことにした。

 京子さんは仕方ねぇなと言わんばかりの苦笑を浮かべて、僕の手を引いた。

「じゃ、そういうコトで今後ともよろしく。自分で言ったことの責任は果たせよ、主人」

「分かったよ、侍従。その代わり、死んでも僕を守れ。それも責任だろ?」

 僕と京子さんは、二人で笑い合って、歩き出す。

 笑いながら僕は思う。

 今晩は、絶対に身動きが取れないように自分の手足を縛って寝よう。と。



 灰色の髪の『存在抹消』は笑っていた。めちゃくちゃ嬉しそうだった。

「きゃー告白だよ、KO・KU・HA・KU! ういういしーねぇ。実に可愛らしい。僕らにもああいう時代があったねー♪」

「………………」

「ね、奥さん? 初対面でいきなり襲ってくれたのはどこのどちら様でしたっけねー?」

「……認めたくねーな。若さゆえの過ちってのは(※11)」

「有名なセリフで誤魔化すのは良くないよ?」

「仕方ねーだろ。お前、性格はエグいくせして顔はやたら可愛かったし。だからその……こう、ちょっといいかなーとか思ってだな」

「はいはい。……それで、今回の件はどうするの?」

「放っておくさ。……業腹だが、今のあたしとアンタじゃ手が出せないことだしな」

 最強の彼女は目を細めて、ゆっくりと溜息を吐いた。

「大丈夫かね、あのアホは」

「大丈夫でしょ。僕らの息子だし」

「だから心配なんだよ」

「……お母さんだねぇ、奥さん」

「………うるせーよ」

 母親である最強の彼女は、顔を赤らめて目を逸らした。

 父親である灰色の彼は、そんな彼女を見て楽しそうに笑っていた。



 夜が来るのは、今日の悲しみを癒すため。


 朝が来るのは、明日への希望を抱くため。


 人が死ぬのは、誰かに今日を託すため。


 子が生まれるのは、明日に命を繋ぐため。


 命なんかに意味はない。あるのはそう、意味を創る心だけ。


 だから僕らは生きるんだ。意味がなくても関係ない。


 それがどうしたと笑い飛ばして、手を繋いで走り出す。 


 物語は終わらない。伝説は続いていく。


 その心に光がある限り、僕らの時は終わらない。


 遠い誓いを思い出す。十人の友達と一緒に誓った、なによりも尊い誓い。

 

 曇りもなく、淀みもない。鏡のように明らかで水のように綺麗な誓い。


 嫌われて、孤立して、蔑まれて、石を投げられても。


 それでも、戦うと決めた。自分が好きな誰かのために。


 愛する人のために。


 リボンを解いた梨本京子は新たなる誓いを胸に秘め、再び歩き始めた。



 第十八話『こんにちはとありがとうとさようなら』END



 幕間


 そこは、悪たる存在が好んで使う、暗くてやたら立派な椅子だけが目立つ部屋の出来事である。

「と、いうわけで失敗です。そもそも作戦内容が不明瞭だった上に、あんな化物がいるとは一切合切全く聞き及んでいなかったわけで、そもそも俺っちの本名が相手に知られるっつう異常事態になっていたことがそもそもいかんわけで、情報戦で破れた時点でこっちの敗北は必至だったうひゃあああああああああああああああああああああああああッ!!」

 報告の途中で足元に開いた穴に、死神と呼ばれた彼は吸い込まれていった。

 天井からぶら下がった高級素材で作られた紐を引っ張った柔らかな髪の乙女は、欠伸をしながら面白くもなさそうに肩肘をついた。

「つまり、失敗なのね?」

「はっ。彼の暗殺には失敗しました」

 隊長と呼ばれる人物の言葉に、柔らかな髪の乙女は鷹揚に頷く。

「最初からそう言えばいいのよ。言い訳は、社会人としては失格よ」

「はっ。その通りであります」

「それで、被害の方は?」

「隊員一名が全治一ヶ月の中期入院。他は大体軽傷です」

「……それくらいで済んだだけ良しとしましょう」

 柔らかな髪の乙女は、満足そうに笑って、立ち上がった。

「『小賢しいことやってんじゃねぇ』……か。ふふ、確かにその通り。今回の作戦は実に小賢しい。彼も本当の意味までは分かってないのに、実に的確に表現してくれる」

「お嬢様、作戦の本当の意味とはなんでしょうか?」

「聞きたい?」

「いいえ、お嬢様が嬉しそうな時は大抵の場合、知らなかった方がいいことばかりですし」

「嬉しそうではなく、嬉しいのよ。ここまで楽しいのは久方ぶり」

 クスクスと笑いながら、柔らかな髪の乙女は満足そうに笑った。

「さてと、愉快な気分になったところで、買っておいたDVDでも見ようかしら」

「ところでお嬢様、この穴はどこに続いているのでしょうか?」

「聞きたい?」

「いいえ、なんとなくやばい予感がするのでいいです」

「私、あなたのそういう所、けっこー好きよ」

 柔らかな髪の乙女は、つり目の隊長を見つめて嬉しそうに笑った。



 その頃、しらたき(※12)のプールに落ちた死神は、この職場マジやめよーかなと思っていた。



 第十九話『甦る悪夢と修学旅行(準備編)』に続く。





 注訳解説っていうか今回はトンデモ解説。読み流す程度にお楽しみください。


 ※1:ティーカップなどを乗せるトレイのこと。バニーガールやメイドが基本装備しているトレイだと思ってくれれば問題ない。ちなみに、キョーコが投げたのは『超硬度法儀礼済純聖銀製』の、ある名工が作り出したシルバートレイであり、吸血鬼などの『不死属性』を備えた化物にこれ以上ないほどの効果を発揮する。

 ちなみに、木々を吹き飛ばしたのはトレイの能力ではなく、『技術』である。

 ※2:人が造り、精霊が完成させた輝くハタキ。物理攻撃力は3(基準としては人を殺傷できる文化包丁が30くらい)と極めて低いが、『使用者が望むもの全てを打ち払う』という特殊能力で伝説の武器となった一品。

 ただ、強度が普通のハタキ並のため下手に使うと簡単に壊れるという欠点がある。

 壊さないように使えるのはキョーコのみで、故にキョーコ専用の武器といえる。

 ※3:今の人類よりさらに肌が弱かった古代人が作ったパラソル。広げることによって周囲五メートルほどの円形の結界を展開し使用者に有害なものを選別しを完全に遮断する。……つまり、有害と認定されれば銃弾だろーが砲弾だろーが核だろーが問答無用にシャットアウトする、えげつないにも程度ってもんがある移動式防御結界。

 キョーコが使っているものは、古代人のお嬢様専用に作られたもののため、悪い虫なんかもシャットアウトしてくれる優れものである。

 ※4:人を簡単にミンチにできる武器。作中で使用しているものは重量50キロ程度になっているが、これは強化オリハルコニウムを使用しているために普通のガトリングガンよりも軽い仕様になっている。本来の重さはバッテリー他の付属品を含めると軽く100キロを越える。ここで、『なんでバッテリー?』と思った方は自分で調べてみるといい。

 引き金を引くだけでは、使えない銃器もある。

 ※5:家族の電子計算機。通称FC。ろくな言語もない時代、メガ単位の容量が限界だった時代、確かにそれは存在し、少年たちを熱狂させたのだ。

 ストーリーは破綻し、ゲームバランスも凶悪、意味が分からない所でゲームオーバーになり、やり直しも効かない。セーブデータなど夢のまた夢、幻想そのものだった時代。少年たちはまるで取り付かれたようにその遊びに興じた。それは製作者の『楽しませよう』という意図を越えて、ただひたすらに、純然たる思いでゲームをプレイした。

 悔しかったのである。むかついたのである。楽しさ以上に、それが彼らを動かした。

 泣き、喚き、コントローラーをテレビにぶん投げて、それでもふて腐れずにプレイを続けた。ある意味では馬鹿極まりない行動ではあったが、親に怒られても、悔しいから放り出すこともできなかった。ケア●ガの回復量が少なすぎて、はどうほう三発でパーティが全滅したとしても、諦めずにコントローラーを手に取った。

 ……悔しさと負けん気っていうのは、わりと人を成長させるという話。

 ※6:伝説のスナイパーラケット。弾が小さくなればなるほど、撃った時の威力が大きくなる不思議ラケット。小指の第一関節程度の大きさの小石を正確に撃てば戦車の装甲を貫通するくらいはできるが、バレーボールくらいの大きさになると人の体を弾き飛ばすので精一杯。威力を求めて弾の大きさを小さくすると狙撃成功率が下がるという矛盾した一品。……そもそも、テニスラケットで狙撃を実行する人がまずいないため、ゴミに捨てられていたのをキョーコが拾った。

 ※7:バックミュージック『ダーク●リズン』。声優は子安武●氏で。

 ※8:ドラゴンボー●Zでのお話。飲茶サンはその頃栽培男の自爆で死んでいるので、時系列的に冷蔵庫様とは戦えません(笑)

 ※9:漢前に成長した、クレヨンじゃない方のシンちゃんの魂の叫び。漢になった彼はその後、エヴァ必殺剣(マゴ●ク・E・ソード)を装備した初号機で弐号機を守りながら量産機を、一・刀・両・断にするわけですよ!!

 ※10:冗談抜きで十八禁。興味がある人は自分で調べてね♪

 ※11:しゃあ。それ以外に説明は不要な気がする。分からない人は、マザコンでロリコンの性欲が余り気味な年下キラーがほざいた有名なセリフだと解釈してください。

 こーゆーことを書くと、本気で頑駄無が好きな人に殺されそうな気がするので、今の内に謝っておきます。ごめんなさい。でも、マザコンでロリコンで性欲余り気味な年下キラーってのはあながち嘘じゃ(ズギューン)。

 ※12:食品。鍋や煮物などに入れて食すと美味。決してこーゆー使い方をしてはいけない。食べ物を粗末にするとバチが当たります。

 ※13:いつもそうですが、今回の注訳は完全なる完璧な作者の趣味です。分からなくても作品にはなーんにも関係ないので、読み流してください。

はい、そういうわけで作者的に一番書いてて楽しかった温泉旅行という名をかぶったストーリーパート『梨本京子編』でした。ちなみに、告白されたからといって安易にくっついたりはしません。梨本京子は男の子が立派な大人になるまでその成長を見守ったりするのです。……そして、人はそれを青田買いといいます(笑)

そういうことなんで、最終話までは安心してお読みください(笑)

では、次回はコメディパート『修学旅行編』をお送りいたします。お楽しみに〜(^^)

……ただ、連続更新はきつかったんで、来週の更新は休むかもしれません(2006/7/31現在)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ