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第十五話 修羅と羅刹とダイエット(惨禍編)

はははっ、やっぱりあいつは長いな。べらぼうに長いな、存外に長いな。というわけでいつもの1.5倍増しになっております。

えーと、なんかもう、ホントすんません(泣)

 豪華温泉旅行争奪ダイエット頂上決戦、ルール。


・業務に支障が出ないようにすること。

・必ず三食以上食べること。メニューは自分で決めること。

・上記に反した場合は参加資格を剥奪する。

・体重ではなく総合的なバランスで判断する。

・科学的に計算された理想値に最も近い女性が優勝。

・発表は一週間後。文句は一切受け付けない。あと三ヶ月くれとか絶対無理。

・っていうかね、もう五人も倒れてるから。

・今回は見逃すけど次はありません。

・以上



 一週間前に美里から渡された紙を眺めて、まったくもってその通り、あいつらばっかじゃねぇのと思いながら、梨本京子はショートケーキを頬張っていた。

 テーブルの上には作り溜めしておいたシチューやら、近所の農家からおすそわけしていただいた卵で作ったオムライスやら、冷凍してあるけどそろそろやばくなる生クリームで作ったケーキやら、色々な料理が所狭しと置いてある。

 ほぼ一人パーティー状態で、京子はもぐもぐとそれらを平らげていく。その横顔はとてもとても不機嫌そうだった。

「決めた。絶対に太ってやる。みつやのおばちゃんみたいに、めっちゃ太ってるけど笑顔が綺麗な女になってやる。目指せプラス十キロ」

 コンパクト&パワフルな彼女は、実はたくさん食べる方だ。そのわりに燃費がいいのか、あるいは屋敷の調理場を一人で切り盛りしている激務のせいか、まるで太っていない。小柄だがスタイルはかなりいいし、顔もかわいい部類に入るだろう。

 ただ、手は切り傷だらけで、あちこちに火傷はしていた。肌も結構荒れていて、化粧で誤魔化したりしていた。

「ふんだ。なにがダイエットだ、笑わせるなっつうの」

「ホントですよねぇ」

 いきなり背後から響いてきた声に、京子は少しだけ驚いた。

 振り向いて、さらにびっくりした。

「ををう……なんつーか、色っぽいね、坊ちゃん」

「色っぽいって評価は初めて聞きましたねぇ」

 少年が着ていたのは『甚平』と呼ばれる、浴衣なんかに代表される夏の服で、見た目も中身も涼しい仕様になっている。特に、男子の胸元や鎖骨が好きな女性に絶賛される服装である。

「つーか、坊ちゃんが甚平着てるのって珍しいね」

「この前バーゲンセールで良さそうなものを買いましてね。まぁ、女の子が着る和服に比べれば『クソ』みたいなもんどころか比較するのも『アレ』ですが」

「そーかねぇ? あたしはけっこー好きだけど」

 京子はそう言って、にっこりと笑った。

 口許に生クリームがついているのがものすごくポイントが高かったので、少年は顔を赤らめながら、顔を逸らした。

「あー……ところで、今日は京子さんのお誕生日かなにかですか?」

「一週間も予定してた客が来なくなるとこれくらい在庫が余るんだよ。さすがに食中毒騒ぎにするわけにはいかないからね。かといって腐らすのも勿体無い」

「確かに、そうですね」

「……物に不自由しないってのは、幸せなことだしね」

「………………」

 時折、ほんの時々、少年は京子の瞳に少しだけ悲しいものを見る。

 それがなんなのかは分からない。永遠に分からないだろうと少年は思う。自分の傷が他人に理解できないのと同じように、京子の傷を自分は理解できない。

 けれど、分からないくらいでちょうどいいのだと思う。分からないなら分からないなりに、頑張って理解しようとすればいいだけのことだ。

 人はそれを努力と言う。優しさとも、言う。

 少年は鳥ささみのチーズ揚げをつまんで、ひょい、と口の中に放り込んだ。

「美味しいですね」

「当たり前だよ。誰が作ったと思ってるんだい?」

「我が屋敷の名コックさんです」

 少年は笑ってそう言いながら、京子の隣に座った。小皿と箸を手元に寄せて、手を合わせる。

「それじゃあいただきます」

「ん……まぁ、いいけどさ、夜に食うと太るぞ?」

「そのぶん運動しますよ。せっかくだから京子さんも付き合ってください。あ、そうだ。いっそのこと有給あげますからプールにでも行きましょうよ」

「……その発言はかなりの誤解を招くと思う」

「僕が殴られるくらいならいいんですけどね、最悪のことも一応考えて手を打っておかないと。……京子さんには元気でいてもらわなきゃ困るんですよ」

「え?」

「肌が荒れてるのは、内臓が荒れてる証拠です。ついでに言わせてもらうと内蔵が荒れるのは激務で体が疲れてるってコトです。京子さんにはまだまだ元気でいてもらわないと困りますから」

 もぐもぐとシチューを食べながら、少年はにっこりと笑う。

 その笑顔に面食らいながら、京子はこっそりと溜息を吐いた。

(ったく……自覚なしってのは本当に厄介だ。おまけに人のことをよく見てる)

 フレンチトーストを齧りながら、ちらりと京子は少年を見る。

 少年はやっぱり微笑んでいた。楽しそうに、嬉しそうに、優しい笑顔を浮かべていた。

 ほんの少しだけ誰かを思い出しながら、京子も笑った。

「有給か……そういえば、一回も取ったことないね」

「そうですよ。たまにはゆっくり休んでください……よ?」

 少年は笑いながら牛乳を口に含んで、変な顔をした。

「じゃ、お言葉に甘えて」

 笑いながら、京子も牛乳を口に含む。

 二人同時に席を立った。

 確認もせずに飲んだその牛乳は酸っぱ苦かったので、二人は慌てて吐き出しに行く羽目になった。



 ダイエット作戦が決行されてから一週間。僕はちょっとグロッキーだった。

 コッコさんや冥さんといった面々が、なぜか僕を早朝ジョギングに誘いに来るのである。しかも昨日の夜はお腹一杯食べて、ついで京子さん監修で章吾さんと稽古をしたりでかなり疲れた僕は、部屋に帰る早々眠りについていた。

 しかしまぁ、章吾さんの特訓の量は半端じゃない。「最近たるんでる」とかいう理由で三十キロを重装備で走れるのは彼くらいなもんだろう。章吾さんがたるんでるならこの世界の男どもはアスリートみたいな一部の運動マニアを除いて全員『ルーの入っていないカレー』のようなものだろう。

 走ってる途中で『こんなことばっかやってるから恋愛経験が小学生並なんだよ』とか心の中でちょっと毒づいちゃったのは内緒。だって走るのって辛いんだもん。

 ……だもんとか言っても僕の軟弱さはフォローできてないわけですが。

 おまけにスパルタだしなぁ、章吾さん。

 そんなこんなで倒れるように昨日は眠ってしまったわけだ。

「…………っちゃん」

 そんなこんなで倒れるように昨日は眠ってしまったわけで、僕は今夢の中。

「……ちゃん」

 なんか声が聞こえる。眠い。眠すぎて話にならないくらい眠い。眠いのに肩とか揺らさないで。あとまつ毛とかいじらないで。眠いんだってば……眠い。

「坊ちゃん、起きてください」

「………………ふぁ?」

 頭がぼんやりする。眠すぎてなにも言う気力が起きない。

「いい朝ですよ。ほら、私の切った木に鳥たちが止まって楽しそうに鳴いています」

「……それは幻覚ですりょ?」

 鳥なんて一羽も止まってないよーな気がする。

 そもそもこの屋敷の半径五十メートル以内に人間以外の生き物を見た記憶がないのは僕の気のせいなんだろうか?

 ああ、眠い。めっちゃ眠い。眠くて死にそう。呂律が回らないくらいに眠い。

「と、いうわけで朝といえば、いつものように早朝ランニングですねっ!」

「ぐー……」

「寝ちゃ駄目ですよ、坊ちゃん」

 ギギギと音が出そうなくらいに頬をつねられる。

 ああ、痛い。めっちゃ痛いけど眠い。いたいねむいねむい。

 痛みで少し頭が覚醒してきたのか、僕はようやくそこで彼女が誰かを認識した。

「あ、コッコさんおはようございますおやすみなさい」

「だから寝ちゃ駄目ですってば」

「ランニングなら昨日三十キロほど走ったのでもういいです。今日は学校もサボります。っていうか眠いんです。寝させてください。起きて欲しいならおはようのちゅーとか、そういう色気たっぷりに迫ってくれればいかに僕とて」


 アルゼンチンバックブリーカーをぶちかまされました。(※1)


 首が曲がらない方向に曲がったんじゃねぇかとちょっと心配したけれど、どうやら大丈夫らしい。自分の丈夫さにつくづく呆れながら、僕は命があることに感謝した。

「坊ちゃん、毎度毎度言ってますけどセクハラは厳禁です」

「コッコさん、ちょっと思ったんですけど過剰防衛という言葉をご存知ですか?」

「知ってます。でもまぁ、どーせ私刑ですから」

「………………」

 うん、コッコさんはちゃんと法律の事をよく分かってる。法律じゃセクハラは絶対に死刑にはならないからね。……だからこそ『死刑』じゃなくて『私刑』、つまり「私の手でぶち殺して差し上げます」って意味なわけで。

 ……どうしよう。なんか、いつか本当に殺される気がしてきた。

「坊ちゃん、それはともかく早朝のジョギングです。健康にいいですよ?」

「健康はともかく、今日の僕は筋肉痛なんで勘弁してください」

「筋肉痛は運動すれば治ります」

「どこの熱血系体育教師のセリフですかそれは。超回復(※2)くらい今時の子供でも知ってますよ」

「ちょうかいふく? 嫌ですねぇ、坊ちゃん。ゲームと現実をごっちゃにしちゃいけませんよ?」

「………………」

 いや、確かにゲームの言葉みたいだけど、人を気の毒な子扱いしないでほしい。

「とにかく、僕は今日は嫌ですからね。昨日はめっちゃ疲れたし」

「そうですよ。坊ちゃんは私と一緒に走るんですから」

「ッ!?」

 いきなりだった。不意だった。滅茶苦茶びっくりした。

 いつの間にか、僕の隣に冥さんが立っていた。

「あ、おはようございます坊ちゃん。今日もいいお天気ですね。窓から見える風景だけが最悪で、鳥の姿は一羽も見えませんが」

「お、おはよう……っていうか今どこから出現したの?」

「やですねぇ、坊ちゃん。当然あそこからに決まってるじゃないですか」

 冥さんは恥かしそうに頬を赤く染めて、ベッドを指した。

 ……………はい?

「坊ちゃん?」

「ちょっ、コッコさんっ!? なんでそんな笑顔のまま魔王クラスの激烈な殺気を放ってるんですかっ!? 誤解ですってっ! コッコさんが来た時にはベッドの上には僕しかいなかったでしょっ!?」

「某ポッター君が持っている透明マントとか?」

「そんなもんがあったら僕が使うっ! 用途は言うに及ばずだけどっ!」

 ごすっ。

 ……本気のぐーでコッコさんに殴られました。滅茶苦茶痛いです。

 僕は殴られた頬を押さえながら、冥さんに聞いてみた。

「で、本当はどこに潜んでいたんですか? 今ならその……白状すれば許してあげますっていうか僕の命が危ないから、頼むからお願い」

「……えっと、ベッドの」

「ベッドの?」

「ベッドの『下』に、ちょっと……」

「なんでそんなところにいるんだよっ!?」

「えっと……それは、乙女の秘密ってコトで☆」

 冥さんは今度こそ演技抜きで頬を赤く染めながら、微妙に視線を逸らした。

 星とかつけても全然誤魔化せてない。でも、これ以上は追求しない方がよさそうな気がするけど……本当にベッドの下でなにやってたんだろう?

「……ま、いいや。とりあえず今日は本当に冗談抜きで僕は寝るんで、それじゃあ、お休みなさい」

「あはは、そりゃちょっと甘いですねー」

 冥さんが、僕の左腕をがっしり掴む。

「自分だけ惰眠を貪ろうなんて、それは少し虫が良い話ですよ?」

 コッコさんが、僕の右腕をぎっちり掴む。

「さぁいざ行かん、私たちの健康とスタイルのためにっ!」

「れっつ、ごーっ! 運動した後のご飯は美味しいですよーっ!」

 ズルズルと引っ張られながら、僕はゆっくりと絶望に沈む。

「……君ら、実は仲いいだろ?」

 最後に、それだけツッコむのが精一杯だった。



 全身湿布だらけの僕は、その日筋肉痛がひどすぎて学校を休んだ。

 友樹からは『やぁキツネ。今日はどうした? まさかメイドさんとあんなことやこんなことをしているのかうらやまやらしいなぁ。あっはっは』と軽薄極まりないメールが送りつけられてきたので『はげろ』と一言だけ送り返した。

 怪我からようやく復帰したばかりだっていうのに、なにやってんだか。

「……………はぁ」

 溜息を吐いて、僕は最新のデータをパソコンに打ち込んでいく。ちなみにこの最新のデータは健康診断のものではなく、ついさっき計ってもらったものだ。

 そのデータをなるべく記憶しないように機械的に打ち込んでいく。昨日父さんの知り合いの教授に頼んで『女の子の理想体型』なるものを割り出すプログラムを作ってもらった。身長と体重と年齢、それから3サイズを入力すれば、すぐに結果がわかる仕組になっている。

 そう、相手はただの数値。ただの数字なのである。

 だから僕は記憶しない。そう、数値を打ち込むだけのマシーンになれ。非情に徹するんだ。クールになれ(※3)。この程度で心を乱す僕じゃない。

 不意に、手が止まった。

「……へぇ、舞さんってバストはそんなでもないけど全体的なバランスはけっこーすごいじゃんか。っていうか見た目より意外にある……」

 そこまでうっかり呟いてしまって、我に返ってかなりへこんだ。

 やっぱり駄目だよ、パトラッシュ。所詮僕は男。女の子のデータとかめっちゃ興味のあるもんが出てきたらうっかり記憶しちゃうよ。「あの子って実はあんな感じなんだよなぁ……」とか思っちゃうってば。

 嗚呼、神様。慈悲があるんだったら僕の記憶を消してください。

「よし、それじゃあちょっと目を閉じてろ。なーに、すぐに済む。目が覚めるかどうかは五分五分くらいだけどな」

「………………」

 なんか、ものすごく嫌な声が背後から聞こえた。

 ゆっくりと溜息を吐く。冥さんの神出鬼没っぷりにもかなり驚かされたが、こいつほどじゃないと断言できる。

 僕はちらりと後ろを振り向いて、口許を引きつらせた。

「なんでお前がここにいるんだよ、友樹」

 ふてぶてしくもソファに座ってえらそうにふんぞり返りながらコーヒーなんかを飲んでいる友樹は、まるで外国人のようにおおげさに肩をすくめた。

「親友が休みと聞いて矢も盾もたまらずってところだな。ああ、ちなみにこのまま死ぬ方に賭けておいたから、死んでくれると財布が助かる」

「お前が死ね。それ以前にお前、僕がメール打ってから五分もかからずにここに来れたってことは、最初からサボる気満々だったってことだろうが?」

「失礼な。最初からじゃない。体育がマラソンだったからサボっただけだ」

 ……相変わらず最悪だなぁ、この男。刺されればいいのに。

 心の中で毒づきながらも、正確に機械的に記憶に留めないようにデータを打ち込んでいく。

 と、僕が無心になっていると、友樹は笑ったようだった。

「なぁ、親友。一つ面白いことを教えてやろう」

「なんだい? 女垂らし」

「人は恋をするんだ」


 僕の頭が完全停止。痛々しい沈黙が部屋の中を支配した。


 やっぱりか。前々というか小学校の頃、最初に出会った時からちょっとおかしいとは思っていたけれど、とうとうやっちゃったか。

 ゴッドスピード、親友。僕は君を忘れない。

 僕はにっこりと慈愛に満ちた笑顔を浮かべて振り向く。

「うん、そうだね。ところでいい病院を知ってるんだけど……」

「俺を病人扱いすんな。身動き取れなくてしんどそうな友人に『恋愛』っていう楽しく可笑しく笑える話題を提供してやろうっていう俺の心づかいが分からないか?」

「……自分は老いも若いも一切おかまいなしのくせに」

 僕の溜息混じりの言葉に、友樹はかなり顔を引きつらせたが、反論を思いつかなかったのか、あるいは思い当たる節が多すぎてなにを言っても無駄だと思ったのか、結局なにも言わなかった。

「で、お前はどんな女が好みなんだよ?」

「和服美人」

「そのへんの趣味は全然変わってねぇな、親友」

「うるせーよ。お前だってメイドマニアのくせに。メイド喫茶でも行ってろよ」

「ぶち殺すぞ、キツネ。アレはメイドじゃない。メイド服のようなもので着飾ってマニュアル通りに媚びを売る女のどこがメイドだよ?」

 ……そのへんのこだわりっぷりが『メイドマニア』なのだけれど、どうやらこの男に自覚は一切ないらしい。まぁ、女の子が着る浴衣や着流しや振袖の良さが分からない、脳の位置がちょっとおかしい男だ。そのあたりは大目に見てやろう。

「親友、なんだかものすごく失礼なことを考えてないか?」

「ああ、それは当たりだな。友樹限定だけど、僕は常々失礼なことを考えている」

「言っておくが、俺はちゃんと側に置く女は選んでるぞ」

「側に置いてる女の子が二人以上なのが問題なんであって、厳選方法はこの際問題じゃないんだよ、友樹」

「そう言われてもな……仕方ねぇだろ。あいつらが俺を頼ってくるんだから」

 さすが、もてる男は言うことが違う。

 と、邪推したいところだけど、アルミホイルを噛み締めたような苦々しい表情を見てるとなにも言えなくなってしまう。友樹にだって友樹なりの事情があって、それを僕がとやかく言うことはできないだろうし。

 この話題については追求しない方がいいだろう。聞いても僕にはなにもできそうにないし。っていうかフルパワーでぶん殴ってしまいそうだし。

 もてない男のひがみってやつだ。

「キツネ、そう言うお前はどうなんだよ。付き合ってる女とかいねぇのか?」

「あっはっは、僕は女の子と付き合ったことないから。告白もされたことないしね」

「………………」 

 なんだその哀れみとも憎しみともつかない物悲しそうな顔は。日本人男性の90%はもてないから僕は正常なんだよコンチクショウ。むしろもてるお前がおかしい。

「なぁ、親友」

「なんだい、悪友」

「無知の知(※4)も罪悪だとは思うが、無知ってのもそれなりの罪悪だと思うぞ?」

「……友樹、病院はこの屋敷を出て右に曲がったところにあるからな」

「俺を病人扱いする前に、まずは自分の周囲を見直した方がいいと思うがな」

「どーゆー意味だよ?」

「そーゆー意味だよ」

 意味の分からないことを言われて、僕は顔をしかめた。

 友樹は呆れたように苦笑しながら、肩をすくめて言葉を続けた。

「仕方ねぇな……じゃあもう一度、今度は分かりやすく丁寧に聞いてやろう。お前が好きなのは、どんな『性質』の女なんだよ?」

「性質?」

「性格と言い換えてもいいけどな。ちなみに俺が好みなのはなんか幸せそうなぽややんで可愛い女の子だ。いつも幸せそうにニコニコ笑ってる女の子なんか、もう最高だな。……まぁ、趣味と実益はなかなか合わないもんで、俺の周囲の女はみんな気が強いのばっかりだけど」

「あっはっは、ざまぁみろ。もてる男はみんな不幸になれー」

 僕がわりと本気で笑うと、ものすごい勢いで睨まれた。どうやら、今のは友樹的にはかなり不本意な出来事らしい。

「親友、俺の堪忍袋の緒にも限界ってもんがあるんだぞ?」

「うん知ってる。でもそんなに簡単に許容限界が訪れる男に生存する価値ってないんじゃないかなーと僕は愚考する。っていうか、死ねばいいじゃないか」

「よーし分かった。殴る。今すぐ殴ってやる。それはそうと親友、綺麗になるためにダイエットに励む女性をお前はどう思う?」

「や、アホなんだろうなと」

「よーし、お前は女の敵だ。今すぐ俺が鉄槌を下してやるっつーか死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 親友は言葉を言い終わる前に僕に殴りかかる。僕は筋肉痛が痛いので、近くに置いてあった土産物の木刀で応戦。剣道三倍段の言葉通りに、普段の友樹と、戦力が三分の一になった僕はそれなりにいい勝負を繰り広げた。

 ちなみに、騒ぎを聞きつけた美里さんが友樹の鳩尾をえぐるように肘を叩き込み、僕の胸倉を掴みあげて壁にたたきつけたのは、それから三分後のことだった。



 美里さんにボッコボコにされて、三時間ほど説教を受けた。僕は筋肉痛ごときで学校を休むとは何事ですかとこめかみをぐりぐりされて死ぬかと思うような激痛を味わうことになり、友樹は学校をサボるとな何事ですかとほっぺたをものすごい力でつねられてほぼ泣いていた。

 そんな友樹はついさっき、日傘を差した絵に描いたようなワンピースの似合うお嬢様に連れられて帰って行った。

 ここが拳銃の所持を認めていない国で本当に良かったと思う。

「やれやれ」

 湿布の力で筋肉痛もかなりましになったので、僕はリハビリがてら少しだけ屋敷の周囲を歩くことにした。

 まぁ、ほんの少し考え事がしたかったというのもあるけれど。

(友樹のやつ……結局何が言いたかったんだ?)

 過去の経験から考えて、あいつが本当になにかを言いたい時は言葉をぼかして仄めかして伏線を張る程度に留めておくなど、とにかく回りくどい。

 小学校の頃にあいつがぽややんとした女の子に告白した時なんか、回りくどすぎて告白だと認識してもらえなかったくらいに回りくどいのだ。いや、しかしアレは本当に笑った。僕の人生の中で三番目くらいに笑っただろう。

 笑いすぎてその後、掴みあいの大喧嘩になったことは言うまでもないケド。

「まぁ、それはそれとして……ホント、どーすっかな」

 懐の中の旅行券を意識しながら、僕は苦笑する。

 パソコンに入力したデータから計算して、優勝者はもう分かっている。あとはその子に温泉旅行券を渡せばこのイベントは終わりなのだけれど、なんとも盛り上げに欠ける。かといって、物が物だけに大々的に渡すわけにもいかないし、景品のない二位以下の子たちのデータを発表するわけにもいかない。もちろん順位だけを発表する手もあるのだけれど、それではなんとなく面白味に欠ける。

 やれやれ、凶悪に面倒な企画を引き受けてしまったもんだ。と、僕が心の中でおおげさに溜息を吐いていると、

「げ」

 という下品な声が聞こえた。

 振り向くと、そこには冥さんの実弟、舞さんの腹違いの弟こと空倉陸くんが、心底嫌そうな顔をしていた。執事服にエプロン、手には肥料とスコップという奇妙ないでたちだった。

 とりあえず、屋敷の主人として挨拶をしておく。

「やぁ、陸くん。屋敷には慣れたかな?」

「……慣れるかよ、こんな変人屋敷」

 苦々しく言う陸くんは心底嫌そうな表情を浮かべていた。

 まぁ、僕が直接勧誘した美里さんを始めとした方々は言い訳不可能だとしても、その他の人たちは人事を担当させた美里さんや章吾さんが推薦してくれた人たちばっかりなんですがね。……あの人たちの仕事っぷりに文句を言うなんて、本当に命知らずというかなんというか。若さゆえの過ちってヤツだろうか?

「それはそうと陸くん、今日はちゃんと学校に行ったの? 義務教育はきちんとこなしておかないと後々後悔するよ?」

「あ? 誰がンな面倒くせえ所に行くかよ。馬鹿くせぇ」

「………………」

 僕はにっこりと笑って、ゆっくりと拳を振り上げた。


 ただいま矯正中です。しばらくお待ちください。


 まったく、最近の中学生は本当に口の聞き方というものを知らない。ついでに喧嘩の仕方も知らない上に義務教育程度の知識もないとなると、なんかもう最悪なんじゃないだろうかと思う。

 そういう子を怒ってやるのも先達の務めではあるけれど。

 倒れた陸くんの背中に腰かけながら、僕は口許だけを緩めていた。

「まぁ、反抗的なのは悪くない。僕も昔はそうだったよ。僕もそうやって反抗的に歯向かっては徹底的に叩きのめされるってことを繰り返していたからね」

「ちょ……まて、コラ。なんぼなんでも今のは卑怯すぎじゃ……」

「卑怯? それはどこの妄言だい。喧嘩ってのは勝てばいいのさ。徹底的に(※5)」

 まぁ、拳を振り上げるふりをして右足を股間に軽く叩き込んだだけなんだけどね。

 ……ああ、痛い。見てるだけで痛い。自分でやっておいてなんだけど、『だけ』とかそんな甘っちょろい言葉では言い表せないほど痛い。

 いくら真正面からじゃ勝てないからって、ちょっとやりすぎたかもしれない。

「ま、それはともかくね。ちゃんと学校には行きなよ? どーせ屋敷にいてもみんなにからかわれたり、いじられたり、女物の服を着せられたりで大変だろ?」

 僕の言葉に、陸くんはかなり泣きそうな顔になった。

「……家に帰してくれよ」

「空倉の皆さんは一時解散してそれぞれ社会復帰に向けて勉強中。残念だけど、今の世の中『外道狩り』一本で食っていくのは難しいってことだね」

「………………」

 僕がにこやかに告げると、陸くんはものすごく悔しそうな顔をした。

 世知辛い話になるけど、生産性のない職業で食っていくのはとても難しい。魑魅魍魎が跋扈していたらしい平安や鎌倉の時代なんかじゃ陸くんたちのような『外道』専門の暗殺者も必要だっただろうけど、平成の世じゃそうそう需要があるわけもない。

 と、いうわけで僕がスポンサーになって色々世話を焼いているわけだ。

 金にならないことは言うまでもないけれど、こういう縁は大切にしておいた方がいい。後々役立つかもしれないし。


 そう、たとえばこんなふうに。


 不意に思いついたアイディアは、それなりにいい考えだったと思う。

 僕はにっこりと笑って、陸くんを見下ろした。

「陸くん」

「あンだよ?」

「ちょっとこの封筒を預かってもらえないかな?」

 僕は倒れている陸くんに温泉旅行券を渡し、そのまま立ち上がる。陸くんはわりとあっさりと封筒を受け取って、怪訝そうな顔をした。

「なんだよ、これ?」

「とってもいいものだ。それを日が変わるまで守りきれたら、給料をアップしてあげよう」

「……守るって、なにから?」

 とても不思議そうな顔をする少年に、僕はにっこりと笑いかけた。

「美の追求者たちからさ」



 この一週間の成果を出し終えた舞は久しぶりに食堂にやって来ていた。

(ふっふっふ、一週間であれだけやれば、まず間違いなく勝利は固いですよー)

 栄養バランスを完璧に計算し、なるべく脂質を避け炭水化物を多く摂取する。そして摂取した以上に動く。体のバランスが完璧になるように計算され尽くされた完璧なダイエットである。事実、舞は一週間で三キロのダイエットに成功していた。

「温泉旅行なんて初めてですねぇ。冥ちゃん、喜んでくれるかなー」

 そして、旅行券の使い道は既に決定済みだった。抜け目なく美里に有給休暇の申請もしてあったりする。もちろん、冥と一緒だ。

 最近ちょっと色々と悩みのあるらしい冥の相談に乗ってやるのもいいかもしれない。

 ちょっとわくわくしながら『日替わり定食セット』の食券を購入し、舞は厨房を覗き込む。

「きょーこさーん。日替わりセットお願いしますー」

 返事はない。舞は少し首を傾げて厨房を見回す。

 厨房はガランとしていた。ただ、掃除だけはきっちりとされている。来た時よりも美しくなどという絶対に不可能な標語をそのまま実行したようだった。

「んー……これはもしかして、今日は食堂休みですか?」

 せっかく買った食券が無駄になると心の中でため息をついた。

 その時。

『アロー、アロー、聞こえてますか皆さん。久しぶりの館内放送です』

 嫌な予感をかきたてる、少年の声が響いた。

『はい、そういうわけで第一回ダイエット頂上決戦の結果が出てしまったわけです。あとは温泉旅行券を進呈して終わりなわけですがなんていうのかこう……盛り上がりに欠けますよね。実に面白味に欠けるというか、ぶっちゃけつまんないというか。やってる本人たちは真剣なんだろうケド、見てて面白くありません」

 少年は恐らく嫌な笑いを浮かべているだろう。まるで悪の総統のように。

『そこで、このダイエット対決は『前哨戦』ということにします』

 少年は、あっさりと今までの努力を無に帰す言葉を吐き出した。

『この前哨戦に勝利した上位十名が本戦に出場できます。本戦のルールは至って簡単。屋敷のある人物に渡した旅行券を奪い取った子の勝ち。あ、ちなみにその十名の名前は玄関に張り出してあります。はい、それじゃあよーいドン。早い者勝ちですよー』

 そう言って、館内放送は緊張感のない声を残して切れた。

 後に残されたのは、陰鬱そうに顔を伏せた舞。

「……ふ、ふふ」

 その口からは、虚無の笑い声がもれていた。

「くふふ……あ、あれだけ苦労させといて前哨戦とか抜かしやがりましたよ、あの坊ちゃん」

 黒皮の手袋を嵌める。舞はゆっくりと顔を上げた。

「そうですね、もう温泉旅行とかいいです。あの坊ちゃんはぶっ殺しましょう」

 ライオンが脅えて逃げ出すほどの殺気を放ちながら、まるで淑女のようなゆったりとした足取りで舞は追跡を開始する。

 その顔は、拗ねた子供のようだった。

「ひどい、ひどいです、ひどすぎます。今回ばっかりは絶対に許さないんだからっ!」

「そりゃそうだとは思うけどね……ったく、あのぼんぼんはどうしてこう底意地が悪いのかねぇ。周りの人間の影響かな?」

「え?」

 舞はいきなり背後から響いてきた声に反応して、思わず振り向いた。

「ま、とりあえず寝ておきな。アンタ、わりと大切にされてるみたいだし」

 彼女は苦笑しながら、舞の首筋に手刀を叩き込んだ。

 そして、舞はあっけなく、それこそマンガのように綺麗に意識を失った。

 

 

 陸くんにこっそり取り付けた盗聴器から入ってくる音声は、それはそれは壮絶なものだった。彼が泣き喚きながら上位八名の温泉好きな女性に襲撃される様を聞くのはなかなか心苦しかったのだが、今回はイベントのために犠牲になってもらおう。

 その代わり、約束しておいた給料はきちんと上げとこう。あれだけの目に遭わせておいてなんにもなしってのは、いくらなんでも残酷すぎるだろう。

 自分の部屋でくつろぐ僕の手元には温泉旅行券が一枚。言うまでもないけれど、陸くんが持っている封筒の中身はダミー。あれは、ある業者さんから無料でいただいた『豪華じゃない温泉旅行券のペアチケット』なのだ。

「さてと、誰が最初に仕掛けに気づくかな?」

 ほとんど予想はできているけれど、僕は笑いながらイヤホンに耳を傾ける。

 まぁ、仕掛けに気づいても賞品は既になくなっているっていうオチなんだけどね。

 恐らく最初にこの部屋に来るのは舞さんだろう。ダイエットに粉骨砕身していた彼女だ。僕の言葉を聞いた瞬間に、温泉旅行のことなんて忘れて、ついでに我を忘れて僕を『殺り』に来るはずだ。

 それくらいに最近の舞さんはよく働いていた。具体的にはみんなの三倍くらい。

 ホント、あのシスコンは冥さんのことになると眼の色が変わる。少しでも冥さんに喜んでもらえることなら、自分の体なんてどうでもいいって思ってるみたいだ。

「やれやれだよ、本当に」

 お茶と手作りの洋菓子を用意しながら、僕は舞さんの到着を待っていた。

 と、その時。タイミング良くドアがノックされる。

「はいは〜い、今開けるよ。前もって言っておくけど、決して悪いようにはしないから、ドアを開けた瞬間にナイフでグサリとかそういうのはやめてね」

 頭に血が昇っているであろう舞さんに言って、僕はドアを開けた。

「………あれ?」

 予想外だった。

 そこには、舞さんを背負って、面倒そうな表情を浮かべた京子さんが立っていた。なんだかその表情は子供をおんぶする母親のように見えなくもない。

「どうしたんですか。なんか、大きな荷物を抱えてますけど」

「見ての通りさ。貧血でぶっ倒れたのはこれで六人目だ。坊ちゃんの部屋が一番近かったんでね、とりあえずベッドで寝かせてやってよ」

 言いながら、京子さんはまるで子供をあやすように舞さんの体を優しく下ろし、僕にそれを支えるように指示を出す。僕はその指示に従って、舞さんをベッドに寝かせる。その寝顔は、それなりに可愛かった。

「やれやれ、本当にどーでもいいことに無茶するんだよなぁ、舞さんは」

「坊ちゃんも似たようなもんだと思うけどね。あの外の騒ぎはなんなのさ?」

「イベントを盛り上げるための趣向です。この屋敷に勤めるからには、あれくらいの修羅場は越えてもらわないと」

「……鬼か、アンタは」

 京子さんの冷静なツッコミに、僕は思わず顔を逸らした。

 や、内心ちょっとやりすぎたかなー、なんて思ってませんよ? あれが原因で陸くんがメイド恐怖症とかになったら……とか、全然思ってませんとも。

 僕の内心を見抜いたか、京子さんは呆れ半分、諦め半分の苦笑を浮かべた。

「しゃーない。あたしがなんとかしてやろう」

「できるんですか? 相手はこの屋敷のメイド精鋭八名ですけど」

「できるさ。精鋭だろうが所詮は小娘。あたしの敵じゃない」

 コッコさんや冥さんを含めた八人を『小娘』と言い切った京子さん。それは紛れもなく男の中の男、すなわち『漢』の言葉だった。

「坊ちゃん……なーんか失礼なこと考えてないかい? あたしはこう見えても一応女のつもりなんだけどね」

「思ってませんヨ。それに、京子さんほど女らしい人もいませんし」

「……ならいいけどね。あ、それからあたしがいない間に舞に変なことしないようにね」

「そんなこと、恐ろしくてできません」

 僕が真面目にきっぱりと言うと、京子さんは肩をすくめて口の端を緩めて溜息を吐いた。なんだか意気地なしと言われたような気がしないでもない。

「じゃ、あたしは外の連中を止めてくる」

「行ってらっしゃい。あ、それと陸くんが持ってるのは、ダミーですけど一応温泉旅行券ですから、みんなを撃退できたらどうぞご自由に持って帰ってください」

「……そうするよ」

 なぜか京子さんは寂しそうな微笑を浮かべて、僕の部屋を去っていった。

 その背中を見送って、僕は舞さんの眠っているベッドに腰かける。

「……さてと」

 僕はにやりと笑いながら、ゆっくりと彼女に向かって手を伸ばした。



 黒霧舞が目を覚ました時、既に日が変わっていた。

「……ふぇ?」

 ゆっくりと起き上がり、ぼんやりした頭を抱えて周囲を見回す。

 見たことのある部屋だった。殺風景とは程遠い、けれど流行とかそういうものとも程遠い、ある意味で我を貫いた部屋。本棚を飾るのは多種多様ジャンル問わずの本であり、テレビとベッドだけが最高級品のくせに服はそのへんの安物というちぐはぐっぷり。

 そこが誰の部屋なのか思い出すのに、五秒ほどかかった。

「んー……」

 誰の部屋なのかは思い出せていたが、最近あまりに忙しく働いていた舞はあまりの疲労から追求するのも面倒になって、もう一度ベッドに横になった。

 やたら柔らかいベッドは簡単に自分の体を包み込む。それとは反対に、枕はなんだかちょっと固くて位置が高い。こういう枕なのかなと心の中で納得しながら、なんとなく触り心地を確かめようとして、舞は枕に手を伸ばした。

 もにょっとした。

「………………」

 血の気が引いていく。眠気が一瞬にして吹っ飛んだ。

 ちらりと枕の方を見ると、確かに枕はそこにあった。ただし、枕は枕でも『膝枕』だったりするのだが。

 みんなの主人たる少年は、座ったまま器用に眠っていた。

「……………ッ!?」

 叫びそうになり、舞は慌てて口を押さえる。

 恥かしさのあまり顔が真っ赤になり、八つ当たりに手近にいた少年を殴りそうになったがそれも止める。ここで騒ぎになったらまず間違いなく自分の命が危ないと直感が告げていた。普段は大人しいくせに怒ると修羅になるメイド長の顔を思い出しながら、舞はゆっくりと拳を下げた。

 本当は、今すぐにでも殺してやりたかったけれど。

 目を細めて立ち上がる。音もなく殺してやろうかと思ったけれど、寝顔を見ていたらやる気も失せた。次があったら殺してやろうと思って、舞は身を翻す。

 と、そこで気づいた。

 テーブルの上にはケーキと冷めた紅茶。そして『舞さんへ』と書かれた一通の封筒。

 そこでなんとなくオチは読めていたが、舞は封筒を開けた。

 今の自分の収入じゃちょっと手が出しづらい、豪華絢爛な紙切れこと温泉旅行券だった。

「……素直に渡してくれればいいのに」

 苦笑しながら温泉旅行券をふところにしまって、舞は少年を軽く小突く。

 元々無理な姿勢だったのだろう。少年はベッドに倒れこんで、今度こそ普通の眠りについた。

 彼に羽毛布団をかけてやりながら、舞は笑う。

「ホント、素直じゃないんだから」

 ついでに首にワイヤーでも引っかけてやろうかと思いながらも、まぁそれは次の機会でいいだろうと思い直す。代わりに、ケーキは全部美味しくいただくことにする。

 と、そこでとびきりの悪戯を思いつく。

 舞はにやりと笑いながら、ゆっくりと少年に向かって手を伸ばした。



 翌朝。

 久しぶりにゆっくり寝すぎて学校に遅刻しそうになっている少年は、今日はなんだかみんな笑顔だけど、いいことでもあったのかなと思っていた。

 疲労のあまりゆっくり寝すぎてもろに遅刻してしまった少女は、今日は冥ちゃんはすごく楽しそうにしてた。なんだかいいことありそうと思っていた。

 少年と少女は、顔を合わせてお互いに、悪意たっぷりに、にっこりと笑った。

「おはよう、舞さん。今日は絶好調だね。まるで寝ているのに寝ていないみたいだ」

「おはようございます、バロン閣下。今日もお髭が立派ですね」

 ん? と二人して首をかしげる。

 それから先を争うように洗面所に向かった。



 第十五話『修羅と羅刹とダイエット(惨禍編)』END

 第十六話『僕と彼女と温泉旅行(前編)』に続く



 注訳解説こと来てくれたんだね兄さんっ!


 ※1:とっても怖いプロレス技。頭から叩きつけるタイプの技なので、上手く受身とか取らないと死にます。っていうかプロレス技ってそんなんばっかり。きらめく汗、眩しい汗、戦いの汗、そして血と涙と汗。プロレスってのはそういう格闘技。(※プロレスファンの人、ごめんなさい)

 ※2:詳しくはジャ〇プで連載中の『ア〇シールド21』をご覧下さい。……と、言いたいところだけど、一応解説しておくと、超回復っていうのは酷使した筋肉組織が24時間、つまり一日かけて酷使する以前よりも筋肉を増やすことを指す。簡単に言うと鍛えれば鍛えるほど強くなるけど休息は不可欠ってことです。

 ※3:大昔、週刊少年ジャン〇で連載していた『聖闘〇聖矢』の白鳥座の聖闘士のセリフから抜粋。今回の注訳解説の表題もこのマンガのセリフから抜粋。分からない人に簡単に説明すると『小宇宙(コスモとお読みください)』、『女神(アテナとお読みください)』、『フッ(ふっとお読みください)』で通じるバトルマンガ。ドラゴンボールと合わせて、現代のバトルマンガ全般の祖に当たる。

 とても文字では伝えきれないので、作者が『ある意味』大好きな白鳥座の聖闘士の印象に残ったシーンをダイジェストでどうぞ。

 マーマ……(口に花をくわえて)

 ダイヤモンド、ダストーッ!!(華麗なる白鳥ダンスと共に)

 我が師の師ならば我が師も同然(まるで恋を語るように熱っぽく)

 シベリア仕込みの足封じ技を見せてやるぜ(自信満々に)

 この素晴らしいセリフの本当の威力を味わいたい人は、マンガと一緒にアニメもどうぞ。……今のアニメーションがどれほど進歩しているのかよく分かります。

 ※4:知らないということを知りなさいという、昔の学者だか先生が残した名言。簡単に言うと身の程を知れということなんだろーかと思いながら、それが一番胸に突き刺ささっていたりする作者なのでした。

 ※5:作者的『女の子が最高に格好いい』小説ランキング、ぶっち切り第一位を獲得している小説にして以前も解説した『頂天〇レムーリア』から八割ほど抜粋。残りの二割は実際に本を読んで確認しよう。やっぱり漢っていうのはああでなきゃいけません(笑)

はい、そういうわけで次回は温泉編。あんなことやこんなことでいや〜んな、お楽しみなサーヴィスタイム。みなさん、お楽しみに。




……なーんてね(ニヤリ)

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