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第十四.五話 修羅と羅刹とダイエット(承前)

魂を冒涜した罪は重い。祖(作者)は聖の元に滅せよ!

……すみません、一万字超えちゃいました(空笑)

ちなみに最初の一文はヴァルキリーなゲームから抜粋、ヴァルキリーが分からない人は北欧神話かトライエースで検索かけてね☆

 なんでこうなるの?



 夕日が沈んで月が空に浮かぶ頃、この物語と少ししか関わり合いのない少年と、まるで関わり合いのない少女は笑っていた。まるで子供のように、心の底から楽しそうに。

 少女なのに妖艶な笑みの似合う彼女は、楽しそうに笑う彼に問いかける。

「楽しそうね? 友樹」

「そうだね。久しぶりに友人に会ってとても楽しかった」

「ホント、友樹ってば相変わらず変態ホモ野郎なんだから。死ねばいいと思うわ」

「………………」

 楽しい気分から一転、ものすごい勢いで友樹は顔をしかめた。

「いや、オレの家系は先祖代々熱狂的かつ狂信的な異性愛者だから」

「じゃあメイドマニア?」

「……や、確かにメイドはめちゃくちゃ好きだけどさ」

「つまりメイドマニアなのね。そういえば三言目くらいには『妹』っていう単語が出てくるんだからシスコンでもいいわよね。それとも年上殺しがいいのかしら?」

「……あのなぁ」

 この場で押し倒したろかなどと不届きなことを考えて、股間蹴られそうだからやめておこうという情けない結論に達した友樹は少しだけ涙する。

(……ああ、親友が羨ましい。オレもメイドさんとか雇ってみたい。なんか男としてのランクは絶対あいつの方が上っぽいけど、死んでもあいつにゃなりたくねぇ)

 同じ頃、同じようなことをその親友も思っているのだが、それは誰にも分からないことである。

「ったく……なんで友人に会いに行っただけでそこまでクソミソに言われなきゃいけないんだろうな」

「本当に友人に会いに行っただけならそこまで言わないわよ。悪党」

「………………」

 友樹は彼女からほんの少しだけ視線を逸らした。

「……ばればれか?」

「ばればれね」

 少女は妖艶に笑って、友樹の頬を軽くつねった。

「言っておくけど、あのお屋敷には私の親友も勤めてるの。二人ほどね」

「へぇ、そりゃ初耳だ」

「二人ともくそ不器用で社会的に全然適用できない頑固者で、そのくせ能力だけはやたら高い人たちだけど、それでもあの人たちは私の親友なの。同類相憐れむじゃなくて、少なくとも私はそう思ってる。……だから、今回ばかりは見逃してあげない」

 少女はゆっくりと友樹の首筋に指を這わす。

「あの人たちを不幸にしたら、私は貴方を『ばきゅーん』ってする」

 ちなみに『ばきゅーん』の部分は発音禁止用語、言い換えると十八歳未満ご法度である。もちろんその言葉が死の宣告であることを、友樹はよく知っていた。

 だから、代わりに口を開いた。

「なぁ、奥さん」

「なぁに、旦那さん」

「……とりあえずその二人を不幸にする予定はないんだけど、奥さんはどうやらかなりご立腹の様子。なにをしたら機嫌が直りますか?」

「そうね。真顔で『愛してる』って言えたら許してあげる」

「愛してる」

「私も」

 彼女はそう返事をしながら、美少女のように軽やかに笑った。

 友樹はその笑顔を見ながらほんの少し罪悪感を抱いた。

(……その親友の一人はもうとっくに不幸になってるんだよなァ)

 それは絶対に自分のせいではないが、少女は自分の言葉など聞きはしない。

 後でしこたま怒られるだろうなぁと思いながら、少年は心の中で覚悟を決めた。

 半分くらいは殺される覚悟を決めた。



 物語に少ししか関係のない男の子と全く関係のない女の子が笑い合うその三日前、執事見習いである少年は死にかけていた。

 腕がもげそうになっていた。足取りはふらふらで今にも倒れそう。

 指はあまりの重さでミシミシ悲鳴を上げているし、背中に背負った一品は明らかに自分より重い。

 そんな少年の姿を見て、執事長である新木章吾は手元にあるメモに目を落としながら、首をかしげた。

「ふむ、まだ細々したものが足りんな。それじゃあ次の店に行くぞ」

「ちょ……待てこら」

「なんだ? 茶菓子の羊羹なら後で食べてもいいぞ」

「そんなもんで誤魔化されるかァァァァァァッ!!」

 執事見習いこと空倉からくら りくは顔を真っ赤にして思い切り叫んだ。

 もっとも、両手にはおばあちゃんが絶対に持てなさそうな量の買い物袋が四つ、背中にはどう考えても陸より重そうなソファが一つ。首からは調味料の類がごっそりと詰まっているビニール袋を下げている。

 あまりの重さに五体がバラバラになりそうな気分になりながら、陸は叫ぶ。

「どう考えても『ちょっと買い物に行くぞ』って量じゃねぇだろこれはっ!」

「多少重くなるが大丈夫だな? とも聞いたはずだが」

「どう考えても多少じゃねぇだろこの量はっ! つーかソファってなんだよソファってっ! そういうのは普通、業者とかに任せるもんじゃねぇのかっ!?」

「業者を使うと金がかかる」

「じゃあ車はっ!? 文明の利器は!?」

「ガソリンが勿体無いだろう?」

「ミネラルウォーターより安い燃料を勿体ないとか言ってんじゃねぇよっ!」

「お前の姉は冷蔵庫を軽々と持ち上げていたから大丈夫だと思った」

「俺は冥姉さんやアンタみてーな規格外の化物じゃねーんだよ!!」

「ふむ、そこまで言うなら次からは車を使おう。……やれやれ、最近の新人は思ったより使えんな」

「くわああああああああああああああああっ!!」

 重さと痛みと後悔で、叫びにならない絶叫を上げる陸。

 章吾はそんな陸などお構いなしに、さっさと次の店に向かうのだった。



 もとはと言えば、確かに自分も悪かったと陸は思う。

 垂れ流しの情報をなんの疑いもせずに信じ、結局は舞の計略にはまってしまったのだから言い訳ができるはずもない。そもそも『冥ちゃんは出奔した先で、あーんなことやこーんなことをされているのよ』などというくそたわけた情報を真に受けたこと自体がおかしい。

(っていうか、絶対に催眠術とか薬とか使ってたよな、舞ねーちゃん。でなきゃ舞ねーちゃんの言葉が異様に気になったり、七色の光が見えたりするはずねーもん)

 舞は精神制御と薬品のプロフェッショナルでもある。空気にちょっと従順になる薬品を混ぜ込んだり、視線と声だけで催眠状態に陥れたりと、それくらいは簡単にやってのけるだろう。『空倉』の中でも本当に舞と冥だけは特別だったのだ。

 そして、舞の手の平で踊らされた結果がこれである。変な屋敷に出向させられ、変な連中と一緒に生活することになった。屋敷の人間は大抵が『変な人間』ばかりで、陸は人間関係の構築にも苦労している有様である。

 もちろん、人間関係で苦労していると思っているのは陸だけである。彼はそれなりに可愛い顔立ちをしている上に少々反抗的な態度のため、屋敷の人間からは男女含めて色々な意味で『可愛がられて』いる。

 ただ、それは年頃の少年にとってはかなり恥かしいわけで。

(くそっ……絶対に逃げ出してやるからな)

 実家でもやらされたことのない拷問じみた荷物持ちをさせられ、流石の陸もちょっと死にそうだった。

 息も絶え絶えな陸の様子を見て、章吾は深々と溜息を吐く。

「まったく、最近の若い奴はだらしがないな」

「……じゃあ、アンタが持ってくれよ」

「アンタという言葉遣いはやめろ。見習いだろうが執事は執事。礼儀と作法くらいは身につけておけ」

「………………」

 こんな状況で礼儀もくそもないだろうと陸は思ったが、喋るのは体力を消耗する上に激痛が増すだけなので黙っていた。

 と、章吾はかなり微妙な顔をして不意に立ち止まった。

 思わず、陸も足を止めてしまう。

「どうしたんだよ? 肩が千切れそうだからさっさと帰ろうぜ」

「ここは方位が悪い。裏口に回るぞ」

「ちょっ、わけわかんねーよ! なんでいちいち遠回りするんだよっ!?」

「こっちのわんちゃんの言う通りですね、章吾さん?」

 静謐で、どこまでも鋭い声が響く。それは章吾が一番聞きたくない声だった。

 恐る恐る振り向くと、そこには金色の髪と深緑色の瞳を持つ美少女が立っていた。ただし、彼女が身につけているのは典型的な修道服である。

 敬虔なクリスチャンのお嬢様のようにも見える彼女の名を、清村きよむら かなめという。

「ああ、それでもこんななんの変哲もない、品揃えが自慢なだけのデパートで出会えたことも『一応』主の導きなのでしょう」

「いや、ただの偶然だろう」

「ただの偶然も『主の導き』とか言ってみると、なんか無意味に格好よくなると思いません? まぁ、全然意味なんてありませんけどね」

 クスクスと楽しそうに要は笑う。その笑顔は男心を骨抜きにする柔らかさを持っていたが、章吾の心は当然のことながらピクリとも動かなかった。

「……で、君はこんなところでなにをしているんだ?」

「福引所でアルバイトです」

「ほう。しかし君は足が悪いんじゃなかったのか?」

「大丈夫です。私は福引所で座ってニコニコ笑ってればいいだけですから。福引券が無駄にならないように客引きは私の友人である女の子みたいな男の子がやってますし、いい景品を当てたお客様をどやしつけるのはサムライな友人に任せてますしね。まぁ、お客さんが多いと誤魔化しきれないので、少ない時限定ですが」

「………………」

 最初から景品を渡す気がないのなら、福引なんぞやらなきゃいいのにと章吾は心の中で思ったがあえてなにも言わなかった。

 なんとなく、なにを言っても無駄そうな気がしたのである。

 そんな章吾の心境を見抜いたのか、要はにっこりと楽しそうに笑って言った。

「ところで章吾さん。貴方、福引券を十枚ほど持っているでしょう?」

「面倒だから使う気はないぞ」

「あらあら、それは仕方ありませんね。せっかくのチャンスですのに」

 要は呆れたように苦笑して、近くにあったソファに軽く腰かけた。

 陸の背負っている、ソファに。

「へぎゅんっ!?」

「一等は温泉旅行ですよ? 彼女と一緒に行けばよろしいじゃありませんか?」

「いや、別に彼女はいないが。……というか、ウチの執事見習いが死にかけているから、ちょっとソファからどいてもらえると助かる」

「あらあら、その歳で彼女の一人もいないだなんて。ぷぷっくすくすっ」

「………………」

 なにを言っても笑われる。もう諦めるしかないのかもなぁと章吾はなんとなく悟りを開きながら、財布を覗き込む。

 財布の中には千円で一枚進呈の福引券が合計十枚。

「仕方ない。どうせここで持ち帰っても坊ちゃんは福引なんぞしに来ないだろう。それならここで消費した方がマシか」

「はい、お客様二名ご案内ですね。温泉旅行とか迂闊に当てちゃ駄目ですよ?」

「いや、確立から考えて当たらんだろ、どう考えても」

「分かりませんよ? 当たる確立はいつだって存在しているわけですからね」

 要はにこやかにそう言って、ようやくソファから降りた。

 あまりの苦痛と激痛に涙と鼻水を流して悶えていた陸にそっとティッシュを渡し、十五分の休憩を言いつけてから福引所に向かう。

 そこは、思った以上に盛況だった。福引を待つ行列ができている。

「はーい、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。今日はお客様感謝デー、当たれば儲け、外れても儲け、出血大サービスの福引大作戦! 一等温泉旅行、二等最新型ゲーム機、三等はマウンテンバイク、四等は某有名ブランドの時計でございまーす!!」

「……いらっしゃい」

 女の子みたいな男の子が場を盛り上げ、サムライみたいな少女がてきぱきと仕事をこなしていた。

 ちなみに五等こと外れは毎度御馴染みポケットティッシュ。しかもそのポケットティッシュは店先で普通に配っているものであり、ありがたみもへったくれもない。

(まぁ、どうでもいいか)

 適当に十回福引やってさっさと帰ろうと心に決める。ポケットティッシュ十個くらいならもらったところで苦情など出ないだろう。万が一、二等のパソコンとかが当たったら、主人に差し出せばいいだけの話である。

 三等が当たったら、主人に頼んで譲ってもらおう。いや、しかし、もしも一等が当たったらどうしよう?

 章吾が難しい顔をしていると、要はくすりと楽しそうに笑った。

「章吾さん、貴方もしかして福引とかものすごく好きなんじゃありません?」

「……まぁ、嫌いじゃないな。懸賞とかにもわりと応募する。この前はうっかり番号を間違えて大きな猫のぬいぐるみが届いてな、捨てるのも勿体無いから仕方なく家に飾ってある」

「………………」

 猫のぬいぐるみが届いてかなり微妙な表情を浮かべて困り果てる章吾を想像して、要は少しだけ顔を赤らめる。ちょっと可愛いとか思ってしまったからだった。

「なんだ、笑わないのか?」

「い、いえ。笑うところでもないような気も……」

 要は慌てて首を振り、ゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

 と、章吾は少しだけ微笑しながら言った。

「ただ、そのぬいぐるみも原型は留めんだろうがな」

「え?」

「野良猫が私の部屋を住処にしていてな、当たり前のように侵入してきては餌やミルクをねだっていくんだ。なぜか子供を産んで育てている猫もいる。あのぬいぐるみも爪研ぎかなにかに使われるだろう。……まったく、困ったものだ。粗相をする猫が一匹もいないのが救いといえば救いだがな」

「………………」

 たくさんの猫に囲まれて、困りながらもいちいち世話を焼く章吾を想像して、顔を真っ赤にする要。思わず床を転げ回りたい衝動に駆られる。

 口には出せない彼女の心の声を代弁するならば『なんだそれ、卑怯だ。可愛すぎる』という具合だろう。皮肉と冷笑で隠してはいるが、清村要は犬とか猫とか、可愛い動物が大好きである。もっとも、その嗜好は友人の二人にはバレバレなのだが。

 と、章吾は少し考える素振りを見せて、不意に言った。

「いるか?」

「え?」

「いや、どうせ猫のぬいぐるみなんて私が持っていても宝の持ち腐れだからな」

「いりませんよ。この歳でぬいぐるみなんて……」

「そうか。なら仕方ない、美咲ちゃんにやるか」

 ぴくり、と要の中のなにかが微妙に反応した。

「美咲ちゃん?」

「ああ、坊ちゃんの屋敷に務めている中で一番有能な女性の娘さんだ。ぬいぐるみとか結構好きそうだから、たぶんもらってくれるだろう」

「………………」

 要はナイフのように目を細めた。

 一番有能という言葉から察するに親の年齢はおおよそ四十代前半から五十台前半といったところだろう。結婚する年齢にもよるが、その小娘は間違いなく自分と同年代、あるいは年上だろうと推測する。

 いや、間違いなく年上だろう。あの屋敷の坊やもかなり『年上向き』だが、この男はそりゃもう大人の女性じゃないと付き合っていけないはずだ。やたら仕事ができるのであまり気づかれないが、新木章吾という男はかなり子供っぽい。

 理屈っぽい少年がそのまま大人になったような感じなのである。

(どんな趣味の悪い女なのかしら? こんなヘタレに興味を持つなんて……)

 自分のことは完全に棚上げして、真剣に悩み始める要。

 そうこうしているうちに列は進み、あっという間に章吾の番になった。

「はーい、それじゃあ十枚で十回どうぞ……って、あれ? もしかして先輩のお屋敷の執事さんですか?」

「ええ、いつも坊ちゃんが御世話になっています」

 まるで少女のような少年に向かって、営業用のスマイルを浮かべる章吾。

 その笑顔を見ながらなんとなく面白くない気分になって、要はものすごい勢いで福引を回した。

 真っ白い玉が一つ落ちてきた。

「はい、ポケットティッシュです」

「……ちょっと待て。今さりげなくとんでもないことしたな? 一回目のわくわく感を思いっきり台無しにしたろ?」

「知りません。さっさと回してください。こっちも忙しいんです」

「………………」

 なんでこんなことばっかりされるんだろうといういじめられっ子の気分を味わいながら、章吾は仕方なく残りの九回を回すことにした。


 金、金、銀、銀、銀、そして残りは水色だった。


 その場にいた従業員(バイト含む)の顔が真っ青になる。

 ちなみに金色は温泉旅行で、銀色はパソコン、残りの水色は時計である。

 痛々しい沈黙が落ちる。章吾の後ろに並んでいたお客は舌打ちをしてその場に福引券を捨てて去っていく。慌てて店長を呼びに店員が走り出す。

 すっかり静かになった福引所で、章吾は気後れしながらも、きっぱりと言った。

「……じゃあ、ありがたく頂戴しよう」

『鬼か、アンタッ!?』

 少女三人(若干1名男含む)の悲痛な叫びが響く。

「いくらなんでも総取りは酷すぎますよぅ! お客さん全員いなくなっちゃったじゃないですかっ! これってある意味営業妨害ですよっ!」

「このままではバイト代も危うい。私の命はもっと危うい」

「やれやれですね。なんでこんなことをしてくれやがるのか理解に苦しみます」

 少女三人にどやされながらも、章吾は営業用のスマイルでにっこりと笑った。

「いや、当たったものはせっかくだからきっちりいただこう」

『ぐっ!?』

「まぁ、こんな日もある。大砲で爆撃されたと思って諦めることだ。人生楽あれば苦あり。俺なんか先月は賞味期限切れのコンビニ弁当タダと水だけで過ごしたんだ。家賃もガスも電気料金も滞納してるし、携帯電話なんか屋敷の電気を勝手に拝借して充電してたくらいだしな。それもこれも全て山口他数名のメイドにケーキを奢ったり、君たちに食事というかばか高い寿司を奢ったり、ばかみたいに高いブローチを買わされたりしたのが原因で、まぁ大半は君たちが原因ということになるな」

 ぎくり、と三人の肩が跳ね上がる。

 自分たちのしでかしたことがまさに自分たちに返ってきていた。人はそれを自業自得、あるいは因果応報という。

 言葉の重みをかみ締めながら、少女のような少年はため息混じりに言った。

「……仕方ないです。姉御、頼みます」

「応」

 追い詰められた二人が立ち上がる。

「え?」

 姉御と呼ばれたサムライのような少女は、要を背後から拘束した。その顔は酷く辛そうである。

「許せ、シスター。失態は対価をもって払わねばならん。江戸時代なら斬首、現代なら総辞職と相場が決まっているが、学生風情の我々にできることなどこの程度だ」

「あの、ちょっと……?」

「清村さん。ほんのちょっとの我慢ですからね? 大丈夫です、痛くはないです。むしろ逆かも」

 少女のような少年は聖母のように慈愛に満ちた笑顔を浮かべて、どこからともなく取り出した朱肉を要の指に当てて、これまたどこからともなく取り出した紙にペタリと押す。

 なにやら色々書かれた紙を章吾に手渡した。

「なんだ、これは?」

「清村要一日フリーパス券です。あなたの要望になんでも応じます」


 要は思い切り顔を引きつらせた後、顔を真っ赤に染めた。


 章吾は思い切り吹き出した後、顔を真っ青に染めた。


「ちょ、ちょっと待てっ! 意味が分からんっ!」

「だから、ウチのシスターが貴方の要望になんでもお応えするんですよぅ。アレを着せるもよし、こんなことをしてもらうもよし、いっそのこと最後まで行ってもらっても……まぁ仕方ないかなーって感じで」

「最後ってどこよっ!? なんで私がそんな目にっ!」

「仕方ないですよぅ。だって、この人を呼んできたのは清村さんですもん」

「だ、だからってそんな………」

「ちなみに、お前が連れてきたやたら無骨で強そうな男が弾き出した被害額は軽く五十万を越える」

 具体的な金額を出されて、要は泣きそうな顔になった。

 なんとなく『ガラスの剣』とかそういう言葉を思い出しながら、章吾はやけくそ気味に深々と溜息を吐いた。

「分かった。分かったから人身売買のようなことはするな。景品もいらん。そういうわけで私は帰る。じゃあな」

「あ………」

 三人が唖然としている間に、章吾は身を翻してさっさと歩み去った。

 途中、ソファを地面に降ろして休憩していた陸に八つ当たり気味の回し蹴りを放ったりしながら。



 そんな彼の後ろ姿を見送って、少女っぽい少年こと獅子馬ししま 麻衣まいは溜息を吐いた

「あっちゃー、ありゃ怒ってたましたねぇ」

「当然だろうな。せっかく引き当てた幸運を全部なかったことにしたのだから、彼でなくても腹が立つだろうさ」

「……よ、欲張りすぎは……あんまり、よくないですしね」

 誰かに言っているいうより、自分に言い聞かせるような口調で、要は言った。

 ちょっと顔が引きつっていたりするあたり、罪悪感を感じていたのかもしれない。

 そんなシスターの横顔を見ながら、麻衣は口許を緩める。

「そうですね。でも、ある意味幸運かなーとか思ったり」

「へ?」

「実はさっき執事さんのポケットにこっそり『シスターカナメの恥かしい写真』を何枚かねじ込んでおきました。せめてものお礼ってヤツですね」

「いっ!?」

「早く追わないとあの写真見られちゃいますよ? そりゃもうあーんな写真やこーんな写真がまんさっ」

 最後まで言い終わることなく、要は少年をぶっ飛ばして走り出す。足を悪くしているハンデを補うような必死さで、あっという間に見えなくなった。

 要を見送ってから、麻衣はゆっくりと体を起こす。

「命短し恋せよ乙女、ですねぇ」

「巨大なお世話とも言うがな。言っておくが、あの執事も要も恋愛に関してはかなり奥手そうだからな。執事のポケットに温泉旅行券なんぞねじこんだところで、別に面白いことは起こらんぞ」

「奥手なのは唯の姉御も一緒じゃないで」

 サムライ少女こと桂木かつらぎ ゆいは容赦なく麻衣の腹に重い掌底を叩き込んだ。

 三時間前に食べた昼食を床にぶちまけそうになったが、麻衣はぎりぎりで堪える。

「……あの、姉御? ツッコミにしてはちょっとキツすぎるんですけど」

「最近、色々あってな。実は少々機嫌が悪い」

「なるほど、じゃあそういう時はパーッと盛り上がって機嫌回復ってことで」

 麻衣は笑いながら立ち上がる。そして、一枚に減った温泉旅行券をこっそりとふところに入れて、腕時計をこれでもかとばかりにビニール袋に詰めた。

 唯は仏頂面になりながら、ゲーム機を風呂敷に包んで背負った。

「じゃ、三十分後に『やきにくきりまんじゃろ』で」

「ああ」

 名前はよく覚えていないけど、あの執事にこの恩はいつか絶対に返そうと心に誓いながら、少年と少女はバイト先から閃光のように、あっという間に逃げ去った。



 今週の被害


 豪華温泉旅行券:総額三十万円相当。

 最新型ゲーム機:総額十五万円相当。

 某有名ブランド時計:総額五万円相当。

 福引所:マウンテンバイクを残して壊滅。

 デパートの店長:後日送られてきた封筒の中身に驚愕。その後、何を聞かれても口を閉ざす。

 清村要:なぜか章吾とデートをする羽目に。かなり赤くなる。

 新木章吾:なぜか要とデートをする羽目に。かなり青くなる。ちなみに温泉旅行券はメイドたちに召し上げられた。

 空倉陸:傍目から見たらモンブランのように甘ったるい章吾と要のやり取りを見て『小学生かっつうの……』などと心の中で思って呆れてはいたが、結局口には出さず。ちなみに翌日は地獄の筋肉痛。冗談抜きで死にかける。

 獅子馬麻衣:骨付きカルビの骨をうっかり飲み込む。本気で死にかける。

 桂木唯:不機嫌。



 そして、このことが後に全員の運命を左右しようなどとは、

 この時は、まだ誰も知らなかった。



 第十四.五話『修羅と羅刹とダイエット(承前)』END

 第十五話『修羅と羅刹とダイエット(惨禍編)』に続く。



 注訳解説こと神技、ニーベルンヴァレス〇ィッ!!


 とはいったものの、ぶっちゃけ今回はネタを使っていない仕様なので注訳解説もへったくれもない。作者としても箸休めのインターミッションなのでかなり流れのままに書いてきたところがある……ので、まるっきり関係ないところの解説をしようかななどと思ったりするわけです。

・物語とまるで関係のない少女。

 全然、全く、さっぱり、これっぽっちも関係ありません。おそらくつヴぁいに出演するのは最初で最後になるであろう、背景のごとき悪辣かつ妖艶な美女。年齢は友樹や坊ちゃんと同年代。自分が認めた相手を勝手に『友達』にしちゃうちょっと迷惑な子。その他色々と設定は考えてあるけど、冗談抜きで関係ないので割愛。

 ちなみに超がつく方向音痴。この時も友樹を迎えに来たのではなく、単純に街で一番目立つ坊ちゃんの家を待ち合わせ場所にしただけのこと。そうでもしないと軽く迷う。帰り道とかもうパニック。

 ……まぁ、作者の実体験なんですけどね(空笑)

・空倉陸

 新キャラ。属性は『強ツッコミ常識人』。凛々しいというよりも可愛い顔立ち。ちょっと背は伸び始めているけど声変わりはまだなので、その可愛らしさから屋敷のメイドさんたちや反骨精神旺盛な子供を調教するのが好きな執事連中には大評判。一部からはやたらと可愛い服を着せられていて困っているらしい。

 ちなみに坊ちゃんは『弱ツッコミ常識人』が通常時で、怒ると『強ボケ残虐魔人』という感じ。怒った時の彼が知りたい人は闇のゲーム編参照のこと。

・ガラスの剣

 切れ味鋭いけど脆いもののたとえ。同じような意味でダイヤがよく使われる。基本的に『硬い』ものほど柔軟性(専門用語で粘度という)に欠けるため『脆い』という相反する属性を併せ持つ。意味が分からない人は鉱物関係の専門書を参考のこと。

 ちなみに鉄を叩くと硬度が増すのは、鉄の中の『鍛流線』というものを圧縮して伸ばしているから。どんな鉱物にもそれを構成する流れの線があって、『鍛鉄』というのはその線を切らないように圧縮し、丈夫にしているのである。

 日本刀などはこれに様々な技法が加わることで美しさと強度を保っているわけだ。

・デパートの店長。送られてきた封筒の中身

 撮影者、獅子馬麻衣による不倫現場激写。後腐れがないように使用は一回限り。ちなみに章吾が当てたもの以外はパクってません。

・モンブランのように甘いやり取り

 モンブラン、それはもったりと口の中に絡みつく重い甘さ。めちゃくちゃ甘すぎて文章化が困難な場合を指す。年齢的に中学生の陸くんに呆れられるのだから、相当甘ったるいやりとりだったんだろうと想像してください。

 ちなみにこの場合の甘さは男女関係のそれではなく、一般に初々しいと呼ばれる甘さ。これに『ズギュゥゥゥゥゥゥゥン!!』と来る人も多いとか。

 ズギュンの擬音はJOJOのDIO様がエ〇ナ嬢のファーストキスを奪うシーンを参考にしました。分からない人はJOJOの第一巻でいいんで読んでください。そこにしびれるあこがれるぅって具合に最高です(笑)

 

 と、いうわけで次回をお楽しみに。

と、いうわけでいんたーみっしょん。次回に続きます。豪華温泉旅行の行方やいかに!?

お楽しみに。

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