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第十四話 修羅と羅刹とダイエット

やりました、前回から三千文字減のコンパクト化に成功しました。

そして今のうちに謝っておきます。ごめんなさい。

 腐れ縁は続くよ、どこまでも。



 無事退院。一時は冗談抜きでやべぇことになりかけたらしいけど、喉元過ぎれば熱さを忘れるというかなんというか、とりあえず僕は元気です。

 学校に来るのも一週間ぶりくらいになるだろーか。生きて学校に戻れるとは思っていなかったので、教室の前でちょっと泣きそうになってしまったけどそれは気にしちゃいけない。

 なにごともなかったかのように、僕は教室の扉を開けた。

「やぁみんな、おはよっす」

「おーっす、キツネ」

「一週間は予想外だったなー。なんかやつれてねぇ?」

「ってことはアレか、有坂の一人勝ちかよ。ちっ、転入生のくせにやりやがるなぁ」

「有坂はモテるしな。やっぱり俺達の心の友はキツネしかいねーな」

 朗らかに挨拶をすると、男子連中はいつも通りにテキトーな挨拶を返す。

 っていうかテメェら後で覚えてやがれ。人の不幸で賭けてんじゃねぇ。あと、モテる男とモテない男を差別するのは非常によくないと思う。

 まぁ、僕がモテないということに関しては大賛成だけど。

「あっはっは、自覚がないっていうのは罪悪ですらあるねぇ」

「さりげなく人の心を読むのはやめ……」

 言いかけて、僕は思わず顔をしかめた。

 転入生。

 そう、僕は確かに転入生と聞いた。でもそんなことは在りえない。

 あいつは……僕が小学生の頃に引っ越したはずで。

「戻って来たのさ。いつも通りにね」

 僕の心の中を読んだように、そいつはにっこりと笑う。

 髪は抜けるような純白に、片耳だけ綺麗なイヤリング。白髪のように生気がないものじゃなくて、輝くような白い髪。顔は美形の部類に入るけど、別に特筆するほど格好いいわけじゃない。こいつの場合は笑顔がやたら女の子受けするだけだ。まるでシュークリームのように甘い笑顔で何人もの女の子を騙してきたことを、僕はよく知っている。

「それじゃあ、いつも通りに挨拶だ。オレ達の再会を祝してね」

 そいつは口癖である『いつも通り』に、僕に向かって笑顔を向け、まるで騎士のように恭しく頭を下げた。

「我、純白にして唯一たる光輝の使者。ただ一人からなる軍勢にして純然たる正義の味方、有坂ありさか 友樹ゆうき、友愛と約定に従いここに馳せ参じた。久しぶりだ、我が友」

「……ああ、かなり久しぶりだね友樹。そのもったいぶった意味の分からない言い回しも」

「元演劇部だからな。常に誰かに見られてることを意識しないと」

 そう言って、僕の親友こと最後の百点満点、有坂友樹は輝くような笑顔で笑う。

 小学生の時にいつも見ていた、その時の笑顔のままだった。



 有坂友樹。僕の小学生の頃の親友。ついでに言えば、色々と複雑な事情を抱える家の長男でもある。その家の事情で小学生の頃に引越しをしたらしいのだけれど、どうやらさらに複雑な事情が重なって、戻って来ることができたらしい。

 権力争いってのは、どこでも嫌な話だ。

 が、僕の親友はそんなことはお構いなしに、あの時と同じようにしゃべりまくる。

 もちろん、帰り道が違うくせにそんなことはお構いなしで。

「や、実に久しぶりだ我が友ことキツネくん。相変わらず狡猾にやっているようだねぇ。小学生の頃から全然変わっていないようでなによりだ」

「うるせーよ。つーかクラスで呼ばれてるあだ名で呼ぶな」

「郷に入っては郷に従えってことさ。君のことはこれから『キツネ』と呼ばせてもらうよ。まぁ、基本的には君への嫌がらせに近いかな」

「相変わらず最低だな」

「本当の最低というのは表面化しないものさ。例えば小学校の頃、僕はセツナちゃんという一つ上クラスの子に告白したことがあるのだけれど、彼女が好きだったのは実は君だったという不思議な話。まぁ、ないことないこと吹き込んでおいた(注1)けど」

「はああああぁっ!?」

 今明かされる衝撃の事実。僕の初恋が最悪の結果に終わった原因がここにいた。

「おまっ……なんか急に嫌われたと思ったらお前のせいかよっ!?」

「はっはっは、いや、なんかキツネに負けたのがすげぇ腹立たしかったから。他の人に負けるのはいいけど、キツネには負けられないな」

「うっわ、超殺してぇ」

 この場に蝶々の形を模したナイフとかあったら間違いなく殺していただろう。周囲を見回しても赤ん坊ほどの大きさの石とかそういうめぼしい鈍器も見つからず、僕は仕方なく舌打ちだけで済ませた。

「お前なぁ、女垂らしもいい加減にしないと本当に刺されるぞ。……僕に」

「君ほどじゃないと思うケドね」

「意味が分からねぇよ」

 友樹と話してると自然と口調が荒くなる。常に紳士たれと心に誓っている僕にとっては、かなりよくない兆候だ。

 僕は溜息を吐いて呼吸を整えた。

「で、なんでついてくるんだよ? 帰れっつーか死ねくそむし」

「お前ってなんつーか時々自分の心が自制できてない時があるよな。まぁいいじゃないか。たまにはあのボロアパートでお茶でも飲みたい」

「いや、あのアパートにはもう住んでないし」

「そりゃ残念。あのアパートには知り合いもいるから好都合だったのに。……あれ? それじゃあキツネは今どこに住んでるんだ? 学校の寮か?」

「ここを真っ直ぐ行った所にある坂を越えた先にある屋敷だけど」

「ああ、あのなんかやたらクセの強そうな従業員ばっかり揃えた、変な庭の屋敷か。引っ越す時に何回か見たけど、あの庭は異次元の扉でも開くつもりなのか?」

「………………」

 ごめんなさい、コッコさん。否定できません。

 っていうか作り直されてさらに奇抜さが増したんだよな、あの庭。

 どうですか坊ちゃんとか得意げに言われても、僕にはどうしようも……。

 と、僕が少しばかり友人を無視して物思いに耽っていると、前から見覚えのある女の子が走ってきた。

「……舞さん?」

 いつものようなメイド服ではなく、地味なジャージ姿。女の子らしい可愛い服装(常識範囲内外全てを含む)にこだわる舞さんにしてはものすごく珍しい服装だった。

 舞さんは疲労の色を隠さず坂を駆け下りながら、僕の姿を見るとぺこりと頭を下げて再び走り出した。なんだか、ものすごく辛そうだ。

「どうしたんだろ? いつもは『マラソンする人なんてクソです』とまで言い張ってる、あの精神的引きこもりが」

「……小学校の頃から思ってたが、キツネは人の心配しながら、なにげなくその人を中傷してるよな。かなり無自覚みたいだケド」

 親友は呆れたように溜息を吐いて、それから肩をすくめた。

「そもそも、女の子が意味もなく走り出す理由なんて一つしかないだろ?」

「ケーキの特売か?」

「……即答はやめようぜ、親友」

 かなり呆れながら、親友は僕みたいにゆっくりと溜息を吐いた。

 僕は意味が分からなかったので、とりあえず首をかしげた。



 親友が言わんとしていたことの意味は、僕の部屋に戻った時に判明した。

 机の上には数十枚の書類。そして、それを持ってきたのはメイド長の美里さん。

「今年度の健康診断書です」

 えらそうにソファにふんぞり返った友樹のティーカップに紅茶を注ぎながら、美里さんはわりと冷たい声で言った。

「坊ちゃん、確認をお願いします」

「や……確認って言われても」

 健康診断。学生は言うに及ばず、むしろ社会人になってからの方が本格化するその儀式。学生の頃は成長の証でもあり、社会人になってからは病気の早期発見と幅広く活躍している行事でもある。

 当然、経営者としては従業員の健康状態を確認する義務があるわけで。

「えっと、美里さん?」

「なんでしょうか?」

「いつも通り美里さんがちょいちょいっと確認して、その後の手続きもやってくれればそれでいいんですけど。それから、そのアホに紅茶はいりませんから。泥でいいです」

「坊ちゃんが連れてきたお客様に失礼を働くことはできません。それと、いい加減に女の子に関することを私に一任するのはおやめください。仮に私が辞めたらその後はどうするんですか? まさか章吾君に任せるんですか?」

「正論だね、親友」

 ぐっ……まったくもってその通り。

 しかしそれを美里さんはともかく、行動がいちいち最低な友樹に言われたくない。

「そもそも、健康診断の目的はそのものずばり読んで字の如くです。体重が何キロとか、バストサイズがどうとかは関係ないんです。健康かどうかを見ればいいんですから」

「いや、しかし健康的な男子としては、そういう情報は絶対に記憶してしまいそうで怖いんですが」

 さすがに『あの人は体重●●キロ』なんだよなぁとか、『確か3サイズが上から』とか考えてしまうのは人としてどうなのか。いくら経営者とはいっても、向き不向きというか従業員の知ってはいけない個人情報というものがあると思う。

 普段はともかく、こういう時の男の記憶力を舐めてはいけない。

「うわ、すげぇなこの屋敷の従業員。女の子の平均からはとても考えられないようなステータス値じゃねぇか。えーと、なになに……山口コッコ、体重」

「だらっしゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 しなやかな回し蹴りを友樹に向かって放ったが。友樹はそれをぎりぎりで見切り、回避する。純白の髪が少しだけ千切れて舞った。

「うわ、すごいな親友。オレに攻撃を掠めるなんて並大抵じゃないぞ」

「黙れこの最低男っ! いきなり僕が即座に記憶に焼付けそうな情報から読み上げようとしやがってっ! っていうかその書類は社外秘の上に個人情報だしっ!」

「そんな書類を机に置いておく方が悪い。というか、社外秘ってなんだ? ここって会社なのか?」

「一応企業だよ。成長しそうな中小企業に金貸してるんだ。あとは、趣味の株式」

「なるほど、そーゆーところは昔から変わってないわけだ。で、3サイズは上から……」

「やめろっつってんだろうがあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 机の上に無造作に置いてあった一円玉を指で弾き、友樹の目を狙うが、友樹はそれを右手でキャッチ。

 そこにすかさず飛び込んで、左の拳を顔面に振るう。

「それは甘い」

 当然のように左拳はかわされ、友樹は僕の胸に手の平を当てる。

「こっちのセリフだ」

 左の拳は視界を塞ぐための囮。本命は零距離から腹に向かって放たれる右拳。

 発剄はっけいという中国拳法にある技術で、この技術は目の前の馬鹿に教わった。

 けれど、僕だって再会するまでの年月を遊んでいたわけじゃない。屋敷にはその中国拳法に精通したメイド長さんがいるし、我流で気を習得(注2)した執事長さんがいる。

 師に恵まれれて、やる気があればどんな人でも強くなれる。

 そして、それを教えてくれたのはコッコさんだ。

 あとは速度。僕が遅ければ負けるし、速ければ勝つ。

 さぁくたばれ親友。僕は君の事を一生忘れない。かげがえのないような気がしないでもない思い出の中で生き続けろっ!

「なに訳の分からないところで白熱してるんですか、貴方たち」

 スパン、と軽く足を払われた。

 ゴスッ。

「ぎおおおおおぉっ!?」

 ちょっと無理な姿勢で両手を使ってしまっていたために、僕はモロに後頭部を打ち付けることになった。絨毯が敷いてなかったら、おそらくはコブくらいじゃ済まなかっただろう。

「美里さん、痛いです。一応僕は病み上がりなんですけど」

「手加減はしましたよ」

「……ですね」

 まぁ、いつもだったら足を払われた後に空中で頭を掴まれて地面に叩きつけるくらいのことはされるから、今回のは手加減してくれたんだろう。

 ……そのいつもが致死レベルなのが問題なんだけどね。なにげにコッコさんの百倍くらいひどいし。

 体を起こすと、僕と似たような姿勢で友樹もぶっ倒れていた。

「なァ、親友」

「なんだい、悪友?」

「足を払われた後に空中で頭を掴まれて地面に叩きつけられたんだが」

「気にしないで。いつものコトだから」

「………………」

 友樹は呆れ果てたような、嘲笑っているような、そんな微妙な表情を浮かべた。

 恐らく、僕も似たような表情だっただろう。

 美里さんはさりげなく地面に落ちた書類を拾い上げ、苦笑した。

「まぁ、確かに本来なら私が処理してもいい仕事なんですけど、色々と考慮してほしい事情がありまして」

「事情?」

「はい。ちょっと男の人には分かり辛い事情ですが……」

 美里さんは困ったような表情を浮かべて、ポツリと言った。


「ダイエットのために、度を越えてやたら働こうとする子が多くて」


 静かなる沈黙が部屋を支配する。それは、重い、とても重い沈黙だった。

 その重苦しい沈黙の中で、僕は美里さんの言いたいことを悟る。

 つまり、さっきの舞さんもそういうことだったわけだ。

「……食事もろくに摂らずに、自分の許容量を越えて働こうとするわけですね?」

「はい。健康診断後、貧血で倒れた子が既に五人を越えました」

 どうやら、意外に差し迫った事態になっているらしい。

 こういう場合の解決方法は、ちょっと僕の辞書には載っていない。ダイエットが成功するのを待つか、あるいは……。

「あるいは、自発的にやめさせるかだな」

 友樹の言葉に僕は頷く。それは、僕が考えたことそのままの言葉だった。

 友樹はにやりと笑って、オーバーアクション気味に肩をすくめた。

「大体だな、女が思うほど男は体重なんざ気にしてねぇっての。さっきの子だって、ありゃ絶対に体重って項目しか見てねぇぜ。体型だって、バランスが大事なのにバストサイズだけで判断するタイプだ」

「まぁ、舞さんは単純なようで複雑だから……」

「相変わらず複雑な女しか相手にしないな、キツネ」

「そういうわけじゃないけど、君の節操のなさに比べたら大したことはないよ。老いも若いもお構いなしだからねぇ」

「あっはっは、やるかコラ」

「んっふっふ、上等だコラ」

「やめなさい」

 側頭部に重い衝撃。僕は独楽のようにクルクルと回り、その場に崩れ落ちた。

「まったく、仲がいいのは分かりましたけど、喧嘩はよくありません。めっですよ」

「美里さん、『めっ』とか可愛いこと言ってますけど、全然誤魔化せてませんから。殺す気ですか? 殺す気なんでしょう?」

「大丈夫です。手加減はしました」

 そのわりには足腰が全然立たないんですけど、それで手加減ですか。

 一度美里さんの言う『手加減』という概念と朝まで生討論したい気分だったけど、僕は吐き気を堪えるので必死だった。つーか、吐きそう。

 ちらりと親友の方を見ると、苦々しい表情を浮かべていた。

「なぁ、キツネ」

「なんだい、女垂らし」

「お前、もしかしてマゾなんじゃないか?」

「……違うっつーの」

 僕は否定しながら、ゆっくりと溜息を吐いた。

 なんだか面倒なことになりそうだ、と経験と直感が告げていた。



 そして夜の七時、一般的には食事時とされる時間帯。友樹は散々遊び倒した後に僕がやり終わったゲームをしこたま借りて去って行った。ちなみになぜか友樹を迎えに来たのは妖艶な微笑が似合うおねーさんで、どうやら同棲とか同居とかそういうことをしているらしい。

 あいつ死んでくんねぇかな、と思った。

 ものすごく苦しんで死んでくんねぇかな、と思った。

「んー、気分がかなりクサクサするというか、やっぱり友樹と話してると気分悪いね。人間というか、男としてのランクを見せ付けられるみたいで。でもあんな風には死んでもなりたくねぇ」

 そんな奴の親友をやっている自分がかなり意味不明だけど、人間関係ってのはそういうふうに割り切れるもんじゃないらしい。

 ま、あいつのことは心底どーでもいいや。ご飯食べてお風呂入って寝よ。

「おろ?」

 晩御飯を食べるために食堂に入ったけど、なぜかほとんど人が入っていなかった。

 テーブルについているのは、コッコさんと冥さんと、あとは章吾さんくらいか。美里さんは自宅に帰ってしまったのでここにはいないのは分かるけど、いつもだったら食堂は満員御礼の大盛況なのに。

 昨日が給料日だったから、みんな居酒屋にでも行ったのかな?

 ちらりと厨房を覗くと、いつもは忙しそうにしている京子さんが、欠伸混じりに新聞なんかを読んでいた。どうやら、かなり暇しているらしい。

「きょーこさーん。ご飯食べさせてくださーい」

「ああ、坊ちゃんか」

 京子さんは僕に気が付くと、新聞を適当に放り投げてにっこりと笑った。

「いや、助かった。ここ数日めっちゃ暇でね、飯時だってのにお客が来やしない」

「暇なんですか?」

「かなり暇さ。給料出たばっかりだから、男連中は居酒屋なんだけどね。ったく……太れるだけマシってもんだろうさ。なんにも食えないよりは、ずっとね」

 ものすごく深みのある愚痴を呟きながら、京子さんは鍋を握る。

「それで、なにがいい?」

「えっとですね……カツカレーとラーメンのセット。大盛りで」

 にこやかに笑って、僕は注文を入れる。


 その瞬間、背後からものすごい殺気が押し寄せてきた。


 冷汗が背筋を伝う。体が勝手に震えて制御ができなくなる。

 恐る恐る後ろを振り向くと、コッコさんがものすごい目つきで僕を睨んでいた。

「坊ちゃん」

「な、なんでしょうか?」

「私は未だかつてそのように悪辣な嫌がらせを受けたことはありません」

 どうやらコッコさんは拗ねているらしい。ぷい、とそっぽを向いていた。

 よく見ると、コッコさんの目の前にはサラダが一皿。

「えっと……もしかして、ダイエットですか?」

「そうです。なにか文句があるんですか?」

「いや、文句はないんですけど、なんでほら、その……僕を睨むのかなーって」

 ああ、殺意が増していく。僕は気圧されるばかりだ。

 コッコさんはいつになく不機嫌になりながら、言った。

「気にしないでください。ただ、こうやってローカロリー食品を食べている人間を前にしてカツカレーとラーメン大盛りなんてカロリー満載の食事を摂ることができる鬼畜な男の子がいるかと思うと、ものすごく腹が立っただけです」

 それはどう考えても八つ当たりじゃなかろうかと思ったけど、それを口に出して不評を買うような真似はしない。

 さてさて、どうしたもんか……。

「コッコさん、とてもダイエットが必要には見えませんけど?」

「乙女の悩みは深遠かつ複雑なんです」

 うーん、そう言われてしまうと、男の僕としてはどうしようもないわけで。

 しかし……どう見てもダイエットが必要な体には見えないよなぁ。出る所は出てるし、引っ込んでる所は引っ込んでるし。早寝早起きだから健康状態も悪くないだろうし、なにがそこまでコッコさんをダイエットに駆り立てるのか。

 謎だ。全く分からない。

「ほいよ、カツカレーとラーメンお待ち」

「あ、どうも」

 まぁそれはそれとして、僕は今日の夕飯を美味しくいただきましょう。

 カツカレーとラーメンに水を添えて、僕はみんなが晩御飯を食べている席につく。

 割り箸を割って手を合わせて、いただきます。

「坊ちゃん」

「ふぁんれふか?」

「当てつけですか? それともいじめですか? 私を苦しめて楽しいですか?」

「そんな殺意満点で言われても困るんですけど……」

 もっきゅもっきゅと口の中に残っていたカツを飲み干して、僕は言った。

「コッコさんがなんでダイエットしてるのか、よく考えたけど分かりませんので、とりあえず腹ごしらえしてから考えようかと思いまして」

「……男の人には一生分かりません」

「かもしれないですけど、無理なダイエットはよくありません。理論的に言わせてもらうと、コッコさんの労働はわりと激務なんで、きちんとたんぱく質や炭水化物を摂取しないと体がもちませんし、なにより普段健康的に暮らしている人がいきなりダイエットとか始めたら、かえって体に悪いです」

「………………」

「それに、男女に限らず成長期を過ぎても肉体的な面に関しては成長を続けているんです。成長が終わるのは三十代前半くらいで、それまでは緩やかながらも体は成長を続けているんです。そんな時に過度のダイエットをすれば、後々に響いてきますよ。お腹はたるむし、胸も段々垂れ下がってきますし、足もむくんで」

 ぎちゅり。

「……坊ちゃん。恐ろしい妄想はそのあたりに」

「えっと、すみません」

 普段よりも三十パーセントほど力のこもったコッコさんの繊細な指が僕の頬をつまんでいるというか引き千切ろうとしているというか。

 このままだと半泣きでは済みそうになかったので、僕はさっさと話をまとめることにした。

「付け加えるなら、ダイエットなんてしなくてもコッコさんは十分綺麗ですよ」

「………………」

 コッコさんは僕のことをじっと見つめて、ポツリと言った。

「私、もうそろそろ二十代も折り返しですよ?」

「十分若いじゃないですか」

「体力的にも、もうそろそろ落ち目かと」

「修練次第でどうにでもなると、中学の頃に教わりましたけど」

「そうでしたっけ?」

「そうですよ」

 僕がそう言うと、コッコさんはちょっとだけ口許を緩めた。

「分かりました。坊ちゃんがそこまで言うのなら、ダイエットはやめましょう」

「そうしてくれると、僕も助かります」

 いつも通りの無表情。その中にある、多種多様、様々な表情。これを読み取れるようになったのは、いつ頃だったかなぁとちょっと感慨にふける。

 なんか、今日はやたら昔を思い出すなぁ。友樹と会ったからだろうか?

「あ、それじゃあ坊ちゃんのラーメンこっちにください。お腹減っちゃいました」

「いいですよ。とりあえずカツカレーがあればお腹は埋まりますし」

 僕はコッコさんの方にラーメンを寄せる。

「どうぞ、存分に味わってください」

「えっと……それじゃあ、いただきます」

 芳醇な香りを醸し出すラーメンに、コッコさんは幸せそうな笑顔を浮かべながら箸をつけた。


「リタイヤでいいんですね? 山口さん」


 綺麗な声が響き、コッコさんの箸が止まる。

 声のほうを振り向くと、そこには京子さん特製カツ定食を食べる冥さんがいた。

「ふふ、坊ちゃんにほんの少し説得された程度でいきなり折れるだなんて、甘いというか、まるで蜂蜜のようなスウィィィィィィィィィトさですね」

 カツをもっきゅもっきゅと口いっぱいに幸せそうに頬張りながら、彼女は不敵な笑顔を浮かべていた。……どーでもいいけど、幸せなのか不敵なのか決めてから喋った方がいいような気がする。

「まぁ、最も理想体重に近いのが山口さんなんですから、ここらへんで中休みを取るのもいいでしょう。もっとも、日本昔話のウサギはそうやって負けましたけど」

「くぅっ……」

 コッコさんはラーメンを直視して、少し目を逸らして、再び視線をラーメンに戻す。どうやら本人的にはものすごい葛藤をしているらしい。

 やがて開き直ったのか、コッコさんは少し顔を赤らめて言った。

「……ふ、ふん。そもそも無理なダイエットをして体にいいはずがありません。先ほどは貴女の言葉に惑わされましたが、今度はそうはいきませんよ」

「あらら、せっかく見てて面白かったのに。残念ですねぇ」

 うわぁ、冥さんってばなんてえげつない。最近はちょっと可愛らしくなったと思ったのに。あれは僕の幻覚だったんだろーか?

「ふふっ、しかしそれでこそ叩き潰しがいがあるというもの。最高の状態の山口さんを叩き潰してこそ、私も気持ちよく温泉に行けるというものですっ!」

「ふん、温泉は私のものです。貴女なんかに渡すものですかっ!」

 魔王のように笑う冥さんと、勇者のように拳を握り締めるコッコさん。

 なるほど……原因は大体分かった。

「章吾さん?」

 ざるそばを食べ終わり、そそくさと席を立った執事長さんを呼び止める。

 章吾さんにしては珍しく、なにかを噛み潰したような苦々しい表情を浮かべていた。

「な、なんでしょう、坊ちゃん」

「福引で温泉旅行でも引き当てましたか?」

 ガシャッ! バララッ!

 お盆の上のものを地面に全てぶちまけて、章吾さんは頬を引きつらせた。

「な、なぜそれを……」

「はったりです」

 僕がきっぱりと断言すると、章吾さんは心底絶望したような表情を浮かべ、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。まるで少女漫画のヒロインのようだった。

 苦悶の表情を浮かべながら、章吾さんは事情を話してくれた。

「……この前、少々備品が足りなくなり近くの量販店で買い物をしたのですが、その時に割引券をもらってしまい、少々迷ったのですが家のティッシュが少なくなっていたこともあって、できれば三等のMTBマウンテンバイクが欲しいなんてこともちょっと思いながら軽い気持ちでやったら一等の温泉旅行を当ててしまったのです」

「……そりゃまたなんつーか」

 いらんところで運を使ってますね、この人は。

「それで……対処に困り屋敷に戻ったところ、山口に見つかってしまい」

「温泉旅行争奪ダイエット対決ですか」

「はい」

 やれやれ……冗談抜きで面倒なことになってるなぁ。

「こーゆー場合、旅行券の所有権って誰になるんだろ?」

「そんなもの、ダイエット対決に勝った者に決まっています」

 コッコさんがやたら自信たっぷりに断言してくれやがりますが、僕が言いたいのはあくまで『法律』のお話なんですがね。あと、そんなデス◎ート(注3)みたいにチキンレースの勝者が所有者になる温泉旅行券なんて絶対に嫌だ。

「でも……温泉旅行くらいで、そんな骨身を削るような真似をしなくても」

「目指すは理想体重です。つまり、このダイエットは損にはなりませんっ!」

「万一というか確実に勝ちますが、勝てば温泉っ! そりゃ全力で行きますとも!」

 さっきまで仲違いしていたコッコさんと冥さんは、肩を組んで力説する。

 ホント、この娘たちは仲がいいんだか悪いんだか……。

 仕方ない。旅行券をよこせと言っても絶対に渡してくれないだろうし、ここは妥協案といこう。

「事情は分かりました。……ただし、条件があります」

 僕は旅行券争奪戦の許可を出し、それと同時に制約をつける。

 男にはある意味絶対に分からない戦いが、こうして始まった。



 第十四話『修羅と羅刹とダイエット』END

 第十五話『修羅と羅刹とダイエット(惨禍編)』に続く



 ※暇な人は第十四.五話『修羅と羅刹とダイエット(承前)』をどうぞ。

 ※別に読まなくても先の展開に影響はありません(笑)



 注訳解説ことやめてよね〇〇が僕に敵うはずないでしょ(注4)


・注1:恐らく正確な日本語じゃないけどこの場合は誤字にあらず。あることないことが虚実入り混ぜた嘘に対し、ないことないことは明らかに全部嘘のことを差す。

 たとえば、『〇〇くんはキミのリコーダーを舐めていた』とか。

 たとえば、『〇〇くんはキミの体操着の匂いをかいでいた』とか。

 たとえば、『〇〇くんは実はオレと付き合っているんだ』とか。

 さて、今回の新キャラクターこと有坂友樹くんはどんな嘘を吐いたのでしょうか?

・注2:ここで言う『気』とはあくまで『気功』であって、少年漫画のように空を飛んだりはできないし、『気功』だからって怪我の治療ができるわけじゃない。それでも指弾で樫の板をぶち抜くくらいの芸当はできる。どっちにしろ超人なのは言うまでもないけれど。

・注3:僕は新世界の神になるで御馴染み、ちょい前に最終回を迎えた死のノートを拾った少年の話。注4と同じくJOJOのキラ様とかぶせたかったんだけど、スペースがないので断念。

・注4:知っている人は知っている、ガンダ〇種の名セリフ。知らない人は『女を友人に寝取られた男がその友人に殴りかかったんだけど手も足も出ずに関節を決められた挙句、哀れみと侮蔑を込めて言い放たれた言葉』と解釈してください。

 このシーンを見るためだけでも、ガンダムシリーズを見る価値はあります(笑)

はい、そういうわけで長文が苦手な人、まじでごめんなさい。修羅と羅刹とダイエット、『前編』をお送りしました。書き進めたら二万字超えちゃって慌てて前後編にまとめました。ちなみに、承前も含めるとおおよそ二万強になる予定。なんでこんなネタでここまで引っ張れるか作者も謎です。

と、いうわけで次回修羅と羅刹とダイエット(惨禍編)もしくは(承前)でお会いしましょう。

コメディモードはもう少し続きます。

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