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第十三話 闇のゲームと精神崩壊コンボ

ごめんなさい。またそれなりに長いです。


 罰ゲームッ!



 闇のゲーム。(注1)それは絶対に解けないパズルから始まる、悪辣非道なゲーム。

 ゲームに負けた者は闇の名にふさわしい、相応の罰が与えられる。しかし、よく考えなくてもカードゲームごときでああまで大人気なく、「オレのターン!」とか言えるもんだなぁとかは思ってもいけない。どう考えてもゲームバランスがおかしいだろうとか、原作のカードを再現したら便利すぎて使用制限がかかったとか、そういうのも全部ツッコミ不可だ。マンガはああいうのも一つの味として考えよう。

 まぁ、それはあくまでマンガの設定で、実際にはそんな罰は在り得ない。ゲームとは楽しく可笑しく、誰もが楽しめる仕様でなくてはいけないんだ。

「だからさ……こんな馬鹿なことはやめようよ?」

「ダメです。はい、どーぞ♪」

 喜色満面といった舞さんからダメ出しが入る。僕はかなり泣きそうになりながら、みんなの様子を気づかれないように観察した。

 ちらりとコッコさんの方を向くと、とても楽しそうな顔をしていた。久しぶりにご機嫌といった様子で、無表情を完璧に崩して、思い切り笑っていた。

 ちらりと冥さんの方を向くと、完全に目を逸らしていた。口許が完璧に笑おうとしているのを必死で堪えているらしい。

 ちらりと京子さんの方を向くと、なんだか興味なさげに煙草を吹かしていた。しかし僕は気づいている。彼女は僕と微妙に目を合わせないようにしている。おまけに肩も震えていた。

 

 どうして、こんなことになっちゃったんだろう?


 僕たちは普通にカードゲームをやっていたはずなのに。退屈な病院生活にちょっとした遊び心を入れようと思って、トランプでゲームをやろうと提案したはずだったのに。……なんでこんなに、上手くいかないんだろう?

「坊ちゃ〜ん、早くしてくださいよぅ。日が暮れちゃいますよー。ちゃんと口調を整えて、語尾も忘れずに、嬉しそうにポーズもつけてお願いしますねー」

 舞さんの声が響く。これ以上引き伸ばすのも限界に近い。

 仕方なく、僕は涙目になりながら、血を吐く思いでそれを実行する。

 丸めた五指を顔の前に上げて、媚びを売る時のポーズをとり満面の笑顔を構成する。この時点で恥かしさに死にかけていたけれど、僕はなんとか言葉を口にした。


「わ、分かりました……わん♪」


 効果は劇的だった。ある意味では大成功と言っていい。

 舞さんはこれ以上にないくらい爆笑。京子さんも堪えられなくなったのか、舞さんのベッドに突っ伏し、肩を震わせている。コッコさんですらかなり派手に笑っていた。冥さんはかなりぎりぎりまで堪えて、腹筋をつりながら激痛と共に笑っていた。

 いつもだったら、僕も笑っていただろう。

 フルアーマーでなければ、僕も笑っていただろうさ。

 メイド服に胸パッド、女性物の下着、頭には犬耳、下着に連結しているのは犬の尻尾という伝説かつ呪いの装備品。

 犬耳メイド服着用。それが、僕に課せられた罰ゲームだった。

(……ああ、うん、そっか。そーゆーコトか。やっぱり舐められてたのか)

 爆笑の渦の中で、僕はゆっくりと口許を緩めた。

 よく分かった。君たちの気持ちはこれ以上にないほどよーく理解した。

 久しぶりに本気でやってやろう。大人気ないと思っていたが、そっちがその気なら大人気なくやってやる。

 こうして、僕の心は凍りついた。



 始まりは些細なことだった。

 先日の大乱闘で、僕と舞さんは別室に移され、入院している間はもう二度と喧嘩はしないと血判まで押す羽目になった。全面的に舞さんが悪いのに理不尽だと思う。まぁ、舞さんも恐らく僕と似たようなことを考えているだろうけど。

 それから二日、あと少しで退院できるとお墨付きをもらえたところで、お屋敷を代表してコッコさんと冥さんと京子さんが病院にお見舞いにやってきた。単に暇だったとも言えるかもしれないけど、その心には感謝しておきたいと思う。

 でも本当に忙しい時に美里さんが許可を出すわけがないので……やっぱり、今日は暇なんだろう。

 冥さんはいつも通りにリンゴと花束、京子さんは自作の風邪に効くデザート、コッコさんはなにをトチ狂ったのか鉢植えのサボテン(注2)を持ってきた。もしかしたら先日のことを怒っていたのかもしれないけど、根に持ちすぎだろうと思わなくもない。

 でも……思えば、この時まではわりと平和だったのかもしれない。

「早く家に帰りたいですよ。病院って退屈で退屈で」

 僕が言った一言が原因で、ゲームは始まった。

 コッコさんが気を利かせて買ってきてくれたトランプで、なにかしらのゲームをやることになり、色々と案は出たが結局五人いるからという安易な理由で、大富豪をやることになった。

 大富豪。それはトランプを使ったかなり有名なカードゲーム。

 遊び方は簡単。

 1:トランプを五人に配る。

 2:誰かが適当なカードを出す。

 3:出されたカードより大きな数字を出す。

 4:全員が出せなくなったら一番大きな数字を出した人間が、新しいカードを出す(つまり2に戻る)。

 5:手札がなくなった人間から勝ち抜け。

 という具合に進行する。

 基本的に最強のカードは2で、最弱のカードは3。ジョーカーだけは例外でどんなカードにもなれるし、2よりも強い。

 そしてここからが肝なのだが、最下位の人間は一位の人間に手札の中で最強のカードを二枚、下から二番目の人間は二位の人間に手札の中で最強のカードを一枚を相手の最弱のカードとトレードしなくてはならないというルールがある。

 最下位の人間がジョーカー二枚を手にしても、一瞬で最弱カードに化けてしまうという仕組みになっている。つまり、最下位の人間はなかなか最下位から脱出できなくなるというわけだ。

 ただ、この状態から脱出する手段がある。それこそが『革命』というルール。

 このゲームには手札に同じ数字の札があれば、それを一緒に出すことができるというルールが存在するのだけれど、『四枚同時出し』することによってカードの強さが反転する。つまり、3が最強になって、2が最弱になってしまう。

 この『革命』によって最下位の人間にも光明が見えてくる、というわけだ。

 故に、このカードゲームは『大富豪』、あるいは『大貧民』と呼ばれる。

 一位の人間は大富豪、二位の人間は富豪、三位の人間は平民、四位の人間は貧民、五位の人間は大貧民の称号を与えられ、いかに相手を蹴落とし、這い上がるかを競っていくゲームなのだ。

 ……大雑把だけど、以上がこのゲームの基本ルールである。他にもローカルルールは腐るほどあるけど、今回は分かりやすくスタンダードなルールで進行する。

(さーて、どうしようかなァ……)

 犬耳メイドの僕は心の中で冷笑を浮かべながら考える。

 最初はちょっと手加減してやろうかと思ってわざと負けてやったら、いきなりこの有様だ。『大貧民は罰ゲーム』というルールを提案したのは僕だったけれど、まさか罰がいきなり最上級レベルになっているとは思ってもみなかった。

 手札を配り終わって、大貧民のはずの僕は笑う。

「えっと、坊ちゃん……。カードをくれると嬉しいんだけどね」

 京子さんがこっちを見ないように手を差し出す。僕は手札の中で最強のカードを二枚手渡して、にっこりと笑って言ってやった。

「京子ちゃん、顔が真っ赤だけど、もしかして風邪が移っちゃったのかわん?」

「ぶっ!!」

 笑いを堪えきれずに、思い切り目を背けて壁に拳を叩きつける京子さん。

 そんな彼女に、僕はさらに言ってやる。

「はわわ〜、それは大変だわん! 早くお医者さんに見てもらわないと☆」

「っ!?」

 追い討ちに耐え切れず、お腹を抱えて声にならない声で爆笑する京子さん。普段はシニカルな態度全開なのに、今日はなんだかとっても楽しそうだ。

 ちらりと周りを見ると、みんなが異様なテンションで笑っていた。

 そんな彼女たちを見ながら、ボクは心に誓った。

 君たちの精神と人間関係をズタズタに破壊しつくし、地獄に叩き落してやる。

 


 そして、ゲームは始まった。



 ルールの解説までしといてアレだが、一方的な展開すぎるので省略。

 あえて言うなら『革命』→コツコツと要らないカードの始末→『革命』、で終了。

 大富豪のルールをよく把握できなかった人は織田信長の生き様を思い出してくれればおおむね合っている。

 僕の最後の手札が場に出される。先ほどまで最下級民族だった僕が、一気に頂点までのし上がった記念すべき瞬間だった。

「あっはっは、一番最初に上がっちゃうと待ち時間が退屈だねぇ」

 高らかに笑いながら、未だカードを手に持っている少女たちを嘲笑う。

 本当は大貧民がのし上がるのは非常に困難なのだけれど、今回ばかりは運が良かった。運がこちらに向いてくれば、後はカードを出す手順さえしっかりしていれば手札が悪かろうが、十分に勝てる。大富豪ってのはそういうゲームである。

 ちなみに大富豪になった僕から下は、富豪=冥さん、平民=京子さん、貧民=コッコさん、大貧民=舞さんという順位。特に舞さんは一番最初に大富豪になってしまった上に強いカードが固まったため、カードの強さが逆転する『革命』に全く対応できないという、ちょっとかわいそうな目にあっていた。

 ……まぁ、僕は欠片も同情しませんがね。犬耳メイド服着せられたし。

 むしろ、かえって好都合。

「さて、舞さんの罰ゲームはなににしようか?」

「坊ちゃん。語尾忘れてますよ」

 この期に及んでそこまで要求するとは……前々から思ってたけど、黒霧舞。君は実にいい度胸をしている。見習いたいくらいだ。

 たっぷりと後悔させてやろう。

「さて、舞さんの罰ゲームはなににするんだワン?」

「坊ちゃん、まさかとは思いますけど女装させられたことの腹いせにセクハラじみた命令をするのはダメですよ?」

「あはは、そんなことするわけないんだワン」

 笑いながら、僕は軽く手を振って否定する。

 そう、セクハラなんて生温い罰で済ますわけがねぇのである。

「じゃ、罰ゲーム決定。舞さんは今から僕の質問に全て『いいえ』で答えるワン」

「あれ、そんな簡単なことでいいんですか?」

「わん」

 僕は笑いながら、心の銃剣(バイヨネット)の引き金を引いた。

「じゃ、質問1。舞ちゃんは、はこっそりコッコさんが楽しみにしてた、みつやのケーキワンホールを全て平らげてしまったことがあるんだワン?」

「っ!?」

 舞さんの顔がもろに引きつり、目を見開いて僕を睨みつける。

 くくく、気づいたか。『全ていいえと答える』というのはただの前フリ。実際はそれにかこつけた、虚実交えた君の弱みの暴露大会だということを!

 しかもこの質問形式だと、いいえと否定すればするほど嘘臭くなる上、一回でも肯定しようものなら後の質問も全て肯定したような気になってしまうという二重の仕掛け。どちらにしろ、嘘も全て本当に聞こえてしまうトラップ。

「ほう、貴女でしたか。私のケーキを平らげたのは」

 ほーら、証拠なんてどこにもないのにコッコさんがものすごい勢いで睨んでいる。

「ち、違いますよぅっ! そんなことしたことないですっ!」

「質問2。京子さんが愛用してるジッポライターをうっかり踏んづけてしまったりしちゃったこともあったワン?」

「ふーん……あれ、結構高かったんだけどな。大体三万くらいだったっけ」

 普段は温厚な屋敷のコックさんが、ものすげぇ目つきで舞さんを睨みつける。

 京子さんの鋭利な殺気にさすがの舞さんも怯んだ。

「え、冤罪ですよぅ!」

 うん、いいカンジに恐怖に震えて泣きそうになっている。

 にやりと笑って、僕は質問を続けた。

「質問3。屋敷のコインランドリーで冥さんの下着を血走った目で見ながら、荒い息をついていたかもしれないワン?」

「……舞ちゃん」

「め、冥ちゃん? 冥ちゃんは信じてくれるよね? 私、そんなこと……」

「質問4。実は部屋の中は着せ替えフィギュアでいっぱいワン?」

「にゅああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 僕の精神攻撃に耐えられなくなり、とうとう舞さんは僕の胸倉を掴んだ。

「いくらなんでも、私そんなことしませんもんっ! そーゆー言葉のトラップって卑怯って以前に、その言い方だと全部私がやったみたいに聞こえちゃうじゃないですかっ! この面子だと間違いなく寿命とかに直結しますよ!?」

「質問5。最近、三キロ太ったワン?」

「ちぃぃぃぃぃぃぃがぁぁぁぁぁぁぁぁうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 がっくんがっくんと肩を揺さぶられながら、舞さんは涙混じりで叫ぶ。

 ちょっと気絶しそうになりながら、僕は勝利を確信した。


 

 魂が半分ほど抜けた舞さんを尻目に、僕らはゲームを再会することにした。

 そして五分後、あっさりと僕の手札はなくなった。

「はい、終わり」

 大富豪というゲームは、その性質上大富豪になった人間が延々と勝ち続けるケースが非常に多い。スタンダードなルールならなおさらで、この『独占』を防ぐために様々なローカルルールが存在する。興味がある人は一度調べてみるといい。そのルールのあまりの多さにびっくりするはずだ。

 それはともかく、僕のぶっち切りトップで今回のゲームは終了したわけだけど、一番重要なのは大富豪の僕ではなく、罰ゲームを受けるべき大貧民だ。

 今回の大貧民はカードの巡りと運が絶望的に悪かった京子さんだった。

「……で、あたしはなにをやりゃいいんだい?」

 落胆というよりも、諦観の入った声で京子さんは言った。

 さてと、どうしようか。京子さんは小学生と見間違えんばかりの小柄な人だが、その内面はしっかりとした大人の女性で屋敷のコックである。いつもは長い髪をお団子にまとめてコック帽の中に隠しているが、今日はポニーテールに結っているのもポイントが高い。

 しかも斜に構えてる態度なのに、動作がいちいち可愛らしいというおまけ付き。コンパクト&パワフルの上にプリティ&シニカルという僕の好みのストライクゾーンやや左の人である。

 と、いうわけで下劣な真似をするのはさすがに避けておきたい。

 ……なーんてね。そんなこと、修羅と化した僕が思うわけがない。この場にいる全員は廃人になるまで家には帰しませんよ? 後々のことは当然考えてません。

 少し考えて、とてもとても愉快な罰を思いついたので即座に言った。

「それじゃあ、悩殺してください」

「………………は?」

「悩殺ですよ? セクシーポーズと可愛い言葉で、僕を悩殺してみてください」

 僕はにこやかに告げた。それはたぶん下劣な笑顔だった。

 京子さんの顔がもろに引きつる。この前、ちょっと高額な壷を割った時ですらそんなあからさまな顔はしていなかっただろう。

「い、いや、坊ちゃん……それは、あたしにはちょっと無理じゃ」

「大丈夫です、無根拠ですけど京子さんなら成せば成ります。あ、でも僕を悩殺できなかったり、ほんの少しでも躊躇したらまた最初からやり直しですからね?」

「………………」

 さぁ、どうする京子さん。果たして君は僕の精神防御を突破できるかな?

 トランプを切りながら、僕はちょっと楽しみにしていた。いやぁ、普段シニカルに振舞ってる年上のお姉さんは一体どんな仕草を見せてくれるんだろう?

 実に楽しみだ。

「やれやれ……仕方ないね」

 京子さんはゆっくりと溜息を吐くと、目を閉じて髪留めを外した。

 ふわりと長い髪が肩に流れ落ちる。

 そして、京子さんはまるで美女のように、憂いを帯びた目で僕を見つめた。


「ねぇ、なにして欲しい?」

 

 一瞬で全身が真っ赤になった。

 僕は切っていたトランプを丁寧に脇に置いて、にっこりと微笑む。

 それから正座をして、ゆっくりと頭を下げた。

 我ながら惚れ惚れするような、完璧な土下座だった。

「すんません、調子こきすぎました。勘弁してください」

「む……なんか微妙な反応だぞ、それは」

 京子さんはちょっとむくれながら、それでも大人の度量で「ま、いいか」と言って許してくれた。単に追求するのが面倒だったのかもしれない。

 僕は内心で安堵の息を漏らす。

 ……やばかった。今回ばかりは本気で冗談抜きだ。危うく理性が吹っ飛びそうになった。くそ、前々から『京子さんってもしかしたらとんでもねぇ美人なのかも』とは思っていたけれど、まさかここまでの破壊力を有しているとは……僕の精神防御を貫いて余りある威力だった。

「坊ちゃん。照れ隠しに土下座はかえって恥かしいですよ」

「……なるほど、あれを目指せばいいんですね」

「ハ、スケコマシが」

 三者三様の言葉が飛ぶ。誰が誰かなんてのはもう言うまでもないと思うが、上から順番にコッコさん、冥さん、舞さんの順だ。特に舞さんは頬でもつねってやろうと思ったのだけれど、そこは自重する。

 次の罰ゲームで屈辱を味あわせればいいだけだしね♪



 と、言いつつも次のゲームでは最下位になってしまった。流石に大富豪だって『革命返し』までは返せない。大富豪のルールを飛ばし読みしてしまった人は、『民衆の一揆を治めるために、貴族が最新鋭の軍隊を配備したぜドンバングシャー』ってカンジの風景を思い浮かべてもらえればいい。

 革命は失敗しました。貴族たちの弾圧が始まります。みたいな。

 そんなわけで、今回僕は大貧民。どんな罰ゲームを科せられるのか、今からおしっことか漏らさんばかりに恐怖しています。

「えっと、それじゃあ……」

 今回大富豪になった冥さんは、かなり悩んでいるようだった。

 それもそのはず。

「とりあえず脱がせましょうよ。話はそれからです」

 舞さんの非道極まりない言葉に、コッコさんが賛同する。

「そうですね。普段ならそのようなことはすぐにでも止めたいところなんですけど、ちょっとさっきのは普通にむかっとしましたから今回は大目に見ましょう。で、どうするんですか? 女装第二弾ってことでセーラー服でも着せましょうか?」

「え〜? 私的には屈辱感を演出したいんですけど」

「それじゃあ首輪と手錠とかですね。破れたYシャツとかもお薦めですが」

「そんなの甘ったるいですよぅ。どうせなら靴を舐めさせながら『ご主人様ぁ、僕もう壊れちゃう』とか言わせましょうよ」

 あの……お二方? 二人は大富豪でもないくせに、むしろ階級的には僕に近いくせになんつー極悪な相談をなさってらっしゃるんでしょうか? いじめ? これが世間でいういじめなのですか? むしろ内容的にはいじめというより『私刑(リンチ)』もしくは『拷問』以外の何物でもないと思うのは僕の気のせいですか。

 あっはっは……やっべぇ。罰を厳しくしすぎただろーか?

 自業自得なのは言うまでもないけれど。

「はい、決めました」

 冥さんが、いつものように何かを企んだ嬉しそうな表情を浮かべる。

 ああ、さようなら人生。さようならみんな。神様、僕は今そこに。


「坊ちゃん、私にちゅーしてください」


 時が止まる、静止する、凍りつく。僕はもとより、舞さん、そしてコッコさんまでもが微動だにできずに動きを止めた。脳が言葉を受信拒否している。京子さんだけが楽しそうに苦笑していた。

 あまりに意外すぎてもうどういうリアクションをしていいのか分からない僕の顔を、冥さんは不思議そうに覗き込む。

「なんで固まってるんですか?」

「いや、だって……まさかそう来るとは」

 というか、前回のオチをそのまま使ってくるとは夢にも思いませんでした。

 冥さんはにやりと楽しそうに笑って、得意げに言った。

「罰ゲームというのは、相手にしんどいことを強いるから罰ゲームです」

「……まぁ、そりゃそうだけど」

「この状況下、女の子三人に男一人という中で私にちゅーをするというのは、かなりのプレッシャーになるんじゃないかと思いました」

「……まぁ、そりゃそうかもしんないけど」

「ちゅーが嫌ならそこに這いつくばってください。それから、全員ぶんの靴を舐めてもらいます」

「ちゅーでお願いします」

 即決即断。男には覚悟を決めなければならない時がある。

 というか、僕には選択肢などない。冥さんにちゅーをするか、全員の靴を舐めるか、逃げて捕まって全員の靴を舐めさせられるか……どちらにしろ死が待っている。

 まぁ、最悪の選択を選ばない限り、誰かしら止めてくれるだろう。いくらなんでもこういう状況を放置する人はこの中にはいないはずだ。

「……それじゃあ、どうぞ」

 冥さんが頬を赤く染めながら目を閉じる。

 やべぇ可愛いとか思いつつも、僕はなんとか自制した。

 さぁ、みなさん。僕か冥さんを早く止めてくれやがりなさい。

 1秒経過。

 2秒経過。

 3秒経過。

 …………あれ? ちょっと待って。なんで誰も止めないの?

「坊ちゃん」

「なんでしょうか、コッコさん」

 ようやく声がかかったけど、なんだかその声は優しさに満ちていた。

 嫌な予感と共に振り向くと、コッコさんはにっこりと笑っていた。

「女の子に恥をかかすのは良くありませんよ?」

 ………………へ?

「まぁ今回は大目にみましょう。鼻の頭とか手の甲とか膝小僧(注3)とか二の腕とかそういうところにやってあげなさい」

「なんでそんなにマニアックな箇所ばっかりなんですか」

「坊ちゃんってやっぱりエロ魔神ですねー。人目がなかったら絶対おへそとか耳とかにちゅーするつもりですよー」

「待てコラ、シスコン。妹が大事なら僕をさっさと止めるべきだろ。っていうかなんでさっきからマニアックな箇所ばっかりなの?」

「あきらめな、坊ちゃん。今回は風向きが悪い。大人しくまぶたにしてやれ」

「京子さんまでっ!?」

 ちょっと待て。なんでこんなことになってるんだ?

 そこでようやく僕は気づいた。京子さんは呆れていたけれど、コッコさんと舞さんの目は完全完璧笑っている。それは戦う奴隷を観戦して、悦に浸る女王の目。

 この人たち……恥かしがる僕を見て楽しんでいるッ!?

 やばい、ものすげぇ緊張してきた。なんかもうかなり泣きそうだ。しかも僕の姿は未だ犬耳メイドだから格好もつかないっていうか、なにこの羞恥プレイ? 拷問を超えて致死レベルに移行しつつあるぞ。

 冷汗が頬を伝う。どうしよう? どうしよう? やるしかないのか?

「……坊ちゃん?」

 冥さんの、綺麗な声が耳朶を打つ。なんかちょっと不安そうな、そんな声。

 まずい可愛い。爆発しそうになる本能を理性をフル動員してなんとか押さえ込む。

 それから、感情の類を全て抹殺。僕は赤ん坊を殺してもなにも感じないキスマシーンです。キスなんて挨拶程度のもんですとも……と、自分に自己暗示をかける。

 歴史的大敗を喫しようとする理性と、歴史的大勝を治めようとする本能の中で、

 僕はなんとか罰ゲームを執行した。



 まぁ、おでこだったんですがね。

 それにしても危なかった。今回は奇跡的に理性が大逆転勝利したものの、次があったらもう駄目かもしれない。……あぁ、男って本当に弱い。弱すぎる。

 そんな精神的負担もあってか、次からのゲームは本気でグダグダだった。首位争いで白熱する女性陣に反し、僕は大富豪にならないように、大貧民にならないように立ち回ることに終始専念した。情けないとか言うなかれ。心が折れれば人間そんなもんだと思う。

 っていうか、これ以上の罰は僕の心が耐え切れない。

 だってこの人たち素でひどいんだもの。僕はもうお家に帰りたい。

「さ〜あ、山口さん。愛と正義の美少女戦士になってみんなを助けましょうね〜」

「いやああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッ! それは、それだけはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 とあるセーラー服美少女戦士の衣装を着せようとしている舞さん。そして僕が作り出したトラウマのせいで冗談抜きで泣き叫んでいるコッコさん。一応本気で暴れているらしいのだけれど、冥さんに羽交い絞めにされていて身動きが取れないらしい。

「舞……。さっきも思ったんだけど、アンタこういう衣装どこで買うの?」

「ネット通販です。実はこの他にも色々ありましてね」

「…………へぇ」

 まるで関心なさそうに日曜朝に放送している『二人は』で始まるアニメーションの衣装を指で摘んで、京子さんはかなり顔をしかめた。

 ドン引きしているようだった。

 まぁ、ぶっちゃけ僕も引いてますが。

「はい、それじゃあ時間もきりのいい所だし、次がラストゲームということで」

 一人元気な(というより完璧に開き直った)舞さんの提案に、反対する人間は誰もいなかった。このままゲームを続ければ誰かの精神が音を立てて壊れるだろう。

 コッコさんはかなり青ざめた表情でセーラー服美少女戦士のコスプレをさせられていたし、冥さんもフリフリの衣装を着せられていた。京子さんはまだ被害が少ない方だが、それでも『ファーストキスの思い出を語る』などといった屈辱的な罰ゲームを受けていた。僕だって何気に『初恋の思い出を語る』という恥辱に満ちた罰ゲームを受けさせられている。ああ、初恋なんざ思い出したくもねぇ。心から抹殺したい。

 運命のカードが配られる。僕はカードをちらりと見て、笑った。

 あかんわ、これ。


 そして、僕は負けた。大敗だった。


 カードが机の上に落ちる。思い切り笑いたい衝動に駆られたが、力ない微笑を作るのが精一杯だった。

 僕はもう家に帰れないと、素直に思った。

「……で、今回の大富豪は誰ですか?」

「私です」

 どうやら、最後の最後で最悪な人が大富豪になってしまったらしい。

 手を上げたのは卓上遊戯がべらぼうに弱いコッコさんだった。これまで大富豪になった回数は0。平民と大貧民の間を行ったり来たりしていた人が、ここにきてようやく成り上がったのである。その顔は基本的には無表情だが、口許が若干引きつっていることから察するにめちゃくちゃ嬉しそうだった。

 人生十七年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり(注4)。

 僕は死を覚悟した。

「それで、最後の罰はなんですか?」

「そうですねぇ……」

 コッコさんは嬉しそうに微笑んで、上から下まで僕を見つめる。

「じゃ、こうしましょう」

 そして、最後の罰ゲームを宣言した。



 橘美里が病院に来れたのは面会時間ぎりぎりのタイミングだった。

 今日は事務処理を色々こなさなければならなかった美里と、新人教育に当たっている章吾以外はわりと暇だった。だからこそお見舞いを許したとも言える。

 なんとなく嫌な予感がしたが、外見に反してしっかりした京子がいるのでまぁそう大したことにはならないだろうという目算もあった。

 受付の看護士に主人の名前を告げると、ものすごい嫌な顔をされた後に病室を教えられた。一瞬その看護士の胸倉を掴み上げて壁に叩き付けたい衝動に駆られたが、あくまで悪いのは主人であってこの看護士ではないだろうと自分を納得させた。

 教えてもらった病室に直行する。かなり急いでいたので花もお見舞いの品もなにも持って来なかったが、それは時間がなかったのと、美咲のアドバイスによるものだ。

『別にいいんじゃない? 女性が仕事の時間をおして男の見舞いに行くんだから、別にお見舞いの品物なんていらないと思う。それに、他の人ならまだしも相手はあのパパよ? 絶対に『美里さんが来てくれただけで嬉しいです』とか言うに決まってるもの』

 やたら確信めいた口調だったので、ついついその言葉に乗ってしまった。

 その美咲はというと、新しく入った『陸』という名前の新人と章吾をからかって楽しんでいる。我が子ながら、将来がちょっと心配になった。

 病室の前に到着する。少しだけ息を吸って、部屋のドアをノックし、開けた。

「橘美里です。お見舞いに……」

 絶句する。口許が引きつって、鞄が地面に落ちた。

 どこにも皺のない完璧なテールコート(執事服)、蝶ネクタイに手袋をまるで違和感なく着こなした少年がいた。手にはティーポットとカップ。見た目は完璧な給仕が微笑を浮かべて、四人の少女に紅茶を注いでいる。

 消毒液の匂いを打ち消す、紅茶の芳醇な香りが鼻をくすぐった。

 と、そこで少年はようやく美里に気づいたらしい。にっこりと笑って言った。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 瞬間沸騰。全身が真っ赤になったような錯覚に陥る。

 一瞬目の前にいる少年が誰か分からず、一瞬で理解して二度びっくりした。

「坊ちゃん……ですか?」

「いいえ、今の僕は貴女たちの従順な僕。略して従僕。なんなりとご命令を、お嬢様」

 いつにもまして柔らかな笑顔で言う少年。

 甘いというより、まるでミルクのような笑顔に美里は思わずドキリとした。

「ぼ、坊ちゃん? どうしたんですか?」

「別にどうもしてませんよお嬢様。僕はいつもの僕ですよ」

「えっと………………」

 別にこのままでもいいかなぁと別な自分が囁くが、いやいやそりゃいけないでしょうとさらに別の自分が説得。でもこれも捨て難いとさらに別の自分が葛藤する。

 と、その時。美里は少年の異変に気づいた。

「……坊ちゃん。なんか、顔色が白くありませんか?」

「なんのことですか? 僕は僕で僕なんですけド」

「………………」

 美里は躊躇なく少年の額に手を当てて、顔を引きつらせた。

 とんでもなく熱かった。

「どうしたまシたか? オ嬢様。僕にナ二か落ち度があっタなら、どうぞ罰ヲ」

「分かりました。とりあえず寝なさい。いいですね?」

「はい、お嬢様」

 少年はにっこりと笑ったまま、簡単に意識を手放した。

 その場で卒倒した少年を抱きかかえながら、美里は冷静にナースコールを押す。

 そして、にぃぃぃぃぃっごりと、魔王も視線で殺せる殺意満点の笑顔を浮かべて言った。

「全員、正座なさい」

 全員の顔色が一瞬で青くなった。


 

 闇のゲーム『大富豪』結果発表。


 山口コッコ:おひさまが出るまで説教。翌日は心身ともにボロボロ。

 黒霧冥:日付が変わるまで説教。それでも一人だけちょっと幸せそう。

 黒霧舞:おひさまが出るまで説教。神経失調症になりかける。

 梨本京子:日付が変わるまで説教。食堂は休み。従業員一同から苦情が殺到。

 橘美里:ちゃっかり有給休暇。

 少年:退院が二日延期。ちょっとだけ精神過敏になる。


 なにごとも、程々が肝心です。



 第十三話『闇のゲームと精神崩壊コンボ』END

 第十四話『修羅と羅刹とダイエット』に続く。



 ※今回の執事長さんは、わんこちゃん(陸)の調教に忙しいのでお休みです。



 注訳解説ことそして時は動き出す。


・注1:はい、そういうわけで表題通りに闇のゲームでした。このゲーム、ローカルルールが腐るほどあるので、どのルールが本当かは誰も分かりません。今回は『スタンダード』と思われるルールでやりましたが、あくまで作者的なスタンダードです。お間違えのないように。

 なお、作者の周囲で流行っていたローカルルールはこちら。

 転落:大富豪が一位を取れないと自動的に大貧民になる。

 階段:同じマークで続き番号なら同時に出せる。四枚以上で革命。

 8切り:8の数字を出すと自動的にイニシアティブを取れる。階段やダブルなどのルールと同時適用可。つまり8が混ざっていると一旦場をリセットするルール。

 3続き:大富豪最強カード『ジョーカー』の次に『3』出せるというルール。

 こんな感じです。ほぼ全てのルールが大貧民救済ですけど(笑)

・注2:常識ルール。鉢植えは『根付く』という意味なので病人に送ってはいけません。他にもいくつかルールがあるので、お見舞いには十分注意。どういうのがタブーなのか知りたい人は、ネットで調べましょう。自分もそうしました(笑)

・注3:全然大丈夫じゃない攻略本でも『大・丈・夫』と銘打ってしまう、エンターブレイ〇という会社から『●●●●』というゲームが出ている。四文字とも伏字なのは言うまでもなく、自分がそういうジャンル(ぶっちゃけギャルゲー)が苦手だからである。鬼門と言い換えてもいい。

 それでもこのゲームをコンプリートした友人曰く、「絶対に面白いからやってみろって」ということらしいのでやってみることに。一応まがりなりにも小説なんぞを書くからには相手の価値観を否定してはいかんというのが作者の信念。でも、そいつには何回煮え湯を飲まされたか分からない。今回も当然一信九疑。

 とりあえず一回やってみた感想は「よくできてる」だった。基本的にこの手のゲームは目当ての女の子のイベントだけ追ってればエンディングに辿り着く仕組みになっているのだが、大抵のゲームにはイベント場所がどこなのか表示してある。でも、このゲームはストーリーイベントという核になる出来事以外にはそういうことはしていない。説明書を読めば分かる女の子の出現場所を把握し、相手に合わせた会話の積み重ねを重ねていくのが大事ということらしい。

 難易度はスイートだが、ネットや攻略本を見なくても楽しめるゲーム。よく考えて作りこまれてると思う。絵やキャラクターに頼りきったゲームとは一味違う。

 他にも語りたいことはあるけれど、省略。大体システム面の話になっちゃうからね。キャラクターに関してはこのゲームのタイトルで検索かければ腐るほど出てくるし。

 で、ここまでが表の感想。ここからが裏の感想。

 

 主人公が、エロすぎる。


 いや、なんかもう一周終わった時点でそう思うくらいにエロい。男子ってのは基本的にも応用的にもじーさんもおっさんもおにーちゃんも全員エロいもんだけど、この主人公は洒落にならない。ホンワカとした雰囲気のゲームの中で、異彩を放つエロさが爆発している。外見は『普通』を地でいく髪の毛がちょっと目にかかっててよく見えない、『ギャルゲーにありがちな無個性な男』のくせに、そのエロさは他の追随を許さない。

 その主人公のどこがエロいのかと聞かれたら即答で『存在』と答えるけど、今回は彼の真髄である『選択肢』の一部をほんのちょっとだけ垣間見せよう。

『僕を君の気の済むようにしてくれ』

『胸なんかない方がいいんだよ!』

『ブラが透けちゃうだろ?』

『そりゃもう、毎晩…』

 や、後半の二つはこういうゲームにありがちな『ふざけた』選択肢だけど、こういう選択肢が素で出てくるところが、もうなんつーかアレでアレな感じ。

 キスをするのに無難な場所で『膝小僧』を即座に選ぶってのは人としてどうなのよ?

 ちなみに、作者が本当に好きなのはこういう甘ったるいゲームではありません。ロールプレイングかスーパーなロボのシュミュレーションが大好きです(笑)

・注4:敦盛。織田信長。これ以上の説明は必要ない。今すぐネットで調べろ(まじ)

どうもコメディになると調子こいて文字数を半端じゃないくらいに多くしてしまう傾向のある田山です。ホント、かなりすみません(謝)

次の課題はコメディのコンパクト化です。とりあえず次の話もコメディ仕様なので頑張ります。

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