第九話 みんなと楽しい誕生日会(後半戦)
一生懸命生きているじゃないか。
本当に一生懸命生きているじゃないか。
だから、それだけで絶賛されていいと思ったんだ。
前回のあらすじ。
『パパってどういうことですか?』
などと言われながら武闘派三人に詰め寄られて僕の人生は大ピンチであります。
っていうかさ、どうしてこう、僕が採用した女性は人の話を聞かない人ばっかりなんだろうか。なにか、僕の目が腐っているとでも言うつもりなのかコンチクショウ。
あ、死神がピースしてる。いや、よく見ると四人家族でどうやらカメラを持っているのはおじいちゃんらしい。僕の脇にはパパとママ、前には仲のいい兄妹が楽しそうに笑っていたりする。
……殺る気満々かよ、こいつら。
と、僕がいいカンジに幻覚を見ていると、
「ちょっとあんたたち、私のパパになにしてくれてんのよ!」
怖いもの知らずの小学生が、三人のメイドの前に立ち塞がった。
青筋浮かべるコッコさん。
指を鳴らす舞さん。
してやったりとばかりに、にやりと笑う冥さん。
約1名、明らかに悪意が見え隠れしている人がいるけど、怖いものなんてなにもない小学生は、そんなことは全然さっぱり気にしないのだった。
「パパは三年後に美里ママと結婚するんだから、邪魔したら承知しないわよ!」
「んっふっふ、邪気のない子供って恐ろしいことを平気で言いますねぇ」
「くっふっふ、そういうもんですよ、小学生って」
「うっふっふ、楽しくなってきましたねぇ」
うわ、超怖い。三者三様に空間が歪むような笑いを浮かべてる。
いい加減に美咲ちゃんを止めないと血を見そうだなと思ったので、僕はこのあたりで仲裁役を買って出ることにした。
「ま」
『黙りなさい』
「………………」
一言も言わせてもらえませんでした。
……なんでこう人の話を聞かない人ばかりなんだろうか。アレか、やっぱり能力優先で採用するのが悪いのか。そーか、そういうことか。
次に採用する人は、泣き虫でドジで気が弱い子に(注1)しよう。
そんなことをぼんやり思っていると、歪んだ次元の中で美咲ちゃんが不敵に笑っていた。
「くっくっく、馬鹿な女たち。その程度の容姿と器量でウチのママに勝てると思ったら大間違いよっ!」
「バツイチですけどね」
「いい人なんですけど、何気にキッツいんですよねー。美里チーフ」
「休憩時間にお茶菓子も出してくれませんし」
三者三様の不満の言葉に、美咲ちゃんの頬がほんの少しだけ引きつった。
別に怯んだわけじゃない。美咲ちゃんの後ろにいる女王こと美咲さんが、羽虫くらいなら殺せそうなオーラをかもし出していたからである。
あー、かなり怒ってるなぁ、アレ。
と、僕が傍観を決め込んでいると、コッコさんが不意に手を引っ張った。
「さぁ、坊ちゃん。あんな小学生なお子様は放っておいて、開会の挨拶を」
「え? いや、それは章吾さんの役目じゃ……」
「お腹空きましたよぅ、坊ちゃん」
ぐいぐいと舞さんが腕を引っ張ってくる。
いや、ちょっと待て、なんだこのわけの分からない展開は。
「小学生ってやきもち焼きですからねー」
ふと見ると、いつの間にか冥さんは距離を取り、さっきの僕のように傍観に徹していた。
その言葉でようやく悟る。美咲ちゃんの方を見ると、ものすげぇ悔しそうな顔をしていた。ついでに半泣きだったりする。
「だめーっ! パパはママと結婚するのーっ!!」
半狂乱に叫びながらコッコさんに掴みかかる美咲ちゃんだったが、コッコさんはひらりとかわして、さらにぐいぐいと僕の手を引っ張る。
あの……お誘いは嬉しいんだけど、腕の関節がコキュッと逝きそうなんですが。
ああ、なんかもう場が混沌としてきた。そもそもこんなに濃い人たちを一同に集めたのが間違いだったんだろうか。おや? しかしその濃い面子を集めたのはなにを隠そうこの僕で、つまりこれは僕のせいということになってしまうのか?
なら、これも僕の責任か。
口許を緩めて僕は笑う。こういう時に笑わずにいつ笑うというのだろうか。
別れを惜しむ恋人のように優しくコッコさんの手を解き、半狂乱になって暴れている美咲ちゃんを抱き上げて縦だっこしてやる。
「ひゃっ!? ちょ、パパ?」
「静かにね。今日は君のママの誕生日だ」
右手で小さなレディの体を支えながら、左手の人差し指を立てて口を閉じてくださいとお願いすると、レディは思ったよりも素直に頷いてくれた。
沈黙が場を包む。僕はいつも通りに、にっこりと笑って言った。
「えっと、従業員の皆様方。今日は僕の勝手な要望に応えてくださって、まことにありがとうございます」
深々と一礼して、僕は頭を上げて言葉を続ける。
「今日は侍従の皆様方をまとめてくださっている、美里さんの誕生日ということで、経緯は色々とごたごたしてしまいましたが、このように無事パーティを催すことができました。まぁ、どーせドンチャン騒ぎがしたいだけだろうと思っている方もいるかもしれません。……それも半分くらいは当たりなんですけどね」
少しだけ笑いが起こる。僕も笑って、美里さんの方を見る。
美里さんは、いつものように微笑んで、頷いてくれた。
「半分はお祭り騒ぎがしたいだけです。けれど、もう半分は感謝です。屋敷のメイドなんていう奇妙な職業に就きながら、この職場で文句一つ言わずに働き続けてきてくれた女性に対しての、僕なりのけじめとも言えます」
「これは、ただ一人の女性に対して開かれる、豪華絢爛な祭りの一つ」
不敵に笑って、僕はいつも通りの笑顔を浮かべる。
「贔屓上等。不満の爆発ならいつでもどうぞ。しかし、この屋敷に勤めている人間なら誰もが知っているはずです。彼女がいかに真面目で働き者で努力家で、ちょっとお堅い所がある魅力的な女性なのか、男女問わず知っているはずでしょう」
この場にいる男性の全員が頷いて、女性のほぼ全員が頷いた。
頷かなかったのは美里さんだけだった。
「ならば、その誕生を祝うのは当然のこと。屋敷の主人として、なにより一人の人間として」
僕は大きく息を吸う。これが最後の言葉になる。
「それじゃあ、開会の挨拶を執事長さん、どうぞ」
視線の先には、章吾さんがいた。
肩で荒い息をついており、疲労困憊が見て取れる。席を外していた十分少々で何をすればそうなるのか、片方の絹の手袋がボロボロになっていて、黒皮の靴も靴底が全てなくなっているみたいだった。
それでも、章吾さんは毅然としていた。完璧な姿勢で真っ直ぐに立ち、一瞬でスーツとネクタイを整えると、いつも通りに堅苦しく言った。
「今日の料理とお酒は、全てが一人の女性のために振るわれるものだ。全員感謝感激しながら食べて飲め。……挨拶は以上。後は好きにしろ」
歓声が上がる。美味しい料理と、上質なお酒が振舞われる。
お祭りが、始まった。
昔々、僕はコッコさんと出会った後に一人の女性と出会った。
陰鬱そうに俯く彼女は、見るからに不幸丸出しだった。
なにかきっと不幸なことがあったんだろうと思った。履歴書を見てみると、彼女はとても若いわりには、子持ちで、ついでに離婚経験者だった。
今でこそ美里さんは強く、優しく、まるで聖母のような人だけれど、屋敷に来た当初はそんな感じだった。
反抗期だったけど、彼女の境遇に同情した僕は、色々と世話を焼くことにした。
世話焼きがばれてパンチ一発もらった。鼻骨が折れた。
鼻骨を直す時は超絶痛くて死にかけた。(注2)
けれど、一番痛かったのは、彼女が同情を全部拒絶したこと。
私には娘がいる。それ意外に必要なものなんてないですと言い切ったことだった。
だから決めた。
不幸な彼女を幸せにしてやる。彼女がそれを拒絶しようとも。
絶対に幸せにしてやると、その時決めた。
「ん………………」
目を開けると、僕はいつの間にかバルコニーに横たわっていた。夜風が心地いい。
少しばかり記憶を遡る。横を見ると砕けたビール瓶。ついでに頭がものすごく痛んでちょっと吐きそうになる。
「殺す気かよ……」
毒づいていると、自然と記憶が復帰していく。後ろ頭にビール瓶を叩きつけたのは確か冥さんだ。なんだか不機嫌なような、怒っているような、そんな微妙な表情だったような気もするけどよく思い出せない。叩きつけた後はにやりと笑っていたので、やっぱり酔いに任せた、ただの嫌がらせだったのかもしれない。
ちらりと会場の方を見ると、宴会場よろしく場はかなり混沌としていた。
美咲ちゃんが調子こいてプ〇キュアやらラ〇ダーやらデジ〇ンのオープニングテーマ(注3)を熱唱し、普段は屋敷の中で毅然と働く男たちが、うひょうさいこー!、しびれるー!、美咲ちゃんちょうかわいいー! などと熱狂的かつ無責任な声援を送っている。あれに味をしめて美咲ちゃんが将来歌手になるなどと言い出したらアイツら全員クビにしてやろうと心に誓った。
女性陣に目を向けると、さらにとんでもないことになっていた。
京子さんに付き合わされたのか、アンナさんが力なくテーブルに突っ伏していた。京子さんは京子さんで顔を真っ赤にしながら、なにやら50センチの黄金比率について語っているらしい。あの人、お酒はけっこういけるクチだけど、酔うと訳の分からないことを言い始めるのが欠点といえば欠点かもしれない。
舞さんはアンナさんと同じようにテーブルに突っ伏していた。幸せそうな寝顔で「坊ちゃん……じゃなくてぽち、今日のご飯ですよー」などと恐ろしい寝言をほざいている。今後、あの子が煎れるお茶には注意しておこうと思う。
コッコさんと冥さんはどこにもいない。正座させて説教でもしようかと思っていたので、僕はちょっと残念な気分になった。
やれやれ、やっぱり祭りは参加している時よりも、企画してる時の方が楽しいや。
「…………ったくよぅ」
ゆっくりと体を起こして、ぼんやりした頭で夜空を見上げる。
闇夜なので星はあまり見えないし、月もよく見えない。
嫌な天気だ。いや、都会だから仕方がないのかもしれないけど、それでも嫌な天気だ。
せっかくの美里さんの誕生日なのに。
「ま……いいけどね」
頭が痛むのでゆっくりと立ち上がり、僕は月の出ている方向を見上げる。
そして、気晴らしに、歌うことにした
夜が来るのは、今日の悲しみを癒すため。
朝が来るのは、明日への希望を抱くため。
人が死ぬのは、誰かに今日を託すため。
子が生まれるのは、明日に命を繋ぐため。
命なんかに意味はない。あるのはそう、意味を創る心だけ。
だから僕らは生きるんだ。意味がなくても関係ない。
それがどうしたと笑い飛ばして、手を繋いで走り出す。
物語は終わらない。伝説は続いていく。
その心に光がある限り、僕らの時は終わらない。
大声でもなく、普通の声で謡った歌に、たった一つの拍手が送られた。
振り向くと、そこには嬉しそうに笑っている美里さんがいた。
「他の歌はともかく、今の歌はお上手ですね」
「酔った勢いです。……それに、理想ばっかり並べ立てた嘘の歌ですけどね」
「あら、歌なんて全部嘘ばっかりですよ。だからこそ『歌』なんですから」
その歌を教え込んだ張本人は、顔を少しだけ赤らめて楽しそうに笑う。
ちょっとだけ酔っているみたいだった。
「それはそうと坊ちゃん。女の子にはきちんと接してあげないと駄目ですよ?」
「僕は女の子に対してはおおむね優しいと思うんですけど」
「そういう意味じゃありません。それに、度が過ぎた優しさは女の子を傷つけます」
「度は過ぎてないと思うんですけどねぇ……」
苦笑しながら、僕は美里さんの横顔をちらりと見て、夜空を見上げる。
美里さんの言っていることは、正直言えばよく分からない。優しさは優しさのままだ。優しいことに罪なんてない。優しいのは本当にいいことだと思う。
だってそうじゃないか。優しさは、他の人を心から思いやることだから。
世界で二番目くらいに大切な想いに、引け目や嫉妬や羨望を感じる方がおかしいんだ。
「坊ちゃん」
たしなめるような声に、僕はいつも通りの笑顔を向けた。
「分かってますよ。女の子の心はダイヤモンドです。他のなによりも固いけれど、他のどんなものよりも弱い、世界最強にして最弱たる真実の輝きでしたね?」
「よく覚えてましたね」
「貴女の戯言は全て覚えているつもりですから」
美里さんはよく詩的な表現を使う。まるで物語のような、輝かしい表現だ。
鼻で笑ってもよかったけれど、僕はそれだけはできないと思っている。今も昔もそれは変わらず、彼女の言った戯言を覚え続けている。
「……強くなりましたね、坊ちゃんは。最初に出会った時とは見違えるようです」
ふと気づくと、美里さんは僕の隣に立っていた。一緒に夜空を見上げていた。
お姫様のような彼女の姿を視界の端にだけとらえて、僕は月の見えない夜空に視線を戻す。……まぁ、本音を言えば彼女を見つめ続けていたかったけど。
夜空を見上げながら、美里さんは口を開いた。
「ねぇ、坊ちゃん」
「なんでしょう?」
「どうして、私にこんなによくしてくれるんですか?」
「美里さんが綺麗だからです」
照れなどおくびにも出さずに、僕は即答した。
美里さんはかなり驚いたらしく、丸い目を皿のように丸くした。
「私、今回の誕生日で二十八歳で、しかもバツイチの子持ちですけど?」
「関係ありません。美里さんは僕の師匠で、憧れの人で、世界で一番綺麗な人だ」
ほんの少しだけ目を閉じる。それからゆっくりと目を開けて、僕は彼女に笑いかけた。
「容姿や立場なんて関係ない。異星人だろうが顔に傷があろうが、世間的に容姿が整ってなかろうがそんなことは知らない。僕は頑張っている人が大好きなんです。死に物狂いで頑張っている人の姿や心を綺麗だと言わずに、なにを綺麗だと言うんですか」
「そのわりには、コッコちゃんをだいぶ甘やかしてるみたいですけど?」
「あっはっはっはっは……」
その辺は空笑いで誤魔化しておく。色々と考えていることはあるけれど、かなり生々しい上に薄汚い話になってしまうからだ。僕だってTPOくらいは考えているのだ。
が、美里さんは僕の心遣いを無にする、魔女の微笑を浮かべた。
「まぁ、コッコちゃんの場合は趣味で実益出しちゃうから仕方ありませんね。この前、コッコちゃんに黙って売り払った盆栽だって、それなりにいい値段でしたし」
「美里さんだって共犯じゃないですか」
「子供にちょっといいお肉を食べさせたい母心です」
一番高いお肉を一番たくさん食べていたのはなにを隠そう美里さんなのだが、それは言わないでおこう。余計な事をして怒りを買う必要はどこにもない。
っていうか、スズメバチの巣と分かってて突くのは、スズメバチの巣を丸ごと捕獲する人くらいしかいないわけで。いくらなんでも僕にそんな度胸は。
と、不意に美里さんは僕の肩にコツンと頭を乗せた。
「すみません……ちょっと、酔いました」
上目遣いの瞳に、僕の心臓がかなり跳ね上がる。
美里さんは二十八歳になったばかりの、コッコさんとは一味違う年上のお姉さんである。あと十年経とうがお姉さんである。二十年経てばお姉様だ。
女性がおばさんになるのは羞恥を捨てた、その瞬間からだ。愚痴を吐いて夫の稼ぎに不満を言い、ワゴンセールで服を買い漁る女性をおばさんと呼ぶ。もちろんそれは子供を育てるために必死な女性の姿で、僕はそれを否定しない。むしろ肯定する。
しかし、愚痴を吐かず不満を口にせず、優雅たる女性をおばさんと呼んでいいのか?
答えは否だ。断じて否だ。僕はそれだけは断固として認めない。
「坊ちゃん」
「はい」
「今夜は楽しかったです、とても」
美里さんはいつもに増して綺麗な笑顔を浮かべていた。
「貴方の屋敷に勤めて、最初は辛いことばかりで泣いたし吐いたしついでに胃が荒れて血を吐いたりもしましたけど、最初以外は楽しいことばかりです。最初は憎しみのあまり鼻骨を折ったりもしましたけど……今は、本当に感謝してます」
「アレは本当に痛かったです。まさか鼻に来るとは」
「得意技ですから」
いや、そこで得意気に語られても対処に困るんですけど。
僕がどう返答したものかちょっと迷っていると、不意に美里さんの顔が曇った。
「どうしました?」
「………すみません。ちょっと、思い出してしまって」
思い出すというのは、言うまでもなく昔のことだろう。
美咲ちゃんを産んだ頃か、あるいは美里さんと離婚した男性のことか。
美里さんは顔を伏せて、口許を緩めた。
なにかを堪えているようにも見えたのは、僕の気のせいだと思うことにした。
「主人と別れる前に、大喧嘩をしたんです」
「………………」
「あの人に別れてくれって言われた時、私は泣いてすがりました。もうなにを言ったのかも思い出せませんけど、とにかく必死でした。……泣き喚いて、夫の顔を殴りつけて美咲と一緒に家を出て、別の場所で暮らし始めて、そこでようやく気づいたんです」
美里さんの頬を流れていくものを、僕は夜空を見上げていたので見逃した。
そういうことにしておいた。
「私は愛されていたから、必死になったことがなかったんだなって」
「………………」
「この国じゃ違法ですけど、私のいた国では女性は十歳前半で結婚する人も珍しくありませんでした。私は十四で結婚して、そのまま夫と一緒に暮らし始めました。そこそこ勉強も運動もできましたし、夫と一緒にいる時は苦労なんて感じませんでした。美咲を出産した時は大事を取って麻酔をかけて帝王切開でした。……だから、必死になったことなんてなかったんです。坊ちゃんの屋敷に勤めるまでは」
「……そりゃすみませんね」
「いいえ。それは感謝しているんです。娘と正面から向かい合うことができたのは、貴方のおかげなんですから。………でも」
美里さんは顔を上げた。その目からは、涙が溢れていた。
「でも、坊ちゃんを見ていると、あの人を思い出します。馬鹿みたいに優しくて、シュークリームみたいに人に甘くて、自分よりも他人をなによりも優先させる人。……本当は病気だったのに、私と娘が傷付かないように『離婚してくれ』って言った、あの人に」
「……僕は、そんなに立派な人じゃありません」
「けれど、貴方は優しいです。あの人と同じように」
優しいから思い出す。自分が愛されていたあの時と、幸せだったあの頃を。
一人は大人で一人は子供。一人は暖かく一人は冷たい。
それでも、二人に共通していたのは、ただ彼女に優しいということだった。
………なんてね。
物語的表現をすればそうなるだろう。そしてそれは事実だ。美里さんの元夫だった人も、そして僕も、美里さんにはどんなことがあっても優しくするだろう。
ただ、僕にしてみれば、それは至極当然のこと。
「美里さん、騙されちゃいけません」
「え?」
不思議そうな顔をする彼女に、僕は笑って言った。
「僕はただ、ご婦人を辱める人があまり好きじゃないだけです(注4)」
美里さんは頑張っている。美咲ちゃんと一緒に、前を向いて歯を食いしばって、愚痴も言わず不満一つ口にしない。そういう女性だ。
一生懸命生きているじゃないか。
本当に一生懸命生きているじゃないか。
だから、それだけで絶賛されていいと思ったんだ。
僕は彼女の味方をする。彼女の生まれや境遇など関係ない。損も得も義理すらも投げ捨てて、僕は彼女の味方をする。普段から口にしている『世話になった』だとか『美里さんには恩義がある』なんて本当はどうでもよかった。美里さんが美里さんであることが、僕にとってはなにより大切なことだから。
これは恋愛感情じゃない。純粋な尊敬と敬愛と親愛と他色々だ。
僕が文句なく百点評価を下すのは、章吾さんと美里さんとあともう一人くらいしかいない。
いつものように微笑を浮かべて、僕は言った。
「僕は美里さんを一番大事にしてくれた人ほど優しくはありません。ただ、ちょっとだけ女性みんなに優しいだけです。美里さんに『女の子とはきちんと接しなさい』って説教されるくらいには、僕は女性には優しいんです。いくつかの例外を除いて」
「………まぁ、そういうことにしておきましょう」
美里さんは、そう言って涙をぬぐって、笑った。
「本当に、坊ちゃんは女性を口説くのだけは苦手ですね。抱き寄せて『オレがいるだろう?』とか言っちゃえば、いくら私でもコロっといっちゃうかもしれないのに」
「ま、性分ですから」
僕も笑い返す。いつものように、ちょっといたずらっぽく。
「さて、それじゃあそろそろ戻りましょうか。みんな、かなり酔い潰れてますし、そろそろお開きにしてもいいでしょう」
「はい」
美里さんの微笑みには、自分なりの最高の笑顔を返しておく。
ちらり、と横目で宴会場を見ると、さらに酷い有様になっていた。
「正直、ずっとこうしていたいというのもありますけどね」
「現実は直視しないといけませんよ? それと、その言葉はかなり女の子を誤解させるので要注意です。サッカーで言うとレッドカードです」
「即退場ですか。それは気をつけないといけませんね」
笑いながら、僕はバルコニーに隠しておいた大量の花火を取り出す。一人では持ちきれないので、あとで誰かに手伝ってもらうことにしよう。
さてさて、それじゃあゴージャスな誕生会はこれにて閉幕。ここからは庶民的かつ楽しい花火大会の始まりです。なお、二次会なので参加は強制じゃありません。
最初から最後まで大騒ぎ。それがお祭りってもんだろう。
そして、祭りの最後にこそ力を入れるのが僕の本分でもある。
一人で持てるぎりぎりの量の花火を持ち上げて、みんなをびっくりさせてやろうと思った、その時。
「ら・れぷてゅりあ・れり・あらぁいすた」
耳に届いたのは綺麗な発音の異国語。どこか神聖な響きを持つ、詩のような声。
僕が振り向くと、綺麗なお姫様の彼女は満天の星の下で笑っていた。
まるで彼女を祝福するかのように、さっきまで曇天だった空は、見事に雲ひとつない夜空になっていた。
「姫様、今のはどのような意味なんですか?」
僕が冗談交じりにそう問いかけると、彼女は人差し指を唇に当てて言った。
「ご主人様、それは秘密です」
第九話『みんなと楽しい誕生日会(後半戦)』END
第九.五話『祭りの後と世界で一番不幸な彼氏』に続く。
作者注釈解説。またの名を、作者の魂の叫び。
注1:女性キャラの作り方講座その1。一途で健気ならさらに威力倍増。初心者はとりあえずこういうキャラを作っておけば大体間違いない。GS〇神でも横島クンがこーゆーロボット作れって言ってたし。
注2:最近週刊少年ジャン〇で連載し始めた謎〇村雨くん参照のコト。田山歴史はいとうみきお先生をいつも影ながら応援しています(笑)。
注3:見ての通り、日曜朝にやっているアニメのオンパレード。これに銀〇が加わると地方局の放送だというのが丸分かりである。新聞片手に書いたので内容までは詳しくは知らないが、こういうアニメを見る友人にかいつまんで説明してもらったところ「バッタもんの仮面のバイク乗り。誰がカブトなんざ認めるか」、「着飾って悪と戦う女子プロレスラー。ラヴ」、「あんなのデジモンじゃねぇ」ということらしい。
どーでもいいが、『昔の作品の方が良かったナ』とか言う人は製作者の苦労とかもっと知った方がいいと思う。や、自分もその一人だけどね。最近のゲームはあんまりリアルすぎて酔ったりするのが難点。
ちなみに、作者にとってのデジモンは未だに「対戦できるたま〇っち」。意味が分からない小さなお子様は『デジモン 年表』とかで検索してくださいね。
注4:あまり好きじゃないというのは、英国的婉曲表現。僕らが使っている言葉に訳すと『滅茶苦茶ぶち殺すぞ、クソ野郎』といった感じになる。
この言葉自体は『頂点のレ〇ーリア』という小説から抜粋。男どもが手を出してはいけない雑誌に掲載されている小説なのだが、作者の好きな作家さんが書かれている小説だったので、かなり躊躇しつつ購入した一冊。
ちなみに内容は綺麗な男子が恋愛したりするものじゃなく、ちゃんとしたファンタジー。ヒロインを始め、女の子が素晴らしく格好いいので、敬遠せずにぜひ読んでください。万能メイドさん以外イラストにもなってませんが(笑)
と、いうわけで第九話をお送りいたしました。少々コメディ要素が少なくなっておりますが、あくまでこれはコメディ小説なので、いくらロマンティックな演出をしよーが、ちっとやそっとじゃ恋愛には結び付きません。そのへんはご安心を(笑)
さて、それでは次回、第九.五話『祭りの後と世界で一番不幸な彼氏』に続きます。
ちなみに、こちらがコメディ的なオチとなっておりますので安心してお読みください。