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第一話 僕の家族と私の主人

これは、短編小説『僕の家族のコッコさん』の続きではありますが、別に読んでなくても楽しめる仕様になっております。第一話だけはドシリアスですが、二話からはちゃんとコメディです。どうぞ、お楽しみに。

また、この小説のネタを提供してくださったむらんやさか様に最大の敬意と感謝を。

 彼女は時々夢を見る。

 それは、幸せだった頃の夢。

 今より少し不幸だけど、それでも幸せだった夢。



 少女はよく、祖父の工房に遊びに行った。

 祖父の仕事に興味があるわけではなく、少女は祖父が大好きだった。

 それだけで十分だった。

「ねぇ、お祖父様。なんでウチの両親はあんなにぐうたらなのかしら?」

 好物の紅茶を飲みながら、少女は祖父に問いかける。

 祖父は苦笑しながら、いつもと同じように答えた。

「そりゃ、俺の育て方が悪かったんだろうな」

「育て方が悪いと、あんなふうにぐうたらになってしまうんですの?」

「ああ、そうだな。ちょいと昔の話になるが……お前が生まれる前、俺は金持ちだった。仕事が楽しくて、なにもかもが楽しくて、がむしゃらに働いているうちにいつの間にか金持ちになっていた。息子も嫁も、いい暮らしができて満足してたさ」

 祖父は、苦笑しながら語る。

「しかし、それがいけなかったんだろうな。俺が頑張れば頑張るほど、二人はどんどん怠けていった。金の力ってのは恐ろしいもんでな、怠けていても金があれば生活できるんだ。そのうち、嫁は他に男を作って蒸発し、息子は金目当てで近寄ってきた悪い連中と付き合いだして、ちょいと曲がった育ち方をしちまった。俺がもっとしっかりしていれば、こんなことにはなんなかったんだろうけどよ」

「……お祖父様は、ちょっとしか悪くないわ」

「ん?」

「だって、お祖母様が出て行ったのはお祖父様の甲斐性がなかったからだとしても、お父様がぐうたらなのは、自分自身のせいじゃない。自分は悪くない、世の中が悪い、なんで自分だけ、なんてそんな曲がった考えをしていれば、そんなふうになってもいっこもおかしくないと思うわ。理不尽さに負けない強靭さと、不条理にくじけない心胆がなければ、世界で生きていけるわけがないもの」

「……そうだな。確かに、そうだと思う」

 祖父は、孫の辛辣な言葉に苦笑しながら、頭を撫でた。

「でもな、やっぱり俺のせいなんだよ、それは」

「……お祖父様は頑張っただけよ」

「ああ。頑張った。頑張りすぎて周囲が見えなくなっちまったこともあったが、今となっちゃどうでもいいことさ。俺の努力は……今、報われているんだからな」

「…………?」

「分からなくてもいい。とにかく、俺は今幸せなんだ」

 くしゃくしゃと孫の頭を撫でて、祖父は笑った。

「だから、お前ぇも忘れちゃいけねぇ。努力は絶対に人を裏切らない。正しいかどうかではなく、自分の信じることを貫き通せ。自分が正しいと思ったことをやりとげるんだ。そうすりゃ……いつか白馬の王子くらい現れらぁ」

「お祖父様……私、もう五歳です。おとぎ話は聞き飽きました」

「……本当のことさ」

 祖父は、幸せそうな笑顔を浮かべていた。



「見返りなしに、心の底からお前を好きになってくれる人は、きっといる」




 

 少年は、時々夢を見る。

 それは最悪だったあの時の夢。

 それでも忘れられない夢の話。



 その時、彼は絶体絶命の危機に陥っていて、冗談抜きで命すら失いかけた。

 資産はあるけど、それをいきなりお金にすることはできない。そんなことも分からないような馬鹿が、少年を攫って、身代金を要求した。両親はなんとかお金を作ろうとしたけれど、やっぱり制限時間までにお金を作ることは出来なかった。

 銃口を突きつけられた少年は、泣くものかと決意していた。

 父親は宝くじを当てた。

 母親は漫画で一発当てた。

 二人は一生遊んで暮らしても使い切れないほどのお金を手に入れて、遊ぶのも退屈だから色々な事業を始めた。当然のことながら仕事は忙しくなり、子供は貧しいながらも楽しかった暮らしを懐かしむようになっていた。

 お金持ちだから、いじめられることもあった。

 たくさん泣いて、泣き続けて、最後には泣くのをやめた。

 泣くことは無意味だと思った。顔を伏せて泣いていても、事態はなんら変わらないのだと気づいた。だから抵抗を開始した。いじめる奴には抵抗し、反抗し、最低最悪な手段だろうと容赦なく使った。罪悪感など感じなかった。『抵抗できない相手を容赦なくいたぶる』ことに快感を覚えるような人間は、いなくなるべきだと本気で信じていた。自分がほんの少しだけ周りよりも優れていることを利用して、容赦なく、それこそ眉をひそめるような手段で、少年は平穏を獲得した。

 後に残ったのは……空しさだけだった。

 その空しさを知っていたから、少年は泣かなかった。

 寂しさを知っていたから、少年はどこまでも真っ直ぐだった。

「恨むんなら、両親を恨むんだな」

 銃口を向けられて、少年は、にやりと口許を緩めた。

「笑っちゃうほど月並み、だね」

「んだと?」

「あんた、資産運用の方法とか一切知らないだろ? 確かに、ウチにはあんたの要求に応えられるだけの資産はあるけどね、それをいきなり現金に代えろってのは不可能なんだよ。ましてや、銀行からそんな巨額のお金をいきなり引き出せるはずもない。つまり……あんたの要求は最初から実現不可能だったのさ。そして、僕を殺せばじきに警察がここまでやって来る。そうすれば、あんたは破滅だ」

「うるせぇっ!」

 殴られて、口が切れたが、少年は屈しない。

「そして、僕が恨むのは両親でも他の誰でもない。ここにいて、銃口を僕に向けているあんただ。僕を殺すあんたを、僕は死ぬまで恨み続ける」

「……そうか、なら、死ねよっ!」

 銃口が向けられる。引き金が指にかかる。

 少年は最後まで屈することなく戦うことを選んだ。

 ゴキ、という音を立てて手首の骨が外れ、少年の拘束が緩む。

「なっ!?」

 拘束を外して、少年は一瞬で己の手首をはめこんだ。

 合気道の師範に習った奥の手だった。これをやれば、下手をすれば一生手が動かなくなることもありうる。

 だが、激痛に顔をしかめながらも、少年は躊躇しなかった

 足の拘束は外れていない。銃から逃げることは不可能。

 男は驚きながらも引き金に指をかける。

 その一瞬。激痛に悶えながら、少年は拾っておいたパチンコ玉を指で弾いた。

 その球は、銃口に吸い込まれ………そして、

 ドン! と音を立てて銃が暴発した。

「ぎゃあああああああああああああっ!!」

 絶叫が響く。少年はその間に足の拘束を外し、立ち上がる。

 その瞬間に、殴られた。

 体が吹っ飛び、地面を転がる。すぐさま起き上がろうとしたが、背中を踏みつけられて、肺から空気が漏れた。

 顔を上げると、そこには冗談のような人物がいた。

 髑髏の面をつけた青年。その背には、信じられないほど巨大な鎌を背負っていた。

「ったくよ。なにやってんさ、親父」

「があがッ……」

「せっかく俺っちが世間的に必要ないあんたを有効活用してやろうって思ったのに、手足縛られた子供にいいようにやられてんじゃねーよ。ぼけ。くず」

 少年はまるでそれが当然のように、顔が半壊した男の口の中につま先を叩き込む。歯が折れ、骨が砕ける音が少年の耳にも届いた。口の中に蹴りを叩き込んだ理由はいたってシンプル。悲鳴がうっとおしいからだろう。

 髑髏面はにやりと口の端で笑った。

「ま、金受け取った後に始末するつもりだったけどな」

 髑髏面は背中に背負った大鎌を片手で振り上げて、そのまま振り下ろした。


 惨。


 血が舞った。少年は、人が一刀両断されるのを見た。

 頭から股間まで、一直線に断ち割られた。

 ドシャ、と音を立てる『元人間』を見つめて、髑髏面は毒づいた。

「ちっ、やっぱり脂っこいなぁ。ぶち殺すのは若い奴がいいぜ、やっぱ」

「……っ!」

 今まで抑えていた、いや、そんなものとは比べ物にならないような恐怖が、少年を支配していく。目の前の髑髏面は……普通ではない。歯がカチカチと鳴って、体が恐怖のあまり自動的に震え出す。

 それでも……少年は唇を噛み締めて、堪えた。

「……お前、なんなんだ? 髑髏のお面なんてつけて、人を殺して」

「?」

 髑髏面は小首をかしげて、少年をまじまじと見つめる。

「まじか?」

「……え?」

「するってーとなにか? お前は今の殺戮を見て、『惨殺』というものをその目で直視して、それでも俺っちに向かって話しかけることが可能だと、そういう心胆を持つ人間だと、そういうことなのか? なるほど、そりゃ面白い」

 なにやら奇妙な一人合点をしながら、髑髏面は口許を緩める。

 そして、腹を抱えて笑い始めた。

「かはははははっ! すげぇ、冗談抜きですげぇよお前っ! 一体どんな地獄を見て、どんな凄絶な覚悟を決めてきたんだ!? 俺っちがお前くらいの時にはナイフ一本まともに扱えずに、人を殺すことなんて夢のまた夢のことだったっ!! こいつはとんでもねぇ逸材が転がってたもんだっ! あまりに素晴らしくて泣けそうだぞっ!」

 いきなり笑い出した髑髏面についていけず、少年は唖然とする。

「なんなんだよ……お前?」

「おっと、名乗りを忘れていたな。俺っちの名前は死神礼二。依頼されれば老若男女問わず何人でも殺し尽くす、『殺戮屋』さ」

「さつりく……や?」

「簡単に言うと、白兵戦で戦況をひっくり返す存在さ。あらゆる世界に出張して、絶望的な戦況を地獄の釜の底のようにして、なにもかも根こそぎにして去っていく。そういう『兵器』なんだよ。もっとも、最近はちっとばかし数が激減してるけどな。……それというのも…っとおっ!?」

 ドスッ!

 死神は身を翻し、投擲された物体から身をかわす。

 投げつけられた刃物は……『高枝切りバサミ』だった。

「……え?」

 そして、少年は信じられないものを見た。

「坊ちゃんから離れろ、外道」

 最近メイドとして雇った女。

 いつもの静かな瞳には、今は烈火の怒りが宿っている。

 メイド服にカチューシャ。両のホルスターには二つの兇刃。

 その両手には、回転鋸かいてんのこぎりが握られていた。

 メイドは、死神を真っ直ぐに睨みつける。

「その汚らわしい足を、今すぐどけなさい」

「……おいおい、まじか?」

 髑髏面……死神礼二は口許で笑う。

「こんなところで出会えるとは思わなかったが、兄貴の仇だ。殺させてもらうぜ?」

「殺したいというのなら勝手になさい。ただし、その人だけは私が守る」

「おっと、そんなことを言っていいのかねぇ。『刀殺し』、『殺し屋殺し』、『最後の侍従』……いいや、こう呼んだほうがいいか? 『主人殺し』……とな?」

「……………」

「その少年に知られてもいいのかねぇ? いいや、案外もう知られちまってるかもなぁ。お前の過去やなにやら、こっちの方じゃかなり有名だし。なぁ、忠誠一族月ノ葉………」

「黙れ。変態仮面」

 その言葉はメイドのものではなく、少年のものだった。

「んだと? お前は黙って……」

 死神は、二の句を告げることができなかった。

 この状況で、少年はふてぶてしく笑っていた。

「その人は山口コッコ。親父とお袋がトチ狂って雇った奇妙な年上のメイドさんだ。性格は意外と攻撃的で、なんでもできるくせになんにもしない。趣味も仕事も庭いじり。好きなものはスイートポテトとかわいいもの全般。嫌いなものはグリーンピース。ポーカーフェイス気取って無表情にしてるけど、意外と感情が隠せてない」

 少年はゆっくりと溜息をついて、きっぱりと言った。

「それだけ分かれば十全だ。裏事情なんて知らない。伏線なんぞドブに捨てろ。僕は彼女を信じている。山口コッコは僕の家族だ」

「なるほど……」

 少年は笑う。死神も笑う。

「言いたいことはよく分かった。とりあえず死んどけ」

 笑顔のまま、死神は少年に大鎌を振り下ろした。


 ギュガアアアアアアアアアアアアアッ!!


 火花が散る。

 大鎌を受け止めたのは、メイドの握る回転鋸。

「ちぃっ! なんつーもん振り回しやがるっ!」

 大鎌とチェーンソー。中世に作り出された処刑道具と近代に作り出された切断を目的とした専用工具。いくらなんでも打ち合わせるには分が悪すぎる。死神は慌ててメイドから距離を取った。

 メイドはそれを追うことはしない。少年に背を向けて、口を開いた。

「坊ちゃん」

「なんだい?」

「………私を、信用してくれるんですか?」

「アホか。あんたを信用なんかしてるわけねーだろ」

 少年は溜息をついて、思ったよりも小さいメイドの背中を見つめる。

「初対面は最悪だったし、今でも印象は最悪だし、庭いじり以外の仕事はろくにしねーし、すぐ怒るし、すぐにどつくし。っつーかさ、頼むから給料ぶんの仕事くらいはしてくれよ」

 苦笑しながら、少年は初めてメイドに本音を言った。

「それから……信用とか、そういう下らないことを聞くなよ。あんたは……僕の家族なんだからな」

 言いたいことはたったそれだけ。

 しかし、それで十分だった。

 メイドは少しだけ顔を伏せて、少年に顔を見せないようにした。

 そうしないと、泣いてしまいそうだった。

「……白馬の王子様には、ちょっと足りませんけどね」

「なんのこと?」

「他愛ない、メイドの独り言ですよ。ご主人様」

 メイドは目を開き、敵を注視する。

「それではご命令を。……我が主人マイ・マスタ

「命令……ね」

 少年は少しだけ悩んで、にやりと笑った。



「ぶちのめせ」

「了解」


 

 そして、メイドは一方的な蹂躙を開始した。

二話に続きます。二話からは短編の続きと言うことになりますが、読んでいなくても十分に楽しめ……たらいいなぁという願いを込めて(笑)

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