表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/23

:2

言葉をなくした彼女は、施設では親しい者もできず、何時も一人だった。

時折、夜になると物凄い悲鳴を上げて魘されていることがあった。

そんな彼女に施設の皆は同情していたが、手を持て余してもいた。


数ヶ月が経ち、ベアトリーチェの精神は幾分落ち着いてみえた。

相変わらず、夜の悲鳴以外、言葉は聞くことができないが、施設皆の手伝いを積極的に行い、従順だったため、言葉の問題さえクリアすれば、引き取り手もすぐに見つかるだろうと考えられていた。


そんなある日、彼女は施設の応接間に通された。

そこにいたのは、高級そうな服を着た一組の男女。

彼らはベアトリーチェを見ると席を立ち、笑顔を向けた。

彼らは、フランスに住んでいる画商経営の夫婦だった。

女性はアジア人らしくエキゾチックな美人だった。

「やあ、こんにちは、ベアトリーチェ。」

低い男の人の声だった。

「俺の名前は、アルフォンス、アルフォンス・高嶺。今はフランスで暮しているけど、イタリアが故郷なんだ。イタリアじゃ、アルフォンソかな?」

ニッコリと笑う彼にベアトリーチェは笑みを返した。

彼の隣に立つ美しい人がベアトリーチェを覗き込んだ。

「私は、美園。高嶺の奥さん。ねえ、ベアトリーチェ…私たちと家族にならない?私は娘が欲しかったの。」

アジア人だとは思ったが、色の白い女性だとベアトリーチェは思った。

包まれた手は柔らかく、彼女の心を溶かしていく。

「俺達は、君のお父さん達とは友達だったんだ。」

彼らは、ベアトリーチェの両親との思い出を沢山聞いて聞かせた。

うわべでは笑い、従順だったベアトリーチェが心から笑っている。

施設長は、夫妻に彼女を託すことにした。


夫婦は、ベアトリーチェを伴ってその日のうちにフランスに渡ることになった。

「近々イタリアに帰ることになりそうだが。」

少し曇った表情で父になる人が言った。

目に見えるもの全てがベアトリーチェにとって新鮮なものだった。

「この子がベアトリーチェ?」

パリの郊外の一角にある豪邸に入った車から降りた3人を迎えてくれたのは2人の少年だった。

夫婦はそれぞれの息子にキスをした後、ベアトリーチェを2人に紹介した。

「こんにちは、ベアトリーチェ。僕は、クラウディオ。」

淡い緑の瞳の少年は優しい微笑みで新しい妹を出迎えてくれた。

「僕は、ロレンッオ。数時間の差で弟さ。」

ベアトリーチェが言葉をしゃべられないことを2人は知っているのだろう、彼女には微笑みを与えるだけで手を繋ぎ家へと入っていった。

「大丈夫そうだな・・・。」

「ええ、さすが私の息子達。」

「おいおい、俺達のだろう。」

夫妻は互いを抱きしめキスをかわした。


ベアトリーチェが通された部屋はかわいらしいレースで飾られていた。

「母さんの趣味だよ。ビーチェを引き取るって決めた途端、大変さ。息子しかいなかったからね、念願の娘と思って、僕達も手伝わされたんだよ。」

ロレンッオが言う。

「気に入ったかい?ビーチェ。」

覗き込む彼に彼女は頷いた。


***


「コーラを飲みすぎたかな。」

夜中、クラウディオは、誘導灯のついた廊下を歩いていた。

ふと足を止める。

誰かがうめいているのだ。

「ビーチェ?」

軽くノックをして部屋に入るとベッドの中で両手を伸ばしうごめく塊を見た。

それが妹だと知ると彼は駆け寄り彼女に触れた。

「マンマー!パパー!ノンノ!ノンナ!エッタ!一人にしないで!」

初めて聞くビーチェの声だった。

とても追い詰められている声。

クラウディオはどうしていいか分からなかったが、そっと彼に触れる手に驚いて振り向いた。

そこに立っていたのは母親の美園だった。

「ママ・・・ビーチェが・・・。」

穏やかな微笑を浮かべた新しい妹の苦しそうな顔。

クラウディオは何も出来ない自分が悔しく思えた。

そっと息子の頭をなでた母は、ベッドに腰を下ろし、ベアトリーチェの身体を抱き起こすと優しく抱きしめた。

「夢の中でしか声を出せないなんて、ビーチェはとても苦しんでるのよ。」

母にしがみつくビーチェ。

嗚咽が部屋に響く。

「さあ、あなたは戻りなさい。」

「ママ・・・僕…ビーチェを守るよ。ママやパパが仕事で忙しい時だって、僕が守るよ。」

優しい息子の言葉に美園は柔らかい笑顔を見せ、そっと腕を伸ばすと息子を引き寄せて頬にキスをした。

「ありがとう。」

母に褒められたり、キスをされるのを彼は好きだった。


ベアトリーチェは、家族に囲まれ、心の傷を徐々に癒していった。

その癒しは彼女に言葉を取り戻させた。

しゃべられない時も家族は、彼女にイタリア語と英語、フランス語で語りかけ、時に母が話す日本語もビーチェにはくすぐったい刺激であった。

ある朝、リビングで届いた手紙に目を通していた父の表情が曇ったことに兄弟は気付いた。

「どうしたの、パパ。」

「んー、どうやら時が来たようだ。」

頭を掻く父親に家族がため息を吐いた。

ビーチェは兄の服を引っ張った。

「あぁ、イタリアに帰る時が来たんだよ。」

イタリアへ。

それは、ビーチェの故郷への帰還だった。


つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ