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明日の予定を聞こうとした私にアレスコーニの人達は足を止めてくれたけど。
「明日のことは改めまして。」
執事と言う人に言われて部屋に案内される。
「えっ?」
部屋の中には私の荷物があった。
「空港から案内されたホテルに泊まるのだと思っていたのですが。」
そう尋ねた私に執事の彼は丁寧に頭をさげた。
「大奥様からの御達しにございます。どうか、この屋敷で御ゆるりとお休みください。」
何故だろう、この執事と言う人の目も優しく思える。
そんなに似ているのだろうか。
彼らが見ているのが私ではなく、既にこの世にいない人なんだと思うと自分と言うものの存在意義を見つけようとしてしまう。
執事が居なくなってから胸に湧き上がってきた痛みをアルヴィンの笑顔を浮かべることでやり過ごした。
「クロフォード家に連絡しなきゃ・・・。」
案内された部屋には、執事の人が言ったように既に私の荷物が運び込まれていて、ちょっと呆れてしまった。
「・・・私は、前に進むためにココに来たの。頑張らなくっちゃ。」
たった一人の決意表明。
浮かぶのは愛しいアルヴィンの笑顔と誰かの影。
ズキンとまた頭が痛む。
「頭痛薬持ってきたはず。」
持っていた鞄の中からピルケースを取り出した。
季節の変わり目、天候の崩れ、ささいなことで私を襲ってくる頭痛。
薬に頼りたくなくても、ここにアルヴィンと言う特効薬はない。
用意されていた水差しの中の冷たいレモン水。
私は、その水で薬を飲み干した。
自分の身体を抱くように私はベッドにしゃがみこんだ。
頭痛と同じようにキシキシと身体が痛むからだ。
この年で古傷が疼くのは情けない気もするけど、この痛みは過去を忘れた自分への罰なんだ。
そう思っている。
ふとクロフォード家から渡された携帯電話を手に取る。
これには、GPS機能が付いていて、私が今何処にいるか彼らにも分かると出かけに聞いた。
「連絡しなくても、今私が何処に居るかは・・・知ってるわよね。」
大きなため息を吐いた。
見張られているんだと思った。
言われたことをすればいい。
そう、それだけでいい。
アルヴィンに家族と言うものを与えてあげたい。
そのことしか私にはなかった。
クロフォード家に思いがけず加わることになった私が、相応しい行動を取れるかどうか。
アルヴィンの未来のため、母として間違った行動をしてはならない。
クロフォード家直通の電話番号だと教えられた番号。
「でも・・・一応はかけないとだめよね。」
登録された番号は、携帯を渡された時には既に入っていた。
報告のため押した番号、国際電話だけど、資産のあるクロフォード家なら大丈夫だろう。しかし、暫く待った後、聞こえた声に固まってしまった。
『もしもし・・・。』
戸惑う私に小さな咳払いが聞こえた。
『父は今手が離せない。なんです?』
よりによってアンガスが出るなんて。
そんな風に思ってしまう。
養父から与えられる視線の厳しさは兎も角、その息子アンガスの方が辛辣だった。
私とは一切関ろうとしない態度。
その一貫したものには敬意を払うが、電話とは言え、どんな風に声を出したらいいか分からない。
『喋れないんですか?義姉上…。』
大きなため息と共に出された“義姉上”と言う言葉。
その向こうで養父の声がして話す相手が変わった。
本当に、まだ、アンガスより彼のほうがマシだった。
私は、宿泊するところが変わったことを告げた。
すると彼は私にアレスコーニ家の出迎え方について聞いてきた。
「良くして頂いてます。」
『彼には会ったのか?』
彼とは、クラウディオさんのことだろうか。
「はい、オッタヴィア・アレスコーニさまにもお会いいたしました。」
暫く続く沈黙。
彼との電話なら仕方ないことだろう。
「あ、あの・・・。」
『何だ?』
「ア、アルヴィンは元気にしていますでしょうか。」
受話器の向こうで聞こえるため息。
しまった・・・仕事のこと以外を喋るなんて・・・。
背筋に冷たいものが流れた。
『元気にしている。心配はいらない。』
「で、できるだけ、早く成果を上げて帰ります。それまで、どうか、どうかアルヴィンを・・・。」
『分かっている。・・・そんなに焦らなくていい、ゆっくりすればいいんだ。』
養父の言葉になおさら背筋が寒くなる。
脅されているようなそんな気すらした。
『会議の時間だ、切るぞ、』
アルヴィンの声を聞きたいと思った言葉は届かなかった。
つづく