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「久しぶりにお部屋から出られたと聞いて、飛んで参りましたのよ!」
彼女は私の存在など無視するかのように夫人の傍に駆け寄っていく。
車椅子の夫人が怪訝そうな顔をして、一瞬私に済まなそうな顔を向けた後姿勢を正して、声を発した女性の方へと自身の身体を向けた。
「なんですか、エリザベッタ!お客様の前ですよ!」
凛とした厳しい声。
跪くように婦人の手をとり話をしていた私もさすがに身体を起こした。
「えっ、ああ、ごめんなさい・・・えっ、あ・・・なっ!」
女性は私の顔を見て顔を歪め一歩退いた。
「ベ、ベアトリーチェ・・・な、何で・・・。」
そんなに似ているのだろうか。
怯えていたような顔の彼女がギッと私を睨んできた。
「失礼よ、エリザベッタ。この方は・・・フェリシア・クロフォードさん。イギリスから来られたお客様よ。」
「フェリシア?・・・じゃあ、他人の空似?気持ち悪い。」
小声だろうが、ちゃんと聞こえてますが。
どうやらベアトリーチェって子は、このエリザベッタさんに嫌われていたらしい。
「エリザベッタ・・・貴方って子は・・・さっさと出て行きなさい。私は貴方の相手をしている暇はないのです。」
夫人から告げられた言葉にハッとなった彼女はもう一度私を睨むと口を開いた。
「大伯母様?変なこと考えてないでしょうね・・・。」
「エリザベッタ・・・いい加減に。」
彼女は私の方へツカツカと歩き目の前で立ち上がると視線を上下させる。
不躾な視線。
彼女はスッと手を伸ばしてきて、私の手を取ると痛いくらいに握手をしてきた。
「エリザベッタ・アレスコーニよ。」
後でため息を吐いている夫人が見えた。
「はあ、どうも。」
「お邪魔してしまってごめんなさい。大伯母様がお元気になられたって聞いていてもたってもいられなくて。」
ついっと近寄ってきた彼女は私の耳元で囁く。
「私はクラウの婚約者、エリザベッタよ。いいこと、忠告しておくわ。人の男に色目は使わないで頂戴ってこと。本気になってしまう前にイギリスにお帰りなさい、亡霊さん。」
「えっ?」
「エリザベッタっ!」
ヒステリックになった夫人の声に鼻で笑った彼女は私の手を汚いものにでも触れたかのように振り払い、夫人の頬にキスをする。
「大伯母様が何を考えておいでであろうと、クラウは私のものよ。」
「いい加減にしなさい、クラウは!」
「そっくりさんを呼んで来たところで彼の心は開かない。鍵を持っているのは私だもの。」
彼女は不敵な笑みを浮かべて何事もなかったように部屋を出て行った。
なんだろう、本当に呆れてしまう。
「フェリシアさん、ごめんなさいね。」
「い、いえ・・・なんか・・・変わった方ですね。何か誤解もしてらっしゃるようですわ。」
こめかみを押さえて頭を振っている夫人。
あれほどの礼儀と言うものも無視されては、頭が痛くなるのも仕方ないだろう。
気の毒だなぁ・・・。
夫人は人を呼んで部屋に戻ると告げた。
「フェリシアさん、本当にエリザベッタのこと、ごめんなさいね・・・。気を悪くなさらないで。」
なんだか本当に気の毒で頭を縦に振る。
「気にしてません。あの方はクラウディオさんの婚約者なんですね、クラウディオさん、とても素敵な方ですから、エリザベッタさんが心配なさるのもわかります。」
「ち、違うのよ、誤解だわ。」
立ち上がろうとまでする夫人は思わずふら付いてしまう。
慌てて駆け寄り身体を支える。
「クラウはあの子を選んだりしていない。それは確かなの。」
どうして、そんな縋るような目で見るの?
私・・・。
ズキリと頭が痛む。
「フェリシアさん、どうか・・・、」
頭痛は激しい波のように押し寄せてくる。
夫人の言葉も届かない。
「フェリシアさん?」
ギュッと目を瞑る。
「だ、大丈夫です。それより、奥様もお休みになってください。」
使用人の方を見て夫人を休ませるように目配せをする。
「私は、研究所の方に行って、用を済ませます。」
痛む頭をやり過ごし何とか笑顔を作る。
「ゆっくりしていってちょうだいね。」
去り際に夫人はそういった。
けれど、長居する気にはやっぱりなれなかった。
イギリスにおいてきたアルヴィンのことや、エリザベッタという女性の目。
そして、クラウディオ・・・。
私はクロフォード家の一員になるためにココに来たんだ。
家族が欲しい。
その夢を叶えるためにも成果を得て早く帰らなければと改めて思った。
つづく