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あれから10年の月日が経った。
クラウディオは27歳の青年となっていた。
彼が今居るのは、イタリアにあるアレスコーニ家のオフィス。
上質の皮張りの椅子に背中をもたれさせた。
「お疲れのようね、クラウディオ!」
彼のため息を一層深くさせたのは、アレスコーニ家の親戚筋のエリザベッタだ。
親戚と言うだけで図々しく屋敷の一角で暮らしはじめた親子。
本来の親戚である夫が亡くなった後、住むところも仕事もないと大伯母に泣き付いてきたのはエリザベッタが10歳の時だった。
大伯母の温情にドップリ嵌った彼女らは何かと理由を付けては仕事をしようとはせず、贅沢な暮らしをしていた。
クラウディオはイタリアに初めてきた時に感じたエリザベッタの母親の美園への怒りと高嶺への横島な思いに嫌気がさしていた。
一族の不利益にならないように彼女達の動向は秘密裏に見張られ、母親が名のある金持ちの後妻になってからは、その借金の全てを彼に押し付けた。
それでもなお、エリザベッタがアレスコーニ家にこだわるのはクラウディオの妻の地位に一番ふさわしいのは自分だと思っているからだ。
しかし、クラウディオもアレスコーニ家の者達も彼女の思惑などお見通しで彼女の思いは永遠に届くことがなかった。
「また来たのか…君はもうアレスコーニ家とは関係のない人間のはずだが?」
刺すような視線に思わず震える。
社交会でもひっぱりダコのクラウディオ。
5年前に弟のロレンッオが日本に生活の場を移してから彼はアレスコーニの一族に囲まれて居ても心は孤独だった。
10年前、ベアトリーチェは何者かに拉致された。
犯人は何も要求してこず、翌日、犯人のものと思われる車が険しい山の崖下で見つかった。
激しい衝撃を受けた車の回りには絶命した3人の男が無惨な姿で転がり、雪が覆い尽そうとした車の中からベアトリーチェの荷物と血痕が見つかった。
彼女が教会に届けようとしていた宗教画は無傷で見つかった。
車の中に残されていた血痕と女物の鞄がベアトリーチェのものだとの検証がされたのは一週間後のことだった。
何しろ事故車が見つかったのが彼女の拉致の翌日だったのだにも関わらず険しい崖の下であったことと天候が不安定だったことから周辺の捜索が遅れたのだ。
警察は周辺の捜索を行なったが、野犬が男達の肉をあさっていたことからベアトリーチェの体も食べられてしまったのだろうと推測された。
ベアトリーチェの鞄を見たメアリは泣き喚き、家族は言葉を無くした。
あの日以来、クラウディオの世界は閉ざされた。
高校・大学と優秀な成績を修めたクラウディオは家族以外には決して心を開かず、ただ言われるがままアレスコーニ家のために働いた。
過労で倒れたことも何度もあった。
彼女を求める心は宙をさまよい、契約で彼女の代わりの女を何度も抱いた。
その中にエリザベッタは入っていない。
ビーチェの事件から意気消沈した大伯母はお使いを頼んだ自分を責め、寝込むことが多くなった。
「クラウディオ、お前はこれからどうするんだ?」
「これから?さぁ…。」
息子を心配する高嶺は一刻も早く彼に一歩を踏み出してもらいたかったが、自分も美園を亡くした後、本当に浮上できるまで何年もかかった。
追い討ちをかけるようなビーチェの失踪にまた心が砕けそうになったが、自分よりもクラウディオの激しい落ち込みにそんな暇はなかったのだ。
けれど、彼が自分と同じく勉学や仕事に邁進することで平静を取り戻すならと全面的に彼を援護していた。
つづく
次からは、フェリシアの章に戻ります。