心傷
心の傷というのはぽっかり空いた穴のようなものだ。
その数や大小は人それぞれで、まばらに存在するものもあれば、歪な形をしたものや、数多の穴が重なりあって大きく見える形だったりする。
こいつのとにかく厄介なところは完全に元通りにすることができないってことだ。
この穴をどうにか、目に見えて消すなら、縫うなり、他のもので埋める、詰め物をする必要がある。と思う。
縫う場合なら、おそらく縫合跡ができてしまうでしょう。跡に残されたツギハギは他人からもよく見え、心の動きに機微があった際、スムーズな反応や、動きができず、感情の強張りのようなものができてしまう。
その様子はさぞ可笑しく。周囲からは怪奇の目で見られるでしょう。
何か別のもので埋める方法。詰め物の種類なら多岐に渡るでしょう。
過度に洒落て見せる綺麗なもの。
周りの人との視覚的差異をなくすための人工の感情。
温かみのない、冷たく無機質なもの。
見た目上の問題が解決したとしても、それは結局元の材質とは異なる訳で、常に異物感を抱えることになるでしょう。
あるいは感情の温度変化の際、元の部位と比べて、その異様な熱の違いに、詰め物の輪郭がはっきりと感覚で理解できてしまうでしょう。その度に人知れず嘆く羽目になるでしょう。
この心傷が本人の望んだ物か、望まずできた物かは関係なしに、生きているうちに、過去が傷跡の溝を走る。ひび割れた地面に雨水が染み込むように。
見ないふりを続けようと、今を生きても、ジュクジュクと膿む感覚。
他と同じように振る舞えど、中身が人でないなら、違和感が伝播する。怖くてたまらない。あの幼き背に、投げられた林檎が意味を成す。形を作る。
もし傷に意味などないなら?ただの一興の見せ物に過ぎないのなら。
どんな穴でさえ、意味があると願いたい。




