第2章-1 遺跡の門が開く
遺跡の壁面に刻まれた紋様が、ユノの接近に合わせて淡く脈打っていた。
赤黒い地表に反射する光は、まるで星が呼吸しているかのように規則的だ。
「……ユノ、今、何をした?」
背後からカシアの鋭い声が飛ぶ。
まるでユノが遺跡を勝手に作動させたかのような空気が漂う。
「な、何も……触ってない。近づいただけで、勝手に……」
「勝手に、ね。そんな都合のいい話あるか?」
苛立ちを隠さずに言ったのは、採掘班の実働責任者ラグスだ。
利益優先の会社方針に忠実な彼は、遺跡など二の次…いや、邪魔だと考えている。
しかし、反論するより先に、遺跡の門が音もなく、ゆっくりと開き始めた。
轟音はない。
ただ空気が吸い込まれるように、静かに。
隊員たちがざわめく。
「自動、開門……? どうなってんだこれ」
「古代文明の技術か……?」
「熱源反応チェック! 内部温度は?」
カシアは冷静に指揮を飛ばすが、内心では動揺が隠せないようだった。
遺跡の内部温度は、地表よりわずかに低く、安定していると表示される。
「……入れる。少なくとも、即死はしないわ」
その言葉に、ラグスが舌打ちした。
「調査は明日じゃなかったのか。俺たちは採掘がメインだろう? こんな得体の知れない穴に――」
「ラグス」
カシアが一喝する。
「会社は“未知技術の回収”も優先項目に入れてる。遺跡の発見は採掘と同等の成果よ」
ラグスは不満げに黙りこんだ。
ユノは、隊の会話を聞きながら、門の奥に視線を奪われていた。
――来い。
まただ。
耳ではなく、胸の奥で響く呼び声。
(マグニ……)
名を呼ぶだけで、熱い気流が体の中心を通り抜けていくような感覚がする。
「ユノ?」
カシアが心配そうに覗き込んだ。
「顔色が悪い。熱にやられた? 戻る?」
「……いえ、大丈夫です。行けます」
ユノはかすかに首を振った。
嘘ではなかった。
むしろ、遺跡から離れる方が、不自然に感じるほどだった。
――私のところへ来い。
その声のたびに、足が前に出そうになる。
カシアは一瞬だけユノの顔をじっと見つめたあと、隊へ告げた。
「デルタ採掘班、遺跡内部、調査を開始する! ただし安全最優先。決して単独で動かないこと!」
「了解!」
隊員たちが一斉に返事し、ライトを点灯させる。
遺跡内部は黒曜石のような光沢のある壁が続き、ところどころに淡い赤光が流れていた。
有機物のようでもあり、機械的でもある奇妙な造り。
踏み込んだ瞬間、ユノの背中にひやりとした空気がまとわりついた。
(……この温度差、地形とは明らかに不自然。制御されている?)
思考が巡ったとき、突然――
視界の隅で、何かが動いた。
「っ……!」
ユノが振り返ると、誰もいない。
だが、確かに“存在”の気配があった。
――恐れるな。
――ここは、私の記憶だ。
声が近い。
遺跡の壁面から滲み出すように、その“意思”は語りかけてくる。
(記憶……?)
その瞬間、壁の紋様が強く輝いた。
「待って、反応が急上昇してる!」
「熱力波か!? 避難準備!」
隊員たちがざわつく中、ユノの足元だけが、赤く優しい光に包まれ始める。
カシアが驚愕の声を上げた。
「ユノ!? 離れなさい!」
「違う……大丈夫、だと思う」
自分でも理由は言えなかった。
ただ、本能が告げていた。
――ここからが始まりだ。
赤い光が球状になり、ユノの身体を包み込む。
耳鳴りとともに、視界が歪み始める。
「ユノ!!」
カシアの叫びが遠のく。
光が弾け、ユノの意識は――遺跡のさらに奥、
“星の心臓”へと引きずり込まれていった。




