第3章−5 《赤い胎動:企業の覚醒と揺らぐ均衡》
広場に、静寂が落ちた。
ラヴィの体から溢れた赤い光は、
人々を包むように柔らかく揺れていた。
恐怖ではない。
怒りでもない。
——ただ、か細い命の脈動。
オルドは眉ひとつ動かさないまま、その光を観察した。
「……エネルギー反応、異常なし。
攻撃性はゼロ……?」
彼の耳に、部下の通信が入る。
『オルド特務官、これは……“共鳴波”?
星と少女が……同調している……?』
部隊全体にざわめきが走る。
しかし、ラヴィだけは静かだった。
胸に手を当て、目を閉じて、星の声に集中している。
——アツイ。
——コワイ。
——イタイ。
——マモッテ。
ラヴィの喉が震える。
「……やっぱり。
星の子は……まだ殻の中で苦しんでる……」
オルドはゆっくり歩み出た。
その顔に浮かんでいるのは、侮蔑でも怒りでもない。
ただ、純粋な“分析”。
「ラヴィ・コーラ・ミール。
君は本当に……星の内部の“胎動”を感じ取っているのか?」
ラヴィはうなずいた。
「感じてる。
あなたたちがリング・ヴォルトに触れた時、
この子は……痛がってた。」
広場の住民たちが息を呑む。
アストラもまた、わずかに身構えた。
ラヴィは今、何十人もの前で“真実”を背負っているのだから。
オルドは質問を続けた。
「痛み、恐怖、胎動……
それらは君が“感じている”だけか?
それとも本当に、星の中心に“命”が存在する証拠か?」
ラヴィは即答した。
「あるよ。
本当に“命”が存在してる。
私はその声を、ずっと……ひとりで聞いてきた。」
オルドは少しだけ視線を落とした。
「……ならば、我々企業は何をした?」
ラヴィは息を吸う。
「あなたたちは……
その命を“暴走源”だと思い込んで、
壊しかけたんだよ。」
広場全体が揺れた。
部隊の一部が反応する。
「特務官……どうされますか?」
「この少女の証言は信憑性が……」
「しかし現象は明らかに……」
オルドは手を上げ、全員を黙らせた。
そして、ラヴィへ。
「……“誤解”か。」
その言葉はあまりにも重く、
あまりにも静かに響いた。
アストラが小声でラヴィに耳打ちする。
「オルドはね……
確かに冷徹だけど、
事実を覆す証拠を前にすると必ず止まるタイプなんだよ。」
ラヴィは驚いた。
「じゃあ……話せば分かる人……?」
「そう。
敵じゃない。
ただ“企業の正義”を信じすぎてるだけ。」
その時だった。
地面がビリッと震えた。
ラヴィがハッとする。
「星の子が……強く動いてる!」
アストラが構えた。
「やばい、これは……」
広場中央の地面が、赤く線を描くように光り始めた。
オルドはすぐに部隊へ指示を飛ばす。
「隊員、警戒態勢!
エネルギー噴出の可能性が高い!」
しかし、ラヴィはすぐに叫んだ。
「違う!攻撃じゃない!
“助けて”って言ってるんだ!」
次の瞬間──
赤い光が縦に裂け、空へ向かって吹き上がった。
しかしそれは破壊の光ではなく、
糸のように細く、やわらかい。
まるで──
「手を伸ばしている」ようだった。
ラヴィの胸が締めつけられた。
「……触れようとしてる……
外の世界に……会いたがってるんだ……!」
オルドはその光景をじっと見つめた。
企業のデータにも、論文にも、どの前例にもない現象。
それを前にして、彼は初めて
“正義”の基準を揺らがせた。
「……この現象は、
我々の認識が間違っていたと示している。」
部隊員たちが息を呑む。
アストラは静かに笑った。
「やっと……気づいた?」
オルドはラヴィへ向き直り、
深く、短く言った。
「ラヴィ。
君は我々に……新しい見方を与えた。
星を“危険物”と断じた我々の判断は、誤りだったようだ。」
広場の空気が変わる。
敵意が消え、
警戒が和らぎ、
ざわつきが理解へ変わっていく。
ただ一つだけ、オルドは続けた。
「だが──
星が新しい命を産むのなら、それは大きすぎる事態だ。
我々企業は……この星の変化を看過できない。」
アストラの眉が動く。
「つまり?」
オルドは短く告げた。
「君たちと手を組む。
ただし、目的は監視と調査だ。」
ラヴィは大きく目を見開いた。
敵でも味方でもない。
でも、確かな“理解”の第一歩。
マグニに、
少しだけ風が通った瞬間だった。




