孤児院の夜にて
マグニは深呼吸をした。
胸の奥に、冷たい鉄球のような罪悪感と、言い訳めいた熱が混じって渦巻いている。
「ねぇ、マグニ……」
イリナがそっと問いかける。
「さっきの“敵意が流れてきた”っていうやつ……あれ、どういう感覚なの?」
マグニは少し迷ったが、正直に答えることにした。
「……痛いんだよ。殴られてるみたいに。相手が悪意を向けた瞬間、俺の中に直接“刺さる”。
だから、反射的に殴り返した。……それだけなんだ」
言いながら、自分でも情けなくなる。
正義感でも、信念でもない。ただの反射。
ただ、怖かったから殴っただけ。
するとアストラが、あっさりと言った。
「理に適っているわ。あれは“魔感受者”の典型的反応よ」
「……魔感受者?」
アストラは軽く頷き、呪文のように説明を始める。
「世界の根源力――《エーテル》を無自覚のまま受け取り、他者の感情の波を“自分のもの”のように感じてしまう存在。
資質としては希少で、本来は高度な術者が長い修行の末に扱う領域よ」
「マグニは、その才能が“最悪の形”で発現してるってこと?」
とイリナ。
「ええ。怒りや敵意の刺激に最も強く反応するタイプ。
だから、さっきのはあなたの意志ではなく、本能が暴走しただけ」
マグニは、ぎゅっと拳を握った。
「でも……結局俺は殴った。止めようと思っても止まらなかった」
「違うわ」
アストラが首を振った。
「あなたは止めようと思って“止まれなかった”んじゃない。
“止まるという選択肢が存在しない状態”にさせられていたの」
イリナがはっと息を呑む。
アストラは続けた。
「魔感受者は、強い悪意を受けると、自分の身体を“他人の攻撃衝動”で乗っ取られる。
今回、あなたは逆に、敵意を“返した”。
その時に殴った力は――あなた自身だけのものではないのよ」
マグニの目が見開かれた。
「……じゃあ、俺は“あいつらの敵意を殴り返した”だけ……?」
「そう。あなたは極めて防御的な反応しかしていない。
むしろ……」
アストラはマグニを見つめる。
「君は、自分で思っているよりずっと優しい」
その言葉に、マグニは心の奥の硬い部分が、少しだけ溶けるのを感じた。
⸻
そのとき、孤児院の外から声がした
「マグニ! そこにいるのか!?」
怒鳴り声ではない。
必死で、心配で、少し泣きそうな……大人の声。
孤児院の女院長――“母さん”と皆が呼ぶ人だった。
「さっきの騒ぎを聞いたわよ! 無事なの!?」
イリナは息を呑む。
「やば……マグニ、どうする?」
マグニは立ち上がった。
逃げる必要はない。
もう、逃げるのはやめる。
「行く。ちゃんと話すよ」
アストラが静かに微笑む。
「それでいい。あなたは、自分の力を恐れなくていい」




