第3話:「定例会議の憂鬱と、ドラゴンへの共感性羞恥」
胃が重い。
物理的にも、精神的にも。
原因は明確だ。
朝食に出された「灰色のパンケーキ(プロテインと野菜の塊)」が、消化不良を起こして胃の中で鉛のように鎮座しているからだ。
そして精神的な重圧は、今まさに私が座らされている場所――「玉座」に由来する。
「姿勢を正して! 背筋を伸ばす!」
玉座の隣に立ったセレスティアが、ピシャリと言った。
彼女の手には指揮棒のようなものが握られている。私の姿勢が悪くなるたびに、それで空気を切る音をさせるのだ。ヒュンッ、と。
「……腰が痛いです……」
「魔王としての威厳を見せるのよ。部下たちが不安がるわ」
私は泣きたい気持ちを抑えて、背筋を伸ばした。
今日は月に一度の「定例報告会」らしい。
普段の私なら「風邪気味なので欠席します(仮病)」で逃げるところだが、今日はセレスティアという鬼教官がいるため逃げられない。
広間には、各軍団の長たちが集まっていた。
第一軍団長のガイン(ESFP)は、相変わらず筋肉を見せつけるようなポーズで立っている。
他にも、死霊騎士団長や、魔獣使いの長などがズラリと並ぶ。
「では、報告を始めます!」
ガインが一歩前に出た。
彼の声は今日も無駄に大きい。
「現在、捕虜収容所における『健康増進プログラム』は順調に推移しております! 人間どもは毎日スクワット一千回をこなし、悲鳴ではなく『筋肉が喜んでるぅぅ!』という喚声を上げております!」
……地獄絵図だ。
私の意図とは真逆の方向で、人間たちが洗脳されている気がする。
しかし、セレスティアは満足げに頷いた。
「素晴らしいわ。捕虜の健康管理は人道的な処遇の基本よ。続けて」
彼女が褒めるから、ガインが調子に乗る。
「はっ! 続いて、第三軍団からの報告です! 南の火山地帯に住む『古の炎竜』が、最近引きこもりがちで暴れてくれないとの苦情が来ております!」
ドラゴン。
ファンタジーの定番モンスターだ。
しかし、「引きこもり」という単語に、私のINFPアンテナが激しく反応した。
「……えっ? 引きこもり?」
「はい。以前は村を焼き払ったりしていたのですが、最近は洞窟から一歩も出ず、入り口を岩で塞いでいるそうです。これでは人間への脅威になりません。討伐隊を派遣して無理やり叩き起こすべきかと!」
ガインが鼻息荒く提案する。
私は胸が締め付けられた。
(……わかる。わかるよ、ドラゴンさん)
外に出たくないんだよね。
人間とか勇者とか、うるさいハエがいっぱい飛んでくるし。
ただ静かに、マグマの温度調整とかしながら寝ていたいんだよね。
それを「暴れろ」だなんて、あまりにも酷だ。
「……却下だ」
私はボソリと言った。
ガインが「へ?」と間抜けな声を出す。
「討伐隊なんて送るな。……そっとしておいてあげて」
「し、しかし魔王様! ドラゴンは恐怖の象徴! 暴れてこそナンボですぞ!?」
違う。
ドラゴンだって、メンタルが弱っている時があるんだ。
換羽期かもしれないし、脱皮前でナーバスになっているのかもしれない。
無理やり外に連れ出されて、衆目に晒される苦痛。それは今の私が一番理解している。
「……彼には、休息が必要なんだ……」
私は自分に言い聞かせるように呟いた。
「誰とも会いたくない時がある。……世界中の全てが敵に見えて、殻に閉じこもりたい夜があるんだ……」
私の言葉に、広間がシンと静まり返った。
やばい。またポエムモードに入ってしまった。
恥ずかしくて死にそうだ。
しかし、ガインは感動に打ち震えていた。
「……おお……! 魔王様は、ドラゴンの孤独な魂にすら寄り添っておられるのか……!」
「なんて慈悲深い……! 俺たちは表面的な『破壊』しか見ていなかった!」
またか。
また良い方に解釈された。
すると、セレスティアが口を挟んだ。
「でもヴォルクス。放置するのは良くないわ。引きこもりが長期化すると、社会復帰が難しくなるものよ(チラッ)」
彼女の視線が痛い。
完全に私への当てつけだ。
「だから、こうしましょう。ドラゴンにお手紙を書くの」
「……手紙?」
「ええ。『最近どう? たまには顔を見せてね』って。繋がりを感じさせてあげるのよ」
セレスティアの提案に、私は少しだけ心を動かされた。
手紙。
対面しなくていいコミュニケーション手段。INFPにとって最強のツールだ。
「……うん。それなら、できるかも」
「よし! じゃあ魔王様直筆のお手紙作戦ね! リリス、便箋を用意して!」
リリスが「かしこまりました」と微笑みながら、羊皮紙と羽ペンを持ってきた。
私は玉座の上で、膝に紙を広げた。
『ドラゴンさんへ』
書き出しで手が止まる。
なんて書けばいい?
「元気?」じゃ普通すぎる。「出ておいで」はプレッシャーになる。
私は悩み、悩み、そして魂の叫びを綴った。
『……外の世界は、怖いです。
うるさいし、眩しいし、みんな無神経です。
洞窟の中は、暗くて温かいですよね。わかります。
無理に出てこなくていいです。
でも、もし気が向いたら……マグマで焼いたマシュマロでも一緒に食べませんか。
あなたの孤独な友、ヴォルクスより』
書き終えた。
これは手紙ではない。ただの「傷の舐め合い」だ。
「かけました!」
私はリリスに手紙を渡した。
リリスは内容を一読し、口元をピクつかせた。
笑ってる。絶対に笑いを堪えてる。
「……素晴らしいお手紙です。ドラゴンの心を鷲掴みにすることでしょう」
「ガイン! これをドラゴンの洞窟の前に置いてきなさい! 絶対に中を覗いちゃダメよ!」
セレスティアの指示で、ガインが手紙を受け取り、敬礼して走り去っていった。
私はドッと疲れた。
たった一通の手紙を書くだけで、精神力(MP)を使い果たした気分だ。
「よくやったわ、ヴォルクス」
セレスティアが私の頭を撫でた。
子供扱いだ。ムカつく。でも、彼女の手のひらは少し温かかった。
「……これで、ドラゴンが元気になるといいですね……」
「そうね。……まあ、貴方が一番元気にならなきゃいけないんだけど」
彼女のツッコミを聞き流し、私は玉座の背もたれに深く寄りかかった。
ああ、早く部屋に帰って、お花に囲まれて眠りたい。
しかし、私の願いは届かない。
数日後、その手紙を受け取ったドラゴンが、**「心の友よォォォ!!」**と号泣しながら魔王城へ飛来し、新たな騒動を巻き起こすことになるのを、今の私は知る由もなかった。




