第5話:「大宴会の狂騒と、聖なる断罪の予兆」
その夜、魔王城の大広間は、かつてないほどの熱気と幸福な匂いに包まれていた。
勇者アルバンたちが持ち帰った闘技場の優勝賞金(金貨一万枚)の一部を使い、盛大な「歓迎会兼祝勝会」が開催されていたのだ。
テーブルには山盛りの料理が並んでいる。
ローストチキン、猪の丸焼き、巨大なチーズフォンデュ、そしてリリス特製のフルーツタルトタワー。
以前の「灰色のパンケーキ」地獄が嘘のような、飽食の宴だ。
「マッスルに乾杯!」
「うおおおお! 肉だ! タンパク質だ!」
アルバンたち勇者一行は、ジョッキ(プロテイン入り)を片手に豪快に肉を食らっている。
新入りの巨人タイタンは、自分の顔ほどもある巨大なハムを骨ごと齧り付き、涙を流して喜んでいる。
「……うまい……。こんなに腹一杯食えたのは……生まれて初めてだ……」
「食え食え! 筋肉を育てるには、まず胃袋からだ!」
アルバンがタイタンの背中(壁みたいだ)を叩く。
種族を超えた友情。美しい光景だ。食費のことを考えなければ。
窓の外では、イグニスが特大の桶に入れたワインを長い舌で舐めている。
彼の周りにはゴブリンたちが集まり、おこぼれを貰ったり、彼の吐く炎で焼きマシュマロを作ったりしている。
「……平和ね」
私の隣で、病み上がりのセレスティアがグラスを傾けた。
中身はノンアルコールの葡萄ジュースだ。
「こんな日が来るなんて、思わなかったわ。魔王と勇者と聖女が、同じテーブルで食事をするなんて」
「そうだね。……世界中の人が見たら、卒倒するかも」
私は苦笑した。
でも、これが私の求めていた世界だ。
敵も味方も関係なく、ただ美味しいものを食べて、笑い合える場所。
私の「引きこもり要塞」は、いつの間にか「みんなの居場所」になっていた。
「魔王様、スピーチを」
リリスが耳打ちする。
えっ、スピーチ? 苦手なんだけど。
しかし、みんなの視線が集まっている。
私はおずおずと立ち上がり、グラスを掲げた。
「えーっと……。みんな、今日は楽しんでね。……明日のことは明日考えよう。乾杯」
短い。そして投げやりだ。
しかし、会場は爆発的に盛り上がった。
「うおおお! 魔王様のお言葉だ!」
「明日のことは明日! 真理だ!」
「乾杯ーッ!!」
もはや何でもいいらしい。
私は席に座り、ホッと息をついた。
その時だった。
キィィィィィン……。
不快な高周波音が、広間の空気を切り裂いた。
全員が動きを止める。
楽しい音楽がかき消され、張り詰めた静寂が訪れる。
「……何?」
セレスティアが立ち上がる。
広間の中央、シャンデリアの下あたりの空間が歪み始めた。
そこに現れたのは、巨大な立体映像だった。
映し出されたのは、豪奢な祭壇と、そこに立つ一人の老人。
金糸の刺繍が施された法衣。頭には三重の冠。
その顔には、慈悲深さと、それ以上に深い冷酷さが刻まれている。
「……教皇猊下……!」
セレスティアが息を呑んだ。
人間界の宗教的指導者、教皇。彼女の上司にあたる人物だ。
『……聞こえるか、迷える子羊たちよ』
老人の声は、しわがれているが、よく通る声だった。
スピーカーを通したような人工的な響きがある。
『聖女セレスティア。そして勇者アルバン。……報告は聞いている』
教皇の目が、画面越しに私たちを射抜く。
『魔王討伐の任を放棄し、あろうことか魔王と結託し、共同生活を送っていると。……これは事実か?』
「……猊下、それは……」
セレスティアが弁明しようとするが、教皇はそれを手で制した。
『弁明は不要だ。事実は「観測」されている』
観測?
誰が? どこで?
『貴様らの堕落は、人類への裏切りである。神への冒涜である。……よって、ここに宣言する』
教皇が杖を振り上げた。
『聖女セレスティア、勇者アルバン。両名を「異端」と認定し、破門とする。……そして、魔王ヴォルクスを含む全居住者を、神の敵として「浄化」対象とする』
破門。浄化。
それは、人間社会からの追放と、抹殺宣告を意味していた。
『慈悲はない。……既に「聖騎士団」の主力部隊と、「対魔王兵器」を出撃させた。……数日後には、その城は塵となるだろう』
プツン。
映像が消えた。
広間には、重苦しい沈黙だけが残された。
「……破門……」
セレスティアが膝から崩れ落ちる。
彼女にとって、教団は家であり、信仰は生きる指針そのものだったはずだ。それを否定されたショックは計り知れない。
「ふざけるな!」
アルバンがテーブルを叩き割った。
「俺たちが何をした! 世界を救うために筋肉を鍛え、魔王と和解した! これが平和への近道だろうが!」
彼の怒りはもっともだ。
しかし、相手は「正義」を独占する組織。理屈は通じない。
私は震えるセレスティアの肩に手を置いた。
「……大丈夫?」
「……ヴォルクス……私……」
彼女の目から涙がこぼれる。
私は決意した。
兄ゼノンの時とは違う。今度は、本当に守らなければならない。
私の大切な仲間を傷つける「正義」なんて、私がぶっ壊してやる。
「……迎え撃とう」
私は静かに言った。
「聖騎士団だろうが、対魔王兵器だろうが、関係ない。……ここは私たちの家だ。誰にも指一本触れさせない」
私の言葉に、みんなが顔を上げた。
リリスが、イグニスが、アルバンが、タイタンが。
そして、セレスティアが。
「……そうね。……やるわよ」
彼女が涙を拭い、立ち上がった。
その瞳には、聖女としての誇りではなく、一人の人間としての強い意志が宿っていた。
宴は終わった。
ここからは、生き残りをかけた総力戦だ。
人間界最強の軍勢 VS 引きこもり魔王軍(混成部隊)。
最後の戦いが、幕を開けようとしていた。




