第4話:「聖女の強制休暇と、魔王の代理統治」
その朝、魔王城の司令塔である聖女セレスティアが倒れた。
過労だ。
ここ数週間の激務――魔王の管理、勇者の監視、ドラゴンのメンタルケア、そして家計のやりくり――が、彼女のESTJ(幹部型)としての強靭な精神力をも凌駕する負荷となっていたのだ。
「……申し訳ありません……。私が倒れるなんて、管理不行き届きです……」
医務室のベッドで、セレスティアが青い顔をして謝っている。
私は彼女の額に乗せた氷嚢を交換しながら、首を横に振った。
「違うよ。働きすぎなんだよ。……今日は一日、絶対に安静にしてて」
「でも、城の運営が……。今日のゴミ出しの分別チェックとか、食料の在庫確認とか……」
「私がやるよ」
私が言うと、セレスティアは驚愕の表情で私を見た。
まるで「犬が計算ドリルを解くと言い出した」かのような顔だ。失敬な。
「無理よ! 貴方に管理なんてできるわけない!」
「できるよ! ……多分。リリスもいるし」
「リリスは面白がって火に油を注ぐタイプでしょ!」
正論だ。
でも、彼女を休ませるには、私がやるしかない。
「大丈夫。私なりのやり方でやるから。……おやすみ」
私は彼女の胸元まで布団を掛け、部屋の明かりを落とした。
ドアを閉める。
さて、魔王の仕事の時間だ。
◇
執務室に戻った私は、まず現状の課題を整理した。
山積みの書類。次々と持ち込まれるトラブル報告。
「魔王様! 中庭で勇者たちが『筋肉騎馬戦』を始め、花壇の一部が壊滅しました!」
「魔王様! 新入りの巨人が、サイズが大きすぎてトイレに入れません!」
「魔王様! イグニス様が『寂しい』と言って、また引きこもりそうです!」
開始十分でキャパオーバーだ。
リリスが横でニヤニヤしながらメモを取っている。
「どうなさいますか、魔王代理?」
「……うぅ」
私は頭を抱えた。
セレスティアなら、これらをテキパキと順序立てて処理するのだろう。
でも、私には無理だ。論理的思考も、即断即決もできない。
なら、どうするか。
INFPの武器を使うしかない。「調和」と「共感」だ。
「……よし。全員、大広間に集めて」
数分後。
大広間には、城の住人全員が集まっていた。
筋肉勇者チーム、巨人タイタン、イグニス、そして魔物たち。
「えー、本日の業務連絡です」
私は玉座の上でマイクを握った。
「セレスティアさんがダウンしました。……なので、今日は『無礼講の日』とします!」
ざわめく一同。
「細かいルールは撤廃します。ゴミ出し? 明日でいいよ。在庫確認? 適当でいいよ。……ただし!」
私は声を張り上げた。
「一つだけルールを守ってください。『隣の人を助けること』。……以上!」
勇者アルバンが手を挙げた。
「つまり、筋肉で困っている者を助ければいいのだな!」
「そう! 花壇を壊したら、直すのを手伝う! トイレに入れない人がいたら、壁を壊して広げてあげる!」
「おお! わかりやすい!」
巨人タイタンが涙ぐんでいる。
「……壁を……壊してもいいのか……?」
「いいよ。あとで直せばいいし」
イグニスも顔を上げた。
『……寂しい時は……どうすれば……?』
「誰かに抱きつけばいいよ。勇者とか頑丈だからおすすめ」
方針は決まった。
「管理」を手放し、「自律」に任せる。
無責任かもしれない。でも、彼らは根っからの悪人ではない。信頼して任せれば、きっとなんとかなる。
結果。
城内はカオスになったが、不思議と笑顔が溢れていた。
勇者たちは壊れた花壇を「筋肉耕運機」となって耕し直し、以前よりフカフカの土壌を作り上げた。
巨人タイタンは、リフォーム部隊(スケルトン大工)と共に、城の各所をバリアフリー化していった。
イグニスは、勇者たちの筋トレの負荷役として背中に乗られ、嬉しそうにしている(重いけど寂しくないらしい)。
「……意外と、回ってますね」
リリスが感心したように言った。
「効率は最悪ですが、満足度は過去最高です。……これが魔王様の『統率』ですか」
「統率じゃないよ。……放置だよ」
私は疲れて玉座に座り込んだ。
でも、悪い気分じゃない。
夕方。
私はお盆を持って医務室へ向かった。
メニューは、特製の「卵雑炊」と「リンゴのすりおろし」。
セレスティアのために、私が自分で作った(リリスに監修してもらいながら)。
「……入るよ」
部屋に入ると、セレスティアは起きていた。
窓の外の騒がしい様子を眺めている。
「……うるさい城ね」
「ごめん。静かにさせるの忘れてた」
「ううん。……楽しそうだから、いいわ」
彼女は微笑んだ。
その顔色は、朝よりだいぶ良くなっている。
「はい、ご飯」
「……貴方が作ったの?」
「うん。毒味はしたから大丈夫」
彼女は一口食べると、驚いたように目を見開いた。
「……美味しい。……優しい味ね」
「でしょ? 隠し味に『優しさ(バファリン的な)』を入れたからね」
冗談を言うと、彼女はくすくすと笑った。
「ありがとう、ヴォルクス。……貴方に任せてよかったわ」
「いつでも任せてよ。……たまにならね」
私は空になったお盆を下げ、部屋を出ようとした。
その背中に、彼女の声がかかる。
「……明日からは、またビシビシいくからね!」
「ひぃっ! お手柔らかに!」
私は逃げるように部屋を出た。
廊下を走る私の足取りは、不思議と軽かった。
こうして、魔王城の長い一日は終わった。
私の「管理能力」はゼロだが、「愛され力」だけはカンストしているのかもしれない。
そんな自画自賛をしながら、私は自分の部屋へと帰っていった。




