第3話:「王都への潜入と、コミュ障魔王の変装作戦」
勇者アルバンたちを隣国の『地下闘技場』に参加させるという、リリスの提案から三日後。
私たちは隣国、ルクセイン王国の城下町に潜入していた。
メンバーは私(魔王)、セレスティア(聖女)、リリス(メイド長)、そしてアルバン(勇者)とその一味だ。
イグニスは「目立ちすぎる」という理由で、泣く泣く城の留守番を命じられた。代わりに、リリス特製の通信魔道具(スマホみたいな石板)を渡し、実況中継を約束してある。
「……人が多い」
私はフードを深々と被り、ガタガタ震えていた。
王都の大通りは、人、人、人で溢れかえっている。
色彩の洪水。喧騒の渦。様々な匂いの混濁。
HSP気味の私には、刺激が強すぎて眩暈がする。
「シャンとしなさい、ヴォルクス」
私の隣を歩くセレスティアが、小声で叱咤した。
彼女は現在、聖女の法衣ではなく、地味な町娘の服を着ている。
茶色いワンピースにエプロン。髪は三つ編み。
……悔しいけど、似合っている。なんか、パン屋の看板娘みたいだ。
「いい? 私たちは今、『田舎から出稼ぎに来た芸人一座』という設定なのよ。魔王だとバレたら即処刑だからね」
「芸人……」
私の設定は「一座の荷物持ち兼マネージャー」らしい。
リリスは「踊り子(のフリをした敏腕プロデューサー)」、アルバンたちは「肉体派パフォーマー」だ。
「おう! 任せておけ! 芸など見せずとも、この上腕二頭筋を見せるだけで観客は沸くはずだ!」
アルバンが自信満々に胸を張る。
彼は変装のためにサングラスをかけ、さらに「I LOVE MUSCLE」と書かれた変なタンクトップを着ている。
逆に目立ってる気がするんだけど。
「さあ、闘技場の受付はあちらです」
リリスが案内する。
彼女はすでに現地の情報を収集し、裏ルートのコネまで作っていた。恐るべきENTPの行動力。
闘技場の受付は、薄暗い路地裏にあった。
鉄格子の嵌まった窓口に、強面の男が座っている。
「次」
「はいはーい! 参加希望でーす!」
リリスが猫なで声で近づく。
「チーム名は『マッスル・ボンバーズ』。選手はこの三名。マネージャーはこの貧弱な彼です」
男が私をギロリと睨んだ。
ひぃっ!
私は反射的にセレスティアの背中に隠れた。
「……貧弱そうだな。まあいい、参加費は金貨十枚だ」
「はい、どうぞ」
リリスが私の財布(全財産)から無慈悲に金貨を取り出し、支払う。
ああ、私のへそくりが……。コーヒー牛乳百本分が……。
「よし、登録完了だ。試合は今日の夜。メインイベントの前座だ。……死んでも文句言うなよ」
男が不気味に笑い、通行証を投げてきた。
◇
夜までの待ち時間。
私たちは宿屋の一室で作戦会議を開いていた。
「いいですか、皆さん」
リリスがホワイトボード(持ち込み)に図を描きながら説明する。
「今回の目的は『賞金』です。しかし、ただ勝つだけでは面白くありません。観客を盛り上げ、チップやおひねりを巻き上げる必要があります」
「うむ! 俺のポージングで魅了すればいいのだな!」
アルバンがやる気満々だ。
「ですが、問題があります」
リリスが声を潜める。
「闘技場のチャンピオン……通称『粉砕の巨人』。彼は、違法な魔法薬で強化された改造人間だという噂があります」
「改造人間だと!?」
セレスティアが眉をひそめる。
「それはいけないわ。スポーツマンシップに反するし、人道的にも問題よ」
「ええ。そこで、魔王様の出番です」
リリスが私を見た。
「えっ? 私?」
「はい。試合中、観客席からこっそりと魔法を使い、相手のドーピング効果を無効化してください。……『浄化』と『脱力』のコンボで」
「そんな器用なこと……」
「できますよ。あの日、コタツで五百人を無力化した貴方なら」
リリスの信頼が重い。
しかし、やるしかない。賞金のためだ。城の財政のためだ。
「……わかった。やってみる」
私は頷いた。
これも「城を守る戦い」の一環なのだ。
夜になり、闘技場は熱気に包まれていた。
観客席は満員。怒号と歓声が渦巻いている。
私は一般席の最前列に、セレスティアと並んで座っていた。
私の膝の上には、ポップコーンとジュース。観戦スタイルだけは完璧だ。
「……始まるわよ」
セレスティアが私の袖を引く。
ドラが鳴り響き、鉄格子が開いた。
「レディース・エンド・ジェントルメン!! 今宵の挑戦者、筋肉の求道者たち! 『マッスル・ボンバーズ』の入場だァァァッ!!」
スポットライトが当たり、アルバンたちが飛び出してきた。
「マッスル! マッスル!」
彼らは入場するなり、三位一体のポーズを決める。
観客席がドッと沸いた。
意外とウケてる。
「対するは! 無敗の王者! 『粉砕の巨人』!!」
反対側のゲートから、地響きと共に現れたのは……身長三メートルはある怪物だった。
肌は土気色で、血管が赤黒く浮き出ている。目は焦点が合っておらず、口から涎を垂らしている。
明らかに薬漬けだ。
「……ひどい」
私はポップコーンを握りつぶした。
あんな状態にされるなんて、本人の意志じゃないはずだ。
可哀想だ。
INFPの正義感(とお節介)が鎌首をもたげる。
「……助けてあげなきゃ」
私は右手をこっそりと突き出した。
指先に魔力を集中させる。
イメージするのは、彼の体内を巡る毒素を、綺麗な水に変えるイメージ。
**『強制洗浄』**。
私の指先から放たれた不可視の魔力が、巨人の身体を包み込んだ。
試合開始のゴングが鳴る。
巨人が吠え、アルバンに襲いかかる――はずだった。
「……オ?」
巨人がピタリと止まった。
彼の赤黒かった肌の色が、みるみるうちに健康的な肌色に戻っていく。
濁っていた瞳に、理性の光が宿る。
「……俺は……何を……?」
巨人は自分の手を見つめ、困惑している。
毒が抜けたのだ。
それと同時に、薬物による暴走状態も解除された。
「……今だ、アルバン!」
私は心の中で叫んだ。
戦意を喪失した今なら、勝てる!
しかし、アルバンは攻撃しなかった。
彼は巨人の前に歩み寄り、ニカっと笑って手を差し出したのだ。
「よう。……いい身体してるじゃないか。だが、少しバランスが悪いな。体幹トレーニングが足りていない」
「……え?」
「どうだ、試合の後に俺たちと一緒にトレーニングしないか? 正しい鍛え方を教えてやる」
巨人は呆然とし、やがて涙を流してその手を握り返した。
「……ありがとう……!」
会場が静まり返る。
そして次の瞬間、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
戦わずして心を通わせた、筋肉の友情に。
「……なんなのよ、これ」
セレスティアが呆れている。
でも、私はポップコーンを頬張りながら、満足げに頷いた。
「いいじゃない。平和的解決だよ」
こうして、私たちは賞金(友情ボーナス付き)と、新たな仲間(巨人)を手に入れて、魔王城へと凱旋することになった。
……また食費が増えることには、まだ誰も気づいていなかった。




