第2話:「エンゲル係数の爆発と、魔王軍の財政破綻」
勇者アルバンとその愉快な筋肉仲間たちが居候を始めてから、三日が経過した。
たった三日だ。
しかし、その短い期間で、魔王城の財政は壊滅的な打撃を受けていた。
「……魔王様。ご報告があります」
執務室(という名の物置部屋)に、リリス(ENTP)が入ってきた。
彼女の手には、分厚い羊皮紙の束が握られている。そして、その顔色はかつてないほど悪い。
いつもなら「面白いトラブルが起きましたよ」とニヤニヤしている彼女が、今日は本気で頭を抱えている。
「なに? また兄さんが来たの?」
「いえ、もっと即物的で、回避不可能な危機です」
リリスは羊皮紙を私の机に叩きつけた。
『今月の収支報告書』と書かれている。
「見てください、ここ。食費の欄です」
指差された箇所を見る。
そこには、私の想像を絶する数字が並んでいた。
先月比、四〇〇%増。
「……えっ? 四倍?」
「はい。原因は明白です。勇者一行のタンパク質摂取量が、異常値を叩き出しています」
リリスが震える声で説明する。
「彼らは一日六食食べます。しかも、その全てが肉、卵、豆類などの高コスト食材です。さらに、トレーニング後のプロテイン消費量が、城の備蓄を食いつぶしています」
プロテイン。
以前、教団から奪還した戦利品があったはずだ。
「あれは初日でなくなりました。今は、リザードマン用の強化飼料(高タンパク)を人間に転用していますが、それすらも在庫が尽きそうです」
「リザードマンの餌を食べてるの!?」
「彼ら曰く、『成分さえ優秀なら味は二の次』だそうです」
恐るべし、筋肉への執着。
しかし、問題はそれだけではなかった。
「さらに、施設修繕費も跳ね上がっています」
リリスが次のページをめくる。
「彼らが廊下ですれ違うたびに『ショルダータックル挨拶』を行うため、壁や床が破損しています。あと、ドアノブを回さずに『筋肉で押し開ける』癖があるため、城内のドアの半数が壊れました」
「……野蛮人だ」
私は頭を抱えた。
あいつら、警備員どころか破壊工作員じゃないか。
「このままでは、あと一週間で魔王軍は破産します。……給料未払いでゴブリンたちがストライキを起こすのも時間の問題です」
破産。
魔王が、勇者に倒されるのではなく、借金で倒れる。
そんな情けない歴史を残してなるものか。
「……わかった。対策を練ろう」
私は立ち上がった。
INFPは追い詰められると、火事場の馬鹿力を発揮するタイプだ(普段は出さないが)。
「セレスティアさんを呼んで。彼女なら、節約術とか知ってるはず」
「すでに呼んであります。……食堂で、勇者様と『話し合い』をされています」
嫌な予感がする。
私はリリスと共に食堂へ急いだ。
食堂では、地獄のような光景が広がっていた。
山盛りの鶏肉を貪り食うアルバンたち。
その前で、セレスティアが仁王立ちしている。
「食べるなと言っているのよ! 咀嚼を止めなさい!」
「断る! 今はバルクアップ期なのだ! 栄養を絶てば筋肉が泣く!」
「私の財布が泣いてるのよ! 城の経費は有限なの!」
セレスティアが杖でアルバンの頭を叩く。
しかし、アルバンは「ぬん!」と首に力を入れ、杖を弾き返した。
「無駄だ! 俺の首の筋肉(僧帽筋)は、鉄パイプすら曲げる!」
「物理防御が高すぎるのよ、こいつ……!」
セレスティアが涙目で私を見た。
「ヴォルクス! なんとかして! こいつら、私の隠しておいた高級茶葉まで『ハーブティーは筋肉にいいらしい』とか言って煮出して飲んだのよ!」
それは重罪だ。
私は深呼吸をし、前に出た。
「……アルバン」
「む? なんだ魔王。貴様もチキンを食うか?」
アルバンが油ぎった手で肉を差し出してくる。
私は首を横に振った。
「違うよ。……君たちに、働いてもらう」
「働くだと? 俺たちは警備をしているぞ」
「警備じゃお金にならないんだよ! ……君たちの食費を稼ぐために、出稼ぎに行ってもらう!」
私の提案に、アルバンはきょとんとした。
「出稼ぎ? 俺たち勇者が、バイトをするのか?」
「そうだよ。……君たちのその筋肉、ただ見せびらかすだけじゃ勿体ないでしょ?」
私はリリスに目配せをした。
リリスが、一枚のチラシを取り出す。
それは、隣国の王都で募集されている『地下闘技場』の参加者募集チラシだった。
「優勝賞金、金貨一万枚。……これなら、君たちのプロテイン代一年分になる」
「おおっ!?」
アルバンの目が輝いた。
「闘技場……! つまり、合法的に筋肉を躍動させ、観客に見せつけることができる場所か!」
「そうだよ。君の筋肉美を、世界中にアピールするチャンスだよ」
私は唆かした。
単純な彼なら、絶対に乗ってくるはずだ。
「いいだろう! 受けて立つ! 魔王軍の財政難を救うため、そして俺の筋肉を世界に知らしめるため、闘技場を制覇してやる!」
アルバンが立ち上がり、ポーズをとる。
チョロい。
こうして、魔王城の財政再建のため、勇者一行が「出稼ぎ」に行くことになった。
もちろん、監視役として私も同行させられる羽目になるのだが……それはまた別の話。




